福岡県における 不快感を表す形容語
大学生の実態
山 県 浩*
1.はじめに
[1]本稿は、沖縄県を除く九州7県及び山口県の大学・短期大学の在学生に 対して行ったアンケート調査に基づいて、数種の言語項目における諸形式の使 用実態を報告するものの一つである。本稿では、特に、九州・山口8県のうち、
福岡県における、県内各地域の言い方の違い、即ち、県内差の実態を報告する ことを目的とする。
山県(2009
a)
・山県(2009b)では、
【救急絆創膏】【絆創膏】など、最大で 100年程度の歴史しか有さない医薬品を表す諸形式について、当該8県の違い、更に8県内40地域の違いについて述べた。本稿では、人間の普遍的な感覚・
感情である不快感を表す諸形式について、同様の観点で地域差の実態を述べる。
対象項目が物と感覚・感情の如く異なる性格である。しかし、同じく大学生・
短大生という、言語変化のただ中にある世代が対象である。このため、伝統的 な地域差(所謂旧来の方言区画に見られるもの)とともに、全国共通語や新方 言の使用拡大に伴い、新たな地域差が、表すものの性格の違いを超えて、同じ ようなあり様で認められる可能性がある。
* 福岡大学人文学部教授
勿論、世代差調査を欠くため、限界はある。しかし、不快感を表す諸形式の 使われ方について、九州・山口8県における、諸々の地域差を報告する中で、
山県(2009
a)などと同じく、当該地域における歴史的な変化の一端を捉える
ことも視野にある。
[2]山県(2011)・山県(2012)では、不快感を表す言い方について、九州 7県及び山口県・広島県という県単位で地域差の実態を報告した。
この場合、二つの立場で地域差を捉えた。特に地域差の実態と称したのは、
対象4項目がどのような言い方によって言い分けられるか、また言い分けられ ず、複数の項目がどのような言い方によって共通して言い表されるかなど、項 目の区分のあり方による9県の分類であった。
即ち、対象9県は、[福岡県・長崎県][佐賀県][熊本県・鹿児島県・山口 県][宮崎県・大分県][広島県]という5グループに分けることができた。注(1)
更に区分に関わる言い方や区分のあり方などに基づいてグループ間の関係を 考察した。その結果、福岡県の区分のあり方が最も基礎的で、対象諸県の「要」
の位置にあると述べた。
これは、山県(2010)で述べた【救急絆創膏】を表す言い方と【絆創膏】を 表す言い方の組み合わせにおいて福岡県が最も新しい組み合わせの型であるこ とと軌を一にする。この事実は、表すものの性格を越えた、新たな地域差を示 すのではないかと考える。
そこで、本稿では、九州・山口8県における県内差に関する報告の嚆矢とし て、これら諸県の「要」となる福岡県の地域差の実態について報告する。
更に不快感として対象とする項目は5種である。各項目、諸県に共通する言 い方、各県に固有な言い方が存し、【救急絆創膏】や【絆創膏】を表す言い方 に比べて、格段に多種多様である。このため、対象8県における県内差の実態 を一度に捉えることはできない。このような事情もあり、本稿では、福岡県に 限定して報告する。
なお、山県(2011)・山県(2012)全体は、今後「前2稿」と略記する。
[21]本稿で扱う調査は、全回答者1,760名、県内差を検討する九州・山口8 県の回答者は1,431名という規模である(詳細は、2章参照)。
これらのうち、福岡県の回答者は、515名存する。このため、福岡県は県内 に12地域を設定した。他7県は4〜6地域であるため、福岡県は2〜3倍の細 かさで県内差を検討することができる。
このように、福岡県は、言語的な重要性だけでなく、地域差が詳細に検討で きるため、他の諸県とは別に稿を設けた。
[22]山県(2006)では、不快感を表す諸形式のうち、新方言〈ウザイ〉に焦 点を当てて福岡県内の地域差を報告した。
ただ、後述の如く、回答者が少なく、県内に5地域しか設定できなかった。
それでも本稿と比較することによって、本稿の妥当性が検証できる。
また山県(2006)と同じ調査に依る山県(2007)では、九州・山口8県の県 差を報告した。その論末には、福岡県内5地域における7項目の回答状況を別 表として示した。山県(2006)と併せて利用する。
[3]地理的な連続性の点で、福岡県は隣接する佐賀県・大分県及び山口県と の言語的な異質性・類似性が問題になる。
