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景気指標の新しい動向

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6 マクロ経済学と景気循環

6.1 マクロ経済学の視点による景気循環論の概観

本節では,近年の景気循環理論の展開を概観する.ここで取り上げるのは,主 に,「実物的景気循環理論」(リアル・ビジネス・サイクル理論)と呼ばれるグ ループに属する研究である.ただし,ここでの議論からも分かるように,この 分野の研究は,必ずしも「実物的」ではない変数(例えば貨幣供給や物価水準) に対象を拡大しつつある.その意味では,「均衡景気循環理論」または「動学的 一般均衡モデル」と呼び変えたほうがよりふさわしいのかもしれない.しかし ここでは,通りのよい「実物的景気循環理論」で呼称を統一することとしたい. 本節ではまずこの理論の景気循環論全体の中での位置づけを概説する.その上 で,基本的なモデルを中心にこの理論の展開を追っていくことにする.

6.1.1 イントロダクション

景気循環論というと,しばしば,景気変動の主要な原因がどこにあるのかを めぐって,「需要か供給か」という対立軸が強調される.そして,次節以降取り 上げられる実物的景気循環理論は,そのもっとも基本的なモデルが供給ショッ クのみによって景気循環が起きるものであったために,「供給派」であるという 色分けがなされる.しかし,最近のこのタイプのモデルには需要ショックを取 り入れたものも出てきており,このような単純な区別は難しくなってきている. さまざまな景気循環モデルを区別する上でもうひとつ重要なポイントは,モ デルの中で景気循環が起こるメカニズムである.主要なマクロ経済モデルにお いて景気循環が発生するのは,経済がさまざまなショックに見舞われるからで ある.個々のショック(インパルス)に対して経済変数はある決まった形での 反応(応答)を起こすのだが,現実の経済にはいろいろなショックが次々に起

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6.1 マクロ経済学の視点による景気循環論の概要 こっている.したがって,観測される経済変数の動きはこれらの反応が重なり 合ったものとなり,これが波の形をして見える.これが景気循環と呼ばれるも のだというわけである.この考え方によれば,経済それ自体に「循環」を起こ すようなメカニズムが備わっているわけではない.いわば,循環が「あるよう に見える」だけだということになる.実物的景気循環理論は,基本モデルも含 めて大半がこの考え方をとっている.その意味では,このモデルは教科書的な IS-LMモデルと同じ種に属すると言ってよい.IS-LMモデルの拡張版である大 規模マクロ計量モデルも大半はこの流れに属する. これに対して,内生的景気循環理論は,経済にはそれ自体に規則的な循環を 起こすメカニズムが備わっている,という立場をとる.たとえば Grandmont (1985)は,世代重複モデルの中で内生的な循環が発生する可能性を示している. もうひとつの重要な考え方は,複数の定常均衡が存在すると考え,その間を 経済が行き来する現象が景気循環であるとする見方である.この例としては Diamond(1982)のサーチモデルが挙げられる.乗数効果と加速度原理を組み合 わせた「天井・床型景気循環論」も,この一種であると見ることができる.ここ で注意すべきは,日本のマスコミにおける景気論議の多くが(無意識に?)こ のタイプのモデルを想定していると見られることである.このことは,「政府は 自律的な景気回復過程に民間経済が乗るように,当面は積極的な財政スタンス を堅持すべきである」といった表現に見ることができる.あるところまで政府 が景気を刺激してやると,そこから先は民間経済には別の(よりGDPの大き い)定常均衡に向かって自動的に進んでいくメカニズムが備わっている,とい う理解がこの表現の背景には存在している.興味深いことに,本報告書で取り 上げた景気循環指標のひとつである「局面推移モデル」は,このタイプの考え 方と最も整合的である. 以上3通りの景気循環の理解に関して,現時点において,どれがもっとも現 実的かに関しての結論は出ていない.しかし,次節以降で解説される,アメリ カの学会では主流派のひとつを形成しつつある理論が,上記第3の考え方のよ うな「(日本の)常識」的な循環論とは異なった世界観に立脚していることには 注意して本節を読み進める必要があるであろう.なお,第3の複数均衡の考え 方はさらに,人々の予想に応じて経済が異なった均衡の間を行き来しうるタイ

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プと,ある程度以上の大きさの外生的なショックがあった時にある均衡から別 の均衡に移行するタイプに分類することが可能である.

