九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
アメリカ労使関係の変容とQWLの意義
今村, 寛治
Graduate School of Economics, Kyushu University
https://doi.org/10.11501/3065443
出版情報:Kyushu University, 1992, 博士(経済学), 課程博士
アメリカタヲイ吏再訂壬系<7:)��と
Q'\NLØ是主主義
d守本寸 室主 ま台
目 次
はじめに-問題の所在- 1
第1章 QWL運動の生成と展開 5
第1節 QWL概念、の定義 5
第2節 ノルウェーにおけるQWL . 8 第3節 スウェーデンにおけるQWL . 11
第4節 アメリカにおけるQWLの 16 いくつかの先駆的な形態
第5節 アメリカにおけるQWLの本格的な普及 19
第2章 アメリカ労使関係に関する理論的アプローチと 24 歴史的検討
第l節 アメリカ労使関係分析のための理論的枠組み 24 第2節 伝統的な組合型労使関係、システムの特徴 30
第3章 1970年代後半以降のアメリカ自動車産業分析 45 一新しい労使関係システムの一事例として一
第1節 アメリカ自動車産業の国際競争力の低下と - ・ . 45 新労務管理戦略の展開
第2節 賃金・付加給付の抑制と雇用保障の充実 53
第3節 QWLプログラム 56
第4節 今後の展望 57
第4章 伝統的な組合型労使関係システムの変容とその原因 65
第1節 労働市場の変化 65
第2節 製品市場の変化 68
第3節 「変容Jをめぐる議論の検証 72 -KKMに対する批判と反批判一
第4節 オスターマンの所論の検討 75
ーアメリカ労使関係の変容に関するひとつのモデルー
第5章 非組合型労使関係システム 85
第1節 パーマとコーハンの所論 85
第2節 フォルクスの所論 98
第3節 二つの所論の比較 111
第6章 新しい労使関係システム 117
第1節 戦略レベル 117
第2節 団体交渉レベル 121
第3節 職場レベル 124
おわりに 135
参考文献リスト 138
Lま じぶbtご-�丹是豆�戸斤::(.::1= -
1960年代後半から70年代前半にかけて、 ノルウェーにおける産業民主主義の 実験以降、 労働の人間化(humanization of work)あるいはQW L (Quali ty of
Working Life:労働生活の質の向上)と呼ばれる運動が、 世界的な広がりを見 せ1 )、 なかでもアメリカでは一種のブームとなった。
ごの背景には、 豊かな社会の出現や高等教育の普及によって欲求を高度化さ せている労働者が、 現実に遂行している職務に不満を抱き、 それがアブセン テイズム(無断欠勤)、 労働移動、 サボタージュ、 ストライキなどのいわゆる 労働疎外症候群となって出現するという状況があった。 そして、 1972年にアメ リカの自動車メーカーのひとつであるGM(ゼネラル ・ モーターズ)のローズ タウン工場で発生したストライキはその象徴的な事件として社会の注目を集め たのである。
ところがその後 QWLは、 アメリカにおいては第一次石油危機後の長期不況 に伴い全般的に停滞し2), 1970年代の終わりから80年代にかけて再び盛んに なった時には、 国際競争力の低下、 組合組織率の逓減や団体交渉における度重 なる譲歩に代表される労働運動の退潮に見られるように、 それを取り巻く環境 が急激に変化していた。
そごで本稿では、 1960年代後半から70年代前半にかけてアメリカに導入され
たQWLが、 70年代後半以降のアメリカ労使関係の変容のなかでどのような変 質3 )を蒙ったかを解明しようとするものである。
本稿の構成としては、 まず第l章で、 QWL概念の定義を紹介し、 QWL発 祥の地であるノルウェーとスウェーデンの北欧二か国およびアメリカにおける QWL運動の展開過程に簡単に触れる。
次に第2章第l節では、 最近のアメリカ労使関係、の変容に関して積極的な発 言を続けているコーハン(1.A. Kochan)、 カッツ(H.C. Katz)、 マッカーシー
(R. B. McKersie)ら(以下KKMと略す) M I T (マサチューセッツ工科大学)
グループの理論を紹介し、 第2節で、 彼らの主張を整理する形で、 アメリカの 伝統的な組合型労使関係システム(traditional union industrial relations system) の特徴を示す。
さらに第4章と第5章で、 伝統的な組合型労使関係システムの変容にきわめ て大きな影響を与えた労働市場と製品市場および非組合型労使関係システム (nonunion industrial relations system)を順に考察する。
第6章では、 乙れ らの諸要因によって伝統的な組合型労使関係システムがど のような 変容を見せているかを解明する。 そして以上の分析を踏まえて、
QWLの採用動機の変化、 いわばQWLの変質とそれをもたらした環境変化を 明らかにしたいと考えている。
また、 第3章では、 伝統的な組合型労使関係システムの変容の典型的な事例 としてアメリカ自動車産業を取りあげ、 1970年代後半以降の同産業の動向を詳 述し、 さらに、 第4章第3節で、 アメリカ労使関係の「変容jという用語をめ ぐる議論を検証し、 第4節で、 アメリカ労使関係の変容に関するいくつかの見 解のうち、 KKMと並んで注目するに値すると思われるオスターマン
(P. Os terman)の見解を考察する。
注
1 )当時の労働の人間化およびQWL運動については以下の文献を参照した。
武津信一編著『労働の人間化一始動したQWL革命-.!]総合労働研究所、
1975年。
奥林康司『労働の人間化ーその世界的動向-.!]有斐閣選書、 1981年。
倉田良樹『新しい労働組織の研究』中央経済社、 1985年。
2) 70年代に導入されたQWLプロジェクトのうち少なくとも75%は、 5年経 過すると、 もはや機能していないという報告もある。P.S.Goodman,
“Qua1i-Ly of Work Life Projects in the 1980s" ,Labor Law Journa1,
August,1980,p.490.
3 )このようなQWLの変質を指摘する研究者は少なくない。
たとえば、 『ジョブ・ パワー』の著者として知られるデビッド・ ジェン キンスは、 QWLが近年、 ビジネスの世界で重要な位置を占めるようにな った原因として、 ひとつは、 労働者とりわけ若年労働者がありきたりの仕 事に熱中しなくなったという社会的価値の変化があり、 もうひとつは、 ア メリカの産業の生産性の低下があるが、 後者がより強力であると述べてい る。(D. Jenkins, “ Qua1ity of Working Life :Trends and
Directions" ,H.Ko1odny and H.V.Beinum(eds.),1he Qua1ity of Working Life and The 1980s,Praeger, 1983,pp.6�7.ちなみに本書は、 iQWLと 80年代」というテーマで81年8月30日から9月3日までカナダのトロント で開かれた国際会議での報告をまとめたものである。この会議の参加者 は、 企業や労働組合の関係者など1,700人、 その国籍は20以上に及んだと いうが、 このごとは、 QWLへの世界的な関心の高まりを示すものといえ よう。)
また、 R. E. ウォルトンは、 QWLが導入された原因は、 70年代の初 めは労働者の不満の急上昇であったが、 70年代の中頃になるとごれがアメ リカの産業の国際市場における競争力の低下へ移行したと主張している。
(H.E.Walton, “ Social Choice in the Development of Advanced Information Technology" ,Kolodny and Beinum,op.cit. ,p.60.
