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藤 田

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本稿の考察対象とする大量破壊兵器言のgo国の呉冒四のの号の貢巨豊○己.日旨のの号号の庁昌&○ご昌四置く①︶という表

現が通常兵器から区別されるある特定の兵器を意味するものとして頻繁に用いられるようになったのは︑原子爆弾の

出現後のことであろう︒大量破壊兵器としてまず念頭に浮ぶのは核兵器︵または放射線兵器︶であるが︑そのほかに

も普通︑化学兵器︑細菌学兵器︵または生物兵器︶もこの概念の中に含まれる︒たとえば︑はやくも第二次大戦後ま

目次

はしがき

第一章大量破壊兵器と一般市民の戦争法上の関係

第二章化学・細菌学兵器と一般市民の保護

㈲化学・細菌学兵器の性質︑効果およびその使用

の特徴

目化学・細菌学兵器に対する一般市民保護の摸索

白化学・細菌学兵器の違法性と一般市民

大量破壊兵器と一般市民の法的保護

はしがき

⑩化学・細菌学兵器使用の違法性㈹慣習法︵以上本号︶

㈲条約

⑨一般市民保護の法的保障

㈹化学・細菌学兵器廃止の問題

㈲化学・細菌学兵器使用に対する制裁の可能

性11復仇の問題

第三章核兵器と一般市民の保護

藤田

︵一︶

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︵︒l︶もなく︑国際連合の通常軍備委員会は一九四八年八月に採択した決議の中で︑大量破壊兵器の問題にふれ︑それを次

のように定義している︒﹁大量破壊兵器とは︑原子兵器︑放射能物質兵器︑殺人用の化学および細菌兵器︑および将

来発達する兵器で原子爆弾あるいは上記の他の兵器とその破壊的効果において匹敵しうる性質を有するいかなる兵器

︵の色︶をも含むものと定義すべきである︒﹂この問題を国際連合でとりあげる際の右の定義の適不適は別として︑一般に核

兵器︑化学兵器︑細菌学兵器およびこれらの兵器と類似の効果をもつ兵器が大量破壊兵器と呼ばれるのである︒大量

破壊兵器を文字通り解すれば︑破壊力の大きな兵器ならばいかなるものでもその中に含まれるはずであるが︑上述の

意味の大量破壊兵器とは単に物理的破壊力が大きい兵器を意味するのではなく︑その兵器が非物理的なある作用や効

果︵放射能や化学作用など︶をもち︑しかもその作用や効果が一般に制禦しえない方法で拡散する兵器を指すもの

︵の︒︶とみてよいであろう︒従って大量破壊兵器という表現よりも赤十字国際委員会などがよく用いる盲目兵器︵日日8

農①巨但のの︶という表現の方がその意味するところをより適確に示しているかも知れない︒しかし本稿では従来から最

も頻繁に使用されている大量破壊兵器という言葉をそのまま用いることにする︒

また︑一般市民︵gご芦宮言旨画○国ゞ宮君置威○国gぐ帯︶という言葉は︑古くから非戦闘員あるいは平和的市民とい

う言葉でも呼ばれているが︑その意味するところは交戦国の兵力を現に構成せず︑また武器をもって敵国の兵力に敵

対しない個人の全体︑すなわち一般に軍隊以外の人民の全体を指すのである︒ただ非戦闘員という言葉はそれ以外の

意味に用いられることもある︒普通︑軍隊は戦闘員と非戦闘員から構成され︑後者には︑野戦郵便局員︑医師︑衛生

︵4︶部員︑従軍牧師︑従軍記者などが含まれる︒この非戦闘員とは軍隊の一部を構成するけれども戦闘を任務としないも

のである︒第一次大戦により総力戦の色彩が濃くなり︑軍隊構成員以外のものも何らかの形で戦争に関係をもつよう

になると考えられるようになって以来︑いま述べた意味の非戦闘員と区別するため︑一般市民という表現がよく用い

られるようになってきた︒本稿で用いる一般市民あるいは非戦闘員という表現は︑軍隊を構成せず︑普通に都市や農村

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ところで︑大量破壊兵器が現在世界の恐怖の的となっているのは︑もしそれが使用されれば一般市民にも大きな被

害を必然的に与えると考えられるからであろう︒大量破壊兵器のなかでも核兵器は米ソを中心とする核軍備競争によ

って著しく発達し︑すでに一般市民を含む一国全体の破壊さらに人類全体の破滅さえ可能にする威力をもっているこ

従って︑核兵器の国際法上の規制の問題は人類の運命を決定しかねないきわめて重要な要素を含んでいる︒国際法

学者も核兵器の違法性の問題についてはすでに多く論じて来た︒また現実の国際政治の面においては︑国際連合を舞

︵5︶台とした米ソを中心とする軍縮交渉においても核軍縮の問題がその中心課題とされてきた︒国際連合は第一回総会以

来さまざまのかたちで核兵器問題を取扱ってきたが︑なかでも核兵器使用の問題を正面から取りあげそれを弾劾した

︵負︾︶﹁核兵器使用禁止宣言﹂が一九六一年十一月二四日の総会で採択された意義は大きいであろう︒また一九六三年二

月二七日総会は︑原子︑水素兵器使用禁止に関する条約の調印のための会議召集問題を検討するようジュネーヴの一

八カ国軍縮委員会に要請する決議を採択した︒さらに一九六五年三一月五日には︑右の宣言や決議を援用して︑来る

︵f︶べき世界軍縮会議には核兵器使用禁止条約の調印の問題を真剣に審議すべきことを要請する決議を総会は採択した︒

しかし現在に至るまで未だ核兵器使用禁止そのものに関する条約は締結されていない︒ただ核兵器に関する若干の条

約は締結された︒一九六三年の核兵器実験禁止条約︑一九六七年の宇宙天体平和利用条約などは米ソ英をはじめ多数

の国が加入し︑さらに︑現在米ソにより提出された核拡散防止条約案が一八ヵ国軍縮委員会で討議されている︒またァ

︵︽U︶フリカやラテン・アメリカなどでは非核地帯設置の動きもみられる︒国連の外においても核兵器規制の努力は試みら

れている︒たとえば赤十字国際委員会はとくに一般市民保護という側面から核兵器をはじめとする大量破壊兵器の問

題を検討し︑一九五六年﹁戦時一般市民の蒙る危険を制限するための規則案﹂を作成して諸国家に配布した︒ って著しく発達し︑す︸とは周知の事実である︒ に生活している人民全体を意味する︒

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からの一般市民の法的保護の問題を検討する際︑その前提としてまず化学戦に対する一般市民保護の問題を第二次大

