121 埼玉医科大学雑誌 第44巻 第2号 平成30年3月
学内グラント 報告書
緒 言
担がん生体では,腫瘍組織内にCTLA-4,PD-1を代表と
する様々な免疫チェックポイント(ICP)分子が発現してお
り,これらの腫瘍免疫抑制効果を如何に制御するかが喫緊 の課題となっている.
抗PD-1抗体や抗CTLA-4抗体等のICP阻害薬は,それ自 体は殺腫瘍細胞効果を示さず,担がん生体の免疫反応性を 調整することで間接的に治療効果を発揮する.さらに,古 典的化学療法に不応性の進行がんに対しても治療効果を示
す優れた利点がある.しかし,現時点でのICP阻害薬の奏
功率は,20〜40 %程度であり,決して十分ではない1).こ の問題を改善するために,最近では,新たな標的分子の探
索や,複数のICP分子を標的とした併用療法の開発が積極
的に進められている.
近年,テキサス大学のAriizumiらは,悪性黒色腫患者末
梢血中に膜タンパク分子DC-HILを高発現した骨髄由来抑
制細胞(MDSC)が高頻度で存在し,T細胞免疫応答を抑
制しており,このT細胞抑制は抗DC-HIL抗体でキャンセ
ルできることを明らかにした2).このことより,DC-HIL
は,抗腫瘍免疫反応を抑制する新規ICP分子と位置づけら
れる.このDC-HILは様々ながん種の腫瘍細胞表面に発現
していることも知られている3).
一方,創傷治癒過程においては,DC-HILは間葉系幹細
胞(MSC)上のCD44に結合し,MSCの増殖を促す4).MSC は多くのがん種の腫瘍組織内に存在し,間質形成をはじめ
とする腫瘍病態形成に重要な役割を担っている5).従って,
腫瘍組織に発現したDC-HILは,腫瘍免疫を抑制すること
で腫瘍の増殖を支持するだけでなく,MSC増殖を介して
腫瘍病態進展をも促進している可能性が浮上してきた.し
かし,腫瘍病態におけるDC-HILとMSCに関する研究報告
は無い.
本研究ではDC-HILが腫瘍病態形成に及ぼす影響を
精査することを目指し,CRISPR / Cas9システムにより
DC-HILをノックアウト(KO)した悪性黒色腫細胞株を樹 立し,DC-HILがMSC増殖とMDSC分化に及ぼす影響を 検討した.
材料と方法
1. DC-HIL KO細胞の樹立
CRISPR / Cas9に よ りDC-HIL発 現 を ノ ッ ク ア ウ ト す る た め の 候 補 ガ イ ドRNA配 列 は,Webツ ー ル CRISPRdirect(https://crispr.dbcls.jp)を用いて3種類
の配列を設計した.この配列のオリゴDNAをユーロ
フィンジェノミクス社で人工合成し,ORIGENE社
pCas-Guide-EF1a-GFP vectorに組込んだ.作製した各vector を,Lipofectamine LTX(Thermo Fisher Scientific社)に
よりマウス線維芽細胞株NIH3T3に遺伝子導入した.
遺伝子導入4日後に細胞を回収し,各ガイドRNAごと
にCRISPR / Cas9誘導性ミスマッチ変異誘導能を確認
した.変異誘導能の確認は,細胞からDNAを抽出し,
gRNA標的部位をNasted PCRで増幅し,PCR産物をT7
エンドヌクレアーゼで処理し,DNA断片化をアガロー
スゲル電気泳動で確認した.
変異誘導能が確認できたvectorをLipofectamine LTX
によりマウス悪性黒色腫細胞株B16F10に遺伝子導入
し,遺伝子導入4日後にセルソーターでGFP陽性細胞
を分取した.分取した細胞を限界希釈法によりクロー
ニングし,2週間後増殖が見られたクローンを回収
し,DC-HILの発現をフローサイトメトリーにより確認 した.DC-HIL陰性が確認できたクローンはDNAを抽 出し,CRISPR / Cas9誘導性ミスマッチ変異を持つこと を上述の方法で確認した.
