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(1)

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修士論文題目

HRMの変遷

企業を取り巻く経営環境の視点から

指導教官 渡連明教授

三重大学大学院

人文社会科学研究科修士課程 社会科学専攻地域経営法務専修 学籍番号105M254

儀賀佑子

(3)

論文要旨 はじめに

第1章 経営管理論の歴史とHRMの台頭 第1節 アメリカの管理論の歴史

1.管理論の誕生

2.人事管理の成立と展開 3.行動科学の影響 4.人事管理からHRM‑

第2節 HRMの特徴と体系

1. ⅢRMと人事管理の違い (1)人間観

(2)構造 (3)対象領域 (4)基盤理論 (5)労使関係観 (6)小括

2. HRMの体系

(1)経営戦略と組織構造 (2)組織文化

(3)人的資源プランニング (4)募集と選考

(5)業績管理 (6)報酬管理

(7)教育訓練と能力開発 (8)従業員関係

(9)小括

第3節 日本の管理論の歴史 1.日本的経営の特徴

2.日本的経営の確立と歴史的展開 第4節 HRMの存在理由

第2章 21世紀型組織に関する一考察 第1節 ネットワーク型組織の発展

1.ネットワークとインターネットの歴史 2.ネットワークとインターネットの概念

(1)デジタルとしての言語とネットワーク (2)インターネットのデザイン

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(4)

3.ネットワーク型組織の台頭 (1)官僚制組織との比較 (2)ネットワーク型組織の特徴 (3)ネットワーク型組織句歴史 (4) web2.0によるビジネス革命 4.ネットワーク型組織のもたらす変化

第2節 トーマス・マローン教授の21世紀型組織 第3節 ガバナンスとリーダーシップ論

1.ガバナンスと京都試作ネット 2.ガバナンスを支えるリーダーシップ 第4節 組織の変化とⅢRMの関わり

1. 21世紀型組織モデルの提唱 2.今後のHRMのあり方に関する考察 第3章 雇用の多様化

第1節 非正社員の現状 1.非正社員の分類 2.非正社員の増加の実態

3.正社員と非正社員の処遇格差の問題 4.産業別・非正社員の増加とその実態

(1)非正社員の活用

(2)非正社員の活用の具体的事例 (3)小括

第2節 パートタイム労働法改正に関する一考察 1.パートタイム労働法改正‑の動き

2.パートタイム労働法改正案に関する考察 第3節 正社員の現状

1.正社員の実態

2.日本版ホワイトカラー・エグゼンプションに関する一考察 (1)日本版ホワイトカラー・エグゼンプション導入‑の動き (2)日本版ホワイトカラー・エグゼンプションに関する考察 第4節 雇用の多様化とHRMの関わり

1.オランダ・モデル

2.今後のHRMのあり方に関する考察 第4章 HRMの今後の役割と展望

第1節 目本経団連「経営労働政策委員会報告」からの考察 第2節 BPRとHRM

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(5)

第3節 HRMの今後の役割 (1)経営戦略と組織構造 (2)組織文化

(3)人的資源プランニング、募集と選考 (4)業績管理、報酬管理

(5)教育訓練と能力開発 (6)従業員関係

第4節 HRMの今後の展望 おわりに

参考文献、参考URL、参考資料 謝辞

(6)

論文要旨

ネットワークの発達は企業を取り巻く経営環境に大きな変化をもたらした。情報の共有 化や柔軟な連携が進む一方で、企業による合理化は労働力の搾取という形で労働者を追い 詰めている。このような状況を踏まえ、日本企業が抱える様々な問題点を洗い出し、解決 方法を探っていくことが本稿の目的である。その際のツールはHRM (Human Resource

Management 人的資源管理)であり、 HRMのあるべき姿とは何かという問いかけが根底

に流れている。

HRMとは、アメリカ管理論の歴史の中から生まれてきたものである。 19世紀末のアメ リカで主流となっていた管理技術を用いない内部下請制は、企業規模の拡大をきっかけに 経営者の直接管理の優位性を高め、その限界を露呈した。時代が管理論を必要とした時、

F.W.テイラーは科学的管理法を編み出した。科学的管理法とは、時間研究と動作研究による 作業の標準化から、標準作業時間を導き出すものだった。これによりもたらされた分業構 造はH.フォードによって発展させられ、その後、第一次世界大戦をきっかけとした労働力 不足が人事管理を生み出したo 人事管理は時代の進行とともに人間関係論や行動科学の影 響を受けながら脱皮と進化を繰り返し、徐々に人事管理の発展形態であるHRM ‑と移行

していった。

HRMは人間を開発可能な資源と見なす従業員の管理技術であり、人間観、構造、対象領 域、基盤理論、労使関係観が人事管理とは異なっている。また、 HRMはアメリカが発祥地 ではあるが、高い業績と国際競争力の発揮から世界的に評価されていた日本的経営の影響

も受けている。日本的経営は終身雇用制、年功制、企業別労働組合を特徴とするもので、

1980年代が全盛期であった。しかし、グローバル化や海外進出、ネットワークの発達が様々 な問題を生み出し、日本的経営にも変化が訪れた。管理の変化は組織の変化を前提とする。

組織のあり方を変えたネットワークの発達は、 21世紀型組織の台頭を現実的に可能なもの とした。

ネットワークの世界はインターネットの世界とほぼ同義であり、個々が自律分散しなが ら協調し合うことを可能にする。これはアウトソーシングや企業間の連携を容易にするた めに、ネットワーク型組織のメリットと従来の官僚制組織のデメリットが浮き彫りとなっ た。ネットワークをメインとした21世紀型組織では、様々な価値観が混在することから、

強制的な管理ではなく調整によって秩序を保たれなければならない。そしてこれらを可能 にするのはHRMに他ならない。

21世紀型組織として、マサチューセッツ工科大学のトーマス・マローン教授は個人を単 位とした自発的な組織モデルを提唱している。しかし,とりわけ日本では集団‑の依存と いう体質が個人単位での組織構造を不可能にするだろうと私は考えている。 21世紀型組織 であってもヒエラルキーが完全に取り払われることはない。組織によってある程度組み合 わされたやや固定的な最低限のものと、状況に応じて柔軟に変化する二種類のヒエラルキ

(7)