戦前のガス禁止運動で展開された議論などを検討しながら考察することは無駄ではないであろう︒

さらにいま一つの理由は︑化学・細菌学兵器は現在においてもその法的規制を大いに検討すべききわめて危険な兵

器であるという点にある︒それらの兵器は後に述べるように︑戦闘員のみならず一般市民に対しても使用される傾向

にある︒そのうえ化学や生物学の発達によって︑その成果を利用してつくられるこれらの兵器はますます効果的なも

のになっていくと伝えられる︒このような事情を反映してか︑軍縮問題においても︑核兵器とならんで化学・細菌学

︵咽︶兵器が次第に取りあげられるようになってきた︒国際連合においても一九六六年末化学・細菌学兵器使用禁止の決議

︵喝︶が採択された︒このように現在においてもこれらの兵器の使用禁止が改めて強調されねばならないということ自体︑

この問題は決して古い過去のものではなく︑現在その規制や再検討が必要とされているものであることがわかる︒

以上のような二つの理由から︑本稿ではまず︑化学・細菌学兵器の国際法上の規制の問題をとくにそれらの兵器か

らの一般市民の法的保護の面といういままであまり国際法学上触れられていない側面から考察し︵第二章︶︑それと

比較しながら︑核兵器の法的規制の問題︑核兵器に対する一般市民の法的保護の問題を取扱う︵第三章︶ことにす

なお︑これらの問題を考察する前に︑大量破壊兵器と一般市民の戦争法上の関係︵第一章︶について予め触れてお

く必要があろう︒なぜなら︑大量破壊兵器の出現により︑従来戦闘外におかれ戦争の禍害を蒙ることの少なかった一

般市民が必然的に大きな危険に晒されるようになったことによって︑その法的保護をより明確にし強化する必要が叫

ばれるとともに︑第一次大戦以来の特徴とされる総力戦食g堅君閏︶においては一般市民も何らかのかたちで戦争

努力に加担するから︑彼らが戦闘員と区別されて従来享受していた法的保護さえそのまま享受しうるかどうかが疑問

視されるに至っているからである︒このように一般市民の法的保護をめぐる二つの相反する要素はどのように調整さ

る︒

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すべき手段は非戦闘員に対する行使を禁止せられ︑此限度に於て非戦闘員の生命尊重の原則は慣習法上存在したと言

ふ事が出来る︒﹂つまり﹁人道的感情を基礎とする我々の説に従へば︑直接に武器を非戦闘員に加へて殺害する事が

禁止されたるに拘らず彼等の生活を困難に陥れて徐々に疲弊せしむる手段の禁止されざる事実は︑諒解するに難くな

︵ウ﹄︶い︒両者は人道的感情を刺激する程度を異にする﹂と説明される︒このようにわれわれの理解する非戦闘員不可侵

の原則とは︑非戦闘員が戦争のいかなる禍害をも受けることを禁止するのではなく︑少くとも非戦闘員に直接武力を

用いて殺傷することを禁止するという意味である︒ただ︑この原則が形成されてきた時代の戦争方法は第一次大戦以

後のそれとかなり異っていた︒第一次大戦以前の段階では戦争において非戦闘員が必然的に大きな禍害を蒙らねばな

らない場合は比較的少なかった︒

ところが第一次大戦において航空機が出現し︑さらに大量破壊兵器がそれに加わるようになると︑従来の戦争方法が

変化し︑敵国内奥深く侵入し敵の一般市民を直接攻撃することが可能となった︒それまで非戦闘員の保護が問題とな

ったのは主として占領地域の住民や自国内の敵国民であったのに反して︑第一次大戦以後は︑﹁敵領土にして未だ占

領されていない地方﹂の一般市民をも直接の保護対象として考慮しなければならないようになってきた︒その場合︑

それまでの非戦闘員の生命不可侵という原則は当然このような敵国内の一般市民にも適用されるはずである︒

しかるに︑第一次大戦後︑そしてとくに第二次大戦以来︑戦闘員と非戦闘員の区別はもはや認められず︑従って非

戦闘員不可侵の原則はもはや存在しないという学説が現われ有力になってきた︒この学説の由る根拠は︑第一次大戦

以来の戦争が総力戦の形態をおびてきたこと︑すなわち戦争は単に戦闘員の間で行われるのではなくて︑国民の労力

や資源が総動員され国民全体が行うという性質をおびるようになったということに求められる︒従って︑たとえ直接

兵力を構成しない非戦闘員でさえその国の戦争努力に関与しているのであるから︑彼らが攻撃の対象とされるのは当

然であって︑従来のような非戦闘員の不可侵の原則は総力戦のもとではもはや認められないというのである︒

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はたしてこのような説は受入れることができるであろうか︒たしかに二世界大戦中の諸国家の実行の中にはこの説

にそった事実が数多く生み出され︑一般市民は多くの損害を蒙った︒しかし︑そのような国家の実行がそのまま国際

法となり規範性をもつものとは考えられないであろう︒理論的にも諸国家の実行のうえでも︑戦闘員と非戦闘員の区

別を否定する総力戦の理論に対する強力な反論が予想されるのである︒

まず理論上︑戦闘員と非戦闘員の区別を否定する説の思索の出発点は︑前述のルソーの﹁戦争は国家間の関係云々﹂

という命題であり︑第一次大戦以来国民対国民全体の総力戦となった結果︑この命題は否定され︑そこから引出され

る戦闘員と非戦闘員の区別も当然なくなったと考えるのである︒しかしすでに述べたように︑ルソーのこの命題から

はじめて戦闘員と非戦闘員の区別が引出されてきたのではなく︑非戦闘員の不可侵は人道的感情にもとづく慣習法と

して古くから遵守されてきたものであった︒また︑総力戦といわれるものの内容も︑交戦国に属するすべての人民が

戦闘員と等しくまたそのすべての生産手段は害敵手段であるという意味ではなく︵この意味では非戦闘員の不可侵は

否定される︶︑﹁戦争の勝負が単に軍隊や兵器だけによって決るのではなくて︑交戦国におけるその他の要因︑すな

わちエネルギー源︑原料︑工業生産力︑食糧︑貿易等の主として経済的要因や人口︑労働力等の人的要因が戦争方法

と戦力を大きく規制する事実を指摘する趣旨﹂︵広島・長崎原爆判決l昭和三八年一二月七日東京地裁判決︶と解す

るとき︑それはそのまま非戦闘員の不可侵の否定につながることにならないであろう︒すなわち︑われわれの解する

ように︑非戦闘員不可侵の原則の内容は︑非戦闘員が戦争のいかなる影響も受けてはならないということではなく︑

少くとも直接武力による殺傷の対象にしてはならないということであるから︑このような非戦闘員不可侵の原則はい

ま述べた意味の総力戦の現象と必ずしも矛盾しないものであると思われる︒他方︑諸国家の実行をみても総力戦の下

での非戦闘員不可侵の原則そのものは必ずしも否定されているとはいえない︒たとえば第一次大戦後一九二二三

年︑ハーグの法律家委員会の採択した﹁空戦規則案﹂中の︑非戦闘員保護の一側面を示す軍事目標主義に関する条項

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が権威あるものとして諸国家により追従され︑また第二次大戦中行われたいわゆる目標区域爆撃さえ︑民家︑学校︑

