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杜甫の五言「拗律」について(下) 張九齡、王維の五律との比較を中心に

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(1)

杜甫の五言「拗律」について(下)

張九齡、王維の五律との比較を中心に

丸 井

(一)はじめに

(二)張九齡の五言「拗律」に見られる特

(三)王維の五言「拗律」に見られる特

(四)杜甫の五言「拗律」に特有の形態とは何か

(五)おわりに

(一)はじめに

本誌第二十七集に載された拙稿(「杜甫の五言『拗律』について(上)」。

以下、「上篇」と稱する)の末尾において筆は、杜甫の五言「拗おうりつ(1)」の特 をより明解に論ずるためには、さらに一をめて、杜甫とほぼ同時 代に生きた代表な宮 詩人らの五言律詩の仄分布を査する必が あるとべた。本稿はその續篇(下篇)にあたり、として張九齡(678- 740)と王維(701-761の五律の仄分布査をもとに、杜甫のそれと 比較しながら、論をめていくことになる。筆の査によれば、張九 齡の五律においても、王維の五律においても、拗おう・拗おうの現れる度 は甚だ高かった。すなわち、張九齡の五律84首中、何らかの拗字・拗句 を含む作品は66首を數え、その五律作品に占める合は78.6%にのぼ り、また王維の五律102首のうち、何らかの拗字・拗句を含むものは76 首で、その五律體の74.5%を占めた。これらの比はともに、上篇の 頭にげた杜甫の五律中の拗おうたい比351/627(56.0%)を優に上回るも のであった。こうした事實の意味するところは、論のむにしたがって 徐々に明らかになるはずであるが、一般に流布する「杜甫は律體(=體)

の完にして、かつ拗體の創始である」とのは、こと五言律詩 に關するかぎり、これをそのまま鵜呑みにすることなく、よろしく實地 に照らして檢討を加えられるべきであろう。

なお、張九齡の五言律詩の仄査には熊飛氏の『張九齡集校』

(三冊)(2)の上冊を用い、王維の五言律詩については・趙殿の『王右 丞集箋(3)』に據った。後のテキストはあらかじめ古體詩と體詩とを

(2)

分けて集されているので、本稿はほぼその體詩部分に準據したが、

のそれは詩體別の集ではないため、筆がその詩作品(『張九齡 集校』上冊卷一~卷四)を細かくしながら、上篇の基準、すなわち ・ 浦龍『讀杜心解』卷三(4)と同じ基準で、五言律詩と見なすべきものを 抽出した。より體に言うならば、浦龍は仄聲韻脚の五言律詩を正 格とはめなかったので、本稿では張九齡の五律についても聲韻脚の もののみを對象とした。一方、趙殿は『王右丞集箋』卷之九「體 詩三十五首」中に仄韻の五言八句詩「故南陽夫人樊氏輓歌二首其二」を 收め、仄韻五律と覺しきものはこの一首のみであったが、上の基準に 從い、本稿の査對象からは除外してある。

さて、杜甫の五言律詩中に見られた拗句や拗聯は、その形態に應じて

「aB式變例」群と「bA式變例」群の二つのグループに大別することが でき、後はさらに「下三」型と「挾み」型の二つのパターンに分 けることができた。こうした事は張九齡や王維の五律においてもほぼ 同樣であったので、上篇でげた變例句型群を以下に再し、整理して みよう。

グループⅠ:「aB式變例」群

上句 下句

a式:●○○● /B*式:○○○●◎(乙種拗) Ⅰ・1 a式:●○○● /B*式:●○○●◎(孤拗救) Ⅰ・2 a*式:●●○● /B 式:○○●●◎ Ⅰ・3 a*式:●●○●(乙種拗)/B*式:○○○●◎(乙種拗) Ⅰ・4 a*式:●●○●(乙種拗)/B*式:●○○●◎(孤拗救) Ⅰ・5※

※Ⅰ・4およびⅠ・5は杜甫の五律中にしばしば見られる形態であった。

a**式:●○●● /B 式:○○●●◎ Ⅰ・6 a**式:●○●● /B*式:○○○●◎(乙種拗) Ⅰ・7 a**式:●○●● /B*式:●○○●◎(孤拗救) Ⅰ・8※

※Ⅰ・7およびⅠ・8は王力氏により「丑特殊形式」と呼ばれた形態である。

a***式:●●●● /B 式:○○●●◎ Ⅰ・9 a***式:●●●● /B*式:○○○●◎(乙種拗) Ⅰ・10 a***式:●●●● /B*式:●○○●◎(孤拗救) Ⅰ・11※

※上句に仄聲を多用するのも杜甫の五言「拗律」の特の一つであった。

……

………

……

………

……

………

……

杜甫の五言「拗律」について(下)(丸井)( 3)

(3)

グループⅡ:「bA式變例」群 その一:“下三”型

上句 下句

b 式: ○○●● /A*式:●○○◎(乙種拗) Ⅱ・1 b*式: ○●●●(乙種拗)/A 式:●●○◎ Ⅱ・2 b*式: ○●●●(乙種拗)/A*式:●○○◎(乙種拗) Ⅱ・3 b**式: ○○○● /A 式:●●○◎ Ⅱ・4 b**式: ○○○● /A*式:●○○◎(乙種拗) Ⅱ・5

その二:“挾み”型

上句 下句

b***式: ○●○●(子特殊形式)/A 式:●●○◎ Ⅱ・6 b***式: ○●○●(子特殊形式)/A*式:●○○◎(乙種拗)

Ⅱ・7

以下では、張九齡、王維の順に、彼らの五言「拗律」のうち典型な ものと見なしうるいくつかの作品を、上に再した變例句型群の分に 照らして解析してみることとしたい。

(二)張九齡の五言「拗律」に見られる特

筆の統計では、張九齡の五言律詩84首(仄式57首、式27首)

中、「aB式變例」を含む作品は36首(42.9%)、「bA式變例・“下三 ” 型」を含む作品も36首(42.9%)、「bA式變例・“挾み”型」を含む作 品は21首(25.0%)を數えた。杜甫の五律が順にそれぞれ23.9%、21.9

%、30.5%の合(5)であったことと比較すれば、張九齡の五律における

「拗體」の出現が極めて高いことがわかるであろう。なお、失しっついを含む 詩は4首、失しってんを含む詩は2首存在し、孤は存在しなかった。以下、

體な作品にして、實際の仄分布況を細かく見てみよう。

z007「奉和製經孔子宅」(式・首聯上句非押韻型)

孔門太山下 不見登封時 b***:●○●○●/A*:●●○○◎(Ⅱ・7)

徒有先王法 今爲明思 a :○●○○●/B*:○○○●◎(Ⅰ・1)

恩加萬乘幸 禮制一牢祠 b* :○○●●●/A :●●●○◎(Ⅱ・2)

宅千年外 光空在茲 a :●●○○●/B*:○○○●◎(Ⅰ・1)

………

………

………

………

(4)

(孔門 太山〔=泰山〕の下もと/登とうほう〔泰山に登って行なわれた封ほうぜんの儀式〕の時 を見ず=

いたづら

に先王の法有りて/今 明〔玄宗を指す〕の思ふところと爲る= 恩は加ふ 萬乘の幸みゆき〔天子の行幸〕/禮は制す 一牢の祠まつり〔生贄を獻げて行なわれ る祭祀〕=

宅 千年の外/光 空むなしく茲ここに在り)

