「希望と夢の国」‑
スプリングスティーンが目指す新 しい世界
三 浦 久
1 9 9 9
年4
月9
日、スペインのパルセ ローナを皮切 りに、 プル‑ス ・スプ リング ステ ィー ンは、1 4
年振 りに、E
ス トリー トバ ン ドとのコンサー トを再開 した。その後
、 6
月2 7
日まで、 ドイツ、 イタリア、フランス、イギ リスを含むヨーロッ パの1 3
か国で計3 6
回のコンサー トを開 き、7
月か らはアメ リカでの コンサー ト が開始 された。最初の1 5
回のコンサー トは、彼のホーム ・ステー トであるニュージャージー州、 イース ト・ラザ フォー ドのコンチネ ンタル ・エアライ ンズ ・ア リーナで行われた。キ ャパ シテ ィ
2
万人のこのア リーナでの1 5
回の コンサー ト のチケ ッ トは、発売後3
時間で売 りきれたと言われている。イース ト・ラザフォー ドでのセ ッ トリス トは、常 に一定ではないが、彼の11 枚 のスタジオ ・テイクのアルバ ムか ら大部分選曲されている。但 し、そのセ ッ
トリス トには、常に
2
曲の新曲が含 まれていた。 それは、彼の故郷 フリーホー ル ドの町で過 ごした子供時代の ことを歌 った 「イ ン ・フリーホール ド」 と、 ア ンコールの最後 に歌われる 「ラン ド・オブ ・ホープ ・アン ド・ドリームズ」 で ある。「イ ン ・フ リーホール ド」 はスプ リングスティー ンの過去を、そ して 「ラン ド・オブ ・ホープ ・ア ン ド・ドリームズ」 は彼の未来 を歌 っている。 これ らの 歌 は、全体のセ ットリス トのプロローグとェ ビローダの働 きを していると言 う
ことがで きるか もしれない。
この小論 は、 これ らの
2
曲の新曲 と、 スプ リングステ ィー ンの初期 の2
枚 の アルバム( Gr e e t i n gsf r om As bu r yPar k,N. J. rア ズベ リー ・パー クか ら
の挨拶Jl と Th eWi l d,Thel n noc e nt & Th eE St r e e tS huf f l e r青 春 の叫
び」)に収 め られているい くつかの作品を検討す ることによ って、 常 に変化 し
つづけているスプリングスティ‑ンの作品の根底にある一貫性を検証 しようと する試みである。
1
「最初の
2
枚のアルバムにおいては、自らの無意識か ら噴出する衝動をとら えようと、マシーンガンのように言葉を吐 き出 しているが、彼自身その衝動を 明確にとらえることができないでいる」1と以前書いたことがある。1 9 7 3
年に リリースされた彼のデビュー ・アルバム rアズベ 1)‑ ・パークか ら の挨拶Jの‑曲目は、Mad mand r umme r sb u mme r sa ndI nd i a n si nt h es u mme r l nt h eW d i u t A, a s霊 . n h a g t e h e d i El u o m m, a s tast hea d . l e s c e n tpu mp s
hi swayi n t oh i sh a t
ということばで始まる。
確かに、 この曲のみならず、 このアルバムには、翻訳不可能 と思われる表現 に満ちている。 しか し、これらの作品を丁寧に読み直 してみると、 これ らの作 品はまさに思春期か ら大人になりつつある若者たちの混沌 とした心象風景その ものであることが分かる。マシーンガンか ら吐 き出されるような意味不明なこ とばの連続は、その心象風景 と見事にマッチしている。
スプ リングスティ‑ンは
、1 9 9 5
年に彼の11枚目のアルバム rゴースト・オブ・トム ・ジョー ドJが リリースされた後、全米でソロ・アコースティック・ツアー を行 った。そのツアーで、彼は第二の故郷であるニュージャージー州アズベ リー ・ バークを訪問した時、地元の新聞 「アズベリー ・パーク・プレス」の記者ケリー ・ ジェイン ・コッターのインタビューを受けた。彼はそのインタビューの中で次 のように語 っている。「今夜は
、2 2
歳の時に書いた歌 も歌 うし、4 0
歳の結婚 し ている男 として書いた歌 も歌 う。すべてがぴたりと収まる。ぼ くの作品はいわ2
ば続いているひとっの小説だか らね
」 2
スプ リングスティーンの作品をひとつの小説であると考えたのは彼だけでは ない。ケヴィン・コインは 「フT)‑ホール ドのフォークナー」 という記事の中 で、「ブルース ・スプリングスティーンは物語を語るアーティス トであり、過 去
3 0
年に書かれた彼の作品を一列に並べれば、それは十分に一冊の小説になる。それは、戦後のアメリカの不安定な状況の中で、人並みの生活を維持するため に闘った人々について書かれた叙事詩的小説である
」 3