6.1.2 実物的景気循環理論

実物的景気循環理論の最も基本的なモデルはKing, Plosser and Rebelo (1988) のサーベイで展開されているモデルである.この基本モデルの発想は,Ramsey (1928)らの最適経済成長モデルを景気循環の問題に適用することによって,成 長と循環の問題を単一のモデルで統一的に理解できることを示そう,というこ とにある.しかも,総供給ショック,正確には技術的ショックが循環を引き起こ す唯一の要因としてモデルに導入され,この単一のショックだけで循環の問題を ほとんど説明しきれるのだ,という主張がなされる.このような単純なモデルに 対する反発から,日本においては実物的景気循環理論は,一部の学者を除いて, ほとんど省みられることなく今日に至っている(顕著な例外としては,Ohkusa (1991)や大日・有賀(1995)が挙げられる).この間,実物的景気循環理論は勢 力を増すに連れ次第に当初の宗教的色彩を弱め,最近は市場の失敗や価格の硬 直性を許容したモデルや貨幣的ショックの入ったものも多く見られるようになっ てきている.これはこの分野にたずさわる学者たちがモデルと現実のデータと の整合性を重視してきたことの自然な帰結である.したがって,このあたりで, これまでアメリカで行われてきた研究を概観し,日本でも取り上げるに値する ものがどれくらいあるかを検討するのは意味のあることであると考える. 以下ではまず基本モデルを解説した上で,その問題点(現実のデータに照ら し合わせたときの)とそれを解消しようとする努力について触れていく.さら に,基本モデルに貨幣を導入する試みを解説し,その際発生する問題点とそれ を解決しようとする試みを紹介する.

6.1.3 基本モデル

直観的説明

既に述べた通り,最も基本的な実物的景気循環モデルはKing, Plosser and Rebelo(1988) のサーベイで展開されているモデルである.このモデルは日本語

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5.2 局面推移モデルによる景気指標の分析 文献でもすでに大日・有賀(1995)や脇田(1998)らによって繰り返し紹介されて いるが,にもかかわらず一向にその理解が広く定着した気配が見られない.そ こで,ここで再び解説を試みる.このモデルは基本的には確率的な技術ショック の入った最適成長モデルである.ただし,労働供給が内生化されている点が通 常の成長モデルと異なる.まず,モデルの詳細を説明する前に,このモデルが どのようにして景気循環を「発生」させようとしているかを直観的に述べてお こう.いま仮に,正の技術的ショックがあって,企業の技術水準が一時的に(ト レンドから乖離して)上昇したとしよう.これは実質賃金の一時的な上昇をも たらす.これによって労働供給が増加する.これが「労働供給の異時点間の代 替」効果である.かくして,総生産と労働供給が正の相関を持つという事実が 説明される.また一方,家計にとっての所得が増加するため,家計は消費を増 加させる.かくして,総生産と消費の間に正の相関が存在するという事実が説 明される.ただし,家計の所得の増加は一時的であり,生涯所得の割引現在価 値がさほど増加したわけではないので,消費の増加は部分的なものにとどまる. かくして,総生産に比べて消費のほうが標準偏差が小さいという事実が説明さ れる.消費の増加が小さいため,貯蓄が大幅に増加する.経済全体では,貯蓄 =投資であるから,投資が大幅に増加する.かくして,総生産と投資が正の相 関を持つという事実,および,総生産に比べて投資のほうが標準偏差が大きい という事実が説明される.最後に,投資の増加は次期の資本ストックの増加を 生み出し,これが次期の総生産を増加させる.これによって,総生産が正の時 差相関を持つという事実が説明される(付言すれば,このような経路から生み 出される総生産の時差相関は微々たる物である.実際には,実物的景気循環理 論では,技術的ショックに正の時差相関があると仮定することで,総生産の時 差相関の大部分が説明される). モデル では,モデルの詳細を見ていくことにしよう.以下の解説は,Kingらのモデ ルを紹介したCooley and Prescott(1995)によっている.ただし,記号の使い 方などに細かい変更はある.このモデルでは,時間は離散的であり,無限に続 くものと仮定される.完全競争が仮定され,価格は全て伸縮的である.財の種