この詩は、封禪の儀式を行なった玄宗皇が、その歸、泰山の麓の 曲阜にあった孔子の家に立ち寄って詠んだ詩(6)に、張九齡が和したもの である。奉和詩にしてなお拗字の多いこの況を、果たしてどう理解す べきであろうか。しかもこの詩は、張九齡の五言「拗律」の特 をほ ぼ羅した作品となっている。すなわち、首聯 bA式上句は「挾み(7)」、 同下句は「三」、頸聯 bA式上句は「仄三」。「挾み」と「仄三」

は破格とまではいえないが、「三」は常、禁忌とされる(8)。また、頷 聯 aB式下句および尾聯 aB式下句はともに第三字を拗字にしたもので、

杜律でもお馴染みの形態だが、張九齡の五律の場合、aB式の上下句と もに拗字を含む●●○●/ ○○●◎、または●○●●/ ○○●◎)

ことはあまりなく、そうした例は7首を數えるにすぎない。この點で、

上下句ともに拗字を含むことの多い杜甫の五律とは、傾向をにすると いえそうである。

z051「陽韋明府」(仄式・首聯上句非押韻型)

君有百煉 堪斷七重犀 a***:○●●●●/A :○●●○◎(失對)

誰開太阿匣 持武鷄 b***:○○●○●/A :○●●○◎(失粘)

竟與書佩 應天子提 a* :●●●○●/B*:○○○●◎(Ⅰ・4)

何時操宰 當使玉如泥 b***:○○●○●/A :○●●○◎(Ⅱ・6)

(君に百煉のやいば有り〔君は利な物=のような非凡な才氣=を有する〕/七重 の犀〔牛皮を七重にして作った鎧〕を斷つに堪へたり=

誰か開かん 太阿〔寶劍 の名〕の匣はこ/持ちてかんや 武の鷄〔鷄をくのにこのような寶劍を持つ必

があろうか〕=

つひ

に書に與あたへて佩びしめ〔政府の高官にこそ與えて佩びさせ るか〕/た應まさに天子の提ぐるなるべし〔あるいは劉邦のような未來の天子こそ が提げているはずのもの〕=

何の時か操宰〔刀を操って始末する機會〕には ん/當に玉ぎよくをして泥の如くなら使むべし)

先にも觸れたとおり、張九齡の五律84首中に失對、失粘を含むものが それぞれ4首、2首もあり(9)、高い比というべきであるが、この詩もそ

杜甫の五言「拗律」について(下)(丸井)(5)

(5)

の一つの例である。また、頷聯 bA式および尾聯 bA式の上句はともに

「挾み」。頸聯 aB式は上下句ともに拗字を含む例であり、7首あると さきにべたうちの1首にこの詩は該當する。なお、殘りの6首のうち の1首はいわゆる「丑特殊形式」に該當し、張九齡の五律中には1例 のみ存在する。以下にその詩を引いてみよう。

z085「晨出郡舍林下」式・首聯上句押韻型)

晨興北林 蕭散一開襟 B :○○●●◎/A :○●●○◎(律聯)

復見林上 娟娟未沈 a**:●●○●●/B*:○○○●◎(Ⅰ・7)

片雲自孤 叢筱亦深 b***:●○●○●/A :○●●○◎(Ⅱ・6)

無事由來貴 方知物外心 a :○●○○●/B:○○●●◎(律聯)

(晨あしたに興きて 北林をみ/蕭散 一たび襟を開く=

復た見る 林上のの/娟娟 としてほ未だ沈まざるを=

片雲 自おのづから孤 にして/叢そうせう〔群生するし〕 亦た深なり=

無事なるは由來 貴たふとし/方まさに知る 物外〔=世外〕の心)

この詩の頷聯 aB式が「丑特殊形式」に該當する。對偶が守られて いないように見えるこの聯は、實は「蜂體」とよばれるもので、頷聯 に限って許され、對偶律を破るかわりに上下句の敍を一貫させる手法(10

「林の上に懸かった夜明けのの、あでやかにして、まだ沈みきっていな いさまが見える」という敍景の聯である。仄律の搖らぎと、對偶律の 破綻とが、下句の明るい聲基によって辛うじて救われている感があ る。なお、頸聯 bA式の上句は「挾み」の一種。

z156「初發曲江溪中」(式・首聯上句押韻型)

溪流且深 松石復陰臨 B*:○○○●◎/A :○●●○◎(BA變例)

正爾可嘉處 胡爲無賞心 a*:●●●○●/B*:○○○●◎(Ⅰ・4)

我不別 物亦有 b*:●○●●●/A :●●●○◎(b孤Ⅱ・2)

自匪嘗行邁 誰能知此 a:●●○○●/B*:○○○●◎(Ⅰ・1)

(溪流 く且つ深し/松石 復た陰臨す〔溪流にかぶさり臨む〕=

正に爾れ嘉よみす 可き處/胡爲な ん すれぞ賞する心無からんや=

我れほ別るるにびず/物も亦た のす有り〔物象にもまた因の染みんだものがある〕=

かつ

て行邁せるに匪あらざ る自りは〔故を離れてみた經驗がないかぎり〕/誰か能く此のを知らん〔こ の後ろ髮引かれる氣持ちをどうして理解できようか〕)

(6)

張九齡の初期の名作といわれる五言律詩である。長安元年(701にふ るさと嶺南の曲江溪を初めて離れ、北のかた洛陽に向かうときの作とさ れる。長安二年(702には、當時考功〔官吏の功罪を價する官〕の 職にあった沈期(656?-714?)に激賞・擢されて士に第し、仕 官の に就いた。沈期は當時まだ四十代ばのさであったが、體 詩律は彼および宋之問(658?-712)、杜審言(648?-708)らの手によっ てすでに確立されていたと見てよい。なぜならば沈期は垂拱元年(685 後には「和元舍人萬頃臨池翫戲爲新體」(11と題する、仄律に照らして ほぼ完な五言排律をすでに作っており、この詩題中にいう「新體」と は體詩のことを指すと思われるからである。しかしながら上の張九 齡の五律は、ほぼ篇にわたって拗字がちりばめられた、典型な「拗 體」をなしている。特に首聯は上句から第三字を拗字とし、特な形を している。また頸聯上句の「仄三」は、第一字をさらに仄聲に換え、

筆のいわゆる「b式孤」(●○●●●)となっている(12

z162「懷」(仄式・首聯上句非押韻型)

上生明 天涯共此時 a :●●○○●/B:○○●●◎(律聯)

人怨遙夜 竟夕相思 b***:○○●○●/A :●●●○◎(Ⅱ・6)

滅燭憐光滿 披衣覺露 a :●●○○●/B:○○●●◎(律聯)

不堪盈手 寢佳期 b :●○○●●/A :○●●○◎(律聯)

(上に明生じ/天涯 此の時を共にす=

人 遙夜を怨み/竟きやうせき〔 夜〕相 思をこす=

燭を滅して光〔光〕の滿つるを憐れみ/衣を披て露のしげきを覺 ゆ=

手に盈たしてるに堪えず〔この光を手に!って君にることなどでき ないから〕/た寢ねて佳期をみん〔せめての中での再會を期そう〕)

この詩も、張九齡の作品では人口に膾炙したものの一つであろう。「挾 み」が、尾聯に限らず、他の聯の上句にも出現するのは、張九齡のみ ならず、多くの!"の詩に見られる現象である。こうした例は、張九齡 の五律において、實に枚#に暇がない。

z163「秋夕」(仄式・首聯上句非押韻型)

$迥江% 流光萬里同 a :○●○○●/B :○○●●◎(律聯)

&思如裏 相在庭中 b :●○○●●/A :○●●○◎(律聯)

