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に つ い て の 一 考 察

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(1)

﹃ 帝 国 主 義 論

についての

一 考 察

1

不 均 等 発 展 の 問 題 を め ぐ っ て ー ー ー

憲 治 路

レ l ニンの﹃帝国主義﹄については︑ いくたの評価がなされているが︑その最大のメリットの一つは︑二 O 世紀初

頭の資本主義を︑独占段階であるとした︑段階規定をあたえた点にあろう︒

レ 1 ニンが︑帝国主義を︑独占段階であると規定するとき︑それは︑特定の国においてのみ︑独占段階にたつした

ということを意味しない︒先進資本主義国のイギリスやフランスのみならず︑後進国のドイツやアメリカ︑さらにま

‑ 317‑

一九世紀末から二 O 世紀初頭にかけて︑独占段階にたつした︑ということである︒

このような一連の国々が︑相前後して独占段階にたつしたがゆえに︑世界資本主義として︑これを︑独占資本主義 H

帝国主義と規定したのであった︒レ 1 ニンは︑いう︒﹁高い保護関税によるドイツ工業の保護ということのゆえに︑

彼は︵ハイマン︶まるでドイツを特別あつかいにしている︒しかし︑この事情は︑集積と企業聞の独占団体︑すなわ

ち︑カルテルやシンジケート等の形成とをたんに促進しただけである︒きわめて重要なことは︑自由貿易国のイギリ

いくらかおくれて︑またおそらくは別の形態であっても︑やはり独占にみちびきつつある︑という

た ︑

ロシヤや日本においでさえ︑

ス で

も ︑

集 積

は ︑

こ と

で あ

る ︒

﹂ ︵

﹃ 帝

国 主

義 論

﹄ 岩

波 文

庫 訳

・ 三

三 頁

﹃ 帝

国 主

義 論

﹄ に

つ い

て の

一 考

察 ︵

淡 路

八 七

(2)

富大経済論集

八 八

‑ 3 1 8  ‑

しかし︑このように一連の国々が︑相前後して独占段階にたつした︑ という認識よりも︑さらに重要なのは︑資本

主義経済の発展における︑独占形成の論理構造の問題である︒

レ l

ニ ン

は ︑

ヒルプァデングと異って︑独占形成と金融資本成立の説明において︑ ﹁生産の集積﹂から分析をはじ

め︑その上に金融資本の成立をもとめている点に︑その方法論上の卓越がある︒その故にこそ︑ カウッキ 1 流の﹁超

帝国主義論 L ︑またヒルファデング流の﹁組織された資本主義論﹂におちいらなかったことは︑ 周知のところである︒

その点は︑たしかに︑

﹁ 生

産 の

集 積

そ う

で あ

る ︒

し か

し ︑

から分折をはじめたがゆえに︑ 金融資本が成立しても

﹁組織された資本主義論﹂におちいらなかったという場合︑

とよりも︑むしろ彼が︑ レ I ニンは︑﹁生産の集積﹂から分析をはじめたというこ

﹁生産の集積﹂を自由競争の結果として抱えている点こそが︑より重要である︒自由競争

は︑資本主義的な私有財産性のもとに各企業の利潤追求のためにおこなわれるのであり︑この競争戦の結果として︑生

産と資本の集積|資本の集中がなされ︑それが次第に独占に近づくのである︒また︑この過程の上に産業資本と金

融資本の癒着としての金融資本が成立するのである︒したがって︑狙占形成︑金融資本の成立のゆえをもって︑けつ

して自由競争が止揚され︑また私有財産性が止揚されるものではない︒ここに﹁独占は︑自由競争から発生しながら

も︑自由競争を排除せず︑自由競争のうえに︑

げしい矛盾︑あつれき︑紛争をうみだす﹂︑ またこれとならんで存在し︑このことによって︑ 一連のとくに鋭くは

といわれる理由がある︒

つ ま

り ︑

︵ 岩

波 訳

・ 一

四 四

一 四

五 頁

レ l

ニ ン

﹃帝国主義論﹄の方法は︑矛盾の体系として展開されているのであり︑独占の形成︑金融資本の成立は︑基本的矛盾

の展開として叙述されているところに︑方法論上の卓越がある︒それゆえにこそ︑ ﹁資本主義は︑その帝国主義段階

において︑生産のもっとも全面的な社会化にぴったりと接近する﹂ ﹁生産は社会的になるが︑取得はいぜんとして私

的である︒社会的生産手段はいぜんとして︑少数の人間の私有である﹂︵同上︑四三頁︶︑と主張されることになるので

(3)

