異文化接触の様々な形
守山 恵子 ・鹿島 英一
‑、異文化接触 と子 どもたち 二、留学生受け入れ と異文化接触 三、おわ りに
一、異文化接触 と子 どもたち
1. はじめに
長崎大学外国人留学生セ ンターを利用する留学生の中には、家族持 ちの営 学生 も多い。留学生の子弟 は、その年齢、生活環境 などに応 じて、親が体験 す るの とはまた違 った異文化接触 をする。 子 どもが異文化接触をする方法は、
何 も外国で生活するだけとは限 らない。外国人の子 どもをクラスの一月 とし て迎 えた 日本人児童 もまた異文化接触 をすることになる。
子 どもの時の異文化接触が、大 きくなってか らの異文化 に対す る態度 に影 響 を及ぼすであろうことは想像 に難 くない。そのことも考 えた上で、学校生 活の中での子 どもたちの異文化接触 を、大切 に しなければならない。そして、
単 なる異文化接触 に終わるのではな く、異文化体験 に深め られることがなお 大切であろう。
本稿では留学生の子弟の ように外国で暮 らす ことで異文化 に凄する子 ども たちだけではな く、自文化の中で異文化 を体験す る子 どもたちのこともあわ せ て考えてい きたい。そこで筆者が これまで接 して きた次の子 どもたちを対 象 にする。
(∋自文化の学校生活の中で外国語 としての 日本語教育 を通 して異文化 に接 す る子 どもたち
・アメリカ、イリノイ州、キング小学校 に通 うアメリカ人。 自国の自文化 の枠の中で、同 じ学校 に通 う多 くの外国人 との接触や他言語教育 を通 し て異文化体験 をしている。
長崎大学外国人留学生指導センター紀要 第4号 研究論文編 1996年 89
・長崎市内の 自主校で、アメ リカ式の教育 を受けている主 にアメリカ人の
子どもたち。
(む異文化の学校生活 を送る子 どもたち
・キ ング小学校 に通 う外国人、特 に日本人の子 どもたち。 は じめての異文 化体験である場合がほとん どである。
・長崎市内の公立小学校 に通 う日本語 を母語 としない外国人の子 どもたち。
2.異文化 とは
「異文化」、「異文化接触」、「異文化体験」、「異文化適応」等 とい う言葉が 使われるようになったのはそ う古い ことではない。「異文化」 を考 えるため
に 「文化」 を先ず定義 しな くてはならない。
「文化」 を r日本語大辞典Jは次のように定義 している。
「① くcultureの訳語)ア、自然 に働 きかけて、人類の生活 に役 立 たせ る 努力。ィ、学問 ・芸術 ・宗教等の人間の精神活動の産物。技術的活動の 所産 をい う文明に対する語。」
上記の定義 を、「異文化」 を考 えるス ター トライ ンにす るには説 明不足 で ある し、唆味であろう。
「異文化」 を扱 った文献のなかで、「文化」は次のように捉 えられている。
藤田 (1988)は、文化 をブルデューに習って 「身体化 された文化」「客体
化 された文化」「制度化 された文化」の三つに分類 している。「身体化 された 文化」 とは 「一人ひ とりの個人のなかに内面化 された知識、能力、行動様式」
であ り、「客体化 された文化」 とは 「物的構成物」であ り、「制度化 された文 化」 とは、「法律 、学歴 、各種 の免許 な どの社会 的制度、資格」 であ る。
(pp.28‑29)
金沢 (1992)は 「文化 とは、人間の相互関係 によって生み出され、一つの 世代か ら次の世代へ と身につけられて伝 えられてい く知識、技能、態度であ り、その場所や集団に特有のパ ター ンです。 こうした伝達は、主 としてシン ボルによって行 われ、そ こでは、さまざまの事象 に対 して、ある特有の意疎 づけが されてい ます。 このパ ターンがその集団の成員 により共有 され、集団 の中で人か ら人 に教 えられてい く場合、 それ を文化 と呼 び ます。」(p.23)
としている。
また、箕浦 (1991)は、「ある人間集団の生 きている意味空間 に文化 の本
質を見 る。」(p.42)という。
「文化」 を 「ある集団に特有の意味づけのパ ターン」と捉 えて、 「ある集 団
」
「特有」
「意味づけ」
「パ ターン」 を考えてみよう。「ある集団」は、「夫婦
」
「家族」 といった成月の数が極少ない集団か ら、「民族
」
「人種」 といった大 きな集団までが考えられる。小 さな集団である、ある 「家族」の成月が他の 「家族」 とは違った行動様式、約束事 を持ってい ることもあるだろう。異なる家族の中で育った者同士が一緒に生活するよう になると、それまで当然だと思っていたことが どこの家族の中で も通用する ことではない ということに気付 くことも出て くる
。
「文化」 を担 う 「集団」として考えるとき、「家族」のような小 さな集団を考えるよ りも、 もっ と大 きな 「民族」 とか一つの国の 「国民」等 を考えることが多いが、集団m 成 する成月の数の多少によって、「文化」の定義が変わるわけではない。
「特有」 ということは、一つの集団の内部では意識 されることはない。他 と比較 しては じめて 「特有」であるということがいえる。「文化」 はひ とつ ではな く、 さまざまな文化があ り、一つの文化がさらに下位の文化 を内包 し ていることもあれば、二つ以上の文化が部分的に重な り合 うこともある.一 つの文化は他の文化 との比較の中でその独 自性 を明 らかにする。 日本で生 ま れ育った人が、外国で暮 らしはじめて 「日本文化」の存在 を意識するように なるの も、比較の対象 を得たためである。
「意味づけ」は、「さまざまな事柄、行動 をいかに判断、評価す るか」 と 言いかえることがで きるだろう。 一つの集団を構成する成月はこの 「いかに」
を共有 している
。
「いかに」の 「パ ターン」が成月 に共有 されている とき、「文化」の存在 を認めることがで きるともいえよう。
「異文化」 とは、この 「パ ターン」 を異にする文化である
。
「いぶんか」といって も 「違文化」 とすると、違 う文化 というだけではな く、否定的な意 味あいが加わるが、「異文化」 というのは、「異なる、ほかの、同 じでない文 化」であって、そこには優劣や上下、正誤 といった評価 を下す ことはで きな い。 自分の持つ文化が絶対だと思った り、優秀だと思った り、正 しい と考え た り、上位 にあると感 じた りすることがあるが、「異文化接触」 を考 える と
きの大切な前提の一つはこういった評価 を下 さない ということである。初め か ら自文化 を優秀であると考えていた り、異文化 を自文化の物差 しで測 った
