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The Japanese Assoolatlon Association for the Study of Religion Rellglon and Soolety Society 論文 生産と消費の自己構築 一タイ都市部の仏教運動における瞑想と教団イベントー 矢野秀武 論文要旨 本稿は タイにお

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(1)

NII-Electronic Library Service

消 費

タ イ

運 動

瞑想 と教 団

野秀

文要 旨

 

本 稿 は、 タ イにおい て 巨大 な 寺 院 組 織

教 団

へ と拡 大 し て き た タ ンマ カー イ

寺 お

よ び タ ンマ カ ー イ

団 を と

りあ

げてい る。

1970

初 頭 よ り

活 動

を 展

してい る こ の

団は、

独特

な 瞑想

実践

思 想

、 マ ス メデ ィ ア の使 用、 大規 模 な 建 造 物の 建 立、 大々 的 な 教 団 イペ ン トの 実 施、 過 剰 な

求 などか ら問

題視

さ れ、

1998

年 末

か ら

批判

ま り、 タ イ 仏 教 史 上 重 大 な 社 会 問 題 となっ てい る。

本稿

では、 そ の よ

な タ ンマ カ ー イ 問題 を 直

は 扱 わ ない が、 こ の 問 題の 背 後 に

消 費社

会 と

宗 教

接 点

か らタンマ カ ー イ 寺 と財 団の

質 を 明 らか に す る。

対 象

として は、 瞑

想実践

団 イベ ン

、 マ ス メデ ィア の

介在

と、

消 費 的

宗教 行 為

連 関 を取

り上 げる。 そ し て

彼 ら

宗教 的

築 と

己 表

み が、

市 部の

学 歴

直 面

してい る、 生

消費

の 心

急速

な形

消費社会

公的

道 徳

の矛

盾等

の 問

を、

独 自

乗 り越

える

み で

る こ と

明 らか に

る。 キ ー ワー ド

 

タイ上

座 仏教

団 イベ

構 築

消 費

聖 化

1

 

じめ

 

1999

年の

1

年 間 ほ ぼ 毎 日に渡 りタイ の 新

聞 各

紙に報 道 され、 社 会 的に大 き な

問題

とな っ た

宗教 関連

事 件

が ある。 そ の

事 件

は、 タンマ カ ー イ

寺 (

1

座 仏

教の 寺

と そ の 財 団

在 家 信 徒 に よ る組 織

に 関 す る 問題 をめ ぐ る も の で あっ た。

The

 

Nation

1999

年末

社 説

で は、

の よ うな こ とが

かれ て い る 。

  

ンマ カー イ 寺の 住 職 は、 多 くの 人か ら

ま れ るほど大 成 功 した

欲 的 な

宗 教

と社

Religion

 & 

Society

 

2001

 

VoL7

111

132

(2)

宗教 家

なの か、 そ

も冷徹

画の

信 仰

を利 用

して

を貪

悪 人 なの か。 タ イ 仏 教

の 中 に

まで に ない よ うな 分 裂 を招い てい るに

わ らず、

かれ

しか

ンマ カ ー

住 職 は 自

意見 を変 え

としない 。

め る

宗教 帝国

規 模

純 資産

だ けで も

200

か ら

400

億 バ ー ヅ と

推 定

され

1

バ ー ツ は

2

7

円。

者註

10

とい

徒 を

えてお り、

質 的 に 国 を 人 質 に取っ て い る よ う な もの で

る。 タ イ におい て最 大の 宗 教

論 争

で あ り、

来 にお ける国 家の

精神 的

り方 に 与 える

影 響

える と、 我 々

国 内

部 門の

編 集

部 と しては、 タンマ チ ャ ヨー

住 職

を 「今 年有 名 人

」 に掲 げ たい。

The

 

Nation

 

1999

Dec

22

A2 ]

 

こ こ で取 り上 げ られて い る タンマ イ 寺 論

、 その

、 信 徒

か らの反

も相 次 ぎ

本稿 執筆 時

2001

年 初 頭

い て

も決着

に 至っ てない。 ま た、

で は

論 争

焦 点

微 妙

移 行

し、

住 職

役職 を降

りた タ ンマ チ ャ ヨ ー 比 丘 と その側 近

に対 して 、 土 地 売

にお け る献 金の

正 利 用

疑 に よる

6

の 刑

Matichon

 

2000

May

13

20

、 お よび

義の

異端 性

ンマ カ ー イ

で は

涅槃 を無 我

では な く

る と主

張 す

め ぐっ て

元 住職

現住 職 代行

が サ ン ガ

廷 に

さ れ る(

2

)とい っ た

2

種 類

裁 判

へ と

つ つ

The

 

Nation

2000

Oct

12

A3 ]

。 し か しこ の 論

に 通 低 し、 ま

当初の

判の

焦点

っ た のは、 こ の

剰 な

献金 要 求

とそれと

関連 す

大 き

な 「

団イベ ン ト」

や 巨

大 で

高価

建 造物 建

立 な どの一

行為

批 判

っ た。

 

こ の

事 件

は タ イ仏 教 史 にお ける重 要 な

事件

1

つ で あ

、 その要 因 や

経 緯

な どを明 らか にし、 タイ に お ける功 徳の 解 釈 問題、 奉 献の 問題、 公 認 宗

とい う公 的

教の

能 不全 、

公 的

部で の

由 な

信仰

の限

など

じ るべ き

事柄

い 。 しか しそ の点につ い て は別

稿

で と

あ げるこ と と し、

本稿

で は、 こ の よ

事 件

根底

れ する、

宗教

消 費

お よび それ と連

した 小 規 模 な

儀礼

と 「

団 イ

3

を議 論

焦点

日の 日

い て も、

教 団 体 と献 金 や 奉 仕 を め ぐる問 題 は 大 き くなっ てお り、 か つ ての 地

域 共

体 を

心 と した 献 金 や

奉仕

姿

変 容

し、 よ り個 人 的 に な り、 消 費性 を増 し、 ま た組

織 員

とし て

強 度

なコ ミ ッ

メ ン トが

求 さ れ る よ

に なる こ と な ど が 論 じ られ てい る

島薗

1996

103]

