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ニーチ ェの永遠 回帰思想 につ いて

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(1)

ニーチ ェの永遠 回帰思想 につ いて

耕一郎

は じめに

同一物 が永遠 にb]帰す る とい うニーチ ェの永遠 回帰思想 は, ヨー ロ ッパのニ ヒリズムの 克服 をめざす彼 の哲学的営為 に とって,決定的 な意味 と役割 を担 うものである. この こと は,ニーチ ェ自身が著作 の中で断言 していることであ り, また, この思想 を途方 もない情 熱 を もって堅持 していた とい う伝記的事実か らも明 らかであ る.

しか しなが ら, その永遠回帰思想 の内実 は,ニーチ ェその人 に よって さえ直接的 に語 ら れ る ことはな く,常 にある秘密の知 として比倫的 ・象徴 的 に語 られているに過 ぎない. そ して この ことは, ニーチ ェ解釈史 にお けるニーチェ像 の転変 を引 き起 こして きた原因 の一 つ となってい る.

本論考 は,永遠 回帰思想 の この ような性格 を踏 まえた上 で, この思想 の内実 にい ささか な りとも接近 しようとす る ものである. そのために, まず (1)ニーチ ェのニ ヒ リズム論 を後期 の遺稿群 をた よ りに概観 す る. その上 で (

2)

『ツ アラ トウス トラはこう言 った』第

3部 の 2つの章 (幻影 と謎 について」 と 「回復 しつつある者

」)

を主 たるテ クス トとして, ツアラ トウス トラの永遠 回帰思想 との対決 とその克月別こついて解釈 し,永遠 に回帰す る世 界 との一体化 の境地 について論ず る ことにす る.

(1)ニーチ ェのニ ヒリズ ム論

A.

神の死 」

ニーチ ェの言 う 「神の死」 とは, さ しあたって は, キ リス ト教 の神 の死 んだ こと,つ ま り, キ リス ト教 の神が信 じるに値 しな くなった ことを意味す る. そ して, キ リス ト教 の神 へ の信仰 が失われれ ば, キ リス ト教道徳 もその効力 を失 う. なぜ な ら, キ リス ト教遺徳 は その起源 を神 の 「超越 的」な 「命令」 にお く以上, それ は 「神が真理であ る場合 にのみ真 坪」 を持 っているにす ぎないか らであ る汗 1㌧ 宗教 としてのキ リス ト教 は道徳 としてのキ リス ト教 と不可分 の関係 にあ るのだか ら, 「神 の死」 とは, キ リス ト教 の神 とその道徳 と が,二つなが ら実 は死 んで いることを意味す るのであ る.

神 の死」と言われ る ときのその 「神」とは,直接的 に はキ リス ト教 の神 を指 し, その 「 の死」 によって, それ に依存 す る道徳 も無効 になるわ けであるが, しか しそれのみに とど まらなL{. なぜ な ら, ニーチ ェはキ リス ト教 の 「神」 とい うことで形 而上学的な諸価値 を も言 い当て ようとしているか らである. 二‑チェはキ リス ト教 を 「民衆向 きのプラ トン主 」 (汗 2)と呼び, また, プラ トンに ←先在 キ リス ト教的な もの

(注3)を認 め, プラ トン主 義的形而上学 とキ リス ト教 をいわ ば同一視 している. この ようなニーチェのプラ トン解釈

(2)

の当否 は ともか くとして,彼 が このプラ トン キ リス ト教 的形而上学 と言 うとき意味 す る もの は,感性的 ・此岸 的 ・地 L的 な ものの上 に,超 感性 的 ・彼岸 的 ・超 地上 的 な諸価値 を 置 き, その よ うに して前者 を後 者に従属 させ,前 者 を暫定的 ・非本来 的 ・仮 象的 とす る思 考形式 の ことで あ る. ニー チ ェは, これ を西洋 の歴 史 を貫 く根本 的 な思考形式 で あ り, そ の要が形而上学 的 な最 高価値 で ある としてい る. そ うで あ る以上, 「神 の死」と言われ る と きに は, プ ラ トンーキ リス ト教的形而上学 とその諸価値 の無効 が含意 され てい るので ある.