りす るのではな く、違いは違い として受けとめることが大切であろう0
長崎大学外 国人留学生指導セ ンター紀要 第4号 研究論文編 1996年 91
金沢 (1992)も異文化接触において 「相対的な見方」がで きるようにな り
「自分 も尊重 しなが ら他者 も尊重す る」 ことの大切 さに触 れてい る。 この こ とを念頭 に置いて、話 を進めることにする。
3. 日文化の学校生活の中で外国語教育 としての 日本語教育 を通 して異文化 接触 をする子 どもたち
「月刊 日本語」の1995年12月号は、「海外発 ・にはんごと子 どもたち一蒙 ・ 米の現場か ら」 と題する特集 を組んでいる。その書 き出 しに次のようにある。
「日本語学習のすそ野は、いま海外の子 どもたちの下で どん どん広が ってい ます。 ・子 どもの場合は、 日本語学習が、その人格形成期 に未知の言 語 と文化 に向 き合 う機会 となるということ。 日本語がで きるようになること
は、 日本 を好 きになることと同 じだと言っていいで しょう。」(p.5)
「日本語がで きるようになること」イコール 「日本が好 きになること」 と 簡単 に言って しまって良いか どうかについては、疑問があ り、反論 もあるが、
「日本語学習が、その人格形成期に未知の言語 と文化 に向 き合 う横会 となる こと」 については異論はない。「日本語学習」が 「日本」 のみ な らず 「未知 の言語 と文化」 に触れ、それを受け入れる態度 と、自文化 も含めて相対的な
ものの見方が養われるきっかけになることが願われる。
日本語 を学ぶ外国人はそれが 日本でであれ、日本以外の国でであれ、異文 化 としての 日本の文化 と接触することになる。積極的に異文化理解をカリキュ
ラムの中に取 り入れて学習する場合 も、異文化理解 を特 には視野に入れず に 言語 として学習する場合 もあるだろう。 しか しどんな場合 も新たな言語 を学 ぶ時には、多かれ少なかれ異文化 と接触することになる。
大学生、あるいは大人になって初めて異文化 との接触 を意識する人 も多い だろうが、小 ・中学校 における外国語教育の場は異文化接触の第一歩であろ う。杉谷 (1991)は 「日本国内において異文化接触が最 も多 く生 じている、
あるいは生 じる可能性が潜んでいるのは、外国語授業の場ではないだろうか」
と指摘 している。異文化凄蝕は外国語教育の場でのみ起 こる訳ではないが、
年若い時期 を逃 さずに異文化接触 を組み立てるには教育の場が相応 しく思え る。
r異文化 とつ きあうための心理学」の中で金沢は 「異文化接触能力 を身に つける方法」 として次の三つ を挙 げている。(pp.163‑168)
(1) 気づ きを高める A.体験学習
ロールプレイ (役割演技法) 役割交換法
シミュレーシ ョン 見学
B.ケース研究
C.
質疑応答、ディスカッシ ョン(2) 知識 を高める (3)行為 を身につける
①新 しい (正 しい)行為 を見る、聞 く (見せて もらう、聞かせて もら う)
(勤その行為を、自分でやってみる
③ 自分でやってみた行為 に対 して、それが実際 どの ように行 われてい たか、 どこがよくできて、どこをどの ように改善 した らいいのか、
といったフィー ドバ ックをもらう
④ フィー ドバ ックされた点を改めなが ら、その行為 を練習する
⑤練習の結果に対 して、またフィー ドバ ックをもらう (む以上の繰 り返 し
小学生に対する日本語教育の中で異文化接触 を積極的に取 り入れ、それを 意味あるもの とするためには 「参加型の異文化体験」の方法 を充実 させるこ とが必要であると考える。つまり小学生の段階では金沢の三つの方法のうち 特 に 「(1) 気づ きを高める A.体験学習」を大切にして受動的ではな く能 動的な異文化体験、自らの身体を動かさざるを得ない異文化体験 を仕組むこ
とが必要であろう。ただ体験学習を漫然 とするのではな く 「気づきを高める
」
ために 「なぜ」「どうして」「どうやって」 という疑問を子 どもたちが持ち、
その答えを単に聞こうとするのではなく、探そうとし発見するような体験学 習がで きれば 「自分 も尊重 しなが ら他者 も尊重する」第一歩が踏み出せるの ではないだろうか。年若い時期での 「参加型の異文化体験」 としてなにがで きるかを、外国での日本語教育の場合と日本国内のインターナショナルスクー ルでの 日本語教育の二つの場合について、筆者の体験 をもとに考えてみたい。
生徒たちはどちらも数人の例外を除いて英語を母語 とし外国語 として 日本語
長崎大学外 国人留学生指導セ ンター紀要 第4号 研究論文編 1996年 93 を学ぶ子 どもたちである。
3‑ 1.キング小学校の 日本語教育
は じめにキング小学校 の全体像 について触れてお きたい。
アメリカ、イ リノイ州、アーバナ市の市立小学校 の一つで ある、Martin LutherKingJr.ElementarySchoolにはキ ンダーガーテ ンか ら5年生 まで
の子 どもたちが通っている。 黒人が多 く住む地域 に位置 し、特色 を持 った学 校作 りをめ ざ して、英語 を母 国語 としない子 ど もたちのための 充 実 した ESLプログラムを持 ってお り、市内の英語使用 に不 自由を感 じる子 どもた ちはこの小学校‑通 うことが勧 め られる。ここでは母語 を大切 に して初 めて 英語の力 も伸 びるとい う考 え方か ら、子 どもたちは母語の教 師によるクラス に毎 日短時間ではあるが出席す るようカリキュラムが組 まれている。母語の クラスは一学年 または二学年一緒である。 完全 にすべての母語のクラスがあ るとはいえないが毎年15前後の言語のクラスがある。 主な ものを挙げると、
韓国語、中国語、 日本語、ベ トナム語、スペ イン語、ポル トガル語、 ドイツ 語、 ウル ドゥー語、イン ドネシア語、カンボジア語、ヘブライ語、アラビア 語 な どである。その一方で英語 を母語 とする児童には仏、独 、西、 日本語の クラスがあ り、 どれか一つを選択す ることになる。ESL、母語、外国語 の三 種類 のプログラムを総称 してUrbanaMulticulturalProgramと呼ぶ。 この
プログラムについてのパ ンフレッ トの最初 には次の ように書かれている。
TheUrbanaMulticulturalProgram developsmutualrespectand appreciationamongallstudentsaswellasfosteringhighaca‑
demicachievement.
