厚生労働行政推進調査事業費補助金(政策科学総合研究事業(政策科学推進研究事業)) 研究分担報 告書
韓国の自殺予防法におけるオンライン自殺誘発情報に関する施策体系
研 究代 表 者 本 橋 豊 自 殺 総合 対 策 推 進 セン タ ー 研 究協 力 者 朴 恵 善 自 殺 総合 対 策 推 進 セン タ ー 研 究協 力 者 吉 野 さ や か 自 殺 総合 対 策 推 進 セン タ ー 研 究協 力 者 堀 口 泰 代 自 殺 総合 対 策 推 進 セン タ ー 研 究協 力 者 木 津 喜 雅 自 殺 総合 対 策 推 進 セン タ ー 研 究協 力 者 金 子 善 博 自 殺 総合 対 策 推 進 セン タ ー
研 究要 旨 :
社 会 に お け る ソ ー シ ャ ル メ デ ィ ア の 浸 透 は 自 殺 問 題 に も 大 き な 影 響 を 及 ぼ し て い る 。 本 研 究 の目 的 は 韓国 の オ ン ラ イン 自 殺 誘発 情 報 に 関 する 先 進 的取 組 を 明 ら かに す る こと に より、
今 後の 日 本 の自 殺 対 策 に 役立 つ 基 礎資 料 を 蓄 積 する こ と であ る 。2019年 10 月 22 日 に ソウ ル 市に お い て開 催 さ れ た 第1 回 日韓 合 同 国際 自 殺対 策 シ ンポ ジ ウ ム に おい て 、韓 国 の 自殺 予 防 法 に お け る オ ン ラ イ ン 自 殺 誘 発 情 報 に 対 す る 政 策 に つ い て 情 報 収 集 を 行 っ た 。 具 体 的 に は、韓 国 の改 正 さ れた 自 殺予 防 法 とオ ン ラ イ ン の自 殺 誘 発情 報 に つ い て、シ ン・ウ ン ジョ ン 副 セ ン タ ー 長 の 主 題 発 表 の 当 日 の 発 表 と 資 料 を も と に 著 者 ら が 要 約 す る と い う 方 法 を 取 っ た。韓 国 では 、2011年 に 制定 さ れ たい わ ゆ る「自 殺 予 防法 」に おい て、す で に自 殺 有 害情 報 の 遮断( ブロ ッ キ ング )事 業 を 国が 対 策 とし て 行う こ と が規 定 さ れ て いた 。改正 後 の 自殺 予 防 法(2017年 )で は、自 殺誘 発 情 報を 不 法 情 報 と規 定 し 、処 罰 が 可 能 にな っ た 。自 殺 誘 発情 報 とは 具 体 的に は 以 下 の よう な 情 報と 規 定 さ れ てい る 。① 自 殺 同伴 者 の募 集 情 報 ② 自 殺に 対 する 具 体 的な 手 段 の 提 示情 報 ③自 殺 を 実 行 し、誘導 す る 文書 、写 真、動 画な ど の 情報 ④ 自 殺危 害 物 販売 ま た は 活 用に 関 す る情 報 ⑤ そ の他( 上述 の 各 項目 に 準ず る そ の他 の 自 殺誘 発 情報 )。 法 律 では 、 罰 則 とし て 「2 年 以下 の 懲 役、2 千 万 ウ ォン ( 約 200 万 円 ) 以下 の 罰 金」が 規 定さ れ た 。韓 国 では ソ ー シャ ル メ デ ィ アと 自 殺 対策 に つ い て、オ ン ライ ン 自 殺有 害 情 報の 遮 断( ブ ロッ キ ン グ)事業 が 自 殺予 防 法 に基 づ き 行わ れ て い た。今 後、日 本に お い て も ソ ー シ ャ ル メ デ ィ ア と 自 殺 対 策 に 関 す る 包 括 的 な 施 策 体 系 に つ い て 法 制 化 を 念 頭 に 検 討 す る必 要 が ある 。
A.研究目的
社会におけるソーシャルメディアの浸透は自 殺問題にも大きな影響を及ぼしている。日本で は、2017年のいわゆる座間事件を契機に「ソー シャルメディアと自殺対策」の課題がクローズ アップされ、国はSNSによるオンライン相談体 制等を構築することになった。
自殺念慮を有する者をインターネット上で募 集し、自殺を誘発する事例は韓国でも従来から 問題視されており、2017年に改正された韓国の 自殺予防法では、オンライン自殺誘発情報の遮 断(ブロッキング)事業が規定された。韓国の自 殺予防法のこのような先進的な取組は、日本に おいても今後参考になるものと考えられる。そ こで、本報告では韓国の自殺予防法とオンライ ン自殺誘発情報に関する現状について報告する。
B.研究方法
2019年 10 月22 日にソウル市において開催 された第1回日韓合同国際自殺対策シンポジウ ムにおいて、日本と韓国の国家レベルの自殺対 策の現状と課題について情報共有し、討議を行 うことになった。日本側からは「日本の国家自 殺予防戦略」と「子ども・若者の自殺対策につい て」の報告がなされ、韓国側からは「韓国の自殺 予防対策」と「韓国におけるオンラインの自殺 誘発情報の現状と関連政策」が報告された。
本報告では、日本においても重要課題として 政策的対応が緊急に求められているソーシャル メディアと自殺対策に関して、韓国の先進的な 取組事例として、韓国の改正された自殺予防法 とオンラインの自殺誘発情報について、シン・