‑が残り、組織を構成していくのではないだろうか。

しかし,現代の労働環境は労働者にとってかなり厳しいものであることは間違いない。

不況によるリストラとコスト削減が非正社員を増加させ、日本の旧来の性別役割分担が不 均衡処遇を正当化する。パートタイム労働法の改正‑の動きはあるものの、まだまだ不十 分な点も多く、多様な働き方を認め合う社会‑の道のりは険しい。正社員も長時間労働や 成果主義による二極化に直面しており、さらには労働時間規制を覆す日本版ホワイトカラ ー・エグゼンプション導入の提言までもが飛び出している。多様な価値観のための多様な 雇用は、すべての労働者に対する健康的で安定した雇用と、労働力の流動化を支える基盤

の下で実現されなければならない。

それでもなお、企業に対する日本の経済界の影響力は大きく、労働者の利益よりも企業 の利益が優先される傾向は否定できない。企業には常にコスト削減が求められ、そのしわ 寄せを労働者が補ってきたのだが、労働者に痛みを負わせることで生き残ろうとする組織 構造は是正される時期に来ていると思われる。 HRMの効果的な活用によって、変化の激し い外的環境に絶え得る経営戦略や組織構造、そして変化を蹄跨しない組織文化の形成が可 能となり、それらが能力開発などの具体的な活動‑とつながっていく。

HRMのキーワードはフレキシビイリティーとアウトソーシング、ナレッジワーカーであ

り、これらはそれぞれ、コミットメントやネットワークによる情報の共有化、ガバナンス による調整に支えられている。まだまだ発達段階のHRMは、今後も急速な変化とともに 幾度かの転換期を経て、洗練されていくものと考えられる。ユビキタスネットワークの到 来は、さらなる価値観の多様化をもたらし、一定の価値観を前提とする最適化基準を機能 停止に追い込んでいくだろう。その中で、ヒトはHRMのどのような方法で一定の方向‑

とベクトルを合わされていくのだろうか。過去から未来‑と繋がりながら活用されていく HRMの変遷は、注目に値する大きな出来事であると考えられる。

(8)

はじめに

ネットワークの発達は、現代社会に様々なインパクトをもたらし、たくさんのものに変 化を与えた。ビジネスの世界もその例外ではなく、仕事のやり方や仕事そのものを大きく

変え、合理化を進めた。そして同時にこの時期は、深刻な不況が日本を襲った時代でもあ った。容易となった合理化と経済の長期低迷は、企業をリストラクチャリング‑と駆り立 てた。それは、従業員にとって労働強化や長時間労働などの厳しい労働力搾取をもたらす 結果となった。さらに、コスト削減を目的として活用が広まった非正社員も不均衡処遇や ワーキングプアの問題など、展望の見えない不安定雇用にさらされている。

しかし、グローバル化による競争激化によって、企業自身に余裕がないこともまた事実 である。そのため、企業は非効率な無駄を省き、生き残りをかけてそれを実行しようとす るが、企業がドライな合理化を行う際、やはり従業員の扱いが大きな課題となる。なぜな ら、ヒトは経営資源の中の一つではあるものの、モノやカネ、情報といったほかの資源と は異なり、感情を持ち、働くことで得られた対価としての賃金で生活している。そのため、

企業の厳しいコスト削減や理不尽な要求には抵抗や不満を表して反発する。企業には、従 業員を管理しながら勤労意欲を引き出し、組織‑の貢献を促す能力が要求される。労働者 の管理方法はF.Wテイラーの科学的管理法を出発点として、時代の進行と共に脱皮と進化 を繰り返してきており、現在ではHRM (HumanResourceManagement 人的資源管理)

と呼ばれる管理方法が主流となっている。 ⅢRMは、進行するネットワークの発達や、労働 市場の激変等を受けて誕生、発展してきたものである。

本稿では、このような厳しい経営環境に直面する日本企業の問題点を洗い出し、 HRMを ツールとしてその解決方法を探っていくことを目的とする。本稿の構成は以下の通りであ る。第1章ではアメリカを出発点とする管理論の歴史とERM誕生の軌跡を追いかける。

その際、 HRMの特徴を体系的に理解するとともに、日本独特の管理としても有名な日本的 経営の展開も分析する。第2章では,ネットワークがもたらしたインパクトをとらえるこ

とで、どのように組織が変化したのかについて考察する。ネットワークが新しい組織形態 を形作るということに関しては様々な意見があり、ここではマサチューセッツ工科大学の

トーマス・マローン教授の21世紀型組織を取り上げ、検討する。そしてHRMとのかかわ りを踏まえて、私自身の見解としての21世紀型組織モデルを提唱する。続く第3章では、

組織で働く労働者に焦点を当てる。非正社員の増加と基幹労働力化は雇用形態の多様化を もたらし、新しい働き方を労働者に提供したが、正社員との処遇格差は大きく、早急な改 善が望まれている。これを受けて始動したパートタイム労働法改正の働きかけは、同時に 労働基準法改正によって正社員の労働時間規制を撤廃しようとする動きをも巻き起こし、

世間を賑わせたoこれらの問題とHRMの今後のかかわり方は、オランダ・モデルを参考 に考察していく。最後の第4章では、HRMに影響を及ぼすと考えられる事柄を踏まえつつ、

今後の役割と展望に関して概観する。

(9)

第1章 経営管理論の歴史とHRMの台頭

第1節 アメリカの管理論の歴史

1.管理論の誕生

19世紀のアメリカ国内における経営者と労働者の関係は、 「内部下請制」と称される管理 技術を用いないスタイルが主流であり、それが長い間、アメリカの労働市場を支配してい た。内部下請制とは、経営者と契約を結んだ熟練工が労働者と契約を結ぶ形を取る二重契 約である。当時、生産過程のコントロール権や労働者の雇用に関する権限を掌握していた のは熟練工であり、経営者は生産管理にも労務にも直接関わっていなかった。すなわち内 部下請制の下では、熟練工が一定の金額で一定の生産物の製造の契約を経営者と交わし、

契約履行のために労働者を雇用、訓練し、生産活動を行っていた1。この頃はまだ労務管理 は存在せず、経営者は経験と勘にのみ頼り、また、 1886年に‑ンリー・ロビスタン・タウ ンが「経済人としての技師」の中で経営の科学化の必要性を叫んだものの、 1890年代に入 ってもまだ賃金支払の制度にのみ関心が寄せられる、といった程度だった。

