国 際 間 の 海 上 物 品 運 送 契 約 の 準 拠 法 を 船 荷 証 券 の 記 載 に よ り 定 め
︑ 外 国 法 が 不 明 の 場 合 条 理 に よ り 裁 判 す べ き も の と さ れ た 事 例
︵ 神
戸 地
裁 昭
五 一
□
第九〇八号︑損害賠償請求事件︑昭和五八・三・ 三〇判決︶判時一〇九二号一︱四頁︑判夕五 0 四号一六 0 頁
︹事
実の
概要
︺
被告
Y
︵インドの海運会社︶は︑昭和四九年八月から九月にかけて︑カルカッタから神戸向けの貨物の運送を数件引き受け︑
L
それぞれについて船荷証券︵/︶を発行した︒ところが陸揚後︑B
本件貨物の相当部分に汐濡れ損害が発見されたため︑原告x
︵ 日
本の保険会社︶は︑荷受人に保険金を支払い︑
Y
に対する損害 賠償請求権を保険代位によって取得し︑本訴を提起した︒︹判旨
一﹁法例七条一項によれば︑法律行為の成立及び効力につい ︺
ては当事者の意思に従い︑そのいずれかの国の法律によるべき
かを定めることとされているところ︑﹂本件船荷証券には﹁イン
ド共和国︵連邦︶の法が適用されるべきである旨の条項が存す
ることが認められるから︑本件海上運送契約の準拠法はインド
奥
田
二︱九
安
い︒
﹂
られ
る︒
﹂
で︑
インドにおいては︑英領時代に︑一九二四年の船
ニ ニ
〇
二﹁損害の算定も本件海上物品運送契約の効果と解される
から︑前記のとおりインド法によるべきであるところ︑インド
海上物品運送法は前記のとおり船荷証券統一条約とほぽ同一内
容である︒ところで︑右条約には︑損害賠償の最高額の限定に
関する条項が存するが︑損害の算定そのものに関する規定は見
当らない︒そして︑インド法における国際海上物品運送におけ
る損害の算定に関する法規内容は︑当裁判所においてこれを知
りえないので︑条理によって決するほかはないと思料する︒﹂
﹁そして︑前記インド海上物品運送法制定等の経緯及びインド
の歴史にかんがみるときは︑インドは英法系に属するものと理
解されるので︑条理の内容を決するについては英法︵ないし英
米法︶が参酌されるべきであるが︑同時に︑国際海上物品運送
をめぐる法律関係については︑前記船荷証券統一条約の締結・
批准等に見られるように︑各国の利害を国際間で統一しようと
の動きが存するのであるから︑各国の法令・判例の動きをも参
酌するのが望ましいと考えられる︒﹂
﹁遅延損害金請求につき案ずるに︑本件の遅延損害金の請
求は︑権利移転された損害賠償債務に付随するものと解され︑
主たる債務の準拠法によるべきものと解されるので︑前同様イ
ンド法に準拠すべきところ︑その内容は当裁判所に明らかでな
いので︑条理によって決すべきものと解する︒﹂
国際間の海上物品運送契約の準拠法を船荷証券の記載により定め、
外国法が不明の場合条理により裁判すべきものとされた事例(奥田)
︹ 批
評 ︺
一本判決は︑国際間の海上物品運送契約の準拠法を船荷証 券の記載により︑インド法と定めつつも︑実際にはインド法を
適用していない︒本稿では︑この点を中心に述べていきたい︒
まず運送人の責任の存否については︑﹁インド海上物品運送法と
同一内容と認められる船荷証券統一条約﹂により判断している︒
確かに︑インドは船荷証券統一条約について批准または加入を 行なっていないけれども︑条約の英文正文をそのまま国内法と した海上物品運送法を施行しているのであれば︑これを締約国
と同一視することは可能であろう︒というのは︑法統一という
条約本来の目的のためには︑批准や加入などという国際公法上
(1 )
の形式を絶対に必要とするものではないからである︒現に︑本
条約において採択されたヘーグ・ルールズも︑元は援用可能規
則にすぎなかった︒
しか
し︑
それだからといって︑インド海上物品運送法を船荷
証券統一条約と全く同一視することには問題がある︒というの
は︑船荷証券統一条約の署名議定書第二項は︑各締約国に対し︑
直接︑条約に法の効力
( f o r
c e d
e
l o i )
を与えるか︑それとも国
内立法に適する形で組み込むかの選択権を与えてしまった結 果︑締約国間においても法の不一致が生じたからである︒その 顕著な例は︑運送人の責任限度額である︒たとえば︑わが国も