さらに、 日本の研究者としては、 嶺 学、 倉田良樹の両氏が、 それぞれ 次のように書いている。 rアメリカ合衆国では、 従来から行動科学に基礎 をおく、 職務充実や目標管理などのほか、 人間資源の活用による多様な生 産性向上策が行なわれてきたが、 近年の動きは、 その延長線上にあり、 こ れがあらためてQWLとよばれていると考えられる。 このように、 現在の 北アメリカにおけるQWLは、 経営側からすれば人間資源の有効利用によ る生産性向上の性絡が強い。 J (嶺 学「労働の人間化の展開と課題J法 政大学大原社会問題研究所編『労働の人間化一人間と仕事の調和をもとめ て一』総合労働研究所、 1986年、 5"-' 6ページ。)
r1970年前後においてはQWLに関する議論が労働疎外の解消と労働の人 間化という文脈から、 どちらかというと一本調子に行なわれていたのに対 し、 今日ではより多面的な利害状況を考慮して、 生産性向上、 小集団活 動、 人的資源管理、 労使協力などのからみから種々の局面に登場するよう になってきた。 J (倉田良樹「アメリカ合衆国におけるQWLへの関心と 労使の対応J 法政大学大原社会問題研究所、 前掲書、 42ページ。)
多高1主註 Q,^, L 主軍電1]Q:)主主長支と居建男司
第1節 QWL概念、の定義
本来、 「労働の人間化」はヨーロッパにおいて、 またQWLはアメリカにお いて、 それぞれ使用されてきた言葉である1)が、 乙ごでは、 乙のような運動の 総称としてQWLという用語を使うことにしたい。
我々のテーマからいって、 まずQWLとは何か、 つまり、 QWLの定義を明 らかにしておかなければならないであろう。 そこでとこでは、 日本を代表する こ人のQWL研究者の見解を紹介しておきたい。
まず奥林氏は、 QWLは、 最も広く解すれば、 労働者の人間的諸欲求を充足 するあらゆる活動であり、 社会の進歩に逆行するような生活諸条件や作業環境 をなくそうとする運動であると定義したうえで2)、 QWLをマクロ的QWLと
ミクロ的QWLに分類している。
マクロ的QWLとは、 ILOなどの国際的研究機関、 各国の政府あるいは労 働組合さらには労使の合同組織などによって使用されている概念である。 そご では、 社会全体のレベルにおける全社会的規模におけるQWLが主要な関心事 となり、 作業現場のみならず市民としての労働者の生活諸条件の改善が検討の 対象となっている。 このマクロ的QWLの具体的内容として、 奥林氏はドラモ
ット=ウォーカーの規定を援用して、
①物理的作業環境:たとえば安全・衛生など。
②賃金交渉:賃金・労働時間・諸手当・公正な生活水準などについての団体 交渉。
③病気・失業からの保議。
④経営者の専制的行動からの保護:たとえば苦情処理制度や参加制度など。
⑤社会生活における労働者の人情の保護および拡大。
⑥有意義で満足な労働jや参加への欲求の充足。
などをあげている3 )。
これに対して、 企業の経営者、 生産技師、 経営工学研究者、 行動科学研究 者、 QWLの提唱者などにより使用されているのが、 ミクロ的QWLの概念、で ある。 ご乙では、 作業現場における作業様式・作業内容・監督様式などの具体 的な労働のあり方それ自体の人間化に関心が向けられており、 一般には、 職務 転換、 職務拡大、 職務充実、 半自律的作業集団などの新しい作業組織形態、を意 味する4)。
一方、 倉田氏は、 QWLをめぐるこれまでの議論を踏まえ、 それらに共通す
るQWLを構成する主要コンセプトとして、
①雇用保障
②作業環境の安全、 衛生
③適正な賃金水準とその保障
④労働生活と労働外生活との調和
⑤職場での労働者の社会的欲求の充足
⑥チャレンジングな仕事、 能力発揮の機会
⑦能力開発と成長の機会
③意思決定への参加、 職場での発言権 の8つの要素をあげている5 )。
このうち、 巌初の3つは、 労働者が伝統的に重視し続けてきた要素であり、
QWLの労働観においてもごれらを重視する姿勢はいささかも変化していな
い。 他方、 残りの5つは、 QWL思想、に固有の新たな労働観を表しているとい える。
あとの5つの要素をそれぞれ簡単に説明すると、 ④労働生活と労働外生活と の調和の内容は、 労働生活のありょうが労働外生活にしわょせをもたらすこと のないように勤務形態や労働内容について配慮するごと、 そして、 労働外生活 で労働者の享受している市民的権利が労働の場においても実現されるようにす ることなどである。
⑤職場での労働者の社会的欲求の充足の内容は、 職場での労働者の社会的承 認、 労働者相互の人格的交流、 仕事の対社会的意義の自覚などを実現すること である。 職場を単なる経済活動の場、 労働力と賃金の交換の場としてのみとら えるのではなく、 人間の社会活動の場でもあるとする発想に特質がある。
⑥チャレンジングな仕事、 能力発揮の機会は、 単調労働を悪とする前提に立 ち、 労働者が多係な技能や思考力を活用することを望ましい労働のあり方とし てとらえる労働観を示している。 労働内容それ自体に対する欲求水準の向上に 対応した新たな発想が含まれている。
⑦能力開発と成長の機会もまた、 労働者の労働内容そのものに対する欲求水 準の向上に対応した考え方である。 ここではさらに人間の成長欲求への考慮を 行ない、 労働の教育的機能を重視している点に特徴がある。
③意思決定への参加、 職場での発言権は、 産業民主主義の思想を反映してい るが、 ヨーロッパ型のそれと比較すれば、 労働者の代表を直接経営意思決定の 中枢に送り込もうとする主張は弱く、 より日常的な仕事に関する労働者の発言 権を強化してマネジメントスタイルの変更を促していこうとする色彩が強い。
第2節 ノルウェーにおけるQWL
世界的に見て、 QWLに最も早く取り組んだ国はノルウェーである。 ILO が1970年頃に注目し始める以前に、 すでに同国では1962年から69年にかけて、
ノルウェー経営者連盟(NA F)と全国労働組合連合(L 0)に政府が協力し て、 産業民主化プロジェクトが実施されている。
ごのように産業民主化が具体的に検討されるようになった背景には、 直接的 には対外競争力を強化するために、 労使が共に経済成長の維持を求め、 その方 策を真剣に探究し始めたという事情があった。 ノルウェーでは、 当時、 ECへ の加入の可能性が強まり、 保護関税障壁の廃止のもとでいかに企業の競争能力 を高めていくかが国民経済的課題となっていたのである6)。
後に、 ノルウェーにおける産業民主化実験の成功事例が報告されると、 隣国 のスウェーデンでは続々と作業組織の再編成が実施され、 1970年代中頃には実 験は500件を越え、 70年代終わりまでには数千の職場に及んだという7)。
さらに、 これら北欧二か国における成果は、 当時、 労働者の欠勤率や退職率 の上昇、 アパシーの蔓延、 非公認ストライキの増加等に悩み、 労働者の職務不 満が盛んに論議されていた世界各国の関心を集め、 以後、 QWLは世界的規模 の問題となっていくのである8)。
したがって、 ノルウェー産業民主化プロジェクトは、 QWLのその後の世界 各国における展開の出発点であり、 まず最初に考察されるべきであろう9)。
とうして、 1962年にNAFとLOの合同委員会が設置され、 産業民主化プロ ジェクトが開始されたのだが、 その第一段階として実施された取締役会への労 働者代表情11は、 十分な成果をあげることができなかった。
そごで第二段階として、 個人的な参加を促進する新しい作業組織を形成する 実験9)が進められることになった。 之の実験の基本的な目標は労働j疎外の軽減 と人的資源、の有効利用であり、 しかもその目標を、 利潤や生産性を阻害せず、