ある︒また︑金融資本の支配のもとに必然的に金融寡頭制にいたり︑ その結果︑資本主義の寄生性と腐朽性がつよま

り︑もはや︑限界点にたつした矛盾は︑資本主義の枠内では解決しえなくなる︑ とされている︒したがって︑帝国主

義とは︑宛滅しつつある資本主義である︑ と規定されることになるのである︒

一 証

﹁ 帝

国 主

義 論

﹄ が

矛 盾

の 体

系 と

し て

展 開

さ れ

て い

る こ

と を

︑ 強

調 す

る の

は ︑

古 沢

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あ る

︒ 古

沢 友

吉 ・

1

ニ ン

﹃ 帝

国 主

義 論

︵ ﹁

最 近

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占 研

究 ﹄

所 収

︶ ︒

資 本

主 義

お よ

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国 主

義 の

基 本

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盾 は

︑ 労

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く ︑

生 産

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形 態

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文 は

︑ 内

田 穣

吉 ﹁

不 均

等 発

展 と

基 本

矛 盾

﹂ ︵

﹃ 唯

物 論

研 究

3 ︶

で あ

る ︒

﹂ の

よ う

に 一

連 の

国 々

は ︑

相前後して独占段階にたつしたが︑ それは何 一九世紀末から二 O 世紀初頭にかけて︑

も︑各国の経済発展がバランスのとれた発展の結果でなく︑逆に︑後進国が先進国に﹁追いつき﹂ ﹁追いこす﹂関係

での不均等発展をとげた結果であった︒したがって︑このような国際聞の不均等発展は︑後進国がその力の変化に応

じた勢力範囲︑植民地等の再分割を求めることになり︑ その結果として帝国主義戦争は不可避になる︒

ところで︑不可避的に帝国主義戦争にいたる国際間の不均等発展を説明する論理は︑ い か な る も の か ︒

レ l

ニ ン

は ︑

︑ ー ︐

0 1V24  は︑すでに一九世紀の最後の四半世紀にく

﹁ ィ

︑ ギ

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︵ ﹁

世 界

の 工

場 ﹂

と し

て の

つがえされた︒なぜなら︑

一 連

の 他

の 国

々 が

﹁保護関税﹂にまもられて︑自立的な資本主義国に発展したからであ

る ︒

﹂ ︵

向 上

イギリス植民地との貿易を︑イギリスよりも︑より急速に発展させたとして

ドイツの帝国主義がイギリスの帝国主義よりも若々しく︑力づよく︑組織的で︑高度であるこ 一 O

二 頁

﹁ も

し ド

イ ツ

が ︑

も︑そのことはただ︑

‑ 3 1 9 一

とを立証するにすぎない︒ L

︵ 傍

点 |

筆 者

︑ 向

上 ︑

独占の普及の程度との点で先進的な資本主義園︑ 一 O

一 一 貝

一 八

五 頁

また︑﹁他の二つは︑発展の速度と生産における資本主義的

ア メ リ カ 合 衆 国 と ド イ ツ で あ る ︒ ﹂ ︵ 向 上 ︑

レ l ニンは︑後進資本主義国の先進資本主義国にたいする不均等発展の理由を︑

こ の

よ う

に ︑

パ門経済活動におけ

﹁ 帝

国 主

義 論

﹄ に

つ い

て の

一 考

察 ︵

淡 路

n  九

(4)

富大経済論集 九 O

ハ ベ υ ということに求めて 同政策面における︑保護関税︑ る︑後進国の若々しきと︑資本主義的独占組織の高度の発達︑

いる︒ところで︑﹁ドイツの帝国主義がイギリスの帝国主義よりも若々しく︑力づよく︑組織的で︑高度であること﹂︑

また﹁保護関税にまもられる﹂︑ということは︑まさにドイツが後進国であったが︑故ではなかったか︒ 世界史的に

みて後進国であったがゆえにこそ︑ かえって﹁資本主義的独占の普及の程度の点で︑先進国﹂になったのではなかっ

たか︒そうだとすれば︑ そのことと︑﹃帝国主義論﹄において︑﹃資本論﹄の方法を忠実に継承した︑自由競争ーーー生

産と資木の集積||←独占の形成︑その上での金融資本の成立という﹁原理論﹂的な論理展開と︑どう首屠一貫するの

か︒﹃帝国主義論﹄での論理展開からは︑金融資本・金融寡頭制の成立は︑世界史的にみて︑むしろ︑純粋の資本主

義の成立・発展にもっとも近かったイギリスにおいてこそ︑他の国々に先きがけて︑典型的にみられていいはずでは

﹁資本主義的強 なかったか︒ところが実際には︑ レ l ニンも強調するごとく︑後進国のドイツ之アメリカ合衆国が︑

占の普及の程度では先進的な資本主義国﹂であった︒この後進国における急速な経済発展と︑独占形成の先進性は︑

レ l ニンの﹁生産の集積﹂からはじめる論理展開において︑ どのように−説明されるのか︒しかも︑この後進国の不均

等発展にこそ︑帝国主義戦争の不可避性を説明するカギがあるとすれば︑この問題は︑ まことに重要であるといわね

ば な

ら ぬ

このような﹃帝国主義論﹄の論理展開にひそむ難点のゆえにこそ︑宇野教授の﹁段噛論﹂としての帝国主義論の展

開がなされざるをえなかったのではなかろうか︒教授の﹁帝国主義論の方法について L における︑批判の眼目は︑金

融資本が典型的に成立したのは︑先進国イギリスにおいてではなく︑ かえって後進のドイツであったことの説明は︑

(5)