アメリカで経営管理論誕生の口火を切ったのはF.Wテイラー(以下、 「テイラー」と称す) の学説であり、テイラーは「科学的管理法」をもって分業構造を変えるとともに、賃率の 科学的決定を可能にした。科学的とは、 「誰がやっても同じようにできる」ことであり、科 学的に決められた賃率とは「労働者と使用者の両方が認めることができる」という意味を 持つ。この頃のアメリカの労働市場は企業規模の拡大の時期にあり、経営者による労働者 の直接管理の優位性をもたらした頃でもあった。それは従来の熟練工による労働者の囲い 込みと生産過程のコントロールで成立する内部下請け制が経営者にとって非効率であるこ

との認識であり、内部下請制は1890年前後に廃止が進められた。さらに企業規模拡大に伴 って機械化が進み、労働者に賃率切り下げの懸念をもたらした。これは結果として組織的 怠業につながった。組織的怠業とは労働者全体が仕事をわざと遅く、少なく行おうとする ことで、テイラーが最大害悪とまで断言したものである2。時代は新しい管理法の構築を求

めていた。

この状況に対してテイラーは、賃率の科学的決定を一日の仕事量から標準作業時間を導 き出すことで可能にしようと試みた。標準作業時間を導き出すためには作業の標準化を行 わなければならない。そのために時間研究(TimeStudy)と動作研究(MotionStudy)を 徹底して行い、 「課業(Task)」と呼ばれる一日の仕事量の取り決めを科学的に行った。動 作研究とは仕事を最高可能な要素的作業に分解することであり、時間研究とはこれらの要 素的作業を遂行するのに必要とされる時間をストップウオッチで測定し、全所要時間を算 出することである3。また課業とは公平な一日の作業量のことで、労働者が一定の労働時間

1赤岡功・岸田民樹・中川多善雄、 『経営労務』、有斐閣、 1989年、 16‑17ページ。

2 F.W.Taylor, "ScientificManagement"

,フレデリック.ウインスロー.テイラー・上野陽一・

訳編、 『科学的管理法<新版>』、産能大学出版部、 1969年、 229‑231ページ。

3小林康助、 『現代労務管理成立史論』、同文舘、 2001年、 45ページ。

(10)

内に達成すべき作業量、すなわち標準作業量を意味する。テイラーは賃率の科学的決定の 必要性から課業設定の必要性を導き出し、これらを具体化する制度として、計画部門の確 立、職能的職長制度、指図票制度、差別出来高給制度を挙げた4。計画部門とは課業設定な

どの様々な機能を担当する部門で、その重要性は高く、工場は支配人や職長らではなく、

計画部門によって管理されるべきものであるとテイラーは述べている5。つまり、計画部門 が科学的管理法の土台としての管理技術であり、その基盤を前提として職能的職長制度や 指図票制度、差別出来高給制度が存在していると解釈することができる。

また、職能的職長制度とは、従来の軍隊式組織とは異なり、八人の職長を置き、各自受 け持ちの役目を実行し、工員は命令や援助を直接これらの職長から受けるという特色を持 つものである。軍隊式組織とは、命令の経路が支配人、工場長、職長、工員という命令一 元性の原則に基づくものであり、工員はすべての命令を一人の職長から受ける.そのため 職長は様々な役割をこなさなければならず、職長には生まれつきの素質や様々な知識が求

められた。対照的に職能的職長制度の八人の職長は、計画部門に配置される四人の職長と 現場で計画を実行に移す四人の職長から構成されており、計画部門配置の四人の職長はそ れぞれ手順係、指図票係、時間および原価係、工場訓練係を、現場配置の職長は準備係、

速度係、検査係、修繕係を担当する6。職長の仕事を八つに分類し、八人の職長を置くこと は、職長の負担を分散させるだけでなく、職長の養成が短期間で行えるというメリットを 持つ。テイラーは困難を極めていた職長の養成を、命令一元性の否定と専門家の尊重から 職能的職長制度をもって解決したのである。

三番目の指図票とは、課業の作業手順や使用する標準化された工具、作業時間などの細 かいことを工員に指示する手段であり、計画部によって作成されるものである。そして差 別出来高給制度とは、人間を合理的なものと考える経済人モデルに基づいて経済的刺激で 労働者を管理しようとしたもので7、作業を設定した時間、条件で完了した場合は高い賃率 での賃金を支給し、できなかった場合は低い賃率にするというものである。これら四つの 制度は分業構造の分析を可能とした。また高賃金、低生産費という労使の利害は協働によ って実現するという考えが精神革命の提唱に表れた。これは意識改革が科学的管理を機能

させる必要条件であるというテイラーの確信によるものであろう8。テイラーは当初、人間 を機械の一部としてのみ見なす考え方に立脚していたが、精神革命によって人間の心の問 題にも言及した。ここにテイラーの理論の方向性の転換を見出すことができる9。

4丸山祐一・高木清・夏目啓二、 『経営管理論の歴史と思想』、日本経済評論社、 1992年、

24‑25ページ。

5 RW二Taylor、上野陽一.訳編、前掲書(注2)、 130ページ。

6同上書、 120‑125ページ。

7奥林康司、 『入門 人的資源管理』、中央経済社、 2003年、 16ページ。

8 F.W.Taylor、上野陽一.訳編、前掲書(注2)、 227‑228ページ。

9渡連明、 「F.W二Taylorの科学的管理法に関する覚え書きと問題意識の持ち方」

http ://www.human.mie・u.ac.jT)/‑gOOdaki/2003handout/wa20035062.I)d餅search=‑F.W.%

E3%83%86%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%83%BC' (2007年1月15日確認)

(11)

テイラーの科学的管理法を使って徹底した分業構造‑と発展させたのは、 H.フォード(以 下、 「フォード」と称す)であった。フォードは「フォーディズム」と呼ばれる経営合理化

方式の根底に流れる理念のもと、製品の単純化、部品の規格化、機械や工具の特殊化、機 械化による生産の標準化と、ベルトコンベアによる移動組み立て方式から構成される「フ ォード・システム」によって大量生産を実現した10。ベルトコンベアによる一定の速度での 流れ作業は完全な能率のコントロールを意味し、日給制の採用は労務管理が動き始めた証 拠となった。

