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イギ リ スにおける都市政策のアジェンダ変化

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(1)

国際関係論叢第三巻第二号(二〇一四年)一

  

第一節   都市政策

と 党 派性   

第二節   差異化

と し て の社会アジェンダ―政権第一期     

( 1

) 都市政策における連続性―都市地域

と 都市ルネサンス     

( 2

) 都市政策における変化―社会的観点     

( 3

) 政治構造への影響   

第三節   政治・市民アジェンダの浮上―政権第二期     

( 1

) 既存モデルへの懐疑―二〇〇一年の混乱     

( 2

) コ ミュニティ結束への注目     

( 3

) 市民再生概念の台頭     

( 4

) 規範・道徳性の追求

とセキュ

リ テ ィ   

第四節   社民主義的政策の性格

イギ リ スにおける都市政策のアジェンダ変化

     ―自由主義レジームにおける社民主義政権の改革 と ジ レンマ―

若松   邦弘   

(2)

イギリスにおける都市政策のアジェンダ変化(若松邦弘)   

第一節   都市政策

と 党 派性

 

本稿は

、 都市政策

を めぐる二〇〇〇年前後のイギ

リ スにおけるアジェンダの浮沈

を 検 証 す るもの

で ある

。 当 時イ ギ リ ス で は

「 新 し い 労 働 党

New Labour

)」 と 呼 ば れ た 労 働 党 政 権 が

、 サ ッ チ ャ ー 後 と し て は 初 め て 社 民 主 義 に 依 拠 す る政権

と し て 存在し

て い た

。 こ の 中道左派政権が都市政策の課題

と し て 何 を 見 つけ出したのかが本稿の問題意 識で あ る

 

イギ リ ス を 含 むこ の時期の西欧各国における中道左派政権

( 仏ジョスパン

、 独シュレーダー

、 蘭コッ

ク の各政権 など

) の歴史的意義は

、 ヨ ーロッパにおける冷戦の終焉

を 直に目撃した各国の中道右派政権

を 継 ぐ形 で

、 ポスト冷 戦期の第二幕

を 演 じた ところにある

。 新 たな時代に

、 従来 とは異なる党派色の政治勢力がど

のような方向性の政策 をと るかが注目さ

れ た

 

当時は一九八〇年代から

進 んだ経済グローバル化の弊害が噴出し

、 と くにヨーロッパの大陸諸国

で は

、 ユ ーロ導 入に向けた財政の引

き 締め と

、 構造的な失業

を 背 景 と した雇用改善

と がともに課題

となっ

て いた

。 また旧共産圏

や 中東

・ア フ リ カ地域からの人口流入

、加えて

一部にはそ

れ らに対

す る世論の反発も生じ

て いた

。 そ し て 政策的には

、 一九八〇年代にいくつかの国

で 台頭した新自由主義が先進諸国にあまねく拡大しようと

し て いた時期

で も あった

。 イギ リ ス で も 一九九七年の政権交代は

、 社民主義政党

と し て の労働党による大幅な政策の見直し

を 予感させるもの で あった

。 と くに同国の場合は

こ の見方の背後に

、 二大政党のもと

にある議院内閣制

と し て

、 基本政策に対

す る政 党政治の影響

( 党 派色

) を 重視 す る 視角があった

。 しかし二つの大政党

を 軸 とす る

「 敵対的政治

」 におい

て は

、 有 権者からの支持獲得

を 目 的 と したレトリ

ッ ク の 競争ほ

ど に

、 政策の根幹

で の 党派の違いが大

き くないのもまた事実

(3)

国際関係論叢第三巻第二号(二〇一四年)三

で あ る

。 保 守

・ 労 働 の 両 党 が イ ギ リ ス 政 治 の 二 大 勢 力 と な っ た 第 二 次 大 戦 期 以 降 で は

、 例 え ば ア ト リ ー 労 働 党 と チャーチル保守党以降の時期における両党間の産業政策

や 福 祉政策の接近は有名

で あ る

。 そ れ ゆえにサッチャー政 権期のマ

ク ロ 経済政策は

、 その

「 合 意

」 の範囲

を 超えた顕著な例外

と し て イギ リ スの政治史に記録さ

れ るに至っ

て いる

1

。 一九九七年に誕生した労働党政権につい

て も

、 サッチャーの遺産が注目さ

れ る 当時の時代背景のもと

、 大方 の観察者の関心は

、 公共サービスの公的管理

を 重視し

て き た 労働党が新自由主義の浸透した時代に

ど のような施策 を 進 めるか

、 そ し て

、 イ ギ リ ス と いう

「 自由主義型

」 福 祉国家レジーム

で は 社民主義的改革の特徴がど

のように現 れ る で あ ろうか

と いったもの

となった

)2

 

都市政策も

こ の例外

で は なく

、 上 記のような経済社会環境

と 学 術 的な関心のもと

に 置か れて いた

。 そ のなか都市 政策に固有の要素

と し て 留 意せねばならないのは

、 イ ギ リ スの中部から南部にあたるイング

ランド地方

で は

、 労働 党は農村部より都市部に強い

と の 政党間競争の一般的傾向が見られ

る ことで

あ る

。 こ のため

、 都市政策は労働党政 権期に強化さ

、 逆に

、 都 市 を 巡る中央

と 地 方の対立は保守党政権期に政治問題化し

やす い

。 イギ リ スの都市政策 は こ のように党派による違いが表出し

やす い特徴

を 持っ て い る

。 新たな労働党政権の場合も

、 都市政策の拡充が予 想

、 そし て 期待さ

れて いた

 

イギ リ スにおい

て 都市の疲弊

( 貧 困 や 非行

、 荒 廃など

) は

、 と く に労働党政権期

を 中心に

、 社 会的な構造

を もつ 問題 と の認識に基づい

て 取 り組ま

れ てき た

。 都市政策は二〇世紀後半以降

、 まさに

こ の 見方 を 軸 に展開さ

れてき

た もの と 言 える

。 一九六〇年代末

、 中心市街地の荒廃対策に政府資金

を 集中投下した

「 ア ーバンプログ

ラ ム

」 は

、 都 市 の 社 会 問 題 に 対 す る 当 時 の ウ ィ ル ソ ン 労 働 党 政 権 の 関 心 を 直 接 反 映 し た

、 ま さ に 初 め て の 本 格 的 な

「 都 市 政 策

」 で あった

(4)

イギリスにおける都市政策のアジェンダ変化(若松邦弘) 都市の社会的疲弊に政策的な介入が公言さ

れ た こ の 一九六〇年代後半

、 イギ リ スにおける

「 都市政策の時代

」 と 見 る と す れ ば

、 サ ッ チ ャ ー 以 降 の 長 い 保 守 党 政 権 期 を 挟 み

、 一 九 九

〇 年 代 後 半 か ら の 労 働 党 政 権 期 は

、「 第 二 の 都 市政策の時代

」 が 期待さ

れ た 時期 と い えよう

。 労働党自身も当時

、 一九八〇年代からの野党期に国政

で の劣勢

を 埋 め合 わ せ る形 で 急 進化した

、 自治体議会

を 中 心 と す る都市社会主義の影響

を 見直し

、 サッチャリ

ズムの功罪

を 見 極 めつつ自らの新たな政策原理

を 確立しようと

し て いた時期にあった

 