上 に述べ た ことか らも明 らか な よ うに, ニーチ ェに とって宗教 と道徳 と形而 L芋 とは分 か ちが た く密接 に結 びつ いてい る. したが って,「神 の死 」とい う時 の 「神」とは, これ ま での人間 の生 を支 えていた,言 い換 えれ ば, それが隷属 していた宗教 的 ・道徳 的 ・形而上 学 的 な超越性 の一切 を意味 す る. そ して, それが 「死」 んだ とい うこ とは,人 間 の生 が も はや神 の意志 に よって拘束 され る ことt)な く,道徳法則 に よって導かれ るこ ともな く,現 象世界 の背後 にあ る形而上学 的世 界 に よって制約 され る こともない, とい う事態 を示す こ とにな るのであ る. その場 合, この事態 を肯定 的 に捉 える者 は, 「古 い神 は死 ん だ」とい う 知 らせ に接 して, 「まるで新 しい曙光 に照 らされで もした ような思 い に うたれ る」こ とであ

ろう. とい うの も,新 たな目険 が可能 にな ったか らであ る.

水平線 はつ いに再 びわれわれ に開 けた ようだ,まだ明 る くな って はいないに して も. われわれの船 はついに再 び出帆 す るこ とがで きる, あ らゆ る危険 を冒 して出帆 す る ことが出来 るのだ.認識者 の冒険 は,再 び許 され た.海 が, われわれの海 が, 再 び眼前 に開 けた. お そ ら く, こんな に 『開 けた海』 は, かつ てあったため しはな いだ ろ う.(注 11

しか し,大半 の者 は 「神 の死 」の知 らせ を耳 に して も, 言 い換 えれ ば, 「開 けた海」を前 に して も,ただ荘然 と眺 め途 方 に くれ る.そ して,「途 方 に くれ る もののすべ て,それが私 だ」(tfr)と嘆 息 す るばか りであ る. なぜ なのか. それ は, 「神 の死 」が ニ ヒ リズムの深淵 を 垣 間 見せ るか らであ る. すなわ ち, 「神 の死 」と共 に過渡 的段 階 で ある 「心理的状 態 として のニ ヒ リズム 」が到来 す るのであ る. そ して, 「神 の死 」を乗 り越 え, それ を完成 させ る こ とに よって, いわ ば歴史 的運動 としてのニ ヒ リズムが終結 す るので あ る. この事 態 を以下 で概観 す るこ とに したい.

B.

心理 的状態 と しての ニ ヒ リズ ム

ニーチ ェは ←心理 的状 態」 あ るい は 「病理 的 な中間状 態」 (汗 6)と呼 ぶニ ヒ リズム につい て,次 の ように述 べ てい る.

「ニ ヒ リズム とは何 を意味 す るのか ? 至 高 の諸価値 が その価 値 を剥 奪 され る とい うこ と. 目標 がか けてい る. V'何 のために?』 へ の答 えが か けてい る.」(汗 71

神 の死」 と共 に到来 せ ざるを得 な いの は, まず こうい う意味 で のニ ヒ リズム なの で あ る. すでに見 た よ うに, ニーチ ェの言 う 「神 」 とは,従来 の人 間 の生 を支 え, また人間 が その もとに従属 していた超感性 的 ・彼岸 的 .超地上的 な t)の一切 の象徴 であ るか ら, その

神」 を失 った人間 の生 は, もはや何 も0)か らも限定 も制 限 も受 けず,反面,支 え となる

1 4‑

(3)

ものをな くして,空虚 な世界へ投 げ出 され, 「中心 か ら

x

の うちへ ところが りこんでいる」

(拝 8)と感 じられ ることにな る. さらに,ニーチ ェの見 る ところ, プラ トンーキ リス ト教的 世界解釈 は, これ まで唯一 の世界解釈 たることを僧称 して きた以上, その解釈が崩壊 し去 る ときは,世界 その ものが無価値 に感 じられ,生存 の うちにはいかな る 「意味」 もないか の ごとく思われ る ことにな ろう. これが心理的状態 としてのニ ヒ リズムであ り, さらに こ れ は,←2千年 の長 きにわたってキ リス ト教徒」(

9

)であった ことに対 す る償 いであ る と述 べ られ る.

C.

歴史的運動 と してのニ ヒリズム

「神の死」 と共 に到来 す るニ ヒリズム とは,上記 のように一 つの心理状態 なのであ るが, ニーチ ェはそれ を当然の結果 と見 な し, さらに この結果 に導 く原因 を も歴史 の中か ら探 り 出 している. つ まりニーチ ェは,ニ ヒリズムの到来 を必然的な もの として捉 えているので ある. で は,必然的 に心理的状態 としてのニ ヒ リズムを結果す る, その原因 とは何 なのか.