しかしながら、科学的管理法での課業が一流労働者でも達成するには困難なものであっ たことや、今までの労働者の精神労働的職務を剥奪し、経営者のものにするという科学的 管理の前提が、人間を機械の一部とみなすような人的要素の無視ととらえられ、労働強化 や人格無視に抵抗する労働組合の反対が巻き起った。この流れを受けて1915年の「ホキシ ー報告書」では、科学的管理の見解や方法を検討して労働者を人間として扱うようにして いくべきだと結論付けられ11、人的要素の重要性が経営者によって意識的に取り上げられる

ようになった。しかし、この時代の作業の標準化は、仕事を完遂する能力のない人間は能 力のある人間に交換すればよいという意味も持っており、人間は互換性を持つものとして 考えられていた。そのため、指図票通りに仕事を行う能力のない人間は単に切り捨てられ

るのみだった。労働者の能力の開発や訓練を行うといった考え方はまだほとんどなかった のであろう。必要とされたものは労働力の量であって、労働者は労働手段の「物」ととら

えられていた。その意味ではこの時代の労働者は物理的に捉えられていると言える12。

2.人事管理の成立と展開

人的要素の重要性の認識から、 1910年代の初めに雇用管理者や雇用部が労働移動に対応 するために多くの企業で設置された。これらは労働者の定着と人件費管理、勤労意欲や帰 属意識向上の上昇を目的としていた。しかし、第一次世界大戦による労働力不足と労働不 安、さらには政府の規制という状況下では役不足となり、人事管理ブームが到来した。し かしこのブームは1920年代初期の政府による戦時規制の解除と労働力不足の解消から労働 不安の鎮静化‑とつながったため、本格的な人事管理の展開は1929年の世界恐慌以降とな る。この頃の展開期で雇用や昇進、懲戒、解雇に関する手順の明確化や成文化が行われた13。

また、 1920年代は大量生産体制に伴って、欠勤や遅刻がなく、生産性の高い労働者が必 要とされた。そのため労働者は物理的刺激に反応する機械的人間と考えられ14、労働者であ

10小林康助、前掲書(注3)、 123‑125ページ。

11同上書、 51ページ。

12小林康助、 『現代経営学序説‑その今日的課題‑の導きの糸として‑』、同文舘、 1997 年、 12ページ。

13伊藤健市・田中和雄・中川誠士、 『現代アメリカ企業の人的資源管理』、税務経理協会、

2006年、 35‑40ページ。

14奥林康司、前掲書(注7)、 16ページ。

(12)

る人間が機械に合わせる方法がとられていた。しかし、大量生産を支える機械化は労働の 単調化をもたらしたため、労働者の抵抗を引き起こしていた。この対応策として経営者や 人事管理者は科学的に採用や配置を行うとともに、教育や訓練などを通して人的資源の有 効活用を図ろうと考えたのである。

しかし、 G.E.メイヨ‑ (以下、 「メイヨ‑」と称す)が指摘するように、労働者には感情 があるため、科学的な決定は生産性向上に対しての意味を成さなかった。この時、人間関 係の研究の必要性が提唱され、 1924年‑1927年に照明実験が、 1927年‑1929年にはホー

ソン実験が行われ、感情や人間関係が労働者の行動を規制することと、労働者は孤立的な 個人ではなく多数集団の一員であり,作業活動は集団活動であるという見解が見出された。

そしてこれらの見解はメイヨ‑とF.J.レスリスバーガー(以下、 「レスリスバーガー」と称 す)によって以下のように理論化された。

メイヨ‑の関心は労働者の自発的協業、つまりチームワークであり、管理者が連帯的、

感情的人間観を持つべきであると主張した。それに対し、レスリスバーガーの関心は、企 業は効果的に労働者を協力させる人間的な組織であるということで、人間の感情の正しい 理解が労働不安や労働争議を未然に防ぐと説いた15。しかし、これらの理論には労働組合の 存在が意識されておらず、労働組合不在の中で展開された理論は現実の問題解決の有効策

とはならないという指摘もある16。

ただ、これらの考え方が従来の人事管理の特徴である経済的刺激や管理過程の依存に抜 本的な見直しを迫り、 1930年代前半に人間関係論が成立したことは事実である。人間関係 論では労働者の精神状態や、仕事における人間関係‑の配慮が重視され、公式的な組織よ

りも感情の論理で動く非公式的な組織が労働者の自発的協力体制を確立すると考えられた。

そのためには労働者を集団の一員と見なし、労使間の意思疎通を密にする必要性が強調さ れた。その意味ではこの頃の労働者は心理的に捉えられていると言える17。

企業による人間関係管理の積極的な導入は第二次世界大戦以降のことであり、この頃に は大企業のみならず、中小企業にまで人事管理が普及していた。第二次世界大戦は先の第 一次世界大戦が人事管理ブームをもたらしたことと同様に、人事管理に大きな刺激をもた

らした。政府が労働市場の調整役としての役目を果たし、軍需産業をストライキから守ろ うとしたため、人事管理の成長を促したのである。さらに第二次世界大戦後は、労働組合 との交渉や政府の規制に対応する専門家が必要とされたことから人事管理者の地位が引き 上げられた。この背景には経営者の社会的責任の自覚と、それによる雇用の継続化が挙げ

られる。経営者の社会的責任の自覚とは、労働者は企業の一員であるために経済的な安定 性と公正な処置を労働者に提供しなければならないという企業観の認識であり18、その企業

15伊藤健市・田中和雄・中川誠士、前掲書(注13)、 40、 42‑43ページ。

16小林康助、前掲書(注3)、 143ページ。

17小林康助、前掲書(注12)、 23ページ。

18伊藤健市・田中和雄・中川誠二、前掲書(注13)、 45ページ。

(13)

観から労働者は「労働によって生活を立てている人」の意味を持っworkerから「業務に従 事している人」の意味を持った従業員、すなわちemployeeと考えられるようになったので はないかと考えられる。この企業観のもとで従業員の長期雇用が一般化し、以前にも増し て教育訓練や賃金給付の制度の管理が必要とされ、さらには労働組合や政府の規制の要因 も重なって人事管理がより意義あるものとなっていったと考えられる0