教授のいわゆるつ原理論﹂の発展線上においてではなく︑後進国の経済発展の特殊性にもとめねばならぬ︑という点

ところで︑教授において︑後進国ドイツにおける金融資本成立の論理展開は︑いかになされているか︒教授

に あ

る ︒

によれば︑資本主義の各発展段階での典型的な資本の﹁型 L ︑ つまり︑重商主義 1 1 1 商人資本︑自由主義

l l

産業資 l

本︑帝国主義

1 1 金

融 資

本 の

おのおのの成立は各発展段階において︑特定の国の特定の産業において︑ みられたと

する︒したがって︑金融資本の場合も︑後進国ドイツにおいて︑重工業部門における独占体の形成との関連のもとに

展 開

さ れ

た ︒

金融資本成立の論理は︑ ほぼ次のごときものであろう︒

件後進国とい

そ の

さ い

の ︑

教 授

に よ

れ ば

う世界史的位置づけによって︑園内での資本家的生産方法が十分に成熟する以前に︑先進国からの外圧によってブル

ジョア化をせまられる︒したがって︑前資本主義的な諸要素︑ とくに農業における前資本家的要素が強く残存するこ

と に

な る

H H

﹁世界の工場﹂としてのイギリスからの綿製品の輸出にたいして︑自国の工業育成のために︑保護関  

税および一般に保護政策がうちだされる︒ ︵もっとも︑教授にあっては︑この保護関税の役割が比較的軽視されて

いるのは︑特徴的である︶ 伺先進国において︑長期にわたって自生的に発達してきた機械設備を︑そのトップ・モ

ードにおいて直接移入することができる︒ここに︑後進国ドイツは︑ 工業生産の出発点において︑先進国にまさる有

側発達した機械設備を直接移入することの結果︑この機械設備の吸牧する労働者の

数は︑資本の有機的構成の高いことから︑相対的に少い︒したがって︑農村から都市工業に吸牧する労働力は相対的 利な立場にたつことができる︒

に少なく︑農村に大きな過剰人口を停滞させる︒ 同この農村の大きな過剰人口との関連において︑農民の貧困化が

3 2 1 一

持続される︒この農民の貧困を前提として︑労働者の低賃金ということになり︑これが資本の側の高蓄積の要因にな

る ︒

︵この関係は︑農村外の都市手工業の場合にもいえる︒︶ 制後進国では︑先進国から発達した機械設備を輸入

するに要する巨額な資本の調達は︑資本蓄積の未成熟のゆえに︑容易ではない︒そこで資本調達のために︑零細な個

﹁ 帝

国 主

義 論

﹄ に

つ い

て の

一 考

察 ︵

淡 路

(6)

宮 大

経 済

論 集

‑ 3 2 2  ‑

同ドイツでは銀行が︑ 人資本をかき集める方法として︑株式制度が広汎に用いられることになる︒ イギリスと異つ

て︑産業銀行的性格が強くこの銀行が︑株式の引受︑発行︑会社設立などに積極的に介入する︒ここに金融資本が︑

後進国ドイツにおいて典型的に成立するにいたる︒

註 宇 野 教 授 の 右 の よ う な 見 解 に つ い て は ﹃ 経 済 政 策 論 ﹄ と く に 第 一 二 篇 帝 国 主 義 の 序 文 と 第 一 ・ 第 二 章 を 参 照 せ よ ︒ ま た ﹁ 帝 国 主

義 論

の 方

法 に

つ い

て ﹂

︵ ﹁

﹃ 資

本 論

﹄ と

社 会

主 義

﹂ 所

収 ︶

︑ ﹁

経 済

学 と

唯 物

史 観

﹂ ︵

﹃ 経

済 評

論 ﹄

一 九

五 九

年 四

月 号

︶ ︑

い わ

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宇 野

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l レ

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大 内

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大 島

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い ず

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﹃ マ

Y ク ス 経 済 学 の 発 展 ﹄ 所 取 ︶ 大 谷 瑞

郎 ﹃

資 本

主 義

発 展

史 論

﹄ ︵

と く

に ︑

第 三

章 ︶

︑ 一

戸 田

四 郎

﹁ ド

イ ツ

金 融

資 本

の 成

立 過

程 ﹄

を 参

照 せ

よ ︒

このように︑宇野理論によれば︑金融資本が︑後進国ドイツにおいて︑先進国イギリスに先きだって︑典型的に成

立したのは︑世界史的にみて︑ ドイツが後進国であったということの故であった︒ドイツは︑後進国であったがゆえ

﹁急速なる先進国からの移入による資本主義化に伴う︑複雑なる残存的諸要因を加えて︑新たな段階で金融資本

への発展を準備することになった︒この転化過程もおそらくは歴史的過程の弁証法的な発展をなすものであろう﹂

︵宇野・前掲﹁経済学と唯物史観﹂九頁︶︑ということになるのである︒このように︑先進国イギリスにおいてではなく︑ に ︑

逆に︑後進国ドイツにおける金融資本の典型的な成立と︑それによるドイツ資本主義の急激な発展の論理を︑体系的

に展開しえたところに︑宇野理論の先駆的な意義があるといえよう︒

以上のように︑宇野教授によって︑後進国ドイツにおける金融資本成立の論理が体系的に展開されたのであるが︑

いかなるものであろうか︒教援は︑金融資本成立の典型をドイツにもとめ︑その成 この宇野理論の性格はいったい︑

(7)

立の論理は﹁原理論﹂的にはときえないとされ︑ ﹁帝国主義論﹄において忠実に継承されている﹁原理論﹂的方法に

よってではなく︑﹁段階論﹂において展開されている︒そのさい︑ドイツ金融資本の成立を︑﹁世界の工場﹂としての

先進国イギリスと︑それにたいする原料国としての後進国ドイツとの関連において追求されている︒いな︑より正確

にいえば︑先進国との関連において︑後進国ドイツの金融資本の成立を追求という観点は︑じつに弱く︑むしろ︑後

進国ドイツにとっては︑外的条件である︑先進国からの発達した機械設備の移入ということから︑直線的にドイツの

金融資本成立の論理が展開されている︒宇野理論にあっては︑ドイツ金融資本の成立にとって︑先進国からの発達し

ドイツの経済内部の展開にたいする︑外からの影響という観点からではなく︑むし た機械設備の移入ということが︑

ろ︑この﹁外から﹂の条件を出発点として︑それから直線的に説明されているように思われる︒このように︑内的根

むしろ外的条件によって経済発展の論理を展開するのは︑教授の﹁段階論﹂において一貫して 拠によってではなく︑

いるところである︒それを︑端的にしめすのは︑次の文である︒

あ る

い は

む し

ろ そ

の!日 ら

社 来 会 の

が 諸 外、社

部 、 会 カ抗力ミ ら、新

﹁近代ブルジョア社会の発展は︑

しい社会に転化しつつ商品経済をその内部に包摂してゆく歴史的過程の︑

か骨骨骨骨か砂蒼

b h

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一 ぃ

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怪 骨

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成 果

と い

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︵ 傍

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筆 者

︒ 宇

野 ・

前 掲

﹁ 経

済 学

と 唯

物 史

観 ﹂

しかし︑私には︑教授のこのような主張は︑内的根拠による経済の発展ではなく︑むしろ外的条件から直線的に︑

後進国の経済発展の論理を説明しようとするものと考えられるがゆえに︑承服しがたいものがあおめおそらく教授に

あっては︑﹁原理論﹂とは異って︑﹁段階論﹂においては︑世界史的位置づけのゆえに︑各発展段階での︑特定産業に

h

おける典型としての資本の﹁型﹂の成立は︑経済内的論理のみでは解明しえない︑といわれるのであろう︒ て︑そうであろうか︒私には︑後進国の経済発展︑具体的にドイツの金融資本の成立と︑急激な経済発展の説明も︑ はたし