また︑船荷証券統一条約を批准し︑それを国内法化するために︑
﹁国際海上物品運送法﹂を制定したのであるが︑その第一三条に
おいて︑運送人の責任限度額を貨物一包または一単位につき一
0万円としている。これに対して、神戸地判昭四五•四・一四
︵判タニ八八号二八三頁︶では︑これを一
00
ポンドとする旨の
条項が有効とされた︒しかし︑この判決は︑船荷証券の記載に
より︑英国法を準拠法とし︑それゆえ一九二四年英国海上物品
運送法を適用した結果と考えられる︒というのは︑当時の公定
為替相場によって換算しても︑一
0 0
ポンドは一0
(2 )
回り︑そのため︑もし日本の国際海上物品運送法を適用するの
であれば︑この責任制限条項は︑同法第一五条により︑荷主側
に不利益なものとして︑無効とされていたからである︒
以上は法文の不一致であるが︑これとは別に︑解釈不統一の
危険もまた存在する︒たとえば︑本件でも︑海上危険︵百
t h e
s e
a )
や堪航能力︵伶a
w o r t
h i n e
s s )
という概念が出てくるが︑
これらに関する解釈が締約国間で一致しているとは限らない︒
しかし他方において︑クロフォラーの言葉を借りれば︑ある問
題について︑他国の事実審裁判所が幾つかの異なった判決を下
したからといって︑直ちに統一的解釈の努力を止めるべきでは
ない︒まして︑どの国の最高裁判所も︑当該問題に関して︑決
定的な判決を下していなければ︑なおさらそうである︒また︑
ロ
(4 )
それである︒
もともとわが国の国際海上物品運送法第
(5 )
るから︑同法を準拠法とみなして差支えがなく︑したがって︑ る︒すなわち︑このような場合には︑文言およびインド裁判所の解釈が適用されることになる︒その点
で︑
インド海上物品運送法と船荷証券統一条約を当然のよう
に同一視した本件の判旨には︑疑問を感じる︒
二本判決は︑荷揚後の損害に対する免責約款についても︑
船荷証券統一条約により禁ぜられていないから︑有効であると する︒しかし︑同条約が適用されるのは︑船積から荷揚までで
あるから︵第一条い参照︶︑このような免責約款の有効・無効は︑
そもそも同条約の関知するところではない︒したがって︑それ
こそインド法によって判断されるべき問題である︒ところが︑
本判
決は
︑
~
インド海上物品運送法の さらに﹁運送人の責任が荷揚によって終了するとす
ることには一応の合理性があり︑右約款が公序良俗に反するも
のとはいい難い︒﹂と述べている︒ここでいう﹁公序良俗﹂とは︑
日本の国内的公序の意味であろうか︒もしそうであるとしたら︑
(6 )
準拠外国法を全く無視したものにほかならない︒
前掲・神戸地判昭四五・四・一四もまた︑責任限度額につい ては︑英国法を適用したようにみえるが︑しかし︑前払運賃に
ついては︑日本法を適用している︒すなわち︑﹁船荷証券に関す
る各国法規の統一を目的とした条約を国内法化したのが一九二 四年英国海上物品運送法であり我国の国際海上物品運送法であ
国際間の海上物品運送契約の準拠法を船荷証券の記載により定め、
外国法が不明の場合条理により裁判すべきものとされた事例(奥田)
前記前払海上運賃六二
0
ポンドについては国際海上物品運送法
二
0
条二項︑商法五七六条一項を適用しした︒これもまた︑前 払運賃が条約の適用範囲外であることを考えると︑安易な同
視であり︑到底是認しえない︒
本判
決は
︑ さすがに損害額い算定および遅延損害金につ
いては︑これらが条約に規定されていないことを認めているが︑
しかし︑これらに関するインド法の内容は︑不明であるとする︒
そして︑外国法の内容が不明である場合の処置としては︑請求
(7 )
棄却説・内国法適用説・条理説・近似法説などがあるが︑本判 決は︑基本的には︑近似法説によったものと考えられる︒とこ
ろが︑ここでにわかに︑法統一の趣旨にもとづき﹁各国の法令・
判例の動きをも参酌するのが望ましい﹂と述べ始めるのである︒
そして︑まず損害賠償額の算定については︑最初に概ね各国の 法令・判例の共通項らしきものを提示し︑次に︵船荷証券統.
