いじめ対策についての一考察
高 橋 史 朗
いじめは子供社会にはつきもので,かつて子供たちは,それを通して人間関係を学び,
育ったものである。ところが,1980年代以降,いじめを苦に自らの命を絶つ子供が出現 し,今日ではインターネットによるいじめなど,いじめ問題は複雑な様相を呈してきてい る。子供の関係性の問題に親や学校・行政はいかに関わるべきか。
平成19年4月に埼玉県教育委員会が発表した「いじめに関する実態調査結果報告書」(本 調査は埼玉県内のすべての小4・小6・中2・高2を対象とした)によれば,加害または 被害の経験のある者は55%(うち,いじめた経験のある者は38%,いじめられた経験が ある者は36%)いた。今いじめがあると答えたのは,小学6年生41%,中学2年生32%で,
いじめられた時期は中1がトップで41%,いじめられても相談しない者が39%,がまん
ノO
9
70
60
50
40
30
20
10
0
723
32.2
家族
50.8 54.8
友達 担任
■小4 口小6 口中2 口高2
誰にもしない (相談相手)
図1 いじめられたとき,誰に相談したか
埼玉県教育委員会が発表した「いじめに関する実態調査結果報告書」
(本調査は埼玉県内のすべての小4・小6・中2・高2を対象とした)
する者が54%であった。
いじめた理由は,①嫌いだから44%,②遊びのつもり25%,③なんとなく23%,④自 分を守るため11%,などとなっている。「自分を守るため」が1割以上いることは,被害 者と加害者の関係が流動的になっていることを示しており,いじめの根底にある人間関係 の病理を示唆している点で注目に値する。そのほかにも「みんなやっていたから」「いじ められたから」「友達につられて,楽しいから」などがある。いじめられた時に相談した 相手は図1の通りである。
学年が進むにつれて,「誰にも相談しない」者が増加し,友達への相談にはほとんど変 化は見られないが,家族と担任への相談は学年が進むにつれて減少していることは問題で ある。関係性の絆が学年が進むにつれて弱まり,いじめについて相談しても頼りにならな いことを示していると言える。
1 いじめの定義の変更
近年,携帯電話やパソコンを使った,いわゆる「ネットいじめ」が横行している。その 特徴は,次の点が挙げられる。①匿名性,②場所や時間の制約を受けず,24時間いじめ られる,③いつどこで誰から攻撃されるかわからない恐怖がある,④被害者はネット上の 情報を消去することができず,いじめを受けたら逃げ場がなくなる。
これまでのいじめは,加害者,被害者,観衆,傍観者の4層構造になっているとされて きたが,現在は力の弱い者がインターネットなどを利用して,いじめる側にまわるなど非 常に関係性が流動的になっており,いじめが複雑・多様化し,大人から非常に見えにくく なっている点が特徴的といえる。このようないじめの変化によって,いじめの定義は今日 のいじめには当てはまらなくなったとして,文部科学省は3年前にいじめの定義を変更し
ている。
旧定義(昭和61年)では,いじめは,①自分より弱い者に対して一方的に,②身体的・
心理的な攻撃を継続的に加え,③相手が深刻な苦痛を感じているもの,とされており,個々 の行為がいじめにあたるか否かの判断は,表面的・形式的に行うことなく,いじめられた 児童生徒の立場に立って行うことに留意する必要がある,としていた。
これを現行の定義では,いじめと判断されにくい要因であった「一方的」「継続的」「深 刻」の3要件を撤廃し,「いじめ」とは,「当該児童生徒が,一定の人間関係のあるものか
ら,心理的,物理的な攻撃を受けたことにより,精神的な苦痛を感じているもの」に改め られ,「なお起こった場所は学校の内外を問わない」とした。
このように定義を変更して,文部科学省が平成18年にいじめの調査を実施した結果,
いじめの認知件数は6倍を超える大幅増になり,都道府県別の格差は20倍以上になった。
これはいかに学校からの報告が恣意的なものになっているかを物語っている。いじめが定 義されてもtその判断権は学校にあり,判断の適否をチェックするシステムがないために,
実態とは異なる隠蔽が行われているのが現実と言える。
全国紙は一斉に都道府県別いじめの認知件数を掲載したが,この統計がどれだけ信頼で