﹃帝国主義論﹄の論理展開をいっそう発展させることによって可能ではないか︑ と思われる︒以下︑ その点を︑先進

﹃ 帝

国 主

義 論

﹄ に

つ い

て の

一 考

察 ︵

淡 路

(8)

富 大

経 済

論 集

九 四

‑ 3 2 4  ‑

国と後進国との不均等発展の観点から︑先進国からの発達した機械設備の移入と︑株式会社制度の問題に限定して︑

ハ後進国における︑前資本家的要素の強固な残存︑また︑それを前提とする︑農民の貧困と︑労働者の

検 討

し よ

う ︒

低賃金と︑高蓄積の問題は︑本稿では捨象する︒︶

註 こ

の 点

に つ

い て

︑ 拙

稿 ︑

﹁ 封

建 制

よ り

資 本

制 へ

の 移

行 の

﹁ 二

つ の

道 ﹂

に つ

い て

の 一

考 察

﹂ ︑

﹁ 封

建 制

よ り

資 本

制 の

移 行

に お

け る

商 業

の 役

割 に

つ い

て ﹂

﹁ 富

大 経

済 論

集 ・

第 四

巻 第

一 号

︑ 第

五 巻

第 一

号 ︶

を 参

照 さ

れ た

い ︒

﹃帝国主義論﹄において不均等発展としてあげられているのは︑大別して︑

二つの部類である︒第一の圏内のものは︑これもまた二大別することができる︒その第一は︑農・工の不均等発展と 一圏内のものと︑国際間のものとの︑

技術的進歩と大衆の貧困との︑ つまり生産と消費の不均等発展︒第二は︑各企業問︑各産業部門間︵重工業の不均等

発 展

は こ

れ に

含 ま

れ る

︶ ︑

の 不 均 等 発 展 で あ る ︒

第一の︑農業と工業のあいだの︑また生産力の発展と大衆の貧困とのあいだの︑不均等発展については︑

によって︑生産手段の私的所有と生産の無政府性という資本主義にあっては︑この二つの不均等発展は不可避である

そのことが園内市場を相対的にせばめ︑また外国貿易と資本輸出を必然化することがしめされている レ l

ニ ン

こ と

し か

も ︑

の は

周 知

の と

こ ろ

で あ

る ︒

︵ 第

四 章

︑ 資

本 輸

出 を

参 照

ところが︑この二つの不均等発展は︑不均等の格差がより拡大す

るという意味でのものであり︑資本主義時代をつうじて︑その関係が逆転する︑というものではない︒

次の各企業問︑各産業部門聞の不均等発展については︑どうか︒

企業聞の不均等発展というのは︑同一産業部門内部の問題であり︑ここでは︑ 一般に︑大企業と小企業との格差が

(9)

拡大して︑大企業による小企業の集中ということが意味されている c レ l ニンが﹁第四章・資本の輸出﹂において v

﹁個々の企業︑個々の産業部門︑個々の国の発展における不均等性と飛躍性とは︑資本主義のもとでは不可避である﹂

︵ 向

上 ︑

というときの個々の企業聞の不均等は︑産業部門間や国際間の場合と異って︑大企業と小企業の格 一 O

二 頁

差 の 拡 大 と ︑ それによる集中という意味のものであろう︒この点は︑ ﹁自由競争は︑大規模生産を創りだし︑小規模

生産を駆遂し︑ さらに︑大規模生産を最大規模の生産によっておきかえ﹂︵同上︑

一 四

四 頁

という叙述にもみられる

ごとくである︒この個々の企業間の不均等発展の問題を︑ ややくわしく検討しよう︒

﹃帝国主義論﹄の﹁第一章・生産の集積と独占﹂では︑論理段階として︑流通過程︑

れているといえる︒それは︑ また信用の分析は一応捨象さ

﹃資本論﹄第一巻において流通過程の分析が捨象されているのに対応するものといえよ

う︒流通過程を捨象しての生産過程の分析における︑生産と資本の集積←独占の成立という場合︑ここでの集中は︑

原則として︑大企業による小企業の︑ または大資木による小資本の集中であることは︑ ﹃資本論﹄第一巻・第二十三

章・第二節においてもしめされているところである︒

この間一産業部門内部での︑

この第二十三章・第二節では︑

ある︒すなわち︑ 企業聞の競争において︑信用や株式会社が︑いかなる影響をあたえるかについては︑ ただ︑一示唆があたえられているにととまるが︑それは︑きわめて含蓄にとんだもので

﹁資本制生産につれて一つの全く新たな信用業が形成されるのであって︑これはその初期に ︑ ー ︸ O

I U Y B

♂ 

は︑蓄積の謙遜な助手としてひそかに忍びこみ︑社会一の表面に大小さまざまの分量で分散する貨幣手段を眼にみえな

い糸によって個々の資本家または結合資本家の手にかき集めるのであるが︑ やがては競争戦上の新たな恐るべき武器

‑ 3 2 5  ‑

となり︑結局は︑資本集中のための危大な社会的機構に転化する︒﹂︵﹁資本論﹄青木文隆訳・第四分冊︑九七一二頁︶

﹁蓄積によって若干の個別的資本が大きくなって鉄道を敷設しうるまで待たねばならなかったとすれば︑まだ世界

﹁ 帝

国 主

義 論

﹂ に

つ い

て の

一 考

察 ︵

淡 路

九 五

(10)