。 確か に、 奉

や 献 金 をめ ぐ る被

加 と問 題

性 を

正 面か ら

じる

は 必

で あ ろ う。 しか し 一 方で 、 当

に とっ て

宗教

的 な

費 行為

入 し てい く とい

こ とが、 ど

う意 味

ち うるの か とい

点 に

112

(3)

NII-Electronic Library Service 生

と消 費の 自己 構 築 :矢 野

秀 武

つ いて 明 らか にす る

作 業

も必

だろ う。 また、 そ の よ う な 宗 教 的 な 消 費 が、 「

イベ ン ト」

よび 小

規模

対 面 的

儀 礼

修行

治癒

な ど

と どの よ うに

連 関

し、 そ の よ

儀 礼 的行 為

連 関

何 を も

し て い るの か とい

り論 じられて こなか っ た。 そ もそ も 「教 団 イペ ン ト」 の よ うな 大

規模

儀礼 自

研 究

が、

都 市

祭 り

祭 礼

研 究 は

別 に して、

あ ま り

なさ

てい ない よ

に 思 え る。

  本稿

消 費行 為 お

よ び

団 イベ ン ト、

また

関わ

小規模

儀礼 と

連 関 と

う視 点

か ら、

ンマ カ ー

動 を論

に し

。 そ こ か

、 問題

金 や

奉仕

よ び それ に

連 する

諸儀 礼

で あ りな が ら も、 そ の よ うな

行 為

極 的

支 持

し て い く一 部の

信 徒

が、 この よ う な

行 為

を 通 じ て

を行

っ て い るの かを 明 らか に す る。

2 

イ 寺

お よ

団 体

 

タ ンマ カー イ寺の 活 動 は、 い わゆ る都 市 新 中 間

を 中 心 に広 まっ た と言 わ れ て い る。 タ ンマ カー イ寺 は 現 在、 首 都バ ン コ クの 北 方の隣 県バ トム タニ ー

大 な

敷地

400

万 平 方メ ー トル

仏 教 寺 院

る。

1970

年 に 現 在の

敷地

の一画 に瞑

セ ンター を設 立 し、

1978

には

寺 院

可 さ れ、

1980

年 には 得 度 式 な ど を行 え る浄 域 を

え、

名 実

共に 正 式な寺 院 と な る。

囲の 土地 を 買 収 し(4)、

10

万 人規 模の

を 悠々 と行 える ほ どの 大

寺 院

へ と

大 して い っ た。 現 在で は、

10

万 人 程 度の

め る

仏 教行 事

を年 に

3

度 行 っ て い る。 こ の

在 家者組 織

るタ ンマ カ ーイ 財 団ば、

1988

年初 頭に は 、

73

県 中

50

県に支 部 を

Zehner

 

1990

4111

現在

で はさ ら に数 を増 し て い る と思 わ れ る。 ま た

国外

10

に も支 部

  年

11

月現 在

し て い る。

出家者

は、 僧 侶

511

、 沙

226

、 財 団 職員 を兼 ねる男性 修 行 者

108

、 財

団職

員 を兼 ね る女 性 修

行 者

307

がお り

1997

4

点 にお ける長

期 出

の み の 人 数。

筆 者

の 聞 き

りに よ る。

、 そ の他、 年 間約

2

の 短

期 出家者 (

5)

がい る。 ただ し、 出

家 者

を 除 き、 メ ン バ ー シ ヅ プ

を とっ て い ない の で 、 自

的な信 徒が 実 際 どの く らい の 人 数に達 して い る か は、 は っ き りと しない 。 ま た

地の 大

仏教

クラ ブ

を設

し て もい る。 た だ し、 先 述の よ うに

1998

年 末 か らこ の 寺は、 献金 の強 要や

違 法

性、 仏 教 教 義の 歪 曲、 土 地の 横 領な どの 問 題が取 り沙 汰 され、 大 きな社 会 間 題を引 き起 こ して お り、

信徒数

も最

期      

113

N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

(4)

よ りは 減っ て い る よ う だ。

 

寺院

設 立の 中心

を果た したの は、

代 住 職

タンマ チ ャ ヨ ー 比 丘

Tham

− machayo  

Bhikhu

1944

年〜

、 現 住

代 行

タ ッタ チー ウォ 比丘

Thattachiwo

Bhikhu

住 職

1941

年〜

、 お よ び

らの 瞑

る女 性 修 道

バ ー シ カ ー ・ ャ ン ・コ ンノ ッ クユ ー ン

Ubasika

 

Can

 

Khonnokyung

1908

2000

3

名で

る。

初 代

は 大 学で 農 業 関係の 経 済 学 を 学ん だ

に出

し、 先

で ある現 住 職

大 学で

畜 産 関係

び、

就職 先

奨学

金 を

てオ ー ス トラ リア留 学 の経

の 協 力 を得て 瞑

想 所 を設

立 してい る。 また 大

生 の修

の 場 をつ く るこ とを 目的 に、 初 代 住 職 ・現 住 職 代 行 お よ び 彼 らの 学 生

時代

の 知

心 とした

集 団

が 形

さ れて い っ た 。 これは、

に 大学 生 を

心 と

る一

時 出家

プロ グラ ムへ と

る。

経済

的 な 問 題 か ら進 学で きない 地 方 の

し て 、

世 俗教 育提 供

の オプ シ ョ ン と して機 能 して いた

2

つ の

仏教

大 学 と は逆 に、 タンマ カ ー

世 俗 大 学 教

を 受 け た 人

中核 的

僧侶

っ てい るの が

特徴 的

言 え

 

