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学位規則第 4 条第 1 項該当(課程博士)

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Academic year: 2021

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全文

(1)

氏 名 いわさき はるか

岩崎 春香

学 位 の 種 類

博士(理学)

報 告 番 号

甲第 1621 号

学位授与の日付

平成 28 年 9 月 13 日

学位授与の要件

学位規則第 4 条第 1 項該当(課程博士)

学 位 論 文 題 目

Novel Tridentate Mesoionic Carbene,Applied to 3d- Transition Metal Complexes

(新規三座メソイオン性カルベンおよび 3d 遷移金属錯体の開発)

論 文 審 査 委 員 (主 査) 福岡大学 教授

松原 公紀

(副 査) 福岡大学 教授

大熊 健太郎

福岡大学 教授

川田 知

内 容 の 要 旨

[目的]

有機合成化学的に有用な炭素-炭素結合や炭素-ヘテロ原子結合などの形成反応におい て、有機金属化合物が触媒として広く用いられている。有機金属化合物の反応系中での触 媒活性は、中心となる金属と配位子となる有機分子の電子的および立体的性質に依存する。

現在、これらの化合物にはパラジウム、ルテニウムに代表されるような 4d 遷移金属種を 用いた例が多く報告されている。しかし、これらの金属は資源の問題や生体毒性などの懸 念があるため、近年ではこれに代わる金属種として鉄や銅などの 3d 遷移金属種に注目が 集まっている。3d 遷移金属種は、いずれも環境調和性分子として知られ、これらの有効活 用は重要な課題である。しかし、これらの金属は、4d 遷移金属種に比べ活性が低い点、ま た反応中間体の安定性が低く詳細な反応機構解明が困難な点が問題点として挙げられる。

これらの問題点を解決するには、3d 遷移金属錯体を安定化することができる新たな配位 子の開発が必要である。そこで本研究では、最近開発・報告されたメソイオン性カルベン に注目し、メソイオン性カルベンを有する新たな三座配位子の開発、またこれらを用いた 鉄や銅等を用いた錯体の合成とその性質の解明を目的としている。

[結果と考察]

新たなメソイオン性カルベン配位子を合成するため、Schubert らの方法を参考に構造の 異なるアジドを用いて[2+3]Hüisgen 環化反応を行い、1,2,3-triazole である 1a と 1b を それぞれ収率 79 と 91%で得た。その後 Me

3

OBF

4

を作用させて、triazolium2a,2b を得た。

3a,3b と NaO

t

Bu や KN(SiMe

3

)

2

を反応させ新規三座配位子の 3a,3b の合成に成功した

(Scheme 1)。 得られた化合物 1a, 2a および 3a, 3b は

1

H NMR,

13

C NMR, ESI-MS にて同定

(2)

を行った。1a, 2a については元素分析を行った。また 3a に関しては、単結晶 X 線構造解 析により構造を明らかにすることができた。このような遊離のメソイオン性カルベンを合 成し構造決定した例はこれまでほとんどなく、特に2つのカルベン部位をもつ分子につい てはこれが初めての例となる。3a, 3b の合成に成功したことにより有機金属錯体に広く 用いられている N-ヘテロ環状カルベン(NHC)との化学的特性を比較することができた。結 合長、結合角やカルベン炭素の

13

C NMR のケミカルシフトの値を比較することにより、こ の分子のカルベン炭素には、類似の NHC よりも強い電子供与性があることがわかった。

Scheme 1. Synthesis of 3a and 3b

3a,3b の化学的性質を考察するため 3a の DFT 計算を行った。その結果、3a が一電子還 元されたラジカルアニオン種 3a’は 3a よりも-10.39 kcal/mol だけ安定であることが示 唆された。一電子還元された 3a’の SOMO は 3a の LUMO と電子状態が似ており、pyridine と両端の triazoleylidene のπ*軌道が繋がった広い共役を形成していることがわかった (Figure 1)。つまり、3a は金属に配位することによって、金属から 3a の LUMO への逆供 与が起こりやすく、π共役によって安定な電子状態を形成する。すなわち、これらの分 子は pyridine を中心とする広がったπ共役による強いπ電子受容体(acceptor)として、