きるかは疑問である。このような表面的な統計結果に振り回されることなく,いじめの本
質に目を向けて,親と教師が共通認識を深めて,しっかりと対応する必要がある。
2 いじめの背景といじめられっ子の心情
すでに20年以上も前になるが,筆者は政府の臨時教育審議会専門委員であった時にも いじめ論議に参画した。このときすでに現代の子供たちのいじめの心情に共通するものが あったように思えるので,以下,詳しく取り上げたい。臨教審で当時問題になったのは,
以下の特徴をもつ「遊び型いじめ」であった。
①ある特定の行動傾向をもつ子供(複数)を中心とする,グループによる組織の行動で あること,②ターゲットにされた子供に,ある「演技」をするよう暴力的に強要し,笑い の種にしている,③いじめ行動それ自体を楽しむ「遊び」であり,クラスの子供の大部分 や,時には教師をも巻き込んでいる,④長期にわたり陰湿に繰り返されること。
「教師をも巻き込んでいる」というのは,昭和61年に,当時中野富士見中学校2年生だっ た鹿川裕史君が「葬式ごっこ」といういじめを受けて自殺した事件を指している。この事 件は教師も関与していたということでマスコミが大きく取り上げて大問題となった。 鹿 川君をいじめた生徒は,数年後に次のように発言しているが,いじめの根っこにある心理 がよく表れており,今日のいじめにも共通するものとして注目する必要がある。
「みんな刺激に飢えていた。将来の夢なんて,だれも持ってなかった。ぼくらはたしか に何不自由なく育った。つらいこともなかったけど,楽しいこともなかったよ。中学に入っ たときから高校入試を意識させられた。でも漠然と高校に入って,そのあと何をして生き ていくのか。いい高校に入ったからといって,それが何なのか。ごく少数を除けば,将来,
何かになりたいとか,どんな仕事をしたいとか,だれも思っていなかった。(ぜんぜん生 きる目当てがないんです)だから,けんかとか,いじめなどがあるとわ一っと盛り上がっ ちゃう。中学生には自分の家と学校しかないから,刺激への飢えが数倍強かったと思う」
これはストレスの発散としていじめが生まれていることを示す非常に率直な告白といえ る。いじめの背景には,自己肯定感や自分はかけがえのない存在であり価値あるものであ るという自尊感情の欠如,さらには人の心の痛みを感じる共感力や自己抑制力の欠如,と いう共通の問題がある。自分のアイデンティティを内側から認識できず,他人との差異を 外側から相対的に比較して認識しているために,いつも不安で自信がなく,「生きる目当て」
もない中で刺激を求めている,というわけである。
今日の新たないじめを防止するためには,根本療法と対症療法の両方のアプローチが必 要であるが,根本療法で何よりも求められるのは,いじめについて相談できる親教師と の人間関係の絆を深めることである。とりわけ,いじめ・いじめられ関係は家族同士の人 間関係にその起源を持つということに気づく必要がある。
3根本療法としての5つの視座
いじめを楽しむことでストレスを発散するという歪んだ心を浄化するためにはt次のよ
うな観点に立つ必要がある。第1に,生命を尊重する態度や「生きる力」を育む教育が強
調されているが,最大の課題はこれを建前のお説教ではなく,魂の内奥を揺さぶり,子供
たちの心の琴線に触れるような実感を伴った,自尊感情や自己肯定感につながる「気付き
体験」にまで深めることである。
第2に,いじめが人間として絶対に許されない卑劣な行為であることは疑問の余地がな い。しかし,だからといって,そのことを子供に厳しく説教し,頭で理解させるだけでは いじめはなくならない。いじめることの面白さを感じている現状を克服するには,いじめ を超える喜びの場をどのように創造するかという発想の転換も必要である。
第3に,家庭にも学校にも「心理的居場所」がないことがいじめの根因の一つといえ る。家庭と学校をいかに「心理的居場所」にしていくかが重要である。第4に,「問題行 動」といういじめのネガティブな面のみに目を向けて,それはよくない行為だと指導して
も,根本的な解決にはならない。いじめっ子の多くは,愛されたいという欲求と,認めら れたいという欲求が満たされていないのである。この承認欲求をいかに満たしてあげるか が根本的な課題である。