二回の総選挙をはさん

で 二〇一〇年ま

で 続 く労働党政権

で は

、 そ の第一期

( 一九九七~二〇〇一年

) は 保守党政 権のもつ新自由主義のイメージ

と 一 線 を 画 す ように

、「 社 会的排除

social exclusion

)」 に代表さ

れ る 社会アジェンダ が 強 調 さ れ る

。 都 市 政 策 関 連 で は

、 政 権 の 肝 い り で ス ー パ ー 省 庁 と し て 環 境 交 通 地 域 省

( D E T R

) が 設 け ら れ

、 そ の 担 当 大 臣 に 政 権 ナ ン バ ー 二 の プ レ ス コ ッ ト

John Prescott

) 副 首 相 が 据 え ら れ た

。 ま た 前 回 の 労 働 党 政 権 期 の 一九七七年以来

となる都市白書も二〇〇〇年に公表さ

れ た

3

。 都市政策は明らかに脚光

を 浴 びたの

で ある

 

しかしその後の都市政策の展開

で は

、 社 会アジェンダがしだいに後退し

て いったように見える

。 か わ っ て 個人の 権 利 や 責 任 を 強 調 す る 点 に お い て

、 保 守 党 政 権 期 の 新 自 由 主 義 と 見 分 け の つ き に く い 言 説 が 都 市 政 策 に も 広 が る

。 本稿 で は

、 労 働党政権のもとで

「 第 二の都市政策の時代

」 がなぜ続かなかったか

を 軸 に

、 政権の第一期から

第 二期 の政策

と そ の言説

を 検証し

、 同政権が都市政策の課題に何

を 見出したか

、 そ し て そ れ はど のように処理さ

れ よ うと したのか

、 そ こ に ど の ような党派的特徴が見られ

たのか

を 明 らかに

す る

。 以下 で は

、 労 働党政権第一期の社会的関 心の強調

( 第 二章

) と

、第 二期におけるその後退

( 第 三章

) を 順に検証

す る ことで

、これらの問いに答えを

与える

(5)

国際関係論叢第三巻第二号(二〇一四年)五   第二節   差異化

と し て の 社会アジェンダ―政権第一期

 

( 1

) 都市政策における連続性―都市地域

と 都市ルネサンス

 

一九九七年以降の労働党政権

で は

、 政策言説

こ そ 直前の保守党政権

と の差異化が図られ

たものの

、 政策プログ

ラ ムの内実自体は基本的に連続性

を 有 し て いた

。 都 市に関

す る政策

で も

、 労 働党のブレア政権

( 一九九七~二〇〇七 年

) は

、 サッチャー政権の

「 逸 脱

」 を 是正した保守党メージャー政権の延長線上にある

。 途中二回の総選挙を

経 て 三期一〇年続く

こ の政権におい

、 と くにその第一期

で の都市政策は

、 政策言説の差異

を 除 けば

、 保守党政権期の 継続

、 そ し て 漸進的な修正

と の性格

を 見 出せる

 

政権第一期の都市政策

で は

、 その主要な柱に経済振興策

、 物 理的再生

、 社 会的再生

を 確 認 で き よ う

。 ブレア政権 の都市政策アジェンダの一つは地域経済開発

で あ る

。 これは

「 競争的地域主義

」 の考え

方 に沿った見方

で あり

、 広 域の地域

( リ ージョン

region

) と その中核都市

と の経済的結びつ

き の強化

を 重 視 す る

 

背景にあるのはグローバル経済

を 前 提 と した経済開発の新たな見方

で あ り

、 これは大企業

や 国家単位の政策の経 済活動における重要性

を 相対化し

、 か わ っ て 中小企業

や 研究施設

を 含 む 投 資 や 開発のネットワークと

し て の産業

ク ラ ス ターに注目

す る もの で あ る

。都市 や 地 域は世界市場のなか

で そ れ ぞれ にニッチ

を 見 つけ

、競 争が可能なセクター に特化し

てクラ

ス ターを

発展させる

。 例 えばイギ

リ ス で は

、 バ イ オ

・医薬品など

研究開発

を 伴 う高付加価値産業

を 中心 と し て 産 学 連 携のビジネスパークが都市近郊に作られ

 

クラ スターと

いう考え

方の特徴は

、 民間ア

クターによるネッ

トワークがさらに他のネットワークと

結 び付い

て い く こ とを 想定 す る 点にある

。 ネ ットワークは行政区画

と 無関係に都市からその近郊へ

と 広がり

、 互いに関連

す る経

(6)

イギリスにおける都市政策のアジェンダ変化(若松邦弘)

済活動の

ク ラ ス ターと

し て 都市経済 あるいは地域経済

を 構成 す る ように な っ て い く

。 こ の 関 係 を 言 説 化 し た の が

「 都 市 地 域

city-region

)」

と の 考えで

あ る

。 都市は

そ のな か で 地 域 経済の牽引役

を 期待さ

れ た

 

イ ギ リ ス の 場 合 で は

、 規 模 の 点 で ウ ェ ー ル ズ や ス コ ッ ト ラ ン ド に ほ ぼ 並 ぶ

「 地 域

」 と い う 層 を イ ン グ ラ ン ド 内 に 整 備 す る 動 き が

、 こ の 都 市 地 域 と い う 広 域 で の 政 策 調 整 を 制 度 的 に支えるもの

と 理 解 で き る

。 ウ ェー ルズには

、 その経済振興

と 雇用創出 を 目 的 と し て 一九七六年に当時の労 働党政権が創設した

ウ ェールズ開発

( Welsh Development Agency)が す で に あ り

、 新 た な 労 働 党 政 権 は こ れ を モ デ ル と し て イ ン グ ラ ン ド に

⾲䠍㻌 ♫఍䜰䝆䜵䞁䝎䛾ᙉㄪ䠄㻝㻥㻥㻣䡚㻞㻜㻜㻝 ᖺ䛤䜝䠅㻌

1997ᖺ 5᭶ ປാඪᨻᶒⓎ㊊

7᭶ ᨻᗓⓑ᭩Modern Local Government: In Touch with the People

㸨⮬἞యไᗘࡢᨵ㠉ࢆᥦ᱌

12᭶ ෆ㛶ᗓ࡟♫఍ⓗ᤼㝖ࣘࢽࢵࢺ㸦Social Exclusion Unit)ࢆ

タ⨨

1998ᖺ 9᭶ ㏆㞄෌⏕ᡓ␎㸦National Strategy for Neighbourhood Renewal㸧බ⾲

㸨New Deal for Communitiesࡢᑟධ࡞࡝

1999ᖺ 6᭶ 㒔ᕷࢱࢫࢡࣇ࢛࣮ࢫ㸦Urban Task Force㸧ሗ࿌᭩Towards Urban Renaissance

㸨㒔ᕷ㛤Ⓨ఍♫ࡢᑟධ

2000ᖺ 7᭶ 2000ᖺᆅ᪉⮬἞ἲ㸦Local Government Act㸧ᡂ❧

㸨ᇶ♏⮬἞యࡢ㐠Ⴀไᗘᨵ㠉ࠊᶒ㝈ᣑ኱࡞࡝

11᭶ ᨻᗓⓑ᭩Our Towns and Cities: The Future: Delivering an Urban Renaissance

㸨ໟᣓⓗ㒔ᕷᨻ⟇ࡢᥦ᱌ࠊ㏻⛠ࠕ㒔ᕷⓑ᭩ࠖ

2001ᖺ 1᭶ National Strategy Action Planබ⾲㸦๪㤳┦ᗓ㸧 㸨㏆㞄෌⏕⿵ຓ㔠㸦NRF㸧ࡢᑟධ࡞࡝

4᭶ ⎔ቃ஺㏻ᆅᇦ┬࡟㏆㞄෌⏕ࣘࢽࢵࢺ㸦Neighbourhood Renewal Unit㸧ࢆタ⨨

(7)

