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小 田 桐 奈 美

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Academic year: 2021

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民族間交流語・公用語から外国語へ?

キルギス共和国の言語教育におけるロシア語のゆくえ一一

小 田 桐 奈 美

キーワード:キノレギス,ロシア語,国家語,公用語

1.  はじめに

ソ連解体以降,旧ソ連諸国におけるロシア語のゆくえが,多くの研究者の注目を集めている.

なぜなら,ソ連時代に事実上の民族問交流語として普及したロシア語の地位の変容は,旧ソ連 諸国の国内の政治状況や,ロシアとの政治的関係の重要な指標となるからである.多くの研究 においては,現在各共和国において国家語である基幹民族語が定着するとともに,ロシア語の 地位が低下しつつあることが指摘されている

しかし,本稿が対象とする中央アジアのキノレギス共和国を含めた 部の共和国では,国家語 である基幹民族語の普及が難航し,ロシア語が今でもなお重要な位置を占め続けていることが 指摘されている.その要因としては,圏内のロシア語系マイノリティの存在や,ロシアとの強 い政治・経済的関係が挙げられる.

だが,ソ連解体から約 20年が経過した今,そしてグローパノレ化の現在において,言語をめ ぐる状況は国内や旧ソ連圏内の要因だけでは規定されなくなっている.そのような状況の下,

キノレギス共和国におけるロシア語の位置づけはどのように変容しつつあるのだろうか.

本稿では,キノレギス共和国における言語教育を事例とし,その複雑なあり様を明らかにしな がら,同国の言語教育制度におけるロシア語の位置づけの変遷を考察したい.

2.  キルギス共和国における言語状況の複雑性

本論に入る前に,キノレギス共和国の複雑な言語状況を明らかにしておこう キノレギス共和国 において何らかの法的地位を持つのは,キノレギス語1とロシア語の三言語であるキノレギス語は,

独立に先立つ 1989年に「国家語jとして制定された一方,ロシア語は独立後の 2000年に「公 用語」として定められた

国家諾と公用語がどのように異なるのかについては,意見の分かれるところである.言語法 上では, L、ずれの言語も社会・国家活動の全ての領域において使用される言語とされており,

一見違いは無いように思える だが,国家語は同時に国家の象徴や基披としても位置づけられ ている.さらに,公用語が使用される範囲は,国家語の範囲を超えない程度に限定されること

1キノレギス語は,テュノレク諸語の北西グノレープに属し,キノレギス共和国の他にウズベキスタン,タジキ スタンなどで話され, 480万を越える話者を持つ。音声面,語葉面での差異から,北と南,または北,

南西,南東の方言グノレープに分かれる(Opy36ae0a1997: 286: 6 nweB2003: 4)  文字はキリノレ文字(ロ シア語+3文字)

堤正典・小林潔編『ロシア語学とロシア語教育E』神奈川大学ユーラシア研究センター, 2011年, pp.6571.  M出 回onTsSUMIand Kiyoshi KOBAYASHI (eds) Russian Linguistics and Language Education. III.  Yokohama  The Eurasia Research Centre Kanagawa University, 2011, pp 6571. 

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が定められている このように,法的には国家語であるキノレギス語と公用語であるロシア語の 序列が明確に定められており,キノレギス語が上位に位置づけられている

だが,言語の地位は法的地位のみによって判断できるものではない.特定の言語の地位を判 断する際は,法的地位ばかりではなく事実上の地位も考慮、に入れる必要がある.事実上の地位 とは,話者数や実際の言語使用等から測定されるものであり,目には見えにくいものである.

