遺伝性高コレステロール血症ウサギ WHHL-MI の動脈 硬化性プラーク進展に対する DPP-4 阻害薬
リナグリプチンの効果
‐血管内エコー法を用いた経時的検討‐
日本大学大学院医学研究科博士課程 内科系循環器内科学専攻
黒澤 毅文
修了年 2018 年
指導教員 平山 篤志
目次
① 概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1
② 緒言・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4
③ 目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・14
④ 方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15
⑤ 結果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24
⑥ 考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・26
⑦ 結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・35
⑧ 謝辞・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・36
⑨ 表・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・37
⑩ 図・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・41
⑪ 図説・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・54
⑫ 引用文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・59
⑬ 研究業績・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・69
1 概要
目的:DPP-4 (Dipeptidyl peptidase 4) 阻害薬はインクレチン分解を阻害し内因性の 活性型インクレチンホルモンであるグルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)を増加させ、
グルコース濃度依存的に膵β細胞からインスリン分泌を促進させ血糖降下作用を示
す。 DPP-4 阻害薬にはインクレチン作用増強以外に、動脈硬化の進展抑制である抗ア
テローム効果や心血管保護の可能性がある。本研究の目的は、ヒトの動脈硬化病変に
類 似 の 所 見 を 示 す 遺 伝 性 高 コ レ ス テ ロ ー ル 血 症 ウ サ ギ (Watanabe heritable hyperlipidemic - myocardial infarction rabbit, WHHL-MI ウサギ)において、DPP-4 阻害薬(リナグリプチン)を投与した群とコントロール群の 2 群において、血管内エ コー(intravascular ultrasound, IVUS)法を投与前後に観察し、プラークの量なら びに組織成分の変化について比較検討し、さらに剖検後病理組織学的にも検討した。
方法:10-12 月齢の WHHL-MI ウサギをコントロール群(n=8)とリナグリプチン投 与群(DPP-4 阻害薬群) (n=8)の 2 群に分けた。 IVUS で腕頭動脈を観察したのち、
DPP-4 阻害薬群には 16 週間リナグリプチン(10mg/kg/day in 0.5% Natrosol)を胃
チューブにて胃内投与し、コントロール群には同じ容量の 0.5% Natrosol のみを胃内
投与した。リナグリプチンは 0.5% Natrosol を用いて懸濁し経口投与した。16 週間
後、再度 IVUS で腕頭動脈を観察した。IVUS では血管を 0.5mm 間隔で評価し血管
断面積(Vessel area) 、血管内腔面積(Lumen area) 、血管内膜プラーク面積(Plaque
area= Vessel area - Lumen area)を求め、さらに計測した血管の長軸長から Vessel
2
volume、 Lumen volume、Plaque volume を求めた。IVUS ではプラーク体積を示す グレースケール画像と、組織成分を表示したカラー画像(iMAP
TM)で検討した。
Baseline と 16 週間後で血管の観察距離を完全に一致させることは難しいため、観察
した距離の中央値を用いて補正をした。
結果: IVUS における検討では、 Baseline の各測定値において両群に差はなかった。
16 週間後の血管体積(Vessel volume) (コントロール群 n=8 vs. リナグリプチン群 n=8、
44.61± 3.67mm
3vs. 41.11 ± 3.46mm
3, p=0.50) 、プラーク体積(Plaque volume)
(21.96 ± 1.38mm
3vs. 19.19 ± 1.18mm
3, p=0.15) 、%Plaque volume(Baseline から 16 週間後の Plaque volume の変化率) は 2 群間において同等であった(50.06 ± 2.75%
vs. 47.77± 2.87%, p=0.57) 。一方、Baseline と 16 週間後の変化量を比較すると⊿
Plaque volume(16 週間後 – Baseline の差分量)、⊿Vessel volume はリナグリプチ ン群においてのみ有意に減少を認めた(⊿Plaque volume, 1.02 ± 0.96mm
3vs. -3.59
± 0.92mm
3, p=0.004; ⊿ Vessel volume, -1.22 ± 2.36mm
3vs. -8.66 ± 2.33mm
3, p=0.04) 。また%change of plaque volume(Baseline に対する 16 週間後の plaque
volume の変化量 )はリナグリプチン群においてのみ有意に減少を認めた (6.90 ±
5.62% vs. -15.06 ± 3.29%, p=0.005)。 iMAP 解析では Plaque volume における Fibrotic、
Lipidic、 Necrotic、 Calcified の各体積成分は 16 週間後の時点でリナグリプチン群に
おいて Fibrotic が有意な減少を認めた(17.84 ± 0.96mm
3vs. 14.11 ± 0.90mm
3,
p=0.01) 。また、リナグリプチン群は Baseline から 16 週後までの変化量をコントロ
3
ール群と比較すると Fibrotic volume、 Lipidic volume、Necrotic volume に有意な 減少を認めた (⊿Fibrotic volume, 0.56 ± 1.27mm
3vs. -5.57 ± 1.46mm
3, p=0.04; ⊿ Lipidic volume, 0.24 ± 0.24mm
3vs. -0.42 ± 0.16mm
3, p=0.04; ⊿Necrotic volume, 0.76 ± 0.54mm
3vs. -0.84 ± 0.25mm
3, p=0.02)。病理組織による検討では、リナグリ プチン群はコントロール群と比較し%平滑筋細胞(Smooth muscle cell, SMC)area
(6.49±0.73% vs. 6.24±1.63%, p=0.89)および%Fibrotic area(53.60±5.18% vs.