この問いに答 えるのがニーチェの もう一 つのニ ヒ リズム論,すなわち,歴史的運動 として のニ ヒ リズムなのである. その運動 について以下 で考 えてみたい.

従来 の最高の諸価値 によって彩 られ,理想化 (それ は同時 に単純化 で もある) された世 界 は,「真 の世界」とよばれ る. それがあるべ き世界 として祭 り上 げ られ る と, これ まで唯 一の現実であった世界 は, それ との対立関係 の中で,一転 して 「仮 象の世界」へ と腔 め ら れ る. この ように, それがいかなるものであれ, あ るが ままの世界 とは別 に 「真 の世界」

が想定 され ることは,「わた したち自身が それであ る世界が大 いに疑 問視 され,その価値 が 減ぜ られ る」 (仰 ことに他 な らない. この ような ←真 の世界」 と 「仮 象の世界」 を対立 さ せ る二世界論的 な世界解釈, つ まりあ りもしない 「真 の世界」 を虚構 し, あるが ままの世 界 を誹讃 した こと, これが歴史的運動 としてのニ ヒ リズムの始 ま りだ とニーチ ェは言 う.

すなわち,常 に超越 的 ・彼岸的 な もの

(

神」 あ るい は 「真 の世界

」)

のみが重視 され, あ らゆる ものの意味づ けがそ こか らお こなわれ る限 り, あるが ままの世界 には究極的 な重要 性が与 えられ ないだけで はな く, さらに, その世界 は鮭 め られてい るのである. この よう な とき,一旦 それ らの超越的 ・此岸的な ものが信 じ得 ない もの にな るな らば,胆 め られた あるが ままの世界が無意味 ・無価値 に思われ るの は必然 なのである.

だが何故, 「神」は死 なな けれ ばな らなか ったのか.ニーチェは 「神 の死」の次第 を次 の ように説 く. すなわ ち, キ リス ト教 の 「神」 とその道徳が

2

千年の長 きにわたって育 て上 げて きた徳 のひ とつであ る 「誠実性」が,みずか ら知的 に先鋭化 し, その結果,当のキ リ ス ト教 の 「神」 に反旗 を翻 したのだ, と. してみれ ば, 「神 の死」 とは, 「キ リス ト教道徳 を信ず ることの結果」 胤 i)なのであ り, キ リス ト教信仰 の必然的結果 なのである.ニーチ ェは次 の ように言 う. キ リス ト教 の歴史 の中で 「い よい よ厳 し く解 された誠実性 の概念」

は「科学的良心知的清廉」にまで翻訳 され昇華 され るにいたった. その結果, 自然 を「神 の善意 と庇護」 の証 の ように見 ること,歴史 を 「摂理」 に貫かれ た もの として, あるいは

倫理的世界秩序」 の証明 と解釈 す ることはで きな くな った. その ような解釈 は,良心 に

(4)

背 く,不誠 実 な こ と,詐欺 と見な され な けれ ばな らな くな ったのであ る(汗12).っ ま り,←

実感 が, キ リス ト教 に よって高度 に発達 して, すべ ての キ リス ト教 的世界解釈 と歴史解釈 の虚偽 や欺掛 こ対 して晦吐 を もよおす」にいた ったのだ,

(汗 13).最終的 に この 「誠実性 」 は, 「彼岸 とか, 『神 的』 で あ り,道徳 の体現 で あ るか の ような事物 それ 自体 とか を措定 す る権利 を,私 たち はい ささか ももって はいない とい う洞察」 (汗 14)を もた らす こ とにな る と ニ ーチ ェは言 う. とすれ ば, この 「洞察」 は 「神」 あ るい は 「真 の世界」 と表現 され る も のの完全 な没落 (完成 され た 「神 の死

」)

を意味 す るか ら, ニーチ ェは, これ を 「徹底 的ニ ヒ リズム 」 と呼ぶ. この よ うに して, プ ラ トン キ リス ト教 的世界解釈 に よって超越 的価 値 が初 めて措定 され て以来続 いて きた西洋 の歴史 的運動 としてのニ ヒ リズムが, その同 じ 歴史 の中で育 まれ て きた 「誠 実性 」 に よって終結 させ られ る とい うわ けであ る.