山県(2009
a)では、筑後北部の〈カットバン〉の多用、筑後北部・筑後南
部の〈リバテープ〉の多用は、佐賀県や熊本県との地理的な隣接性に原因する と考えた。
不快感を表す言い方に関しては、福岡県の筑後地域について、その「特徴的 な 伝 統 的 方 言〈セ カ ラ シ イ〉な ど の 多 用 は そ れ 自 体 一 つ の 地 域 性」(山 県
(2006)p.224)と述べた。
ちなみに、〈セカラシイ〉は前2稿で佐賀県に固有な言い方であった。即ち、
福岡県で筑後地域に特徴的な〈セカラシイ〉は、佐賀県において5項目中3項 目で30% 以上の回答率を有し、注(2)当県を特徴付ける言い方である。
しかし、本稿は、福岡県内の地域差を述べることを目的とする。このため、
筑後地域と佐賀県など、隣接する他県や諸地域との関連は、別に稿を設ける。
[4]本稿では地域差を次の如く捉える。
前2稿で地域差の実態と称したのは、[2]項で述べた如く、対象項目の区 分のあり方に基づくものであった。一方で、項目ごとに諸形式の使われ方の特 徴を示し、それに基づいて当該諸県を分類した。
本稿では、後者の立場で地域差を捉える。
これは、対象とする福岡県内各地域の回答者数に問題があるためである。前 2稿で対象とした諸県は、広島県を除くと、回答者が60名以上であった。回 答者が一定数存するため、各県の回答率には一応信頼が置ける。そこで、ある 基準を満たす言い方を取り上げ、それらに基づいて対象項目がどのように言い 分けられ、また共通して言い表されるかなどを検討した。
しかし、本稿では、回答者が9名以上の11地域を対象とする。このため、各 地域の回答者は、福岡市は139名である一方、4地域(宗像域・遠賀域・京築 域・筑豊東部)は10名前後に止まる。そこで、前2稿の如く、回答率はどの 地域も等しく信頼が置けるものと考えにくい。隣接する地域の回答状況を参照 して、使用の広がりを確認するなど、回答率の妥当性を考えなければならない。
このため、項目ごとの詳細な検討が必要である。
[41]本稿で県内差のあり様を検討する際、基準の一つとするものは、山県
(2011)・31章に記した、次の2種の形式である。
これは、対象とした諸県全域での使われ方から定めたものである。
共通語的形式=当該9県全域で回答率が高く、広く使われていると言える 言い方
地域固有形式=特定地域(県)で回答率が高く、地域的に特徴的であると 言える言い方
これらの詳細は後述するが、同様の形式は福岡県内でも設定できる。そこで、
対象諸県全域または福岡県内の対象地域全域に見られる共通語的形式のような 言い方が県内地域でどのように見られるか、また特定に地域に限定される地域 固有形式のような言い方が県内各地にどのように見られるかなどによって、県 内各地域を特徴付け、それを積み重ねることによってある項目における地域差 のあり様を示す。
この場合、共通語的形式も対象とすることが示す如く、本稿では、県内各地 で共通する部分も重視する。県内差を問題とするとは言え、同一の県であるた め、共通する部分も多い。また当該諸県・福岡県両方に見られる共通語的形式 の使われ方を比較・検討することによって、前2稿で示した福岡県の特徴を別 の視点から見直すことができる。
[42]地域差は、歴史的事実の反映である。
従って、最終的に示した地域差の実態は、どのような歴史的変化を遂げた結 果であるかなどが説明されねばならない。勿論、世代差調査を踏まえない本稿 であるため、厳密にはこの考察は難しい。
しかし、問題となる言い方が全国共通語であるか、新方言であるか、伝統的 方言であるかなど、その性格を考慮することによって歴史的な方向性は示せる。
地域差を問題とする以上、歴史的な変化に関する言及は何らかの形で行いたい。
ただ、本稿の如く項目ごとに検討する場合、一面的な把握に終わってしまう。
対象とした項目全体を見渡し、項目相互の関連に配慮して考察する必要がある。
そこで、福岡県における歴史的な変化は、項目の区分のあり方を扱う別稿で触 れることとする。
[5]福岡県または福岡県を含む広域地域における、不快感を表す言い方に関 する研究で、本稿に関わるものは少ない。
例えば、陣内(1990)などはその代表的なものである。しかし、すでに山県