国際関係論叢第三巻第二号(二〇一四年)七

も 競 争 力 向 上 の 鍵 と し て

、 そ の 全 八 地 域

( ロ ン ド ン を 除 く

) そ れ ぞ れ に 地 域 経 済 戦 略 Regional Economic Strategies() と そ れを 策定 す る 地域開発公社(

Regional Development Agencies

)を 導入した

。 開発公社は地域経済活性化のための投 資 誘 致 と 経 済 開 発 の 戦 略 を 担 う も の と さ れ

、 住 宅

、 域 内 投 資

、 職 業 訓 練

、 交 通

、 環 境 に 関 す る 権 限 が 与 え ら れ た

。 これらの地域的な制度は地元財界の代表

を 中 心 と す る開発公社の理事会によっ

て運 営さ れ る もの となった

 

労働党政権の都市政策にも

、 こ の新たな経済的枠組みの核に都市

を 位置づける発想がある

。 環境交通地域省の諮 問 会 議 で あ る 都 市 タ ス ク フ ォ ー ス

Urban Task Force

) が 一 九 九 九 年 に 出 し た 報 告 書 は

、 都 市 地 域 の 視 点 に 基 づ い た 広域 を 念 頭に置いた形の都市政策

を 提言し

)4

、 また二〇〇〇年の都市白書も

、 都市につい

、 地域 や サブ地域単位

で の開発戦略に結び付けた位置づけの必要性

を 指 摘 す るもの

で あった

5

 

労 働 党 政 権 の 都 市 政 策 に 見 ら れ る 別 の ア ジ ェ ン ダ は 都 市 の 物 理 的 再 生 で あ る

。 ハ イ ス ト リ ー ト や オ フ ィ ス ビ ル

、 商業施設の美化

、 中心市街地における荒廃地のショッピングモール

や バスターミ

ナ ル と し て の再開発

、 公共施設の 改 修 や 新 設

( ホ ー ル

、 図 書 館

、 会 議 場 な ど

)、 大 規 模 住 宅 の 建 設

、 都 市 公 園 の 整 備

、 市 内 交 通 の 改 善 な ど

、 都 市 ご と にさまざまな観点から再開発プロジェ

クトが推進さ

れ た

 

これらの事業にあたっ

、 政権は中心市街地の利便性向上だけで

な く

、 その美観

や デザインにも強い関心

を 示 し

6

。「 ク ー ル ブ リ タ ニ ア

」 と の フ レ ー ズ や 二

〇 年 の ミ レ ニ ア ム に 代 表 さ れ る 都 市 デ ザ イ ン

( ロ ン ド ン の ド ー ム や 観覧車など

) を 代表例

とす る こ の側面は

、 イギ リ ス経済の活性化

を 目 的に

、 活 力 や 若さ を 強調し

、 と くにブ

ラン ドイメージ

や 都市の視覚的側面に注目

す る傾向

をもつ

7

。 こ れは

、 イ ギ リ スブ ランドを

海外にアピール

す る こと によ る文化

や 観 光の振興策

と し て 経済政策の性格も強くもっ

て お り

、 中核都市

を 地 域経済のエンジンと

見る上記のモデ ル と も連動し

て い る

。 都市タス

ク フ ォースは

こ の ような都市の物理的再生に

「 都市ルネサンス

」 と の表現

を 与える

(8)

イギリスにおける都市政策のアジェンダ変化(若松邦弘) ので あ る

8

 

こ の都市再生モデル

で は 開発業者など

民間資本が具体的な事業の核

と さ れ る

。 また

、 デザイン性の強調は別

と し て

、 これらが不動産開発

を 柱 とす る中心市街地

や 近郊地区の物理的な再生

で ある点

で も

、 サッチャー期以来の再開 発モデルの延長上にある

ことは間違いない

 

他 方 で

、 事 業 が 実 施 さ れ る 地 元 の 利 害 関 係 者 の 関 与 に つ い て は

、 従 来 と 異 な る 形 態 が 意 識 さ れ た

。 具 体 的 な 事 業 計 画 は 自 治 体 の 再 開 発 戦 略 に 基 づ い て 策 定 さ れ

、 執 行 段 階 を 含 め そ れ ら の 調 整 を 担 う べ く 専 門 機 関 が 設 置 さ れ た( 都市再生会社

Urban Regeneration Company

))

。 サッチャー期には同様の機能

をもった機関

( 都市開発公社

Urban

Development Corporation

)) が 外 か ら 当 該 エ リ ア に 持 ち 込 ま れ

、 そ れ ら は 中 央 政 府 に 責 任 を 負 っ て い た の に 対 し

、 こ の新たな機関は関係の自治体におい

て 設立さ

、 自治体

、 地 域開発公社

、 イ ング リ ッシュパートナーシップス

( 物 理的再生

を 支 援 す る国の機関

) からの

運 営資金により活動

す る

。 関係自治体

や 地元住民の関与が皆無

で ある前者に 対し

、 後 者は

、 近 隣の住宅地域も含めた都市中心部の一体的な再開発

を 念 頭に

、 自治体の開発・再開発戦略の枠内 で の活動が期待さ

、 ローカルなパートナーシップ

と の 連携が求められ

9

 

都市政策が都市

を 対象 とす る諸政策の単なる総称

で は なく

、 その名に値

す る とすれば

、 一 定の領域的区画

を 対象 とす る各種の施策の間

で の整合性が期待さ

れ よ う

。 こ の 点 で 都市政策は必然的に

、 一定の地理的エ

リ ア を 想 定した 領域型の相互調整

と し て 存 在 す る

。 その範囲は

、 都市地域が示

す 広域 で の経済振興策のように特定の都市のみなら ずその周辺

を 加 えた人口数百万の都市圏から

、 街区 で の課題への対応

と し て 人口一千人の近隣ま

、 政策課題に応 じ て 多 様 で あ る

。 ポ イ ン ト は

「 エ リ ア ベ ー ス の イ ニ シ ア チ ブ

(area-based initiative)

」 の 強 化 で あ り

、 住 民 に 近 い レ ベ ルへの調整の分権によっ

て 省庁制度の縦割り

を 克服しようとす

る ところにある

。 労 働党政権も

、 その前の保守党政

(9)

国際関係論叢第三巻第二号(二〇一四年)九

権期に住民の関与

を 重 視 す る方向

で 見直しがなさ

れ つつあったエ

リ ア ベースのプログ

ラ ム を 拡 充 す る姿勢

を 維持し たの で あ る

 

( 2

) 都市政策における変化―社会的観点

 