'()苔露 蕭條*+風 a :●●○○●/B*:○○○●◎(Ⅰ・1)

杜甫の五言「拗律」について(下)(丸井)( 7)

(7)

含不得語 使桂空 b*:○○●●●/A :○●●○◎(Ⅱ・2)

(迥たり 江の/流光 萬里同ひとし=

思ふは 裏の如く/相ひめば庭中に 在り=

たり 苔の露/蕭條たり の風=

を含みて語るを得ず/り に桂〔〕をして空むなしから使む)

この詩をもって、張九齡の五言「拗律」の紹介を締めくくるが、

の詩と意境を等しくする作品である。頸聯 aB式の下句と尾聯 bA式の 上句に拗字がめられるが、總じて張九齡の五律には、こうした散漫な 拗字の分布が少なくない。張九齡は意圖に拗字を驅使したというより も、むしろ、體詩律は了解しながら、それにあまり囚われない、おお らかな詠みぶりを旨としていた、と見なすのが穩當ではあるまいか。そ してこの傾向は、その他の多くの詩人にも共してめうるものだ ろう。

(三)王維の五言「拗律」に見られる特

王維の五言「拗律」作品の分析に移ろう。筆の統計によれば、王維 の五言律詩102首(仄式58首、式44首)中、「aB式變例」を含む 作品は41首(40.2%)、「bA式變例・“下三”型」を含む作品は32首

(31.4%)、「bA式變例・“挾み”型」を含む作品は38首(37.3%)あっ た。杜甫の五律が順にそれぞれ23.9%、21.9%、30.5%の合であるのに 比して、王維の五律における「拗體」の比はやはり高いといわざるを 得ない。なお、失粘が1例のみあり、失對、孤は王維の五律には存在 しなかった(13

w148「寄荊州張丞相」式・首聯上句非押韻型)

思竟何在 悵深荊門 b***:●○●○●/A*:●●○○◎(Ⅱ・7)

世無相識 身思 恩 a* :●●○○●/B*:○○○●◎(Ⅰ・1)

方將與農圃 藝植老邱園 b***:○○●○●/A :●●●○◎(Ⅱ・6)

目盡南飛鳥 何由寄一言 a :●●○○●/B:○○●●◎(律聯)

(思ふ 竟つひに何いづくにか在る/悵すれば荊門深し=

世をげて相識〔知人〕無 く/身をふるまで 恩を思ふ=

まさ

に將まさに農圃〔農夫〕と/藝げいしよく植〔植え付け〕

して邱園に老いんとす=

目は盡く 南飛せる鳥〔南へ歸る鳥は、!界の外に"え てしまった〕/何に由つてか一言を寄せん)

(8)

荊州に左された張九齡を思って詠んだ、王維の五言律詩である。開 元二十五年(737)、監察御史の子諒が玄宗の鱗に觸れて杖される と、當時書右丞相の位にあった張九齡もの推人であったと見なさ れたことからその責任を問われ、荊州大督府の長史に左されたので ある。王維は開元二十二年(734、當時中書令であった張九齡に 擢さ れて右拾の官に就いたことから、生その「恩」れがたいものが あったであろう。

ところでこの詩、先にげた張九齡の z007「奉和製經孔子宅」詩 の仄配置と似する點が興味深い。たとえば首聯 bA式は「挾み+

三」の組合せであり、頷聯 aB式の下句第三字が拗字となっている ところなどは、張の奉和詩とよく似ている。倣というよりも、こうし たおおらかな仄配置の慣が、期の詩人たちには共有されていた、

と考えるほうが實にかろう。なお、首句の「」について、

趙殿は『王右丞集箋』卷之七のこの詩の項に沈(441-513の「臨 高臺」詩の一聯「/洛仄符號は筆)などを引く が、沈こそは「四聲八病」の提唱にして「永明體」の創始の一 人であり、詩歌の律にはことのほか感であった。

w159「淇上 事田園」!式・首聯上句非押韻型)

屏居淇水上 東野曠無山 b :●○○●●/A :○●●○◎(律聯)

日隱桑柘外 河明閭井" a**:●●○●●/B*:○○○●◎(Ⅰ・7)

牧童#村去 獵犬隨人$ b***:●○●○●/A*:●●○○◎(Ⅱ・7)

靜亦何事 荊%乘晝關 a* :●●●○●/B*:○○○●◎(Ⅰ・4)

(屏居す 淇水の上ほとり/東野曠むなしくして山無し=

日は隱る 桑柘の外/河は明るし 閭井〔村里〕の"=

牧童 村を#みて去り/獵犬 人に隨ひて$る=

靜〔隱〕 亦た何事ぞ/荊% 晝に乘じて關とざせる)

この詩、王維の五言「拗律」の特&を集したともいうべき作品であ る。頷聯はいわゆる「丑'特殊形式」で、上(の詩を含めて5例存在す

(14

。頸聯は)出w148「寄荊州張丞相」詩の首聯にも見られた「挾み+ 三」の形で、王維の五律中に4例*めることができるが(15、杜甫の五 律にも3例あったことは上篇で觸れたとおりである。こうした仄の配 置を、杜甫はあるいは王維の拗聯あたりからひそかに學んでいたのかも しれない。尾聯は上下句第三字を拗字とした「aB式變例」であり、杜

杜甫の五言「拗律」について(下)(丸井)(9)

(9)

甫の五言「拗律」中にもよく見られる形である。

w162「黎拾裴廸見秋夜對雨之作」(仄式・首聯上句非押韻型)

促織鳴已 輕衣行向重 a**:●●○●●/B*:○○○●◎(Ⅰ・7)

燈坐高 秋雨聞疎鐘 b***:○○●○●/A*:○●○○◎(Ⅱ・7)

白法 狂象 玄言問老龍 a :●●○○●/B:○○●●◎(律聯)

何人蓬徑 空愧求羊蹤 b***:○○●○●/A*:○●○○◎(Ⅱ・7)

(促織〔こおろぎ〕鳴くこと已にに/輕衣 行くゆく重かさぬるに向かふ〔輕裝か ら徐々に重ねする季になってきた〕=

燈 高に坐し/秋雨 疎鐘を聞く= 白法〔善行〕狂象〔念〕を ならし/玄言〔家の言〕老龍〔=老龍吉。『子』

知北篇に見える古代の得の人〕に問う=

何人か蓬徑をみん〔誰が私のい ぶせきまいなどをみようぞ〕/空しく愧づ 求羊の蹤あと〔古代の隱・蒋しょうくの 庵をしばしば訪れた羊仲と求仲にも比すべきお二人=黎れいきんと裴廸=のご來駕 には、なんとも 忝かたじけなく思われることよ〕)

この詩も、w159「淇上事田園」詩とよく似た仄の配置を持つ、

まことに王維らしい五言「拗律」作品である。首聯は「丑特殊形式」

であるが、同時に對句形式をっている。頷聯と尾聯は「挾み+三

」。破格は破格であるが、上句に小刻みな伏を持たせ、下句を伸びや かに唱い放った、愛すべき律の一形式にはいない。

w203「汎陂」(式・首聯上句非押韻型)

秋空自明迥 況復人 b***:○○●○●/A :●●●○◎(Ⅱ・6)

暢以沙際鶴 之雲外山 a**:●●○●●/B*:○○○●◎(Ⅰ・7)

澄波澹將夕 !"#方$ b***:○○●○●/A :○●●○◎(Ⅱ・6)

此夜任孤棹 夷%殊未& a* :●●●○●/B*:○○○●◎(Ⅰ・4)