と述べている.確かに彼の今までの全アルバムをひとっの連続小説であると考えると、それ ぞれのアルバムが収まるべ きところに収まるように思われる。
第
1
章 rアズペ リー ・パークからの挨拶J か ら、現時点での最終章で あるr
ゴース ト・オブ ・ドム ・ジョー ドJまで、彼はまわりの景色 と自らの内面 の 世界を、淡々と観察 し、描いてきたのである。また彼の一連の作品を一本の映画であると考えるならば、彼は 「カメラマン」
として、まわりの景色に向けて、また内面の世界に向けて、カメラを回 し続け てきたと言 うことができる。
そのように考える時、彼の作品が、同じところにとどまらず、常に変化 して いることが納得できる。彼は年 と共に、時代の変化や内面の変化に敏感に反応
し、それを作品にしてきたのだ。
彼が もし、彼を世界のスーパースターに押 し上げた
3
枚目のアルバ ム r明 日 なき暴走Jの世界に固執 し、その世界のみを繰 り返 し歌いっづけてきたならば、彼の作品は、「小説」 としては極めて魅力の乏 しいものになっていただろう。
また彼の作品には、ひとつの立場にたってもうひとつの立場を糾弾する作品 が極めて少ないが、それは、彼が観察者であり、「カメラマ ン」 であると考 え れば納得できる。
彼はカメラを回 し、 まわ りの景色を写 しているだけなのである。警察やマフィ アやヘルズ ・エンジェルズなども善悪の判断の対象ではない。彼 らもまたひと つの風景であり、人生 という 「サーカス」にはなくてはならない存在なのであ
る。
2
スプ リングスティーンは
1 9 9 8
年のアルバム未収録曲を中心に集められた rト ラックス」の発売後、NBC
のインタビューに応えて、「ぼくは自分 の直感に従 い、重要であると思われることについて書いてきた。今 もそうしようと努めて いる」tと語 っているが、rアズペ リー ・パークか らの挨拶.[においては、彼に とって何が重要であると思えたのだろうか。彼のカメラはいかなる情景、いか なる人物を映 し出 しているのだろうか。最初の歌 「プラインディド・バイ ・ザ ・ライ ト」には、「狂 った ドラマー」
「浮浪者
」
「ティーンエージャーの外交官を連れたインディア ンたち」
「思春期 の男の子」
「欲情 した酔漢」
「歓楽街のマスコット」
「旅の説教師」
「シリコン巨 乳のシスター」
「酔 っ払 った学生」等、さまざまな人物が登場する。どちらかというと彼らは皆普通ではない。普通でないどころか、大いに変わっ ている。エクセ ントリックである。 しか しスプリングスティーンは彼 らを糾弾 していない。賞賛 もしていない。淡々と彼 らのことを映 しているだけである。
その混沌 とした世界は、現実のアズベ リー ・パークやア トランティック・シティ の混沌さであると同時に、彼の心の中の風景でもある。
ただどちらかというと、彼がこのエクセントリックな人たちにある種のシン パシーを感 じていることは確かだ。彼 らは 「光 に目が くらみ」、夜 の中 に勢 い よく放 り出され倒れて しまう。 しか し彼は言 う、「で も大丈夫、 なんとか切 り ぬけるだろう」 と。
いや、彼はむ しろ 「光に日が くらむこと」が重要であると考えている。与え られた価値観や、上か らの指示に従順に従 うのではなく、自ら一歩を踏み出す こと、 そ して倒れること、そのことが重要であると考えている。そこか らしか 物語 は始まら、ないのだ。彼の 「小説」の第‑章 はまさに彼の若かった頃のまわ
4
りの情景と彼の内面の世界の混沌か ら始まっている。
母親から 「太陽を見ちゃいけない」 と言われなが ら、彼は、 「面 白いことは そうしなければ得 られないんだ」 と言い返す。
Hewasbl i nd e dbyt hel i g ht Cutl oo s el i keade uc e Anot he rr un ne ri nt heni ght Bl i nd e dbyt hel i g ht
Mamaal wa yst o l dmeno tt ol oo ki nt ot hes i ght soft hes un Ohbutma mat hat ' swhe r et hef u ni s
と な
ましをう陽そ太はるヽと
みれ看たこらた走れいく放疾わ白がさの言面目解夜く、に く た よ マ
光よまにマはいもマも彼 勢 彼 マ で も
見ちゃい
けないってけ
れば得ら
れないんだその反抗心は
、 2
曲目の 「グローイング ・アップ」にも見 られる。彼は 「成 長するっていうのは大変なこと」 と歌い、すわれと言われたら立ちあがり、降りて来いと言われたらゲロをはくのである。
Ihi di nt hec l ou de dwr at hoft hec r o wd Butwh e nt h e ys a i d" Si tdo wn, "Is t oo dup
O
ool 00 hgr o wi n'up
群集の混
乱
した怒
りの
中に身を隠した彼 らが 「
す
われ!