また労働者の生活水準を向上させるという制約条件のもとで、 達成するととで あった。
そして、 ごれらの新しい職務設計の考え方のもとに、 1964年より種々の産業 で実験が始められたのであるl01 0
以下、 ごれらの事例をいくつか紹介しよう。
( 1 )クリチャニア ・ スピーグヴルク社のワイヤ一巻取り部門11)
従来、 ごの職場ではワイヤ一巻取りの職務は一人一台担当になっており、 切 れたワイヤーを処理する場合、 二人の協力作業が必要であった。 しかし、 実際 には作業者の相互援助は行なわれていなかった。 賃金も個人的出来高給であっ たために、 一層作業者相互の依存関係は断たれていた。
そこで、 新しい作業組織では一人一台担当の原則をやめ、 集団で数台を担当 することになった。 すなわち、 職務転換を導入して5---6名で従来の7台の機 械を担当した。 職務転換を可能にするため、 各作業者は集団内部の訓練によっ て、 他の作業者の技能を習得した。 賃金も固定賃金に集団ボーナスを加える形 態とした。
これらの変更の結果、 実験参加者は全員新しい作業方式を好むようになり、
彼らの職務満足は増大し、 生産性は20---25%増大した。
しかし、 このような成果が見られたにもかかわらず、 実験職場の労働者の賃
金と非実験職場の労働者の間に所得の不問衡が生じたために、 新しい作業方式 は半年後に中止された。
( 2 )ハンスフォス社の紙パルプ工場12)
この工場には、 次のような問題点が存在していた。
①不適切な賃金制度。 作業員の賃金体系は複雑で、 個人の努力とその賃金と の関係が不明確であった。 またボーナスは製品品質と無関係に製品量のみに基
づいて設定されていた。
②職務の狭い限定。 職長は「火消し役J (trouble-shooter)として職場を歩
き回り、 問題を発見すると近くの労働者にその職務範囲外のことを無報酬で依 頼しなければならなかった。 そのため作業者は余分な仕事をさせられないよう に自己の職務を一層狭く限定していた。
③相互に分離した職務。 作業員は専門化した狭いひとつの職務しか訓練され ていなかったので、 生産工程の諸変動にうまく対応することができなかった。
そのため設備の稼働率を悪化させていた。
これらの諸問題を解決する新しい方式として、 生産工程全体に責任を持つ作 業集団が導入された。 その結果、 作業員の学習機会が増大し、 さらに工程の安 定化や安全・清婦などの改善提案が出されるようになった。
このように、 ノルウェー産業民主化プロジェクトは、 特定のいくつかの企業 ではめざましい成果をあげた。 しかしながら、 そのような成功は実験的な少数 の職場にとどまり、 全般的に見ると、 QWLの新しい方向は従来の労使双方の 慣行と対立する点を含んでいたため、 ノルウェーにおいては当初期待されたほ どには普及しなかった13)
第3節 スウェーデンにおけるQWL
スウェーデンでは、 1960年代に入って、 産業における労働のあり方や労働疎 外の問題が労使の間で盛んに論じられるようになった14) 。
この理由としては、 第一に、 スウェーデンにおいて196 5年以降、 労働争議と りわけ中央の労働組合の承認を得ない山猫ストが多発したことがあげられる。
そして、 このような労使関係の悪化の背景として、 従来の科学的管理法あるい はテイラー ・ システム的な作業方法が批判の矢面に立たされた。 つまり、 テイ ラー ・ システムに基づく極度な職務の細分化が労働者に 疎外感をもたらしたと 理解されたのである15)
また第二の理由は、 完全雇用政策のもとにあって、 外国人労働者が多く流入 したごとである。 この外国人労働者の増大が、 汚れた単調な作業へのスウェー デン人の就業拒否を生み、 労働力募集上の問題をもたらしたのである16) 。
ごのような事態、に直面して、 経営者連合会(S A F)と全国労働組合連盟 (L 0)およびホワイトカラーを組織している職員中央評議会(TC 0)は、
1966年に協調問題推進評議会を結成し、 1966年から68年の間に15の企業で作業 組織改善の実験を導入している。 その後196 9年にノルウェーの実験結果が報告 されると、 経営者はこの協調問題推進評議会を通じて新しい作業組織の導入に 一層努力するようになったという17) 。
以下、 スウェーデンにおけるQWLのいくつかの事例を見てみたい。
( 1 )サーブ・ スカニア社18)
新しい作業組織が導入されたのは、 トラック組み立てを行なっているソード ルテリア工場である(図1、 12ページ参照)。
実験は1968年に始められたが、 当時、 同社では組み立てライン労働者の募集 が困難になっており、 また生産コストが高く競争に耐え難くなっていたので、
従業員との協議の後に、 実験に踏み切ったといわれている。
図1 サーブ・ スカニア社の新しいエンジン組立工場のレイアウト
(注)1. 原材料)!月入:'HI品搬入 2. 受入検査 3. 原材料.fiW 4. 幼山工場からの エンジン . フブ.ロツク 5. シリンダ一 .へツドのb加l日!工 6. コオネ、クテイング . rロIツ
γ 7. 工ンジン.フブ.ロツク加工 8. クランク .シヘヤ,フトb加11工 9. f川':1川:1日;'A山川1hVlJ川' 1刊O. 打印抑1I品t企!Jト川川,1抗IC 1日1. グj作レ一プ制組l立(組立作業グル一プ) 1ロ2. エンジン.テスト 13. 完成品ストック 14. エンジン搬出
(出所)武津信一編著『労働の人間化一始動したQWL革命一』
総合労働研究所、 1975年、 180ページ。
実験では、 組立工場の3か所で、 10---12名からなる生産グループ
(production group)が形成された。 乙のグループの中で、 メンバー相互の職務 転換や個々の職務t広大が実施され、 それによって簡単な修理や品質検査なども 行えるようになった。 また、 生産グループ聞の調整と情報交換のために生産グ ループの代表2"-'3名、 職長、 計画者、 経営工学専門家からなる開発集団
(deve1opment group) を設置した。 この実験は次第に拡大され、 1973年までに 165の生産グループが形成され、 同工場の約60%の労働者が参加するまでに至 った。
その結果、 労働移動率は、 シャーシ組み立てラインでは1969年の70%から19 72年の20%へと低下した。 また生産ラインの突発的停止率も、 1969年の6%か ら1972年の2%へと低下している。
( 2 )ボルボ社カルマル工場
ボルボはスウェーデン最大の自動車メーカーである。
1960年代に伝統的な組立ラインに基づく生産体制を確立した19) 同社で、 ベ ルトコンベアを廃止したカルマル工場を建設する最終的意志決定が下ったの は、 1972年の春のことであった20) 。 乙の決定に大きな影響を与えたのは、 19 69年12月11日に発生し、 56日間続いたスウェーデン北部の鉄鉱山キールナでの
4,800人の労働者の山猫ストライキであったといわれている。 キールナの山猫 ストは全国に波及し、 スウェーデンにおける1970年の山猫スト発生件数は128 件を越えた。 そして、 ボルボにおいてもキールナの影響を受けたといわれる山 猫ストが約半年後に発生したのである21)
しかし、 ボルボをしてカルマル工場建設に向かわせた直接的な理由は他に あった。
それは、 とりわけ高い欠勤率、 退職率および求人難であった。1972年におけ るボルボのヨーテボリ地区の欠勤率は全体で22.3% (病気欠勤はうち、 13.4
%)であり、 退職率は30%を越えていた。 また、 自動車産業の求人難はとりわ