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類は1種類であり,したがって消費財=投資財である.「代表的家計」が存在し, その効用関数は次のようである. U =E

Σ

・U (6.1.1) ただしt は期間を表す記号であり, は主観的割引因子である(0< <1).U はこの家計全体が第t 期に得る効用を表しており, U =(1+ )t・ (6.1.2) である.ただし, は人口成長率であり, は家計構成員1人ずつが第t 期に得 る効用を表している.このモデルでは,この1人当たりの同時点内効用関数は, 次のように定式化される. = 1 ・[( ・ ) -1] (6.1.3) 1- ここで, はt 期の消費, は同じく余暇である. は効用関数のconcavityの 強さ,すなわちどのくらい消費(及び余暇)の変動を家計が嫌うかを表すパラ メータである.この関数が不確実性問題に応用されるときには,このパラメー タは「相対的危険回避度」,つまり状態間の消費(及び余暇)の変動をどのく らい家計が嫌うかを表すものとなる.同じ効用関数が,ここで見られるように, 異時点間の最適化問題に応用するときには,このパラメータは家計がどのくら い異時点間の消費(及び余暇)を嫌うか,つまりどのくらい異時点問の代替を 望まないかを表すものとなる.その逆数,1/ は「異時点問の代替の弾力性」と 呼ばれる. は 0と 1の間の値をとるパラメータである.生産面では,資本ス トックK と労働H が用いられる.生産物は消費と投資 に用いられる.生産 物に関してこの家計が直面する制約は + ≦ (6.1.4) ただし右辺の は1人あたりの財の生産量を表している.この生産量は次の「1 人あたり生産関数」によって与えられる. ・f ( , )= ・[( ・ )] (6.1.5) ∞ t=0

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6.1 マクロ経済学の視点による景気循環論の概要 ここで, は技術水準を, は1人あたりの資本ストック, は1人あたりの 1期間の労働時間を表している.「効率単位あたり生産関数」f はコブ・ダグラス 型に特定されている. は資本のシェアを表すパラメータである.一方,時間 の用途に関して家計が直面する制約は, + ≦1 (6.1.6) である.この制約式の右辺は,各人が毎期1単位の時間を与えられていること を表している.資本ストックは次の式に従って毎期変化していく. =(1- )・ + (6.1.7) ただし は資本減耗率である.技術水準 は次のような確率的項と非確率的項 の積として表される. =(1+ ) ・ (6.1.8) ここで, はハロッド中立的な平均技術進歩率(非確率的)である.一方, は 次のようなAR(1)仮定に従う確率変数である. = ・ + (6.1.9) ここで は絶対値が1以下の定数である. は平均ゼロ,標準偏差が で表さ れる撹乱項(i.i.d. を仮定する)である.これが「技術的ショック」であり,こ のモデルにおける唯一の確率的な変動要因である. カリブレーション 実物的景気循環理論の文献では,こうしてモデル化された経済を「動かして みて」,その結果が現実のデータの特徴と整合的であるかどうかをもって,モ デルの価値を判定する.具体的には次のような手順がとられる.まず研究者が モデルのパラメータの値を設定する.そのもとでモデルのシミュレーションが 行われる.この時,シミュレーションが行われる期間の数はデータのサンプル 数と同じに設定される.撹乱項の系列は正規分布から確率的に発生させられる. この結果からいくつかの統計量が計算できる.例えば,生産量の標準偏差,生