3.行動科学の影響

第二次世界大戦後の1950‑60年代には、心理学を含む行動科学が人事管理に大きな影響 を及ぼした。行動科学とは、課題解決を目指す人間の行動に焦点を当て、経験的、実証的 な研究を通して科学的に分析し、予測しようとする学問で、人間行動を扱う様々な方法や 成果を活用するために自然科学や社会科学などの要素を持っている。行動科学の応用例と

してはモチベーション(動機付け)の研究があり、代表的な理論家には「欲求階層説」の A.H.マズロー(以下、 「マズロー」と称す)、 「Ⅹ・Y理論」のD.M.マグレガ‑などが挙げら れる。これらの研究による理論や制度が人事管理に導入された結果、人間は自己実現を最

高の動機として行動すると考えられるようになり、職務充実や職務拡大の概念を生み出し

た。

またこの時代には行動科学的組織論がアメリカの経営理論の主流的位置を占めていた。

この行動科学的組織論はC.Ⅰ./i‑ナード(以下、 「バーナード」と称す)による1930年代 の理論定式化が出発点とされているが、第二次世界大戦後に展開されたものとは異なる特 徴があった。バーナードは、個人には目的と制約があり、その目的を達成するために制約

を克服できない場合は個人の合意で協働関係を結ぶという個人観を持っていた。そして意 識的に調整された人間の活動の体系を公式組織として定式化し、行動科学的組織論を特徴 付けた。この行動は意思決定によるもので、非人格的で機能的構成部分を持つものとして

とらえられている。バーナードは行動と意思決定の主体性、意識性を強調し、組織を意思 決定論的に見ていた19。

これに対し,第二次世界大戦後、 H.A.サイモン(以下、 「サイモン」と称す)を中心とし て展開された行動科学的組織論では、組織を人間行動の束、あるいは組織行動を人間行動 のネットワークとしてとらえ、意思決定過程を分析した。サイモンにとっての意思決定と は管理を意味し、意思決定はどのようにしてなされるのか、また意思決定がより効果的に なされるためにはどうすればよいか、という点に関心を寄せた。意思決定は価値や事実の 前提から導き出され、決定が必要な箇所を見つける諜報活動、考案、分析を行う設計活動、

一つを選考する選択活動の過程を経て実行という意思決定に移される20。そしてその意思決

19丸山祐一・高木清・夏目啓二、前掲書(注4)、 122‑125ページ。

20 Derek Salman Pugh・ David John Hickson, "Great Writers Organizations The Second OmnibusEdition"

,北野利信.訳、 『現代組織学説の偉人たち 組織パラダイムの生成と発展 の軌跡』、有斐閣、 2003年、 194‑198ページ。

(14)

定は人間行動となって現れると主張した。意思決定過程の分析には論理実証主義的方法を 用いた。それが科学性を帯び、組織の意思決定過程に機械化、自動化をもたらす理論的基 礎となると考えたためである。すなわちサイモンは、論理実証主義的方法を用いて人間の 精神活動である論理的思考を把握しようとした21。意思決定には標準化された作業手続きの

ようなプログラム化された意思決定と、判断力や直観力などのプログラム化されない意思 決定がある。プログラム化された意思決定は企業にとってコストの低下になる。プログラ

ム化されていない判断要素をプログラムに組み込むためには人間の意思決定における論理 的思考の把握は不可欠であった。

さらにサイモンの人間観は経営人仮説として知られている。これは経済人モデルを否定 したもので、限定された合理性と一定の満足基準を持つ人間のモデルとして展開されてい る.限定された合理性とは、人間の意思決定能力がある一定の範囲内で限られていること から,可能な全ての代替案を的確に把握する客観的合理性の否定であり、一定の満足基準 とは極大基準の否定である。さらに、人間はテイラーの機械論的人間観と人間関係論の心 情的存在の人間観を併せ持つ意思決定マシーンとしてもとらえられている22。

テイラーとサイモンを比較すると、管理しようと試みた対象が異なることに気付く。テ イラーが工場で実際に生産活動に携わっていた労働者の標準化を行ったのに対し、サイモ

ンは意思決定の標準化を試みた。意思決定は末端労働者ではなく、その上に立っ管理者の 仕事である。つまりサイモンの対象は管理者であったと言える。サイモンは管理者の仕事 をプログラム化された意思決定に組み込むことで、テイラーが対象とした労働者の熟練と は別の層に位置する熟練の解体を行った。コンピューターに取り込まれ、プログラム化さ れることはコスト削減につながるが、その分管理者の能力が弱まることを意味している。

これはテイラーによる熟練の解体が工場の熟練の力を弱めていたことと同様である。その ため、価値判断のレベルを上げるなど、管理者の教育が重視されるようになってきている。

教育訓練の重視はこの後、 HRM‑の進化によって達成されることとなる。また、人間の限

定された合理性の範囲を広げるために現在では情報の共有化などによってその克服が試み られている。この点に関しては第2章で触れたい。

4.人事管理からHRM‑

そして徐々に人事管理は労使関係と従業員関係に分化していった。労使関係とは団体交 渉と労働協約に特化した専門領域で、人事管理の特徴とされていた。しかし,これが予測 可能なものとなる、つまり労使関係が成熟したことによってそれに比例するかのように労 使関係の重要性が低下した。この結果、従業員関係が人事管理の中核を占めるようになり、

行動科学の成果の活用や人材の育成、能力開発などを重視した活動に焦点が当てられた。

従業員関係とは、従業員と企業間の関係であり、労使関係以外の全てを含む領域のことで

21丸山祐一・高木清・夏目啓二、前掲書(注4), 144‑146ページ。

22同上書、 147‑150ページ。

(15)

ある23。従業員関係の重視は人事管理からHRM (Human Resource Management) ‑の脱 皮を促し、 HRMが人事管理に代わって使われる機会は徐々に増加した。 1970年代後半に はアメリカでHRMが制度化された管理として確立しているが、この背景には1972年のア

メリカオハイオ州ローズタウンのストライキに代表される、従業員が抱く不満に対する懸 念と、経営者による労働組合のない企業の切望が挙げられる。従業員の不満に対する措置