け大きく、 ボルボ(ヨーテボリ、 ダルスランド、 オロフストレムの各工場のみ の合計)では、 外国人労働者の生産労働者に占める割合は、 1972年に実に45.2
%に達していた。 ボルボとしては、 求人難の下で、 高い退職率、 欠勤率に対処 しなければならなかったのである22) 。
それでは、 カルマル工場はどのような点で従来の工場と異なっていたのであ ろうか。
まず第lに、 同工場では騒音を減らすごとに努力が払われた。 低騒音は作業 環境の快適さのために重要であるだけでなく、 労働者間のコミュニケーション を容易にし、 グループ作業を支援する目的を持っていた。 また、 照明や換気に ついても相当な改善が行なわれた23)
第2に、 最も革新的であり、 かつ当時世界中に喧伝されたのが、 ベルトコン ベアを廃止し、 生産方法を労働者のグループ単位での組み立てに変更したこと である。 作業の基本は15'""'-'20人からなる作業集団とされ、 乙のグループは、 そ れぞれ専用の作業場(約1,000m2 )をもち、 独自の入口、 更衣室、 コーヒー
・ コーナーを持つ。 これにより、 それぞれがグループとしてのまとまりを保ち やすくなり、 その中ではあたかも小工場の中で働いている感じをもてるように 配慮された。
とのようなグループ組み立てを可能ならしめるために数々の技術上の変革が 行なわれた。
それらのうちの重要なものは、 まず、 シャーシ等を乗せて移動する自走式 キャリヤーの開発である。 とのキャリヤーは移動スピードを変えるごとが可能 であり、 労働者が無理な姿勢で作業する必要性を減らすために、 上下に高さを 変えることと、 シャーシを900 傾けることができるようになっている。 さらに 労働者が享受しうる自律性の範囲を大きくするために、 労働者のグループを単 位とした各工程の前後にバッファーとしてのストックがおかれた。
以上のような直線組立方式の他に、 同工場では工程によっては、 ドック組立 方式が採用された。 乙れは、 バッファー・ スペースから移動してきたキャリ ヤーを2�3人のチ←ムがそれぞれ自分たちのチームのドックヘ引き込んで、
そこでグループ内の作業の全て行ない、 作業が終わるとキャリヤーを本線へも どし、 次のキャリヤーを引き込むというものである24) 。
以上のような革新によって、 1976年の時点で、 欠勤率はトルスランダ工場の 19%に比べ、 カルマル工場では14%に、 また、 労働移動もトルスランダ工場の 21%に比べ16%に、 それぞれ低下したといわれている25)
第4節 アメリカにおけるQWLのいくつかの先駆的な形態
アメリカのQWLの歴史は、 1943年26) にIBM社のエンディコット工場で 実施された職務拡 大にまで遡ることができるといわれている。 そごで本節で は、 アメリカにおいてQWLが本格的に普及する1970年頃までに散発的に行な われたQWLの先駆的な事例をいくつか紹介するごとにしたい。
(1) IBM社エンディコット工場27)
職務拡大は、 1943年、 同工場の部品製造部門で開始された。
職務拡大の導入以前は、 この部門には3種類の労働者が存在していた。 工作 機械によって部品加工を行なう機械工(machine operator)、 工作機械の準備を する準備工(setup man)、 それに加工を終えた部品を検査する検査工
(inspector)である。
1943年、 職務拡大が実行に移され、 従来、 部品加工だけを担当していた機械 工は、 準備工と険査工の職務を併せて行なうことになった。 ちょうどこの時期 にIBM社は事業の拡張期を迎えていたので、 仕事を奪われた準備工と検査工 は配置転換によって解雇を免れた。 また、 彼らのうちの何人かは機械工の指導 員(instruc tor)としてそのまま残った。 この結果、 間接的な労働コストはかな りの減少を見せた。
結果として、 同工場の職務拡大は、 機械工の賃上げや新しい検査用設備の購 入などのために一定の費用を要求したが、 それを相殺して余りあるだけの利益 をあげた。 それは主に次の3つであった。
①製品の品質の向上。 職務拡大の導入後、 欠陥品や不良品による損失が急激 に低下したが、 これは、 個々の機械工が自分の作業の質的側面により大きな責 任を持つようになったごとに大きく依存している。
②アイドル・ タイムの減少。 機械工が自分で準備と検査を行なうようになっ たので、 時間の大きな節約となった。 これによって、 準備と検査のためのコス
トは95%減少した。
③労働者が、 興味、 多様性、 責任感を感じるようになったこと。 乙れに加え て、 労働者の賃金が上昇したこと。
要するに職務拡大は、 会社に対しては、 欲求を充足された労働力、 生産コス トの削減、 製品の品質の向上を、 労働者に対しては職務満足と高賃金を、 消費 者に対しては良質の製品を、 それぞれもたらしたのである。
職務拡大はまた、 工場内の社会構造にも大きな影響を与えた。 例えば工場内 の身分制度は、 職務拡大が導入され、 準備工と検査工という、 職長と労働者と の聞に位置するひとつの階梯が抜け落ちたごとによって様変わりした。 つま り、 準備工と検査工は、 職長代理のような、 ある種の半監督者的役割を果たし ていたので、 彼らがいなくなることで一般の労働者は威信を得、 その身分が上 昇したのである。
また、 工場内の人間関係も激しく変化した。 例えば職長は、 技術的・人的な 問題を直接、 より頻繁に労働者と話し合うようになったので、 その結果、 工場 内の組織は、 より簡素で、 より形式ばらず、 より統合されたものとなったので ある。
( 2 )メイタッグ社28)
1950年代末からベルトコンベアによる組み立てラインを廃止し、 単調作業の 職務拡大に成功した代表的なものとして、 メイタッグ社の事例をあげるごとが できる。
同社では家庭用洗濯機を製造しているが、 職務拡大が実施されたのは、 給排 水ポンプの製造工程である。
職務拡大の導入以前は、 ポンプの組み立ては組み立てラインの6人の作業者 によって行なわれていた。 l台のポンプを組み立てるのに必要な時間は1. 77分 であり、 作業者一人あたりでは約0.30分であった。 また、 個々の作業者は平均 して6つの作業要素(work elements)を遂行していた。
1959年10月、 との工程で職務拡大が開始され、 ベルトコンベアによる組み立 てラインが個人別組み立てに移行した。 それまで組み立てラインで遂行されて いた仕事は、 4つの一人作業用ステーションで行なわれるようになり、 個々の 作業者は 1台のポンプを1. 49分で組み立て、 その時間内で35の作業要素を行な うようになったのである。
同工程での職務拡大の実験は約半年間続けられたが、 結果として、 約2,000
ドルものコストの節約につながったという。 個人別組み立てが、 学習コスト、
スペース ・ コスト、 設備コストの面でベルトコンベアによる組み立てラインよ りも割高であったにもかかわらず、 ごのような成果があがったのはひとえに、
非生産的労働時間(non-productive work time)とバランス・ディレイ ・ タイム (ba1ance delay tirne)の短縮による労働コストの節減による。
コナンとキルブリッジ(E.H.Conant and M.D.Kilbridge)によれば、 労働者の 作業時間は、 生産的労働時間(productive work time)、 非生産的労働時間、 バ ランス・ ディレイ・ タイムの3つから構成されているという。
生産的労働時間とは、 生産的労働のすべての要素を遂行するのに必要な時間 であり、 ごの時間は、 仕事がどのように分割されるかに関係なく同じである。
