Chlamydia pneumoniae による耳鼻咽喉科領域感染症の 4 例
宇野耳鼻咽喉科クリニック
宇 野 芳 史
(平成 17 年 8 月 30 日受付)
(平成 18 年 2 月 27 日受理)
Key words : Chlamydia pneumoniae , acute sinusitis, acute pharyngitis
序 文
耳鼻咽喉科領域の感染症の原因となる微生物の大半 は細菌,真菌とウイルスであるが,一部の症例では,
非定型病原体などそれ以外の微生物が原因となること もある.非定型病原体のうち特に耳鼻咽喉科領域の感 染症の原因となるのは, Mycoplasma pneumoniae , Chla- mydophila(Chlamydia pneumoniae),Chlamydia(Chla- mydia trachomatis) である
1)〜3).従来このうち,耳鼻 咽喉科領域の感染症としては,C. trachomatis による sexually transmitted disease による急性咽頭炎が注 目されていた
3).しかし,他の非定型病原体による臨 床症状が明らかになり,また新たな検査方法が開発さ れるに従い,他の非定型病原体による感染症も明らか になってきている
4).今回は当院で経験した C. pneu-
moniae による家族内発生した急性副鼻腔炎症例と疫
学調査中に偶然発見された急性咽頭炎症例について文 献的考察を加え報告する.
症 例
今回検討した各症例の詳細についてTable に示す.
今回の症例は C. pneumoniae による急性副鼻腔炎の家 族内発生及び急性咽頭炎である.
症例 1
症例:32 歳,女性.
家族歴,既往歴:特記すべき事なし.
主訴:頭痛,膿性鼻汁.
現病歴:数日前より,膿性鼻汁を生じていたが放置 していた.頭痛も生じてきたため,平成 13 年 10 月 11 日当科を受診した.
初診時所見:両側中鼻道に膿性鼻汁を認めると同時 に両側頬部に圧痛を認めた.また,膿性の後鼻漏も同 時に認めた.
レントゲン所見:両側上顎洞,篩骨蜂巣に陰影を認
めた.
臨床経過 1:以上より急性副鼻腔炎の診断にて,ga- tifloxacin(GFLX)400mgを 1 日 2 回に分け投与した.
同時に鼻咽腔及び中鼻道から検体を採取し,上気道細 菌叢研究会に送付し,細菌学的検討も行った.細菌学 的検討は,通常の細菌培養を行うと同時に,Polym- erase Chain Reaction(PCR)法を用いて病原体遺伝 子解析も同時に行った.
細菌学的検討の結果:通常の培地を用いた一般細菌 培養では,鼻咽腔及び中鼻道からはいずれの細菌も検 出されなかった.しかし,同時に行った PCR では,
鼻咽腔及び中鼻道から採取した両方の検体から Strep- tococcus pneumoniae と C. pneumoniae が検出された.
血液生化学的検査:PCR 法で,鼻咽腔及び中鼻道 から採取した両方の検体から C. pneumoniae を検出し たため,C. pneumoniae の抗体値を測定した.ヒタザ イム C.ニューモニエ Ab を用いて血清学的検査を 行ったところ,C. pneumoniae の IgA 及び IgG がとも に高値を示し S. pneumoniae と C. pneumoniae による 細菌と非定型病原体の混合感染による急性副鼻腔炎と 診断した.臨床経過 2:GFLX 投与 3 日目には頭痛は 消失し,膿性鼻汁も改善していた.1 週間の GFLX 投 与で,膿性鼻汁も消失し,投与終了 7 日目に行ったレ ントゲン所見では投与前に認められていた両側上顎 洞,篩骨蜂巣に認められていた陰影は消失していた.
GFLX 投与終了後に再び行った PCR 法を含む細菌検 査では鼻咽腔及び中鼻道からの検体から C. pneumo- niae が消失していた.現在まで,急性副鼻腔炎の再発 は認めていない.