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産量と労働時間の相関係数などである.こういったシミュレーションを充分な 回数繰り返す.そして全ての試行を通した,これら統計量の平均値が求められ る.これをデータから観察される統計量と比較する.もし両者が似通っていれ ば,モデルは現実経済の特徴をよく再現できた,と判断されるのである. 問題は,パラメータの値をどう設定するかである.ここではCooley and Prescott (1995)による設定方法に従うが,似たような設定の仕方が多くの場合とられる. その基本的な考え方は,モデルから得られる長期平均的な経済の特徴がデータ (彼らの場合には,アメリカのデータ)のそれと整合的になるようにパラメータ の値を定めよう,というものである.これは,優れたモデルは経済の長期的特徴 と短期的特徴を同時に捉えられなくてはならない,という考え方に基づいてい る.まず,データより,長期的技術進歩率は年率0.0156,人口成長率は0.012と 推定され、これらを四半期ベースに直して と の値が定められる.また,デー タに見られる労働のシェアの平均値がほぼ60%であることから,資本のシェア を表すパラメータ =0.40と設定される.これらのパラメータ以外は,より込 み入った方法で値が決定される.資本減耗率 を例にとって見てみよう.この モデルの定常状態(確率的ショックがないとして,経済が長期的に収束する点) における長期的な投資資本ストック比率は,すでに上で値を定めた , とこの によって決定されることを示すことができる. = / +1-(1+ ) (1+ ) (6.1.10) 一方,データにおいては,比率 / の長期平均値は年率で0.076である.上で定め た技術進歩率と人口成長率の年率の値を前提とすると,この値とマッチさせるた めには,資本減耗率は年率で0.0482でなくてはならない.ここから, =0.0123 が導出される.同様にして,割引因子 の値はモデルの定常状態における資本 生産比率がデータの平均値(年率)3.32と一致するように定められる.このと き, は0.987となる.次に,効用関数(6.1.3)のパラメータ の値は,やはり 定常状態における諸変数間の関係をデータの長期平均値に合わせることにより, 0.64と定められる. さらに,技術水準 の性質を特定化しなくてはならない.この目的のために,

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6.1 マクロ経済学の視点による景気循環論の概要 差」を計算している.その結果,ソロー残差(のレベル)は極めて時系列相関 が強く,単位根を持っていることも否定できない,という結論が得られた.そ こで彼らはやや恣意的に, =0.95と定めている.その上で,技術的ショック の標準偏差 は0.007と推定されている. 最後に大きな問題となるのは,(6.1.3)に出てくる,異時点間の代替の弾力性 の逆数, である.この値の定め方に関しては,必ずしもうまい方法があるわ けではない.金融市場の理論における”equity premium puzzle”に関する研究に よれば(Mehra and Prescott(1985)参照), の値がかなり(明らかに非現実 的と思われるほど)大きいことを仮定しなくては,現実に存在する株式と安全 資産の平均収益率格差を説明することはできない.しかし一方で, の値をあ まり大きくとりすぎてしまうと,異時点間の代替効果がほとんど働かなくなり, この節の冒頭で述べた実物的景気循環理論の直観的説明と合わなくなってしま う.このため,Cooley and Prescott(1995)はやや恣意的に =1を仮定して いる. なお,(6.1.3)の効用関数は,消費と余暇の代替の弾力性が1であることを仮 定している.その理由は次の通りである.戦後アメリカ経済を見てみると,実 質賃金はほぼ継続的に上昇してきた.にもかかわらず,個々の労働者のとる余 暇の値が,それにあわせてトレンドをもって上昇または下降してきたという事 実は確認されない.この事実と整合性を保つためには,(6.1.3)のように,消費 と余暇の間の代替の弾力性を1 に特定する必要があるのである.それは,ちょ うどこの時,実質賃金の恒久的増加が労働供給に与える影響がゼロになる(代 替効果と所得効果が相殺しあう)という結果が得られるからである.言い換え ると,長期労働供給曲線が垂直になる. このようにして,全てのパラメータの値が決定される.注意すべきは,これ ら全てが,データに現れる景気循環の特徴(例えばGDPや消費の変動など)と は無関係なところから決定される,ということである.このようにして,いわ ば景気循環の外で決定されたモデルが,景気循環の特徴をどこまで再現できる か,を問うのである. 以上のような手続きによってモデルを検証する手法を,「カリブレーション (calibration)」と呼ぶ.ここで注意すべきは,カリブレーションのアプローチは,