として,労働生活の質‑の関心の高まりと職務充実に関する実験があり、労働組合のない 企業は労使関係と従業員関係の分化をさらに押し進めた。またこの時代の高学歴従業員が 労働組合に対してさほど関心を示さなかったことも労働組合の組織率の低下を促し、経営 者主導の制度の導入によってⅢRMの台頭が手助けされた24。 1980年代に入ると労働経済 学の人的資本の考え方の応用から、人材の育成、能力開発を重視し、人間を開発可能な資 源とみなす「人的資源」の考え方が普及した。また同時期、アメリカでは不況によるリス

トラクチャリングの本格的な展開が行われており、 HRMはこの頃全盛期にあった日本的経 営の影響も積極的に受けている。この頃の日本は終身雇用制や年功制、企業内教育訓練等 による高い国際競争力を持っており、このような雇用慣行がHRMに吸収され、応用され た。このような様々な新しい発想による実験や考え方から、今までにない施策が従業員に 対して行われ、 HRMは発展していった。

ところで、 HRMとは「人的資源管理」と邦訳されるもので、人事管理に代わる新しい概 念である。 HRMの概念等については次節で詳しく見ていくが、人事管理と比較して基本的

な考え方に大きな違いがあり、それらがHRMの特質となっている。これに関しては人間 観、構造、対象領域、基盤理論、労使関係観で顕著な違いを見ることができる25。

第2節 HRMの特徴と体系

この節では、第1節で挙げたHRMの特徴と、それによって具体的に体系化された制度 について詳しく見ていきたい。 HRMはホワイトカラーと呼ばれる従業員の管理を目的とし ており、ハーバードグループによって開発されたソフトアプローチとミシガングループに

開発されたハードアプローチの二種類がある26。これら二つのモデルの違いは重視する基盤 に求めることができる。この点に関しても順を追って明らかにする。

1. HRMと人事管理の違い (1)人間観

HRMの人間観は、人間を開発可能な資源と見ることが大きな特徴で、これは歴史的な流 23伊藤健市・田中和雄・中川誠士、前掲書(注13)、 46‑47ページ。

24同上書、 48‑49ページ。

25同上書、 4ページ。

26 Eugene McKenna Nic Beech, "The Essence of Human Resource Management'',伊 藤健一・田中和雄.監訳、 『ヒューマン・リソース・マネジメント』、税務経理協会、 2000年、

16‑17ペ‑‑/。 、ヾ、

(16)

れと行動科学や組織論の影響から生まれた。テイラーに始まる科学的管理法から人事管理 では、人間は互換性を持った代替可能な労働力と考えられ、人格無視との批判を浴びるこ ともあった。従来の人事管理では能力のない人間は切り捨てられ、代わりに別の人間を配 置するというやり方も多かったが、 HRMでは潜在能力を顕在化させることを重視する。こ の人間観はとりわけハーバードグループによるソフトアプローチで重視されている。この 人間観に基づいて具体化された制度には教育訓練や能力開発が挙げられる。これは主に管 理者を対象としているものである。

(2)構造

HRMの構造については、経営戦略と人的資源との関係の重視という点からその特質を見 出すことができる。両者の関係の重視は、組織の成功には人的資源が大きな貢献を果たす という考えからきているもので、ミシガングループのハードアプローチはこの点を重視す る.このHRMを特にSHRM (StrategicHuman Resource Management :戦略的人的資 源管理 以下、 「SHRM」と称す)と呼ぶ。さらに経営戦略は組織構造や組織文化とも相互

関係を持つことから、職務設計を含む募集や選考、業績管理、報酬管理に対して大きな影 響を持つ。これは最終的にフレキシブルな組織システムを目指す。

(3)対象領域

HRMの対象領域は従業員だけでなく、経営者層にまで広げられていることが人事管理の 一層の展開としてのHRMを特徴づける。従来の人事管理での対象は労働者の管理とファ イヨ‑ルの理論にある管理者管理であった。 HRMの対象領域の広さは経営者の能力開発や 能力の標準化などから明らかである27。

(4)基盤理論

HRMの基盤理論はシステム論であり、 HRMは組織のサブシステムとして補完的に機能 し、システム的にアプローチする。システムとは、相互に単純でない方法で関連し合って いる多くの部分からなるもので、それは複雑なシステムとして階層を持つ。階層とは複雑 なシステムはサブシステムで構成され、そのサブシステムはそれ自体のサブシステムを持 ち、つながっている形をとるものである。階層的な複雑なシステムは権威の関係で結び付 けられたそれぞれのサブシステムで構成されており、これを組織に置き換えると、各シス テムはボスとそれに従属する一連のサブシステムで構成され、サブシステムもボスの直属

の部下であるボスを持っている。そして同時にサブシステム間に従属関係のないシステム と権威の流れ以外の諸関係も存在している28。つまり、システムはサブシステムに専門分化

27伊藤健市・田中和雄・中川誠士、前掲書(注13)、 3‑14ページ。

28 H.A.Simon, "The Sciences oftheArti丘cial"

,高宮晋.監修、倉井武夫・稲葉元吉、矢矧 晴一郎.訳、 『システムの科学』、ダイヤモンド社、 1969年、 141‑146ページ。

(17)

された構造を持ち、これはトップダウンに組織された階層である。

また、組織は外部の環境とかかわりを持っことからオープンシステムの形をとっている。

外部環境がもたらす環境不確実性は分化と統合をもたらす。分化はそれぞれの組織内の部 門ごとに目標や見通しが異なっている場合に存在する。部門ごとに外部環境が異なるため である。そして統合は分化が生じた際に組織内を統一すると同時に、特定の外部環境と調 和を図るプロセスである。このように、分化と統合によってオープンシステムとしての組 織は環境に対応している。さらに組織は技術的サブシステムと社会的サブシステムから成

り立っており、これらのサブシステムを統合することで構築されているオープンシステム でもある。そのため二つのサブシステムの統合には協働が必要とされる。協働は自律的作 業集団によって促進されるため、自律性の育成を目的として職務再設計や職務充実、組織 設計に大きな関心が払われる29。

つまり、 HRMでは人的資源の能力やスキルを最大限活用することで協働を生み出し、外 部環境と調和することによって組織の成功を得る。そのためには階層的なシステムによっ