症例 2 および 3
症例 1 の子供である.母親とほぼ同時期から,両児 とも膿性鼻汁をきたしたとのことで,当院を受診し た.母親が,C. pneumoniae 感染による急性副鼻腔炎 であったことから,C. pneumoniae の家族内感染と考
症 例別刷請求先:(〒701―1153)岡山市富原3702―4
宇野耳鼻咽喉科クリニック 宇野 芳史
感染症学雑誌 第80巻 第 4 号 428
Table Patient profiles
treatment serum antibody titter
examination Chinicalfeature
diagnosis
(years)age gender case
new quinolone(gatifloxacin)
IgG:3.040,IgA:3.000 PCR
purulent discharge Acute Sinusitis
32 female
1 headache serum antibody titter
macrolide(clarithromycin)
IgG:3.020,IgA:3.040 serum antibody titter
purulent discharge Acute Sinusitis
4 male 2
macrolide(clarithromycin)
IgG:3.000,IgA:3.000 serum antibody titter
purulent discharge Acute Sinusitis
2 female 3
new quinolone(levofloxacin)
IgG:4 times serum antibody titter
sore throat and fever Acute pharyngitis
37 female 4
え,C. pneumoniae の抗体価を測定すると同時に,
clarithromycin(CAM)を体重あたり 15mg ! day を 1 日 2 回に分け 2 週間投与した.C. pneumoniae の抗体 価は IgA 及び IgG がともに高値を示し, C. pneumoniae による急性副鼻腔炎と診断した.その後再び鼻咽腔 及び中鼻道から検体を採取し PCR により C. pneumo- niae の検出を行ったが,今回は家族の検体のいずれか らも検出されなかった.
症例 4
症例:37 歳,女性.
家族歴,既往歴:特記すべき事なし.
主訴:発熱,咽頭痛.
現病歴:数日前より,38℃ の発熱及び咽頭痛があ り,徐々に症状が増悪してくるため,平成 15 年 5 月 2 日当科を受診した.
初診時所見:咽頭後壁全体に発赤を認め,咽頭側索 には一部膿栓の付着を認めた. 特に発熱は認めなかった.
臨 床 経 過 1:急 性 咽 頭 炎 の 診 断 に て,amoxicillin
(AMPC)750mgを 1 日 3 回に分け投与した.同時に 咽頭側索から検体を採取し細菌検査を行うと同時に,
血液生化学的検査を行った.
細菌学的検査:通常の培地を用いて行った細菌培養 では,いずれの細菌の発育も認めなかった.
血液生化学的検査:血液生化学的検査では,白血球 数及び CRP とも正常範囲内であり特に異常は認めら れなかった.また,初診時には C. pneumoniae の血清 抗体価は IgG 及び IgM はともに 8 倍未満であった.
しかし,5 月 10 日に再び行った血液生化学的検査に て C. pneumoniae の血清抗体価 IgG が,5 月 2 日の 8 倍未満から 32 倍とペア血清の値で 4 倍と上昇してい た.
臨床経過 2:血液生化学的検査の結果から C. pneu-
moniae による急性咽頭炎と診断した.咽頭痛が残存
していたため,この時点で投与する抗菌薬を AMPC か ら levofloxacin(LVFX)300mgを 1 日 3 回 に 分 け 1 週間投与した.その後経過観察として,5 月 17 日に 再び抗体値を測定したところ,IgG の値は 8 倍と改善 していた.
考 察
今 回 検 討 し た 各 症 例 の 詳 細 に つ い て Table に 示 す.症例 1,2,3 は C. pneumoniae の家族内発症の症 例である.症例 1 の急性副鼻腔炎症例では,PCR 法 および C. pneumoniae の血清抗体価の測定により,症 例 2,3 は C. pneumoniae の血清抗体価の測定により,
C. pneumoniae 感染による急性副鼻腔炎と診断した.
症例 4 は C. pneumoniae 感染による急性咽頭炎症例で ある.発熱及び咽頭痛といった通常のウイルス感染あ るいは細菌感染による急性咽頭炎と同様の主訴で受診 した.この症例では,C. pneumoniae の血清抗体価の 測定により C. pneumoniae による急性咽頭炎と診断した.