62.68±6.44%, p=0.29)は両群間で有意差はなかったが、 %Macrophage area (12.03
±1.51% vs. 7.21±1.65%, p<0.05)はリナグリプチン群で小さかった。IVUS 上で
Plaque 量が減少したが、線維成分である Fibrotic が増加しなかった理由として
Fibrotic のプラーク内の空間的分布が変化した可能性がある。プラークの安定化に線
維成分の量的変化より空間的分布変化が重要と報告もある。病理組織は、血管を
0.5mm 間隔で薄切し評価したため、体積評価している IVUS データと完全に一致さ
せることは不可能だが、リナグリプチン群では%Fibrotic area に有意差がなく、炎症 の主体となる%Macrophage area は減少していた。
結論:遺伝性高コレステロール血症ウサギ WHHL-MI に対して 10mg/kg/day のリナ
グリプチン投与を 16 週間行い、その投与前後を IVUS で観察した結果、リナグリプ
チン群にはプラークの増殖を抑制し、さらにプラーク性状を安定化させる可能性が示
された。
4 緒言
粥状動脈硬化症に起因する虚血性心疾患は近年日本人の死因の上位を占めいてい る。その理由として高エネルギー・高脂肪食に伴う食生活の欧米化により、高血圧、
糖尿病や高脂血症といった生活習慣病を有する患者総数が、年々増加傾向であること
があげられる
1, 2。生活習慣病は全身の動脈硬化進展を促し、心疾患の発症に起因し
ている。厚生労働省発表の平成 26 年患者調査の概況では、心疾患の年間患者数は 172 万 9 千人にのぼり
3、平成 28 年人口動態統計では死因としては「がん」についで心疾 患が死因第 2 位となっている。また心疾患による年間死亡者数も 19 万 3 千人にもの ぼっている
4。心疾患の中でも原因の第一を占めるのは虚血性心疾患で、特に生命に
かかわる疾患群として、急性冠症候群 (acute coronary syndrome; ACS)が重要であ
る。 ACS は急性心筋梗塞、不安定狭心症など、冠動脈プラークの破綻とそれに続く血 栓形成といった共通の病態により発症する疾患を総称したものである。病院に搬送さ
れた ACS 患者の死亡率は初期治療の進歩により急激に減少したものの、病院外の
ACS による心原性心肺停止症例は、本邦において年間約 6 万人と報告され、病院に
搬送されても、予後は不良である
5,6。したがって、動脈硬化病変の進展を抑制し ACS
の発症予防は、国民全体の健康を守りさらに医療経済を効率化すための、極めて意義
深い事柄である。
5 虚血性心疾患
1962 年に WHO は虚血性心疾患を労作性狭心症、心筋梗塞、中間型狭心症、無痛 性虚血性心疾患に分類し、 中間型狭心症から心筋梗塞へ移行することを示した
7。 1975 年に American Heart Association は狭心症を労作性狭心症と不安定狭心症に分け、
その中で心筋梗塞に移行しやすいものを、不安定狭心症として位置づけた
8。これら
の虚血性心疾患は冠動脈の動脈硬化が原因である。冠動脈においては出生早期より生 理的内膜肥厚が形成され、そこに脂質異常症、高血圧症、糖尿病、喫煙などの種々の 危険因子が加わることで炎症や脂質蓄積が起き、動脈硬化病変が形成される。その結
果として冠動脈に狭窄が生じ、ひいては心筋虚血が起こるようになる
9。冠動脈の内
腔直径の狭窄度が 75%以上をこえると、特に運動時に血流が低下し始め、 90%以上に なると安静時にも血流が低下する
10。
ACS の病態
Herrick らは 1912 年に心筋梗塞患者の病理所見より、心筋梗塞は血栓によって冠
動脈が閉塞することによって発症していることを報告した
11。1990 年代に入ると冠
動脈造影検査が広く施行されるようになった。不安定狭心症や心筋梗塞は、冠動脈壁
が内腔に向かって徐々に肥厚し最終的に冠動脈が高度に狭窄し、閉塞した結果発症す
ると考えられていたが、冠動脈内のアテローム性プラークの破裂とそれに伴う血栓形
成が主因であることが示された
12。また、Falk らによって急性心筋梗塞の 68%が狭
6