(2011)で本稿の依る調査との関わりを述べた。その他、広域調査で、沢山の 調査項目の中で不快感を表すものを含むこともあるが、すべて省略する(山県
(2011)・1章[3]項参照)。
山県(2006)は、大学生の調査に基づいて、福岡県内の〈ウザイ〉の使用状 況を明らかにするとともに、その他の言い方に言及した。
〈ウザイ〉の使われ方は、対象5項目で同一でないが、項目によっては予想 以上に回答率が高かった。しかし、〈ウザイ〉の使用に関して、筑後域を除く と、県内差は顕著でない。筑後域では、〈セカラシイ〉〈シカラシイ〉〈シャー シイ〉の使用など、本稿に関わる内容を指摘した。
一方で、方法上の問題が大きかった。調査は、福岡大学の学生を対象とした もので、均質性はある。しかし、実施時期の異なる3種の調査(調査期間;2004 年9月〜2006年6月)で、対象とした福岡県の回答者は、213名・241名・281 名の如く、本稿の依る調査(515名)の約半数に過ぎない。このため、県内を 5地域(福岡市・福岡域・北九州域・筑豊域・筑後域)に区分して地域差を記
述するに止まった。
更に5地域で3調査とも50名以上の回答者を有するのは、福岡市とその周 辺の福岡域だけである。このため、差違が読み取れず、見落とした地域差は少 なくないようである。
[6]本稿は、以上の如く、不快感を表す5項目ごとに各地域の諸形式の使わ れ方の特徴を示すことによって福岡県内の地域差の実態を明らかにすることを 目的とする。
前2稿で対象とした諸県または福岡県内の諸地域に見られる平均的・一般的 な言い方が各地域にどのように見られるか、また特定の地域に限定される、地 域性の高い言い方が各地域にどのように見られるかなどを通して、項目ごとに 地域の特徴を捉え、それらを総合化することによって各項目の地域差のあり様 を捉える。
即ち、不快感を表す各項目を独立したものと考え、その中で地域差を示すこ とを原則とする。従って、項目相互の関連、即ち、それぞれの項目がどのよう
な言い方によって言い分けられ、またどのような言い方によって共通して言い 表されるかなどは、すべて別稿に譲る。
2.調査の概要
[1]本稿の依る調査は、2007年10月から2008年4月にかけて行った。
調査対象は、九州・山口8県に所在する大学・短期大学16校の在学生で、
1,760名 か ら 回 答 を 得 た(詳 細 は、山 県(2009a)・山 県(2009b)・山 県
(2011)のいずれも2章参照)。
本稿では、この全回答者のうち、一定の条件を満たす有効回答者1,514名で、
福岡県で生まれ育った515名の回答を対象とする。
[2]基礎データとして、福岡県出身者について、設定した12地域ごとに回 答者数、男女別の数、在籍大学ごとの数を示した(次頁表−1参照)。
県内差を検討する12地域は、市郡単位でまとまりを考えて設定した。注(3)
これら12地域のうち、本稿で県内差を検討するのは、山県(2009
a)などと
同じく回答者が9名以上の11地域である。当初は、10名以上の地域を対象とする予定であった。しかし、九州・山口8 県49地域のうち、回答者の存しない地域が2地域、9名以下の地域が10地域 も存在する(山県(2009
a)
・22章参照)。更に回答者が9名の地域が3地域(福岡県京築域・大分県西部・宮崎県南部)も存したため、やむなく9名以上 の地域を対象とした(最終的に49地域中40地域・81.6% が対象)。
従って、本稿でも、福岡県内全12地域のうち、糸島域(5名)を除く11地 域を対象にして地域差を示す。
しかし、回答者が9〜11名の4地域(宗像域・遠賀域・京築域・筑豊東部)
は、隣接する地域の回答状況を参照して慎重に取り扱う。
[21]山県(2011)・31章[9]項で述べた如く、一部の言い方で使われ方に 男女差が見られる。
このため、地域差を問題にする際も、地域ごとの男女比は把握しておかなけ ればならない。
男女の割合は、表−1の如く地域で一定しない。しかし、極端な比率を示す 地域は、限られる。例えば、宗像域・遠賀域・京築域は、県全体の傾向[男性:
女性=4:6]と異なり、男性の方が多い。一方で、筑豊東部は、極端に女性が 多く、[2:8]の比率である。しかも、これら4地域は、回答者が少ない。こ のため、1・2名の回答ミスや作為が地域全体の回答率に影響したり、男性ま 表−1 基礎データ(性・在籍大学)【福岡県】