一方で 1,2,3-triazole-5-ylidene の炭素原子による強いσ供与体(donor)として構成さ れる両性(amphoteric)の化合物であるとみなすことができる。過剰の塩基と 3a の反応を 行い ESR や電子スペクトル測定から、アニオンラジカルの状態を実測することにも成功 している。このような電子的な性質は類似の NHC 配位子や triazoleylidene を連結する pyridine 部位が benzene に置き換えられたような配位子では報告されていないことか ら、3a および 3b に特有の興味深い性質であると考えられる。

Fig. 1. SOMO of 3a’, obtained using DFT calculations at B3LYP/6-31G(d) level.

(3)

次にカルベンを用いて鉄錯体の合成を行った。3b と塩化鉄を 22 時間反応させたところ、

紫色の沈殿を得た。アセトニトリルと THF を用いてこの沈澱の再結晶を行ったところ、3a が二分子配位した六配位錯体 4b が生成したことを明らかにし、その構造を単結晶 X 線構 造解析にて確認した。また得られた錯体をアニオン交換した後、

1

H,

13

C NMR と ESI-MS ス ペクトル測定によって生成を確認した。次に、3a が一分子のみ配位した錯体の合成を試み た。目的の錯体の生成は示唆されたものの、反応時間や反応溶媒、反応試薬を変えて反応 を行ったが、いずれも二分子配位した錯体が混在し分離は容易ではなかった。

Scheme 2 Synthesis of 4b

この錯体形成反応を考察するため、3a と臭化鉄を反応させた後、直ちに反応混合物の ESI-MS 測定を行ったところ、一分子配位錯体と二分子配位錯体の両方が観測され、その後 一分子配位錯体が消失したことから、二分子目の配位子の反応は一分子配位錯体を経由し ており、Scheme 3 に示すように進行すると考えられる。Danopoulos らの報告では、類似 の NHC とハロゲン化鉄の反応において、このような二分子配位錯体は得られていない。4a が生成した要因はわかっていないものの、3a の両性的な性質に起因する可能性がある。す なわち鉄に配位することでカルベンからの電子供与により鉄の電子密度が上昇したこと から、さらに過剰の配位子と結合し逆供与により強く安定化したためと考えられる。

Scheme 3. Proposed reaction processes to form 4a

ハロゲン化鉄と 3a,3b の反応では、触媒活性を有すると考える一分子配位錯体が単離で

きないことが分かった。そこで次にハロゲン化鉄の代わりにテトラカルボニル臭化鉄を用

いて合成を行った(Scheme 4)。2a,2b と NaO

t

Bu を反応させ 3a,3b を系中で発生させた後、

(4)

アルゴン雰囲気下でテトラカルボニル臭化鉄に滴下した。得られた生成物は NMR、IR、ESI- MS 測定にて確認した。IR 測定より 6a,6b のいずれも 2000 cm

-1

付近にカルボニル由来の強 い吸収を二本観測した。ESI-MS 測定では、カルボニル二分子と臭化物イオンが脱離したカ チオン錯体をそれぞれ観測した。

Scheme 4. Synthesis of 6a and 6b

6a は徐々にカルボニル配位子が遊離し、別の錯体に変換されることがわかった。そこで sodium tetraphenylborate に 6a を作用させてアニオン交換したところ 11%の収率で 6a- BPh

4

の単離に成功した。同定は

1

H,

13

C NMR, IR, ESI-MS 測定および元素分析により行っ た。また、精密化には至っていないが単結晶 X 線構造解析にて構造を確認することができ た。

1

H,

13

C NMR 測定より 6a-BPh

4

は六配位八面体の反磁性体であることがわかった。IR 測 定より 6a と同様にカルボニル由来の吸収を二本観測した。ESI-MS も 6a と同様にカルボ ニル配位子が遊離した化学種が観察された。つまり 6a, 6b は MS 条件下でカルボニル配位 子が二分子脱離する熱挙動があると言える。この熱挙動について考察するため、TG-DFT 測 定、6a-BPh