2. 間葉系幹細胞増殖にDC-HILが及ぼす影響の検討
gRNAを挿入していないpCas-Guide-EF1a-GFP vector を野生型B16F10細胞に遺伝子導入し,GFPを安定発現 するB16F10細胞を樹立した(B16F10-GFP).1)で樹立 したDC-HIL発現をKOしたB16F10細胞( B16F10-DC-HIL KO,GFP陽性)またはB16F10-GFPとマウスMSC
をそれぞれ5×104個ずつ混和して6穴プレートに蒔き,
48時間培養し,Thermo Fisher Scientiic社Click-iT Plus
キットを用いて,GFP陰性MSCのDNA合成をフローサ
イトメトリーで検出した.
3. MDSC分化にDC-HILが及ぼす影響の検討
野 生 型B16F10あ る い はB16F10-DC-HIL KOをT-75
培養フラスコに蒔き,80 % conluentの時点で血清未添
加培地に置き換え,2日間培養後,培地を回収し,腫瘍
コンディション培地(TCM)とした.TCMにMDSC誘
平成
28
年度 学内グラント報告書
新規免疫抑制分子DC-HILの阻害を併用した新しいがん免疫・放射線治療の開発研究
122 堀 内 大 ,他
導用の各種サイトカインと非動化牛胎児血清(最終濃度 10 %)を加え,マウスmyeloid progenitor細胞(MPC)を
培養した.培養開始から7日後に,FITC標識抗CD11c
抗 体,PE標 識 抗Gr1抗 体,PerCP標 識 抗CD11b抗 体, eluor660標識抗DC-HIL抗体で蛍光染色し,CD11b陽 性CD11c陰性Gr1陽性細胞のDC-HILの発現強度をフ ローサイトメトリーにより検討した.
結 果
1. DC-HIL KO細胞の樹立
DC-HIL KO用に設計し作製したvectorをNIH3T3細胞
に導入したところ,3種類中一つのvectorに明らかなミ
スマッチ変異誘導能を確認した(data not shown).この ベクターをB16F10細胞に導入し,DC-HIL発現をKO したクローンを樹立した(B16F10-DC-HIL KO).この
クローンのDC-HILの発現は,フローサイトメトリー
のみならず蛍光顕微鏡観察においても全く確認できな かった(data not shown).B16F10-DC-HIL KOの細胞増
殖能は野生型B16F10細胞と比べて明らかな差を認め
ず,PD-L1やH-2Dbなどの免疫関連分子の発現も野生 型との差異は明らかではなかった(data not shown).
2. 腫瘍細胞上のDC-HILが間葉系幹細胞の増殖に及ぼす
影響
マ ウ スMSCとB16F10-GFPま た はB16F10-DC-HIL
KOを共培養し,DNA合成を測定することで,腫瘍細
胞上のDC-HILがMSC増殖に与える影響を検討した. B16F10-DC-HIL KOと 共 培 養 し たMSCと 比 較 し て, DC-HILを発現しているB16F10-GFPと共培養したMSC
ではヌクレオシドアナログである5-エチニル-2’-デオ
キシウリジン(EdU)を取り込んだ細胞が多く検出され,
DC-HILシグナルの有無がMSCの増殖に影響を及ぼす ことが示唆された(data not shown).
3. DC-HILを発現する腫瘍細胞は,MDSCのDC-HIL発
現を増強する.
マウスMPCを,野生型B16F10由来TCMあるいは B16F10-DC-HIL KO由来TCMを用いたところ,いず
れのTCMまたはCMでもマウスMDSCの形質とさ
れるCD11c陰性でCD11bとGr1を発現する細胞を誘
導することができた(data not shown).
B16F10-DC-HIL KO由来TCMで誘導したMDSC と
比較して,野生型B16F10由来TCMで誘導したMDSC
のDC-HILの平均蛍光強度(MFI)は高い値を示し, DC-HILを発現する腫瘍細胞は,MDSCのDC-HIL発
現を促す因子を細胞外に分泌することが示唆された
(data not shown). 考 察
今回,DC-HIL KO腫瘍細胞を樹立し,それを利用し
て,腫瘍細胞が発現するDC-HILがMSC増殖やMDSCの
DC-HIL発現に影響を及ぼしていることを示唆する結果を
得た.