ここで,それぞれの言語の話者数を見てみよう(以下,統計データに関して 2009年国勢調 査の結果を用いる) キノレギス共和国の人口は5,362,793人であり,上位3民族の人口構成は以 下 の 通 り で あ る キノレギス人(キノレギス民族に所属する人, 71.0%),ウズベク人(14.3%),

ロシア人(7.8%).上位3民族以外にも 100近くの民族が居住している.総人口中,キノレギス 語を「習得j しているのは約 76.5%であるーこのうち,「母語jとして習得しているのは 71.4%

で(ほとんどがキノレギス人),第二・第三言語として習得しているのは総人口の約5%にとどま っている.ロシア語に関しては,総人口の 48.3%が習得している.このうち,母語として習得 しているのは 9%,母語以外として習得しているのは 39%である.民族別にみると,キノレギス 人の 45%,ウズベク人の 26%,及び他の民族グ、ノレープの大部分(カザフ人の 70%,ウクライ ナ人の 97%)が母語または第二言語としてロシア語を習得している.以上の結果から,キノレギ ス語を第二言語として習得する人がごくわずかである一方,ロシア語は第二言語として広く習 得されていることがわかる

このように,国勢調査の結果は回答者の自己判断に拠るところが大きいという問題はあるが,

統計上は国民の大部分がキノレギス語を習得していることになる.しかし,キノレギス語の使用は 主にキノレギス人によるもので,地方や特定の領域に限定されていると言わざるを得ない.首都 や公的な場,マスメディア,出版,学術の領域では依然としてロシア語が優勢である 以上の ようなことから,キノレギス語とロシア語のどちらが優勢であるかは,容易に判断できないので ある.

3.  言語教育の現状

キノレギス共和国は多民族・多言語国家であり,言語政策を通してこの複雑な言語状況をどの ように管理していくのかが,民族間関係の安定や国民統合に関わる重要な課題となっている その言語政策の実施においては,言語教育が決定的な役割を果たす.なぜなら,言語教育こそ が国家の言語政策を実行に移す仕組みとして機能するからである 具体的には,どの言語を,

いつから,誰に対して教えるのか,それは必修であるのか,といった意思決定が行われる (Shohamy 2006). 

また,言語教育は民族間関係や国民統合といった問題によってのみ規定されるものではない.

特定の言話を習得することが国内外における社会的・経済的成功と直結するため,言言苦の実用 性の側面も大いに影響を与える.

このように,言語教育は様々な思惑が交差し,衝突する場であると捉えることができるのだ.

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以下では,キノレギス共和国における言語教育の現状を,科目と教授言語の観点から論じていく.

3.  1科目

ソ連時代,ロシア語が民族を関わず広く習得されていった一方,キノレギス語はキノレギス人以 外に広く習得されることは無かった.しかし,キノレギス語の国家語化以降,キノレギス語は国民

の言語として位置づけられ,国民にどのように習得させるかが重要な課題となった

1989年の言語法では,キノレギス語は教育における主要な言語として位置づけられた.そして,

ロシア語または他の言語を教授言語とする教育機関においても,キノレギス語学習が保障される ことが確認された

例えば, 2008/2009年度の教育計画によると,ロシア語学校(ロシア語を教授言語とする学 校.以下,他の言語についても同様)では第 l〜第4学年でキノレギス語が週 3〜4時間,第 5

〜第9学年でキルギス語週2〜3時間,キルギス文学 1時間,そして第 10・11学年ではキノレギ ス諾週2時間,キノレギス文学週 1時間が教えられている.さらに,ウズベク語やタジク語学校 等においても,時間数は若干異なるが同様にキノレギス語が教えられている.このように,キノレ ギス語学校以外においてもキノレギス語が必修科目となっており,どの教授言語を選択しようと も国民全員がキノレギス語を学習する仕組みになっている.