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モデル全体がどのくらいデータとフィットするかを問うのではなく,データか ら引っ張られたごく少数のかぎられたモーメントの値をモデルが再現できるか どうかに関心を集中させていることである.よって,どのようなモーメントを 調べるかについて恣意性が発生する余地がある. 計算結果 ここでは,以上のような手続きを踏襲してカリブレーション分析を行う.計 算にはロンドン・ビジネス・スクールのMorten Ravnがインターネット上で公 開しているGAUSSプログラムを用いた.このプログラムは

よりダウンロードした.ただし,彼のプログラムは King, Plosser and Rebelo (1988) のモデルのカリブレーションを行うように作られていたので,詳細を Cooley and Prescott (1995)のモデルに合うように手直しを行った(主な相違点 は,Cooley and Prescott (1995) のモデルが人口成長を含んでいる点である). シミュレーションは1回当たり183期間(後で登場するデータ分析のサンプル期 間にあわせた)にわたって行われ,これを1000回繰り返した.各試行の結果得 られた系列からトレンドを除去した上で各種統計量を計算し,その試行間の平 均を取った.トレンド除去の手段としてCooley and Prescott(1995) はHodrick- Prescottフィルタを用いている.しかしここでは,最近頻繁に用いられるよう になってきたBaxter and King (1999) の近似的なBand Passフィルタを用い ることにした.この二つのトレンド除去手段の詳細については,6.2を参照さ れたい.このフィルタをかけるためのGAUSSプログラムはバージニア大学の Christopher Otrokのウェブ・サイトから入手した.アドレスは である.フィルタに用いたパラメータの値は,RATSなどのプロシージャで既 定値として定められているものである.表6.1.1はこのカリブレーションの結果 を表している.第2行はトレンド除去後の各変数の標準偏差を示している.上 の数値が試行間の平均値であり,下の括弧内の数値が試行間の標準偏差である. 一方,第3行はGDPとそれ以外の変数の問の相関係数を報告している.やはり 上の数値が試行間の平均値であり,下の括弧内が標準偏差である.

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6.1 マクロ経済学の視点による景気循環論の概要 表6.1.1: カリブレーション結果 GDP 消費 投資 総労働時間 労働生産性 標準偏差(%) 1.206 (0.122) 0.314 (0.036) 3.955 (0.417) 0.646 (0.063) 0.573 (0.059) GDPとの相関 ― ― 0.890 (0.017) 0.993 (0.002) 0.988 (0.003) 0.985 (0.003) これと対比するために,実際のアメリカのデータの特性を見ておこう.詳しい 分析は6.2で日本のデータと対比しつつ行われるが,表 6.1.2はアメリカに関す る主な結果をまとめたものである.サンプル期間は1955年第2四半期から2000 年第4四半期であり,データはすべて季節調整済み,対数をとった上でBand Passフィルタをかけている. 表6.12: アメリカのデータに見られる景気循環の特性 GDP 消費 投資 総労働時間 労働生産性 標準偏差(%) 1.55 1.23 6.88 1.75 0.80 GDPとの相関 ― 0.87 0.90 0.89 -0.02 表6.1.1を表 6.1.2と比較することで,モデルが現実経済のいくつかの重要な側 面を再現できていることが分かる.第1に,モデルは実際の GDP の変動のかな りの部分(全てではないが)を再現できる.第2に,消費,投資,総労働時間 はすべてGDP と正の相関を持っている.第3に,消費は GDP より変動が小さ く,投資はGDP よりかなり変動が大きい,という傾向が再現できている.この ような結果から,実物的景気循環論の研究者たちは,「これほどまで単純化され たモデルが現実のデータの傾向とかなり整合的な結論を生み出すことができる のだから,この種のモデルの説明力にはかなり期待が持てる」と結論づけるわ けである.一方で,いくつかデータとの重大な相違点も指摘できる. 1.データと比較して,カリブレーション結果では,労働時間の変動が小さす ぎる.すなわち,景気循環の過程で総労働時間はGDP と同じくらいの率 で変動する,というよく知られた事実をモデルは再現できていない.