富大経済論集

/¥ 

に鉄道はないであろう︒しかるに集中は︑株式会社に媒介されて忽ち鉄道の敷設をなしとげた︒﹂︵向上︑九七五頁︶

このように︑信用業や株式会社が︑資本の集積・集中をいかに加速度化するかが︑示唆されているのである︒

てず

ノ レ

クスは︑第一巻での右のような示唆を︑第三巻では︑ より具体化させている︒たとえば︑第二十七章﹁資本制的生産

における信用の役割 L では︑次のような叙述がある︒

﹁それ︵株式会社︶は︑特定部面で独占を生みだし︑したがって国家の干渉を誘発する︒それは新たな金融貴族を︑

発起人・創立者および単に名目上の重役の姿をとった新種の寄生虫

1 1

創立︑株式発行︑および株式取引にかんする 1

詐欺踊着の全制度を︑再生産する︒﹂︵﹁資本論﹄青木文庫訳・第十分冊︑六二四頁︶

﹁ W 株式事業!ーを度外視しても︑信用は︑個々の資本家または資本家と見なされる人をして︑個人の資本および

他人の所有・したがって︑他人の労働・を特定の限界内で絶対的に自由にすることをえせしめる︒:::ひとが現実に

−|←所有する資本そのものは︑もはや︑信用という上部建築の基礎となるにすぎない︒﹂︵同上︑六二回頁︶

また︑第三十六章﹁先資本制的なもの﹂では︑次のような箇所がある︒

﹁銀行は︑社会的規模において︑ 一般的簿記と生産手段の一般的分割との形態をーーーだがまさに形態だけをつ

く り

だ す

︒ ﹂

︵ 第

十 一

分 冊

・ 八

五 六

頁 ︶

﹁銀行業により︑資本の配分は︑私的資本家および高利貸の手から︑ 一つの特殊的業務として︑社会的機能として

引 上

げ ら

れ て

い る

︒ ﹂

︵ 同

上 ︑

八 五

七 頁

このように︑第三一巻・第二十七章や第三十六章においては︑信用および株式会社によって︑自己の所有でない︑社

会的資本の一大部分の利用が可能になり︑個人的資本にとっては不可能であった巨大な規模の生産と企業が可能にな

ることがしめされている︒また︑特定都面で︑ いかに︑独占を生みだし︑国家の干渉を誘発するか︑さらにまた金融

(11)

貴族︑新種の寄生虫を生みだすか等々が︑ しめされている︒ここでは︑信用は︑現実に人が所有する資本の上部建築

をなすがゆえに︑この信用や株式制度を利用する場合は︑第一巻で主張されている﹁大資本による小資本の支配・集

中﹂がいかに加速度的に促進されるかがしめされているのである︒要するに︑第三巻の信用の役割の分析にいたって

第一巻での﹁生産の集積! l 資本の集積・集中 L ︑すなわち︑各企業聞の不均等発展の過程がより具体化され︑

ま た

金融資本成立の論理のアウト・ラインが︑すでにあたえられているといえよう︒これを︑宮崎氏の主張にしたがえば

︵ 註 ︶

ということになる︒ ﹁金融資本の抽象的基礎は︑ ﹃資本一般﹄の論理をもってまず解明され﹂うる︑

註 宮 崎 犀 一 ﹁ 理 論 経 済 学 の 方 法 と 歴 史 記 述 の 方 法 ﹂ ︵ ﹃ 経 評 ﹄ 一 九 五 九 年 四 月 ︶ ︒ な お ︑ い わ ゆ る プ ラ ン 問 題 に つ い て は ﹃ 資 本 論 ﹂ が ﹁ 資 本 一 般 ﹂ の 領 域 の も の で あ る か ︑ ど う か に つ い て は ︑ ま だ 結 論 を も っ て い な い ︒ た だ こ こ で ︑ い い た い こ と は ︑ 第 三 巻 で

は ︑ 信 用 ︑ 株 式 会 社 の 問 題 が あ っ か わ れ ︑ 金 融 資 本 成 立 の 論 理 の ア ウ ト ・ ラ イ ン が あ た え ら れ て い る と い う こ と で あ る ︒

このような﹃資本論﹄の論理展開を忠実に継承するのが︑

積と独占﹂をあっかい︑第二章では︑第一章での叙述を基礎として︑その上に﹁銀行とその新しい役割﹂があっかわ

︵ 註 ︶

れ︑ついで︑第三章では﹁金融資本と金融寡頭制﹂が展開されている︒ ﹃帝国主義論﹄である︒ここでは︑第一章で﹁生産の集

註﹃帝国主義論ノ l

ト ﹄

で は

︑ ﹃

帝 国

主 義

論 ﹄

執 筆

の さ

い の

プ ラ

ン と

し て

︑ レ

l

ニ ン

は ︑

﹁ ノ

l 卜 d

﹂ に

三 箇

︑ ﹁

ノ ー

y ﹂

に 数

箇 を ︑ 考 え て い る ︒ こ の プ ラ ン に つ い て ︑ 戸 原 氏 は ﹁ ﹁ ノ l ト 8 ﹄にあるプランをみれば︑ことに付では︑銀行資本を説いて