こ の

寺 院

特 色

と しては、

水 晶

な どを

内観

する

特 殊

な 瞑 想 と、 マ ス メ

ィアお よびマ ー テ ィ ングの

知識

を利 用 した

宣 伝 や

イベ

祭 礼

げ られ る。 タンマ カー イ 式 瞑 想 は 上 座 仏 教の

伝統 的

な 瞑

とばス タイ ル を

る。

ンマ カー イ

の 瞑

( 6 では、

自分

に光の

や ブ ヅ ダの

姿 を

る とい う 手 法 を 用い て、 内 な る 自己 を

洗 練

しい くつ もの

段 階 を経

タンマ カー イ

と なっ て浬

るこ と

指す

7

)。

 

最 初

段 階

で は、

水 晶

や 光 球 を想 起 し、

身体 内部

7

つ の

ジ シ ョ ンにそ

動 させ 、

ee

 

7

ポ ジ シ ョ ン

の 上

4

セ ンチ 、

心 部

に と ど め る と い う 訓 練 を 行 う

の段 階 で

内観

した

を 輝 かせ る。 これ がバ トマ マ ッ カ

Phatomamak

と呼 ば れ る もの で あ り、

最初

の 到

達 点

と さ

Venerable

Mettanando

 

Bhiklthu

 

1991

32

381

。 そ の

か ら地 ・

・火 ・

・空 ・ 識 とい

6

つ の 要 素の 連 係 した球 体が 生 じ、 そ こか ら

解 脱

解脱 智見

5

球体

が 生 じ るe

 

さ らな る段

18

内な

る 「

身体

カ ーイ

kai

が 生 じ る。 これ ば、 そ れぞれ 粗 ・ 細の

2

の レベ ル を も

9

種 類の 「身 体 」

人 間

、 天 人 身、

梵 身、

無 色梵 身

身、

預流 法

身、 一

来法

還 法 身、 阿羅 漢 法 身

で あ り、 さ ら に 四聖

る こ と で涅 槃に達 する と されてい る 。

5

身 体 以上 が

ダル マ あるい は タ ンマ

身体

カ ー イ

タイ

で タ ンマ ・カ ー イ と呼 ば れ

(5)

NII-Electronic Library Service

消 費

構 築

Phra

 

Phawana

 

W

iyakun

 

19981

  。

 

一方、

3

回行

わ れ る大

祭 礼

教 団

イベ ン ト

では、

10

万 人の 人々が

く整 然

と並び、

種 感 動的

雰 囲気 を醸

出す

イベ ン

執 り行

わ れてお り、 これ は事 前にパ ン フ レ ッ トや

新 聞

やテ レ ビな どを通 じて

伝 され る。 こ の よ う な イベ ン トは 意 識 的 に 演 出 さ れ、 しか も参 加 者の増 員 を 目

と して、 そ の

都度 何

た な

行事

込 ま

れてい く。

1

ト ン の開

祖像

の披 露 式、 大 仏 塔 の施 工 、 台 湾の 大 乗 系 仏 教 僧 侶の 来 訪 祈 念 な どが 、 目新 しい もの と して

々 に企 画 されて い く。 大

ヶ月

か ら

前 回

の壮 観 な

礼の様 子 を

掲 載

し たパ ン フ レッ トが

られ、

聞 ・

雑誌

・テ レ ビな どを利 用 し て、 大

礼へ の勧 誘 ・ 広 告 が

る。 さ らに、

寺 院

は、 そ の

評判

をマ ー ィ ングし、

回の

儀礼

み 込 んで い くの で

Apinyaa

 

1998

49

 

そ の

度寺 院

集 ま り

想修 行

僧 侶

へ の

寄 進

な ど

を行

っ た り

ト地

で の

短期 集 中

セ ッ シ ョ ンなどの

活 動 も行

っ てい る。

けの

動 と して は、 大

仏教

ク ラ ブが

心 と な り、

寺側

の サ ポ ー も と

仏 教 知 識

の 全 国コ ンテス トや

時 出

家 な ど を行 っ てい る。 こ れ は 新

成 員の

獲 得

なっ てい る

矢野

1998

197

202

3

  自

構 築

度 的 な

 

以 上

簡 単

に タ ンマ カー イ寺 と その 関 連 団

紹 介 を行

っ た が、 こ れ

で の

究で はこ の 教 団の 酒 動 につ い て 、 その

主 た

る構 成 員 が

1970

年代

か ら

増 加

した

市新 中間層

が着 目されて きた。

え ば、 ピ ー ー ・ ジ クソ ンは 、

改革

派 仏 教

経 典の

容 を合 理 的 およ び科 学 的 に

釈 す る僧 侶 た ち

支持

し て い る の は、 西 欧 合理 主 義 と

科 学 的実 証

主 義 を受 け入 れ た 専 門 家 や 知 識 人な ど タ イの 都 市 新 中 間層 で ある と述べ つ つ 、 他 方 で、 タ ンマ カ ー の 場

徒に

市 新 中 聞

く抱 えて い る が既 存の 政 治 勢 力な ど と も

連合

し、

従 来

仏 教

られ た伝 統 的 なコ ス モ ロ ジ ー や 超 自然 的 な 出 来

信 仰 な ど も維

て い ると

て い る

JackSon

 

1989

47

53

216

219

 

ま たエ ドウィ ンェ ーナー

タ イ

仏 教

改 革運 動

とし て

ンマ カー イ

位 置 付 け

清 潔

さ、

清 浄

さ、

秩序

とい っ た

中間層

の価

を体 現 し、 また 呪

術 性 や 祝

祭 性

を排 除

して

修 行 を

視 す

運 動

る と

指 摘

し て い る

Zehner

 

1990

424

。 これ と

議論

は 、 ジ ム ・タイ ラ ー に よっ て も な さ れて い        

115

N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

(6)