労 働 党 政 権 に よ る 都 市 政 策 の 特 徴 は

、「 経 済

」 に 対 照 さ れ る

「 社 会

」 の 視 点 を 意 図 的 に 強 調 し た こ と で あ る

。 一九九七年以降の労働党政権期

「 第二の都市政策の時代

」 と 呼 びうる

と すれば

、 そ れ は何よりも

、 都市が抱

える 諸問題

を 社会環境に起因

す る問題

ととらえる視点によっ

て 特 徴づけられ

。 実際に前政権

と の 対比 で 注目さ

れ る の は社会政策への姿勢

で あ る

。 労働党政権の改革には

、 最も強調さ

れ た教育に加え

、 保 健・医療

、 雇用訓練

と いった 幅広い分野

で の公共サービスの改善が打

ち 出さ れて いた

 

なか で も 有名なのは

「 社会的排除

」 の争点化

で あ る

。 雇用促進

を 軸 と す るその姿勢は

、 EUレベル

で の当時の

リ スボン戦略

と 軌 を 一にしたもの

で あ る

。 労働党政権は

こ の観点から

、 貧困 と 排除の拡大が社会の一体性

や 経済競争 力 を 毀 損 し て い る と の 問 題 意 識 を 鮮 明 に し

、 戦 略 的 な 取 り 組 み の 意 図 を 込 め た

「 社 会 的 包 摂

」 と の 概 念 を 用 い て

、 保守党政権

と の言説の差別化

を 図った

。 そ の姿勢

を 最も示

す のは

、一九九七年の政権発足直後に

、社会的排除ユニッ ト

( SEU

) と いう省庁間の横断的調整

を 司る部署

を 内 閣府に設置した

ことで

あ ろう

 

こ の 労働党政権による社会的排除の強調には二つの背景がある

。一つは若年層の非行

や 暴力行為

、破壊行為

や フー リ ガ ン な ど で あ り

、 反 社 会 的 行 動

Anti-Social Behaviour

) と 総 称 さ れ る こ の よ う な 行 為 の 横 行 が 当 時 注 目 さ れ て い た こ とがある

。 これらの非行

、 個 人の資質

ととらえるか

、 不 良文化の問題

と し てとらえるか

、 さ らには社会の構 造的矛盾の表

れととらえるかについ

、 前の保守党政権は個人

や 文化のレベル

で 問題 をとらえ

、 社会問題への伝統

(10)

イギリスにおける都市政策のアジェンダ変化(若松邦弘) 的な非介入の姿勢

( ボ ランタリ

ズム

) か ら

、 ある面

で は 野放し

、 別の面

で は

「 法 と 秩 序

」 の観点による取り締まり 一辺倒

で 対 応し てき た

。 労働党政権は

これらを

社 会的排除

と の 観点からとらえる姿勢

を 見せたの

で あ る

 

社会的排除の強調におけるもう一つの背景は

、 こ の社会的背景への関心

と 関係し

て お り

、 住民に対

す る幅広い公 共サービスの立

て 直し と 関 わ る

。 反社会的行為の予備

軍 と も見られ

、 社会から疎外さ

、 他から孤立し

て い る個 人 や 集団

、 地 域 を いかに社会

と の関係の中に包摂

す るかが注目さ

れ た

。 こ れ につい

て は

、 教 育 や 医療

、 職業訓練

と いった福祉国家の根幹

をなす

政策分野が代表的な取り組みの場

で あ ろう

。 これらの局所的あるいは全体的に劣化し て いるサービス

、 民間の参入

を 維 持しつつ

、 ど のように立

て 直 す か

、 そのために公的管理はど

の ようになさ

れ る べき か と の問題意識があった

。労 働党政権に

と っ て

、社会アジェンダは経済アジェンダ

と 並 ぶ重要な政策要素

で あ っ たが

、保守党

と の 違いがと

くに顕著

で あるのは

、都市の疲弊の改善に経済の回復がもたらす

効果への評価

で あろう

。 こ の 点が社会的排除強調の二つ目の背景

で あ る

。 保守党政権期

、 と くにサッチャー期の都市向け政策には

、 都市の 社会的な再生は経済回復の果実からもたらさ

れ る と の見方が強くあった

。 個 々 のプロジェ

クトについ

、 その直接 の受益者の範囲

を 超 え

、 近隣住民の福祉にも貢献

す る と の

「 滴 り効果

」 が 期待さ

れ た

。 しかし

こ の 波及モデルにつ い て は

、 その効果が限定的に

す ぎない

と の評価が

、 一九八〇年代末以降

、 政 府内外

で 定着 す る

。 こ の原因には

、 地 方自治体

と 地 元コミュニティの迂回に起因

す る 近隣住民

と の調整の不足が指摘さ

、 必要な制度の欠如が問題視さ れ た の で あ る

10

 

労働党政権の都市政策は

、 都市の経済的再生による波及効果につい

て の 楽観的見方

を 斥け

、 社会面への焦点

を 復 活 さ せ た も の で あ る

。 都 市 政 策 に お け る 社 会 的 排 除 へ の 取 り 組 み は

、 社 会 的 排 除 ユ ニ ッ ト が 策 定 し た

「 近 隣 再 生 戦略

National Strategy for Neighbourhood Renewal

)」

( 二〇〇一年一月

) に示さ

れ る

。 こ の戦略は

、 雇 用 と 企業

、 犯 罪

一〇

(11)

国際関係論叢第三巻第二号(二〇一四年)一一

教育 と 技 術

、 健康

、 住 宅 と 物理的環境の五分野

を 重点項目

と し

、 個 別プロジェ

クトは少なく

ともその一つ

と 明 示的 に関係

す る 形 で

、 近 隣の公共サービス

を 改善 すべきと

し て いる

11

。 こ こ に は社会的排除が領域的性格

をもつ

と の考え が前提

と し て あり

12

、 疲 弊し て い る近隣

と 他の近隣

と の格差縮小

を 都市政策の課題

と 考え て い る

。 ポイントは最も疲 弊し て いる場所に変化

をもたらすと

の論理

で あり

13

、 最 も疲弊し

て い る近隣が直接

、 プログ

ラ ム の対象

と なる

 

こ の 戦 略 の も と

、 前 政 権 の 代 表 的 な エ リ ア ベ ー ス イ ニ シ ア テ ィ ブ で あ る

「 単 一 再 生 補 助 金

Single Regeneration

Budget

)」 は 維 持 さ れ た

。 労 働 党 政 権 下 で の 同 補 助 金 の ラ ウ ン ド

( 二 回

) は

、 最 も ニ ー ズ の あ る 場 所 に 直 接 資 金 を 投入 す る こと に焦点

を 当 て

、 最も疲弊した五〇自治体における包括的スキームに資金全体の八割が向けられ

、 残 り は疲弊した炭鉱

、 農 村

、 海岸部の町

を 対象 と し た

。 また新政権

で の 新たなプログ

ラ ム と し て

、 コミュニティニュー ディール

New Deal for Communities

) プログ

ラ ム

( 一九九八年

、 と り わ け 疲 弊した近隣

を 対 象 と す る

、 三 九 を 対象

)、 近隣再生補助金

Neighbourhood Renewal Fund

)( 二〇〇一年

、公共サービス

を 政府規定の最低水準

を 満 たしつつ

、ロ ー カルなニーズにあ

わ せ 改善 す る ことを

目 的 と す る自治体

を 対 象 と す る

、 当初八八自治体

を 対 象

) が導入さ

れ た

14

 