ウンジョン副センター長の主題発表の資料をも とに著者らが要約するという方法を取った。
シンポジウムの開催概要は次のとおりだった。
<開催日時>2019年10月22日(火)
13:30-17:30
<参加者>
日本側:自殺総合対策推進センターのスタッフ 4名
韓国側:韓国保健福祉部、韓国中央自殺予 防センターの全スタッフ及び中央 自殺予防センターの関連委員
C. 研究結果
シン・ウンジョン副センター長の講演タイト ルは「韓国におけるオンラインの自殺誘発情報 の現状と関連政策」であり、資料に基づき発表 がなされた。
(1)自殺有害情報の遮断(ブロッキング)事業 について
韓国では、2011年に制定されたいわゆる「自 殺予防法」(正式名称「自殺予防及び生命尊重文 化醸成のための法律」)において、有害情報の遮 断(ブロッキング)事業を国が対策として行う ことが規定された。具体的には、2013年に中央 自殺予防センターと警察庁の通報事業として、
「自殺有害情報のモニタリング事業」が開始さ れた。2017年には自殺有害情報を常時モニタリ ングする、ボランティアによる「見守ってくれ る人」モニタリング団が結成された。2018年に は大学生による「見守ってくれる人」のサポー ターズ事業が開始された。そして 2019 年には 改訂された自殺予防法の中で、自殺の危機にあ る人の位置情報提供が可能になり、また自殺誘 発情報の流通者の処罰が可能になった。
自殺有害情報の常時モニタリングを実施する
「見守ってくれる人」ボランティア団とは、
2017 年から中央自殺予防センターでオンライ ンの自殺誘発情報をモニタリングするために運
営するボランティア団員であり、一般市民が自 ら参加してオンライン上で「生命尊重文化」を 拡大している。
また、自殺誘発情報のクリーニング活動と呼 ばれる通報キャンペーンが 2013 年から行われ ている。この活動はオンラインの自殺誘発情報 を効果的にモニタリングして遮断するため、毎 年約2週間行われる自殺誘発情報の通報キャン ペーンであり、韓国保健福祉部が主催し、中央 自殺予防センターと警察庁が主管している。
自殺有害情報のモニタリング事業の通報体制 は以下のような流れで行われている。
1)「見守ってくれる人」のクリーニング活動 として、有害情報のモニタリングが行われ、そ のデータは中央自殺予防センターに通報される。
2)中央自殺予防センターはデータのスクリー ニング及び分析を行い、モニタリングの実態を 把握する。
3)中央自殺予防センターは次の3つの機関に 自殺有害情報の削除に関する要請を通報する。
①Twitter、Facebook、Instagram等のインタ ーネット事業者に通報し、自殺有害情報の削除 処理を要請する。
②放送通信審議委員会に通報し、審議及び削 除を要請する。
③警察庁に通報し、緊急救助対象者の通報受 付と処理を要請する。
(2)2019 年7 月16 日の改正された自殺予防 法におけるオンライン自殺誘発情報への対応
改正後の自殺予防法では、自殺誘発情報を不 法情報と規定し、処罰が可能になった(改正前 は単純有害情報に分類され処罰は不可だった)。
自殺誘発情報とは具体的には以下のような情報 と規定されている。
・自殺同伴者の募集情報
・自殺に対する具体的な手段の提示情報
・自殺を実行し、誘導する文書、写真、動画 などの情報
・自殺危害物販売または活用に関する情報
・その他、上記の各項目に準ずるその他の自 殺誘発情報
罰則として、「2年以下の懲役、2千万ウォン
(約200万円)以下の罰金」が規定されている。
改正後の自殺予防法では、自殺危機にある人 の救助に関する規定が改めて整備された。具体 的には、自殺危機にある人の救助のための個人 情報提供に関する法的根拠が以下のように整備 された(改正前は、連絡先が明示された件に対 してのみ救助可能だった。法律上、オンライン の自殺危機にある人が明示されていない、連絡 先が公開されない場合、警察を通じて通報でき ないなどの問題があった)。
・自殺危機にある人(緊急救助対象者)の定義 を明示
・情報通信サービス提供者の情報提供の義務 を明示(連絡先不在の件についても通報及 び救助可能)
罰則として、「要請を拒否した際、1年以下の 懲役、2千万ウォン(約200万円)以下の罰金」
が規定されている。
(3)オンライン自殺誘発情報の対応システム オンライン自殺誘発情報の対応システムは 3 つのレベルに分けられている。第一段階(通報)
の主体は国民であり、自殺誘発情報の通報を行 うことが任務である。具体的内容として、情報 通信網に自殺誘発情報を発見した際、警察に通 報すること(112)、が挙げられている。第二段 階(確認)の主体は警察であり、自殺誘発情報の 確認と分類を行うことが任務である。具体的な 内容として、通報内容の確認及び関係機関に伝
達、法的処罰対象および緊急救助対象者の分類、
自殺誘発情報の削除および遮断要請が挙げられ ている。第三段階(法的処罰)の主体は警察であ り、法的処罰対象の捜査および処罰を行うこと が任務である。具体的内容として、自殺誘発情 報の流通者に対する処罰、自殺誘発情報の処罰 基準によって処罰、が挙げられている。