窄度 50%以下の病変から発症することが報告された
13。現在、不安定狭心症、心筋梗
塞ならびに虚血性心臓突然死は、急性冠症候群(Acute Coronary Syndrome: ACS)
と総称されているのは、冠動脈プラークの破綻とそれに伴う血栓形成という一連の共
通した病態が存在すると認識されているためである(図 1) 。
冠動脈は内膜・中膜・外膜の 3 層構造を呈し、外膜は疎な結合組織、中膜は平滑筋 層、内膜は一層の内皮細胞層からなるが、動脈硬化が進展すると内膜の肥厚性病変が 形成され、これをプラークと呼んでいる。プラークの構成は、平滑筋細胞が主体で線 維成分に富む線維性プラークから、脂質成分がコア様に沈着し線維性被膜が覆うアテ ローム性プラーク(アテローマ、粥腫)まで様々な性状を呈する。プラークの中には
破綻しやすいプラークとそうではないプラークが存在しており、特に ACS を発症し やすい破綻しやすいプラークを不安定プラーク(vulnerable plaque)と呼んでいる。
病理学的検討では、不安定プラークの特徴として、①偏心性で陽性リモデリングを伴 っている、②線維性被膜の菲薄化がみられる、③脂質コアが発達している、④びらん をきたしやすい、またはきたしている、⑤すでに一部破綻したプラークも含まれる、
⑥プラーク内出血、⑦小結節状石灰化を有している、⑧高度狭窄病変、⑨プラーク内
の炎症細胞浸潤などがあげられる
14,15。また、これらの特徴の発現や進展を抑制する
ことが、 ACS 発症予防に繋がるものと考えられるようになった。また、不安定プラー
ク内の組織学的な特徴を逆行させることを「プラークの安定化」と呼び、プラークの
断面積や容量が減少する現象を「プラークの退縮」と呼んでいる。プラークの形成・
7
進展の危険因子には性別、血圧、肥満、脂質異常症、糖尿病、喫煙、家族歴などが報
告されている
16-21。しかし、プラークが不安定化する時期や原因、さらには ACS を 発症させる直接の原因についても未知な点が多い。
動脈硬化粥腫の形成過程
動脈硬化粥腫の形成は血管内皮細胞の機能障害や形態傷害に起因すると考えられ ている。血管内皮細胞が高血圧、高血糖、脂質異常、喫煙などによる酸化ストレスや 感染や炎症性疾患による種々の炎症性サイトカインにより傷害を受けると、血管内膜 の透過性が亢進し、低比重リポ蛋白(low density lipoprotein, LDL)などのリポ蛋白
が内膜内に侵入する。 LDL-コレステロールが内膜内に取り込まれ、 LDL は酸化され、
酸化 LDL となる。併せて血管内皮に種々の接着因子が発現し、血液中の単球や T リ ンパ球はその接着因子を介して 血管内皮に接着し、内皮下に遊走し,種々の炎症性
サイトカインを放出する。その後単球は,障害された内皮細胞や T リンパ球から放出 されるマクロファージ分化・増殖因子によりマクロファージに成熟分化する。また、
一部中膜の平滑筋細胞は表現型を変えて、内膜内に遊走し、マクロファージに分化す
る。このマクロファージが酸化 LDL を貪食すると、泡沫化し泡沫細胞となり種々の 炎症性サイトカインを放出して,さらなるリンパ球や単球の侵入を惹起するとともに,
中膜に存在する血管平滑筋細胞を脱分化・増殖促進させ内膜に誘導する。また泡沫細
胞および平滑筋細胞自体からプラークのマトリックスを水解する因子マトリックス
8
メタロプロテイナーゼ(Matrix metalloproteinase, MMP)を放出させる
22-26。泡沫
細胞は内膜内で集積し、やがて壊死ないしアポトーシスにより崩壊して、細胞外マト
リクス内に脂質コアを形成する(図 2)
14。また泡沫細胞は T 細胞の活性化に関与し、
活性化した T 細胞やマクロファージはインターフェロン(Interferon, IFN)-γや腫 瘍壊死因子(Tumor necrosis factor, TNF)-αなどの炎症性サイトカインや血管内皮
増殖因子(Vascular endothelial growth factor, VEGF)などを産生する。さらに TNF- αなどの炎症性サイトカインは細胞間接着分子( Intercellular adhesion molecule,