以上 ま とめて言 えば,完成 され た 「神 の死 」は, 「心理的状態 」 としてのニ ヒ リズムの梅 致 で あ る と同時 に,歴 史的運動 としてのニ ヒ リズムの終局点 であ り, したが って また,釈 しい歴 史 の出発点 で あ る と位 置づ ける こ とが で きる. この よ うなニー チ ェの歴史観 を簡潔 に示 す のが 「いか に して 『真 の世界』 が最後 に は寓話 とな ‑)たか 」と題 され る次 のア フォ リズムであ る. そ して, このア フ ォ リズム こそ, ニ ヒ リズムの到来 とその克服 とを説 く, ツ ァラ トゥス トラの登場 を告知 す る ものなので あ る.

真 の 世界 を私 たち は除去 して しまった.いか な る世界 が残 ったか ̀〜 おそ ら くは 仮 象の世界 か ? だが, そ うで はない ノ 真 の世界 とともに私 たち は仮 象 の世界 を

も除去 して しまったのであ る ノ

(真昼 .影 の韓 も短 い瞬間.最 も長 いあいだの誤 謬 の終蔦.人類 の頂 点. ツ アラ トウス トラの始 ま り

, INC IPIT ZARATUHSTRA)

(托 1F))

ニーチ ェに よれ ば, 「一 つの誤 謬 の歴 史」, すなわ ち, プラ トン‑キ リス ト教 的世界解釈 に よる世 界 の誹 諸 の歴史 が, その第

6

段 階 (上記 引用) で幕 を閉 じる. したが って, ツ ア ラ トウス トラの教説 は第

6

段 階以 降 の一 つの新 たな世界解釈 に他 な らない. そ して, その 世界解釈 が レツ アラ トゥス トラは こう言った』 にお ける永遠 回帰思想 なので あ る.

(2

)永遠 回帰思 想

A.永遠 回帰 の世界像 の骨子

これ までの考察 にお いて は,ニーチ ェのニ ヒリズム論が いか な る ものか, また, ニ ヒ リ ズム克月酎こ関 して永遠 回帰 思想 は どの よ うな位 置 を与え られ てい るか を明 らか に した.以 下 で は, 永遠 回帰思想 が主題 的 に語 られ てい る 『ッ ァラ トウス トラは こう言 った』 を主た るテ クス トとし, その解釈 を進 めてい きたい.取 り上 げ るの は 『ッ ァラ トゥス 1、ラは こう 言った」J第 3部 「幻 影 と謎 について Jと (回復 しつつ あ る者」 とい う章 で あ る. この 2/) の章 は,■永遠 回帰思想 を見定 め よ うとす る者 に と一」て,極 めて重 要 な個所 で あ る. 前者 で は永遠 回帰 o)世界像 の骨子 と永遠 回帰思想 の暗黒面 (ニ ヒ リズム)が語 られ,後者 で はそ の暗果面 (ニ ヒ リズム) との対決が語 られて い るか らであ る.

幻 影 と謎 について ]で は, ツ アラ トウス トラ と彼 の不倶戴天 の敵 たる 「重力 の精」 (

1 6

(5)

び と) との対話 を通 して,永遠回帰 の世界像が次 の ように明か されている.

見 よ,この瞬間 を ,′ 瞬間 とい う名 の この門道 か ら,一本 の長 い小路 が後方へ走 ってい る.われわれの背後 に一 つの永遠 が横 たわ っているのだ.

一切 の諸事物 の うちで,起 こりうる もの は, すでにいつか,起 こ り,作用 し,走 り過 ぎたにちがいないので はないか ?

そ して,‑切 がすでに現存 したのであれば,お まえ,小 び とは, この瞬間 をどう 考 えるか ? この門道 もまた,すで に‑ 現存 したにちがいないので はないか ?

そ して, この瞬間が一切 の来 た るべ き諸事物 を自分の結果 として引 き起 こす よう な ぐあいに,一切 の諸事物 は堅 く結 ばれているので はないか ? したが って‑ ‑ こ の瞬間 は自分 をも自分 の結果 として引 き起 こすので はないか ?

とい うの は, いっさいの諸事物 の うちで,走 りうる ものは, この外へ通 じる長 い 小路 を も‑ 将来 いつか走 るにちが いないか らだ .

