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非政治的人間の政治的意義 浜田泰弘『トーマス・マン政治思想研究 [1914-1955]

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島根県立大学 総合政策学会

『総合政策論叢』第25号抜刷

(2013年 2 月発行)

非政治的人間の政治的意義

浜田泰弘『トーマス・マン政治思想研究

[1914-1955]

―― 「 非 政 治 的 人 間 の 考 察 」 以 降 の デ モ ク ラ シ ー 論 の 展 開 』        ( 国 際 書 院 、 2 0 1 0 年 ) ――

〈書評〉

村井 洋

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− 107 −

『総合政策論叢』第 25 号(2013 年 2 月)

島根県立大学 総合政策学会

 本書はドイツの作家トーマス・マンの政治思想に焦点を当て、年代を追ってその展開を 描写し、思想の特徴について分析を行ったものである。

 まず、本書の内容を概観したい。本書はトーマス・マンの政治思想の発展を時々の政治 状勢との関連において、その変化と同一性の両面に留意しつつ叙述しており、このニュア ンスを限られた字数で約言することは困難である。従って以下は完全ならざる「見出し語」

にならざるを得ない。

 序章において著者は変化を遂げていったマンの政治思想を一貫した過程と見なして、連 続性と共通性をも見いだすという自らの叙述企図を明らかにしている。第一章 「トーマ ス・マンのデモクラシー批判」では、リューベックの商家に生まれたトーマス・マンが作 家として認められた後、一次大戦の勃発に際して著した『非政治的人間の考察』を中心に その主要な論点を取り上げている。第一にマンによる、フランスによって担われた啓蒙の

「情熱を冷やす」普遍的理念としての「文明」とドイツによって体現された「芸術的に組 織化し、構築し、生を維持し生を浄化する原理」としての「文化」の二項対立である。第 二にドイツ固有のデモクラシー概念を擁護しながら、マスデモクラシー、ボルシェビズム への反対の態度を明らかにしたことである。そして第三にイロニーの政治的意味について 強調し、精神が対手としての生のために自らを否定しつつ、一定の距離をおいて生を客観 的に観察する芸術に本来のイロニーの担い手を特定しつつ、政治もまたイロニーの仲介的 な役割をもつと指摘して、ラディカリズムへの対抗概念としての性格を明らかにしている ことである。第二章「ヴァイマル共和国時代の政治思想」において著者はマンが敗戦後デ モクラシー支持を表明した背景に共和国政府からの誘いがあったこと、ただしマンの擁護 したのは急進的なデモクラシーではなく、ノヴァーリスに影響を受けた、国民的なものと 普遍的なものの統合を志すそれであったことを述べている。第三章「反ナチズムとデモク ラシー論の展開」はナチの支配を避けてアメリカに亡命したマンが世界状勢に対して自ら のデモクラシー思想を、ナチズムに対抗しそれを撃破する側面としての「戦闘的デモクラ シー」、大統領ローズベルトとの親交の中から発想した、人間を個人的存在としてのみな らず社会的存在と捉える「社会的デモクラシー」、そして第二次大戦後の世界秩序、特に ヨーロッパにおいてナショナリズムを克服した超国家的連合体を構想する「世界的デモク ラシー」という三つの位相へと展開した事情を扱い、特にこれまであまり触れられること がなかった後二者に詳細な分析を施している。第四章は「冷戦時代の政治観-晩年のトー

非政治的人間の政治的意義

浜田泰弘『トーマス・マン政治思想研究[1914-1955]

―「非政治的人間の考察」以降のデモクラシー論の展開』(国際書院、2010 年)―

村井 洋

[書評]

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島根県立大学『総合政策論叢』第 25 号(2013 年 2 月)

マス・マン」と題されている。アメリカのマッカーシズムに危険を感じたマンはスイスに 移住するが、この晩年の思想の特徴をデモクラシーと社会主義の結合を意図し、東西冷戦 の狭間にあるヨーロッパを、両極を仲介する中庸の働きの担い手と捉える点に求めている。