ここで もまた 「自分 も尊重 しなが ら他者 も尊重す る」 ことがいわれている。
キ ング小学校 の児童たちは 日常的にさまざまな言語の洪水の中にいる。 日 本語 について も日本人同士で話す際の 日本語 を耳 にすることも多 く、 日頃か ら日本人児童の持 って くる弁当やスナ ックなどを見慣れていた り、クラスメー トとして一緒 に学び遊んでいる。英語 を母語 とす る児童で外 国語 として 日本 語 を選択 した児童 も、 日本語 クラスに来る前 にすでに異文化接触 を始めてお り、異文化理解 の第一歩 を踏み出 しているといえる。 日本語 クラスの子 ども たちはクラスの中で、それまでほとんど見て、聞いていることが多かった異 文化接触か ら自分 自身の体 を動かす ことで、参加型の異文化体験へ と移行す
るように授業が計画 される。
小 さなことか らいえば毎回クラスの度毎 に繰 り返 されるあい さつが挙 げ ら れ よう。「おはようございます」 と声 に出すだけではな く、お じぎを しなが
らあい さつ をするのは初めての経験である。 出席 を採 るときだけでな く指名 されて名前 を呼ばれた場合 も 「はい」 と返事 をすることや名前 に 「さん」や
「くん」 をつけて呼ばれること、クラスの中で教師を 「先生」 と呼ぶ ことな ど、は じめのクラスで経験するい くつかの約束事 は、すでに異文化体験 とい える。
学校図書館 に豊富に備えられている日本語の児童書 には縦書 きの もの も横 書 きの もの もあ り、それに合わせて右か ら開 くもの と左 か ら開 くものがある ことを発見で きる。また、た とえば買い物 ごっこに必要な日本語の練習 を し た上で 日本人の子供 と一緒 に買い物 ごっこで遊ぶ中で、呼び込みのかけ声 を 新たに学んだ り、お釣 りの出 し方の違いを体験する。 日本人の子 どもとの交 流 を積極的に取 り入れることは、実は日本人の子 どもたちにとっても役に立っ ていると思われる。 言葉が十分わか らずに異文化の中で生活す ることを余儀 な くされている日本か らの子 どもたちにとって、 日本語 を学ぶ子 どもたちを 助ける側 に立つ ことは 「自分 を尊重 しなが ら他人 を尊重する」 を実践 し、 自 分 に対す る自信 を取 り戻す きっかけにもな りうる。
子 どもたちは毎時間様々な形で異文化体験 をしているわけだが、少な くと も月に一回は特 に 「文化 を学ぶ」授業が計画 される。 い くつかの具体例で参 加型異文化体験 を考える。
(1) 朝 ごはん
ご飯 ・味噌汁 ・海苔の簡単な朝御飯 を日本人の子 どもたちと一緒に食べる。
"箸 をそろえ" "ご飯 を茶碗 に盛 り" "味噌汁 をお椀 につ ぎ" "海苔 を小皿 に乗せ'' "しょうゆを準備する"などの準備の段階か ら一緒 にす る。米は前 の晩に研 いで水 につけてあったことや味噌汁の作 り方などの説明を聞 き、 日 本人の子 どもたちのや り方 を見なが ら食べ る。味の しない白いご飯がそれだ けでは自分たちには食べ に くいことや、味噌汁の味の変わっていること、海 苔は口にするの も気味悪い し入れてみると口の中にべたべた くっつ くことな ど、子 どもたちにとっては一つ一つが発見である。おい しそうに食べ る日本 人の子 どもたちの様子 を見ていると不思議な気持 ちになる。実際 に目の前で いつ も一緒 にいて遊ぶ仲間である日本人の友達がおい しそ うに食べているこ
長崎大学外国人留学生指導セ ンター紀要 第4号 研究論文編 1996年 95
とが、 この場合の異文化理解 を否定的な ものにしないために大 きな意味 を持 つ。 ご飯 と味噌汁 と海苔 をただ味見す るだけのことでは 「日本人 とい うのは おか しな ものを食べ る」 とい う印象に終わ りかねず、「まずい」 な どと否定 的な言葉 を言 った り食べ物 を粗末に扱いかねない。ここでキング小学校の 日 本人生徒が異文化体験 に大切 な役割 を果た している。
(2) 生け花
いわゆるフラワーアレンジメン トと生け花の写真 を比べて、気づいた違い を発表 し合 う。"好 き嫌い"ではな く、"違 うことや同 じこと" を発見す る。
次 に全月で実際に生 け花 に挑む。「花が どちらを向 きたい と思 ってい るか」
「どの花同士が話 しをしているように見えるか」など 「花 が こう生 けてほ し い」 と思 っているのを感 じて生けることに挑戦する。 子 どもたちの授業中の 様子や授業後の感想か らこれまで花 に注 目することなどな く過 ごして きた子 にも 「花 に対するや さしさ」が見えることがある。(守 山 1992)子 どもた ちは生け花の作品を見た り、解説 を聞いた り、実演 を見ることで も異文化 に 接 し得 るが、受動的な経験だけではその場限 りにな りがちである。自分の手 に持 って考え一つの ものを生み出す ことによって 「気づいた」 ことは、心 に 残 るものになろう。
(3) 「日本館」 を訪問する
校外学習の時間をとり、 日本館 を訪問 し、館内で館長か ら建物 について、
畳 についてなどの説明を聞 き、見て、触れて、質問をする。子 どもたちにとっ ては玄関で必ず誰 もが靴 を脱 ぐことか ら異文化体験が始 まる。 靴 を脱がな く ては畳 を痛めて しまうとか、襖や障子 に紙 を使 うことなどを発見 し体験す る 子 どもたちのそばで、 日本人 自らの文化 を再発見することもある。 子 ども自 らの気づ きの中で印象的だったことの一つは、 日本館が交通量の多い通 り沿 いにあ り、物理的には決 して静 まり返っているとい うわけではなかったにも 関わ らず 「日本館 はす ごく静かだ。ぼ くの うちと全然違 う。」 とい う発言 で あった。(守山 1992)