そ して,月光 の中 を這 うこの緩慢 な クモ と, この月光 その もの, また相共 にささ や きなが ら,永遠 の諸事物 について ささや きなが ら, この門道 に立 つわ た しとお ま え,‑ われわれ はすべて, すで に現存 したにちがいないので はないか ?

‑‑ そ して,回帰 し,われわれの前方の,外へ通 じるあの別 の小路 を, この長 いぞ っ とす るほ ど恐 ろ しい小路 を走 り か くて,われわれ は永遠 に回帰す るにちが い ないので はないか ?‑

(

t と1 6)

こ‑チェは永遠回帰 の世界像 を, ここで は問 い0)形 であ ま りに も短 く要約 しているので, この世界像 はこの ままで は理解す るのが難 しい. そ こで, この世界像 を理解す るために, それ を支 えている暗黙 の前提 を明 らか に してお きたい. その前提 とはこうであ る.

(1)力 は無限で はな く有限である.

(2

)時間 は未来 と過去の両面 にわたって無限である.

(3

)現在 の瞬間 は存在 の瞬間で はな く,生成 の瞬間 である.

(1)力 は無限で はな く有限であ り

,(2)

時間 は未来 と過去 の両面 にわたって無限であ るな ら,力の状態 ・変化 の組 み合 わせ ・発展 の数 は実際 には計 り知れない ものではあるが, しか し, いずれに して も一定 であって無限で はない. ゆえに, あ る 一定の力 の無限 に新 し い諸変化 や諸状態 は一 つの矛盾 とな る, とニーチ ェは言 う. さらに

(2

) と

(3

) を根拠 に,彼 は機械論的世界解釈 における終局状態 あるいは平衡状 態 を否定 す る. つ まり

, (3)

現在 の瞬間 は存在 の瞬間で はな く,生成 の瞬間である とい うことか ら,終局状態あ るい は 平衡状態 は少 な くとも現在 においては実現 されていない ことが証明 され, もし仮 に終局状 態あ るいは平衡状態が実現 可能 である として も

, (2)

時間 は未来 と過去 の両面にわたって 無限であ るか ら,生成 は終局状態 あるいは、I':衡状態 をすでに達成 して しまっているはず だ,

とニーナ七 は考 えるのである.以上か ら,生成 しは じめた こともなけれ ば経過 し終わ った こともない,同一物 の永遠也帰が導 き出 され る とニーチ ェは考 える,

(6)

B,永遠 回帰思想の暗黒面 (ニ ヒ リズ ム)

幻影 と謎 につ いて」 において は, 「一切 の真理 は曲線 的 であ り,時 間 自体 が一 つの円環 であ る」と言われてい る.永遠 回帰 の世界 とは,過去 と未来 の錯綜 す る円環的時間 (永遠) を持 つ世 界なのであ る. この円環 的時 間 にお いて は,過 去 と未来 の現在 を境 に した対立 が 解消され,同時 に一般的時間理解 にお ける前後関係 が成 り立 たな くな る. それ ゆ え,一般 的時 間理解 しか持 たない者 に とって は, それ は把握 す る ことが非常 に困難 な もので ある.

それ を承知 の上 で あ えて円環 としての時間 を表現 すれ ば, 次 の よ うな奇妙 な外観 を里 す る ことにな る. つ ま り,過去 は未来 か ら到来 し,未来 は過去 に帰来 す る, 未来 は同時 に過去, 過去 は同時 に未来 ・. とにか く, 永遠 に同 じ軌道 を描 くH環 であ る.

永遠rnT帰 の世 界 とは, この よ うな時 間 を持 つ 世界であ るか ら, その内 で生 きる個 々 の人 間 の為 し得 る こ との一切 は,過去 ・未来 の回帰 において,すで に無 限回 にわ たって為 され ・ 為 され るであ ろ うこ と以外決 してあ り得 ない ことにな る. そ うだ とすれ ば,人間 のいか な る決断 も, いかな る努力 も, いか な るF]己超克 の意志 もどうで もよい もの,何 もそ0)か い が ない もの とな り, どうしよ うもない徒労感 が, ひいて は生 に対 す る否定が生 じる ことに な る. これ こそが永遠

r

l

帰思想 に含 まれ るニ ヒ リズム に他 な らない. ニー チ ェはこの思想 のニ ヒ リズム を 「重力 の精 」(小 び と) に次 の よ うに言わせて い る.