る。

彼 は

が支

被支

るい

は農

民のみ

を対 象

として

お り

た に

台 頭

した

都 市

中間層

十分

応 を し てい ない と

摘 し、 タンマ カ ー イ 寺 な ど の

た な 仏

教 運 動

が こ ら の隙

を埋め て い る と

い る。 タイ ラー に よれ

こ の よ うな 新 たな運 動 は、 村

落 共

儀 礼

と して の

仏教

か ら、

々 人の

践 を 重 視 す る仏 教へ とシ フ トした も であ り イ ・デュ モ ン の用

りて

人 主

義革

命 の

れ だ と して い る。 さ らに タ ンマ カ ー 寺 は 、 従 来 の

質 素

さ ではな く、 在 家 信 徒が積極 的 な 活 動 を展 開し、 世 俗 内 禁 欲に基づ く

資 本蓄

の 「

徳 的

示 さ

、 ス リ ラ ン カの 「プロテ ス タン ト

仏 教

」 の よ

な もの だと

べ てい る

Taylor

 

1990

153

154

 

方で タイ人

研究 者

場 合

は、 こ れ とい さ さか 異 な る点か ら寺の 経 済 的 行

に 着 目し てい る。 ス ワ ンナー ・サ ター ア ナ ンは、 タ ンマ カ ー イ で は、 瞑 想の

象 や 仏

教 的

理想 を 具 象 化 し、 それと

応 して具 体 的 な 宗 教 的 消 費の対 象 を形 成 し、 テ クノ ロ ジ ーや 自然、 静

さ、 秩 序、 清 潔 さな どの付 加 価 値 を 宗

に付 与 して手 ご ろな値 段 で提 供 して い る と述べ てい る

Suwanna

 

1990

COO

402

405

408

。 ア ピ ンヤ ー ・ フ ア ンフー サ クンも 同

に 、 タンマ カ ー イ

は功 徳 を 実 体 化 して様々 な

行 為

を 生み

し、 功

徳 積

みの

行 為

入の

費 行 為の ように変 容 させ た と述べ い る

Apinya

 

1993

166

168

。 また 一 般 的な

見 と して、

市 生 活

お け

るス トレス の

増 加

が、 タンマ カ ー

で の

想 実践

加 と

わ りが あ るの で はない か と末 廣が述べ て い る

末 廣

1993

191

194

 

の よ

うな

、 そ

れ 重要

指 摘

てい る とは

思 う

が、 問

点 も

い。

学 的

理 主 義 を 好 む 都 市 新 中 間 層 とい うジ ャ クソ ン の議 論は、 タン マ

伝 統

的コ ス モ ロ ジ ー

擁 護

に よっ て矛

に さ らさ れて い る。

々 人の瞑 想 体

を通 じ、 さ らに そ れ が様 々 な

況で

表象

さ れ て い く中で 、 その よ

伝統 的

コ ス モ ロ ジ ー が再

築 され、 科 学 的な合理 主 義 と は異な る位 相 で信 憑 性を 形

し て い る点に

目 して いない 。

 

ま た、 タ イラ ー の 個 人 主

は、 あ た か も西

近 代の個人主

を 想 定 した 議 論で あ り、 タイ にお け る個 人 ある い は宗 教 的な 「

己」 の

り方 の特 殊 性 を無 視 し てい る。 そ して 、 ウェ ー的 な 世 俗 内禁 欲 論 、 こ の 寺の 宗 教 的な消 費 行 為 との 矛 盾につ い て 十 分 な 注

っ て い ない 。 ま た 宗 教 的 な 消 費 にっ い て

冒 した 論 稿 は

く、 確か に こ の教 団におい てある種の

消 費

が 顕

で は ある が、 そ れ を教 義 や 瞑 想 実 践の形 式の み に原 因 を

定 して しま

の はい さ さ か問

る。 なぜ な らタ ンマ カー イ 瞑 想 は、 タ ンマ カ ー イ寺 だ

では な く、 タ ンマ カー イ 瞑

116

(7)

NII-Electronic Library Service

と消

構 築

:矢 野

想の

始祖

で あ る僧 侶 プ ラ ・ モ ン ン ・ テー プ ・ム

Phra

 

Mongkhon

 

Thep

Muni

属 して い たパ ー ク ナー ム

お よび その 系 列の ル ア ンポー ・ソ ッ

ト寺

で も

わ れてお り、 こ こ で は タンマ カ ー

ほ ど

た宗教 的

消 費 は見

られ

、 聖な る

品の販

売 を行

っ て はい て も

寺院

と同

程 度

の もの だ か らで ある。 つ まり、 タ ンマ カ ーイ 瞑 想の 思 想は

消 費

化へ の

十分 条件

では ない の だ。

 