また、 非生産的労働時間とは、 製品や工具を手に取ったり、 作業者が作業場 に着いたりそこから離れたりする際に費やされる時間である。
そして、 バランス・ ディレイ・ タイムとは、 作業者間の不完全な分業によっ て発生する遊休時間である。 組み立てラインでは各作業者に仕事を均等に害!Jり 振ることは困難であり、 過小な割り当てを受けた作業者にはいくらかの遊休時 間が生じることになるのである。 とごろが、 個人別組み立ての採用によって、
バランス・ ディレイ ・ タイムはゼロになった。
また、 個人別組み立てに対する労働者の反応も、 速度の自己規制、 仕事との つながり、 作業の多様性、 製品の品質への貢献等の点で、 大きな職務満足を得 ているという結果が出ている。
第5節 アメリカにおけるQWLの本格的な普及
アメリカにおいてQWLという用語が広く普及し、 その改善についての公共 的関心が高まったのは1970年代初頭のことであった。
ごの頃になると、 ゼロックス、 GM、 ゼネラル・ フーズ等のいくつかの知名 度の高い企業でもQWLが導入されるようになり、 アメリカ全土では1970年か ら76年の聞に70"-'90もの実験が試みられ29) 、 ブームといって良いほどの盛況 を見せた。
乙れらの企業がQWLの諸胞策を自発的に導入したのは、 その企業が労務面 で直面していた諸問題、 例えば労務費の圧迫、 低い労働生産性、 高い欠勤率・
労働移動率、 高い仕損率、 製品品質への消費者からの苦情、 労働者の生産制 限、 材料の浪費、 機憾の破損、 非公認ストライキなどへの解決のためであった といわれる。
当時のアメリカでは、 ベトナム反戦運動、 マイノリティの市民権運動、 大学
紛争、 ヒッピーなどの社会不安が渦巻き、 伝統的なアメリカの価値観に懐疑的 な新しい世代が台頭していた。 そして、 これらの新しい世代の労働者たちは、
自己実現や個人的成長欲求を阻止している自己の職務に不満を持ち、 これが上 記の諸問題として噴出したと考えられたのである。
乙のなかでも、 1972年初頭に起きたGMのローズタウン工場でのストライキ は1970年代における労働疎外とそれに対する労働者の反乱の象徴として、 そし てQWL改善の必要性を証明する事件として注目を集めた。
ローズタウン工場のストライキが当時急速に広まったQWL議論の社会的背 景要因を説明する象徴的事件としてジャーナリズムや一般公衆から重要視され たのは次の3点であった30)
まず第一に、 乙のストライキの要求事項が賃率、 付加給付、 労働時間等の伝 統的な要求項目ではなく、 アセンブリーラインのスピードアップへの反対とい うものであったごとである。 労働者は極限まで細分化されたアセンブリーライ ン上の単調かつ苛酷な仕事の苦痛を高い賃金や付加給付で代償させる乙とを拒
否し、 職務内容そのものの変更を求めたのである。 QWL思想、の中心を占める 労働内容そのものへの配慮の主張はとのような労働者の職務不満に対応するも のとして把握された。
第二に、 ごのストライキが最新鋭技術を導入した工場で起ごっているという 事実である。 このととは1970年代以降の新技術がQWL向上の必要性を生ぜし めるような欠点を内包していることを示している。
第三は、 ローズタウン工場の労働者の大半が25才以下の若年層であり、 職務 内容そのものへの不満に根さeして行なわれたローズタウン工場ストライキが多 分に若年労働者たちの独自の労働観を反映しているという点が重要視された。
すなわち、 若年労働者の中には、 労働の無意味観、 疎外感を金銭的代償によっ て耐えようとする古い世代の労働観をもはや持たない「ニュー・ ブリード」が 増えてきており、 ローズタウン・ストライキは新世代の労働者たちの価値観を 象徴した事件としてとらえられたのである。
そして、 このようなQWLへの関心の高まりを反映して、 いくつかの社会的 な動きが見られた。
たとえば、 1972年7月25・26日に連邦議会で行われた労働疎外に関する公聴 会と、 健康・教育・厚生省の委託研究としてまとめられた労働問題に関する包 括的な報告書である『ワーク ・イン・アメリカ』の同年の出版が、 QWLに産 業界のみならず労働組合や一般社会および政府の関心を集めるに至った直接の きっかけとなったといわれており、 また、 QWL研究者の大規模な国際会議が 1972年9月24'"'-'29日にニューヨーク州のアーデン・ ハウスにおいて開催され、
QWLに世界的な関心を集めた。 さらにこの問、 大学、 公共機関等の手で多く のQWL改善推進機関が設置された。
注
1 )奥林、 前掲書、 1 ページ。
2 )向上、 3ページ。
3 )向上、 3�5ページ。
4 )向上、 5�6ページ。
5 )倉田、 前掲論文、 43'""'-'46ページ。
6 )奥林、 前掲書、 40ページ。
7 )赤岡功『作業組織再編成の新理論』千倉書房、 1989年、 70ページ。
8)向上、 57ページ。
9)その際の有力なアプローチとして、 1950年代にロンドンのタピストック人 間関係研究所の研究者たちによって開発された社会・技術システム論
(socio-technica1 system theory)が使われた。 ごの理論は、 作業組織が 社会システムと技術システムから構成されているごとを明らかにし、 両シ ステムの同時巌適化(組織成員の満足を最大にする社会システムの最適化 と、 技術の要請を満たして可能な限り高い効率をあげる技術システムの最 適化)をもたらす具体的な新しい作業組織として半自律的作業集団を提示 した。
10)奥林、 前掲書、 43"-'46ページ。
11)向上、 49"-'50ページ。
12)向上、 52"-'54ページ。
13)向上、 59ページ。
14)向上、 80ページ。
15)向上、 63"-'64ページ。
16)向上、 63ページ。
17)向上、 63"-'64ページ。
18)向上、 70'""'-'71ページ。
19)向上、 74ページ。
20)赤岡、 前掲書、 112ページ。
21 )向上、 114ページ。
22)向上、 121r-..-122ページ。
23)向上、 125ページ。
24)向上、 125r-..-127 ページ。
25 )奥林、 前渇書、 7 4,--._;7 7ページ。 このような成果がすべて、 作業組織の変革
の結果であるかどうかは疑わしい。 その理由としては、 まず第一に、 カル マル工場は従業員数600人ほどの小工場であるのに対し、 トルスランダは 8,000人の大工場であるし、 労働力の構成にも違いがある。 また、 カルマ ルは、 労働運動のとくに盛んなヨーテボリ、 ルンド、 ストックホルムなど の都市からかなり離れた地方の小都市である。 また、 カルマル工場の経営 者にとって、 欠勤率14%という数字は、 さらに何らかの欠勤対策を必要と するものであり、 労働組合にはかった上で、 「欠勤対策プールJが設けら れている。 これは、 各監管のもとに、 特定の任務を持たない数名の労働者 をプールとして設けておき、 欠勤の生じた仕事に随時配置するというもの であった。 赤岡、 前掲書、 131�132ページ。
26) 1 B M社エンディコット工場における職務拡大の開始年は文献によって異
なっているが、 ここでは下記のWa1kerの説にしたがった。
27 )同工場の職務拡大に関しては、 次の文献を参照した。 C.R.Walker,
“The Problem of the Repetitive Job " ,Harvard Business Review,
Vol.28,No.3,195 0.