文化の優劣ではな く違 った形があ り得ることを素直に受け入れる下地造 り を小学校 、あるいは中学校です る事の意義は大 きい。大人になってか らの異 文化淳蝕での不要なス トレスを回避する事 にもつながるのではないだろうか。
3‑2.長崎インターナ ショナルスクールの 日本責苦教育
キ ングスクールの子 どもたちは英語 を母語 とし、アメ リカにいて、 日本語 を学校のなかだけで学ぶ子 どもたちであった。同 じ英語 を母語 とし外国語 と して 日本語 を学ぶ子 どもたちであって も、 日本 に住 んでいる子 どもたち もい る。 日本の小学校 に通い始める外国人子弟 は、異文化のまっただ中で 日常 を 送 ることになる。 インターナシ ョナルスクールに通 う子 どもたちの場合は多 少状況が異 なるが、常に異文化 と接触 している点では大 きな差 はない。家庭 の中で も家の作 りが違 った り、テ レビ番組、隣近所 とのつ きあい、買い物、
交通手段 と異文化接触 は続 く。 この子 どもたちに対する日本語教育の中に異 文化接触 をどう取 り入れてい くか様 々な方法があろう。筆者は、子 どもたち が生活 している土地 「長崎」 を更によく知 るために 「長崎 を知ろ う」 を一年 のカリキュラムの主題 に据 えて、一月に一回ずつ体験学習 を計画 した。それ に向けて必要な日本語の学習 をした り予備知識を得るなどの準備をし、終わっ てか らさらに、知ったこと、発見 したこと、驚いたこと、わか らないことな どを整理す ることを続けた。異文化の中での生活が更にスムーズ に進むよう 願 ってのことである。
参加型の体験学習 を計画するにあたって、「長崎」 をテーマ に取 り上 げ、
その際に日本の小学校で3年生が地域 を学ぶ授業が参考 になるだろうと考 え た。なかで も子 ども自身が考え動 くことをめざした授業計画、た とえば 「子 どもがい きい き学ぶ社会科 一主体的に考 え、活動する力 を育 てる」 (古川清 行、田中久子編著 1990)などが参考になった。
具体的な体験学習の例は次のようなものである。
(1) 図書 セ ンター‑行 こう
長崎インターナシ ョナルスクールは生徒数が10名足 らずの保護者の自主運 営の学校であ り、図書 もほとん どない。子 どもたちのうち 日本語の本が読め るほ どの 日本語能力 を持つ生徒 は1‑2人で、他の子 どもたちは英語の本 し か読めない。長崎市の図書 セ ンターは子 どもたちに知って利用 してほ しい長 崎市の公共の施設の一つで、毎年ある程度のまとまった冊数の外 国語の本が 入 る。ほとん どは英語の本 だが、 フィンラン ド語の本があった り韓国語の本 があった りもする。 利用がそれほ ど多 くはなかった外国語の本の利用者 を増 や したい と思っていた図書セ ンターにとって も、インターナシ ョナルスクー ルの子 どもたちの利用 は歓迎 された。初 めて図書 セ ンターに行 くにあた り、
長崎大学外国人留学生指導セ ンター紀要 第4号 研究論文編 1996年 97 登録 カー ドの申込用紙の必要事項の記入は授業の中に組み込んで前 もってす
ませた。また本 を借 りると仮定 してカウンターでの受け答 えを練習 しロール プレイ も行 った。
図書セ ンターでは利用の仕方の説明が 日本語であった。館員の方 もで きる だけ優 しい 日本語 と英語 を交えて説明 して くだ さった。いざ実際に本 を借 り る段 になると練習 した言葉 はなかなかでてこず、館月の説明に もうなず くか ほとん ど聞いていない ような状態であったが、練習 をしてあったので何 をい われているか、 どうした らいいかは見当がついたようである。図書セ ンター に行 ったことの成果の一つは英語の本ばか りではな く日本語の本 に も輿咲を 示す子がでて きたことである。 借 りないまで も絵のお もしろそ うな本 を手 に 取 ってみる子や、紙芝居 に興味 を持 って借 りる子、絵、図、写真 といった も ので内容が理解で きるような本 を借 りる子 もでて きた。
子 どもたちが本 を通 しての異文化接触 を自発的に始めるきっかけを図書セ ンター訪問が与 えたことになる。クラスの時間の中で計画 される異文化体験 は一つのことばか りを長 く続けるわけには行かないが、クラスを離れて もそ れが続 くような きっかけを与えることはで きる。 しか し実際は図書 セ ンター が歩いていけるような距離ではなかったこともあ り、自発的な利用 にはつな が らなかった。そこで子 ども文庫の制度 を利用 し、 まとまった数の本 を一定 期間借 りて学校 に置 く方法 を採 ることになった。最 も理想的なかたちではな かったが、子 どもたちに芽生 えた興味を持続 させ る役 にはたった と考えてい
る。
(2) 路面電車 ツアー
長崎市内の主だった観光地な どは子 どもたち誰 もがすでにいった ことがあ るが、位置関係や距離な どはよくわかっていない。長崎市の路面電車 を中心 とした大 きな地図を作 り、子 どもたちが知 っているところを地図に加 え、地 図を見なが らの会話練習 をした後で、電車の一 日乗車券 を使 ってツアーに出 かける準備 をした。ツアーの準備はすべての路線 に乗 るための計画、時間配 分 を考 えてお昼 を食べた り、見学のための場所の決定、電車の乗務月 との会 話の練習などであった。子 どもたちの中には通学 にバスを使 うものの電車 に
はほ とん ど乗 ったことがない子 もいた。ツアーでは運転士 さんと話 しを した 子 もお り、路線図 と自分の位置 を確認 しなが ら乗 り降 りもスムーズだった。