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2.モデルの生み出す GDP の変動は,現実のそれと比較して小さすぎる. 3.一般に,モデルの生み出す GDP と諸変数間の相関は大きくなりすぎる. 特に労働生産性に関してこの傾向が顕著である. このうち,問題点1はモデルの労働市場の定式化に問題がある可能性を示唆し ている.これに関連して,データ上では総労働時間と労働生産性の相関係数は 負である(-0.474)のに対し,モデルは強い正の相関係数を生み出す(0.947), という問題点も確認された.一方,問題点2,3は,モデルの中に変動の源泉が 1種類しかないことの限界を表しているのではないか,と思われる.技術水準 とは性質の異なったショック,例えば総需要ショックを追加的に入れることで, GNP の変動をより大きくすることができるかもしれない.また,そのショック に対して諸変数が技術的ショックに対するのと異なった反応をするのであれば, 諸変数間の相関を低めることができるかもしれない.次節以降は,これらの問 題点を解消しモデルをより現実的なものにするために,どのような努力が払わ れてきたかを解説する.

6.1.4 基本モデルを改良する試み

労働市場 基本モデルの生み出す総労働時間の変動は小さすぎる,という問題を解消す るために,次のような要素をモデルに導入することが提唱されている.

● 時間に関して分離可能でない効用関数: Kydland and Prescott (1991)

● 分割不可能な労働: Hansen (1985), Rogerson (1988)

● 家庭内労働: Benhabib, Rogerson, and Wright (1991)

● 実質賃金の硬直性: Danthine and Donaldson (1995)

これらの詳細については美添他 (2001) を参照されたい.このうち最初の3つは, 労働者の供給行動を複雑化することでより高い労働供給の異時点間の代替の弾 力性を事実上生み出そうとするものである.たとえば第2のタイプのモデルで

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6.1 マクロ経済学の視点による景気循環論の概要 は,1期間あたりの労働時間が固定されている一方で,その期間に労働するか しないかという選択は異時点間で無限に弾力的となる.それに対して,4つ目 の考え方は,賃金に硬直性がある下で雇用量は労働需要側によって決定される. すなわち,「労働供給曲線」は水平になる.この時,景気がよくなっても実質賃 金はあまりあがらず,労働需要の増加によって総労働時間が大幅に増加する. 需要ショックの導入 モデルに技術ショック以外の種類のショックを導入する1つの試みとしては, Baxter and King (1993)の政府支出ショックが入ったモデルを挙げることがで きる.一方,Greenwood, Hercowitz and Huffman (1988)は資本に体化されない 技術ショックをモデルに導入している.仮に新しい資本財の生産性のみが上昇 したとしよう.このとき,現存する生産設備の生産性は変化しない一方で,企 業は新たな資本財に対する需要を増加させる.よって,短期的には,このよう なショックは投資需要ショックとなって現れることになる.

資本稼働率の内生化

上であげたGreenwood, Hercowitz and Huffman (1988)のモデルは,資本稼 働率を内生化する試みとしても注目される.このモデルでは,新しい資本財の 生産性が向上すると,企業が現存の資本ストックをより高い率で稼動させる(そ の結果,より速いスピードで資本が減耗する)ことを選好するようになり,結 果として生産が増加する.もし総労働時間と資本稼働率がほぼ同じ率で同じ方 向に変動しているとすると,生産関数はこの二つのコンビネーションに関して ほぼ線形とみなせる.このとき,景気循環の過程で生産要素価格はほとんど変 動しない一方で総労働時間と資本稼働率は大きく変動することになる.資本の 稼働率を内生化したもう一つの文献としては,Kydland and Prescott (1991)が ある.