「Fおお, ツ ァラ トウス トラよ』 と,彼 〔小 び と ・重力 の精 〕 は噸笑 す るかの よ う に,音節 を区切 りなが ら, ささや いた,Uぉ まえ,知 恵 の石 よ/ お まえは自分 を高 く投 げたが, しか し,投 げ られ た石 は,いずれ も必然的 に ‑ 落下 す るの だ .′ お お, ツ アラ トウス トラ よ, お まえ,知恵 の了]Aよ, お まえ,投 石器 の右 よ, お まえ, 星 を粉砕 す る者 よノ お まえは自分 白身 を こん なに高 く投 げた, しか し,投 げ

られ た石 は, いずれ も‑ 必 然的 に落下 す るの だ ./

結局 はお まえ自身 に帰着 すべ く, 自分 の投 げた石 で 自分 を打 ち殺 すべ く,断罪 さ れ た者 であ るか らに は, おお, ツ ァラ トウス トラ よ, お まえ はいか に も石 を遠 くへ 投 げ はしたが, しか し,石 は結局 また,お まえの上 に落 ちて くるだ ろう/』」([717)

ニーチ ェの永遠 回帰思想 その ものがニ ヒ リズム的性格 を有 してい る. この思想 にお いて は,或 る意味 で (すべ て は同 じことだ,何 もそのかいが ない) とい うこと, いか な る終局 R標 もない とい うことが永遠化 され る.永遠 回帰 が真 実 だ とす るな らば,従来 のすべての 目的論 的世界観 は, 当然 これ に よって否定 されて しまう. その限 りで, これ は もっ とも意 気 阻喪 させ る思想, ←ニ ヒリズムの極 限形 式((" )なのであ る.

特 にツ ァラ トウス トラその人 に とって は, この思想 の暗黒面 は人一倍耐 え難 い もの とな る. とい うの は,彼 は様 々 な教説 において,「人 間 は超 克 され るべ きところの,何 ものかで あ る」 と人 々 に説 き,惰性 で慣 習 に従 うだけの 卑小 な生 の超 克 を促 して きたか らで あ る.

ニー チ ェ■は永遠 bJ帰思想 の暗黒 面 を,若 い牧 人 の喉 に這 い込 み窒息 させ る「黒 く重 い‑ど 」

とい う比喉 を用 いて表 すが, ツ ァラ トゥス トラに とっての 「黒 く重 いヘ ビ Jは, 卑小 な人 間 a)永遠 の回帰 に集約 され る こ とにな る.「ああ,人間が永遠 に回帰 す る / 卑小 な人 間が 永遠 に[]帰 す る /

(lfJ19)

1 8‑

(7)

C.

永遠 回帰思想 との対決

永遠 回帰思想 の暗黒面 (ニ ヒ リズム) のおお よその ところは以上 で明 らかだ と思 うが, で は, 『ツ アラ トゥス トラ』の物語 において, 主人公 ツ ァラ トウス トラはいか に して この思 想 の暗黒面 を克服 し, この思想 を体 得 す るのか. その手 がか りとな るのが,先 に引用 した

「重力 の精 」 (小 び と) のニ ヒリス テ ィックな思想 に対 す るツ アラ トゥス トラの言葉 で あ る.

「わが身 の うちには,わ た しが勇気 と呼 ぶ ものが あ る.それが, これ まで,わ た し のあ らゆ る落胆 を殺 害 して くれ たのだ.」 ('‑洲

上 の引用 に続 く個所 で は, ツ ァラ トゥス トラの内 な る 「勇気」が, ツ ァラ トウス トラに

小 び とよ./ お まえか ./それ ともわ た しか だ /」 と二 者択一的 に決定 す る こ とを命 じ, さらに この 「勇気」 は 「これが生 であ ったか ? よ し

/

もう一度 /」 と言って

, ′

1:̲の う ちにあ るあ らゆ る 若'悩 も,死 に よる苦悩 か ら0)救済 も打 ち殺 す, と述 べ られ てい る. ここ で言われ てい る 「勇気」 とは, ツ ァラ トゥス トラの超人 的 な意志力 とほぼ同義 で あるが, ツ ァラ トウス トラが永遠 回帰思想 のニ ヒ リズム を克服 し, この思想 を体得 す る際, この超 人 的 「勇気」 (意志力)が極 めて重要 な役割 を果 たす こ とにな る. ツ ァラ トゥス トラは 「回 復 しつつあ る者」とい う章 で永遠 LD帰思想 と対 決 し, 「黒 く重 い‑ ど」の頭 を噛 み切 る ( ヒリズムの克服 の比喰 ) こ とにな るの だが, この戦 いに臨 む前 に,彼 は自分 の意志 に次 の よ うに呼 びか ける.