ツアーのあ と再 び授業で地図 を見なが らまとめをして、実際 にしたことにつ
いての会話練習や、気づ さについて話 し合 った。
毎月何 らかのテーマで異文化体験 を授業の中に取 り込んだので、 これ らの 他 にた とえば小学校、新聞社 などを訪問 した りさまざまな伝統的行事 を体験 した。特 に外へ出かけるときには、授業で準備 して きたことが実際 に役 に立 ち、心配や困難 によるス トレスを減少 させ得た。異文化体験 は過度のス トレ ス となることもあるが、準備 をして 「適度なス トレス」 (金沢 1992)の異 文化体験 を重ねる事 によって、その後 も異文化接触の過度のス トレスを減少
させ られるであろう。
4.異文化の学校生活 を送 る子 どもたち
すでに見て きたように自文化の学校生活の中で、外国語教育 としての 日本 語教育 を通 して異文化接触 をする子 どもたちは、お もに、その授業時間のな かで計画 されたカリキュラムの中で異文化接触 をする。 ところが、キング小 学校 に通 う日本人の子 どもたちや、長崎の公立小学校 に通 う外国人の子 ども たちは、学枚生活すべ てが異文化である。
r月刊 日本語Jll月号 は
、「 r
言葉 をつかむJ子供たちへ ‑学校 と地域の 日 本語教育」 と題 した特集 を組んでいる。 日本国内の 日本語 を母語 としない子 どもの増加 を受けての特集である。 ご く普通の公立の小 中学校 に、 日本語 を 母語 としない外国人の児童生徒が通っているとい うことが、なん ら珍 しいこ とではない状況が、 日本のあちこちに生 まれているといえる。 しか し、まだ まだ、多 くの学校 にとって も、先生 にとって も、 日本人の子 どもたちにとっ て も、教室のなかに、 日本語 を母語 とせず、 日本語によるコミュニケーシ ョ ンがスムーズにいかない子 どもたちがいる状況は、特別 なことであろう。 た またま日本語 を母語 としない子 どもを受け入れた学校 な り、担任の先生なり、クラスの 日本人の子 どもたちな りが、受け入れた子 どもと共 に、模索 し、努 力 していると思われる。 一地方にまとまった数の日本語 を母語 としない子 ど
もたちがいる場合 には、教育の方法、援助体制等の対策が考えられ、実行 さ れている。 しか し人数が多 くない と、 どのように受け入れ、具体的にどのよ うに学校生活 を送るかは、それぞれの学校、担任、同級生にまかされている。
そ して、数が多 くない場合がほとんどである。全国で 「日本語 を母語 としな い子 どもを受け入れている学校の うち約3分の2が、在籍外国人生徒 1人あ るいは2人であるとい う.」(西原 1995)その為、模索や努力が一部の人の
長崎大学外 国人留学生指尊セ ンター紀要 第4号 研究論文編 1996年 99 経験で終わ り、その経験 を他の人 と共有 した り積み重ねることが難 しい とい
う状況がある。r月刊 日本語Jが特集 を組 んだの も、 日本 のあ ち らこち らで バ ラバ ラに努力 をしている学校関係者が多いため もあったのではなかろうか。
日本語 を母語 としない子 どもたちが、 日本で学校生活 を送るときに生 じる 問題 は言葉の問題ばか りではない。文化、習慣 の違いか ら誤解が生 じること もあろう。 また、子 どもの発達段階によって も問題の質が違い、両親の考 え によって も、間蓮 となることもあればならない こともあろう。子 どもたちは、
自らの意志 とは関わ りな く、突然 に異文化での生活 を始めることになること が多い。親 は、 日本 に行 くために言葉 を習った り、 日本 についての本 を読ん だ り、 日本のことを知 っている人に話 を聞いた り、その他の情報 をで きるだ け集める努力 をすることがで きる。 しか し子 どもたちの中に親たち と同 じよ うに準備 を して 日本 に来た とい う例 を知 らない。
子 どもは大人のように苦労す ることな しに言葉 も覚 えるし、順応が早いか ら、準備 もい らない し、心配 もい らない とか、子 どもは遊びを通 して友達 を 作 るのだか ら言葉がで きな くて もす ぐに友達がで きるものだ とか、「自文化」
もしっか り身につけていないのだか ら 「異文化」 に出会 って もことさら困難 を覚 えることはない とい うように、「異文化接触」 にお け る子 どもの困難 を ご く小 さな もの と捉 える人 もいる。子 どもの 「異文化接触」 には、解決すべ き問題や、援助すべ き困難はないのだろうか。その うち慣れるか ら長い 目で 見ておけば よいのだろうか。そ うではな くて、子 どもたちの 「異文化接触」
におけるス トレスを小 さく、適度にす る手だてがあるのなら、その手だてを 講 じてやる必要があろう。異文化接触 を子 どもたちが どのように受け とめて い くのか、問題や困難 を解決す るためにどの ような援助がで きるか、子 ども たちの負担 を軽減す るために何が必要か、を考 えてみたい。異文化のバ ック グラウン ドを持つ子供たちを受け入れることに歴史 もあ り、充実 したプログ ラムを持つキ ング小学校での 日本人の子供たちの異文化体験 について述べ、
さらに長崎での公立学校 に通 う外国人子弟の ことを考 えたい。
4‑ 1.キング小学校の 日本人児童たち
すでにキ ング小学校 については、3‑1で述べた。アーバナ市 に住む、英 語 を母語 とせず、英語でのコミュニケーシ ョンに不 自由を感 じる子 どもたち は、キング小学校 に通 うよう勧 め られる。この子 どもたちは、それぞれの学