(4)インターネット事業者との協力体制構築 インターネット事業者との協力体制の構築は、
海外事業者(Twitter、Facebook、Instagram、 KakaoTalk、NAVER等)と国内事業者に分けて 対応が取られている。
1)海外事業者との協力体制の構築
Twitter、Facebook、Instagramについては、
緊急救助対象者の救助協力を行う体制を構築し ている。改正自殺予防法の施行後は、緊急救助 対象者の情報提供を行っている(国内法の適用 はなく、義務もなし、協力のみである)。
NAVER、KakaoTalkについては、緊急救助対 象者の救助協力(改正自殺予防法の施行後は、
緊急救助対象者の情報提供)、自殺誘発情報の遮 断(通報が受付けられた件について自殺誘発情 報を削除)、生命尊重文化の拡大(自殺予防の相 談情報を公開)の協力体制を構築している。
2)韓国国内事業者との協力体制の構築 AfreecaTVについては、以下の3つについて 協力体制を構築している。
緊急救助対象者の救助協力
・改正自殺予防法を施行した後、緊急救助対 象者の情報提供
自殺誘発情報の遮断
・担当部署において自殺誘発情報をリアルタ イムでモニタリング
・自殺関連単語の禁止語を指定
③生命尊重文化の拡大
・自殺予防の相談情報を公開
・自殺予防法の改正内容のオンラインキャン ペーンを実施
D. 考察
ソーシャルメディアと自殺対策について、韓 国ではオンライン自殺有害情報の遮断(ブロッ キング)事業を自殺予防法に基づき実施してい いた。オンライン自殺有害情報を常時モニタリ ングするボランティアによる「見守ってくれる 人」モニタリング団の育成と活用、自殺有害情 報のモニタリング事業の通報体制の整備、自殺 誘発情報を不法情報と規定した上での罰則規定 の整備、自殺危機にある人の救助に関する規定 の整備、インターネット事業者との協力体制の 構築等、体系的にソーシャルメディアと自殺対 策に関する施策を整備し実施してきたことが明 らかになった。日本においては、韓国のような 体系的な施策の構築は今後の課題であるが、法 制面や文化面等の国情の違いを考慮して、日本 の実情に合ったソーシャルメディアと自殺対策 の施策体系を構築していくことが必要と考えら れる。
2019年11月に韓国で起きた女性アイドルの インターネット上での誹謗中傷と関連したと思 われる自死事案が日本でも知られている。この 事例では、インターネット上での誹謗中傷がい わゆる「ネット炎上」と言うような形となり、女 性アイドルを追い詰めていったという経緯が報 道されている。匿名で多くの人たちが特定の人 物に誹謗中傷を浴びせ、結果として自死に至ら しめるという実態が浮かびあがっているが、こ のようなインターネットによる誹謗中傷が自殺 を誘発するという可能性は、日本でも社会的問 題となりうる。
日本におけるソーシャルメディアと自殺対策 については、オンライン自殺誘発情報に関する 総合的対策が韓国と比べて十分に取られている とは言えない。
今後、自殺対策基本法及び自殺総合対策大綱 の中に、ソーシャルメディアと自殺対策に関す るより包括的な施策体型を盛り込むことが望ま しい。具体的な法制化に向けた検討を早急に行 うことが求められる。
E. 結論
韓国ではソーシャルメディアと自殺対策につ いて、オンライン自殺有害情報の遮断(ブロッ キング)事業が自殺予防法に基づき行われてい た。今後、日本においてもソーシャルメディア と自殺対策に関する包括的な施策体系について 法制化を念頭に検討する必要がある。
謝辞 第 1 回日韓合同国際自殺対策シンポジ ウムの共同開催にご尽力いただき、貴重な資料 の提供をいただいた韓国中央自殺予防センター 長のベク・ジョンウ教授及び副センター長のシ ン・ウンジョン氏に心から感謝申し上げます。
付記 開示すべきCOI状態はない。
F.健康危険情報 なし
G.研究発表 1)論文発表
本橋豊、朴恵善、吉野さやか、堀口泰代、木津 喜雅、金子善博:韓国の自殺予防法におけるオ ンライン自殺誘発情報に関する施策体系. 自 殺総合政策研究第2巻第1号、61-65, 2020.
2)学会発表
Motohashi, Y: Suicide Prevention Policy in Japan: Challenges and Lessons Learned, The 30th World Congress of the International Association for Suicide Prevention, Derry- Londonderry2019.
Motohashi, Y: National Strategy of Suicide Prevention Policy of Japan ~Infrastructure Supporting its Implementation~,
International Symposium on Suicide Prevention Policy. Soeul, Chun-An University, October, 2019.
H.知的財産権の出願 なし