地 域
属 性 福 岡 市
福 岡 域 北九州域 筑 豊 域 筑 後 域 県
内 不 定
福 岡 県 全 体 宗
像 域
糟 屋 域
筑 紫 域
糸 島 域
北 九 州 市
遠 賀 域
京 築 域
東 部
西 部
北 部
南 部
139 10 31 67 5 66 10 9 11 29 64 43 31 515 回答者数
男 性 57
(41.0)
7
(70.0)
14
(45.2)
31
(46.3)
2
(40.0)
31
(47.0)
6
(60.0)
5
(55.6)
2
(18.2)
12
(41.4)
30
(46.9)
15
(34.9)
10 222
(43.1)
女 性 82
(59.0)
3
(30.0)
17
(54.8)
36
(53.7)
3
(60.0)
35
(53.0)
4
(40.0)
4
(44.4)
9
(81.8)
17
(58.6)
34
(53.1)
28
(65.1)
21 293
(56.9)
福岡大学 122
(87.8)
7
(70.0)
29
(93.5)
54
(80.6)
5
(100)
34
(51.5)
6
(60.0)
2
(22.2)
5
(45.5)
23
(79.3)
42
(65.6)
28
(65.1)
19 376
(73.0)
久留米大学 7
(5.0)
0
(0.0)
1
(3.2)
3
(4.5)
0
(0.0)
0
(0.0)
2
(20.0)
0
(0.0)
1
(9.1)
0
(0.0)
11
(17.2)
2
(4.7)
0 27
(5.2)
北九州市立大学 3
(2.2)
1
(10.0)
1
(3.2)
4
(6.0)
0
(0.0)
15
(22.7)
2
(20.0)
2
(22.2)
1
(9.1)
4
(13.8)
0
(0.0)
0
(0.0)
2 35
(6.8)
佐賀大学 1
(0.7)
0
(0.0)
0
(0.0)
1
(1.5)
0
(0.0)
0
(0.0)
0
(0.0)
0
(0.0)
0
(0.0)
0
(0.0)
4
(6.3)
5
(11.6)
1 12
(2.3)
長崎シーボルト大学 0
(0.0)
0
(0.0)
0
(0.0)
0
(0.0)
0
(0.0)
1
(1.5)
0
(0.0)
0
(0.0)
0
(0.0)
0
(0.0)
0
(0.0)
0
(0.0)
0 1
(0.2)
熊本大学 5
(3.6)
0
(0.0)
0
(0.0)
2
(3.0)
0
(0.0)
9
(13.6)
0
(0.0)
2
(22.2)
3
(27.3)
1
(3.4)
3
(4.7)
7
(16.3)
6 38
(7.4)
大分芸術文化 短 期 大 学
0
(0.0)
0
(0.0)
0
(0.0)
0
(0.0)
0
(0.0)
3
(2.0)
0
(0.0)
0
(0.0)
1
(9.1)
1
(3.4)
2
(3.1)
1
(2.3)
1 9
(1.7)
宮崎大学 0
(0.0)
0
(0.0)
0
(0.0)
0
(0.0)
0
(0.0)
0
(0.0)
0
(0.0)
0
(0.0)
0
(0.0)
0
(0.0)
1
(1.6)
0
(0.0)
0 1
(0.2)
鹿児島大学 1
(0.7)
0
(0.0)
0
(0.0)
2
(3.0)
0
(0.0)
0
(0.0)
0
(0.0)
0
(0.0)
0
(0.0)
0
(0.0)
0
(0.0)
0
(0.0)
0 3
(0.6)
下関市立大学 0
(0.0)
2
(20.0)
0
(0.0)
1
(1.5)
0
(0.0)
4
(6.1)
0
(0.0)
3
(33.3)
0
(0.0)
0
(0.0)
1
(1.6)
0
(0.0)
1 12
(2.3)
※「県内不定」とは、小学校・中学校・高等学校在籍期間中に転居をした者ののうち、転居地が福岡県内に止ま り、かつ上記12地域を跨いでいる場合である。
たは女性の回答が地域全体の回答率として現れたりするおそれがある。本稿は、
男女差を問題とするものでないが、これらの地域で特異な回答率が見られた場 合、男女別に回答を示すなどして検証する。注(4)
[22]福岡県の回答者は、本調査の中心をなす福岡大学の学生が福岡市で約9 割を占めるなど、2地域(京築域・筑豊東部)を除くと、各地域で過半数を占 め、福岡県515名の約7割を占める。