第5に,友達や親教師とつながり,共感し合う人間関係のぬくもりやあたたかさを体 験する機会を増やしていく。これらは理想論に聞こえるかもしれないが,子供の深い内面 に訴えかけるこうした大人の対応こそが,いじめの根本解決を導くのである。
4 いじめへの対症療法と早期発見
いじめは早期発見が最も重要である。そのために,服の汚れ,体の傷,教科書やカバン の落書き,登下校のカバン持ちをさせられる,持ち物がなくなる,表情が暗い,食欲がな い,お金を無心する,電話に怯えるといった子供の小さな変化やシグナルを親や教師が見 落とさないことである。切羽詰まった場合,子供は登校拒否状態になる。
シグナルに気付いたら,子供の気持ちを丸ごと受容して,じっくりと話に耳を傾ける 必要がある。いじめによって追いつめられている子供は非常に視野が狭くなっているの で,視野を広げるためにも,いじめへの対処法を一緒に考え,子供にもどんどん考えさせ る。時と場合によっては,緊急避難として学校を休ませたり,転校や引っ越しを検討する 必要もあろう。いずれにしても,親や教師が本気で「子供のいのちを守る」決意を固め,「必 ず助ける」との意志を明確に子供に伝える必要がある。
また,加害者の子供に対しては,いじめは人間として許されない行為であることを徹底 的に理解させるとともに,学級活動を通して,役割・活動・発言の場を与え,認めて,達 成感や自己有用感をもたせることが大切である。
被害者の子供には,次の点に留意したい。①秘密を守ることを約束しながら話し合う,
②いじめの事実を把握し,つらさや悔しさを受容し,共感的に理解する,③不安を除去し,
安全の確保に努める,④身近な大人に相談することの重要性を伝える,⑤自分の弱み・コ ンプレックスに対する否定的な見方や考え方をやめ,良い方向に自らを変えていけるよう にアドバイスする,⑥自信回復への積極的支援を行う,⑦不信感を抱いている対人関係の 回復を支援する,⑧機会あるごとにコミュニケーションをもち,子供との信頼関係をつく る,⑨自分の気持ちを自信をもって表現できるよう積極的支援を図る。
また,いじめを周りではやし立てている観衆の立場にある子供には,被害者の気持ちを
考えさせ,自らもいじめの加害者と同様の立場にあることに気付かせる。傍観者の子供に
対しては,いじめを知らせる勇気をもたせるとともに,いじめを見て見ぬふりをすること
は,いじめ行為に加担することと同じであると気付かせる。
学級全体へは,クラスでいじめ問題について具体的なテーマを設けて話し合って連帯感 を深め,自らの意志によって行動が取れるように指導し,いじめは絶対に許さないという 教師の断固とした姿勢を示す必要がある。
加害者の保護者に対しては,速やかに家庭訪問をし,いじめの事実を知らせて,本人に も再確認させるとともに,学校の取り組み方針を伝えて協力を求める。そして,いじめの 加害状況の共通認識と今後の対応への協力を得て,被害者への謝罪を促しつつ,家庭教育 の在り方,子供への関わり方を一緒に考え,具体的に助言する。
被害者の保護者に対しても,速やかに家庭訪問をし,丁寧に状況を説明して,学校の取 り組み方針を伝え,誠実に対応する。保護者の気持ちを受容して,誠意を尽くした対話を 重ね,定期的に面談・家庭訪問を行い,対応策を協議する。その際,子供の様子の変化な
どの経過について,緊密に連絡を取り合うことが大切である。
いじめが深刻化した場合には,緊急父母会を招集して父母に考えさせ,クラス討議と父 母会の話について,家庭で親子で話し合ってもらう,などの取り組みも必要となってくる。
5諸外国のいじめ対策
ネットいじめには,①他人になりすまし,嫌がらせメールを送る「なりすましメール」,
②同じ内容の文を複数の人に転送するよう求める「チェーンメール」,③掲示板でキモイ 人ランキングなど悪口が書き込まれる「学校裏サイト」などがあるが,掲示板の管理者に 連絡して削除してもらい,削除されないときは,プロバイダー(インターネットへの接続 サービス提携業者)に削除依頼のメールを送る。
外国には対症療法として外的規制の具体例として,いじめに関する法律などがある。ス ウェーデンは教育法第一章第二条で,「校内に働く職員は,ある生徒が他の生徒を侵害す るような行為に対しては,絶対阻止しなければならない」と定めている。また,わが国の 学習指導要領に該当する国の学習プラン(1994年度)には次のように明記している。