ICAM) -1 などの発現を増強し T 細胞の接着を容易にさせる。血管内皮細胞障害がお
こると、同時に血小板血栓の付着と血小板由来増殖因子(Platelet-derived growth
factor, PDGF)が産生され、中膜から平滑筋細胞が遊走し、コラーゲンを分泌して泡 沫細胞を覆うようになり、線維性被膜が形成される。粥腫が大きくなり、内部で脂質 コアが肥厚化し、また線維性被膜が菲薄化するとプラークの破綻を起こしやすくなる
vulnerable plaque が形成される。このように動脈硬化粥腫の形成には段階的に多く
の炎症性サイトカインが関与している
14, 27-29。
動脈硬化と糖尿病薬について
動脈硬化は糖尿病患者において進行が早く、重症化しやすいことが知られている
30。
これまで 2 型糖尿病患者を対象とした大規模臨床試験(ACCORD 試験、ADVANCE
試験、VADT 試験)において、厳格な血糖管理をしても血管障害を有意に減少させる
9
ことはできなかった
31~33。しかし、インクレチン関連薬(GLP-1 や DPP-4 阻害薬)
の出現により血糖代謝以外に抗動脈硬化作用や心保護作用の可能性が出現した。
DPP-4 阻害薬について
DPP-4 阻害薬は活性型インクレチンの分解速度を遅延させ血中の GLP-1(小腸 L
細 胞 か ら 分 泌 さ れ る イ ン ク レ チ ン ホ ル モ ン で あ る グ ル カ ゴ ン 様 ペ プ チ ド -1, Glucagon-like peptide-1; GLP-1)や GIP(十二指腸 K 細胞から分泌されるインクレ チンホルモンであるグルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド , Glucose- dependent insulinotropic polypeptide; GIP)濃度を上昇させる。GIP は胃酸分泌・
胃運動・ガストリンの分泌抑制など腸管での作用が知られていたが、 GIP による膵β 細胞でのインスリン分泌促進作用が明らかにされ,現在は GLP-1 と共に主要なイン クレチンのひとつである。GLP-1 はグルコース濃度依存的に膵β細胞からインスリ
ンを分泌させる
34,35(図 3) 。また、 GLP-1 は膵臓以外にも脳神経系、胃、腎臓、骨格 筋、肺、心血管系など多様な臓器に作用を持ち
36,37、特に心血管系に対しては血管内
皮機能を改善させることで心保護作用があると報告されている。
リナグリプチンと抗炎症作用について
リナグリプチン(Linagliptin)は DPP-4 阻害薬の一つであり、ドイツのベーリン
ガーインゲルハイム(Boehringer Ingelheim GmbH)で開発された。リナグリプチン
10
は肝臓ではほとんど代謝されず未変化体のまま胆汁中へ排泄されるため、重度の腎機 能障害や肝機能障害においても減量する必要なく使用できる。リナグリプチンは
DPP-8 や DPP-9 などの類縁酵素には影響を与えず、 DPP-4 に対する選択性が非常に
高く、既存の DPP-4 阻害薬の中で IC
50が最も低い。またリナグリプチンはキサンチ ン骨格を有し DPP-4 活性をより強力に阻害する構造を最適化させている(図 4) 。
動脈硬化症の発症とその進展には酸化ストレスが関係していると報告があるが
38,39
、Kröller-Schön らは敗血症モデルのラットにリナグリプチンを 7 日間投与し、
血管内皮機能改善を認め、さらに大血管への炎症細胞浸潤の減少、 NADPH オキシダ ーゼや大動脈における炎症性遺伝子発現低下、血管・心臓・血液内の活性酸素種減少
を認めると報告した
40。リナグチプチンには血糖降下作用以外に、抗酸化作用や抗炎
症作用など多面的効果が示唆されている。しかし、動脈硬化がすでに進行した状態に おいて、リナグリプチン投与前後で動脈硬化の原因となるプラーク量と質の変化を血 管内イメージングで評価した報告はない。一方で、臨床現場ではリナグリプチンの心 血管イベントを評価するために、2 型糖尿病患者にリナグリプチンを投与し心血管死