か ら 狙 占 に 移 り ︑ こ れ に 世 界 の 分 割 を 加 え る と い う 点 で ︑ そ の 構 成 は ヒ ル ブ プ デ ィ ン グ に 似 て い る こ と が わ か る ︒ −

ji

− − プ 一

フ ン

伺 で は ︑ こ の 点 が 大 き く 変 他 し ︑ 独 占 に 始 ま り ︑ 世 界 の 分 割 ま で 説 い た の ち に 始 め て 銀 行 資 本 が 論 じ ら れ る こ と に な っ て い る ︒

: こ

の よ

う に

み て

く る

と ︑

金 融

資 本

の 理

解 に

つ い

て レ

l ニ ン 自 身 が ︑ 当 初 は 強 く ヒ グ フ プ デ ィ ン グ に 影 響 さ れ て い て ︑ こ れ が 次 第 に 彼 独 自 の 展 開 に い た っ た も の と い え よ う ﹂ と の べ て い る ︒ ︵ 芦 原 四 郎 ﹁ レ l

ニ ン

の 金

融 資

本 概

念 に

つ い

L

﹃ 経

評 ﹄

九 五

七 年

九 月

号 ︶

こ の

こ と

は ︑

レ l ニ ン の ﹃ 帝 国 主 義 論 ﹄ の 叙 述 が ︑ ヒ ル フ ァ デ ィ ン グ 的 金 融 資 本 の 理 解 ︑ 流 通 過 程 の 偏 重 か ら

﹃ 資

本 論

﹄ の

論 理

展 開

に 忠

実 な

も の

に ︑

次 第

に 移

っ て

い っ

た こ

と を

し め

す も

の と

い え

よ う

﹃ 帝

国 主

義 論

﹄ に

つ い

て の

一 考

察 ︵

淡 路

F

(12)

富 大

経 済

論 集

九 八

‑ 3 2 8 一

﹁銀行の新しい役割﹂をあっかう第二章は︑ ﹃資本論﹄の第三巻の叙述をふまえた分析であることはたしかだ︒

乙こでは﹁銀行は仲介者という控えめの役割から成長転化して︑資本家と小経営主との総体の貨幣資本のほとんどす

べてと︑またその国ゃいくたの国々の生産手段および原料資源の大部分とを自由にする︑全能の独占者となる﹂とい

う見解のもとに分析がすすめられている︒このような銀行は︑資本の集積・集中と独占の形成を幾倍も強め︑また促

進する︒この過程において︑銀行資本と産業資本の融合がすすみ︑金融資本が成立するにいたる︒そして第三章では

レ 1 ニン自身の金融資本の規定があたえられる︒すなわち︑ あらためてヒルフプディングの不備をおぎなう形で︑

﹁生産の集積︑そこから発生する独占︑銀行と産業との融合あるいは癒着| l これが金融資本の発生史であり︑金融

資本の概念の内容である︒﹂

註第二︑第三章で特徴的なのは︑レ l

ニ ン

に あ

っ て

は ︑

金 融

資 本

︑ 金

融 寡

頭 制

に つ

い て

︑ そ

の 例

証 の

多 く

は ︑

ド イ

ツ を

中 心

に し

て あ

た え

ら れ

て い

る こ

と で

あ り

︑ そ

の 際

︑ 銀

行 資

本 に

よ る

産 業

支 配

の 手

段 と

し て

︑ も

っ と

も 強

調 さ

れ て

い る

の は

︑ ﹁

参 与

制 度

で あ

り ︑

ま た

逆 に

︑ 株

式 会

社 に

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︑ 多

く の

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い な

い ︑

と い

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︒ こ

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の 点

に つ

い て

は ︑

す で

に ︑

多 く

摘 さ

れ て

い る

と こ

ろ で

あ る

ロ た

と え

ば ︑

前 掲

︑ 宇

野 ﹁

帝 国

主 義

論 の

方 法

に つ

い て

﹂ ︑

大 内

﹁ レ

l

ニ ン

﹂ を

参 照

せ よ

こ の よ う な 第 一 t 第三章の叙述ののちに︑第四章の﹁資本の輸出﹂では︑﹁個々の企業︑個々の産業部門︑個々の国

の発展における不均等性と飛躍性とは︑資本主義のもとでは不可避である﹂︑ という命題が打出されているのである︒

次に︑産業部門聞の不均等性と飛躍性については︑どうか︒この不均等発展は︑彦︑・工の関係のごとく︑既存の不

均等の拡大するといった意味ではなく︑資本主義の発展においては新興の産業が︑古い産業を﹁追いこす﹂という意

味での不均等発展ということであろう︒たとえば︑イギリスの産業革命以後の産業資本主義段階におけるキイ産業は︑

(13)