年のクラスに属 してお り、算数、理科、体育、音楽、図工、 ドラマ、図書室 等の科 目は、それぞれのクラスで英語 を母語 とする子 どもたちとともに学ぶ。
その子 どもたちは同時に、他の子 どもが英語 と社会 を学ぶ時間に第二言語 と しての英語 (ESL)を学ぶ。キンダー、1年生、2、3年生、4、5年生 の クラスがあ り、それぞれが、子 どもの英語能力によって さらに二 クラスに分 かれている。ESLでは、専 門の教師が、理科 や社会 を英語 で教 えた り、程 度 にあった本 を読 ませて内容 を書かせた り、歌 などを取 り入れた りする事 を 通 して英語 を身につけることがで きるよう、授業 を組 んでい る。 ESLと同 じクラス分けで、英語 を母語 とする子 どもたちが、仏、独、西、 日本語のい ずれかを学ぶ時間に英語 を母語 としない子 どもたちは、母語のクラスがある。
母語のクラスでは、他のクラスでわか らなかったことを補 った り、母語でア メリカのことを学んだ り、母国のことを学んだ り、母国での学年相当の学習 をした り、それぞれの実状 に合わせて母語の教師が、子 どもたちの母語 を維 持 し、のばすためのカリキュラムを組んでいる。
母語の教師はすべて非常勤であるが、母語の教師の存在 は、外国人の子 ど もたちにとって も、子 どもたちの担任 にとって も、保護者 にとって も大 きな 意味 を持つ。特 に母語の教師たちと各担任 とのつなが りは密で、各担任が子 どもたちのことを正 しく理解、把握で きるよう、言葉の壁や文化の違いか ら 誤解が生 まれないように注意が払われている。子 どもたちにとっては、わか らなければ母国語でたずねることがで きる教師がいるとい う安心感は大変に 大 きい。
キング小学校 には6学年の児童がいるわけだが、 どの時期 に始めて異文化 接触 をす るかによって、異文化の受け入れ方 も違 って くる。
小学校低学年の時期 に 「異文化接触」 を体験 した場合 に、間蓮 となるのは どのようなことだろうか。小学校 1年生の 日本人の 日本で生 まれ育った子 ど もが、父親の仕事の関係で約 1年の予定でアメリカで暮 らす ことになった と き、インターナショナルスクールで子 どもの異文化凄蝕 を数多 く見て きたあ る学校の校長が次のようなア ドバイスをした。
「セルフエステイーム (Selfesteem)がはっきりとは確立 していない この 時期 に言葉 もわか らない新 しい環境 におかれると、セルフエステイームが非 常 に下がって しまう危険性がある。 だから家庭で、その子のセルフエスティ‑
ムを高 く保つ努力が必要だろう」
長崎大学外 国人留学生指導セ ンター紀要 第4号 研究論文第 1996年 101 箕浦 (1991)は、7‑10才の 「具体的操作期」の子 どもたちは、アメ リカ の文化 と日本の文化の違いについて、「具体的 レベルで認知 してい る」 と指 摘 している。
ある状況で 自文化が要求する行動 と、異文化が要求す る行動が違 うとき、
違いがあることはわかって も、この投階の子 どもはそれ を 「それぞれの文化 に特有の意味づけのパ ターン」 と結びつけて考えることはで きない。新 しい 環境 にな じもうとすれば、それ までの行動 をとらず に、新 しい行動 をまねる ようになるだろう。 その ときに 「自分は他の人がするような行動ができなかっ た」 とか、「同 じように上手 にで きない」といった否定 的な 自己評価 を しな い ように言葉かけをしてやった り、認めてやることが必要になって くる。 こ れは、新 しい環境が要求する行動 を否定的に捉 えて、なかなか新 しい環境 に な じまない子 どもに対 して も必要なことである。 この段階の子 どもが新 しい 環境 にな じめ、異文化の行動パ ター ンを身につけるほど、自文化の影響 は弱 くなる。 これは次の ような理由による。「この年齢では、文化 的 自己 とい う ものがあるに して も、認知 レベルの もので、意味空間に関す るものはまだ芽 生 えていない。 この発達段階では、具体的行動の底 にある意味の構造 に気づ けるほどの認知機能はまだ発達 していず、母文化の意味空間に自我が関わっ ていなかっただけ、異文化‑入って行動 を模倣す るモデルが変われば、難 な
く新 しい行動型への切換 を行 うことがで きる。」(箕浦 1991 p.279)
この段 階の子 どもは、 自文化 を維持す ることが難 しい とい う問題がある。
これ を必ず しも問題 と捉 える必要のない場合 もあるが、数年で帰国す ること がわかっている場合 などには、問題 となることもある。 自文化の維持 は家庭
に も頼 らざるを得ないが、学校で もっと違いを認める雰囲気 を高めた り、同 じ自文化 を持つ人の交流 を深めることが 自文化の維持 に役立つだろう。 この 点、キング小学校 には、異文化の数多 くの子 どもが通ってお り、 自文化 を共 通 に持つ人がいることが多 く、母語の教育 を通 して、自文化 も大切 にす る雰 囲気がある。 勿論母語の教師がいない場合や、母語の教師が必ず しも自文化 を共有 しているとは限 らないが、さまざまな文化 を相対的に見、尊重す る雰 囲気 の中では、た とえ自文化 を共有する人が学校の中にいな くて も、 自文化 を大切 に し、尊重す ることがで きるだろう。
学校で違い を認める雰囲気 を高めるのは、何 も異文化の子 どもたちにだけ 必要 なことでな くて、すべての子 どもにとって、 自分 も他人 も認めてセルフ
エステイームを高めるためにも必要なことだろう。