教会︑寺院などの盲目爆撃とは区別されるものとして主張されたのである︒

もちろん︑総力戦下の非戦闘員不可侵の原則は第一次大戦以前のような確実さで遵守されることはできないであろ

う︒とくに航空機の発達︵ミサイルの出現︶と大量破壊兵器の出現は︑この一弓が結合して使用されれば︑必然的に

一般市民不可侵の原則がたとえ最少限の意味においても無視されざるをえなくなるような状況をもたらした︒そして

総力戦の効果がとくに重視されるのはこのような状況のもとで行われる戦争の場合である︒クンッ負巨目︶は﹁総力

戦は︑戦争方法の変化と兵器の技術的進歩の結合の結果︑無制限な戦争目的のための高度な破壊兵器の無制限使用の

︵⑤︒︶結果である﹂と述べている︒今日︑総力戦は﹁全面的相互破壊︵号の曾巨&○口目ロ言呈の言冨﹈の︶﹂に転化する危険を

︵︑4︶孕んでいる︒このように大量破壊兵器やミサイルの出現という戦争技術の飛躍的発達の結果︑一般市民を破滅させる

︑︑︑︑ことは技術的に可能となり︑非戦闘員不可侵の原則は実際にはきわめて微弱なものとなっている︒と同時に︑全面的

破壊を回避しようという世界的関心は︑逆に一般市民を第一次大戦以前それが享受していた地位に再確立するのに好

︵Eu︶都合な土壌をつくりだしているともいえる︒とくに大量破壊兵器に対する一般市民の法的保護の強化やそれの条約に

よる明確化などが現在要請されているのである︒

ところが︑一般市民保護の問題は大量破壊兵器を含む害敵手段の制限との関係においてこれまで十分考察されては

来なかったし︑戦争法の歴史においてもそれに関する規制はきわめて不十分である︒従来から戦争法の規定は大きく

わけて︑戦争遂行方法の制限の面から規制するハーグ条約の系統と戦争犠牲者保護の面から規制するジュネーブ条約

の系統に分けられてきた︒前者は一八九九年および一九○七年の二回にわたるハーグ平和会議で成立した諸々の条約

や宣言︑なかでも﹁陸戦ノ法規慣例二関スル条約﹂の附属書﹁陸戦ノ法規慣例二関スル規則﹂の中にその多くが規定

されている︒後者は赤十字の活躍を中心に形成され﹁戦場における軍隊中の傷者及び病者の状態改善に関する条約﹂

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︵第一回赤十字条約一八六四年︑第二回赤十字条約一九○六年︑第三回赤十字条約一九二九年︶や﹁捕虜の状態改善

に関する条約﹂︵一九二九年︶の中に規定され︑一九四九年のジュネーヴ四条約でその保護規定は大きく前進したと

いわれる︒もちろんこの二系統の規制は必ずしも無関係ではなく︑厳格に区別されるわけではないが︑概して筈敵手

段制限の規制と犠牲者保護の規制とは切放して考えられ︑両者の相互関係を考慮に入れて両者を統一的に規制するこ

とはこれまでほとんど行われて来なかった︒また第一次大戦以前の戦争方法を顧みれば︑このような規定の仕方でも

必ずしも不適切ではなかったといえよう︒つまり︑戦闘は主として戦場に限定され︑戦闘員に向けられる害敵手段の

制限︑あるいは戦場の軍隊中の傷病者や捕虜の保護についてそれぞれ規定するだけでも戦争の禍害を緩和するのに大

いに有益であった︒ところが既に述べたように総力戦のかたちをとり大量破壊兵器の出現と一般市民の直接的被害の

大きさが問題となってくると︑従来の戦争法のような規定の仕方ではきわめて不十分なことは明らかである︒大量破

域兵器の中でも核兵器使用禁止に関する条約はまだ存在しないし︑はじめて直接的に一般市民保護につき規定した一

九四九年ジュネーヴ第四︵文民︶条約もその内容は現代の害敵手段の発達段階から考えても不十分である︒

すでに第一次大戦において有効な戦争法規の不十分性が大いに痛感され︑その修正が緊急のことと考えられてい

︵︽︑︶た︒ところが第一次大戦後戦争法の修正や補充は多くの場合無視されてしまった︒その理由としてクンッの指摘する

ところによると︑第一次大戦後︑戦争観について相反する一弓の傾向︑すなわち一つは戦争は廃止されたという極端

な楽観的な平和主義の傾向︑もう一つは次にもし戦争が勃発すれば諸国はフリーハンドをもちもはや戦争法規は遵守

されないという悲観的な傾向が撞頭した︒この一弓の極端な傾向はともに戦争法規の修正や発展に対して無関心な消

極的態度を示した︒ところがこの同じ傾向が第二次大戦後の世界にも現われている︒たとえば︑国際連合憲章第二一

条㈲側は﹁国際法の漸進的発達及び法典化﹂を奨励するが︑その任務を負って設立された国際法委員会は戦争法の問

題をその研究対象から注意深く除去した︒国際法委員会はその第一会期︵一九四九年四月三一日六月九日︶で法典化

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︵I︶すべきものとしてあげられた最後の議題︵議題一五︶として戦争法について検討を加えたが︑委員の過半数は現段階

においてこの問題を研究することに反対を表明した︒その理由としてあげられたのは︑もし戦争法の問題を研究対象

にあげれば︑世論はその行為を国連に委ねられた平和維持の手段の効果についての信頼の欠如を示すものと解釈する

であろうと判断されたのである︒

第二次大戦後国連外においてももちろん戦争法改正の問題はかなり討議や研究の対象になった︒国際法学会︵旨の庁

︲︾庁三︶︑国際法協会︵吊虜のoo−鼻一○旨︶のような権威ある団体やアメリカ国際法協会などによってこの問題は幾度か取

︵R︾︶りあげられてきた︒そのうち地味ではあるが継続的に戦争法改正問題を検討しかなりの成果をあげてきたのは国際赤

十字であろう︒その中心である赤十字国際委員会の準備し作成した条約や規則案が当面の問題である大量破壊兵器か

らの一般市民の保護を積極的に取扱っているほとんど唯一のものと考えられる︒そこでこの委員会を中心とした国際

赤十字の活動について若干触れておく必要があろう︒

赤十字ははやくも一九三四年東京で開催された第一五回赤十字国際会議において﹁戦時における一般市民保護条約

案﹂︵いわゆる東京案︶を発表し︑これを参考にして作成された一九四九年ジュネーヴ第四︵文民︶条約ははじめて

一般市此を戦争の惨禍から直接的に保談する規定を含むものであった︒しかしこの条約で保誰される一般市民の範囲

はかなり制限的で︑実際に敵国の権力下にある市民︵敵国領土内の自国民や敵国の占領地域に住む住民など︶が主た

︵9︶る保謹対象であった︒しかしこの文民条約はいかなる害敵手段が制限禁止され︑一般市民がいかようにそれから保護

されるかについて規定しているのではなく︑従来のジュネーヴ条約の伝統に従って︑保護さるべき対象となる戦争犠

牲者についてのみ規定している︒従って大量破壊兵器の危険からの一般市民の保護という観点からはきわめて不十分

な条約である︒

しかし注意すべきことは︑この条約を成立させた一九四九年ジュネーヴ外交会議の席上︑大量破壊兵器からの一般

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その後赤十字国際委員会はこの問題を再びとりあげる責任を感じ︑一九五○年四月に︑一九四九年ジュネーヴ諸条