さ ら に瞑想

践 と

市 社 会の ス トレ ス を

び つ るの は、 な しろ 我々 の 日

生 活にお ける ク リ シ ェ 程 度の 内容 し か も た な い だ ろ

9

)。 ス ト レス は、 別 に

代特 有

の もの で は ない

現 代

会 関 係 に特

の ス トレ ス は あるだろ うが

近 代 社 会 におい て も、 自然 災 害 や 盗 賊な どの 人 災、 あるい は

地域 社

会 や

親 族 関

係 に それな りの ス トレ ス を 感 じて い た だ ろ う。 ス トレ ス 説 を 主

し て い る

末 廣

にとっ て タンマ カ ー イ

詳細

分 析

が彼 の

論 稿

目的

だっ た わ けで は な く、

に印

を述べ て い るに す

な い の で 、 これにつ い て 正面 か ら反

論 す

る 必

は な い か も し

な い が、 い わゆ るス ト レス を

発散

するため に 瞑 想 を 行 うとい う 説 明で は、 なぜ タンマ カ ー

に低 賃 金 労 働

者層

の信 徒が 少な い の か 説 明で きな い 。 そ の 劣 悪な 生 活 状 態 や 労 働 環 境 か ら

する に、 彼 らが 強い ス ト レス

感 じ てい て も

か し く は ない 。 ま た、 タンマ カ ー

瞑 想 を 実 践 す よ うに な 理 由 を尋 ね た 場 合、 最 も多い 回 答 は 「タン ブン( 10に な る か 」 とい

もの で あ る。 し か し、 プ ン にな るの で あ れ ば、 他 の寺の 行

や 瞑

想 修 行

加 し て も

わ ない の に、

えて こ の

寺 特 有

修 行

儀礼

加 しに くるわ けで ある。 つ ま

、 タンブンに なるか らとい

う語 り

に は、

従 来

にない こ の

寺独

特の

特 質

を 明 確に特 定 す るこ とな く、 社 会 的に承 認さ れて い る タ ン ブン とい

り込 ま

せ て い る可

能性

も 考 え られ る。

そ ら くこ の

は、 ス ワ ンナ ー ピ ン ヤー な ど タイ

人研 究 者

を感 じた、 タン マ カ ー イの 消 費 的 あるい は

商 業

的特 質

関 わ

で あ ろ う。

 

以 上の 問 題 点 を踏 ま え、

本稿

で論 じ る対 象 と な る 人々 を

の よ うに考えて み たい。

現代

タ イの

都 市新 中 間層

わ れ る人々 が 、 西 欧 個 人 主 義 的な個 人で あ る とい う 判 断は ひ と ま

ず 保

留 し、 む しろ

らを 多 様 な 制 度が縦 横 無尽 に入 り込 ん でい る 「

個 人

」 と して と らえる こ と に

る。 つ ま りひ とつ の

均 質

階級

階 層

とし て で は な く、 労

働 市

場 や 教

や 消 費 や 社 会 保 障 や 学 的知 識な どの制 度 に

し、 その

度の 矛 盾が

々な 形で配

され た 「個 人化」 状 況 に ある人々 とみ な す

ベ ヅ ク

1986

144r194

。 し た が っ て タイの 都 市 新 中 間

と呼 ば れ る よ うな 人々 を一般 的に

じ る とい う よ りも、 どの よ うな制 度に侵 食 され、 ど うい う制      

117

N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

(8)

度 的

にさ らされ、 ど

う 自

己 を

た に

築 する こ とで そ の 矛

り越え よ うと して い る人々 が い るの か とい う

か らカ テ ゴ ラ イズ して い き たい 。

都 市

とい

カテゴ リー で はな く

た だ し、 以

後論

じ る

制度 的

な 矛 盾 が、 こ の カテ ゴ リー に

属 す

る と

さ れ る

々 に

顕 著

られ る とい う可

能 性

ま で は

排 除

しない

制度 的

とそ

り越 えの独 特の 質 を 浮 き

りに

る こ と

したい 。

 

こ の

作 業 を進

め るた め に

下で は、 タ ンマ カ ー イ 寺

為 や

連 関

する

教 団

イベ トお よび 瞑想 とい う 個 々の

実 践

詳細 は

譲 り

、 こ

らの

諸 実践 を横 断 的

捉 え

て い

たい 。 つ

ま り

とい

う 自

構 築

践が、

儀 礼 や 消 費 的行 為

と どの よ

が り、 どの よ

に 示 さ れて い るの か とい

う点

着 目

す る。 そ して、 そ こで な さ れる 自 己 表

構 築

、 その

背後

制 度 的

な 矛

浮 き彫

りに

る。

 

た だ し

本稿

で は、

信 徒

の 自

覚 的

信 仰

心、 個 々人の 瞑

想体 験

実感

よび 瞑

に よ る

常 的

体 験

教 学的

意 味

とい

もの は

り上 げ ない 。 こ こ で は、 瞑

想 実践

団 イベ ン ト

よ びマ ス メ

ィ ア を

した

報 が、 一

置 となっ て どの よ う な 「

み出 し、 呈 示 しよ

と して い るの か とい

側 面 にの み注 目 したい。

4

 

と 自

表 象

 

ま ず、 瞑想 におい て どの よ うな 自己表

が行 わ れるの か を取 り上 げよ

。 タ ンマ カー イ 瞑想 を通 じて 内

され る像 は、 始 め は水 晶 や 光の球 だが、 そ れ は

次 第

に人の

姿

に な る と言 われ て い る。 それは、 内 な る

己の

姿

で ある。 そ し て、 自 己 の 内側に幾 層 もの洗 練 さ れ た 自 己の

体 を観 想 し、

最終 的

に は涅

する身 体 になる とされて い る。 そ の

味で は、 瞑想 を通 し て 「自己 内 省 わ れ て るわ けで

る。

 

し か し

際の とこ ろこ れ は、 理

の 下 に

かっ

利 と義 務 を

う個 人 と い う観 念 や、 個 的 な 自己 を 支 える よ うな 内 省 とは 言 えない 。 こ の

なる身

は、 ブ ッ ダ ない しはブ ッ ダの 表 象 され た 「プ ラ

phra

」 と

存 在

も あ

るの だ。

ンマ カ ー イ の

信徒 達

は、

に はその

なるプラに

して祈 願 す るこ と も

る。 ま た 一

信 徒

なる プ ラ

友 達

プア ン

phu

, an

」 とさ え呼び、 こ の

友 達

気 を配

る よ

に して い る。 っ ま り、

なる身

は、

な る

己で

118

(9)

NII-Electronic Library Service 生

消 費

構 築

野秀 武 あ る だ け で な く、 内 な る他 者 なの であ る。

 