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6.1.5 貨幣の入った「実物的」景気循環理論

次に,純粋に「実物的」な世界から離れて,今まで見てきたようなモデルに 貨幣を導入するとどうなるかを考えよう.GDP や消費など,実物的な変数の変 動や,それらの変数間の相関に関してはそれなりにもっともらしい結論をもた らした実物的景気循環理論の基本モデルであるが,実は,名目変数間の関係に 関しては,まったく現実のデータに見られる関係を再現することができないこ とが知られている.したがって,このような「古典派的」景気循環モデルの限 界は,貨幣を導入したときに最もよく露呈されることになる.ここではCooley and Hansen (1995) の現金制約モデルを取り上げる.このモデルでは,先に見 た基本モデルを複雑化して,2種類の消費財,すなわち,現金財と信用財の区 別を導入している.現金財は現金を持たなくては買うことのできない財であり, 信用財は現金を用いなくても買うことのできる財である.経済は無数の同質的 な家計からなるとする.各家計の同時点内の効用関数は以下のような形を取る と仮定される. = ln +(1- ) ln - (6.1.11) ここで は現金財の消費, は信用財の消費,hは労働時間である.また, は 0と1の間の, は正の,定数である.現金財消費に関しては,現金制約 (cash in advance constraint) が加えられる.第t期初におけるこの家計の現金保有額 を としよう.これは,前期末の貨幣保有 ( ),プラス今期初に政府から与 えられる一括固定型の現金の給付,マイナス債券保有の増分(今期初に新たに購 入する債券マイナス前期持っていた債券に対する元利償還分)によって与えられ る.この時,現金制約は次の式で与えられる. ・ ≦ (6.1.12) ただし, は第t 期における財1単位の名目価格である.上の式は,現金財のた めに支出される金額(左辺)は期初の現金保有額を上回ることはできない,と いう仮定を表している.一方,この家計は通常の意味での予算制約式も満たさ なくてはならない(式は省略する).他方,生産部門に関しては,基本モデル と同じ構造が仮定される.ただし,現金財と信用財は全く同じ技術で生産され

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6.1 マクロ経済学の視点による景気循環論の概要 る,と仮定している.この時,現金財の価格と信用財の価格は均衡において等 しくなる.上の現金制約式で,両者の価格を区別して表さなかったのは,この ためである.最後に,政府のこのモデルにおける唯一の役割は,現金を発行し て毎期そのすべてを一括固定型の給付の形で各家計に分配することである. Cooleyらは基本モデルと同じような技術的ショックに加えて,貨幣供給ショッ クを導入している.彼はアメリカの貨幣供給量に関する時系列分析の結果から, 1人当たり貨幣供給 の成長率 が次のようなダイナミクスに従うとした. =0.0066+0.491 + (6.1.13) ここで, は確率的な貨幣供給ショックであり,標準偏差は0.0089である.さ て,Cooley らは,このようなモデルのカリブレーションを行った結果,実物的 変数同士の関係は基本的モデルの場合とほとんど変わらなかったことを報告し ている.要するに,このような「古典派的」モデルでは貨幣ショックの実質的効 果がほとんど存在しないので,貨幣があってもなくても,モデルの実物部門は ほとんど影響を受けないのである.次に,彼らは次のような関係を報告してい る.モデルのカリブレーションを行った結果,(1) 貨幣供給と総生産の相関はほ とんどゼロである.(2) 名目利子率と総生産の相関もほとんどゼロである.(3) 貨幣供給成長率と名目利子率の間には非常に高い正の相関が見られる.この3 つの結果を直観的に説明すると,貨幣供給の増加というショックがあったとき に,価格の伸縮性が仮定されているためにインフレ率の方はただちに上昇する が,実質的な効果はほとんどなく(より厳密に言えば,消費に対する「インフ レ税」率が上昇して家計は消費を減らして余暇を増やそうとするため,総生産 は増加するどころか若干減少する),Fisher効果を通して名目利子率が上昇す る,という関係を表している.さらに,(4) 総生産とインフレ率の間に負の相関 が見られる,という結果も報告されている.これは,総生産の変動が主に総供 給ショックによってもたらされるため,総生産が増加したときには実質貨幣残 高に対する需要が増加し,これに合わせて物価水準が低下する,という関係の 表れである.ところが現実のデータにおいては,(1) 貨幣供給と総生産の相関 は正である.特に2期前の貨幣供給と現在の総生産の間に強い相関関係が見ら れる.(2) ラグつきの名目利子率と総生産の相関は負である.(3) 貨幣供給成長 率と名目利子率の相関は負である.(4) 総生産とインフレ率の問の相関は正で

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ある.これからわかるように,Cooleyらのモデルは,こと名目変数が関与して くる関係に関しては,現実に見られる相関関係を再現することに失敗している.