約の署名国政府宛てに︑一般市民の大量破壊をひきおこすすべての兵器を廃止することを要求するアッピールを送っ

た︒この長文のアッピールはさらに明確に問題点を提示している︒﹁⁝⁝戦争が多くの条約により禁止されうるもの

でありまた禁止されているとしても︑戦争は若干の制限的規則をなお前提とするであろう︒ところが原子爆弾︑盲目

兵器に対してはいかなる区別も不可能となる︒これらの兵器はいかにして病院︑捕虜収容所︑一般市民を免れさせる

ことができるだろうか︒これらの兵器は純粋かつ単純な皆殺しへと導く︒さらに原子爆弾はその戦術上の必要と比べ

不均衡な苦痛をその犠牲者に与える︒なぜならその犠牲者の多くは火傷の結果何週間もの苦痛の後に死亡するかある

いは一生痛ましい持病に悩むのである︒そして最後に︑その兵器の直接的かつ持続的効果は罹災者の救済を妨げる︒

このような状態の下において︑何らかの名目で原子爆弾の使用を考えること目体が︑法律の条文によって非戦闘員を

︵喝︶保護しようとするいかなる企てをも危険に晒すことになろう︒⁝⁝﹂このように訴えて︑赤十字国際委員会は諸政府

に対し原子爆弾および一般的に盲目兵器の禁止に関する協定を結ぶよう要請した︒また赤十字自身も大量破壊兵器の

問題を含め一般に戦争の禍害から一般市民を保護するための条約案の作成にとりかかった︒そして︑一九五六年作成

︵皿︶された﹁戦時一般市民が蒙る危険を制限するための規則案﹂の第一四条は次のように規定している︒

﹁ある特定兵器の現在又は将来の禁止を害することなく︑その有害な効果lとくに焼夷的︑化学的︑細菌学的︑

放射能的又はその他の物質の散布から生ずる︵有害な効果︶lが予測しえない方法で広がり︑また空間的もしくは

時間的にそれを使用する者の制禦を逸脱し︑かくして一般市民を危険に陥れる恐れのある兵器を使用することは禁

これはかなりもってまわった複雑な規定であり︑この条文の詳しい解釈やこれをめぐる赤十字国際会議での討議な

どについては後に検討するが︑ここではこの規則案がはじめて条文の形式で大量破壊兵器からの一般市民の保護を規 止される︒︵以下略︶﹂

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︵蝿︶卿戦争法の一般原則は核兵器および類似の兵器に適用される︵後略︶・﹂

決議二八の中心をなすこの四原則は概して︑慣習法化している戦争法の基本原則︵とくに㈲はわれわれの意味する

非戦闘員の生命不可侵の原則である︶を総力戦といわれる現代の戦争形態の下において再確認しようとしたものであ 定しようと試みたものであることを示すだけで十分である︒赤十字国際委員会の説明によると︑この第一四条の規定は科学の発達により発明されうる他の無差別兵器を規則の外におかないよう一般的基準を示す表現をとり︑例示的にではあるが放射能を放出する兵器をもこの基準の中に入るものとしているのであるから︑それ以上に核兵器禁止の特別規定を設けない方がよいと判断された︒そしてこの第一四条および規則案の諸規定の全体から︑核兵器の使用は実

︵咽︶際には排除されているというのである︒すなわち第一四条を作成した意向は赤十字という枠内で戦争犠牲者保護の観

点からのみ大量破壊兵器について規制しようということであろう︒このような赤十字の考えは︑その後の第二○回赤

十字国際会議︵ウィーン︶の決議の中でも示されている︒第二○回国際会議は無差別戦争の危険に対する一般市民保

護の問題を最重要テーマとして取りあげ︑次のような決議二八を採択した︒

﹁第二○回赤十字国際会議は

無差別戦争が一般市民および文明の将来に対する危険となることを確認し︑すべての政府および武力紛争の際の

戦闘行為に責任をもつ他の当局が少くとも次の諸原則を遵守するよう厳粛に宣言する・

㈲紛争当事者は害敵手段の選択につき無制限の権利を有するわけではない︒

㈲一般市民そのものに対し攻撃を行うことは禁止する︒

白敵対行為に参加する者と一般市民の間には︑できる限り後者に害を加えないよう常に区別がなされなければな

らない︒

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り︑一九五六年規則案の内容を要約的に表現したものであるといえよう︒第四原則の核兵器についてもその使用の完

全禁止を意味するのではなくて︑戦争法の一般原則たとえば非戦闘員の不可侵の原則という観点などから制限を受け

ることを意味するのであろうから︑一九五六年規則案第十四条の趣旨にそうものであると考えることができる︒

以上概観したように︑第二次大戦後︑赤十字の規則案作成を中心として︑大量破壊兵器の脅威に直面した一般市民

の保護の問題が正面から取りあげられてきたのである︒一九五六年規則案はまだ号﹄①胆の詩尉のロgに属するとはい

え︑その中にもり込まれている内容の原則は概して新しいものではなく︑古くから慣習法として戦争法上認められて

きたものである︒それが総力戦下の現代にも適用さるべきことを示した点でこの規則案のもつ意味は決して小さくな

いであろう︒なかでも非戦闘員︵一般市民︶の不可侵の原則がこの規則案の一大支柱になっている︒従ってこの基本

的原則の総力戦という新しい状況への適用︑なかんずく︑大量破壊兵器に対する一般市民の不可侵の原則がこの規則

案の中に具体化されているともみることができよう︒もっともこの規則案第十四条の文言が適切なものかどうか争わ

れるであろうし︑またこの規則案には違反を防ぐためにまた違反がなされた場合それに対していかに処理するかとい

った法遵守の保障の点については何ら触れていないという限界のあることに注意しておく必要はあろう︒

このような赤十字の活動があるにかかわらず︑クンッの指摘したように第二次大戦後も戦争法の改正が十分に行わ

れず︑﹄のx﹄國富からみて︑総力戦のもとでとくに要求される一般市民の保護︑なかでも大量破壊兵器からの保護とい

う面では戦争法はきわめて暖昧で不十分なものであることは否定しえない︒しかし︑もう古くさい遺物と考えられて

いる戦争法の中に︑たとえそのままのかたちではなくてもまた諸条件の変化を考慮に入れれば︑現代にも適用しうる︑

いや現代こそまさに適用さるべき多くの規則があるのではなかろうか︒すでにみたように非戦闘員不可侵の原則は

総力戦下の現代においてこそその存在意義はきわめて大きく︑この原則から大量破壊兵器に対しても一般市民保護の

主張が引出されうるのであり︑赤十字の規則案もまさに古い戦争法規則を新しい時代に適用させようとする努力のあ

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一 製 一

第一次大戦以来使用されている最も代表的な化学兵器はいうまでもなく毒ガスである︒そして近代化学工業の発達につれて︑毒ガ

スの種類や作用もますます多様化する傾向にある︒そこでまず︑毒ガスの大量使用をみた第一次大戦後まもなく︑国際連盟の軍備制

︵⑤&︶限のための﹁特別混合委員会Lが提出した報告書︵一九二四年︶を参照して︑当時すでに発明されていた毒ガスの種類や効果につい

て概観してみよう︒この報告書は特別混合委員会内につくられた化学戦・細菌学戦分科委員会が世界の科学者に求めたアンケートに ︾つ︒

側化学兵器

化学兵器はその形態の如何を問わず︑化学作用により人畜を殺傷することを主たる目的とする物質およびそれを応用した一切の器具︑材料を総称したものである︒このような化学兵器はとくにその作用において︑火薬類の爆発物などのいわゆる通常兵器と異なる︒後者もたしかに爆発という化学変化を利用して投射物を発射しまたは炸裂させるのであるが︑対象の物理的破壊を主たる目的とするのであるから化学兵器と区別される︒また焼夷兵器も燃焼という化学変化を利用するのであるが︑その結果発生した火焔による