そ して 、 その

な る他

得 は、 瞑

導者

を介

して

究極 的

に は ブッ ダに 至 る とい う タ ンマ イ 寺の 宗教 的

権威

のハ ア ラー キー を

構 成 す

る。

例 えば

1

週 間 程 度の 瞑 想セ ミナ ー に参 加 した場 合 など に は、 始めの

は、

者 中

心 の

間 内

で瞑 想

体 験 を語

い、 よ り

な 瞑

テ クニ ヅ ク を

模 索

して い くが、 その

は、

在 家 者

指 導

がこれに

介 在 す

る よ

にな り、 週の

か ら瞑 想

指 導

れて い る と され る

僧侶

が 現 れて 瞑 想 体

質疑

が 行 わ れ る。 さ らに 順 じ位 階 が 上の 瞑 想 指

僧 が 相 談 役 と して 現 れ る よ うに な

日の

最 後

セ ッ シ ョ ンに は、 カ リス マ

性 を帯

び て い る と さ れ るこ の

初 代 住職

が 登

す る

事 もあ

る。 そ して

各 自

体 験

位 階

い 瞑 想 指

僧 に

告 し、

動の

で セ ミナ ー

了す る あ る

 

に、 こ の

なる

他 者

へ と

なる

己 は、

信 徒達

共 有

され る 「

は 身

もあ

らは 瞑

想 実践

に よる

奇跡

的 な 癒 しな どを 語 る よ

も(11)、 互 い に 内 な る

体 を

観で きた か ど う か、 ど うい

テ クニ ッ クで 、 ど

い う

体験

たの か

ど を

り合い 、

体験

その もの

を共有 す

る こ と

傾 向

る。 そ して、 そ の ように

表 出

され る

己は、

教 団

イベ ン トとマ ス メ デ ィ ア を通 じて具

体 的

な形 で現れ、 鑑

され、

共 有

されるので ある。

え ば、 各 信 徒 は

額の 寄 進 を 行っ て、 内 な るプ ラ と 同 型の 小 さ な 仏

像 を購

入 し、 そ こに

分 ない し は知 人の

を刻

み込む 。 こ の よ

鋳 造

され、

現 在

設 中

の大

仏塔

に整

とはめ

てい くの で

るe こ れ と 同様 の イメー ジ は、 瞑 想 を 行 う信 徒 自 身 に よっ て も 示 さ れ る。 彼 らは 身 体 を規 律正 し く 自己管理 す る

団と して、 そ の

姿

を イベ ン トの

美 的

る。

 

しか し、 大

仏 塔

れ イベ ン トの 際の

的 な

示であ れ、 何万体、 何万 人 もの 人々の 自己 ・

体の 共 有 をその

で 視

覚 的

に確 認で きる わ けで は ない 。 そ の

姿

は 印 刷 物や テ レ ビ ・ビデオ

影の

映像

を 通 し て

認 されて い くの で あ る。 こ こ で 呈 示さ れて い る 「

、 マ ス メディ ア の 俯 瞰

な 視 点 を 介 して信 徒 と共 有 さ れ る 「

表 象 な

 

タイ におい て は、

古 来

よ り見 られる内 面 的 な 自己 の表 象の

1

つ と して ク ワ ン

khwan )

とい う もの が ある。 こ れは

の よ うな もの で あ り、 生 命力 の

と見な される もの で あるが、 外 部か らの物 理 的 ない し は

神 的な作 用

霊 の

入 な ど も

によっ て抜 け

て しま う。 クワ ンは 自己

御で

るもの で は ない 。 こ

を統 御 す る に は、 一般 に 年 長 者 や

の で

権 威 者

が 必

と さ      

119

N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

(10)

Tamb

量ah  

1970

223

251

 

興 味 深い こ とに、 他の 寺 院 に お ける出 家以 前の

礼 や 村 落の宗 教

礼 に

い て 散 見 され る クワ ン

礼 は、 タンマ カ ー イ に お

られ な

十分

は ない が、 クワ ン とい う

内的

己の

表 象

は、 タ ンマ カ ー イの 「

に取 て代 わ られ たと も考 え られ る

矢 野

1997

103

le8

。 た だ しタ ンマ カ ー 形 成 される 「自 己」 は、 西 洋 的な個 人 主 義 を支え る自己と ば異な るe た とえ

制御

で きる 自己、

己 に

し て

再帰

的 な

用 を持つ

己で あっ て も、 他 方で神 秘 的 な

なる

他 者 や権 威 的

関係 を伴

い 、 な

かつ

も帯

び てい るの で

る。

5

 

産 と消

 

た よ う に、 瞑

礼 お よびマ ス メディア によっ て

ンマ カ ー イ

な 「

構 築

され

、 こ れ が どの よ

的背

景 と

連 し て い る の だ ろ

か。 この よ

現 象

多様

りが

可能

るが、 、

節で は規 律 と快 楽、 生

費 とい う枠 組み か ら考

す る。 とい

の も、

ンマ カ ー イ

の瞑

とイベ ン トには、

互 に入 り組 ん だ

複 雑 な

形で 、

禁欲

規律

快 適

さ が呈 示 さ

るか らである。

  例

え ば、 瞑想 に

い て

も重

され るの はリ ラ ッ クス するこ とで あ り、 上 座 仏

流の ヴィ パ サ ナ 瞑 想 の よ うに逐

自 己の 感

や 思 考

や感 覚

注 意 を

は ら い 、 そ の感

・感

考へ の こ だ わ りを

1

1

つ 引 き

してい くよう な

し い 自己 内省 は行 わ れ ない 。 ま た、 一般 信 徒 は 、 人工 的 な 池 や 林 に よっ て

し く

さ れた

郊 外

の 公

の よ うな

を醸 し出し て い る寺 院

境 に おい て 瞑想 を 行 うこ とも楽 し み の

1

つ と して い る し、 さ らに は

や 山の リゾ ー トホ

わ れ る瞑

セ ミナ ーな どが あ り、 瞑 想 に

は常

快適

さがつ い て

まわ

るの で

る。 一 トにお 、 ボラ ンテ ィア を 募 っ て

前 に 大

か りな 下

準備 や

リ ハ ー

行 っ た上で、

日に

多数

参 加 者

整然

と並べ る よ

指 導 す

る。 そ こ に は

の寺 院の

りで

られ る よ

が し さ

さ な どの

祝 祭性

ら れ ない 。

に は、

雑 誌

掲載 す

るた め だ け に、

大 な

時 間を

か けて大 集

姿

しく並 ばせ るこ と さ え

る。

類 を見

ない こ の

の 一

時出 家

で の

修行

しさが 目的 とす る もの の

1

こ の よ うな規 律 を 身に付 けてい くこ と に あ る

 