」と
言った時、ぼく は立ち上 がった 成長するっ
ていう
のは
大変なことこのアルバムには、スプ リングスティーンの後のアルバムで登場するい くつ ものテーマが萌芽の状態で存在 している。おそ らくこれ らの歌を書いていた時 には、彼自身そのことを意識 してはいなか ったに達いないが、われわれはそれ を最終章 rゴース ト・オブ ・トム ・ジョー ドJ まで読むことによって、後知恵 として知ることができる。
「アメリカの夢
」
「約束の地」 ということばが初めて登場するのは、建国2 0 0
年祭の前年、1 9 7 5
年に リリースされた3
枚 目のアルバム 「明日なき暴走」 においてである。 このアルバ ムの中の主人公たちは、建国
2 0 0
年祭 のア メ リカを陽 のアメ リカとすれば、陰のアメ リカに住む、 アメ リカの夢 に裏切 られ続 けなが らも、 アメ リカの夢への信仰を捨て られずにいる若者 たちである。 このアルバ ムにおいて、 スプ リングステ ィーンははっきりと自分が歌 うべ き世界を意識的 に とらえ ることがで きたように思われる。「アズベ リー ・パ ークか らの挨拶」 の主人公 たちは、 アメ リカの夢、それに 裏切 られて きた労働者階級の若者たちではあるが、 自らその ことに気づいてい ない。 それで も、「メア リー ・クィー ン ・オブ ・アーカ ンソー」の最後では、
ButIk n o w apl a c ewh e r ewec a ngo,Ma r y
Wh e r eIc a ng e tag oo dj o ba nds t a r ta l lo v e ra ga l nC l e a n
でもメア リ ー
、
一緒に
行く
ことがで
きる場所
を知って
いるそ こには い い
仕
事があ
り、
すべて最
初から や
りな おす
ことがで き ると歌 い、「ジ ・エンジェル」で は、
Of fi nt h edi s t a n c et hema r b l ed o mer e f l e c t sac r o s st h ef l a t l a nd s Wi t han a k e df e e lof fi n t op a r t sl ユ n kn o wn
遥かかなた、大理石のドームは大草原を
映 し
自由で未知 な世界へと誘うと歌 い、r明 日なき暴走J以後のアルバムに頻出す る 「約束 の地」 への脱 出へ の試みを暗示 してい る。
また 「ロス ト・イ ン ・ザ ・フラッ ド」 のファース ト・ヴァースの、
Th er a g a muf f i ng u n ne ri sr e t u r ni n'h o mel i k eah u n g r yr u n a way Hewa lk st hr o u g h t o wna l la lo n e
汚
い 格好の
兵士が腹を空かせ逃亡者のように故郷 に帰 る 彼はったっ
た一人で町を通 り抜けて行 くで始 まる冒頭の部分は、「ポーン ・イ ン ・ザ・USA」のベ トナム帰還兵 を坊 沸 させ る。
同 じ歌のセカ ンド・ヴァースでは、改造 した車で レースをす るセイ ン ト・ジ ミーと呼ばれる若者が登場す る。 ジェームス ・ディーンを防沸させるセイント・
ジ ミーは、 デ ィーンと同 じく、ハイウエイを疾走中に激突死す る。 このセイ ン ト・ジ ミーのイメージは、 スプ リングステ ィー ンのその後の多 くのアルバ ムの 中で、違 った形で何度 も登場することにな る。
トビカル ソングのライターとして世 に出たボブ ・デ ィランに素晴 らしいラブ ソングがい くつ もあるように、 ブルーカラーの代弁者 として知 られるようになっ たスプ リングスティー ンにもい くつ ものす ぐれた ラブソングがある。 デ ィラン の場合 と同 じく、 スプ リングステ ィー ンの ラブソングには類型的な常套表現 は 見 られない。
それはこの ファース ト・アルバ ムの歌に関 して も言える。 「フォー ・ユ ー」
は、
Pr i nc e s sc a r dss h es e n dsmewi t hh e rr e ga r d s 許 r s 冨 e o Ee r e y y e Su s h g i . n t e t a va l C . a . n k C y ha r d
彼
女 はことばを添えて
王女様の
よう
なカードを送 ってくる バー