「おお,意志 よ,一切 の困難 の転 回

( We ndeal l erNot h)

よ, お まえ, わ た しの 必然性

( Not hwendi gkei t )

よ ./ 一 つの大 いな る勝利 のために, わ た しを取 ってお

け ノ」(tf21

)

ツ アラ トゥス トラの 自分 の意志 へ の呼 びか けを念頭 にお いて,彼 の永遠 回帰思想 との対 決 を解釈 すれ ば以 下 の ようにな る. ツ ァラ トゥス トラは自 らの超人 的 「勇気」 (意志力)杏 もって,永遠 L,]帰思想 の恐 るべ き側面 (ニ ヒ リズム) に立 ち向か う. そ して彼 は,卑小 な 人 間 もまた永遠 に回帰 す る とい う彼 に とっての最大 の困難

( Not h)

を,超 人的 「勇気」 ( 志力) で もって,転 回

( we nde n)

し,厳 然 とした必然性

( Not hwe ndi gkei t )

を もって永 遠 に回帰 す る世界 と‑一体化 す る, と. つ ま り, ツ アラ トウス トラは,永遠 回帰 の思索者 と い う立場, 言 い換 えれ ば,世界 を何 らかの形 で対 象化 ・客観 化 す る立場 (いわ ば外 か ら眺 め る立場 )か ら,永遠 に回帰 す る世 界 その もの と一体 とな る境地 に飛躍 す るので あ る.彼 が永遠 回帰思想 のニ ヒ リズム を克服 す る とい うことは,彼 が忌 み嫌 った卑小 な人 間 の存在 を世界 か ら排除 す る ことで はな く, そ うい った存在 を も含 む もの としての必然的世 界 を真 に認識 す る とい うことと同 じであ る.世界 の内の一切 の対立 や相魁 の様相 そ0)ままに, あ るが ままの世 界の全体 を永遠 に肯定 す る境地 こそ, ツ アラ トウス トラの最終 的 な到達点 な ので あ る:

おわ りに

永遠 回帰 のニ ヒ リズム を超 人 的 な意志力 に よ り克服 し,世 界 との一体化 の境地 に飛躍 す

(8)

る こ とに よ って ツ アラ ツ ウス トラ に開 けて くる世 界 とは, T真 の世 界 」 と 「 仮 象 の世 界 」と い う対 立 関係 に よって, 常 に腔 め られ つづ けて きた唯 一 現 実 の あ るが ま まの世 界 で あ る.

この あ るが ま まの世 界 を再 発 見 し,この 世界 に あ くまで も立 脚 す る こ とに よ って,「真 の世 界 1と 「 仮 象 の世 界 」 とい う二 世 界 論 的対 立 を越 え る こ と, そ れ が 『ッ ァラ トウス トラ』

が物 語 る ヨー ロ ッパ の ニ ヒ リズム を克 服 す る道 で あ る. こ こに は, ヨー ロ ッパ の ニ ヒ リズ ム をそ の原 因 に遡 っ て 克服 し, 未 来 o j鮮 史 を始 め よ う とす るニ ー ナ ュ の思 想 の核 心 が語 ら れ て い るので あ る.

1

: r

偶像 の蔚昏』「 或 る反時代的人間の遊撃 」5 2

:

『 善 悪0 ) 彼岸J序文

3

:

L 偶像 の黄

倖 i

r 私が古人 に負 うところ0)も

U)

J 2 4

:悦 ば し き知1

』3 4 3

5

:

『 反 キ リス ト者」 1 6

:

『 権力への意志』1 2 ,1 3 7:同, 2

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参考文献

本論文 に1 3ける B l ッ ァラ トゥス トラ』か らの引用 は,

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その他のニーチ ェの著作か らの引用 もこの版 による.