しか し、 こ こ に

単 純

な二 分

を 当て は めて はい け ない 。 なぜ な ら、 快

適 さ

を求

め る瞑 想 は、 一 、 その 体 験 に 埋 没 して 心身が 無 秩 序 状

になる ことを

(11)

NII-Electronic Library Service 生

と消

自己

構 築

野 秀

めて

り、 な しろそ の

解 放 的

体 験

を 通 して 規 律 正 し く

御 さ れた 心

身 を構

す る こ とが

指 示

され る か らで あ る。 ま た、 こ の よ うに瞑 想 を通 じ て

規律 化

さ れ た 身 体 は、 イベ ン トに おい て呈 示 さ れ る

団 的 規 律の

へ とつ なが るの だ が、 逆 に そのマ ス ゲー ム の ような

しさ ば、 雑 誌 や ビデオ の鑑

を通 じ、 ある種の 快

と して

消 費

さ れ る

対 象

とも なるか らで

る。

 

こ の よ うに

互 に 入 り

ん だ

2

つ の

質か らは、 一 で、 マ ッ クス ウ ェ ー ー の

議 論

の よ う に、

資 本

義初 期

に お け る企

業 家

精 神 を水 路づ け 生

と投

の 拡

影 響 を与 え た

禁欲 や 規律 や 計

の エ ー

り、 他 方で、 規 律 か ら

れた

奢侈

浪 費

として の

消 費

の 心

み取れ る か も しれ ない 。 しか し

は そ れ ほ ど

単 純

で ば ない 。

1

の 点 にっ いて は、

ンマ カ ー

寺 を支

団職 員達

ほん の 一

握 り

の 上

層 部 を除 き

、 企

に 旧 中 間

と よば れる 中小 ・ 零

企 業 家

で は な く、

組 織

の 一 員 と して のホワ イ トカ ラー や

中 間

と 同

組 織 内業務

従 事

し てい る人々だ か らで

る。 また

2

につ い て は、

費 行

に も生

とは

な る

規 律

うか らで あ る。

 

ま ず、

1

論 点

か ら考 えて い き たい 。 これにつ い て は 社

会 階層 形成

時 代

相違 を考 慮

くて は な

ない。 近

代 初 期

か ら

現 代 消費社

会 に おい て

身 体

社 会 的

支 配様 式

が、 どの よ

変遷

し て き たの か に注 目 したブ ラ イア ン ・ ターナー が 述べ よ う に、 ウェ ー ー が

た 当時

社 会

現 代 社

会 に は

相 違

り、 ま た どち ら に

い て も生

費 に は 切 り離せ ない 関 係 が

るの で

る。 ターナー は、 近

代 初期

に は、 企

家 や 労 働

は な

有 閑階級

が 主 た る

消 費

を担

っ て い

ター ナ ー

1999

1071

20

世 紀

に 入 る と大 量 生

と大

衆 的

消 費

時 代

が 訪 れ、 テ ー ラ ー式

理 など の

労 働過 程

ける最 小 限

禁 欲

や 規 律 は 残 るもの の 、 他 方で は欲 望の 表 出 や

を高

め る

傾 向

が 一 労 働

に も広

っ て っ た と

べ てい る

ター ナー

1999

107

 

また

1940

年 代の ア メ リ カ にお ける企 業 組

織 職

員と して の 「ホワ イ トカラー につ い て論 じたラ イ ト ・ ミル ス も指 摘 し てい た よ

に 、 「ホ ワイ トカラ ー」 は 禁

欲 や規律

の エ ー

を担

っ た企

業家

で は な く、

組 織

要請

と して の 禁 欲 ・

規 律性

に ま とっ た 組 織の 一 員で

ミル ス

1957

93

らは 生

と消 費 あ るい は

労働

教 養

び が一体 と なっ た 生 活 を営 む 職 人 労 働 者で もない

ミルス

1957

205

。 そ して

労働

と生

産 物

か ら

疎 外

さ れ た ホワイ トカラ ー は、

暇 など の 労 働 以 外の 領 域で 自我 を

展さ せ るこ と になる

ミル ス

1957

2111

。 ダ ニ エ ル ・ ベ

言葉 を借 りれ

昼 間 は

誠 実

は遊 び 人 に な るこ とが

現 代 人

の 「自      

121

N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

(12)

実 現

」 と な る

ベ ル

1976

163

 

ま り生産

消 費

の 心

お け

領 域

の 二

分 割

が 生 じたの で

っ た。 こ の 一

領域

を な

す消 費

領 域

は、 しか し

な る

浪 費

奢 侈

で は な く、 あ る種の 規 律 を 有 してい る (

12

)。 これが先 に 述べ た

2

論点

る。

例 えば

ー ナー が

べ るよ

な、 「

打 算 的

享楽

理 が

ん だ

た な 生

活様 式

タ イ プの パ ー ナ リ す な わ ち ナル シ シ

な 人 間

1999

107

の よ

に、

的 な

モ ニ タ リン グ

通 じ て、

外 部

自己 を

示 す

る た め に

統御 す

る ような、 イメ ー ジ

理の ための

禁欲

台頭

して くる

タ ー

1999

11

119]

。 そ れは、

記号

を まとう

による社 会

的 な地 位 上

昇の

て とい う だ けで は な く、

た な

己 を

築して い く作 業 で も あ

消費行 為

はそ の た めの道 具で ある とも 言え よう。

 