言葉の問題 も、このころの子 どもは、比較的早 く新 しい言語 を身につける 分、母語 を使わな くなるの も早いことが多い。 これ もキング小学校 のように 母語の時間があった り、自分の母語 を学ぶアメリカ人の子 どもに教 えた りと い う経験があれば、母語 を尊重 し、母語を使 うことに抵抗 を覚 えな くなるの ではないか。多 くの言語が飛び交 う環境の中では、たとえば 日本人同士が、
日本語で許すの も珍 しいことではない。そのような環境の中で、 日本語で平 気でアメリカ人の友達 に話 しかける日本人の女の子 もお り、そのうちにアメ リカ人の方が 日本語のい くつかを覚 えて しまうとい うようなこともあった。
11才 ごろか らの形式的操作期 について箕浦 (1991)は 「個人の行為 を超 え た ところにある対人関係行動 を統べ る文化文法の日米の差違 に気づ き出すの は、シンボル操作がで きるようになってか らと思われる。」(p.249)という。
このころになると、特 に双方の文化 を相対的に、肯定的に捉 える雰囲気が周 囲、特 に学校や家庭 にあるかないかで、異文化凄触の方向に大 きな影響があ る。異文化 も自文化 も肯定的に受けとめることによっては じめて、新 しい言 語習得 と母語の維持 をはかることも必要になろう。
日本では、成績優秀で 「わか らない」 と答 えた り、質問することがないの が当然であった子 どもが、アメリカでは 「自分は英語が分か らないか らわか らないことが当然だ し、アメリカでは質問することが当た り前 の ことだ。」
と理解 して、誰にで も助けを求め、質問をする態度 を身につけることによっ て、比較的スムーズに異文化 にな じみ、言語 を習得 していった例 もある。ま た、子 どもの所属するところが学校だけではな く、課外の活動、地域の活動 などにもあ り、違った場面に居場所があることも、特 にそれが得意分野であ ればなお さら、助けになろう。
4‑ 2.長崎で公立小学校に通 う子 どもたち
長崎大学の外国人教官や留学生のうちには、家族持 ちの人 も少な くない。
また、長崎在住のその他の外国人のなかにも、家族持ちの人がいる。家族全 点が長崎で暮 らしている場合 もあれば、夫婦のみ長崎で暮 らしていて、子 ど
もは母国のた とえば祖父母の もとに預けている場合 もある。単身長崎で暮 ら してお り、他の家族は母国に残 して きている場合 もある。 それぞれに理由が あるが、子 どもを母国に残 して きている場合は、で きることなら連れて きた
長崎大学外 国人留学生指導 セ ンター紀要 第4号 研 究論文編 1996年 103 いが、自分の身分がた とえば研究生で、金銭的な保証 もな く、 ビザの関係で 呼び寄せ られない場合 もある。ある中国か らの研究生は、母国の義理の父母 子 どもを預 けて きていたが、「子 どもと離れて暮 らしたい と思 う人 はい ない で しょう。で きることな ら少 しで も早 く子 どもを呼びたいのです。で も奨学 金 をもらえるようにならない と呼べ ません。離れていることはとて もつ らい のです。今子 どもの成長で とて も大事 な ときなのです。」と訴 えた。勉 学 に 集中するために子 どもを預けて きている場合 もある。 目的を持 って、その為 に子 どもと離れて暮 らす ことを自ら選択 した場合 には、比較的悩み も少 ない ようである。
子供 もともに長崎で暮 らしている場合が、家族 として一番 自然 なかとちで あろう。子 どもたちの特 に学校 のことを考えた状況 は筆者が これ までに外国 人子弟 と接 して きた経験か ら以下の ように分類することが可能だろう0
ア、学齢前
ア‑ 1 母親 と主に自宅で過 ご し、保育園などには行 っていない。
ア‑2 保育園などに通園 している。
ィ、学齢期
イ‑ 1 家庭で過 ごす。滞在が短期の場合は特別に勉強 しないこともあ るが、特 に滞在が長期 にわたる場合 には母親 ない し父親がホー ムスクー リングの形式で勉強を見る。
イー2 外 国人ばか りを集めた親が運営する自主校 に通 う。
イー3 私立の学校 に通 う。
イー4 公立の学校 に通 う。
この中で、ア‑ 1とイ‑1に属する子 どもたちは、これ以外 に積極的に地 域 との接触 を持 っているなどのことがない限 り、異文化の中で暮 らしている とは言い難いか もしれない。イ‑2に属す る子 どもたちは、イ‑1よりは、
学校へ通 う道すが らにさまざまな体験 をするだろうし、通学 に公共交通横関 を使 えばそこで もさまざまな異文化接触があろう。 しか しどっぷ りと異文化 の中に身をおいているといえるのがア‑2、イー3、イー4である。学齢前 の子 どもたちの ことについて も後で触れることがで きると思うが、ここでは、
特 に学齢期の子 どもたちを中心 に考 えてい くことにす る。
r自治体の外 国人住民施策 ガイ ド 外 国人は住民です
」
(1993)を見 る と 日本 の各地で急増す る外国人のための 「先進的な施策」が考 えられ実行 されていることがわかる。 反面、まだまだ新 しい施策を採 らな くて も現行の範田 で十分であると考える自治体 も多い。住民 として、外国人労働者の数が急激 に増えた地域は、必要に迫 られて、施策の検討にも熱心であるところが多い ようだが、た とえば長崎のように、数がそれほど多 くない場合には、外国人 住民のための特別な施策の必要が感 じられないのか もしれない。