終章「芸術家の政治思想-『非政治的人間の考察』から世界デモクラシーへ」では本書の 考察を総括している。ドイツ人は政治の妥協的要素を嫌い、デモクラシーの複雑な意志決 定を忌避した結果ナチズムに身を委ねてしまった。マンはこうした状勢を受け止め、あえ て政治問題に取り組む姿勢を崩さなかったこと、そしてマンは作家が言語に対する責任を 果たす中で「人類の面前で」自国のイメージを維持することを責務と自覚し、芸術家には 現代の政治社会を批判し改良する役割があると認識したのだと結ばれている。マンはデモ クラシーが現代の運命であること、自らの非政治性に則って中庸の調和的・妥協的方法に よって事態の打開を図るべきだと考えたのである。

 本書の特徴はトーマス・マンの生涯を通じた政治思想の展開を全体的に描ききるという 膨大な作業を、これまでの研究史の欠落を補うかたちで成し遂げたことにあると思われる。

本書のタイトルに〔1914-1955〕とあるのは考察の対象とした四十余年間の長さと、マン の一身にして大戦期、戦間期、冷戦期という三世を、しかもドイツ、チェコ、アメリカ、

スイスと国を変えた生と思想を描くことの困難と意義を表している。さらに本書が年代順 にマンの思想の変化を追っていくというオーソドックスな手法と手堅い語り口を採用して いるにも拘わらず、知的・学問的刺激に富んでいることである。一例を挙げれば、マンの 非政治的立場が新しい時代の政治的ビジョンを提示し得たという点である。もとより、政 治の機能が拡大する一方で、政治学が専門学に分化しいわば店の間口が狭くなった二十世 紀においては政治(学)以外の領域から政治についてのビジョンが数多く提供されるのは 当然のことであると思われる。トーマス・マンの場合、イロニーという、本来芸術の領域 に働く精神の機能を政治にとってバイタルな役割を担う能力としてとらえ、デモクラシー の基礎に連結させた点が特筆すべきであろう。この点、ロマン主義者アダム・ミュラーの 評価をめぐって、『政治的ロマン主義』のカール・シュミットと比較して更に議論したく なるであろう。また、個別と普遍を往還し、他者の視点を想起することで己の思考に付き 纏うバイアスを払拭しようとしたハンナ・アレントの判断力論とも、それが美的・有機体 論的な思考の機能(カント『判断力批判』)を政治的領域に重ね合わせたという類似性も 含めて、付き合わせてみたくなるのである。

 本書の企図は思想内在的な論理展開を政治情勢との関連において叙述することにあり、

思想形成に関わる人間関係に筆を拡げることにはない。しかし、本書を読み進めるうちに かつて評者がドイツの旅行者から聞いた話を思い出すのである。リューベックにあるトー マス・マンが在学したギムナジウムに程近く、元ドイツ社民党党首・首相ウイリー・ブラ ントの記念館があり、その中庭は作家ギュンター・グラス(生まれはグダンスク)の記念 館に通じている。さらに、橋一つ隔てて『社会主義の文化理論』の著者にして法哲学者であっ た社民党員グスタフ・ラートブルフの名を冠した広場があるという。こう見るとマンの社 会的デモクラシーへの歩みがリューベックに仄かに垣間見える社会主義の人脈に通じるの か調べてみたくなるであろう。また、ナチの監視をかいくぐって自宅から父の原稿を持ち 出した長女エーリカとの思想的交流など、さらに筆を進めて欲しいトピックスには事欠か ない。これらは本書の著者の当面の意図の外にあることであろう。しかし、本書を著述す

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非政治的人間の政治的意義 浜田泰弘『トーマス・マン政治思想研究[1914-1955]

―「非政治的人間の考察」以降のデモクラシー論の展開』(国際書院、2010 年)―

るという「ガレー船」から降りた著者への新たな航海(続編)への期待は昂まるのである。

    キーワード:トーマス・マン 非政治的人間 デモクラシー論

(M

URAI

Hiroshi)

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