それ以前の羊毛工業から︑綿織物工業に移った︒しかし︑

一 九

世 紀

年代の自由貿易の最盛期以後のキイ産業は︑ 六 0

もはや網工業ではなく︑鉄工業を中心とする重工業に移っていく︒しかも︑この重工業が急激に発展するのは︑先進

国イギリスよりも︑むしろ株式制度の積極的な利用によって金融資本の典型的に成立した後進国ドイツであった︒こ

のように︑産業部門聞の不均等性と飛躍性は︑資本主義においては︑本来︑ 不可避であるといえよう︒

ところで︑この産業部門間の不均等発展の論理と同一産業部門内部の企業聞のそれとは︑ いかなる関係にあるか︒

同一産業部門内部の企業聞では︑新たな企業が︑先行の企業をコ追いこす﹂意味での不均等発展は︑むしろ例外で

あった︒それに反して︑産業部門聞のそれは︑上述のごとく︑資本主義にあっては︑本来︑不可避であるといえる︒

しかし︑同一産業部門内の企業間の競争においても︑信用︑株式の利用によって︑いかに不均等発展と︑資木の集中

が促進されるかについては︑すでにのべたが︑その関係が︑産業部門聞の場合は︑とくに著るしいといえよう︒綿工

その顕著な例である︒資本主義において︑ 業から鉄工業にキイ産業が移る場合は︑ 産業部門聞の不均等発展は︑

来︑不可避であるが︑それが一八六六年の恐慌以後︑ とくに一八七三年の恐慌以後は︑鉄工業等においては︑

と く

信用・株式等の外部資本の広汎な利用によって︑ いっそう促進されたといえるのである︒

このような産業部門間の不均等発展は︑一圏内においても不可避であるが︑国際間においては︑さらに幾倍も激化

されるのであり︑そのことが結局︑国際間の経済の不均等発展をひきおこすのである︒次にその点を検討しよう︒

一 国

内 ︑

とくに先進国イギリスの自由主義段階では︑

η

υ いわば﹁原理論﹂に近い形で︑総資本の再生産過程が展開さ

れる︒ここでは︑自由競争のもとで経済が自生的に発展するから︑生産拡大のための資本の調達は︑主として自生的

な内部蓄積によってまかなわれる︒もちろん︑その過程において︑銀行等からの他人資本の利用は︑むしろ一般的で

あ る

と い

え る

が ︑

し か

し ︑

それは資本調達の手段としては︑あくまでも副次的な位置をしめるにすぎない︒各企業は

﹃ 帝

国 主

義 論

﹄ に

つ い

て の

一 考

察 ︵

淡 路

九 九

(14)

富大経済論集

0  0 

‑ 3 3 0 一

競争に勝利するために︑特別剰余価値をもとめて︑資本の有機的構成の高度化をせまられる︒この先進国において︑

一時点の社会の横断面を切るならば︑各企業の資本の有機的構成の度合は︑いわば千差万別で並存している︒もちろ

ん︑長期的にみれば︑大企業による小企業の集中・支配の過程︑不断の独占化の過程ではあるが︑それはまた反面に

おいて︑各企業聞の有機的構成の不均等の再生産の過程でもある︒つまり︑それは︑競争戦において︑各企業の資本

の有機的構成の格差の不断の均等化であると同時に︑また不断の不均等をふくみつつ進む︑独占化の過程である︒こ

の過程が︑先進国にあっては自生的にすすみ︑生産拡大も内部蓄積による自己資本を中心とし︑他人資本は広汎に利

それは副次的なものにすぎない︒ここから︑イギリスの銀行の預金銀行としての性格がでてくる 用 さ れ た と し て も ︑

し︑また余分の資本が比較的早く狙占段階以前にもすでに︑海外に輸出されてくるということになる︒したがって︑

イギリスでは生産規模の拡大も︑資本の集積・集中の過程も︑いわば連続的な発展の過程であったといえよう︒この

ような過程において同一生業部門内部での企業の集中のみならず︑産業部門聞においても︑軽工業にたいして︑次第

に重工業が進出してくる︒しかもこの際︑鉄工業等の重工業では︑綿工業に比して︑巨大な固定資本を要し︑その資

本調達のためには︑内部蓄積のみでは不十分であり︑ここに銀行資本等の他人資本が︑より積極的に利用されること

いっそう強められることになる︒鉄工業等の重工業の︑綿工業に比しての不均等発 になり︑重工業の不均等発震が︑

展の︑右のような基本面においては︑先進国も後進国も︑同じであったといえる︒しかし︑軽工業に比しての︑重工

業の不均等発展における︑先進国と後進国との︑右のような同一面の把握と同時に︑あるいは︑それ以上に︑その相

違点の検討が重要である︒

先進国イギリスにおいて︑綿工業は︑産業革命の過程でキイ産業として確立されてくるが︑この綿工業の発達との

密接な関連のもとに︑ それにつづいて︑次第に石炭業︑鉄工業︑機械工業等が発達している︒イギリスでは︑これら

(15)

め 重

工 業

も ︑

いわば自生的に発達してきた︒しかし︑鉄工業等は︑たしかに自生的に発達してきたが︑綿工業よりも

一時代おくれて発達してきたこと︑また︑次第に巨大化する固定資本の調達のために︑前述のごとく︑それだけ︑信

用制度をより積極的に︑ より広汎に利用することになる︒そのことが︑重工業を急速に発達させることになるのであ

る︒しかし︑ここに注意されねばならぬのは︑次の点だ︒自生的な経済の発展をとげたイギリスでは︑重工業の発展

が︑他人資本のより積極的な利用によって︑大いに促進されたが︑そのような他人資本の利用は︑やはり副次的なも

のにとどまり︑ここでもまた町内部蓄積による自己資本を中心として発達してきたことである︒その結果として︑重

工業においても︑個人経営的伝統によって︑株式会社形式の利用による新方法への転換がおくれることになったこと

は︑周知のところである︒その点︑後進国ドイツにおいては︑先進国イギリスで長期間のあいだに自生的に発達して

きた機械設備を︑後進国であることのゆえに︑直接︑移入しうる︒先進国にあっては︑長期間にわたる生産力の骨全

的な発達の結果︑逆にそのことのゆえに︑有機的構成の劣る一連の企業はなお並存している︒後進国は︑後進国であ

ることのゆえに︑有利な出発点にたちうるのであり︑ここに不均等発展の経済的技術的な要因がある︒つまり先進国

での生産の集積︑資本の集積・集中の過程は︑いわば連続的発展であるのにたいして︑後進国では︑いわば︑非連続

の連続︑または飛躍的であるといえよう︒しかし︑ここに注意すべきは︑後進国のこのような利点は︑先進国には全

く見られないということではなく︑また先進国での有機的構成の高度化の過程と全く具質ということではない︑点

だ︒先進国の発展の成果を移入して︑出発しうるというにすぎない︒ ︵それが決定的重要性のあることではあるが︶

‑ 3 3 1   ~

また後進国においては︑先進国から発達した機械設備を移入するための巨額の固定資本の調達は︑個別資本の内部

蓄積では不可能であることから︑株式会社制度が︑広汎に利用されることになる︒この株式の引受︑発行に︑産業銀

行的性格のつよいドイツの銀行が積極的に介入した︒この過程において︑銀行資本による産業の支配と︑産業資本と

﹃ 帝 国 主 義 程 ﹄ に つ い て の 一 考 察 ︵ 淡 路 ︶

(16)