(秋空 自おのづから明迥たり/況んや復た人じんかんにきをや= 暢くつ

ろぐに沙際の鶴を以て し/之を雲外の山に ぬ=

澄波澹たんとして將まさに夕ゆふべならんとし/!"#しろくして方まさ

$のどか

ならんとす=

此の夜 孤棹〔一人で乘る小舟〕に任す/夷い い う%〔=%豫〕して 殊に未だ&らず)

この詩、首聯上句と頸聯上句は「挾み」、頷聯は「丑特殊形式」、

尾聯は「aB式變例」の一種。意境の王維らしさとも相俟って、王維の 五言「拗律」の一典型をなしているといえるだろう。

(10)

w219「雜詩」(仄式・首聯上句非押韻型)

雙燕初命子 五桃初作 a**:○●○●●/B*:●○○●◎(Ⅰ・8)

王昌是東舍 宋玉西家 b***:○○●○●/A :●●●○◎(Ⅱ・6)

小小能織綺 時時出浣紗 a**:●●○●●/B:○○●●◎(Ⅰ・6)

親勞使君問 南陌香車 b***:○○●○●/A :○●●○◎(Ⅱ・6)

(雙燕 初めて子を命ひきい/五桃 初めてを作く〔かのようにく麗しい乙女子よ〕= 王昌〔詩にしばしば引かれる色男〕是れ東舍にして/宋玉 西家にやどる=

〔梁 の武が「河中之水歌」で唱った洛陽の女兒・莫愁のように〕小小にして能く 綺を織り/〔春秋越の國の美女・西施のように〕時出でて紗を浣ふ=

〔 の樂 府「陌上桑」が唱う秦氏の女むすめのような貴女あ な たのもとには〕親しく勞す 使君の問ひ て〔地方長官までもが「この娘は一體どの家の子か」とじかに身元をね〕/南 陌に香車をむるを〔貴女の家の南のりに、女性用の車を差し向けてくるに ちがいない〕)

この詩は少女の美しさを詠った輕妙な作品であるが、これもまた「丑 特殊形式」と「挾み」とを驅使した「拗體」の五律である。王維の 五言「拗律」に特なのは、「aB式變例」特に「丑特殊形式」と

「挾み」の多用であって、かつ一作品中に複合に現れる點であろう。

散漫な拗字が多かった張九齡の五言「拗律」となり、王維のそれには、

ある種の故意、作爲のようなものが感じられる。優秀な樂家でもあっ た王維は、詩歌の韻律についてもよく了解していたと想像されるが、そ の王維が拗字を縱に驅使した五律を數多く作っていたという事實を、

本稿では特にしておきたい。

なお、王維の五言律詩には「仄三」(○○●●●)も少なくないが、

張九齡と同樣、現れ方が散漫であり、上したその他の拗句・拗字のよ うに意圖かと思われる例はなかった。また、筆のいわゆる「b式孤

(●○●●●)も、王維の五律中2例を數えるのみであった(16。興味深 いものでは、w214「聽宮鶯」詩の尾聯「人未應/爲此思故」(○○

●○●/●●○●◎)という、上句の「挾み」に對して、いわば「挾み 仄」とでもいうべき句で應じた例が一つだけあるが、この形は杜甫の五 律には見られなかった。このほか、w171「嚴秀才蜀」詩の尾聯「獻/明」の下句第四字、および w194「宇文三赴河西充 行軍司馬」詩の頷聯「/更」の上句第四字は、人名 や官名を用いたことで仄律を失してしまった例であろう。

杜甫の五言「拗律」について(下)(丸井)(11)

(11)

(四)杜甫の五言「拗律」に特有の形態とは何か

以上見てきたように、張九齡と王維の五律には、かなりの比で「拗 體」が出現し、その比は杜甫のそれを凌ぐものであることが分かった。

ところが筆は、杜甫の五言「拗律」にしばしば見られ、張九齡と王維 のそれにはほとんど見られなかった變例句型があることに氣づいた。そ れは「aB式變例」の一種で、上句 a式の第三字と第四字をすべて仄聲 に換え(以下、「a式多仄聲句」と稱する)、下句 B式の第三字を拗字にする

「●●●●/ ○○●◎」という形であって、杜甫の五律中21首にこ の形がめられる(17。これらのうち數は上篇においてすでに紹介した が、以下ではこれら21首すべてを、その制作時期や制作地點にも留意し ながら、集中に分析を試みたい。最初に取り上げる3首は、杜甫が長 安および 州にあった頃の作品である。

032「陪鄭廣文何將軍山林十首其十」(仄式・首聯上句非押韻型)

幽意忽不 歸期無奈何 a***:○●●●●/B*:○○○●◎(Ⅰ・10) 出門流水 回首白雲多 b :●○○●●/A :○●●○◎(律聯)

自笑燈 誰憐醉後歌 a :●●○○●/B:○○●●◎(律聯)

(18

應與好 風雨亦來 b***:○○●○●/A :○●●○◎(Ⅱ・6)

(幽意 忽ちかなはず/歸期 奈何い か んともする無し=

門を出でて流水にとどまり/首かうべを回めぐ らせば白雲多し=

自ら笑ふ 燈の/誰か憐まん 醉後の歌=

だ應まさに好 と/風雨にも亦た來たりよぎるべし)

天寶十一載(752)ないし十二載(753)に、杜甫が親友の鄭虔とともに、

長安南郊にあった何姓の將軍の園林にんだ際に詠んだ五律作十首の うちの第十首で、その園林を去りがたく思う氣持ちを綴ったものである。

安祿山の亂勃發の、いまだ和な時代に詠まれた作品だが、開元の治 はわりをげて、すでに十年餘りをしていた。

首聯は上句に a式多仄聲句を置き、下句には聲基の B式變例句を 用いている。この聯は「幽邃な自然を堪能する樂しみは、然打ち切ら れることとなった。家に歸る時が、ついに來てしまったのである」と詠 うのであるが、その膽の思いを、上句の佶屈たる聲が一める役 を果たしている。しかしこの仄のアンバランスは、別の手段によっ て補われなければ、律詩としての均衡を缺いたままわることになるの

(12)

で、下句は聲を多用して「拗救」の處置を施したのである。かつこの 詩の場合は、首聯であるにもかかわらず、「幽意 忽-不/歸期 無-奈 何」と讀めるとおり、語義上ほぼシンメトリカルな措辭になっていると ころが興味深い。仄律の不均衡を對偶律の用によって補完する、と いうもまた見られるのである。

051「白水明府舅宅喜雨」(仄式・首聯上句非押韻型)

吾舅政如此 古人誰復 a* :○●●○●/B*:●○○●◎(Ⅰ・5)

碧山 又濕 白水雨多 b :●○○●●/A :●●●○◎(律聯)

不昧 將謂何 a***:○●●●●/B*:○○○●◎(Ⅰ・10) 湯年旱頗甚 今日醉絃歌 b* :○○●●●/A :○●●○◎(Ⅱ・2)

(吾が舅おじ〔母方のおじ〕政まつりごとかくの如し/古人 誰か復たぎん〔古人のうち誰が このおじに優まさろうか〕=

碧山 れて又た濕うるほひ/白水 雨ひとへに多し=

〔雨乞 いの熱心な祷〕に昧くらからず〔明らかな效果があった〕/ 將た謂何い か ん

〔殷王の創始〕の年みよに旱ひでり頗る甚だし/今日 絃歌に醉ふ)