ルームのような目
は「 空き
室あ
り」 と語っている でも
彼女を見るために
は、よく
目を
開けて見なければな らな いと、通常 の ラブソングとはかな り趣を異 とす る表現か ら始 まる。 さらに、 コ一 ラスの部分では,
己u c t a m y:u f o d r i d yO n u . ・ tf n o e r e lo m u;I u, c g a e m n e c y f o ryou
ぼ くはおまえを、おまえを求めた、おまえを求めた
で もおまえはぼ くのせ っぱっまった気持ちを必要 としなか った
と女性に対する、まだ大人になる前の男の子の切ないあこがれが歌われている。
この歌の後半に出て くる柔 らかい トロフィーのような 「膨 らみ始めたおまえの 胸
」( al i t t l egi r lwi t hat r o p h ys os o f
t)
のイメージは鮮烈である。「グローイング ・アップ」では、
Is t o o ds t o ne ‑ l i k ea tmi d n i g hts u s p e nd e di nmyma s q u e r a de
俺は真夜中、一人の仮面舞踏会で、石のように突 っ立ていた と歌い、 さらに、Iwa so pe nt o・ p a l na n dc r o s s e dbyt h er a i n AndIwa l ke do n . ac r o o k e dc r u t c h
痛みにさらされ、雨に降 られ 曲がった松葉杖で歩いた
と歌 う。大人になりつつある若者の孤独、劣等感、強がりがよく表わされてい る。それはディランが 「ジャス ト・ライク ・ア ・ウーマン」で、
F. o n b i O g d h y tf a e s e l I Ss a t n a y n ㌔? i n s i d et h em i n
誰 も痛みを感 じない今夜俺が雨の中に立 っていて も と歌 った世界に通 じている。
スプ リングスティーンのファース ト・アルバム rアズベ リー ・パークからの 挨拶」で描かれている世界は、大人になりつつある若者を取 り巻 く混沌 とした 世界であり、彼の心を満たす混乱と不安である。 しか し彼はその混沌 とした世 界に押 しつぶされてはいない。「成長するってことは大変なこと」ではあるが、
そ して多 くの困難に直面 しなが らも、彼はひとっの鍵を見つける。
8
f n n e h…s e ;g e T n r eI 。 f f O : :d . f d h e , k a 諾e i o c t t em i v e r s e
断言 して もい
い
、ぼくは
見つ
けたんだ、宇宙への鍵を古い駐車 した
車
のエンジ
ンの
中 にこの鍵がその後いくつ もの扉を開いて くれる。 このようにしてスプ リングス テ ィー ンによる 「連続小説」の第‑章が始 まるのである。
3
スプ リングステ ィー ンのセカ ンド・アルバ ム r青春 の叫 び」 において は、
「約束の地」への脱出の試みは、rアズベ リー ・パークか らの挨拶」 と比べ ると より自覚的になっている。サー ド・アルバム 「明日なき暴走Jの世界に一歩近 づいている。サ‑カスのような喧騒の世界にうんざりし、そこか ら脱出 したい という願望がより明確に表現されている。
「フオ‑ス ・オプ ・ジュライ ・アズベ T)‑ ・パーク」では,
ga n n a d ! i i :, 't t l h h F T s 三 g ! e . o a , t s y u t i : e i e r d Ea o u c f n h 芸 n e a e r n s n g e i a n i h i n t h t e h c b ?a , d d u :t a y l k a r C a d e s Wh e r et he ypr o m is et ou n s n a pt h e i rJ e a ns
も
ううんざり
、填っぽいアーケー ドをぶらつ
いたり ゲ
ームマシー
ンをたたいて生きることにも
ううんざり
、ボードウォークの下でジーン
ズを
脱 いでくれる工
場の女の子
を追いかけることにと歌 っている。さらに続いて次の
4
行が来 る。An dy o uk n o w t h a tt i l t ‑ awh i r ld o wno nt h es o u t hb e a c hd r a g lgoto ni tl a s tn i g hta n dmァs h i r tgo tc a u g ht