この点で、福岡県は、基本的に福岡大学の学生に依ったもので、データの均 質性は高い。
更に、久留米大学・北九州市立大学にも調査を依頼した。このため、福岡県 の回答は、85% が県内の大学に在籍する学生に基づくことになる。これら2 大学は、その所在地から、久留米大学は筑後北部など、筑後地域、北九州市立 大学は北九州市などで、一定の割合を有する。
その他、県外では、熊本大学の回答者が一定数存する。このため、福岡大学 が過半数に至らない京築域・筑豊東部の2地域では、熊本大学が久留米大学・
北九州市立大学を上回る割合になることもある。
[3]調査項目は、所定の質問文に対して、18〜27種の言い方を選択肢とし て示し、「自宅で両親や兄弟姉妹など、家族と話をするとき」に使っている言 い方すべてを回答(選択)する形式である(調査資料は、山県(2011)に示し た)。
このような形式の持つ問題点は、すでに山県(2011)・2章で述べた。ただ、
質問文の問題点は、「その他」の回答に関連して言及することがある。
本稿の依る調査において、不快感に関する項目は、次の5種である。
項目1;前髪が目に掛かるときの気持ち(略称.前髪掛かり)
項目2;長雨が降り続いたときの気持ち(略称.長雨続き)
項目3;雨夜の出迎えのときの気持ち(略称.雨夜の出迎え)
項目4;落ち着きのない子供たちが気になるときの気持ち(略称.落ち着
きのない子供)
項目5;働き過ぎによる疲労感(略称.疲労感)
前2稿では、回答状況から項目4を別扱いにし、基本的には4項目で県差を 検討した。しかし、本稿では、これら5項目すべて扱う。
[4]山県(2006)で扱った5項目との関連は、次の如くで、本稿は、これら のうち3項目を継承する。
項目1;長雨のときの気持ち → 本稿;項目2 項目2;はっきりしない空模様のときの気持ち → φ 項目3;何もしたくないときの気持ち → φ
項目4;前髪が目に掛かるときの気持ち → 本稿;項目1 項目5;雨夜の出迎えのときの気持ち → 本稿;項目3
山県(2006)と同じ調査に依る山県(2007)では、7項目について九州・山 口8県の県差を報告した。これは、上記の5項目に加え、本稿の項目5;疲労 感などを含む。そして、別表として、8県ごとの回答状況の他、県内5地域の 回答状況を示した。
そこで、本稿の項目4以外の4項目について、これらと比較する。これによっ て、本稿で見られる全体的な傾向や地域差のあり様、特定地域の特徴などが妥 当であるかなどを検証する。県内11地域を5地域にまとめて比較するため、細 かいがゆえに本稿で見落としている側面を掬い上げることができる。
なお、本稿の方で回答者が多いため、回答が分散するのであろう、山県(2006)
の回答率に比べて、本稿の回答率は、同じ項目の、同じ言い方でも全般に低い。
このため、前2稿では、対象とする言い方の基準を山県(2006)の「40% 以 上」から「30% 以上」に引き下げた(山県(2011)・注(4)参照)。従って、
比較は、回答率だけでなく、ある言い方の方がある言い方より高い・低いなど の傾向も重視する。
3.調査結果・考察
[1]本章では、2章の調査によって得られたデータに基づいて、不快感を表 す5項目ごとに、代表的な言い方の使われ方によって福岡県内の地域差を示す。
このように本稿は項目ごとの検討を原則とする。従って、複数の項目に跨る 事項は、項目の区分のあり方に基づいた地域差や県内の歴史的な変化などを扱 う別稿で論じる。また特定の言い方に注目した考察や男女差に関する考察も今 後の課題とする。
以上、本稿は、福岡県における不快感に関する報告の嚆矢として、調査項目 ごとに福岡県内の地域差の実態を記述することを目的とする。
[2]考察は、回答された言い方すべてを扱う訳ではない。
対象とする代表的な言い方とは、前2稿と同じく、回答率30% 以上の《一 定の回答率を持つ、安定した言い方》と称するものである。これに加え、参考 のため、回答率20%〜29% の言い方は、《一定の回答率を持つ言い方》として 言及する。
なお、本稿の依る調査は、最大で27種の言い方を選択肢に持つ5種の項目 からなる。これらを集計したものは、別表−11〜51として論末に示した。適 宜参照されたい。