天寶十四載(755の秋ないし初に、長安北郊の白水縣に赴き、當時 同縣の縣令であった母方のおじ・崔十九の私邸で、雨を言こ と ほぎ、宴 を張ったときの五律である。ほどなく杜甫は家族とともに白水縣よりや や南の奉先縣に至り、杜甫はそこに家族を置いて、單身長安と同縣の を行き來していたと見られる同年十一に、安祿山の亂は勃發する。こ の五律は亂の作であろうが、時世はすでに混の度を深めていたもの と想像される。

この詩、頸聯上句は a式多仄聲型、下句は聲基の B式變例型となっ ていて、頸聯であるから當然、對句形式をとる。對句であることが、

仄律上の「拗救」の措置をさらに補完し、聯の均衡を保持しうるとい う感覺が、杜甫にはあったのかもしれない。

・再・086「獨立」(仄式・首聯上句非押韻型)

空外一鷙鳥 河雙白 a***:○●●●●/B*:○○○●◎(Ⅰ・10) 飄搏 便 容易!來" b* :○○●●●/A :○●●○◎(Ⅱ・2)

#露亦多濕 蛛絲仍未收 a* :●●●○●/B*:○○○●◎(Ⅰ・4)

天機$人事 獨立萬端憂 b***:○○●○●/A :●●●○◎(Ⅱ・6)

(空外の一鷙鳥し て う〔猛禽のこと。小人に喩える〕/河の雙白〔君子らに喩える〕= 杜甫の五言「拗律」について(下)(丸井)(13)

(13)

〔鷙鳥は〕飄として搏はくげき〔攻〕便すばやく/〔白たちは〕容易に來してばん や〔輕に行き來することなどできようか〕=

露亦た多く濕り/蛛絲仍ほ未だ 收めず=

天機 人事にし〔自然界の機は人界にもほぼじる〕/獨り立たたずめ ば 萬端憂うれはし)

乾元元年(758)秋、州にての作。肅宗は、玄宗に使えた賈至、、 嚴武ら臣たちを々と左していった。杜甫はをかばって肅宗の 鱗に觸れ、左拾から州の司功參軍に貶された。この作品は、小人 たちの讒言によって、君子の身に危險がぶことをいたものである。

首聯であるが、上句が a式多仄聲型、下句が B式變例型で、しかも「空 外 一-鷙鳥/河 雙-白」は「正對」と呼びうる素直な對句になっ ている。

* * *

に取り上げる6首はみな乾元二年(759)秋、秦州での作であり、同 時期に同地點でかなりの度で出現している。上篇でも詳しく考察した とおり、秦州滯在期はそもそもあらゆる五言「拗律」の型が多され た時期であった。また、この邊塞の々とした風光は杜甫の心をかなり 苛さいな

んだようであり、そうした杜甫の心境が、詩の律のにも影を ぼしたのかもしれない。

・再 ・133「初!」(仄"式・首聯上句非押韻型)

光細弦欲(19上 影斜輪未安 a**:○●○●●/B*:●○○●◎(Ⅰ・8)

升古塞外 已隱#雲端 b* :○○●●●/A :●●●○◎(Ⅱ・2)

河$不改色 關山空自 a***:○●●●●/B*:○○○●◎(Ⅰ・10) 庭%有白露 暗滿&'團 b* :○○●●●/A :●●●○◎(Ⅱ・2)

(光細くして 弦 上らんと欲し/影斜めにして 輪 未だ安からず= すこ

しく升る 古塞の外/已に隱る #雲の端=

河$〔天の川〕色を改めず/關山 空しく自おのづか らし=

庭% 白露有り/暗に&'に滿ちて團だんたり)

138「蒹葭」(仄"式・首聯上句非押韻型)

摧折不自守 秋風吹(何 a***:○●●●●/B*:○○○●◎(Ⅰ・10 暫時'(20) 幾處*沈波 b :●○○●●/A :●●●○◎(律聯)

(14)

體春早 叢長夜露多 a :●●○○●/B:○○●●◎(律聯)

江湖後搖 亦蹉 b***:○○●○●/A :●●●○◎(Ⅱ・6)

(摧さいせつ〔蒹がへし折れているさま〕自ら守らず/秋風 吹くもい か ん何せん〔秋風 が吹いても蘇生できまい〕=

暫時 を帶び/幾處か 波に沈む=

體くし て 春早く/叢そう長くして 夜露多し=

江湖にては搖に後おくるるも〔南方では枯 れるのが遲いのだが〕/亦たる に蹉たらんことを〔この地では年ごとに 朽ちるのが早まるのではなかろうか〕)

133詩中、a式多仄聲型は頸聯上句にあり、それを下句の B式變例型 で受けている。また138詩中では a式多仄聲句は首聯上句に現れるが、

この首聯、「摧折」と「秋風」、また「不自守」と「吹何」とが語義上 ゆるやかに對應しているようにも見える。

145「病馬」(仄式・首聯上句非押韻型)

乘爾亦已久 天關塞深 a***:○●●●●/B*:○○○●◎(Ⅰ・10 塵中老盡力 病傷心 b* :○○●●●/A :●●●○◎(Ⅱ・2)

毛骨豈殊衆 馴良至今 a* :○●●○●/B*:○○○●◎(Ⅰ・4)

物意不淺 感動一沈吟 b* :●○●●●/A :●●●○◎(b孤Ⅱ・2)

(爾なんぢに乘ること亦た已に久し/天くして 關塞深し=

塵中に老いて力を盡く し/に病みて心を傷いたむ=

毛骨 豈に衆に殊ならんや〔至って普の馬ではあ るが〕/馴良 ほ今に至れり〔その從順さはいまも變わらない〕=

物 なるも 意 淺からず〔たかが馬とはいえ、思い入れはく〕/感動して一に沈吟す〔氣 持ちが昂ぶって、ただただその不憫をかこつ私であった〕)

・再・146「蕃劍」(仄式・首聯上句非押韻型)

此自僻 又非珠玉裝 a***:●●●●●/B*:●○○●◎(Ⅰ・11) 如何有奇怪 夜吐光芒 b***:○○●○●/A :●●●○◎(Ⅱ・6)

虎氣必上 龍身久藏 a* :●●●○●/B*:○○○●◎(Ⅰ・4)

風塵未息 持汝奉明王 b* :○○●●●/A :○●●○◎(Ⅱ・2)

(此をすは僻自りす/又た珠玉の裝に非ず= 如何い か ん

ぞ奇怪有りて/夜 光芒 を吐くや=

虎氣 必ず上せん/龍身 ぞ久しく藏ざうせんや=

風塵 未だ息まざる にしむ/汝を持して明王に奉ぜん)

145詩も146詩もともに首聯上句に a式多仄聲型が置かれているが、

杜甫の五言「拗律」について(下)(丸井)( 15)

(15)

この2首の場合、對偶律による補完は見られない。

147「銅」(仄式・首聯上句非押韻型)

亂後碧井廢 時瑤殿深 a***:●●●●●/B:○○○●◎(Ⅰ・10) 銅未失水 百丈有哀 b* :○○●●●/A :●●●○◎(Ⅱ・2)

側想美人意 應悲甃沈 a* :●●●○●/B*:○○○●◎(Ⅰ・4)

蛟龍缺 得折金 b* :○○●●●/A :○●●○◎(Ⅱ・2)

(亂後 碧井廢す/時かりしころ 瑤殿 深かりき〔太の世であったころには、

美しい御殿も奧深かった〕=

〔亂がこるは〕銅〔銅製のつるべ〕未だ水を 失はず/百丈〔つるべなわ〕哀有りき=

ほの

かに想ふ 美人〔宮女〕の意/應まさかん

しう

の沈める〔井瓦がれちているさま〕を悲しむべし=

〔つるべにられ た〕蛟龍 ば缺せるも/ ほ得 折れし金〔その折れた金のかけらだけは、

こうしてまだ手に取ることができる〕)