+非致死性心筋梗塞+非致死性脳卒中の 3 ポイント主要心血管イベントおよび不安 定狭心症による入院を評価する二重盲検ランダム化比較試験(CARMELINA 試験、
CAROLINA 試験)が現在行われている。
11 遺伝性高コレステロール血症ウサギについて
WHHL ウサギは Watanabe によって 1973 年に発見された高脂血症を示す日本白
色ウサギに由来し、 1980 年に系統交配させて確立された
41。 WHHL ウサギの高脂血 症は low density lipoprotein (LDL)受容体の遺伝子異常に基づいて血中の LDL の異 化が遅延することが明らかにされた。この高脂血症が原因となり動脈硬化や黄色腫が
自然発症する。その後選抜交配により、 28 月齢における心筋梗塞の累積発生率が 98%
の WHHL ウサギの一群が作られ、WHHL-myocardial infarction (MI)ウサギと命名 された
42。脂質代謝に関連する酵素はヒトとマウスやラットで大きく異なるが、ウサ
ギはヒトに類似している。ヒト血中の主要なリポ蛋白(主にアポタンパクと脂質で形
成される粒子であり、血中で脂質を運搬する役割を担うもの)が LDL であるのに対 し 、 実 験 動 物 の 代 表 で あ る マ ウ ス や ラ ッ ト は 高 比 重 リ ポ 蛋 白 ( high density lipoprotein:HDL)であるが、このウサギでは LDL である
43。その結果、WHHL- MI ウサギではヒトの動脈硬化病変と同様の病変が認められ、病理学的にもヒトに極 めて類似しているとされる。実際、心筋梗塞を発症した WHHL-MI ウサギの責任冠 動脈では不安定プラーク所見として、薄い線維性被膜に覆われたマクロファージに富 む壊死組織の存在が報告されている
42。
血管内超音波(Intravascular Ultrasound : IVUS)について
IVUS は直径約 1mm (3 French size) のカテーテルの先端に装着した高周波超音
12
波探触子(20-40MHz)を約 1,500-2,000rpm の速度で回転させ、生体で直接血管 壁の短軸断層像を描出する方法である。冠動脈や末梢血管に経動脈的に直接挿入す
るため観血的かつ侵襲的な検査である。1988 年に世界で初めて臨床応用され
44、現
在では経皮的冠動脈形成術(percutaneous coronary intervention : PCI)を施行する
約 6 割以上の施設において、PCI のガイド目的にこの IVUS が用いられているのが 現状である(図 5) 。IVUS の原理は一般的なエコー装置とほぼ同様であり、情報は 白黒で得られ grey-scale と呼ばれる画像で構成される。IVUS カテーテルから 2.5 波長程度のパルス波が発せられ、その波が組織の中を進んで行く過程で音響インピ ーダンスが異なる二つの物質の境界面において一部の波は反射され、プローブに戻 ってくる。また一部はその境界面を通過し、さらに奥へ進達する。最終的にさまざ まな組織境界面で反射された結果として、超音波信号が一連の信号(時系列信号)とな りプローブに戻ってくる。そしてさまざまな組織境界面で反射された結果として、
超音波信号が一連の信号(時系列信号)となり返ってくる。それらの時系列信号を信号
強度に応じて 256 段階のグレースケール画像として表し、各距離に応じて 360 度パ ノラマ平面に構成し血管の短軸断面を表示したものが IVUS グレースケール画像で ある。プローブからどれくらいの距離の反射点で反射したかについては、超音波を
発し反射点で反射して返ってくるまでの時間を 2 で割り、あらかじめ定めた生体内 での超音波速度を乗じて、プローブまでの距離を算出する
45。
IVUS における超音波の深部到達度は 4~8mm で、それによりプラークの全貌を描
13
出することができる。図 6 にその 1 例を示す。前述のようにヒトの冠動脈は内膜、中 膜、外膜の 3 層からなる筋性動脈である。中膜の構成成分は平滑筋細胞が主体である。