労働党政権のもとで

の都市再生は

、 社会面

を 重 視し

、 直接近隣に資金

を 投 下 す るなど

、 都市政策の伝統的なモデ ルの系譜

を 引 くもの

で ある

。 イ ギ リ スの都市政策が社会再生

を 起 源 と し

、 経済再生が一九八〇年代のサッチャー期 に加 わ った逸脱モデル

で あ る と すれば

、 労働党政権はその逸脱の是正が進んだ保守党メージャー政権期の政策

を 継 承し て い る

。 プロジェ

クトの

運 営 で は地元の関係者の幅広い関与

と い う直前のメージャー政権期にも共通

す る要素 が目に付く

。 イ ギ リ スの都市政策は伝統に近いものへの回帰が進んだの

で ある

 

他 方 で

、 用 い ら れ た 言 説 の 違 い は 明 瞭 で あ る

。 労 働 党 政 権 は

、「 社 会 的 包 摂

」 を 目 的 と す る 新 た な 社 会 再 生 プ ロ グ ラ ム に つ い て 前 政 権 と の 違 い を 強 調 し て い る

。 そ れ は と り わ け

、「 コ ミ ュ ニ テ ィ

」 や

「 社 会

」 と い っ た 集 団 性 を

(12)

イギリスにおける都市政策のアジェンダ変化(若松邦弘) 連想させる用語の使用に特徴的

で あり

、 こ のような集合的概念

を あからさまに嫌ったサッチャー政権

と の差別化は 顕著 で あ る

。 あるNPO関係者は政権第一期に

「 コミュニティ

」と いう概念が使

われ るようになった

こ と につい

「 六

〇 年 代

・ 七

〇 年 代 に も 確 か に コ ミ ュ ニ テ ィ と い う 概 念 が 使 わ れ て お り

、 揺 り 戻 し が 生 じ て い る と 見 る の は 妥 当 で あ ろ う

15

」 と す る

。 サッチャー期

を 意識したレトリ

ッ クで ある ことは興味

深 い

16

 

( 3

) 政治構造への影響

 

労 働 党 政 権 は さ ら に

、 そ の 第 一 期 に お い て 斬 新 さ を 強 調 す べ く

、「 行 動 action(

)」

「 戦 略

strategy

)」 と い っ た 言葉 を 多用した

。 また公共サービスの改善

を 進める意図

、 入力よりも出力に重点

を 置 く姿勢

を 示 すべく

「 問題志 向

problem oriented

)」 と の 概念も強調さ

れ た

。 これら都市政策の社会的側面に特徴的な言説は

、 一九九〇年代半ば から国政に先立っ

て 労 働党色の強い都市自治体

で 生 じ て いたもの

で あ るが

、 そ こで はしばしば都市政策

を めぐる従 来のローカルな政治構造

( 労 働党左派と

都市の一部コミュニティ団体

と の 連携

) と の摩擦が表面化し

て い た

。 鍵 と なったのは

、 都市自治体の政治におい

て コ ミュニティ団体が果たし

て いる役割

で ある

。 と くに都市部

で は

、 自 治 体 議 会 の 選 挙 区 サ イ ズ に お お む ね 相 当 す る 近 隣 の レ ベ ル に な る と

、 し ば し ば 民 族 や 人 種 の 要 素 を 無 視 で き な い

。 こ れ ら マ イ ノ リ テ ィ の 人 口 が 市 全 体 の 人 口 比 で 二

〇 パ ー セ ン ト

、 特 定 選 挙 区 で は 五

〇 パ ー セ ン ト 超 を 占 め る こ と も 少 な く な い

。 実 際 に 例 え ば オ ラ ン ダ で は

、 同 じ 一 九 九

〇 年 代 終 わ り の 時 期

、 政 府 に よ る

「 大 都 市 政 策

」 が

「 マ イ ノ リ テ ィ 政 策

」( 民 族

・ 宗 派 的 な 意

) と 同 じ 内 務 省 の 部 署 で 扱 わ れ て お り

、 都 市 政 策 が 都 市 の 疲 弊 に 取 り 組 む か ぎ り

、 イ ギ リ ス の 場 合 も マ イ ノ リ テ ィ へ の 視 点 を 欠 く こ と は で き な い

。 と り わ け イ ン グ ラ ン ド の 都 市 自 治 体 で は

、 一九八〇年代に

、 中道左派政党

を 中心に党勢の拡大

を 狙っ て 民族・人種コミュニティの囲い込みが生じ

て おり

、 と

一二

(13)

国際関係論叢第三巻第二号(二〇一四年)一三

くに労働党

で はサッチャー期の国政における劣勢の埋め合

わ せと し て 地方政治

( 都市部

)を 重視し

て いた事情があっ   た。

都市自治体

で の住民サービスの

運 営 は

、 こ の ような背景のもと

、 し ばしば住民コミュニティ単位

で の予算配分

を 伴うもの

で あった

17

。 例 えばバーミンガム市

で は

、政 府への補助金申請

で 要 件 と さ れ る住民

と の協議

、市内の民族

・ 宗派団体

を 代 表 と し て 組織 す る制度

を 構 築 す る形 で 行 なっ て い た

18

。 しかしながらこ

のような形態

で の 住民 と の協議 は

、 自治体行政に対

す る住民の信頼性が低い

こ とや

、 協 議が有効性

を 欠 い て いる と 住民側の認識

を 背景に

、 正当性 の観点のみならず調整

や 効率性の観点からも実際にはうまくいかない例が少なくなかった

と さ れ る

19

 

その後一九九〇年代に入る頃から

、 イギ リ スの行政一般への新公共管理

( NPM

) の 拡大に伴っ

、 自治体行政 に組織経営志向の人材が民間から流入

す るようになる

、 自治体組織の内部からも

こ の ような

「 既存政治

」 に 対 す る攻撃が生じるようになる

。 すな わち バーミンガムのあるNPO代表経験者の言

を 借 り れ ば

、「

[ 多様な文化

や 宗教 を 尊 重 す る と い う 意 味 で の

] 多 文 化 主 義 は さ ま ざ ま な 文 化 要 素 の 共 通 の 場 で の 融 合 を 念 頭 に 置 く べ き も の で あ っ て

、 そ れ ぞれ の団体が自身の施設の整備

を 要 求 す るもの

で はない

20

」 と いった趣旨の批判が生じ

、 同市 で は

、 民 族

・ 宗派団体

と の 協議の場

「 資金の使い方に問題があり

、 また代表者の正当性にも問題があったため

、 廃 止

21

」 す る こ ととなった

( 同市のサービス部門の局長経験者

)。

 

都市政策

で の

「 問題志向

」 の 重視は

、 サービス提供の強化

を 都市における政治

や 利 権の回避

と 同 一視 す る こと に よっ て

、 従来からの政治構造

とこ のように一部

で 衝 突し て い た

。 労働党による改革は

これらを

「 既存政治

」 と 断じ る こ とで

、 都市政治の構造改革

を 事 実上迫るもの

となっ

て いたの

で あ る

(14)