・再・152「」(仄式・首聯上句非押韻型)

帶甲滿天地 胡爲君行 a* :●●●○●/B*:○○○●◎(Ⅰ・4)

親盡一哭 鞍馬去孤 b* :○○●●●/A :○●●○◎(Ⅱ・2)

木 關河霜 a***:●●●●●/B*:○○○●◎(Ⅰ・10) 別離已昨日 因見古人 b* :●○●●●/A :○●●○◎(b孤Ⅱ・2)

(帶甲 天地に滿つ/胡爲な ん すれぞ 君 く行くや=

ことごと盡く一哭し/鞍馬 孤を 去る=

れ/關河 霜し=

別離 已に昨日/因りて見る 古人の)

147詩の首聯は「亂-後 碧井-廢/時- 瑤殿-深」という對句 になっているため、聯のはより安定し、仄の亂れは收拾されて いる。152詩は表面上、友人が秦州の孤を去って行するのをる體 裁になっているが、實は杜甫自身が秦州を離れた日にみずから詠ん だものといわれる。頸聯上句が a式多仄聲型、下句が B式變例型であり、

頸聯であるから安定した對句形態をなしている。

* * *

以下では杜甫がほぼ蜀中にあった頃の詩7首を見ていくが、實は の堂に定 していた上元元年(760春から寶應元年(762!までの五 律には、a式多仄聲句がほとんど現れず、わずかに219「江頭五詠其三・

(16)

梔子」詩1首をめるのみであった。その他の6首は、梓州や州に假 寓の身であったり、はでも嚴武の府の僚であったり、

を去って長江を下り始めたりなど、上元年の堂 まいとは境を にする頃の作品ばかりである。

219「江頭五詠其三・梔子」(仄式・首聯上句非押韻型)

梔子比衆木 人未多 a***:○●●●●/B:○○○●◎(Ⅰ・10 於身色有用 與氣相(21和 b* :○○●●●/A :●●●○◎(Ⅱ・2)

紅取風霜實 看雨露柯 a :○●○○●/B:○○●●◎(律聯)

無移得汝 貴在映江波 b :○○○●●/A :●●●○◎(律聯)

(梔子〔くちなし〕衆木に比すれば/人じんかんまことに未だ多からず=

身に於いて 色 用いる有り〔染料に使える〕/と 氣 相ひ和す〔效もある〕=

紅は取る 風霜 の實/は看る 雨露の柯えだ

の汝を移し得る無し〔おまえを別の場に移し植 える氣にはならない〕/貴たふときは江波に映ずるに在り〔川かわに映ずるそのが素 らしいからである〕)

寶應元年(762、の堂にあって、浣溪べりの動植物を詠んだ 五首作のうちの第三首。幾多の風霜にもめげず、健氣にくクチナシ のを詠み、ひそかに杜甫自身に比する。首聯が a式多仄聲句と B式 聲基句の組合せであるが、ここは對句形態をとっていない。さきに べたとおり、浣堂に定 していたころの杜甫の五律作品中、a式多 仄聲句が現れるのはこの詩だけである。

・再・280「竇九歸」(式・首聯上句非押韻型)

文章亦不盡 竇子才縱 b* :○○●●●/A*:●●○○◎(Ⅱ・3)

非爾更 何人符大名 a***:○●●●●/B*:○○○●◎(Ⅰ・10) 讀書雲閣 問絹錦官! b :●○○●●/A :●●●○◎(律聯)

我有浣竹 題詩須一行 a* :●●●○●/B*:○○○●◎(Ⅰ・4)

(文章 亦た盡きず/竇子 才 縱たり=

なんぢ

の更になるに非ずんば〔君がさ らにしみに耐え、を守るのでなければ〕(22/何人か大名を符せんや〔誰が君を 有"#するであろうか〕=

書を讀む 雲閣 /絹を問ふ 錦官!〔君は父君を に見$おうとする〕=

我に浣の竹有り〔私の浣堂のあたりには竹がたくさ ん植わっているので〕/詩を題せんには一いつかうを須もちいよ〔詩に詠みたければ、一度 立ち寄られてはいかがか〕)

杜甫の五言「拗律」について(下)(丸井)( 17)

(17)

廣元年(763、梓州にあっての作。「竇九」とは、當時の少尹で あった竇某の子息で、その梓州を去るのを杜甫が見ったときの詩であ る。頷聯に a式多仄聲句が現れているが、對句であるため、仄の 亂れをあまり感じさせない。

321「自 州領妻子却赴蜀山行三首其三」(仄式・首聯上句非押韻型)

行色遞隱見 人時有無 a***:○●●●●/B:○○○●◎(Ⅰ・10 僕夫穿竹語 稚子入雲呼 b :●○○●●/A :●●●○◎(律聯)

轉石魑魅 弓 a :●●○○●/B:○○●●◎(律聯)

眞供一笑樂 似欲慰窮 b* :○○●●●/A :●●●○◎(Ⅱ・2)

(行色 遞たがひに隱見し〔山路を行くわが家のたちのは、かわるがわる見え隱 れし〕/人 時に有りて無し〔人家のも時にあったりなかったりする〕=

僕 夫 竹を穿ちて語り/稚子 雲に入りて呼ぶ=

石を轉じて魑〔け物たち〕を かし/弓をはじきていう〔サルやムササビ〕をとす=

眞に一笑の樂しみに供 す/窮を慰めんと欲ほつするに似たり)

廣二年(764春、杜甫が一家をれて、 州からに歸ろうと山 をった時の作。堂に歸るとあって、本來しいはずの山越えも、

この時ばかりは一行みなしげである。首聯は a式多仄聲型と B式變例 型の取り合わせであり、しかも「行色 遞-隱見/人 時-有無」と讀 めるとおり、しっかりとした對句を持っている。

・再・322「歸來」(仄式・首聯上句非押韻型)

客裏有 歸來知路 a***:●●●●●/B*:○○○●◎(Ⅰ・10) 開門野鼠走 散帙壁魚乾 b* :○○●●●/A :●●●○◎(Ⅱ・2)

洗杓開(23新 低頭 小冠(24 a :●●○○●/B:○○●●◎(律聯)

憑誰給!" 細#老江干 b* :○○●●●/A :●●●○◎(Ⅱ・2)

(客裏にく有り/歸り來たれば路のきを知る=

門を開けば 野鼠走げ/帙ちつ を散じれば 壁魚〔書物に$くう蟲の%〕乾く=

杓を洗ひて新しんうん〔新酒〕を開 き/頭かうべを低れて小冠を く=

誰に憑つてか!きく"げつ〔こうじ。轉じて酒の意〕を給たま はり/細ささやかに#みて江干〔川岸〕に老いん)

廣二年(764&春にに歸り'いた時の作。上元年(の閑の詩 興が勃然と蘇ったかのような作品である。このような詩からも、杜甫が

(18)

いかにの堂の生活を愛していたかがよく窺われる。この詩の首聯 に當該句型が見られるが、「客裏 有-/歸來 知-路」と讀めるよ うに、ほぼ對句な形態をなしている。

・再 ・326「嚴鄭公階下新松得霑字」(仄式・首聯上句非押韻型)

質豈自負 移根方爾瞻 a***:●●●●●/B*:○○○●◎(Ⅰ・10) 細聲聞(25玉帳 疏珠簾 b :○○○●●/A :●●●○◎(律聯)