︵︒上︶対象の破壊を主たる目的とするから︑本稿では考察対象に入れないことにする︒要するに化学兵器の特徴は︑対象に対するその化学

作用の時間的または空間的な潜在性にあるといえよう︒その意味で古くから使用されてきた毒も化学兵器の中に入れてよいである 伽化学・細菌学兵器の性質・効果の特徴化学兵器や細菌学兵器は︑化学や細菌学・生物学などの発達に伴って︑その結果を戦争に利用することから生れたのであるから︑国際法上これらの兵器についての一義的な明確な定義が予め与えられているわけではない︒しかし︑法的規則の対象とすべきこれらの兵器について︑一応の概念規定を行ない︑その性質や効果を説明しておくことは︑研究対象を限定して明確化するうえからも必要であろう︒ 第二章化学・細菌学兵器と一般市民の保護

㈹化学・細菌学兵器の性質︑効果およびその使用の特徴

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− 4 5 −

︵句③︶対し︑八名の化学・生物学・細菌学の権威から与えられた回答に基づいて作成されたものである︒従って本報告書は科学的に権威あ

るものであり︑また第一次大戦後まもないこと︑およびジュネーブ・ガス議定書成立の直前であることから︑当時問題とされた化学

兵器の種類や作用を正確に知るためには最適のものであると思われる︒

以下はこの報告書のうち化学兵器の種類・性質・効果について述べた部分の大要である︒

よく用いられる戦用ガスという用語はガスの科学的定義と一致しない︒それは実際にはガスのみならず︑空気中に霧状で散布され

る固体または液体の物質を含む︒

ところで化学兵器は人体の組織の成分に作用して変化を生じさせ︑その変化が通常の機能を妨げ︑ついには死に致らしめるのであ

る︒その効果は多様であるが︑いまその生理的効果の観点から有害ガスを三つの大きなカテゴリーに分類しうる︒すなわち︑H刺激

性ガス︵催涙ガス︑くしゃみ性ガス︑発泡性ガろ︒窒息性ガス︑目有毒性ガスである︒これらのガスの効果を簡単に述べると︑性ガス︵催涙ガス︑く

い刺激性ガスの効果

とい︾っ︒

吟U〃

する︒︶ 側催涙性ガスーこのガスは視覚の活動を妨げる︒それは視覚の働きをする外器官に耐ええない苦痛を与え︑人がガスの充満した空気中にいる限り︑実際には盲目にしてしまう︒ツアネテイ︵歸口の三︶教授は﹁このガスによる失明は全く一時的なものであるL

けくしゃみ性ガスーこのガスは砒素化合物である︒それは抑えられないくさめの連続発作︑窒息発作︑耐ええない頭痛を惹起

する︒このような作用によってマスクをしている人からそれを脱がせ︑他のガス︵くしゃみ性ガスと同時にまたはその直後に散布さ

れたガス︶の作用に晒させることができる︒

何発泡性ガスIこれはマスタードあるいはイペリットと呼ばれる︒二塩化エチル硫化物からなるこのガスは皮膚や粘膜を傷つ

け︑きわめて重大な傷害を引きおこす︒皮膚がイペリットのゆっくりした気化による蒸気に晒されると︑大きな水腫が二八時間後

にあらわれる︒この傷の重さはガスの蒸気に晒された時間に比例する︒ガスに少し晒された場合には傷は単なる小さな局部的水腫で

あるが︑逆にガスの蒸気に長時間晒されるかまたは液体に接触した場合には︑全身に極度に大きな水庖が生じる︒粘膜に対しては︑

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− 4 7 −

ば致死性がある︒発泡性ガスも皮膚に入るかわりに肺に侵入すれば致命傷を引きおこす︒それゆえ催涙ガスや窒息性ガスについて示

される効果は主たる効果だけである︒使用される量を変えることによってまた投射物の中の装填方法や放射の濃度を変えることによ

り得られる変化によって︑有害な効果の一覧表は全く書き換えることができる︒例えば︑塩化エチルの硫化物は低い濃度では視覚器

官の単なる炎症を引きおこすにすぎず︑皮膚に対しては発泡性のように作用するが︑高い濃度では目を傷け人を盲目にし︑肺傷害を

引きおこす︒この肺傷害は空洞の漸次的な閉塞を惹起させ︑そしてゆっくりと咽喉を締めつけられた傷者の死をもたらすのである︒

それゆえ化学化合物の示す症候の重大さによってそれらを分類することは誤りであろう︒多種多様な有害な作用の可組合わされたL

効果が存在しうるのである︒なぜならあるいは同時に多くの物質が散布されるか︑あるいは同一の物質が多様な特性をもっているか

らであるL・またガス後遺症については︑回答者の見解がすべて一致して断言しているわけではないが︑毒ガスによる傷はその後に

傷痕を残し︑それがガス犠牲者を虚弱にする︒とくに肺の傷はある伝染病に罹りやすくする︒最後に報告書は︑以上述べたのはすで

に知られているガスについてであり︑平時の工業において日常使用されているガスに関するものであって︑身体の他の機能を妨げる

新物質が発見されないということは何人も保証しえないという︒ただ同時に考慮しなければならないのは︑すでに知られているガス

よりもはるかに軍事的な優秀性を示す物質のかなりの量を発見し準備することができるとも信じられない︒可戦争の頭初知られてい

た毒ガスの種類の数は三十いくつかであった︒今日その数は千をこえている︒しかしそれは意味のない議論である︒なぜなら三十か

ら千への急激な増加の中には新たに発見されたいかなる生成物も含まれず︑三十のうち最も重要な地位を占めていたホスゲン︑ジシ

アン塩化物︑そしてイペリットは千のうちでもその地位を保持しているからである︒L

以上検討した一九二四年の報告書の内容を現在の化学兵器の進歩と比較してみることは興味をそそる︒その専門的な比較をするこ

とは本稿の領域をこえるが︑化学兵器の進歩の特徴を指摘することは可能であろう︒現在開発されている化学兵器の種類や効果の中

には各国の軍事機密事項に属するものもあるから︑そのすべてを正確に知ることは困難であるが︑今日公表されている化学兵器の種

類もかなりあり︑事実は明らかでなくても化学者の間では当然兵器として開発されていると考えられるものも存在する︒なかでも現

︵4︶在米国の化学兵器研究は進んでおり︑米軍略号をもつ多くの化学兵器が公表されている︒そして現在でもイペリット︑ホスゲンなど︑

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誘導体︵アルカロイドの一種︶でLSDl弱という略称で呼ばれ心理化学兵器として米陸軍の正式兵器となっている︒この兵器の利