28)メイタッグ社の事例に関しては、 次の文献を参照した。
M.D.Kilbridge, “Reduced Costs through Job Enlargement:A Case The Journal of Business,Vol.33,No.4 ,1960.
E.H.Conant and M.D.Kilbridge, “An Interdisciplinary Analysis of Job Enlargement:Technology,Costs,and Behavioral Implications Industrial and Labor Relations Review,Vol.18,No.3,April,1965 . 藤原孝男「成果志向の職務再設計J [J経済科学』第30巻第2号、 1982年。
29)奥林、 前掲書、 154ページ。
30)倉田、 前掲論文、 46"-'47ページ。
第2主主主 アメリカタヲイ吏関イ系Lご関する 王里言命白勺アフ。口一一チと
歴歪5l::_白勺オ食言寸
第1節 アメリカ労使関係分析のための理論的枠組み
KKMが提唱する、 労使関係分析のための理論的枠組みを示したのが、 図2 (25ページ)である。
とのモデルの第一の特徴は、 経営、 労働、 政府の三つの当事者がそのなかで それぞれの目的を達成すべく活動している企業レベルの労使関係の制度的構造 (institutional sLructures of firm-level industrial relations) と、 外部 環境(external environment)の二つが、 労使関係、の結果を決定すると主張して いる点にある1}。
制度的構造内部の当事者たちは、 外部環境からのさまざまな圧力に対応し変 化していかなければならない。 しかしその際、 制度的構造はこれらの環境要因 によって一方的に規定されるわけではなく、 その適応の過程においてかなり大 きな選択の幅が存在しているのであり、 当事者たちは、 相互に影響し合いなが ら、 その選択肢のなかから各々の価値、 目的、 戦略を反映する戦略的選択
(strategic choices)を行なっているというのである2}。 ごのような当事者た
図2 労使関係分析のための理論的本特Eみ
企業レベルの労使関係の市11度的構造 戦略レベル 儲縦 の 回戦 的略
一
的略回戦
のA口浩~
組構
\
、1.\
ι、
外部環境 結果
---ノ
労働市場
労働力の特性
L 型 とう
)vと価値 製品市場 伎術
公共政策
�合
職場レベル
の 造
渉構
十父 交渉の
過程
交渉の結果/
当事者や政府の 目的の達成
作業誘蹴
従業員の動機づけと目的 I -,
I (参加を含む) 1 ,/
J •小 一一一 一一一一斗 レ
|
コンフリクトの解決ド i
|
正当な手続き|
一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一」
(出所) T.A.Kochan,H.C.Katz and R.B.McKersie,The Transformation of American Industrial Relations (以下T'ransformation ) ,Basic Books,1986,p.ll.
およびT.A.Kochan and H.C.Katz,Collective Bargaining and Industri�l Relations(2nd凶.) (以下Collective Bargaining) , Irwin, 1988,p.5.
より作成。
ちの価値、 目的および戦略のなかでも労使関係に最も大きな影響を与えている のは、 経営側のそれである。 というのは、 1960年以来、 組合の行動や政府の政 策が経営者と比較してきわめて遅々たるものであったからだという3)。
1980年代まで大部分の組合は、 団体交渉の伝統に安住し、 職場における従業 員参加の要求を無視し、 また労働者の組織化・代表に関する新たな戦略を必要 とする市場や技術の変化に対応する努力を怠ってきた4)。 また同様に、 政府の 政策は、 1960年代から70年代初めを通して、 安全・衛生、 雇用機会均等、 年金 などの分野ではかなりの進展を見せたのに対し、 団体交渉や労使関係を管理す る基本的な政策は手つかずであった6)。
さらに、 乙のモデルの第二の特徴は、 制度的構造を三層(three-tiers)に区 分していることである6) (図2参照)。 なお、 表1 (27ページ)は、 経営、 労 働、 政府の諸活動を三段階に分類したものである。
三層からなる制度的構造のうち、 上層は戦略レベル(strategic level)であ る。 このレベルには、 団体交渉と労使関係に影響を与える戦略、 価値、 それに その他の組織特性が含まれる。
また、 中間層は機能レベル(functional level)あるいは団体交渉レベル
(co11ective bargaining level)であり、 乙れに含まれるのは、 労働協約交渉 の実際の過程と結果である。
そして、 下層は職場レベル(workplace level)であり、 ごごには、 労働者、
監督者および組合の代表が、 労働協約の管理のために、 あるいは職場の日常生 活における変化および新たに発生した問題の調整のために行なう諸活動が含ま れる710
乙の三層の構造が分析上有効である理由の一つは、 KKMによれば、 ごれが 従来の労使関係理論が明確にしていない点、 すなわち企業内の労使関係のさま ざまなレベルで発生する戦略や実践の不統一や内的矛盾を指摘する点であると いう。 例えば、 これによって、 組合の存在する事業所の職場レベルで労使協力 を積極的に推進している企業が、 同時に新工場を組合に組織化させない戦略を より高いレベルで展開するような行動の分析が可能になるのである8)。
表1 労使関係活動の三つのレベル
レベル
長期戦略と 政策立案
団体交渉と 人事政策
職場と個人/
京E織との関係、
使用者
企業戦略 投資戦略 人的資源J戦略
人事政策 交渉戦略
監督のスタイル 労働渚参加
脱線計と作業誘蹴
(出所) Transfonnation,p.17.