未見紫集 蒙露霑 a* :●●●○●/B*:○○○●◎(Ⅰ・4)

何當一百丈 欹蓋擁高簷 b* :○○●●●/A :○●●○◎(Ⅱ・2)

(質 くして 豈に自ら負たのまんや/根を移して方まさに爾なんぢをば瞻る=

細聲〔松に吹き かようかな風の〕玉帳〔府のとばりの中〕に聞き/疏〔松ののまば らなみどり〕珠簾〔府のすだれ〕にし=

未だ見ず 紫の集まるを〔王の 居〕/しく蒙かうむる 露の霑うるほすを〔嚴武どのの厚い信任〕=

いつ

か當まさに一百丈

〔高い身の丈〕もて/蓋かさ〔こんもりとった松の枝〕を欹かたむけて高簷〔府の高 いひさし〕を擁すべき)

廣二年(764秋、の嚴武の府にあって、階下に植えられた ばかりの松を詠んだ詩。このとき嚴武は度使として再びに任し、

杜甫を僚にえた。蜀の地に善政の布かれることを期待した杜甫は、

新參の客として、嚴武をよく助けたいとの思いをくいていた。そ うした思いを松に假託した作品である。ここもまた首聯上句に a式多仄 聲型が使われており、かつ「-質 豈-自負/移-根 方-爾瞻」と讀 めるように、對句形態を用いている。

・再 ・350「去蜀」(仄式・首聯上句非押韻型)

五載客蜀郡 一年居梓州 a***:●●●●●/B*:●○○●◎(Ⅰ・11) 如何關塞阻 轉作瀟湘 b :○○○●●/A*:●●○○◎(Ⅱ・1)

萬事已髮 殘生隨白鴎 a* :●●●○●/B*:○○○●◎(Ⅰ・4)

安危大臣在 不必 長流 b***:○○●○●/A :●●●○◎(Ⅱ・6)

(五載 蜀郡に客たり/一年 梓州に居る=

如何ぞ關塞に阻はばまる〔どうして蜀中の

!塞に閉じ"められてばかりいられようか〕/轉じて瀟湘のを作さん〔いっそ 長江を下り、湖南へまで出てみようと思うのだ〕=

萬事 已に髮/殘生 白鴎に 隨はん=

安危には大臣在り〔では重臣たちが國家の大事を見ているのだから〕/

必ずしも とこしへ長に流れざらん〔いつまでも自分が を流すこともあるまい〕

杜甫の五言「拗律」について(下)(丸井)( 19)

(19)

永泰元年(765の、を去って戎州や渝州へ赴こうとするときの 作。この後に嚴武が死し、杜甫はその經濟支を失った。なお、

梓州にあって官軍が河南と河北の失地を回復したと聞いたときには、「

ち巴峽從り巫峽を穿ち、便ち襄陽に下りて洛陽に向かはん」(「官軍の河南 河北を收むと聞く」詩)と詠っていたから、杜甫の長江下りの本當の狙い は洛陽への歸にあったと思われる。この詩も首聯に a式多仄聲句が現 れており、かつ「五載 客-蜀郡/一年 居-梓州」という紛れもない對 句表現になっている。

372「又」(仄式・首聯上句非押韻型)

南不到地 崖霑未 a***:○●●●●/B*:○○○●◎(Ⅰ・10 向日 去人遙 b* :○○●●●/A :●●●○◎(Ⅱ・2)

熱鴛鴦病 峽深豺虎驕 a :○●○○●/B*:●○○●◎(Ⅰ・2)

愁邊有江水 焉得北之 b***:○○●○●/A :○●●○◎(Ⅱ・6)

(南 地に到らず〔南のは地面に屆かぬうちに溶けてしまうが〕/崖 霑うるほし て未だへず〔崖の上にはまだえやらずに殘っている〕=

日に向かひて く/ 人を去ること遙かなり=

熱くして 鴛鴦病み/峽深くして 豺虎驕おご る=

愁うる邊あたりに江水有り/焉いづくんぞ北のかたてう〔。長安を指す〕へ之くこと を得ん)

永泰元年(765、雲安縣での作とされる。詠われた景色はすでに 峽谷のそれであるが、長江の水を眺めるにつけ、杜甫のの念もまた すようであった。首聯上句に a式多仄聲句を置いたとき、杜甫は無意 識にか、あるいは意識にか、下句においてしばしば對偶形態をる 傾向があったと言えそうである。この詩の場合は完な對句にはなって いないが、「南」と「崖」が對ついしていることが、この聯の仄の不均 衡を是正する素の一つにはなっているだろう。

* * *

最後に杜甫が州にあったときの五言「拗律」5首を見ていく。これ らはいずれも大元年(766)から二年(767)のに詠まれたものと見 られる。杜甫は州に入ってまもなく西閣と呼ばれるところに假寓する。

その後、西閣から赤甲山のそばに轉居し、さらに 西・東屯へと!って

(20)

いく。5首の詩が作られた體な場は、定かでない場合もあるが、

ここでは『讀杜心解』の順序のままに讀んでいくことにする。

400「雨四首其一」(仄式・首聯上句非押韻型)

雨不滑 斷雲疏復行 a***:○●●●●/B*:●○○●◎(Ⅰ・11 紫崖處 白鳥去邊明 b :○○○●●/A :●●●○◎(律聯)

秋日新霑影 江聲 a :○●○○●/B:○○●●◎(律聯)

柴臨野碓 濕搗香 b :○○○●●/A :●●●○◎(律聯)

(雨 を滑なめらかにせず/斷雲 疏にして復た行く=

紫崖のる處に〔雨は〕

く/白鳥の去る邊あたりに〔空は〕明らかなり=

秋日 新たに霑うるほへる影〔秋の日は雨に 洗われて瑞々しく輝き〕/江 もとのつる聲〔長江は水かさをして轟々と流 れる〕=

柴 野碓〔野ざらしのか〕に臨む/ば濕しめりし香〔香ばしい う〕を搗く)

仇兆鰲の『杜詩詳』卷之二十ではこの詩を、鶴という釋家の見 解にしばらく從い、大二年(767)、西での作としている。この詩、

首聯以外はみな律聯である。その首聯上句に a式多仄聲句が出ており、

下句の B式聲基句で衡を保とうとするが、「雨」と「斷雲」と いう對偶措辭もまた、その「拗救」の處置を補完しているのである。

・再・442「孤雁」(仄式・首聯上句非押韻型)

孤雁不飮 飛鳴聲念群 a***:○●●●●/B*:○○○●◎(Ⅰ・10) 誰憐一片影 相失萬重雲 b* :○○●●●/A :○●●○◎(Ⅱ・2)

(26似見 哀多如更聞 a* :●●●○●/B*:○○○●◎(Ⅰ・4)

野鴉無意 鳴噪亦紛紛 b :●○○●●/A :○●●○◎(律聯)

(孤雁 飮せず/飛鳴 聲 群を念ふ=

誰か憐まん 一片の影/相ひ失す 萬重の 雲に=

ばう

は斷ゆるもほ見ゆるに似たり/哀多くして更に聞こゆるが如し= 野 鴉 意無く〔何も考えることなく〕/鳴噪〔鳴きわめくこと〕亦た紛紛たり)

大元年(766)頃、州での作とされる詩。a式多仄聲句は首聯に現 れるが、對偶處置はこの聯にはなされておらず、下句の仄上の「拗 救」のみである。

杜甫の五言「拗律」について(下)(丸井)( 21)

(21)

・再・454「別崔因寄薛據孟雲卿」(仄式・首聯上句非押韻型)