て組織内の分化された部門ごとの統合が必要となるため、このようなシステム論的なアプ ローチが必要となるのである。

しかし、 HRMが基盤理論とするシステム論は情報の共有化が容易となった現在では、市 場の変化に対応できないことが多い。そこでシステム論に代わる理論としてネットワーク 論が台頭してきている。この点に関しても情報の共有化とともに第2章で触れる。

(5)労使関係観

従業員関係を重視する労使関係観についてである。従業員関係とは従業員と企業の間で 生じる労使関係以外のすべてを含む領域を意味する。また、労使関係とは団体交渉と労働 協約に特化した専門領域のことである。従来の人事管理では労使関係が重視され、またそ れが人事管理の前提であった。しかしながら、 1980年代の労働組合の組織率の低下を背景

とした個人主義的傾向の進展が促進された結果、経営者と労働組合の話し合いよりも、従 業員の個人レベルでの感覚が重視されることとなった。労働組合の不在は労使関係と従業 員関係の溝をさらに広げる原因となり、 HRMでは従業員関係が中核を担うようになった。

従業員関係の具体的な内容に関しては第3節のHRMの体系の中で詳しく見ていく。

(6)小括

HRMのこれらの五つの特徴(人間観、構造、対象領域、基盤理論、労使関係観)の関連 性を模式的に表すと図表1・1のようになる。自律的作業集団は経営者を含む様々な階層の全

従業員のシステム的な結びつきを表している。これらの特質はそれぞれ独立しているので はなく、お互いに影響し合っている。

29 EugeneMcKenna NicBeecb、伊藤健市・田中和雄.監訳、前掲書(注26)、 52‑54ペ

ージ。

(18)

【図表1・1】HRMの五つの特徴

(出所)筆者作成。

2. HRMの体系

HRMではその人間観、構造、対象領域、基盤理論、労使関係観において人事管理にはな い顕著な違いを見ることができるが、これらを実現する具体的な体系としては主に経営戦 略と組織構造、組織文化、人的資源プランニング、募集と選考、業績管理、報酬管理、教 育訓練と能力開発、従業員関係が挙げられる。

(1)経営戦略と組織構造

経営戦略とは、企業を環境の変化に適応させ、組織目標等を達成するための一連の行動 である。企業は常に顧客や労働市場など,外部環境と関係を持っている。 F.E.エミリーと E.L.トリストによると、外部環境には比較的不変な環境、比較的不変であるが組織にとって

脅威が存在する環境、複雑で競争相手が多い環境、不確実性を伴うかなり不穏な環境とい う四つのタイプの環境が存在する30。今日では、後者二つの動態的な環境に対応する必要が 組織には強く求められている。

また、経営戦略の策定には組織のドメインや目標などの設定が前提となる。これを戦略 的プランニングと呼ぶ。そのため、経営戦略の策定には戦略的プランニングの設計が必要 となる.戦略的プランニングは第一に企業理念の定義と成長性のある市場の開拓、第二に 外部環境条件の検討を行う。これにはテクノロジーの進歩などの技術的側面、法律問題な

どの政治的側面など様々な角度からの検討が求められる。第三に組織の長所と短所の評価 を行い、組織の競争優位に関する検討を行う。最後に組織の目標を設定し、経営戦略の開 発‑と進むのである。

HRMの構造の特徴として、組織の成功には人的資源が重要な役割を果たすという考え方 があるため、この経営戦略の開発には人的資源の活用方法が密接に関連する。この点はミ

30 EugeneMcEenna NicBeech、伊藤健市・田中和雄.監訳、前掲書(注26)、 52‑54ペ ージ。

(19)

シガングループによって展開されるSHRMの特徴である。しかしながら、経営戦略と SⅢRMの統合には矛盾が生じることも指摘されている。例えば、組織が目標達成のために 人件費削減によるコストダウンを経営戦略として策定した時、場合によっては従業員の一 部を余剰人員と見なすこととなる。これはコミットメントの育成を重視するHRMにとっ て正反対の作用である。そのためSHRMでは経営戦略に伴って具体化される募集と選考、

業績管理などの活動を戦略的、管理的、業務的レベルの三つの次元に分けて捉えている。

戦略的レベルにおけるHRMの活動は、組織と外部環境の関連に焦点が当てられ、組織 全体としてのレベルで考えられる。管理的レベルでは戦略的レベルのものを具体的なシス テムに変換する。そして業務的レベルでは現場にブレイクダウンすることでその実践を図

る。これらの三つの異なったアプローチがHRMの実践による矛盾を解決する一つの手段 となる。

そして戦略的プランニングを経て策定された経営戦略は、実行に移されなければならな い。実行の基盤となるのは組織構造である。すなわち、戦略が決まると組織が決まるとい

う流れである。組織構造は経営戦略実行の手段であるため、組織の決定が戦略の決定をも たらすという逆の流れは起こらない。組織構造が変化する時は、経営戦略の変更が起こっ た時である。組織構造には、 M.ウェーバーによると単純構造、機械的官僚制、スペシャリ スト官僚制、事業部形態、問題に即したプロジェクトグループ型、ミッショナリーと呼ば れる価値観の共有によるものという六つのタイプがある31。

(2)組織文化

E.H.シャインによると組織文化とは「集団がその外部‑の適応と内部の統合の問題に対 処するための学習において、創案し、発見し、開発するために基本的な前提とするパター ン」と定義されている32。つまりこの前提に基づいて組織の行動スタイル、信念、価値観等 が決められていくと考えられる。この観点に立つと、組織文化の前提となるものは経営戦 略である。そして経営戦略は実行部隊としての組織構造に反映されなければならない。経 営戦略の達成を確実なものとするためには、組織構造に経営戦略を反映させた信念や価値 観を刷り込めばよい。これが組織文化である。

組織文化には多様なタイプがある。組織ごとに多様な信念や態度があるため、組織文化 もまた多様に形成されるのであるが、組織の類型には大きく分けて三つのタイプが挙げら れる.第一に防御型組織、第二に開拓型組織、第三に分析型組織である。防御型組織は市 場での安定した地位を確保した組織であり、開拓型組織は新製品の開発で市場機会の開拓 を目的とし、分析型組織は市場での堅実な成長を目指す追従型の組織である33。このように