労働組合
政治戦略 参加戦略 組織化戦略
団体交渉戦略
協約管理 労便賭参加
脱線計と作業誘臓
政府
マクロ経済政策 と社会政策
労働法と行政
労使賭持 労働者参加 個人の権利
さて、 KKMの主張を整理して、 アメリカ労使関係の変容を示したのが、 図
3 (29ページ)である。 乙れによると、 ニュー・ディール以来、 アメリカ労使 関係の基調を成していた伝統的な組合型労使関係システムは、 労働市場と製品 市場の変化および非組合型労使関係システムの圧力によって、 新しい労使関係
システムへと変容し始めている9)。
図3 アメリカ労使関係の変容
伝統的な組合型 変 容 新しい労使関係システム
労使関係システム ,
ト
戦 戦略的な意思決定は 戦 戦略的な意思決定への労働者・
略 独占的に経営の統制 略 労働組合の参加
レ 下にある レ
ベ ゴドゑE合型 べ
jレ 労使関係システム jレ
団 賃金・労働時間など 団 団体交渉の結果における変化
体 の労働条件は団体交 体 ①賃金・付力隊合付の譲歩
父 渉で決定 3と ②ワークルールの変更
渉 ①労働コストの上昇 渉 団体交渉の過程における変化
レ ②パターン・パーゲ レ ①交渉ネ献宣の分権化
べ ニング ベ ②労使関係、スタッフの儲リ低下
jレ jレ ③コミュニケーションの増大
④状j応臨E、的な賃金決定 職 職す寿夫見制組合主義
場 職 QWLの導入
レ 場 =職務扶見制組合主義の解体
べ レ
jレ べ
← jレ
第2節 伝統的な組合型労使関係システムの特徴
1929年の大恐慌からの復興を最大の課題として出発したルーズベルト政権に よって1933年に制定された全国産業復興法(National Industrial Recovery
Act)、 通称ニラ法は、 第7条a項 によって、 アメリカの労働者 に初めて団結権 と団体交渉権を認めた。
第7条a項は、 以下の3つの条項 から成っていた10) 。
( 1 ) 被用者は団結権および自ら選んだ代表者を通じて団体交渉する権利を 有し、 かつ代表者の指名、 自主的団結の組織化または団体交渉その他の相互的 援助ないし擁護のための団体活動 に ついて、 使用者またはその代理人から妨 害、 制限、 強制をうけないこと。
( 2 )いかなる被用者または求職希望者 も、 雇用条件として会社組合に加入 するごと、 または自ら選んだ労働者団体に加入せず、 またはそれを組織し支持 するなどの行為をし ないよう要求されないごと。
( 3 )使用者は、 大統領により承認されまたは定め られた最低限度の賃金・
労働時間およびその他の雇用条件を遵守すべきこと。
上記の ( 1 )と ( 2 )は、 明らかに団結権と団体交渉権を認め、 使用者の不 当労働行為を禁じたものであるが、 未だ 不当労働行為に 対する法的制裁措置を 示すには至っていなかった。
さらに、 これらの条項の中で、 解釈上の論争を引き起こした最大の問題は、
会社組合を労働者 が「自ら選んだ代表者Jとみなしうるか否かという点であっ た。
これに関して、 全国製造業者協会をはじめとする使用者は、 ごの条文が会社 組合を承認した ものと解釈し、 従業員代表制に対して団体交渉権を与える活動 を促進し、 1Q33年には会社組合に組織される従業員は約300万人となり、 労働 組合の組合員数と措抗するに至った11) 。
これに対して、 A F L ( アメリカ労働総同盟)加盟の各組合も、 鉄鋼、 自動 車、 電機、 ゴム などの大量生産工業部門で 活発に組織化運動を展開し、 その結
果、 1933年末から1934年にかけて組合承認を要求するストライキが激増した 12)
このような労使間の紛争の斡旋、 仲裁、 調停のために1933年8月に全国労働 委員会(National Labor Board)が設置されたが、 紛争解決のための権限をなん
ら与えられていなかったために、 有名無実化していたと言われる。
景気回復の遅れと組合承認争議の頻発によって、 次第にニラ法体制に批判的 になってきた使用者側の運動もあって、 同法は、 1935年5月に連邦最高裁の判 決によって合衆国憲法違反とされ、 1935年5月に失効した13) が、 これに代わ って、 労働者の団結権、 団体交渉権を強化する目的で、 1935年7月に発効した のが全国労働関係法(Nationa1 Labor Re1ations Act)、 通称ワグナ一法であ る。
すなわちワグナ一法は、 適正交渉単位内の被用者の過半数によって選出され た労働組合に排他的交渉代表の地位を与え、 使用者の反組合的活動を不当労働 行為として禁止し、 さらに、 これらの制度を実効あるものとするために一定の 権限を有する全国労働関係委員会(National Labor Relations Board
以下NLRB) を設置したのである。
以下、 やや詳細に説明していこう。
まず、 ワグナ一法は第8条で、 以下の5つの行為を使用者の不当労働行為と して禁止している14) 。
①同法第7条で保障する権利(団結権および団体交渉権)の行使につき、 被 用者に干渉、 抑制、 強制を加えること。
②労働団体の結成または運営を支配し、 もしくは乙れに介入し、 あるいはこ れに財政上の援助を与えること。 ただし、 同法第6条に基づいてNLRBの制定・
公布する規則および規定の範囲内で、 被用者が、 労働時間中に、 時間または賃 金を失うことなく使用者と協議することを認めるごとは、 使用者に対し禁止さ れるものではない。
③雇入れ、 または雇用関係の継続、 もしくは雇用条件につき、 差別待遇をし て、 労働団体の構成員たることを奨励しまたは妨害すること。 ただし、 同法そ
の他合衆国法規のいかなる定めも、 使用者が労働団体と協定し、 雇用条件とし て、 当該団体の燐成員たることを要求することを妨げない。 ただし、 かかる労 働団体は、 同法第9条( a )により、 その協定の適用される適正交渉単位にお いて、 被用者の代表であることを要する。
④被用者が同法にもとづいて提訴または証言した乙とを理由として、 これに 解雇その他の差別待遇をすること。
⑤同法第9条( a)の規定に従って選出された被用者の交渉代表と団体交渉 するごとを拒む乙と。
また、 同法第10条は、 不当労働行為市IJ度についてのNLRBによる救済手続きを 以下のように規定し、 実効あるものとしている1 6) 。
NLRBにおける救済手続きは、 まず、 NLRBの監督下にある地方支局によって開 始され、 これについてNLRBが再審査する。 地方支局が提訴を受理し、 現地調査 官(Field Examiner)が事件の調査にあたり、 和解、 提訴取り下げ、 却下となら ない限り、 NLRB本局の予審官(Trial Examiner)が事件をうけついで、 審問 (Hearing) を行ない、 中間報告書を提出する。 ごの報告書には、 NLRBの認定し た事実、 結論、 行なうべき措置の勧告などが記載され、 乙の判定や勧告に対し 当事者が異議申し立てを行なわない時、 審問官の勧告が正式の命令となる。 異 議申し立てが行なわれた時には、 それ以前の審理過程におけるすべての記録が NLRBによって再審問され、 その後、 事実認定を行ない命令を発する。 NLRBは不 当労働行為事件に対する排他的管稽権を持つが、 その命令には法律上の執行力 が伴わない。 そこで、 当事者がその命令に従わない時には、 NLRBから連邦控訴 裁判所に対し、 命令の執行および適当な暫定的救済または制止命令(Temporary Relief of Restraining Order)を請求できることになっている。 従って、 裁判 所は、 その審理手続きに基づき、 NLRBの命令を支持、 修正あるいは取り消すこ とになるが、 その事実認定が実質的証拠(Substantial Evidence)に支えられて いるかぎり、 原則としてこれを覆してはならない。 その命令を不服とする当事 者は、 控訴裁に司法審査(Court Review)を請求するととができる。
1936年に再選されたルーズベルト大統領は、 行政改革の一環として最高裁判