本稿で県内の地域差を示す方法は、前2稿を踏まえている。そこで、31章 で前2稿の概要として、方法と福岡県の特徴を示し、32章[1]項で本稿で の地域差記述のための手順を説明する。
31.福岡県の特徴
[1]県内の地域差を記述する福岡県が、前2稿で対象とした諸県の中でどの ような言語的な特徴を有するか、一部を略述する形で示す。
不快感を表す5項目全体の傾向を捉えるため、各項目を代表する言い方とし て、対象とした諸県全域で回答率が高く、広く使われていると言える言い方=
共通語的形式と特定地域(県)で回答率が高く、地域的に特徴的であると言え る言い方=地域固有形式を次の如き基準で定めた。
A1.共通語的形式;9県中7県以上で30% 以上の回答率を有する言い方 A2.準共通語的形式;9県中5・6県で30% 以上の回答率を有する言い方 B1.地域固有形式;ある1・2県で50% 以上の回答率を有する言い方。但
し、その他の県は、B2.準地域固有形式を除き、20% 未満の回答率で ある。
B2.準地域固有形式;ある1・2県で30% 以上50% 未満の回答率を有す る言い方。但し、その他の県は、B1.地域固有形式を除き、20% 未満 の回答率である。
この基準に依ると、項目ごとに次の如き言い方が(準)共通語的形式・(準)
地域固有形式に該当する。
なお、項目4には両形式とも存しない。このため、残り4項目に(準)共通 語的形式は延べ10語、(準)地域固有形式は延べ12語存在する。
項目1;前髪掛かり
A1.共通語的形式;ウザイ[全9県]・ジャマ(イ)[全9県]・ウットーシ イ[8県、除;佐賀県]
B2.準地域固有形式;セカラシイ[佐賀県]・ヤゼイ[長崎県]
項目2;長雨続き
A1.共通語的形式;ウザイ[8県、除;大分県]
B1.地域固有形式;タイギ[広島県]
B2.準地域固有形式;セカラシイ[佐賀県]・ヤゼイ[長崎県]・ヨダキイ
[大分県・宮崎県]
項目3;雨夜の出迎え
A1.共通語的形式;メンドイ[7県、除;大分県・宮崎県]・メンドークサ イ[7県、除;鹿児島県・広島県]
!!!!!
A2.準共通語的形式;ダルイ[6県、除;福岡県・佐賀県・長崎県]
B1.地域固有形式;タイギ[広島県]・ヨダキイ[宮崎県]
B2.準地域固有形式;セカラシイ[佐賀県]・テソイ[鹿児島県]・ヨダキイ
[大分県]
項目4;落ち着きのない子供 なし 項目5;疲労感
A1.共 通 語 的 形 式;ダ ル イ[全9県]・ツ カ レ タ[全9県]・キ ツ イ[7県、
除;鹿児島県・広島県]
B1.地域固有形式;エライ[山口県]・タイギ[広島県]
B2.準地域固有形式;ダレタ[宮崎県・鹿児島県]
[2]両形式延べ22語のうち、福岡県に見られるのは、(準)共通語的形式の 延べ9語で、項目3〈ダルイ〉を除く。また(準)地域固有形式は存在しない。
この点で、福岡県は、一定の回答率を持つ、安定した言い方において当該9 県において基盤となる実態を示すとまとめた。
即ち、どの県でも広く安定して使われる言い方が殆どすべて福岡県でも同じ く見られる一方、各県は、これらに加えて、各項目で固有な言い方を有し、各 県を特徴付けるが、福岡県にはそのような固有な言い方が存在しない。別の言 い方をすれば、当該9県において、福岡県は、熊本県と並んで《固有性・独自 性を有さない、平均的なあり様》を示す点が特徴となる。注(5)
実際、項目ごとに諸形式の使われ方の特徴をまとめ、9県を4〜6グループ に分類した場合、福岡県は、(準)地域固有形式を有さないため、熊本県とと もにb 類に分類されることが多かった。
但し、この福岡県の特徴は、福岡県の回答者の約半数を占める福岡市及びそ の周辺地域の実態を反映したものである(山県(2011)・注(6)参照)。この ため、福岡県内の地域差を報告することが本当の福岡県の実態を示すことにな る。
32.県内差
[1]地域差の実態とは、本来、設定した各地域が不快感などを表す諸形式に おいてそれぞれどのような体系を有し、他の地域との間に共通するところとと もに、どのように異なるかによって、各地域が体系の近似性によって階層的に 位置付けられたものと考える。
しかし、本稿では、県内各地域の回答者数の違いが大きく、紙面の関係もあ るため、前2稿と同様、ある基準を設けて、対象とする言い方を絞り込み、そ れらが県内各地域にどのように見られるかを項目ごとに検討することによって 地域差を示す。