タンマ カ ー イ寺の 瞑想 ・イベ ン ト・ メ

ィ ア

用に よ て呈 示 さ

れ 構 築

され る独 特の 心 身 は、 こ の よ うな 生

と消 費の 自己構 築 と密 接な 関 連 を

っ て い る。 しか も、 生

消費

分 離

した二 重の 心

ける

み と

考 え られ る。

 

タ ンマ カ ー イ 寺の 規 律 ・禁 欲 は、 労 働 や生

域で 必

と され る

価 値

や 自 己 を、

宗教 的

領域

にお け るイベ ン トや

儀 礼

を 通 し て過

に表 示 し て い る。 こ れ は、 一 は教

とい う大 企 業 組 織 を構 築 す るために

質 的 に便 用 され、 元

住 職

職 代

理 を 頂

とす る瞑 想

的 権

威の ハ イア ラ ー キ ー は、 そ の よ うな

組織

規 律 を束

ねる

権 威

と して も利 用されて き た

Apinya

 

1993

160

。 い わば 宗教 団体 とい う 「情 報

企 業 を 成 り立た せ る

貫 徹

して い る。 しか し重 要な 点は、 その よ うな規 律を

り に感 じ、 自他に向け て そ の規 律 あ る

姿

を呈 示 して い くとい う

であ る。 教 団

運 営

直 接 関

わる

者達

教 団の創 設

集 団

の 中 に は、 伝

的 な 寺 院組 織の刷 新 と、 合理的 な経

を行 っ て きた

の業

を 誇 ら しげに語 り、 それ がこ の 寺の 魅力 の

1

つ で も ある と述べ る者 もい る(13)。

際、 タ イ 国 サ ンガ とい う全 国 的な 官 僚

制的

は別 と し て、 タイ にお い 上 座 仏 教の 「

が近

的 な

と して 形成 され たの は、 おそ ら くタ ンマ カー イ 寺 と その 財 団

め て で あ ろ

。 また タ ンマ カ ー 重視 ある

物で は、 タイの経 済発 展 に欠 けてい る の は、 能 率 性、 勤 勉 性、 規

進 歩

神 であ り、 ま た タイ社 会の

定 には、

法 的 な 規 律 として の 五

が 必

だ と

も述べ い る

Phra

 

Somchai

 

Tha

auto  

1988

31

681

 

タ ンマ ー イ

過 度

な まで に 労

・生

規律

後 に は、 効 率 性 を

(13)

NII-Electronic Library Service 生

消 費

重視 す

製 造 業

な どの

企 業組 織

がよ

や く

1960

年 代初 頭

か ら

形 成

め る とい っ た

後 発 資 本

義 国特 有

社会 的 文

脈 も

考 慮

しな くて は な ら ない。 先

長年

に わ た っ て

作 りあ げ

た、

組 織

を急速

げな けれ ば な らな か っ たの で ある。 技 術 や 機 械 は、 先 進 国か ら最 新の もの を短

間で取 り入 れ ら れ る と して も、

術 や 管 理 形 体

し革

して い く よ

な心

や 人

間 関係 自

は や は り、

ら地 道 に

っ てい か ざる を得 ない 。

 

ま た タ ンマ ー イ寺で の 規 律 あ る 心 身 は、 効 率 的な

組 織

営 を行 う

ための

使

用 価 値 とし て だ けで はな く、

会 的に呈

すべ き イメ ー ジ に もな っ て い る。 タ ンマ カ ー イ

已 呈 示 にお ける中核

イ メー ジの

1

つ は、 近 代 的 組

運 営 す

規 律 化

され た 身

を呈 示 したい とい

ナル シ ス テ ィ ヅ ク な

越 性 なの で

る。

わ ば生

わ る

欲 ・

規 律

が 身 につ い てい る とい う

を、 独

消 費

ス タイ ル を通 じて

己 呈

し て い るの で

る。 ま た、 村 の仏 教 行

に お ける祝 祭 性 よ りも、 瞑 想

践 や イベ ン トを 重視 す る タンマ カ ー イ

信 徒

は、

消 費社 会

独 特

感性

で そ

れ を体 感

し てい る と

も言

える。 そ

は、

学 者

の マ ザ ー トンが

中産 階級

いて

じた よ うに 、 カー ニ ヴァ ル 的な 喧

込 ま

れ ない よ う

理 しつ っ 、 その

喧騒

しむ とい っ

た微 妙 な距 離

が そこ に は あ り、

的 な 関 与 と距 離 化の両 極 を 行 き

来 す

び、 「

孤 高

傍 観 者 的

態 度

とい

種 類

快 楽

を享 受 す

るこ と」

フ ェ ザー ス トン

1999

121

が要 請 さ れ るので ある。

 

消費

・ 余 暇の 領 域 に

分 け

た心

性 を

独 特

け よ

とし てい るの が、 タ ンマ カー イ

の 自己

表象

・ 自己構 築で は ない だ ろ う か 。 一 方で 労

規 律

あ る 心 身つ く りな が ら、 他 方で そ れ を、

宗教 儀 礼

とい

余 暇

消 費す

る。

信徒

に とっ て

行 事

加 し、 リゾー ト

な雰

囲気

で 瞑 想

実践

し、 写

に取 られ、

進 物 を 購 入 し、

列 し、 その

組 織

加 入

して

くこ と は、 イベ ン トや 瞑 想 の

々 に生 産 し て くこ と になる。 単 な る効 率 性の た め の

規律

で は な

落 ち着

い た

雰 囲気 を伴 う規 律化

た心 身 は、

実践

とイベ ン ト儀 礼の 場 を 生み 出 して い く。 タ ンマ カー イ 寺 信 徒に とっ て 、 寺の

事 業

の 生

とそ こで の

消 費

は 重 な っ て

り、 「我 々の 寺 院」 だ とい う認 識 が

共 有

されて い る

際には一部の 人々が 全体の 方

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