所の人事異動に着手した。 ごの結果、 最高裁判所の態度がニュー・ディール政 策協力へ一変し、 ワグナ一法は1937年4月12日に合憲判決を受け、 アメリカ産 業界に完全に定着したのである16)
ごれによって、 ごの時期から1980年代の初めまでほぼ50年もの長きに渡って アメリカ労使関係の基調を成した伝統的な組合型労使関係システムが確立した といえよう。
では、 この伝統的なシステムは、 どのような特徴を有しているのであろう か。 それを、 戦略レベル、 団体交渉レベル、 職場レベルの三層に区分すると、
次のようになる。
アメリカでは伝統的に、 団体交渉制度は労使関係に占める比重が大きく、 雇
用関係にかかわるさまざまな問題を処理するための最善の方法と認められてき た。 それゆえ、 賃金などの労働条件をはじめとするきわめて広い範囲の問題が 団体交渉を通じて決定されるのである。
このような団体交渉の発展にともなって、 「経営は行動し(act)、 労働者と 組合はそれに反応する(react) Jという原則が、 アメリカ労使関係の中心的な 教義として定着した17) 。 それゆえ、 企業の戦略的意思決定は独占的に経営の 統制下にあるのである18) 。 これは、 労働組合は資本主義体制の転覆などの政 治的目標は放棄し、 もっぱら団体交渉を通じて賃金、 労働時間その他の労働条 件の改善を目指すべきであるとするビジネス・ユニオニズムを反映したもので ある。
すなわち、 伝統的なシステムでは、 経営権に属する事項と団体交渉事項とが 峻別されており、 戦略レベルでは前者に関する意思決定を独占的に経営が遂行 し、 団体交渉レベルでは後者が労使間の討議で決定されるという特徴があるの である。
一方、 職場レベルの活動を支配しているのは、 職務規制組合主義(job
control unionism)である。 これは、 職務内容とそれに対応する賃率、 各種の 職務への配置、 昇進、 配転、 解雇、 再雇用などを明確に定義した詳細な協約 と、 それを円滑に運用するための苦情処理制度から構成されている19) 。
一例を自動車産業からあげよう。 表2 (35ページ)は、 GMのパス・トラッ ク工場の組み立て部門における職務区分と各職務の賃率を示している。 ごの部 門では、 一般の作業者は70種類の職務に細分化されており、 賃率は職務によっ て異なっている。 具体的な職務数は、 製品(パス・トラックかあるいは乗用車 か)や部門(プレス、 溶接、 塗装、 組み立てなど)によって若干異なるが、 乙 ごで示された職務分類数の多さという点は、 アメリカの自動車産業に共通して 見られる。 さらに、 各職務の作業内容は、 協約によって、 その職務に配置され た労働者に一種の縄張りとして排他的に割り当てられているので、 他の職務と の交替や助力は許されない。
また、 経営側がレイオフを実施する際には、 労働者を勤続年数の少ない順か ら解雇していくことが原則になっている。 ごの場合、 レイオフされた労働者が それまで従事していた職務を埋めるために、 相互に関連したいくつかの職務か ら構成される職務群の中を労働者が移動するごとになるが、 ごれも予め協約に よって厳密に決められている。 図4 (36ページ)は、 そのための職務移動順位 の一例を示したものである。 また、 ごれとは反対に、 新たに労働者を雇用する 必要が生じた時には、 レイオフされた労働者の中から勤続年数の長いものから 再雇用される。
以上のように特徴つ'けられる伝統的な組合型労使関係システムは、 ニュー・
ディール以降、 ワグナ一法に示された選挙手続きに基づいて自動車、 鉄鋼、 衣 料、 ゴムなどの主要産業で組合が組織率を伸ばすにつれて、 アメリカの産業に 普及していった。
しかし、 1937年までは重化学工業部門においては、 いまだ団体交渉制は存在 せず、 「温情的労資関係」による労働者支配が堅固に維持されていた。 ごの
「温情的労資関係、」の崩壊=解体と接合して、 重化学工業資本の経営が団体交 渉制の受容を余儀なくされていく転機となったものが、 1937年1,...,2月の44日 間におよぶGM社における工場占拠を伴う組合承認争議での全米自動車労組 (U AW)の勝利であったといわれている20) 。 そこで、 こごでは、 アメリカ の自動車産業における伝統的な組合型労使関係システムの確立の経緯を簡単に
表2 GMのパス・トラック工場の組み立て部門における 職務区分と賃率(時間あたりドル) (1981年)
職 務区 分
1 エアコン設備のテストおよび調整 2 エアーリベット工
3 エアーライン、 ヒーターパイプ、
コントロールロッド取付け
4 寸交組立工
5 ガソリン・タンク組立
6 アクスル・トランスミッション およびフレーム組立
7 ジャストのバランス調整
8 ボテψイーの移動
9 パス組立(塗装前) 10 配線関係(パス) 11 レザ一切断 12 ボディー修正
13 ボテ.ィー修正(塗装後) 14 ドアー調整ーパス 15 ドアー調整ートラック 16 ドアー移動ーパス 17 ドアー移動-トラック
18 ラパー取付け 19 電気関係故障修理
20 電気関係故障修理(パス塗装後) 21 排気ガスコントロールシステムの
チェックおよび調整 22 ガラス断的日工 23 フレーム材切断 24 配管加工
25 トラック用フレームのレイアウト および穴あけ(特殊)
26 一清支トラックフレームレイアウト 27特殊フレームのレイアウト 28配線関係のレイアウト 29 リノリウム切断および加工 30 シャフト機械加工
31 ボディー修理-RTS 32 ボディー修理一トラック 33 メカニック
賃 率 9.90 9.66 9.66
9.63 9.73 9.79
9.73 9.45 9.66 9.66 9.79 9.90 10.26 9.83 9.79 9.79 9.79 9.73 9.90 9.90 9.90
9.90 9.75 9.73 10.05
10.05 10.05 9.90 9.79 9.63 1 0.41 10.41 9.90
」一一一
34 ハンダ溶工修理工 35 メタル修正および仕上げ 36 タンク酸水洗浄
37 亜鉛メッキ工 38 亜鉛メッキ技術工 39 {土上げおよひ。つや出し
40 パスボディーの修理(塗装前) 41 パスボディーの修理(塗装後) 42 修理一最終ライン
43 エンジン修理
44 トラックボディーのリベット打ち 45 アライメント調整
46 縫いつけ機のオペレータ 47 シートメタルの組立工
48 エアーライン・ヒーターパイプの 樹妾
49 →支溶接工
50 フォーム成型一商用車 51 型板作成
(トラック用フレーム) 52 型板作成(配管) 53 リフトのオペレータ 54 切断工ーレイアウト 55 切断工ーシート 56 トラック組立(特殊)
57 水道一電気なとe工場施設の整備 58 水もれチェックおよび修理 59 アルミ溶接
60 アーク溶接またはアセチレン溶接
6 1 自動アーク溶接
62 パット溶接 63 特殊溶接(パス) 64 溶接機セットアップ 65 ヘリアーク溶接 66 シーム溶接 67 スポット溶接 68 アルミ構造溶接 69 ガソリンタンク;容t妾 70 シートのテストおよび調整
L一 一一
森正勝、 油井直次「日米自動車メーカーの生産方式比較」
『工場管理.il 1982年7月号、 32ページより作成。
9.90 9.90 9.63 9.63 9.99 9.99 9. 73 9.99 9.90 9.90 9.66 9.63 9.63 9.63 9. 79
9. 79
9. 79 10.31
1 1. 61 9.69 11. 61 9. 79 9.90 9. 79 9.90 9.90 9.90 9.90 9.63 9.99 9.79 9.90 9. 73 9.63 9.99 9.99 9.90
図4 トラック組み立て工場の職務移動順位 ボディー修正 型ト板ラ作ッ成クフーレーム
→
穴フあレーけム配置および什 問ス
「
コスン ロール↓ フレーム組立(特殊) シテム
時E
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