富 大

経 済

論 集

銀行資本の癒着がすすみ︑その結果として金融資本が全能の独占者となるのである︒このように︑ドイツの金融資本

の成立については︑流通面における株式制度による資木調達と︑銀行の積極的な役割が重視されねばならぬ︒

そのような銀行の積極的な役割については﹃帝国主義論﹄第二章︑第三章において強調されているところである︒

もちろん︑そこでは株式会社について︑あまりふれられていないことは︑すでにのベた︒ レ l ニンはヒルファディン

グの金融資本の概念を批判して︑彼自身の﹁生産と資本の集積は︑それが独占にみちびきつつまり︑また︑すでにみ

ちびいたほどに高度にたっしている﹂ことの基礎の上に︑銀行と産業との融合︑療士一肩としての金融資本の概念規定を

している︒しかし︑この融合︑癒着というのはどういうことか︒たしかに癒着ということは︑それによって︑両者の

いずれでもない︑新たな資本 H 金融資本の成立ということである︒しかし︑この癒着の内部における両者の関係は︑

どうか︒それは︑同等な比重をもっ︑対等関係における融合・癒着ということを意味するか︒この点については︑

ーニンが再三強調しているように︑銀行資木による産業資本家の支配という面を見のがしてはならない︒レ l

ニ ン

よるヒルフプディング批判の重点は︑この癒着が︑生産と資本の集積を基礎にして︑その上に生ずる︑という点にこ

そあり︑癒着という一言葉で考えられる︑両者の対等関係における一体化という点にあるのではないと思う︒

註 こ

の 点

に つ

い て

は ︑

清 水

嘉 治

﹁ ﹃

金 融

資 本

﹄ 概

念 の

諸 問

題 ﹂

︵ ﹃

経 済

系 ﹄

第 三

九 輯

︶ ︑

ま た

佐 藤

定 幸

﹁ ﹁

金 融

資 本

﹄ 概

念 に

か ん

す る

一 考

察 し

︵ ﹃

経 済

研 究

﹄ 第

九 巻

・ 第

二 号

︶ 宇

佐 参

照 せ

よ ︒

た だ

︑ 両

氏 は

︑ あ

ま り

に も

l

ニ ン

の 金

融 資

本 の

概 念

規 定

に と

ら わ

れ す

ぎ た

理 解

を さ

れ て

い る

よ う

に 思

わ れ

る ︒

したがって︑銀行が産業銀行的性格をもち︑株式発行を積極的に引受け︑ また重役派遣の多かったドイツにおいて

金融資本が典型的に成立したことと︑

銀行と産業の融合︑ ﹃帝国主義論﹄の論理展開とは︑首尾一貫しないということはない︒とくに銀

第三章の論理展開は︑ド 行の新たな役割︑ また銀行資本による産業の支配を強調する︑

第 二

(17)

イツの金融資本成立の論理として十分有効であるといえよう︒ただ︑ドイツでは︑生産と資本の集積が独占にみちび

いたほどに高度にたっし︑その上に︑産業と銀行の癒着として金融資木が成立したか︑という点は問題である︒この

点については︑先進国イギリスから発達した機械設備を︑移入しえたこと v また︑そのための資木調達の方法として

﹃帝国主義論﹄の論理展開に導入され︑補完されねばならない︒つまり︑第一章の﹁生 の株式会社の果した役割が︑

産の集積と独占﹂の過程は︑後進国ドイツにおいて自生的に展開されたのではなく︑先進国での生産の集積の結果

を︑発達した機械設備の移入という形で︑移しうえ︑その上に︑第二章の﹁新しい銀行の役割﹂がはたされ︑そこに

金融資本の成立がみられたものといえよう︒こうした立体関係が︑統一的にとらえられねばならない︒ つまり︑先進

国と後進国の経済発展における︑同一面と相違点が統一的に理解され︑それによって︑国際間の不物等発展の論理が

とかれねばならない︒

以 上

の よ

う に

﹃帝国主義論﹄における︑各種の不均等発展を比較検討するならば︑ ﹁個々の企業︑産業部門︑国

‑ 3 3 3 一

のあいだの不均等﹂も︑それらの同一面とともに相違点も︑統一的に理解しうるのではなかろうか︒しかも︑それら

種々の不均等性の統一的な理解の方向は︑﹃

L

帝国主義論﹄の章別の展開において︑しめされているといえよう︒ただ︑

そこでは︑﹁個々の企業︑産業部門︑国のあいだの不均等性﹂として並列されているが︑一国内での不均等と国際間

のそれとは︑同一面とともに︑やはり論理段階を異にしている点はみとめざるをえない︒この次元の異なる不均等性

の説明は﹃帝国主義論﹄の論理展開では︑十全であるとはいえない︒そこに︑宇野教授によって﹁段階論﹂としての

帝国主義の展開されざるをえない論理的必然性があるといえよう︒しかし教授の﹁段階論﹂は︑要するにつ外から﹂

の外的条件により︑後進国ドイツの金融資本成立の論理を展開しようとするものである︒この宇野理論にたいする検

討 を

﹃帝国主義論﹄の論理展開の発展において果そうとするのが︑木稿の試みである︒

﹃ 帝

国 主

義 論

﹄ に

つ い

て の

一 考

察 ︵

淡 路

参照

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