グレースケール画像で示される IVUS においてこの層は低輝度に描出され、外膜と内 膜は比較的高輝度に描出されるために、 IVUS においても血管壁は 3 層構造を呈する。
動脈硬化が進むと、平滑筋層の線維化が進むために、中膜はそれほど低輝度にならず、
内膜と中膜の境界が不明瞭となる。しかし、内腔・内膜境界、中膜・外膜境界は通常
境界が明瞭なことが多い。 IVUS を用いてプラーク面積(Plaque area)を測定する場合 は、中膜・外膜境界面積 (中膜と外膜の境界には外弾性板があるために、External Elastic Membrane area:EEM area とも呼ばれる)から、内腔面積(Lumen area)を 減じたもの、すなわち内膜・中膜複合体面積(Intima+Media complex area)をもって
代用することが広く一般的とされている
46(図 6) 。また、EEM 面積を血管断面積
(Vessel area)として用いている。それぞれ断面積に IVUS により観察した距離を乗じ
ることで体積を算出した。
IVUS カテーテルは撮像時に一定速度で引き抜くことが可能である。そのため 一定間隔でプラーク断面積が測定できるので、それを積分することで、任意の範囲 でのプラーク体積、内腔、血管の総体積をそれぞれ計算することもできる。このよ
うに IVUS で得られた解剖学的情報は、治療方針の決定や治療デバイスの選択、治
療エンドポイントの決定のために重要な情報であり、治療後のフォローアップにも
用いられる。また、手技も容易で安全性が高いことから、現在最も広く普及してい
14
る血管内イメージング法といえる。ただしグレースケール画像で、プラークの組織 性状をみるには限界があることが示唆された。そのため組織性状を同定するには、
組織固有の音響力学的特性を描出すべく、次に述べるような超音波時系列信号の数 学的物理学的解析が必要となり、それに基づいてカラーIVUS が開発されてきた。
動物実験における IVUS の意義
マウスを用いた実験は、均一な条件で比較実験を行うことができるが、現時点では 一定期間経過した後に剖検病理で効果をみる横断研究のみが可能であるため、同一の プラークを経時的に変化をみることはできない。個体の小ささや、体力などの限界に より、血管内イメージングを継時的に繰り返して施行することが困難なためである。
しかし、最近のデバイスなどの進歩や動物管理システムの進歩により、著者らの施設
では WHHL-MI ウサギに IVUS を薬剤投与前後において 2 回施行できる安全な飼育
がある程度可能となった。そのため、動物実験によりプラークの組織成分の変化を観 察することが可能となった。
目的
今回の研究の目的は、進行した動脈硬化病変のプラーク量および性状に対するリナ
グリプチンの影響を WHHL-MI ウサギを用いて検討する。WHHL-MI ウサギをリナ
グリプチン投与した群とコントロールとしてリナグリプチンを懸濁する際に用いた
15
溶媒 Natrosol を投与した群の 2 群に分け、薬剤投与期間は 16 週間とした。WHHL- MI ウサギの腕頭動脈に対して IVUS をリナグリプチン群および Natrosol 群の投与 前後の 2 回観察する。薬剤投与前後で IVUS を施行し血管内イメージング像を評価す ることで、血管内のプラーク量や組織成分の経時的変化が観察可能となる。さらに安
楽死後に病理標本を作製し、薬剤投与後の血管病理組織を検討した。本実験は、 IVUS による血管内イメージング像からリナグリプチンによる進行した動脈硬化症のプラ ーク量および組織性状の変化を評価することである。また病理組織に関しては経時的
な変化は評価が困難なため、16 週後の血管病理組織からプラークや Macrophage な ど炎症性細胞の程度を評価した。
方法
モデル動物と投与薬剤
動脈硬化モデル動物としてオスの WHHL-MI ウサギを用いた。これらはすべて神 戸大学医学部付属実験動物施設より提供され たものを使用した。前述のように
WHHL-MI ウサギは、ウサギで世界初の心筋梗塞を自然発症するモデル動物である
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