腫瘍病態の進展には,腫瘍細胞自身のみならず腫瘍微小 環境を構成する様々な細胞が重要な役割を果たしている
ことが明らかとなっている.間葉系幹細胞MSCは脂肪細
胞,骨細胞,軟骨細胞など様々な細胞に分化する能力を 持った細胞であり,液性因子やcell-cell contactを介して周 囲の細胞の増殖や分化に影響を及ぼす細胞であることも知
られている.MSCは炎症や外傷などにより損傷を受けた
組織に集簇し,組織修復を強く促進する.腫瘍微小環境内
にもMCSの集簇は観察され,細胞増殖に必要な足場形成
や血管新生など腫瘍増殖促進的な微小環境の形成に関与し
ていると考えられている5).さらに,微小環境内での腫瘍
細胞とMSCとの相互作用の結果,腫瘍細胞の治療抵抗性
や遠隔転移能の亢進が引き起こされることが報告されて
おり6),以上よりMSCは腫瘍病態進展に深く関与している
と考えられる.本研究の結果より,腫瘍細胞はDC-HIL発
現を通じて,MSCの増殖を促進し,自身が増殖しやすい
微小環境を形成し,さらに増殖したMSCは腫瘍細胞の遠
隔転移能獲得に関与する細胞であることから,腫瘍細胞の DC-HIL発現は腫瘍病態進展に深く関わっているものと考 えられた.
MDSCは,腫瘍や炎症などの病的環境において,腫瘍内や
炎症局所,末梢血などで増加が認められる骨髄由来の細胞 集団で,担がん宿主における重要な免疫抑制細胞の一つで ある7).近年,Ariizumiらは悪性黒色腫末梢血中にDC-HILを
細胞表面に発現したMDSCが増加し,悪性黒色腫に対する
T細胞免疫応答を抑制していることを報告した2).本研究代
表者も,テキサス大学留学中にAriizumi博士に師事し,大
腸癌や膵癌,腎癌など悪性黒色腫以外の腫瘍患者末梢血中 にもDC-HIL陽性MDSCが増加していること,また,その
MDSCはT細胞活性化抑制能を持ち,そのT細胞抑制は抗
DC-HIL抗体でキャンセルできることを明らかにし,その
成果を含む研究が2017年米国がん研究会議で発表された8).
本研究では,DC-HIL発現をKOした腫瘍細胞由来の
TCMで 培 養 さ れ たMDSCと 比 較 し て,DC-HILを 発 現
している腫瘍細胞由来のTCMで培養されたMDSCでは
細胞表面にDC-HILを高発現することが明らかとなり,
DC-HILを発現する腫瘍細胞は,MDSCのDC-HIL発現を 促す因子を細胞外に分泌している可能性が示された.し
かし,この腫瘍が発現するDC-HILとMDSCが発現する
DC-HILの関係は,そのまま担がん生体内に当てはめら れるとは限らない.MDSCのDC-HIL発現はInterferon-γに よって増強されること9),腫瘍細胞表面のDC-HILはT細胞
の活性化を抑制し,T細胞からのIFN-γ産生を抑えること
が明らかとなっており10),生体内では,IFN-γ産生を抑制
しないDC-HIL陰性腫瘍の方がMDSC細胞表面のDC-HIL
発現を強く誘導する可能性も考えられる.腫瘍のDC-HIL
発現と担がん宿主細胞のDC-HIL発現の関係を明らかに
するために,今後は移植腫瘍モデルなどin vivoでの詳細な
123 新規免疫抑制分子DC-HILの阻害を併用した新しいがん免疫・放射線治療の開発研究
© 2018 The Medical Society of Saitama Medical University http://www.saitama-med.ac.jp/jsms/
MSCやMDSCをはじめとする骨髄由来細胞は腫瘍独特
の微小環境の重要な構成要素であり,今回の結果より,骨
髄細胞の機能や増殖へのDC-HILの影響を阻害すること
は,免疫抑制的で腫瘍増殖促進的な腫瘍微小環境の形成を
抑制する可能性があると考えられ,以上よりDC-HIL関連
シグナルの阻害は腫瘍の病態進展を阻害する新たな治療標 的となる可能性が示された.
現在,文部科学省新学術領域研究先端モデル動物支援 プラットフォームの支援のもと,本研究により同定した DC-HIL KO用gRNA配列を利用してDC-HILノックアウト
マウスの樹立に取り組んでいる.上述のDC-HIL KOマウ
スと今回確立したDC-HIL KO腫瘍細胞を併用することに
より,腫瘍因子と宿主因子の両側面からDC-HILが腫瘍病
態進展に及ぼす影響を精査し,腫瘍の新規治療法の開発に 繋げたいと考えている.
なお,本研究内容は論文投稿を予定しているため,報告 書への実験データの掲載は控えさせていただいた.
引用文献
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研究成果リスト
論 文