条約改正のための︶一九六八年プラッセル議定書の規定を引用 し︑最後に︑わが国際海上物品運送法二
0
条二項および商法五
八
0
条二項に到達する︒続いて︑これら日本法の解釈を展開し
た後︑結局﹁右は︑
定めるべきであり︑
わが国国際海上物品運送法及び商法の解釈
であるが︑本件に適用すべき条理の内容としても︑損害額は︑
貨物の到着時︵引渡時︶における到着︵達︶地の価格によって
かつ︑右価格は荷受人の転売利益を含まな
いる
︒
いものと解するのが合理的であって︑国際間の海上物品運送の
性格によく適合する妥当なものである﹂と述べている︒
また遅延損害金については︑﹁英米法系においては一般に利息
︵本件遅延損害金と同視すべきものと解される︒︶は裁判所の裁
拭に委ねられている如くであり︑その起算点︑利率は様々の如 くであるが︑海上物品運送に関するものでは︑貨物引渡の日あ
るいは請求時から︑
四ないし七パーセントの利息を付するもの が存する如くである︒また︑ドイツ︑フランスにおいては民事 法的利率は四パーセント︑商事法定利率は五パーセントと定め られている﹂と述べ︑結局︑訴状送達の日の翌日から支払いず みまで年五分の割合による遅延損害金を支払うべきものとして 確かに︑船荷証券統一条約においては︑損害賠償の最高額の
限定に関する条項が存在しているのであるから︑それと密接な 関連を有する損害の算定方法および遅延損害金もまた︑可能な 限り統一的に定まっているのが望ましい︒また︑そのための手 い条約の規定を参照したりすることも︑ 段として︑各国法の比較を行なったり︑同じ問題に関する新し
一応是認できる︒しか
し︑先程の解釈の不一致の場合と同様に︑ここでもまた︑どう
しても克服できないような法の不統一が発見された場合には︑
抵触法的解決によるべきなのである︒その点で︑判旨に疑問が
~
年のウィーン売買法条約では︑
算定基準を削除してしま
たとえば︑
一九六四年のヘーグ売
船主責任制限条約について︑
H. , J. Pu
tt fa rk en
̀
Bes ch ra nk te Re ed er ha ft un g‑ Da s a nw en db ar e R ec ht ( 1 9 8 1 ) S . 1 2 3 f .
田中誠ニ・吉田昂﹃コンメンタール国際海上物品運送法﹄︵昭
三九
・勁
草書
房︶
︱
1 0
五頁によると︑わが国の国際海上物品
運送法は︑﹁現在の為替相場に基き︑百スターリング・ポンドを邦貨に換算し︵十万八百円となる︶︑端数は⁝⁝切り棄て︑
責任限度額を十万円と定めたのである︒﹂しかし︑神戸地判は︑二組の救命艇︵本件物品︶の損害賠償限度額︱
1 0 0
ポ ン一九七八年の国連海上物
ニ ニ 四
ドおよび前払運賃六二
0
ポンドを合算し︑﹁計八二0
ポンド1
定為替相場により換算したもの︶﹂の支払を命じているので 七
0
万八︑四八0
円(‑九六七年の英貨の平価切下後の公1あるから
1 0 0
ポン
ドは
︑一
0
万円をかなり下回っている︒なお石井照久﹃海商法﹄︵昭三九・有斐閣︶二五八頁以下︑田中誠二﹃海商法詳論﹄︵昭四五・勁草書房︶三
0
五頁以下も参照 ︒
( 3
)
Vgl•
D . J .
Ma rk ia no s, Di e U be rn ah me de r H aa ge r R eg el n i n d i e na ti on al en G es et ze U be r d i e Ve rf ra ch te rh af tu ng ( 1 9 6 0 ) S . 1 2 9 f ・ , 1 6 7 f f .
(4)J•
Kr op ho ll er , I n t e r n a t i o n a l e s E i n h e i t s r e c h t ( 1 9 7 5 S . ) 2 0 5 .
またネカ︶は︑解釈の統一を確保するために︑判例の情報交換や文献センターの設立を提案している︒
︐
K .
H.N ec ke r,
N
ur S t a t u t e n k o l l i s i o n im Se e f r a c h t r e c h t . Vo n d en H aa ge r zu d en H am bu rg er R eg el n, i n : F e s t s c h r i f t f t i r Ro lf St od te r ( 1 9 7 9 ) S . 9 6 f .
( 5
)
拙稿﹁国際海上物品運送法の統一と国際私法の関係﹂香川法
学二巻二号︵昭五八︶三一頁以下︒
( 6
)
このような免責約款を有効とするインド法が︑国際私法上の
公序に反し︑したがって︑法例第三
0
条により︑その適用が排除されるか︑という問題であれば︑可能である︒
( 7
)
山田錬一﹃国際私法﹄︵昭五七・筑摩書房︶︱ニ︱頁以下︑池
原季雄﹃国際私法︵総論︶﹄︵昭四八・有斐閣︶二四
0
頁以
下︒
( 8
)
V g l . BGH
1 7 . 1 . 1 9 8 3 B, GH Z8 6. 23 4
ールズが不法行為にもとづく請求にも適用されるかどうか . 本判決は︑ヘーグ・ル
について︑ドイツの学説の中には対立があったものの︑主と
して一九六八年のブラッセル議定書および一九七八年の国連海上物品運送条約の規定を根拠として︑肯定説を採った︒
国際間の海上物品運送契約の準拠法を船荷証券の記載により定め、
外国法が不明の場合条理により裁判すべきものとされた事例(奥田)
付記ーー︑本稿は︑本年の関西国際私法研究会三月例会における
報告を書き改めたものである
︵昭
和五
九年
四月
一八
日︶
︒