An dt h a tJ o e yk e ptmes p i n n l n g'
Id i d n' tt h i n krde v e rg e tof f
サウ
スビーチ
の斜
めに揺れなが ら回転する
乗り
物そい
っに昨夜
乗っ
たが、 シャツが引 っかか
って
し まったジョ
ーイの奴
は何
もしないで見ていた一生
回りつづ
ける
かと思 ったよ同 じ場所 に閉 じ込め られて回転 しつづける人生のイメージは気分を滅入 らせ るに充分である。
スプ リングスティーンの初期の作品の中ではよく知 られている 「ロザ リータ」
には、
Ik no w ap r e t t yl i t t l ep l a c ei nS o ut h e r n
;h . e u r e i
:C n a
al i l f e i
Of f E i t a h C e a d i o e T芝h t S e h ; e :b t D a h l : e e f g o , p i iy :y g s u t i r t u a Ls i n e l lni g hta n dd a y 南
カ リフォルニア、サ ンディエ
ゴの近くに
い い店 がある
2 4
時間ギターの演奏を している
小 さなカフェ 奥
の部屋でギターをかき鳴らす
音が聞こえる
とい うところがある。 この歌の主人公 は、 ロザ リータをオー トバイのうしろに 乗せ、大陸を横断 してカ リフォルニアを目指す。カ リフォルニアは r怒 りの葡 萄.lの トム ・ジョー ド一家にとって、そ して多 くのアメ リカ人にとって、約束 の地、アメ リカの夢が実現するはずの場所だったのである。
さらに、「ニューヨーク ・シティ ・セ レナーデ」では、
S os h a k ei ta wa y,s os h a k ea wa yy o u rs t r e e tl i f e S h a k ea wa yyo u rc i t yl i f e
Andho o ku pt ot h et r a in,h o o ku pt ot h eni g htt r a in Hoo ki tu pho o ku pt ot he ,h o o ku pt ot het r a in
. だか ら、 こんな
通 りに立
っ生
活 なん かやめて都会の生活な
ん
かとおさ
らば
して 汽車 に乗 ろう、
夜汽車に
乗ろう
そう汽車 に汽車
に乗 ろうとある女性 に一緒に都会の喧騒を離れて旅立つ ことを促すところがある。
スプ リングスティーンとくれば71)‑ウェイを疾走する車のイメージが強い
1 0
が、彼の初期の作品の中に汽車が登場す るとい うことは興味深い。なぜな ら汽 車 は、 アメ リカのフォークソングの伝統の中で は、精神的な救済のための乗 り 物 として使 われていることが多 いか らである。
「求道者 としてのボブ ・ディランと汽車の シンボ リズム
」 5
で触れたよ うに、デ ィランの作品には汽車が数多 く登場 す る。 宗教
3
部作 のス ター トとな った rスロー ・トレイ ン・カ ミング」 およびそのアルバ ム ・タイ トル曲か らも、ディランにとって 「汽車」が何を象徴 しているかは明 らかである。
デ ィランの 「タイム ・アウ ト・オブ ・マイ ン ド
」( 1 9 9 7
年) の中の 「トライ ング ・トゥ ・ゲ ッ ト・トゥ ・へブン」 にも,R o . mAi t d r n a i i g n h S td , o a n it b l P e 望月i O k e g 号 h m e b y l e d r i S db e f . r e
い くつかの汽車 は、以前 のように賭博師や真夜中の放浪者 は乗せて くれない というところがあるが、 これは、
Th i st r a i nd o n' tc a r r ynoga mb l e r s ,t h i st r a i n Thi st r a i nd o n' tc a 汀ynOga mb l e r s ,t h i st r a i n
Thi st r a i nd o n' tc a 汀yn Oga mbl e r s ,h o bol i a r s ,mi d n i g h tr a mb l e r s Thi st r a i n,myLo r d,t hi st r ai n