「学校においていじめは絶対にあってはならないし,そういう傾向に対しては,積極的 に対処しなければならない」「校長は学校の最高責任者であり,特に校内で働く職員や生 徒に対する,いかなる嫌がらせやいじめも阻止しなければならないし,自分の学校のいじ
め対策プランを作成する責任がある。」
このことが平成18年11月の衆議院文部科学委員会で公明党の遠藤乙彦議員によって 取り上げられ,「わが国も『いじめ防止対策基本法』を制定する必要があるのではないか」
と伊吹文科相(当時)に質問した。これに対して,文科相は「いじめ防止のための基本法 を議員立法等でつくるという示唆は大変有意義」と評価したうえで,いじめをどう定義す るかが非常に難しい,と答弁するにとどまった。
アメリカでは32州で「いじめ防止法」が制定されている。各州法の共通点は,①児童 生徒のために学校の安全が保障される必要があることを明記,②州が反いじめの指針・い じめ防止計画のモデルを示し,各学校区の策定を義務化,③計画の推進状況・いじめの発 生状況等についての州への報告を義務化の3点であるが,その背景には「いじめポリス
USA」といういじめに反対する団体の強力な働きかけがあった。同団体はいじめ防止法
が含むべき11の基準を次のように提示している。
(1)条文上に必ず「いじめ(bullying)」という用語を用いること。(2)学校安全法 ではなく,明確に反いじめ法とすること。(3)法においていじめと嫌がらせについての 定義を行うこと。(4)いじめ防止指針等に関して,規定すべき内容や策定方法を明確に 示すこと。(5)規則や指針,その他の具体的な反いじめプログラムの策定及びその実施
にあたっては,州教育委員会,学校区,学校,親生徒,専門家が皆で関与し,共同して 行うよう規定すること。(6)反いじめプログラムやいじめ防止指針は強制力を有するも のとして規定すること。(7)各学校区等のいじめ防止指針策定にあたっては,そのデッ ドラインを設けること。(8)いじめ加害者による復讐,報復や,虚偽の申し立てに対し て,いじめ被害者を保護する規定を置くこと。(9)学校区が反いじめ指針を誠実に履行
した場合には,教師,学校,学校区はいじめ発生に関して免責される。逆に,指針履行に 関して誠実でなかった場合には,当然親や生徒は,学校区等を訴える権限を有すること。
(10)いじめ被害者対応について明確に言及すること。(11)カウンセリング,セラピー等 を提供する場合にも,いじめ被害者に対し,最も優先的になされるよう規定すること。こ れらが,いじめ対策の評価付けでAプラスを得るために必須の条件とされている。
反いじめ法はプログラム規定ではなく,強行法規であり,例えばデラウエア州の学校い じめ防止法は,「書かれた」「電子的な」「口頭」「身体的」な意図的行為により,児童生徒 及び教職員などに精神的,心理的若しくは身体的に危害を加える行為などをいじめと定義
しており,いじめなどの捜査発見のための教職員に対する訓練を義務づけている。
そして,いじめを禁止するとともに,加害者,目撃者又はいじめの情報を有する者に対 する復讐,報復及び証告を禁止している。また,いじめの禁止声明を義務づけ,教職員や 児童生徒によるいじめ発見時の通報及び州教育省へのいじめ発見報告を義務化している。
さらに,いじめの被害者(加害者)の保護者へのいじめの行為連絡の手続きを示し,指 針に基づく行動を誠実にとった者に対する免責規定を設け,誠実に履行されなかった場合
には,親や生徒に訴える権限を付与している。
表1 「条例」と「宣言」の特徴と効果
条 例 宣 言
拘 束 性 強 い 普 通
持 続 性 強 い 普 通
柔 軟 性 低 い 高 い
表現の自由度
一一一一一一一一一一一一一←一一一一
県民に対する アピール度
低 い
法令として一定の制約がある←・←←←←←←一←←←←一,←← ←一一一一一一≡一一←一一一←←A−一一←一一←一一一一一一一一一≡一一一≡
普 通 心情に訴える力が弱い
高 い
メッセージが自由に表現できる一一≡≡≡≡一一一一≡≡一一一一一一≡一一一一一一一一一一一一一一一一,←←