長崎市内に外国人登録 をした小中学生は日本人の場合 と同 じようにその地 域の学校 に通 うように説明される。現在市内の公立小学校 に通 う外国人児童 生徒 は、約70名で、そのほとんどが、中国か らの帰国者だそうである。中国 か らの帰国者及び中国語 を母語 とする児童のためには、市内の一つの小学校 で中国語がわかる先生 による日本語教室が、放課後に開かれている。 その他 の言葉 を母語 とする子 どもに対 してはこのような教室はない。
r自治体の外国人住民施策ガイ ド 外国人は住民です
」
(1993)では、教 育に関 して どのような例が挙げられているだろう。日本が批准 している 「国際人権規約」 には以下の事柄が しるされているこ とが先ず指摘 されている。(p.73)
・教育についてすべての ものの権利 を認めること。
・初等教育は義務的で無償であること。
・教育は人格の発展 と完成を目指 し、人権 と基本的自由の尊重の強化 を目 的 とすること。
・子 どもの居住国や出身国の国民的価値、ならびに自己の文明 と異なる文 明についての尊重 を発展 させること。
外国人子弟がいる、いないに関わらず、これ らの趣 旨に添った教育が教育 現場で本当になされているかといったら、すべての教師がこのことを心 に留 め、このことをめざしているとは言い難い。外国人で 日本語が分か らない子 どもを受け入れる体制はないからと自治体が公立学校への外国人児童、生徒 の受け入れを拒否することが、4、5年前には、実際にあったが (長崎市で はないが)最近はこのようなことは聞かれな くなった。具体的な施策の事例 として挙 げられているものには次の ものがある。(pp.80‑87)
・他言語の就学案内を送付する。
子 どもが学校へ通 うようになって、親が戸惑 うことの一つに学校か ら の さまざまなプリン トがある。先生や同級生の保護者にたずねるなど の手段 を講 じることもで きるが、就学前の就学案内は内容がわか らな
長崎大学外 国人留学生指導 セ ンター紀要 第4号 研究論文編 1996年 105 い と見過 ごされて しまう可能性 もあろう。
・民族教育 を充実 させ る。
現在 は、在 日韓国 ・朝鮮人を対象 とした ものが主であるが、それぞれ の外国人の母国についての教育、母国に誇 りを持つ教育 を心がけるこ とは大切 なことであろう。 キ ング小学校 は英語 を母国語 としない子 ど もたちのための充実 したESLプログラム を もってい るが、 ここで強 調 されることの一つに母国語 と母文化の習得の大切 さがある。 民族教 育 といった特別の施策が とれな くて も、異文化 を受け入れ尊重す る態 度 を各学級の中で養 うことで、得 られることは大 きいだろう。
・教育指針 を徹底する。
教育現場で実際に外国人児童生徒 の指導 に当たっている、または当た る可能性のあるすべての教職員 にたい しての教育指針の徹底が囲 られ ている。 たまたま学級 に外国人児童生徒 を受け入れて担任が戸惑 うの ではな く、すべての教職月が受け入れることがで きるように準備 をし てほ しい。
・日本語教育 をすすめる。
スムーズな異文化適応のために外 国人子弟のためのある程度の 日本語 教育は欠かせ ない と思われる。学級担任がそのことにも責任 を持つの では荷が重す ぎる。専任の 日本語教師が望 まれる。
長崎市では、外国人子弟 も住 まいの近 くの公立小学校 に受け入れているが、
たまたま担任 になった教師の経験が一年で終わって しまうことも多い と思わ れる。受け入れ をした小学校や担任の経験が次 に生 きるような方法が必要で ある。また、受け入れることによって、他の 日本人児童が居 なが らにして異 文化接触がで きるチ ャンスを積極的に生かす ことも望 まれる。組織 としての 変化 は望めな くて も、先ず教師が、 自文化 と異文化 を相対的にうけとめ、尊 重す る態度 を養 うことによって、指導 に生かす ことがで きよう。
限 られた数ではあるが、筆者が実際に親である留学生 と子 どもたちや学校、
保育園で話 を聞いた ところによると、長崎で公立小学校 に通 う外 国人子弟の 学校生活の感想 はさまざまである。 低学年の子 どもたちは、具体的に学校で 何 をしたか等 とい う話が多い。低学年の子 どもが、 日本語 に堪能になればな るほ ど、家庭で も母語の使用 をいやがるようになった り、母語の語嚢が増 え
ないばか りか忘れ始めるという悩みを抱えている親 もいた。高学年になると 教科内容の難易、友達の行動パ ターンの違いなどにも言及するようになる。
ある中国か らの子 どもは、 日本語での意志疎通に困難 を感 じな くなって も、
社会科の難 しさを訴えた。算数が中国と比べて易 しす ぎると母親が心配 し、
家庭で勉強させている例 もあった。中、高学年で 日本に来た子 どもは、 日本 語が堪能になっても、母語 もある程度維持 している子 どもが増えるが、語嚢 を増やすには家庭での努力が要求 される。 また積極的に学校のクラブ活動、
課外活動、地域の行事、YMCA等の民間の活動 に参加 している子 どもた ち は、生 き生 きしてお り、異文化 を肯定的に受け入れているように見受けられ る。 さまざまな活動への参加は、子 どもの性格 にもよるが、それ以上に親の 考え方の影響 を受けていることも感 じられる。
保育園などのことについては触れることがで きなかったが、一言だけ青 う と、外国人子弟受け入れが長い園は、外国人の文化 を理解 しようと努力 して お り、給食のメニューに宗教的理由などで食べ られない ものを除 き、他の も ので代用 して見かけは似た ものを作 って特別食 を用意するなどの心遣い もし ている。
今後 さらに、長崎の外国人子弟の異文化接触の状況 を把握 し、よりスムー ズな、肯定的な異文化接触 を援助する方法や、親である留学生が心がけるこ
と等 について も考えてい きたい。