即ち、前2稿のA 類;共通語的形式・B 類;地域固有形式に準じた言い方 として、本稿では、福岡県内の
α
類;共通語的形式・β
類;地域固有形式・γ
類;地域多用形式を定める。これらは、県内の基準に依りながらも、前2稿で示した、当該諸県における 共通語的形式・地域固有形式とどのように一致するかによって、広域地域での 位置付けがなされる。併せて、これらは、全国共通語であるか、新方言で全国 的なものか、地域的なものか、伝統的方言であるかなどの性格も定められ る。注(6)そして、
α
類・β
類・γ
類の3形式の言い方が福岡県内の各地域にど のように見られるかを検討する。共通語的形式の場合、それが全国共通語か否 かで特徴付けは異なるが、一般的に、その言い方が見られることが平均的なあ り様を示すことになる。別の言い方をすれば、その言い方が見られない場合、特異な現象としてその地域が特徴付けられる。
一方、地域固有形式の場合、特にそれが伝統的方言であれば、その言い方が 見られること自体が特異で、その存在によってその地域が特徴付けられる。勿 論、福岡県の如く、当該諸県の地域固有形式が存しないことが主な理由となっ て、《固有性・独自性を有さない、平均的なあり様》を示すと特徴付けられる こともある。
このような九州7県及び山口県・広島県という広域地域また福岡県1県にお ける、共通語的形式の有無、地域固有形式の有無によって、対象とする県内 11地域における諸形式の使われ方が平均からどのような偏差にあるかを知る ことができる。これらの言い方の有無に加え、全国共通語・新方言・伝統的方 言など、言い方の性格を考慮することによって、県内各地域が何らかの形で特 徴付けられる。これを項目ごとにまとめることによって、福岡県内の11地域 がそれぞれ相対的に位置付けられる。
即ち、本稿は、項目ごとに《平均からの逸脱の状態》を検討する形で各地域 を特徴付け、県内差のあり様として示す。
[2]本稿で対象とする代表的な言い方は、前2稿と同じく、各地域で回答率 30% 以上の《一定の回答率を持つ、安定した言い方》である。
勿論、回答者が139名の福岡市と9名・10名の地域では、回答者1名が百 分比で持つ重みが異なる(注(2)参照)。地域による回答者数の違いが大きい ことを承知し、十分に注意して検討を行う。
福岡県内11地域において1地域でも30% 以上の回答率を有する言い方は、
延べ29語で、次の如くである。
項目1=7語、項目2=5語、項目3=7語、項目4=5語、項目5=5語 これらの言い方は、各項目において11地域すべてで30% 以上になる場合、
1・2地域だけで30% 以上になる場合など、様々である。しかし、各項目でほ ぼ同程度の語数であり、各項目対等の検討が行える。
なお、これら29語の回答率につき、福岡県全体の回答率を比較値とする検 定(母比率の検定[片側検定])を行った。
[21]前2稿のA 類・B 類に類した本稿の分類、即ち、
α
類・β
類・γ
類は、次の如き基準で定めた。
α
1.共通語的形式;11地域中8地域以上で30% 以上の回答率を有する言 い方α
2.準共通語的形式;11地域中6・7地域以上で30% 以上の回答率を有す る言い方β
1.地域固有形式;ある1・2地域で40% 以上の回答率を有する言い方 但し、その他の地域は、β
2.準地域固有形式を除き、20% 未満の回 答率である。β
2.準地域固有形式;ある1・2地域で30% 以上の回答率を有する言い方 但し、その他の地域は、β
1.地域固有形式を除き、20% 未満の回答 率である。γ
.地域多用形式;ある1・2地域で30% 以上の回答率を有する言い方で あるが、他の地域で20% 以上・30% 未満の回答率を有することがあ る。当初
α
類・β
類を設けた。しかし、β
類に該当する言い方が少ないため、γ
類として、それに準じる分類を設けた。このため、γ類はβ
類とも言える。なお、ここで言う「共通語」「地域固有」は、本稿の調査結果において、福 岡県内の多くの地域で一定の回答率で使われている、また特定の地域に固有で あるという謂いである。場面性・通用性などで規定される「全国共通語」「方 言」と異なる。
[22]項目ごとに
α
類・β
類・γ
類に該当する言い方を示すと、次の如くであ る。併せて、