一方,ロシア語もキルギス語学校において必修科目として学習され続けた 例えば,キルギ ス語学校では第 l〜第4学年でロシア語が週 3〜4時間,第5〜第9学年でロシア語週 I〜21時 間,ロシア文学2時間,そして第 10・11学年ではロシア語週 1〜2時間,ロシア文学週2時間 が教えられている(2008/2009年度)

このように,実際は全ての子どもたちが教授言語に関わらずキルギス語とロシア語を学ぶ仕 組みになっている.だが,近年の教育法におけるロシア語に関する規定の変化は注目に値する 20日2年の教育法では,「全ての教育機関において,キノレギス語,ロシア語,および外国語から 二三蓋を必修科目として学習する(第 5条・抄訳)」と規定されていた(下線部筆者) 一方,

2007年の教育法では「国家は,各国民が就学前教育段階から義務教育段階まで,

E

室 量 生 三

2

金~査を学習する条件を整える(第 6 条・抄訳)Jと変更された(下線部筆者)

このように,言語教育においては事実上キノレギス語とロシア語の二言語が大きな柱となって いる.しかし,近年教育法上においてロシア語はその他の外国語に含まれるとととなったので ある.今後,この位置づけがどのように変化していくのか注目に値する

3.  2教授言語

教授言語をどの言語にするかの選択は,ある言語を科目として学習するよりも,言語能力の 獲得により大きな影響を与えると考えられる.教授言語の選択のしくみは独立後もソ連時代の ものが維持され,キノレギス語,ロシア語,そしてウズベク語やタジク語等を教授言語とする学 校が存在し,その選択は親の自由となっている.

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独立後の変化としては,教授言語としてのキノレギス語の重要性が高まったことが指摘できる.

1992年までにキノレギス語学校は 10.2%増加し,一方ロシア語学校は39.3%減少した(Landau& 

Kellner‑Heinkele 2001: 210).  また,教育省のデータによると,独立前は首都ではわずか l校に おいてのみキノレギス語で教育が行われていたのに対し, 1999年には 86校中 58校においてキノレ

ギス語で教育を受けられるようになった(Korth2005). 

だが,実際は単に法令によってロシア語学校がキノレギス語学校へ変更されただけであり,教 師の質やキノレギス語の教科書の供給は確保されなかった そのため,新たに生まれたキノレギス 語学校では,ソ連時代の教科書をそのまま使う場合や,以前使用していたロシア語の教科書を そのまま用いる場合もある(前掲書).

高等教育機関においては,初等・中等教育よりもロシア語の役割がより大きい 確かに,独 立以降は大学においてキノレギス語で教育を受けるグノレープが導入され(前掲書),キノレギス語 による大学入試も導入され,特に地方出身者にとって政府関係の仕事に就く可能性がより広が っ た しかし,権威ある大学はロシア語を用い続け,それによってより多くの学生を得る結果 になっている(Landau& Kellner‑Heinkele 200 I). 

高等教育段階においてロシア語で授業を受ける学生の割合は, 2002/2003年度において全体 の約 67%を占めている(キノレギス共和国国立統計委員会 2003).初等・中等教育段階において は,ロシア語学校及びロシア語併用学校で学んだ生徒は約36%であるととを踏まえると,高等 教育段階ではロシア語で学ぶ学生がi曽加していることが分かる.これは,キノレギス語学校出身 の生徒が,大学から教授言語をロシア語に切り替える場合もあることを意味する その場合,

主に地方のキノレギス語学校出身の学生が,ロシア語能力の不足から学習上苦労することも多い (2008年筆者実施のインタビューより)

また,キノレギス人の中でもロシア語を教授言語とする者の割合が高いということが指摘でき る 2002/2003年度では,高等教育機関に在籍するキノレギス人の約半数がロシア語を教授言語 としているこのように,教育の場においては未だロシア語は権威ある言語であり続けている.

さらに注目すべきは,以上のようなキ/レギス語とロシア語を中心としたせめぎ合いに加え,

現在は教授言語の多様化が見られることである キノレギス共和国には,海外の政府や基金から の出資によって設立・運営されている学校や大学が存在する(キノレギスートノレコ・マナス大学,

中央アジア・アメリカ大学など) 概して,それらの学校は質の高い教育を提供していると考 えられており,高い人気を集めている 例えば, トノレコ語学校に通う生徒の親は, トノレコ語学 校を選ぶ理由として, 4つの言語(英語, トノレコ語,ロシア語,キ/レギス語)を学ぶことがで きることや,教育の質の高さなどを挙げている また,生徒たちもトノレコ語学校に通うことに より,将来はトノレコの権威ある大学へ進学することや, トノレコ系企業で働くチャンスが得られ ると考えている(Demir,Balci & Akkok 2000). 