31伊藤健市・田中和雄・中川誠士、前掲書(注13)、 9‑12ページ. EugeneMcKenna・

NicBeecb、伊藤健市・田中和雄.監訳、前掲書(注26)、 27‑45ページ。

32 EugeneMcKenna ・NicBeech、伊藤健市・田中和夫.監訳、前掲書(注26)、 63ページ。

33同上書、 66ページ。

(20)

組織の異なる目的が組織文化の違いを生み出すのである。なぜならば、目的や目標が異な れば戦略が変わり、組織構造が変わるからである。

防御型組織、開拓型組織、分析型組織を具体的に日本の携帯電話市場で分類してみると、

圧倒的なシェアを誇るNTTDoCoMoが防御型組織、 NTTDoCoMo以上のシェアを狙うau が開拓型組織、新参者として携帯電話市場での確実な地位を築きたいSo氏Bankが分析型 組織に相当するのではないかと考えられる。

また、時として組織文化は変革を要求される事がある。変革とは組織文化や企業風土を 変えることで、企業の存続確保や競争優位を獲得するために行われる。変革の必要性は経 営戦略に基づいた組織構造の変化によってもたらされる。現代のような不確実で不安定な 時代では、変革の必要性はどんどん加速してくる。しかしながら、変革は苦痛の伴うプロ セスである。なぜなら組織で働く従業員は感情を持った人間であり、組織には慣性が存在 する。日頃慣れ親しんだものからの脱皮には否定的な感情や心理的防御が働き、抵抗が起 こるのは当然のことである。

では変革を行うためにはどうすればよいのか。労働組合を企業に取り込むことや、従業 員同士に相談させ、自分たちで変革の必要性を認識させるなど、方法としては様々なもの がある。しかし、基本はやはり時間をかけてゆっくりと変えていくことではないだろうか。

人間の感情は、合理化のためであってもドライに徹することができないことが多く、愛着 もある。性急な変革は拒否や反発、既存のものの防御を生み出すが、時間をかけ、徐々に

浸透させていけば、人間の適応能力をうまく生かすことができると考えられる。 ♂.ストレイ は変革を管理する唯一最善の方法は存在しないと主張する。変革そのものには共通点を見 出すことができないからであろう。

時代と共に外部環境はどんどん変わっていく。その中で生き残るためには企業自身も変 わらなければならない。創業者の頃のものや以前のものをそのまま伝承し、コピーするだ けではその企業に明日はないかもしれない。しかし、人間は急激な変化には弱い。だから

こそ、 HRMは組織の変革に密接に関わっていかなければならないのである0 (3)人的資源プランニング

sHRMの考えでは、人的資源は組織の成功に大きな影響を及ぼす。そのため、経営戦略 の開発には人的資源の活用方法が密接に関連し、また真剣に検討されなければならない。

なぜなら、人間は開発可能な資源であるとHRMはみなしているからである。組織は人的 資源を獲得し、リソース化を図らなくてはならない。リソース化とは人間を資源として活 用するために、経営戦略に沿って自由自在に活用しうる労働力‑の転換を意味する。従業 員を獲得し、リソース化を行う一連の流れを含む人的資源プランニングは、後述する募集

と選考、教育訓練と能力開発に様々な情報や影響を与える。つまり、経営戦略は人的資源 プランニングを媒介として実践と結び付けられるのである。

人的資源プランニングとは、そもそも伝統的なマンパワープランニングから展開したも

(21)

のである。マンパワープランニングとは、組織が必要な時に必要な分だけ必要な場所で従 業員を持つことに関心を寄せる、まさにジャストインタイムの考え方に立脚していた。そ のため組織の関心は量的側面に偏るという傾向があり、さらには市場の不確実性を考慮に 入れない安定仮説に基づいていた。しかし、近年の不安定性から生じる急速な変化や変革

の速度の加速などからマンパワープランニングは限界を迎えた。そこでさらなる展開とし て人的資源プランニングが登場したのである。

人的資源プランニングは人的資源に対する需要、活用、供給の三段階で構成されている。

最初の段階では労働力構成やその数、質、将来のニーズなどを考慮し、企業の需要を算出 する。この時に市場や顧客の変化など、外部環境に注意を払わなければマンパワープラン ニングと何ら違いはなく、人的資源プランニングと呼ぶことはできない。第二段階は人的 資源の活用である。ここでは人的資源のスキルや才能の活用方法を考慮する。そのために は前段階の人的資源に対する需要で算出されたデータの真意を確認し、その背後にある原 因など、従業員のソフトな面をも考慮に入れて活用方法は決定されなければならない。そ

してその決定が必要な人的資源の数量を確定する。すなわち、第一段階の需要に関する局 面では定量的なデータに基づくアプローチがなされ、第二段階の活用に関する局面では定 性的なデータに基づくアプローチがなされていると考えられる。

そして最後の人的資源の供給段階では、決定された従業員の調達数に応じて内部調達、

もしくは外部調達によって従業員を確保する。前者は必要な人的資源を企業内部、すなわ ち組織が雇用している人間からの確保、後者は外部労働市場からの確保を意味する。両者 にはそれぞれメリットがある.内部調達のメリットとしては、企業内部の人間であれば仕 事の方法や組織文化を理解していると考えられること、能力や業績などの情報が得やすい ことが挙げられる。外部調達のメリットとしては、組織が変革を行おうとする時、組織が 目指そうとする組織文化に合致するような価値観や態度を持った労働者を開拓できる点、

組織の運営に新しい考えを注入することができる点である34。

(4)募集と選考

募集と選考は、組織と労働力の外部調達を結びつけることを意味している。人的資源プ ランニングの人的資源の供給の段階で、従業員の確保を外部調達でまかなうという決定が なされれば、このプロセスで確保‑の具体的な行動が実行される。募集とは、一群の候補 者を欠員となっている職位に引きつけるプロセスで、選考とは、組織の新メンバーを採用 可能な候補者から選ぶテクニックである35。募集や選考には求人広告や選考目的の検査など、

多くのコストがかかる。また、新しく採用した従業員の能力の見込み違いなどもコスト上

34伊藤健市・田中和雄・中川誠士、『アメリカ企業のヒューマン・リソース・マネジメント』、

税務経理協会、 2002年、 10‑12ページ。

35 EugeneMcEenna NicBeecb、伊藤健市・田中和雄.監訳、前掲書(注26)、 115ペー

ジ。

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