C. pneumoniae による感染症としては様々な疾患が 報告されているが,耳鼻咽喉科領域においては,咽頭 炎,喉頭炎,扁桃炎,副鼻腔炎,中耳炎等すべての感 染症を引き起こすとされている
5).しかし,今回報告 した急性副鼻腔炎及び咽頭炎においては,各々膿性鼻 汁及び頭痛,あるいは発熱及び咽頭痛と C. pneumoniae の感染により生じた特別な臨床症状はなく,通常の 細菌感染による急性副鼻腔炎や急性咽頭炎と同様の臨 床症状であった.従って,臨床症状から C. pneumoniae による感染症により生じたと診断する事は困難で あった.内科領域においては,市中肺炎のガイドライ ン
6)の中に,臨床症状及び患者の背景から細菌感染と
C. pneumoniae を含む非定型病原体による肺炎との鑑
別について示してあるが,その鑑別に従って診断を行 うと,感度 70.4%,特異度 91.7% とかなりの症例で 適切な診断ができると報告されている
7).しかし,耳 鼻咽喉科領域の感染症においては,現在まで C. pneu-
moniae を原因とする感染症の症例報告が少なく,ま
だ系統だった検討も行われていないために臨床に役立 つ鑑別診断法は考えられていない.そのため,今後症 例を積み重ねて,適切な鑑別ができる様にする必要が あると考えられる.
現在一般に C. pneumoniae 感染症の診断は,臨床所 見を中心に,血清学的検査,PCR 法による病原体遺 伝子検出法あるいは病原体の分離培養による行われ る
4).しかし,今回報告した症例のように,他の感染 症と明らかに異なる特徴的な臨床所見はない.そのた
平成18年 7 月20日Chlamydia pneumoniaeによる耳鼻咽喉科領域感染症 429
め,血清学的検査,PCR 法による病原体遺伝子検出 法あるいは病原体の分離培養により診断を行う必要が ある.しかしながら,病原体の分離培養は,通常の細 菌の分離培養で用いられる培地では非定型病原体は分 離培養する事が困難であり,細胞培養を用いなければ ならず,通常は用いられない
9).また,PCR 法は特殊 な設備および器材を要するため,通常の診療所あるい は病院では一般に行われることは少ない.特に耳鼻咽 喉科領域においては,PCR 法を用いて C. pneumoniae の診断を行ったという報告は今回著者が検索した限 り,本邦では見られなかった.そのため一般的には,
C. pneumoniae の血清抗体価を測定し,その上昇をもっ て C. pneumoniae 感染症と診断することが多い.しか し,その場合,ペア血清を用いた場合には 1〜2 週間,
シングル血清を用いた場合でも 5〜6 日かかる.その ため,迅速な診断が必要な場合には適さないこともあ る.一般に用いられている C. pneumoniae の血清学的 検査は,従来は C. pneumoniae の外幕複合体を抗原と した ELISA 法による特異抗体測定キット(ヒスタザ イム C. pneumoniae Ab)を用いてペア血清での IgG のインデックスが 1.35 以上及び IgA のインデックス の 1.00 以上の上昇をもって診断していた
10)11).また,
擬診としてはシングル血清での IgG 及び IgA のイン デックスの 3.00 以上をもって診断されていた
10)11).し かし,2005 年 1 月からは IgM の測定が保険適応とな り,シングル血清で IgM のインデックスが 1.00 以上 をもって診断できる様になった
11)〜13).一般臨床のうち 特に外来診療においては,ペア血清で診断する事は困 難な事が多いため,今後は,シングル血清で診断が可 能な IgM の測定をもって C. pneumoniae の診断が行わ れる様になるものと考えられる.