この
汽
車は
賭博師は乗
せて
くれない この汽
車は
賭博師は乗
せて
くれない賭博
師
も、
嘘つ きの放
浪者
も、真夜中の
放浪者
も乗せ
てくれないこ
の汽車は
、主 よ、こ
の汽
車 はと歌われる古 いフォークソングが本歌 になっている。
ディランの作品が初期の頃か ら、極めて精神的であったのと比べ ると、 スプ リングステ ィー ンが措 いて きた世界 は、精神的な救済 というよりも、勤勉 と努 力 と幸運 によって誰で も到達で きると教え られて きた 「アメ リカの夢」を求 め る世界、 もう少 し平た く言えば、‑接千金を夢見 る世界であ った。そ して、 そ の夢の実現 のために必要な乗 り物 は、決 まった レールの上 しか走 ることので き
ない汽車ではな く、 どこへで も自由に行 くことので きる車だったのである。
1 4
年振 りに行われたE
ス トリー トバ ン ドとのツアーのアンコール最後の曲は、新曲 「ラン ド・オブ ・ホープ ・アン ド・ドリームズ」であった。
この歌 は、
Gr a byou rt i c k e ta ndy o u rs u i t c a s e Th u n d e r ' sr o l l i n gd o wnt het r a c k s Do n' tk nO w whe r ey o u' r ego i n' S k yi st u r ni n'b l a c k
We l lda r l i n'i fy o u' r ewe a r y La yy o u rhe a du p o nmyc he s t We ' l lt a k ewh a twec a nc a 汀y An dwe ' l ll e a v eb e hi n dt h er e s t ー 立 ら つ ぼ 持 は
スをかりらをのと音分なたのも符轟は‑いもい切 が 先 暗 て る な あ 車 き は れ て て
さ汽行空疲持持ツ て な つ
ケ
ース
を持
て近づ
いい
あるてるつく
く
の胸に
頭を
休めるが い いち
置
いてい
こうということばで始 まり、最後にはディランと同様に 「ジス ・トレイン」を下敷 きにしたコーラスが繰 り返 される。
コーラスの部分の最初の
4
行は、Th i st r a i n,c a r r 享 e ss a i nt sa n ds i n n e r s Th i st r a i n,c a r r ! e sl o s e r sa n dwi n n e r s Th i st r a i n,c a 汀! e SWh o r e sa n dga mb l e r s Th i st r a i n,c a ne smi d n i ghtr a mb l e r s
るるてて
る る
せせてて乗 乗 せ せ を を 乗 乗
師者をを博 浪 人 者 賭 放
罪勝とのと と 婦 中
著者春夜聖 敗 売 真
ヽヽヽヽ車車車車汽汽汽汽のののの こ U IJ lJ
なのだが、 これは極めて象徴的である。本歌の 「ジス ・トレイ ン」 に乗れるの は正 しい者、信仰心の厚い者、神の投を守 る者だけであり、賭博師や売春婦 は 論外である。 しか し、スプリングスティー ンの汽車 には誰で も乗 ることがで き
1 2
る。
スプ リングステ ィー ンは前述 したよ うに、今までの自らのアルバムを 「いわ ば続いているひとつの小説」であると、 アズベ リー ・バーク ・プ レスの記者 に 語 っているが、彼 は rアズベ リー ・パークか らの挨拶Jか ら 「ゴース ト・オブ ・
トム ・ジョー ド」 に至 るまでのアルバ ムを通 して、 さまざまな世界を見せて く れた。
彼の作品に触れ る時、われわれは、彼があたか もカメラマ ンであるかのよ う に、彼が重要であると感 じた対象に向けて淡々とカメラを回 して きた とい う印 象 を得 る。そ こには善悪の判断は希薄である。 いやむ しろ、通常 は悪だ と思 わ れている者たちや事柄 に肩入れ しているように思われさえす る。
そ して彼の全 アルバムを通 して分か ることは、彼が重要であると感 じて きた 対象が、彼が住んでいた町か ら、 アメ リカ全土へ、そ してさ らにアメ リカか ら 世界へ と広が って行 ったとい うことである。