志士惜動 知深固辭 a***:●●●●●/B*:○○○●◎(Ⅰ・10) 如何久勵 但取不緇 b***:○○●○●/A :●●●○◎(Ⅱ・6)

夙夜聽憂 飛濟時 a :●●○○●/B:○○●●◎(律聯)

荊州薛孟 爲報欲論詩 b* :○○●●●/A :●●●○◎(Ⅱ・2)

(志士 動を惜しむも〔志ある君はこれまで輕動を愼んできたが〕/知るこ と深くして固辭しし〔湖南の府の中は君をよく知っているから、固辭し づらかろう〕=

如何ぞ久しくれいせる〔どうして君はいつまでも修身ばかりに氣 をうのか〕/但だりんせざるを取るべし〔人格を損なわず汚けがさなければ、それ でよいではないか〕=

夙夜 憂を聽く 〔私は君の憂國の言を聞いてきた〕/

飛 濟の時〔いまこそ君はり出て、國を救う時ではなかろうか〕= 荊州 にて薛・孟にはば〔もし荊州で薛據と孟雲卿の二人に會ったら〕/爲ために報ぜ よ 詩を論ぜんと欲すと〔私が二人と詩を論じ合いたく申していると傳えておく れ〕)

鶴は大元年、州での作とする。杜甫の原に「弟、湖南の 職に赴く」とあり、杜甫の母方の姓は崔氏であるから、崔は母方の いとこにあたろう。a式多仄聲句を含む首聯は、「惜-動」と「-固 辭」という對偶表現によって、やはり安定が補完されているとみてよ いだろう。

・再・460「入宅三首其一」(仄式・首聯上句非押韻型)

峭背赤甲 斷崖當白鹽 a***:○●●●●/B*:●○○●◎(Ⅰ・11 客居愧 春色漸多添 b***:●○●○●/A :○●●○◎(Ⅱ・6)

亞欲移竹 鳥窺新捲簾 a* :○●●○●/B*:●○○●◎(Ⅰ・5)

衰年不敢恨 欲相! b* :○○●●●/A :●●●○◎(Ⅱ・2)

(峭 赤甲〔山名〕を背にし/斷崖 白鹽〔山名〕に當たる〔面する〕= 客居

〔しばしばうつやどること〕を愧じ/春色 漸く多く添ふ=

くたして〔期が"

わろうとするので〕竹を移さんと欲し/鳥窺ふにより〔鳥たちが覗き#むので〕

新たに簾を捲く=

衰年 敢へて恨まず/ 相ひ!ねんと欲す〔この$景を 年の生活に取り#みたく思うのである〕)

483「夜雨」(仄式・首聯上句非押韻型)

小雨夜復密 回風吹早秋 a***:●●●●●/B*:○○○●◎(Ⅰ・10)

(22)

野涼閉 江滿帶維舟 b :●○○●●/A :○●●○◎(律聯)

恨多病 爲忝 a* :○●●○●/B:○○●●◎(Ⅰ・3)

天 出巫峽 醉別仲宣樓 b***:○○●○●/A :●●●○◎(Ⅱ・6)

(小雨 夜 復た密に/回風 早秋に吹く=

野涼しくして閉をし/江滿ちて維 舟を帶ぶ=

をじて多病を恨み/と爲りて〔舟をいうか〕を 忝かたじけなく す=

天 くして巫峽を出づ/醉別す 仲宣樓〔末の文人・王粲、字あざなは仲宣が

「登樓の賦」を詠んだ荊州の樓のこと〕)

460詩は大二年(767春、西閣から赤甲山のそばに轉居したときの 作。首聯は「峭 背-赤甲/斷崖 當-白鹽」というほぼ完な對句形 態をっている。また483詩のほうは大二年(767秋、西もしくは 東屯での作という。a式多仄聲句を含む首聯は、やはり「小雨」と「回 風」という對偶な措辭によって仄律の不均衡を補っているように見 える。

* * *

上篇でもべたとおり、首聯上句に時に a式多仄聲句の現れるところ が杜甫の五言「拗律」の特な點であり、この種の「拗體」の妙味は、

上句で仄律を大きくしたように見せながら、下句の聲基の抑 揚や對偶律の用によって、そのを巧みに收拾してしまうところに あるのだろう。上の21首中、首聯に a式多仄聲句と B式聲基句 の取り合わせ●●●●/ ○○●◎)が置かれたものは17首あり、し かもそのうち、對句あるいは對偶を意識した形態となっているものは14 首にものぼる。張九齡、王維の五律と比較するかぎり、杜甫のこの種の 五言「拗律」は一應、杜甫に特有の形態である、といいうるであろう(27

ちなみに、『文鏡祕府論』「天」の「聲」の條では、「相承」あるいは

「上承」という念を明して、

、 上句五字之!、去上入字則多、而聲極少、則下句 用三承之。用三之"、向上向下二#、其歸$一也。三向上承 、如謝康樂詩云「溪、 雲」。上句唯有「溪」一 字是、四字是去上入、故下句之上用「雲霞收」三承之。故曰上(28。……(傍點、仄符號は筆)

杜甫の五言「拗律」について(下)(丸井)( 23)

(23)

(相なる、し上句五字の、去・上・入字則ち多く、而して聲極めて 少なきは、則ち下句にて三さんぴやうを用ひて之を承く。三を用ひるの、向かうじやう

・向かうの二あるも、其の歸する は一なり。三上うへに向かひて承くる は、謝康樂の詩に「溪壑 暝色を斂をさめ/雲霞 夕霏を收む」と云ふが如し。上 句唯だ「溪」の一字是れ有るのみにして、四字是れ去・上・入なれば、故 に下句の上に「雲霞收」三を用ひて之を承く。故に上とは曰ふなり。……)

とべている。上句で仄聲を多用したとしても、下句の上三文字に聲 を多用して上句を承ける、つまり「上承」すれば問題はないという考え 方は、後世の「拗救」にずるものであり、空(774-835が入し た中期にはすでに定していたと見ることができる。なお、聲律にも しかったといわれる南・宋の謝靈(385-433の有名な「石壁舍 湖中作」詩の第七・八句が、ここで引かれている點が興味深い。なぜ ならば、杜甫のこの種の「拗聯」もまた、杜甫の手により如として始 まったのではないことを窺わせるものだからである。杜甫は謝詩のこう した仄配置や對偶形態を熟知していたと想像され、學ぶところも多かっ たにいない。

それから、この a式多仄聲句と B式聲基句の取り合わせが、杜甫 の洛陽・長安定期、堂定期、湖北・湖南地方における舟中生 活期の五律にはほとんど現れず、かえって秦州や梓州・州などに假寓 の身であったり、州で轉居を繰りしていた頃の五律にま見られる という傾向は、隴右や巴蜀の險しい山々、切り立った崖、卷く溪流の さなかを轉々とする杜甫の當時の心境とも無關係ではなかっただろう。

有爲轉變の中にあった詩人は、その詩作においても、おのずと極端な抑 揚を好むようになっていたのかもしれない。

(五)おわりに

杜甫の五言律詩中に見られ、張九齡と王維のそれにはほとんど見られ なかった拗聯の一形態に「●●●●/ ○○●◎」があるが、この形 態を含む作品が杜甫の五律627首中に21首存在し、うち17首は首聯に 置かれ、しかもそのうち對句ないしは對偶 形態を!るものが計14首あ ることが、本稿の査で明らかになった。そしてこれらの制作は、杜甫 が秦州や梓州・州などに假寓中、あるいは州をしばしば轉居して いた時期にほぼ集中していた。

参照

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