イギリスにおける都市政策のアジェンダ変化(若松邦弘)   

第三節   政治・市民アジェンダの浮上―政権第二期

 

( 一

) 既存モデルへの懐疑―二〇〇一年の混乱

 

二〇〇一年の総選挙を

経た後の労働党政権第二期

( 二〇〇一~二〇〇五年

) に は

、 都市政策に新たな言説が加

わ る

。 代 表 的 な 言 説 は

「 コ ミ ュ ニ テ ィ 結 束 community cohesion(

)」 と

「 市 民 再 生

civil renewal

)」

で あ る

。 第 一 期 の 都 市政策が経済

・社会アジェンダの重視

と し て

、即 時的な問題解決

を 重 視 す る

、総じ

て プ ラ グマティッ

クな改革

で あっ た と すれば

、 第二期は時

と ともに

、 思想的あるいは道徳的な含意

を 伴いつつ

、 急 進的かつ規範的に政策

を 進 める傾 向が強まっ

て い く

。 こ の変化につい

て は

、政 権が長期の保守党施政期からの適応的な移行段階

を 終 え

、第二期に入っ て

、 独自のカ

ラーを

示 し始めた

と の見方はも

ち ろん でき よう

。 しかしより受動的な理由も存在

す る

 

最大の転機は総選挙が実施さ

れ た 二〇〇一年に見出

すことが

でき る

。 こ の 年の二月に家畜の伝染病

、 口蹄疫が発 生し

、 その拡大はイギ

リ ス全土に経済

、 社 会的な混乱

を もたらした

。 こ の影響

、 五月に予定さ

れて いた総選挙は 他の選挙とともに六月に延期さ

れ た

。 また口蹄疫の終息後

、 夏 にかけて

、 イング

ラ ンド北部の旧産業都市のいく つか で 民族対立的な性格

を 含 んだ暴動が連続的に生じ

て いる

。 これら二〇〇一年前半の一連の事態は

、 鳴 り物入り で 一九九七年に打

ち 出 さ れ たプレスコット副首相主導の都市政策への信頼性

を 大 き く 毀損 す る こととなった

 

口蹄疫による混乱は

、 こ の 年の二月半ばにロンドン東郊の養豚農家

で 同 病が確認さ

れ た こと に始まり

、 発 生はそ の後

、 北部のカンブ

リ ア や 西 のコーン

ウ ォ ールなど

全国各地に広がる

。 E Uによるイギ

リ ス からの家畜

、 食 肉

、 加 工品の輸出禁止措置が執行さ

れ る なか

、 事 態の収集には内閣の危機情報管理室が乗り出

す こととなる

。 政府は

、 感

一四

(15)

国際関係論叢第三巻第二号(二〇一四年)一五

⾲䠎㻌 ᨻ἞䞉ᕷẸ䜰䝆䜵䞁䝎䛾ᾋୖ䠄㻞㻜㻜㻝䡚㻞㻜㻜㻠 ᖺ䛤䜝䠅㻌

2000ᖺ 10᭶ ࣛࢽ࣑࣮ࢻ㈈ᅋሗ࿌᭩The Future of Multi-Ethnic Britain㸦㏻⛠ࣃࣞࢵࢡሗ࿌᭩㸧

㸨ࠕ」ᩘࡢࢥ࣑ࣗࢽࢸ࢕࠿ࡽ࡞ࡿ㸯ࡘࡢࢥ࣑ࣗࢽࢸ

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2001ᖺ 2᭶ ࢚ࢭࢵࢡࢫᆅ᪉ཱྀ࡛㋟␿ࢆ☜ㄆ

5᭶ ࣮࢜ࣝࢲ࣒࡛ᭀືⓎ⏕ࠊ௨ᚋࠊࣂ࣮࣮ࣥࣜࡸࣈࣛࢵࢻ

ࣇ࢛࣮ࢻ࡛ࡶⓎ⏕ 㸦㹼7᭶㸧 6᭶ ⥲㑅ᣲ࣭ᆅ᪉㑅ᣲࠊᨻᶒ➨஧ᮇ࡟ධࡿ

7᭶ ᭀື࡟㛵ࡍࡿᨻᗓࡢ᳨ド㛤ጞ㸦Ministerial Group on Public Order and Community Cohesion / Community Cohesion Review Team㸧

12᭶ ᨻᗓ᳨ドሗ࿌᭩㸦ࢹࢼ࣒ሗ࿌᭩ࠊ࢝ࣥࢺࣝሗ࿌᭩㸧 㸨ࠕࣃࣛࣞࣝࡢ⏕άࠖ࡬ࡢᢈุ࡜ࠕࢥ࣑ࣗࢽࢸ࢕⤖

᮰ࠖࡢᙉㄪ

2002ᖺ 4᭶ ෆົ┬࡟ࢥ࣑ࣗࢽࢸ࢕⤖᮰ࣃࢿࣝ㸦Community Cohesion Panel㸧࡞ࡽࡧ࡟ࢥ࣑ࣗࢽࢸ࢕⤖᮰ࣘࢽࢵࢺ 㸦Community Cohesion Unit㸧ࢆタ⨨

5᭶ ᆅ᪉㑅ࠊ࢖ࢠࣜࢫᅜẸඪ㸦BNP㸧ࡀ㆟ᖍࢆ⋓ᚓ㸦ࣂ࣮

࣮ࣥࣜᕷ㆟఍㸧

10᭶ ࢥ࣑ࣗࢽࢸ࢕⤖᮰ࣃࢫࣇ࢓࢖ࣥࢲ࣮㸦Community Cohesion Pathfinders㸧㛤ጞ㸦ෆົ┬࣭๪㤳┦ᗓ㸧 12᭶ ᆅ᪉⮬἞య༠఍ᩥ᭩Guidance on Community Cohesion 2003ᖺ 3᭶ ࢖ࣛࢡᡓத㛤ᡓ

5᭶ ᆅ᪉㑅ࠊಖᏲඪࡢ㌍㐍ࠊBNPࡀࣂ࣮࣮࡛ࣥࣜࡉࡽ࡟

㌍㐍

6᭶ ࣈࣛࣥࢣࢵࢺ₇ㄝ㸦Civil Renewal: A New Agenda) 㸨ᕷẸ෌⏕ゝㄝࡢᙉㄪᙉࡲࡿ

9᭶ ෆົ┬ࠊᕷẸ෌⏕ࣘࢽࢵࢺ㸦Civil Renewal Unit㸧タ⨨

12᭶ ࣈࣛࣥࢣࢵࢺ₇ㄝ㸦Active Citizens, Strong Communities:

Progressing Civil Renewal㸧

2004ᖺ 3᭶ ࢫ࣌࢖࣭࣐ࣥࢻࣜࢵࢻ࡛ࡢิ㌴⇿◚ࢸࣟ

7᭶ ࢥ࣑ࣗࢽࢸ࢕⤖᮰ࣃࢿࣝሗ࿌᭩The End of Parallel Lives?