そ して彼の歌 は、外 に向か って広が るの と同時 に、 よ り内省的に、 よ り深 く な っていったのである 。その最 も典型的な例がアルバ ム rゴース ト・オ ブ ・ トム ・ジョー ドJである。 さらに、新曲 「ラン ド・オブ ・ホープ ・ア ン ド・ド リームズ」 に至 って、彼の作品の方向が、 より精神的な ものに向いて きている ということが分かる。 そ してその兆 しはすでに r青春の叫びJ の中に密かに用 意 されていたのである。
4
I wa sb o r nr i g h th e r eo nRa n d o l p hS t r e e ti nFr e e h o l d He r er i g h tb e h i n dt h a tb i gr e dma p l ei nFr e e ho l d We l lIwe n tt os c ho o lr i g h th e r e
Go tl a i da n dh a dmyf i r s tも e e ri nFr e e ho l d
ぼ
く
が生ま
れた
のはち
ょうどここ、 フリーホールドのラ ンドル フ通 りあ
の
大きな
紅い楓
の木
の後ろの家そ
う
、学校
へ行 っ
たの
もここ初体験 も、最初の ビール も、 ここフリーホール ド
と歌いだされる新曲 「イン ・フ リーホール ド」 は
、1 4
年振 りに行われたE
ス ト リー トバ ン ドとのツアーでのセ ットリス トの中では特異な歌であった。彼は、この歌を歌 う前に、久々の
E
ス トリー トバ ンドとのコンサー トに酔い しれ、激 しい ビー トのロックンロールに合わせて踊 り、喚声を上げる聴衆に向か って、「この歌 はお願いだか ら、静かにしてことばを聞いて欲 しい」 と言 った。 6
この歌 は、 スプ ))ンダスティーンが、 はっきりとそれ と分かる形で、 自らの 生 い立ちを歌 っているということで特異であり、 また、静かに語 りかけるよう に歌 うという点 において も、彼の他の激 しいロックンロールとは違 っている。
彼が この歌のことばを聴衆に聞いて欲 しかったのは、おそらく、この歌によっ て、 ニュージャージーの聴衆に対 して、 またこの歌の中で歌われている、フリー ホール ドの市長である幼な じみの 「悪友のマイク」や、彼の銅像を建てようよ うとしたが、予算不足で結局建てないという 「良識ある」決定を下 した市会議 員の友人たちに敬意を表するためだけではなく
、3 0
年の年月をかけて 「ランド・オブ ・フ リーダム」の世界へたどりつ くまでの道程を、聴衆によりよく理解 し て もらうためには、そのプロローグとして、 この歌の内容を聞いて もらう必要 があると考えたか らではないだろうか。
第
1
章 rアズベ リー ・パークか らの挨拶Jか ら始 まった彼の 「続 いているひ とつの小説」が、いっか最終章を迎える時、 どのような世界をわれわれに見せ て くれるのか楽 しみである。注
f e l ! e s l s y a r r i ; s i n b y t h e Br c u . c n e t e S x Tt n f g S c t r f t e l P c a F n a d n a P y o s t s . Dy l a n a r eq u o t e d o n l y a s
1.
「アメ リカにまつわる夢を歌いつづけた男」 レコー ドコレクターズ1 9
9 2
年6
月号 (ミュージック ・マガジン社)1 4
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. 「求道者 としてのボブ ・ディランと汽車のシンボ リズム」信州豊南女子短 期大学紀要,第1 6
号6a. n B t r i u n C e e nt a S Fr An i E I S i t n e e e s nAee n E a,S E t a r s e t e t R慧t a h n e d , f . C r o d :C e N r e t lJ J u e l r y s e y2 6・1 9 9 9 at Al bumsofBr uc eS pr in gs t e e nandBo bDy l a nc i t e di nt hi se s s a y.
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