α
類では、11地域で30% 以上となる地域数及び30% 未満の地域、β
類・γ
類では、30% 以上となる地域を記す。なお、地域の後に記した回答率が母比率の検定[片側検定]において有意な 値であれば、有意水準を記す(1% 水準=**、5% 水準=*)。そして、各項 目において、地域差を検討する場合、
α
類などの言い方の有無、特にβ
類やγ
類の存在を重視し、他に30% 以上・30% 未満の回答率、有意差の有無も重視 する。項目1;前髪掛かり(1地域でも30% 以上となる言い方=7語)
α
1.共通語的形式;ウザイ[全11地域]、ウットーシイ[全11地域]、ジャマ(イ)[全11地域]
β
1.地域固有形式;シカラシイ[筑後南部**41.9%]γ
.地域多用形式;シャーシイ[筑後北部**39.1%]、ジャマクサイ[筑豊東部* 36.4%]、セカラシイ[筑後南部**48.8%]項目2;長雨続き(1地域でも30% 以上となる言い方=5語)
α
1.共通語的形式;ウザイ[全10地域;除、京築域22.2%]α
2.準共通語的形式;ウットーシイ[全7地域/除、宗像域20.0%・糟屋域 22.6%・筑後北部25.0%・筑後南部*16.3%]β
2.地域固有形式;シャーシイ[筑後北部**32.8%]γ
.地域多用形式;セカラシイ[筑後南部**39.5%]、ユーウ ツ[筑 豊 東 部* 45.5%]項目3;雨夜の出迎え(1地域でも30% 以上となる言い方=7語)
α
1.共通語的形式;メンドイ[全11地域]、メンドークサイ[全8地域;除、糟屋域19.4%・筑紫域28.4%・筑後北部23.4%]
β
2.準地域固有形式;シャーシイ[筑後北部**34.4%]、メンドッチイ[遠賀 域30.0%・筑豊東部*36.4%]γ
.地域多用形式;カッタルイ[宗像域30.0%・筑豊東部**45.5%]、ダルイ[糟屋域35.5%・筑豊西部31.0%]、メンドー[遠賀域40.0%・筑豊東 部36.4%]
項目4;落ち着きのない子供(1地域でも30% 以上となる言い方=5語)
α
2.準 共 通 語 的 形 式;シ ャ ー シ イ[7地 域;除、福 岡 市24.5%・筑 豊 西 部 20.7%・筑後北部29.7%・筑後南部**2.3%]γ
.地域多用形式;セカラシイ[筑後北部**32.8%・筑後南部*30.2%]◇対象外;ウザイ、ウットーシイ、ウルサイ
項目5;疲労感(1地域でも30% 以上となる言い方=5語)
α
1.共通語的形式;ダルイ[全11地域]、ツカレタ[全11地域]、キツイ[全 10地域;除、宗像域*20.0%]γ
.地域多用形式;クタビレタ[京築域33.3%・筑豊東部**63.6%]◇対象外;シンドイ
以上、延べ数で、
α
類は11語、β
類は4語、γ
類は10語、対象外は4語で ある。対象外の言い方にも言及し、地域差を検討する際、参考にする。なお、論中、2種類の(準)共通語的形式・(準)地域固有形式が混在する ことになる。そこで、前2稿で示した九州・中国という広域地域でのこれらは、
「当該諸県の」「広域の」という修飾語、本稿で示した福岡県でのこれらは、「福 岡県の」「県内の」という修飾語を冠して区別する。
その他、文脈で明確な場合、前者はA 類・B 類、後者は
α
類・β
類・γ
類 だけ、またはこれらを冠することもある。以下、項目ごとに述べる。論末の別表−11〜51を適宜参照されたい。
[3]項目1;前髪掛かり
広域の共通語的形式である〈ウザイ〉〈ウットーシイ〉〈ジャマ(イ)〉は、3 語とも福岡県内全体で30% 以上となる。
しかし、〈ジャマ(イ)〉の回答率がやや低いため(〈ウザイ〉53.0%・〈ウッ トーシイ〉51.1%・〈ジャマ(イ)〉44.3%)、前2稿の分類では、福岡県は、宮 崎県・山口県と同じb1類で、「〈ウザイ〉〈ウットーシイ〉が多く、〈ジャマ
(イ)〉も見られる」と特徴付けた。
[31]〈ウザイ〉〈ウットーシイ〉〈ジャマ(イ)〉は、福岡県の共通語的形式で もあり、ともに
α
1類、即ち、3語とも対象11地域すべてで30% 以上となる。しかし、〈ウザイ〉〈ウットーシイ〉では地域によって回答率に違いが見られ る。有意差の見られるのは、回答率が高い場合、〈ウットーシイ〉1地域(筑 豊東部**90.9%)、低い場合、〈ウザイ〉1地域(筑後南部**32.6%)、〈ウットー