点は︑H極微量で強烈な効果があり︑集団的に精神錯乱をひきおこし抵抗不能にすることができる︒目神経ガスと同様無色無臭であ

るから︑探知困難である︒国大量に合成可能で︑しかも安価である︒㈱一時的な効果だけで︑肉体に影響がないから人道的兵器であ

ると宣伝しうる︒もっとも一時的効果しかないから人道的という宣伝は︑集団的発狂状態の恐ろしさを無視したもので︑また一時的

︵数時間から数十時間︶しか効果がなく︑後遺症がないというのは︑ある一定の条件の場合だけ︑すなわち成人に対して○︑一ミリ

グラム以下という極微量を与えた場合だけにいえることであって︑もっと多量に与えた場合︑人間の精神変調がどんな激しいものに

なるか︑またどんな後遺症を残すかはほとんどわかっていない︒

以上のように神経ガスや精神錯乱性ガスはその効果作用からみて︑戦場のみならず市民の密集する大都市にこそ効果的に使用しう

るものであり︑ある意味では核兵器に匹敵する大量の殺傷効果をもつものである︒GBやLSDl妬などは一般市民を対象とした大

量破壊兵器たりうるものである︒従って︑一九二四年の報告書が指摘したような新ガスによる従来の毒ガスの革命はおこりえないと

いう予想は現在では必ずしも当っていないといえるだろう︒

側細菌学︵生物学︶兵器

細菌学兵器または生物学兵器とは︑細菌︑ウイルス︑肉腫︑リケッチャ︑生体組織毒素などを応用して︑人畜︑植物を発病させ︑

あるいは死滅させる物質︑材料︑器具を総称したものである︒この兵器の効果の特徴も化学兵器と同じく︑その作用の時間的または

空間的な潜在性にあるといえよう︒細菌学兵器は化学兵器と異なり︑その本格的研究は第二次大戦後までほとんどなされなかった︒

しかしすでに第一次大戦後︑細菌学兵器の恐ろしさとその実現可能性は専門家の間では予測されていた︒先に見た一九二四年の報告

書は将来の兵器と考えられた細菌学兵器についても次のように触れている︒

まずアプリオリにいいうることは︑細菌学兵器の効果はその範囲を予測することも限定することもできないから︑一般市民にまで

影響を及ぼし︑国境を越え︑敵対行為終了後においてさえ発生し蔓延することがあるという点である︒従ってこの兵器は間接的に人

類全体に向けられたものであるということができる︒しかし︑若干の教授の見解によると︑この兵器の効果を阻止する防謹手段のた

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‑ 5 0 −

めに︑この兵器はほとんど効果をもたないだろう︒たとえば︑給水を汚染するためチフスやコレラの培養菌を使用しても︑都市で行

なわれる濾過によりあるいは河水の塩素処理により無毒化されてしまうだろう︒そこで敵は飛行機により直接に貯水池や濾過された

水を汚染しなければならないが︑それは困難な仕事であり︑しかもその効果に対しては予防接種で防がれるだろう︒このような例を

あげて︑最後に専門家の多数は現在のところ細菌は一国の家畜全体および収穫物全体を破壊しうるような伝染物質を生み出さないと

結論した︒それに対しカノン︵岳目︒ロ︶教授は︑この見解に同意しえないとし︑飛行機から広大な地域の収稚物に被害を与える寄

生物を散布することは可能であると考えた︒そして結局︑専門家たちは︑衛生学や微生物学における現在の知識は戦闘員間および一般

市民の間に生じる伝染病の蔓延を制限するであろうし︑伝染病は敵対行為の結果に対して重大な影響をもたないだろうと結論した︒

ただ︑細菌学兵器が現在敵国の防衛を無力化することができずへそれほど恐ろしいものでないように考えられるとしても︑将来の細

︵5︶菌学の発達が提供するであろう可能性に十分注意を払う必要があると報告書は結んでいる︒

細菌学兵器の研究はすでに一九一一二年ハルビン近郊に建設された日本の旧陸軍の関東軍防疫給水部隊︵いわゆる石井部隊︶の研究

所でペスト菌の研究など初歩的な方法で行なわれたが︑第二次大戦後は米国のフオートデトリック宙︒H計漂豆︒丙︶の生物戦研究所︑

英国のポートン亀OH8p︶の微生物研究所などで大規模な本格的研究が進められている︒もちろん研究内容の多くは秘密にされてい

るが︑種類や性質が明らかとなっている細菌学兵器もかなりある︒とくに一九五○年代の生物学の新しい波といわれるウイルス学︑

微生物遺伝学︑分子生物学などの成果は細菌学兵器開発のために利用されている︒そして現在では細菌学兵器に適する病源体の条件

として︑一九五九年のパグゥォッシュ科学者会議で指摘されたところによれば︑次のものがあげられる︒H小量で致命的な効果をも

ち︑毒性や感染性の強いもの︑目大量生産︑貯蔵が可能で大量散布しても毒性︑感染性が安定なこと︑㈲通常の防疫措置や予防接種

︵︽⑥︶で防ぎにくいもの︑㈲病原体︑疾病の検出︑診断の困難なこと︑国抗性物質に耐性であること︒このような特性の全部または一部を

もつ多くの病原体がすでに知られている︒細菌では︑炭疽菌︑ペスト︑野兎病菌︑ブルセラ︑チフス︑赤痢などが有力とされ︑また

大量培瀧が困難とされていたウィルス︑リケッチャも現在ではその技術的障害が克服されて︑Q熱リケッチャ︑痘瘡ウイルス群︵天

然痘︑牛痘︑粘液腫など︶︑オウム病ウイルス︑ベネズエラ馬脳炎などが開発されている︒

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− 5 1 −

とくに注目されるのは︑これらの病原体の撒布方法の発達である︒現在最も効果的な方法とされるのがエロゾル散布という方法で

ある︒これはある装置を用いて病原体の粒子を空中散布する方法で︑タバコの煙のように細かい微粒子︵液体でも固体でもよい︶が

安定した状態で空中に散らばり︑普通の場合人間が吸収しても鼻や喉にとどまったはずのものが︑肺の奥まで達し︑感染効果や死亡

率をはるかに高めるのである︒この方法は皮層感染の病原体についても効果的であり︑それがエロゾル吸入によって肺に直接感染す

ると病気の進行がはやく死亡率も高くなる︒このエロゾル散布は毒ガスや毒薬を散く場合にも使用されうるものである︒また細菌学

兵器の利点の一つとしてへ化学兵器と同じく︑その研究製造には核兵器とくらべて費用がかからない点があげられる︒

いま述べた細菌学兵器の特徴を綜合すれば︑この兵器は最近の化学兵器と同じく︑戦場の戦闘員のみならず︑人口密集地域の一般