非定型病原体による耳鼻咽喉科領域の感染症の場合 には,その診断には,第一に,非定型病原体の関与を 疑い,効果の期待できる抗菌薬を投与して診断的治療 を行うところから始まる.耳鼻咽喉科領域の感染症に おいては,その治療薬として現在 β-lactam 系抗菌薬 であるペニシリン系或はセフェム系の抗菌薬が第一選 択薬として用いられる事が多い.しかし,非定型病原 菌の 1 つである C. pneumoniae は β-lactam 系抗菌薬で は期待した効果が得られない.従って,前治療として β-lactam 系抗菌薬を用いて治療を行い期待した効果 が得られていない場合には,その感染症の原因が通常 の細菌による感染症ではなく β -lactam 系抗菌薬で効 果が得られない非定型病原体の 1 つである C. pneu-
moniae の関与を疑う必要がある.その後,非定型病
原体の感染による感染症であるという確定診断が必要 となるが,その診断方法は上に述べた様に血清学的検 査,PCR 法による病原体遺伝子検出法,病原体の分
離培養により行われる
4).上記に述べたように,PCR 法は特殊な設備および器材を要するため通常は行われ ていない.しかし,PCR 法は,血清学的検査と異な り,直接 C. pneumoniae を検出できる事,また,血清 学的診断と異なり数時間のうちに結果が得られること から非常に有用な方法であると考えられる.また,現 在 PCR 法は徐々に色々な施設で行われるようになっ ており,他の病因の検索で PCR 法を施行している施 設においては,C. pneumoniae のプライマーを用いる ことで診断できることから,今後は,非定型病原体感 染症,特に C. pneumoniae の関与を疑った症例では,
積極的に PCR 法を行っていくのが良いのではと考え られる.
今回,C. pneumoniae による耳鼻咽喉科領域感染症 を報告した.我が国では,C. pneumoniae による耳鼻 咽喉科領域感染症は今回検索した限り本邦では認めら れず,特に症例 1 および 2,3 のような家族内発症の 報告はない.従って,今後は,耳鼻咽喉科領域感染症 において,家族内でほぼ同時に発症した感染症におい ては,通常の細菌感染によるもの以外に,今回のよう な C. pneumoniae の感染症も病原体の鑑別診断の 1 つ として考えておく必要があると考えられる.そして,
耳鼻咽喉科領域における C. pneumoniae 感染症の検討 はまだほとんど行われていないため,今後症例数を増 やして検討する必要があると考えられる.
文 献
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430 宇野 芳史
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12)岸 本寿 男,窪 田好 史,松 島敏 春,井 筒 浩,松 本 明,副島林造,他:ELISA 法による抗 Chla- mydia pneumoniae 特異抗体の測定.1.外膜複 合体をもちいた ELISA 法キットの評価.感染症 誌 1996;70:821―9.
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Chlamydia Pneumoniae in Otorhinolaryngological Infection Yoshifumi UNO
UNO ENT Clinic
I detail clinical observation, examination, and treatment of regional otorhinolaryngological infection 3- cases of acute sinusitis and 1 of acute pharyngitis-due to Chlamydia pneumoniae, occurring between January 2002 and December 2004.
Special clinical features by infection with C. pneumoniae were not recognized in the 4 cases, while ordi- nary clinical features by conventional bacterial infection were recognized, such as pharyngalgia and pyrexia for acute pharyngitis and purulent discharge and headache for acute sinusitis.
I diagnosed an infection for C. pneumoniae for 1 case with acute sinusitis by detecting a causative factor gene of C. pneumoniae by PCR. I diagnosed C. pneumoniae for the 2 other cases of acute sinusitis and the case of acute pharyngitis by confirming antibody titer of C. pneumoniae ascending by serological verification.
The 1 adult acute sinusitis case and the acute pharyngitis case were treated using a new quinolone an- timicrobial agent. I administered macrolides antimicrobial agent to the 2 acute pediatric sinusitis cases and attained good outcomes without recurrence.
We wish to emphasize that C. pneumoniae infectionin in the otorhinolaryngological setting has not been adequately reported and has not received the attention it deserved. If a good outcome cannot be attained using the β -lactam antimicrobial agent for otorhinolaryngological infection, it should be sought using a macrolides antimicrobial agent or the new quinolone antimicrobial agent for adults and with the macrolides antimicrobial agent for pediatric cases.
〔J.J.A. Inf. D. 80:428〜431, 2006〕
平成18年 7 月20日
Chlamydia pneumoniaeによる耳鼻咽喉科領域感染症 431