12᭶ ෆົ┬ᨻ⟇ᩥ᭩Firm Foundations 㸨ᕷẸ෌⏕࡟㛵ࡍࡿᨻ⟇ᥦ᱌

(16)

イギリスにおける都市政策のアジェンダ変化(若松邦弘) 染拡大の防止策

と し て 農業者団体

( 全 国農業者連合

) の 反対 を 押 し切る形

で 屠殺処分

を 選択し

、 事 態がおお

むね落 ち 着く四月半ばにま

で に家畜一千万頭近くが処分さ

れ た

。一 連の混乱の被害は畜産業のみならず

、他の農業

セ クター や 観 光

、 物流など

農村部の経済全体に広く及び

、 その被害額はイギ

リ ス全土

で 一〇〇億ポンド近くに達した

。 不十 分 と はいえ

、 政府の補償

を 受 けた畜産業に対し

、 他 の産業へは補償がほ

と ん ど なく

、 政府の一連の対応へは事後も 批判が残る

こ ととなる

。 と り わけ農漁業食糧省

( MAFF

) は

、 そ の初動の遅

れ が被害の拡大

をもたらした

と 批 判 され るこ と と な っ た

 

こ の出来事はイギ

リ ス政府の農業・農村政策そのものに見直し

を 迫るもの

となる

。 混乱は政権肝いりの

「 都市政 策

」 に匹敵

す る

、 総 合的な

「 農村政策

」 を 政権が持たない

こ とをク

ロ ーズアップしたの

で あ る

。 延期の末

、 六 月に 実施さ

れ た総選挙後の組閣

で は 当時の農相

Robin Brown

) が 事実上更迭さ

、 農漁業食糧省は環境交通地域省の一 部 と 合 併 す る 形 で

、 産 業 と 地 域 性 を 兼 ね 備 え た 新 た な 形 に よ っ て 農 村 部 を 担 当 す る 環 境 食 糧 農 村 省

( D E F R A

) へ と 改組さ

れ た

 

イギ リ ス の農村部

で は

、 口蹄疫にまつ

わ る 批判以外にも

、 農村関係の政策対応

で た びたび後手に回る政府への反 発が二〇〇〇年代に入る頃から断続的に表面化し

て お り

、 これは

「 カントリーサイド

( 田 園

) イシュー

」 と し て 政 治的に注目さ

れ る ようになっ

て いた

。 政 権第一期の末から

第 二期の初めにかけて

生じた出来事には

、 ほかにも

、 ガ ソリン小売価格の高騰

( 自動車依存型の生活に痛手

) や 地方財政改革

( 農 村部 で の 地方税上昇の背景

) への反発な どがある

。 い ずれも農村部の生活に大

き な影響

を 与える出来事

で あり

、 農 村ガバ

ナ ンスに関

す る問題

で あ った

22

。 そ の な か

、 二

〇 二 年 九 月 に は

、 超 党 派 の 国 会 議 員 が 名 を 連 ね る

「 カ ン ト リ ー サ イ ド 連 合

Countryside Alliance

)」

と いう団体の企画による

「 カ ントリーサイド行進

」 がロンドンの中心街に

、 一 説には一〇万にも上る多くの人

々を 集

一六

(17)

国際関係論叢第三巻第二号(二〇一四年)一七

結させる

こととなった

23

。 こ のキャンペーンは一義的には伝統文化

と し て の キツネ狩りの存続

を 訴 えたもの

で あった が

、 各種の農村の不満

を 代 弁 す る声が多く見られ

た と いう

24

 

カントリーサイドイシューが政治問題化した背景には

、 第 一に

、 労 働党政権による政策の優先順位に対

す る不信 が

、 農村部に広く生じ

て い た こ とを 指摘 でき よう

。 政権の重点課題

で ある社会的排除の克服も

、 また都市地域モデ ルに沿った経済振興策も

、 ともに都市部

で の 取り組み

を 優 先 す るもの

で ある

。 そ こ に投下さ

れ る資金

や 生み出さ

れ る経済的価値が農村部に波及的なメリ

ットをもたらす

保 証はない

。 高齢化の進

む 農村部における人

々 の懸念は

、 集 落内の小売店

や 郵便局の閉鎖

、公共交通

( バ ス路線の縮小

や 廃 止

) や 清 掃

、ごみ収集

と いった地元の身近な公共サー ビスの劣化

で あ り

、 これら生活利便性の低下に対

す る直接の歯止め策がより切迫した問題

で あった

。 都市に重点

を 置く再生モデルが都市部の外に居住

す る 人 々 の こ のような意向

と 合 致しない

ことは明らか

で あった

25

 

農村部に生じ

て いた批判は

こ のような経済

や 社 会的観点のみならず

、 第二に

、 都市地域モデル

を 清新さ

と 革新性 を 演 出 す る装いのもとで

推進しようとす

る 中央への嫌悪

、 地 方の自主性の浸食に対

す る 抵抗

、 地 方からの反エ

リー ト主義と

の性格も有し

て いた

。 こ の点 で

、 反発は文化的

、 環 境的なもの

と も関係し

て い た

。 農村の不満は

、 都市型 の

「 新 し い 労 働 党

」 に よ る イ ギ リ ス の

「 現 代 化

modernisation

)」 の 推 進 が 農 村 的 な 生 活 に と っ て は 意 味 を 持 た ず

、 む し ろ そ れ を 破 壊 す る の で は な い か と の

、 農 村 部 の 有 権 者 の 懸 念 に 共 鳴 す る 形 で 蓄 積 し た と 考 え ら れ る の で あ る

26

当時ミレニアム

や クールブ

リタニア

と の キャッチフレーズに浮か

れ て いた都市のユーフォリ

アへの反発

と 理 解 で き る

。 政策に対

す る批判は農村部への政府の資金投下の不足

と の認識

を 背 景 と し

、 同時に

「 小さな政府

」 と の イメー ジに対し地方がもつ懸念にも基づい

て いた

。 カ ントリーサイドの不満は経済的

、 社 会的なもの

で ある と 同 時に

、 文 化的な要素も有し

て いたの

で あ る

(18)

イギリスにおける都市政策のアジェンダ変化(若松邦弘)

 

農村部の不満は第三に

、 党 派的な要素が絡

む 位相 で あった

ことも重要

で ある

。 産業都市に強い労働党

、 相 対的 には郊外

や 農 村部に支持が広がる保守党

と の 間 で の代理戦争

と の性格も含ん

で いた

。 農 村部 で の不満の拡大は

、 そ れ ま で 環 境 交 通 地 域 省 が 主 導 し て き た

、 都 市 を 核 と す る 開 発 ア ジ ェ ン ダ の 勢 い を 削 ぐ だ け に と ど ま ら ず

、 と く に

、 農村部に保守党支持が広がるイング

ラ ンド南部

で は

、 自治体制度の再編

を 伴 う

( ディストリクトと

保守党の強いカ ウ ン ティ と の 合併

) こ の地域開発アジェンダ

を 次の段階へ

と 進 める ことを

事 実上不可能

とす るもの

と なった

。 こ の あ と 二〇〇四年にはさらに

、 保守党の弱いイング

ランド北部の

ノースイースト地域

で も

、 同地域に公選地域議会

を 導入 す る と の 政府提案が住民投票

で 否決さ

、 プレスコット副首相主導の地域経済開発モデルは完全に破綻

す る こ ととなる

。 こ のように口蹄疫による混乱は

、 政府による領域型の政策に

「 農村政策

」 が 欠けて

い る こ とを 露呈 す る 衝撃的な端緒

となったの

で あ る

 