市民に対して使用する場合にきわめて効果的な大量破壊兵器であるといえよう︒それは一九二四年に専門家達が考えていた将来の細

菌学兵器の予想を上回る盲目兵器となっているのである︒もっとも細菌学兵器については︑人間に対する感染性や毒力の強さと︑そ

の使用によって実際に敵に与える破壊の大きさとの間の量的関係はよくわかっていないので︑効果の確実さという点では︑核兵器と

比較にならないし︑化学兵器に比べても劣るであろう︒

以上に述べたような化学・細菌学兵器の最近の発達を考慮に入れれば︑これらの兵器の共通の特徴として次の諸点をあげることが

できよう︒これらの兵器は︑Hまず建造物の破壊などの物理的損害をひきおこさないこと︑目空気中に散布されることによって︑非

常に広範囲の地域を汚染しうること︑白空気中に散布されると︑建物︑避難所︑防空壕などの中にも侵入しうること︑㈱とくに一般

︵7︶市民に対する防護方法の困難さなどがあげられよう︒

このような特徴をもつ化学・細菌学兵器は現在大量破壊兵器として相当の部分を占めていることは明らかである︒もちろん速効的

な破壊力という点では︑これらの兵器は核兵器と比べものにならない︒化学・細菌学兵器の効果は気象条件に左右され︑また攻撃目

標に対してだけ破壊力を限ることの困難さなど︑思う通りに操作できない諸々の要因にかかっているため︑被害を与える地域の広さ

︵⑥︒︺や被害の程度を予測することができないといわれている︒

以上化学・細菌学兵器の性質・効果などについてやや詳しく説明したのは︑このような性質・効果が戦争法上禁止された兵器であ

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②化学・細菌学兵器使用の特徴

今日われわれが考えるような化学兵器でなくても︑何らかの化学反応から生ずる効果を戦争に利用しようとする考

えは古くからあった︒すでに紀元前五世紀にはアテネとスパルタの戦いでスパルタ軍はピッチと硫黄の混合物を燃や

し多量の亜硫酸ガスを発生させてアテネ軍を悩ませたといわれ︑また敵艦に火をかけるために用いられた有名な﹁ギ

︵ql︶リシャの火﹂も窒息性のガスと煙で大きな効果をあげたといわれる︒さらに中世には毒物や毒槍・毒矢などが広く使

︵2︶用され︑法王イノセント三世も教皇令の中でこの兵器の使用を擁護しようとしたとさえいわれているが︑この使用の

問題については後に述べるように国際法学の英雄時代の学者達が大いにその可否を論じた︒いずれにしても今日から

みればこのような化学兵器の使用はかなりエピソード的であったといってよいであろう︒第一次大戦に至るまでこの

︵no︶性質の問題が国際問題として争われた例は一︑二を数えるにすぎない︒

化学工業からつくられる毒ガスというタイプの化学兵器はそれほど長い歴史をもつものではなく︑十九世紀の有機

︵4牡︶合成化学工業の発達によってその道が開かれた︒ただ︑イペリットの例にもみられるようにその軍事的利用について

は当時想像さえされず︑やっと第一次大戦の勃発後しばらく経てからそれに目がつけられるようになった︒そして第

一次大戦において︑化学工業の発達を背景として戦用ガスの生産が年を追うに従って量的にも質的にも漸次拡大さ

れ︑毒ガスの公然たる大量使用となってあらわれた︒

第一次大戦におけるガスの最初の使用は一九一四年末︑フランス軍がシャンパー−1の戦いでブロム酢酸エステル

︵催涙ガス︶を詰めた手榴弾をドイツ軍陣地に投げこんだことにはじまるといわれているが︑ガス使用の歴史において

最も劃期的な事件は一九一五年七月二十二日西部戦線イープル︵昌冒のの︶近郊︵国xo言○篇とFm長の目囚員の間︶での

︵7︶宛○吾の︒豆昼寧OPO罫重石P崖1画い

︵8︶一九五九年パグウォッシュ会議声明︵和気朗︑前掲書一九一頁︶

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戦闘において︑ドイツ軍が風向きを利用して大量の塩素ガスを放射し︑フランス軍に大損害を与えたいわゆるイーブ

︵氏U︶ルの戦であった︒この戦は第一次大戦のガス使用の様相を予見するものであって︑ここに近代化学工業の産物を背景

︵侭U︶とする真のガス戦争の時代が開かれたのである︒このイープルの戦以後︑ドイツ側︑連合国側ともに毒ガスの製造法

︵J︶およびその防護方法の研究に努力を集中し︑以後多くの戦闘にいろいろのガスが使用された︒なかでもきわだって効

果の大きいイペリットは一九一七年七月十二日はじめてドイツ軍によって使用されそれ以後終戦に至るまでの間ほと

︵︑ひ︶んどドイツ軍の独占物であった︒

第一次大戦中のガス攻撃の方法をみると︑㈲イープルの戦の場合のように︑ガス権を放列し風向きを利用して放

射する雲状ガスによる方法︑㈲榴弾の形をした容器の中にガスをつめたガス榴弾を投げ込む方法︑白ガス砲弾を大砲

から発射する方法がとられた︒最初のうちは雲状ガスの方法が多く用いられたが︑次第に他の二方法が多くとられる

ようになった︒なかでもガス砲弾がその主たる地位を占めるようになり︑イペリットももっぱらこの方法によって使

︵9︶用された︒ただ注意すべきは︑航空機によるガス散布またはガス爆弾の投下という方法は第一次大戦中まだとられな

かったことである︒それは︑一般市民に対する被害の大きさが考慮されたというよりも︑空化学戦の軍事的効果には

︵︑︶気付きながら単に技術的にまだ不可能であったという理由によると考えられている︒

空化学戦が現実化しなかった結果︑化学戦による一般市民の被害はそれほど大きなものではなかった︒雲状ガスや

ガス榴弾︑ガス砲弾は主として戦場において敵の兵士を殺傷することを目的として使用された︒しかしもちろん一般

市民がガス攻撃の被害を受けることがなかったのではない︒たとえばフランスのアルマンチエール︵鈩局冒呂陸禽のの︶

市は一九一七年八月ドイツ軍のガス砲撃を受け︑多くの住民が中毒に罹り︑死者も出るに及んでドイツ軍に明け渡さ

︵u︶︵蛇︶れた︒毒ガスのほかにも︑︑毒入り糖果が散かれた例もかなりあり︑また水源に毒を混入したり︑毒の混入された水の

供給なども行われた︒とくに一九一七年に入って連合軍の攻撃でドイツ軍が占領地域から撤退を余儀なくされるよう

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ところで︑第一次大戦以後︑大戦中の毒ガス大量使用の反戦として︑毒ガス禁止連動が昂揚し︑また第二次大戦で