4

の加熱実験と DFT 計算を行った。いずれの結果もカルボニル配位子が加熱に より脱離が起こることを示唆していた。すなわち、今回合成に成功した配位飽和な 18 電 子錯体である 6a, 6b は、加熱によって配位不飽和な 14 電子錯体を容易に生じることが分 かった。

Scheme 5. Synthesis of 6a-BPh

4

鉄錯体を合成し、その性質を明らかにしたので、次に銅錯体の合成を行った。1,2,3- tirazole-5-ylidene を用いた銅錯体は既にいくつか報告があり、銀錯体を合成したのち 塩化銅を用いたトランスメタル化反応によって達成されている。そこで合成した 2a を用 い、Schubert らの文献を参考にイソプロピル基を有する 7a の合成を行った。

Scheme 6. Synthesis of 7a

7a に塩化銅を作用させたところ、3a に 2 分子の塩化銅が配位した錯体 8a を 68%の収

(5)

率で単離することができた。

1

H,

13

C NMR, ESI-MS にて同定を行い、単結晶 X 線構造解析に より構造を確認した。その結果、興味深いことに 2 分子の塩化銅が 2 か所の 1,2,3-tirzole- 5-ylidene のみにそれぞれ配位していた。しかし、Tulloch らはピリジンと NHC が連結し た二座配位子を用いたハロゲン化銅錯体において NHC とピリジンの窒素の両方が銅に架 橋配位していることを報告している。そこで、DFT 計算により銅錯体の立体構造を調査し た。その結果、錯体 8a ではピリジンとカルベンの架橋配位は立体障害により安定ではな いことがわかった。銅が pyridine の窒素に配位した場合、1,2,3-triazole-5-ylidene の メチル基の水素とピリジンの 3 位の水素との立体障害が生じるためである。NHC ではカル ベン炭素を含む 5 員環にメチル基がないことから、架橋配位が可能であるとわかった。さ らに、 錯体 8a においても配位子 3a と同様に pyridine と2つの 1,2,3-triazole-5-ylidene は安定なπ共役を生じることが DFT 計算より示唆され、架橋構造を作るよりも安定である ことがわかった。これは cyclic voltammetry 測定でも一電子酸化波が二つみられたこと からも裏付けられた。

Scheme 7. Synthesis of 8a

[まとめ]

本 研 究 で は 、 新 た な メ ソ イ オ ン 性 カ ル ベ ン と し て pyridine で 架 橋 さ れ た 1,2,3-

triazole-5-ylidene を有する三座配位子の合成、単離に成功した。この配位子は、類似の

NHC や 1,2,3-triazole-ylidene 配位子とは異なり、強いπ共役平面の形成に起因する特

異な電子状態を形成し両性的な性質を示す。その影響によりこれを用いた鉄や銅錯体は

NHC で合成されている類似の錯体とは異なる化学的性質を有することを種々の測定より明

らかにすることができた。

(6)

審査の結果の要旨

[概要]

本論文は、「Novel Tridentate Mesoionic Carbene, Applied to 3d-Transition Metal Complexes(新規三座メソイオン性カルベンおよび 3d 遷移金属錯体の開発)」と題し、

Introduction, Conclusion, Experimental Section を含め、6 章で構成されている。一般 にメソイオン性カルベンと呼ばれる有機分子を主骨格とする配位子を新たに設計・合成し、

その性質を明らかにするとともに、鉄および銅を導入した金属錯体を合成、その電子的、

構造的特徴や反応性について明らかにすることで、この特徴的な配位子の化学について明 らかにすることができている。以下、本論文の要旨について述べる。

[目的]

3重項環状カルベン種は、隣接するヘテロ原子の導入によって熱的に安定化され、これ まで多くの金属錯体の配位子として用いられ、触媒や電子材料などへの応用研究がなされ ている。この中でもメソイオン性カルベンはごく最近になって開発され、これまでの環状 カルベンとは異なる新たな電子的特徴を備えることが示されている。このため、既に多く の金属錯体が開発され、それらの配位子が導入されてきている。しかしながら、特に第 4 周期の遷移金属元素、いわゆる 3d 金属に用いられた例は非常に限られている。これらの 金属元素は現在、触媒化学の分野において資源の豊富な元素として非常に注目され、開発 が進められている。このような背景のもと、本研究では、これまでに例の少ない多座配位 型のメソイオン性カルベンを設計・合成し、その性質を解明すること、またそれらを用い た鉄および銅錯体の合成、構造及び反応性について明らかにすることを目的にしている。