6.1.6 名目的硬直性の入ったモデル

6.1.5で見たデータ上の関係は,いわゆる「流動性効果」の表われであると思 われる.すなわち,貨幣供給の増加は,まず流動性の対価である名目利子率を 下落させる.これが金融緩和効果を持つため,総生産は増加する一方,インフ レ率は上昇する.このような貨幣の非中立性は,名目変数がすべて伸縮的に動 くような「古典派的」モデルによっては再現することが困難である.そこで,や はり何らかの名目的な硬直性の入った,「非古典派的」特徴を持ったモデルが必 要となるのである.そのようなモデルとしては,主に次のようなものが挙げら れる.(詳しくは美添他 (2001) を参照されたい.)

● 参加の制限されたモデル: Christiano and Eichenbaum (1992a, b)

● 名目賃金の硬直性: Cooley and Hansen (1995)

● 名目価格の硬直性: Cho and Cooley (1992), Kim (1998), Ireland (2001)

6.1.7 結語

以上見てきたように,実物的景気循環モデルは,データの特徴とより整合的 な結果を生み出せるモデルを探し出す,という目的意識のもとに,進化を遂げ てきた.研究者達が「データの特徴」と認めるものの選択には恣意性の入り込 む余地があるため,必ずしもこのような探索過程が常に真に「現実的」なモデ ルを志向して動いてきたとは言い切れない.しかし,その中でも,いくつかの 注目すべき流れが生まれてきていると筆者は考える.これまでの文献から筆者 が汲み取るメッセージは次の通りである.(1) 景気循環の過程における労働市場 の特徴を再現するためには,実質賃金の硬直性を導入することが有効でありう る.(2)短期的な総生産の変動の源泉は,主に生産要素の量の変化ではなく,生 産要素を使用するintensityの変化(労働時間の調整,資本の稼働率の調整,労

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6.2 景気循環特性の日米比較 働の intensityの調整)に求められるべきである.(3) 大部分の技術的ショック は資本に体化されたものであると考えられ,このようなショックを本格的にモ デルに取り込む努力が為されるべきである.このようなショックは同時点内で は総需要ショックとして現れる.(4) 名目価格の硬直性を導入することのメリッ トは大きいと考えられる.このような硬直性がある時,貨幣的ショックが一つ の重要な景気の変動要因となる.また,このような硬直性のもとで財市場で総 生産が総需要側で決定されるとすると,(3)でみたような総需要ショックが直接 に総生産の変動をもたらすことになる.

6.2 景気循環特性の日米比較

前節では,実物的景気循環理論が,アメリカの景気循環の特性を反映したモ デルを構築したい,という動機のもとに発展してきたことを見た.しかし,そ のような景気循環の特性は,先進国経済一般に当てはまる,普遍的なものなの であろうか.それとも,日本の景気循環はまったく異なる特徴を持っていて,日 本のための景気循環モデルはアメリカで発展してきたものとは別に新たに構築 する必要があるのであろうか.本節では,実物的景気循環理論の研究者たちが アメリカ経済を分析するのに用いたのと同じ手法を使って,日本の景気循環の 特性を検証する.それをアメリカの特徴と比較することを通して,「日本固有の 景気循環モデル」を構築する必要がどの程度あるのかを検討することとしたい.

6.2.1 トレンド除去の手法について

すでに前節で見たように,実物的景気循環理論の研究者たちはしばしば,経 済変数からトレンドをまず除去し,残された部分,すなわち循環部分の特性を 検討する,という手法をとる.したがって,そこから得られる景気循環の特性 は,どのような手法を用いて循環部分を推定したかに大きく依存することにな る.これまで最も多く用いられてきた手法がHodrick-Prescottのフィルタであっ た (Hodrick and Prescott (1980)).ただし最近,Baxter and King (1999) によ る,近似的な Band Pass フィルタと呼ばれる手法も有力になってきている.こ こではこの両者を簡単に紹介する.

参照

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