Uツ ァ与 トゥス トラ』 の邦訳

氷 上 二 英髄訳 『ッアウ ト, ・ /ス ト ラはこう了ト)た

(

岩波文庫) 1 97 0

高橋 .秋山訳 rこう、 ソァラ トゥス トラは語 ‑ )たJ ̲( r t t押・ の人思 想 25) 河L +, 普尻新社 1 9 6 9

F 富雄

uツアウ トr )ス トウ

』(t

l

t

押o j 名 苦′ 1 . 5 )中央公論社 1 9 66

2 0

(9)

吉沢伝三郎 訳

r

ツアラ トゥス トラ』 ( ち くま学術文庫版ニーチェ全集第 9・1 0 巻) 1 9 93

・伝記的事実 に関 しては

フレンツェル. I 『ニーチェ』 (ロロロ伝記叢書)川原栄峰訳,理想社,1 9 83 川原 栄峰訳 『この人 を見 よ』 ( ち くま学芸文庫版 ニーチ ェ全集第1 5 巻) 1 99 4 塚越 敏訳 r ニーチェ書簡集 Ⅰ 』 ( ち くま学芸文庫版 二一チ ェ全集別巻 1) 1 99 4 ザ ロ メ ,L

.

F ニーチェ 人 と作品』 ( ルー ・ザロメ著作集 3 )原佑訳,以文社 1 9 86

・総括的なニーチェ思想 に関 して は

ドゥルーズ , G. F ニーチ ェと哲学』足立和浩訳,国文社 1 98 3 7インク , E. F ニーチ ェの哲学』吉沢f z 三 三郎訳,理想社 1 96 3 原 佑著 Fニーチ ェ 時代 の告発』以文社 1 971

ヤスパース, K. F ニーチ ェ』 ( ヤスパース選集1 8 ,1 9)草薙正夫訳,理想社 1 9 66 レーヴイツト . K. F ニーチ ェの哲学』柴 田治三郎訳,岩波書店 1 9 60

ミュラーーラウタ‑, W.F ニーチ ェ ・矛盾 の哲学』秋 山 ・木戸訳,以文社 1 9 83 山 崎 庸 佑 F ニーチ ェ』講談社学術文庫 1 9 9 6

・永遠回帰思想 に関 して は

バ タイユ , G . 「オベ リス ク」 ,「ニーチェの笑 い

」(

『 ニーチ ェの誘惑 バ タイユ はニーチェをと う読 んだか

』 p

7 8‑1 01

,

Pll 1 ‑1 2 6)

吉田裕訳,書津 山出 1 9 9 6

凶 増 治 之 『 ニーチェ 解放 され たプロメテウス』 P1 3 4‑1 6 6 ,創文社 1 9 90 原 佑訳 『 権力への意志』 ( ち くま学芸文庫版ニーチェ全集第1 2・1 3 巻) 1 9 93 原 佑 ・吉 沢 訳 『 生成 の無垢』 ( ち くま学芸文庫版 ニーチェ全集別巻 3・4) 1 99 4

平 木 幸三郎 「ニーチェの F 運命愛』 について」 ( 実存思想協会編,実存思想論集 I X 『 ニーチ

ェ 』 P43 ‑6 8)理想社 1 99 4

レーヴイツト , K.「 世界 を取 り戻 そ うとす るニーチ ェの試み 」 ( 『 神 と人間 と世界』 p1 51 ‑1 9 2)漢 円治二郎訳,岩波書 店 1 97 3

レ‑ヴィット , 氏 「 ニーチ ェにおける永遠回帰説の取 り戻 し

」 (

Fl u : 界史 と救済史』 p27 7 ‑2 92)

f

大 ・艮井 ・1 1 」 本訳,創文社 1 9 64

町 円 輝 雄 「ニーチェにおけるニ ヒリズム と永劫回帰説」 ( 中原 ・新 E i ] 編 『 ニーチェ読解』

p1 6 5‑1 84)早稲 田大学出版部 1 9 93 一 円 明 『 永劫回帰思想 と啓蒙 の弁証法』理想社 1 9 95

新 出 章 「『 神 の知的愛』 と 『 運命愛 』 」 ( 中原 ・新 出編 『ニーチ ェ読解』 p21 1 ‑2 54)

稲 田大学 出版部 1 99 3

信 太 正 三 rニ ヒ リズム と永遠 回帰

『 ニーチ ェ研究』 p1 94 ‑24 9)哲書房 1 9 8 0

・その他

大石 ・大貫 ・木前 ・高橋 ・二鳥編 集 『 ニーチ ェ事典』弘文堂 1 9 95 二 島・ 憲 一 『 ニーチ ェ 』 ( 岩波新書) 1 98 7

青 木 隆

打ニーチェを学ぶ人 のために』世界思想社 1 9 95

参照

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