[結果と考察]

新たなメソイオン性カルベン配位子を合成するため、Schubert らの方法を参考に新規 三座配位子の 3a,3b の合成に成功した(Scheme 1)。この分子のカルベン炭素には、類似の NHC よりも強い電子供与性があることがわかった。また 3a に関しては単結晶 X 線構造解 析により構造を明らかにした。遊離のメソイオン性カルベンを構造決定した例はほとんど なく、特にカルベン部位を2つもつ分子については初めての例となる。

Scheme 1. Synthesis of 3a and 3b

DFT 計算により、3a の LUMO の分布から pyridine と両端の triazolylidene のπ*軌道が 繋がった広い共役を形成していることがわかった。この LUMO は大きく安定化しており、

容易に一電子還元されたラジカルアニオン種 3a’を形成する。つまり、3a は金属に配位

することによって、カルベン炭素を通じて金属へ強いσ供与を行う一方で、金属から LUMO

への逆供与が非常に起こりやすいことが予想される。すなわち、これらの分子は広がった

π共役による強いπ電子受容体(acceptor)およびカルベン炭素原子による強いσ供与体

(7)

(donor)で構成される両性(amphoteric)化合物であるとみなすことができる。このような 特異な電子構造は非常に珍しく、この分子特有の興味深い性質である。

次にカルベンを用いて鉄および銅錯体の合成を行った。3 と塩化鉄を反応させたところ、

紫色の沈殿を得た。アセトニトリルと THF を用いてこの沈澱の再結晶を行ったところ、3 が二分子配位した六配位錯体 4 が生成したことを明らかにし、その構造を単結晶 X 線構造 解析にて確認した。次にハロゲン化鉄の代わりにテトラカルボニル臭化鉄を用いて合成を 行った(Scheme 2)。6a は徐々にカルボニル配位子が遊離し、別の錯体に変換されることが わかった。そこで sodium tetraphenylborate に 6a を作用させてアニオン交換したところ 11%の収率で 6a-BPh

4

の単離に成功した。同定は

1

H,

13

C NMR, IR, ESI-MS 測定および元素 分析により行った。また、単結晶 X 線構造解析にて構造を確認することができた。

Scheme 2. Synthesis of 6a, 6b and 8a

次に銅錯体の合成を行った。まず、Schubert らの文献を参考にイソプロピル基を有する 銀錯体 7a の合成を行った。7a に塩化銅を作用させたところ、3a に 2 分子の塩化銅が配位 した錯体 8a を 68%の収率で単離することができた。興味深いことに 2 分子の塩化銅が 2 か所の 1,2,3-triazol-5-ylidene のみにそれぞれ配位していた。さらに、錯体 8a におい ても配位子 3a と同様に pyridine と2つの 1,2,3-triazol-5-ylidene は安定なπ共役を生 じることが DFT 計算より示唆され、架橋構造を作るよりも安定であることがわかった。こ れは cyclic voltammetry 測定でも一電子酸化波が二つみられ、銅 1 価では珍しい混合原 子価状態が観察されたことからも裏付けられた。

[まとめ]

以上の研究成果は、新たなメソイオン性カルベンとして pyridine で架橋された 1,2,3- triazol-5-ylidene を有する三座配位子が、強いπ共役平面の形成に起因する特異な電子 状態を形成し両性的な性質を示すこと、さらにその影響によりこれを用いた鉄や銅錯体は 類似の錯体とは異なる化学的性質を有することを明らかにしている。従って、本研究の成 果は学位論文として十分に価値のある重要な成果を含んでいる上、これらの結論を導くた めにしっかりまとめられている。あわせて公聴会においても活発な質疑応答が行われ、ど の質問に対しても問題なく応答していた。

以上から、本論文は学位論文に値するものと認める。

Fig. 1. SOMO of 3a’, obtained using DFT calculations at B3LYP/6-31G(d) level.

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