このように,言語能力の獲得に大きな影響を与える教授言語の選択においては,キノレギス語 の役割が増しつつも,より地域間関係・国際関係において有利に働く言語の影響力が高まりつ

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つある

4.  おわりに

以上のように,ロシア語の社会的位置づけが未だ高いといわれるキノレギス共和国においても,

やはり教育制度におけるキノレギス語の重要性が高まりつつある キノレギス語の普及の試みは,

全国民に対しキノレギス語の学習を課すこと,そしてキノレギス語を教授言語とする学校を増やす ととにより体現されようとしている だが,その試みはロシア語系住民を中心とする他の住民 の仰

l

からは,国家語の押し付けとして受け止められざるを得ない.そのため,教育法上は「外 国語」に含まれつつも,ロシア語は事実上の必修科目として維持されている さらに,科目と しての学習よりもより言語能力に影響を与えると考えられる教授言語の選択においては,依然 としてロシア語が優位な状況にあるーしかし,近年はますます教授言語が多様化しており,ト ノレコ語などの言語で学ぶことに将来の希望を見出す人々もいる

2009年にキノレギス語が国家語制定20周年を迎えた際,当時の大統領演説では「現代のグロ ーバノレ化の時代では,多言語話者であることが求められる.たくさんの言語を知っていること は,経済的に有利に働くのみならず,精神的な豊かさにもつながる」と述べられた.このよう に多言語話者の育成が理想として掲げられる中,もちろんロシア語は欠かせない存在である.

公用語の地位を持ち,かつ人々に事実上の民族間交流語として認識されているロシア語は,今 後も社会において重要な位置を占めていくだろう だが,それと同時に他の言語の勢力拡大に

より,その位置づけは相対的に低下しているといえるのではないだろうか.

付 記

本稿は平成22年度科学研究費補助金(特別研究員奨励費)による研究成果の一部である

参考文献

キノレギス共和国統計委員ホームページhttpwww.stat.kg/ (2011/2/28最終閲覧)

キノレギス共和国普通教育機関教育計画(2008/2009年) EHHJmeB, K. A 2003 Kb1pzb13cKuu 5l3blK. EH!llKeK. 

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Shohamy, Elana 2006 Language Policy: Hidden Agendas and New Approaches, Routledge. 

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民族間交流語・公用語から外国語へ?

キルギス共和国の言語教育におけるロシア語のゆくえ一一

小 田 桐 奈 美

中央アジアのキノレギス共和国を含めた一部の共和国では,国家語である基幹民族語の普及が 難航し,ロシア語が今でもなお重要な位置を占め続けていることが指摘されている だが,ソ 連解体から約 20年が経過した今,そしてグローパノレ化の現在において,言語をめぐる状況は 園内や旧ソ連圏内の要因だけでは規定されなくなっている.キノレギス共和国の言語教育制度に おけるロシア語の位置づけを見てみたい

科目として実際は,全ての子どもたちが教授言語に関わらずキノレギス語とロシア語を学ぶ仕 組みになっている.しかし,近年教育法上においてロシア語はその他の外国語に含まれること

となった.

教授言語としては、独立後,キノレギス語の重要性が高まった.しかし高等教育機関において は,初等・中等教育よりも依然としてロシア語の役割がより大きい.一方で,近年はますます 教授言語が多様化しており,トノレコ語などの言語で学ぶことに将来の希望を見出す人々もいる.

キルギス語の役割

l

が増しつつも,より地域間関係・国際関係において有利に働く言語の影響力 が高まりつつある.

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参照

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