イング

ラ ンド北部

で の都市暴動は口蹄疫収束後の五月から

七月にかけて

生じた

。 五月に

オ ールダム

、 六月にバー ンリー

、 七月にブ

ラ ッ ドフォードと

、 これらは同じく各地

で 暴 動が頻発した一九八〇年代前半から半ばにかけて

の 時期以降

で 最 大の暴動

となる

。 そのさなか

、 六月八日に実施さ

れ た 選挙 で は

、 暴動直後のバーンリーの市議会選挙 で 人種主義的な主張

を 厭 わ ないイギ

リ ス国民党

( BNP

) が 過去最高の得票

を 記録し

、また同じ日の下院選挙

で も

、 同 党 党 首 グ リ フ ィ ン

Nick Griffi n

) が 同 じ く 暴 動 の 舞 台 と な っ た オ ー ル ダ ム の 選 挙 区

Oldham West and Royton

) で 一二

、〇〇〇票

( 得 票率一六

・四 パーセント

)を 獲 得した

27

。 BNPは

こ の日の総選挙

で オールダムの他の選挙区

や バ ー ンリーで

も 得 票を 伸ば し

28

、 さ らに翌二〇〇二年春の地方選

で は一九年ぶりに選挙

で の議席

を 獲得 す る など

( オ ール ダム市議会

)、 二〇〇〇年代なかばにかけ

、 各 地の地方議会選挙

で 台風の目

となっ

て いく

 

一連の暴動は

、 農村部に続い

て 都市部につい

て も 従来の政策が抱

える問題

を 表 わすもの

となった

。 暴動後

、 政 府

一八

(19)

国際関係論叢第三巻第二号(二〇一四年)一九

や 各 自 治 体 で そ れ ぞ れ に 検 証 報 告 書 が 作 成 さ れ た が

、 と く に 内 務 省 の 独 立 検 証 チ ー ム

Community Cohesion Review Team

) の報告書は政府のそ

れ ま で の 政策 を厳 しく批判

す る こととなる

。 議長のテッド

・ カントル

Ted C 29

antle

) の 名 前 を と り一般にカントル報告書

と 呼 ばれ るその報告書は

、 イギ リ ス の都市

で は特定地区の

学 校 や 近 隣にアジア系住 民 と 白 人 住 民 と の 間 の 根 深 い 隔 離

segregation

) が 存 在 す る と し

、 こ の よ う な 都 市 社 会 で の 物 理 的

、 文 化 的 な 壁 は 価値の共有

や グ ループ間の尊重

、 理解の不足

をもたらし

、 住民の間の摩擦

を 不可避的に生じさせ

て い る と した

30

。 こ れ は

、 民 族

、 人 種

、 宗 派 と い っ た コ ミ ュ ニ テ ィ ご と に 区 分 さ れ た

「 パ ラ レ ル の 生 活

paralell lives

)」

に 懸 念 を 投 げ かけるもの

、 暴 動は

、 イ ギ リ スの

「 多文化的

」 な都市に広く存在

す る問題の表

れと さ れ た

31

。 いいかえれば

、 暴動 の中心的要因

と し て

、 歴 代の政権がさまざまな機会に強調し

てき た人種主義

や 排斥主義

、 都市社会の荒廃

と いった 要素 で は なく

、 都 市における人

々 の 相互接触の欠如

を挙げたの

で ある

32

 

こ の観点から報告書は

、 過去の政策アプローチが民族的な

アイデンティティ

を尊重し

、 そ こ に特別な価値

を 与え る一方

、 異 なる民族・宗派グループの間の平等

や 相互の尊重

、 良 好な関係

を 促 進 す る活動

を 怠っ てき た と 批判し た

。 都市におけるコミュニティ間の壁

と の見方は労働党系都市自治体

で の コミュニティ団体

を 利 用 す る政治

を あ ら ため て 批 判 す るもの

、 そ れらを

媒 介 と す る政策がうまくいっ

て い ない と の 認識に基づい

て い る

。 同じタイミング で 関係閣僚によっ

て 作 成さ れ た い わ ゆるデ

ナ ム報告書もカントル報告書の見方

を 支持した

こと によっ

( 内務省の 担当大臣デ

ナ ム

John Denham

) を 長 と す る閣僚グループ

Interdepartmental Ministerial Group on Public Order and Community

Cohesion

が作成

)、 二〇〇一年の暴動は

、「 隔離

」 と の観点におい

て 従 来の行政の姿勢

を 批 判 す る声が生じる契機

と なったの

で あ る

33

 

こ の ように二〇〇一年に相次い

で 生じた混乱は

、 労働党政権第一期の政策

を 都市の内

と 外から批判

す る性格

をも

(20)

イギリスにおける都市政策のアジェンダ変化(若松邦弘) つもの

と なり

、 プ レスコットの下

で の政策

運 営の信頼性に大

きな打撃

を 与 えた

。 と くに都市暴動は

「 再開発

や 教 育 の 分 野 を 含 め 分 野 横 断 的 に 大 き な 転 換 点 と な っ た

」( 都 市 計 画 の 専 門 家

34

) と さ れ

、 都 市 政 策 の 目 的 そ の も の に 変 化 をもた

ら すもの

と なる

 

( 2

) コ ミュニティ結束への注目

 

「 コ ミュニティ結束

」と の新たな概念は

こ のような環境変化のなかから浮上したもの

で あ る

。「 結 束

」と の 概念は

、 こ の 時 期 す で に

「 社 会 的 結 束 social cohesion(

)」 と い う 言 葉 と し て 国 際 機 関 や 欧 米 各 国 で 用 い ら れ て い た が

( 例 え ば 一 九 九

〇 年 代 後 半 の 社 民 政 権 期 の 雇 用 促 進 に 関 す る E U の リ ス ボ ン 戦 略

)、

「 社 会 的 包 摂

social inclusion

)」

と ほ ぼ同義に使

わ れ る ことも多かった

。 こ れ に 対しイギ

リ ス で の結束概念は

、 その修飾に

「 社 会

」 で は なく

「 コ ミュニ ティ

」 のつく点が特徴

で あ り

、 両者のニュアンスは異なる

 

イギ リ ス の

「 コミュニティ結束

」 概 念は先に述べた二〇〇一年暴動後の各種報告書に現

、 以 後

、 政策アジェン ダ と し て 主 流 化 さ れ て い く

。 こ の 概 念 は 政 府 に よ れ ば

、「 人 種 平 等 や 社 会 的 包 摂 の 概 念 を 含 み つ つ も

、 そ れ ら を 超 える

」 と さ れ

、 あ るコミュニティが以下のよう

で ある状況

と 説明さ

れて いる

35

 

・ す べ て のコミュニティに共通のビジョンと

一つの所属意識がある

 

・人 々 の 異なる背景

や 状況に見られ

る多様性が尊重さ

、 肯定的に評価さ

れ る

 

・異なる背景

をもつ人

々が同じような生活上の機会

を 有 す る

 

・異なる背景

をもつ人

々が職場

、 学 校

、 近隣におい

て 強 力 で 積極的なパートナーシップ

を 展開させ

て いる

。 二〇

参照

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