毒ガスが表向きには公然と使用されなかった結果︑前にも述べたように戦争における毒ガス使用の問題はかなり過去

のものとなり現在ではさほど重要性をもたないように考えられがちである︒しかし︑実は現在にいたるまで実際には

かなり使用されているのであり︑ただ第一次大戦におけるような華々しい方法で使用される場合は少く︑主として秘

密裡に人々の注目を引かないような方法で使用されてきている︒ここではその若干の例を取り出して︑化学・細菌学

戦争の特徴を考察しておこう︒

第一次大戦後はじめて化学兵器が公然と使用されたのは一九三五年のイタリア対エチオピア戦争においてであっ

た︒この戦争でイタリア軍はイペリットを中心とする多量のガス空襲を行い︑エチオピア側に多数の犠牲者を生ぜ

︵雌︶しめた︒ガス使用の問題はエチオピア側から国際連盟に提訴された︒国際連盟事務総長の手許に提出された資料に

よると︑毒ガスは単に戦線においてのみならず無防守都市に対しても使用されている︒たとえば︑一九一三ハ年三月十

︵妬︶七日の電報は︑イタリア軍が北部戦線での爆撃やさらにエチオピア国内の無防守都市の爆撃に際し︑窒息性ガスぉよ

︵焔︶ぴ類似のガスを使用したと伝えた︒またガス攻撃を受けた多くの都市名があげられている︒なかでも﹁コーラム︵

p屋○国日︶市に対する最近の四度にわたる爆撃でこの都市には文字通りガスが充満した︒もっともよく使用されてい

るガスはマスタードガスであるといわれている︒﹂またエチオピア以外の情報筋からも︑一般市民に対す・るガス使用が

︵︶確認されている︒このようなガス使用の結果︑エチオピア側の算定によれば全死傷者の三分の一が毒ガスによるもの ︵過︶になったとき︑ドイツ軍は井戸や水源に多量の砒素などを投げ込み有毒化したといわれている︒このように一般市民に必然的に被害を加える毒物使用や水源の毒化などが頻繁に行われたのに対し︑毒ガスを一般市民に対し使用する例はかなり偶然的であって︑他の方法による一般市民の被害の大きさに比べそれほど目立ったものではなかったといつてよいであろう︒

ところで︑第

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エチオピア対イタリア戦争後も︑また︑国際連盟で毒ガス使用問題が討議されている︒一九三八年中国政府は日本

︵肥︶軍の中国でのガス使用および化学戦の準備に抗議して国際連盟に訴えた︒中国政府の連盟事務総長宛書簡︵五月九

日︶によると︑﹁日本軍は山東省の戦線において最近幾度も毒ガスを使用した︒⁝⁝本間陸軍中将指揮下に新しく組

織され独自の技術部隊からなる化学部隊の二大隊が神戸を出発し四月十九日青島を経て山東省戦線に向った︒また山

東省南部に向け日本を出発した菊地陸軍少将指揮下の他の技術部隊には化学戦部隊が含まれている︒化学戦のために

さらに多くの兵士がいまや日本から急派されつつある︒:⁝・﹂と述べられている︒他方︑日本は逆に中国側がホスゲ

︵四︶ンを含む毒ガス弾を使用していると非難した︒このような非難の真偽はいずれにせよ︑日華事変においては銃後の一

般市民に対してはいざ知らず敵軍に対し毒ガスが使用された疑いはある︒

第二次大戦中は敵兵力に対してガスは公然とは使用されなったが︑捕虜や一般市民の強制収容所などで大量殺獣の

手段としてまた人体実験の材料として大量にしかも秘密裡に使用されたことは世界大戦後の諸々の軍事裁判によっ

て白日の下に晒された︒なかでも最も大規模にかつ組織的に大量殺裁のためにガスが使用されたのはナチス支配下 皆無ではないであろう︒ であるといわれた︒従って後でみるように第一次大戦のガス死傷率に比べてはるかに高い死傷率である︒エチオピア側にマスク等ガス防護設備がきわめて不十分であったことのほかに︑無防守都市に対するガス空襲によって一般市民に対してもガスが使用されたことがこのような高い死傷率をもたらした原因であると考えられる︒なお国際連盟でこの問題が討論の的になったとき︑イタリア側はガス使用の事実を否定せず︑むしろその使用はエチオピア側の戦争法違反行為に対する復仇として正当化しようと試みた︵この点については後述︶︒このように︑この戦争におけるガス使用は公然と行われたのであるが︑その後はできるだけ隠密裡に使用されるようになった︒従ってガスが使用されたか否かの事実の確認はより一層困難になり︑他方また敵国がガス使用に訴えたという虚偽の宣伝戦が行われることも

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にかり集められたユダヤ人等の強制収容所においてであった︒アウシュビッツをはじめ多くの収容所には毒ガス殺人

工場が設けられていた︒そこでは同時にチクロンB︵青酸化合物︶や各種の有機リン系毒ガスを使って人体実験も行

︵︶われた︒またカラバンのように偽装されたガス運搬車︵遅のぐ凹邑の︶も使用された︒また一九四九年十二月ハバロフ

スクで行われた﹁細菌兵器の準備および使用についての公判﹂︵細菌戦犯裁判︶で明らかにされたように︑先にみた石

井部隊は第二次大戦中多くのマルタ︵丸太︶を研究所に収容し︑細菌の人体実験に使った︒人間モルモットにされた

マルタには主として中国人の捕虜やスパイ容疑で捕えられた者さらにその中には朝鮮人やソ連人も含まれていたとい

︵郡︶われる︒これらの例にみられるように第二次大戦中︑化学・細菌学兵器は自己の手中にある無防備な一般市民や捕虜

に対して大量殺裁や人体実験のために秘密のうちに使用されていたのである︒

第二次大戦後においても︑朝鮮戦争のとき︑国連軍︵米空軍︶が朝鮮および東北地区でペスト菌などを特殊な容器に

つめた細菌爆弾を使用したとして北朝鮮などは非難した︒それに対して国連軍側︵米国︶は︑その非難は事実無根であ

︵︶り北朝鮮の宣伝であると主張した・しかし現に進行中のベトナム戦争においては︑米軍は最初化学兵器の使用を否定し

︵︶ていたが︑後にその使用事実を認めるにいたった・一方ベトナム民主共和国︵北ベトナム︶および南ベトナム民族解放戦

線側は米軍の化学兵器使用を非難する声明を出したり︑調査委員会を設け︑その調査結果を報告書にまとめて公表して

いる︒ベトナム民主共和国の調査委員会が一九六六年十月三十一日発表した文書によると﹁毒ガスを使用した最初の

重大な軍事行動は︑一九六五年一月二十五日にフーエン省ブラック村にたいしておこなわれた・その村は爆弾とナパー

ム弾の雨をあびせられ︑地下の待避壕から人びとを追い出す目的でガス爆弾が投下された︒そのような状態の中で︑

︵別︶住民は一人として爆弾や砲弾からのがれることはできなかった︒﹂この爆撃によって毒ガスだけで死者八○人︑害を

受けた者数百人が出たといわれる︒また南ベトナム民族解放戦線の発表によると一九六六年に入ってからも毒ガスは

ますます公然と使用されるようになり︑一九六六年一月十日のキムタイ部落︵ビンディン省︶襲撃の際の毒ガスにょ

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