富山県庄川流域におけるズーズー弁の分布とその解 釈
著者 川本 栄一郎
雑誌名 金沢大学語学・文学研究
巻 2
ページ 001‑010
発行年 1971‑10‑20
URL http://hdl.handle.net/2297/23694
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富山県庄川流域におけるズーズー弁の分布と その解釈
川本栄一郎
■6泊(.
はじめに
越中や能登に分布するズーズー弁は,これまでも多くの先学によって調査研究されてきたが
(注1),同じ調査項目で多くの地点を調べるという方法がとられていなかったせいであろう か,地理的分布の実態はまだ十分明らかにされてはおらず,また,音声の捉え方そのものにも問 題が多い。
標準語化が急速に進糸つつある今日,詳しい調査を早急に行なっておかないと,やがてその実 態が掴めなくなってしまう虞れがあると思い,特に複雑な分布の予想される,富山県庄川流域を 対象に,昭和45年9月から昭和46年5月にかけて,臨地調査を実施した。
以下,調査の結果を報告し,あわせて,地理的分布を手がかりに,この地域における「シ・ジ
・チ」と「ス・ズ・ツ」の歴史についても考えてふることにしたい。
臨地調査に際して用いた調査項目は,「獅子・蜆貝・柴・雛・沈む.涼しい.寿司・知事・
筋・つつじ.p・地図・かなづち.±・煤・鈴・雀・盃・靴」の19項目である。これらの項目 は,意味上の関連を考えながら,語彙や他の音韻を調べるための項目(151項目ある)の中に適 宜混入,配列した。話者に,「シ・ジ・チ」と「ス・ズツ」の音を調べられているという意識
を,できるだけ持たせないための配慮である。
調査は,すべて「なぞなぞ式」で行なった。
調査地点は全部で71地点。内訳は,富山県60地点,石川県7地点,岐阜県5地点,新潟県1 地点となっている。調査地点の位置は,地点番号を用いて図1に示してある。
話者はすべてその土地生え抜きの老人である。年齢は70歳を基準とし,女性だけを対象とした が,適当な話者力現つからない地点では男性も調べた。話者の性別・生まれ年は表1に掲げてあ る。性別の次の数字はすべて明治何年生まれかを示している。
1.「シ・ジ・チ」と「ス・ズ・ツ」の音声
庄川流域におけるA・B・C5地域(地域の区分は図1に示してある)の代表として,富山県 東砺波郡平村下梨(地点番号48.以下,()の中の数字は地点番号を示す),同じく砺波市出 町(27),同じく新湊市海老江(14)をあげ,「シ・ジ・チ」と「ス・ズ・ツ」の実態を示せば 次の通りとなる。
1
Z
下梨では,「シ・ジ・チ」は〔Ji〕〔d3i〕〔tji〕,「ス.ズ.ツ」は〔s位〕〔dzm tsnt〕と発音し,両者をはっきりと区別しているが,海老江では,両者をまったく区別せず,
ともに〔s幻〔Clz1〕〔tSI〕と発音する(注2)。
下梨では,沈む〔snMzmmm〕.涼しい〔snCIzlii[Isliide〕・かなづち〔kanad綱tsl剣な どの「シ・チ」を〔sinD〔ts鋤と発音する例力譜干見られるが,これは,一語の中に「シ
・ジ・チ」と「ス・ズ・ツ」力漣なって現われる場合に限って認められる特別な現象である。
出町でも下梨と同じように「シ・ジ・チ」と「ス・ズ・ツ」を区別しているが,しかし区別 の仕方は頗る暖昧で,一つの音(たとえば「シ」)を表わすのに何種類もの運っ迄音声(た とえぱい〕〔s'〕〔s’〕)を用いたり,どういう性質の音声であるのか判定しにくいよ
うな微妙な音声を用いたり緒:
二の微妙な音声は,〔渦〔。細〔t粉という記号を用いて示してあるが,この記号は,
必ずしもこの微妙な音声が〔sr〕〔dzii〕〔tsmに近いということを意味するものではなく,
単に,〔sf〕〔dzY〕〔tsii]と〔Sm〕〔dZmi〕〔ts:極〕の中間的な音声であるということを示し
ているにすぎない。
出町には,このほかに,〔tJi〕〔dヨi〕と〔ts;r〕〔dZmの中間音もあるが,これは,
〔tJlY〕〔回議〕という記号で示してある。
音声に関する説明は以上で終り,次に,下型,海老江・出町以外の地点における「シ・ジ.
チ」と「ス・ズツ」の実態を示す。
2.「シ・ジ・チ」と「ス・ズ・ツ」の分布
「シ・ジ・チ」と「ス・ズbツ」の実態を一覧表にまとめて示せば次のページの通りとなる。
表1で注目すべき点は,「シ・ジ・チ」と「ス・ズ・ツ」をはっきり区別する地点(45~58)
には〔s'1,〔dzY1〔tsit〕はまったく認められず,「シ、ジ.チ」と「ス.ズ.ツ」を区別し ない地点(5~15,55~59)には〔sヌ〕〔dzf〕〔tsY]が非常に多く,「シ、ジ.チ」と「ス.
ズ・ツ」の区別が暖昧な地点(16~52)には〔sif〕〔dZY]〔tSX〕もあまり多く現われないと
いうことである。
このように,ズーズー弁的特徴の有無とCf(子音〔s〕〔。z〕〔tsIは仮に記号Cで表わ す)の数との間には,明らかな相関関係が認められるので,ズーズー弁か否かを見分けるための 指標としてcT1を立て,ciiの数の分布を示した図1を手がかりに,庄川流域におけるズーズー
弁の歴史を探っていくことにする。
その場合,先に説明を加えた〔そ墨}〔籍3[t温)と「j、〕〔d3iiJⅡ]は,い
ずれも,〔sI'〕〔dzif〕〔bqr〕と〔s唾]〔dZiUD〕〔tsUn]もしくは〔『i〕〔d3i〕〔tJi〕の中間音であるので,cYの中には含めない.
本稿では,以下,「シ・ジ・チ」と「ス・ズ・ツ」の区別の仕方ならびにCfの出現頻度数を 目安に,B地域の現象はズーズー弁,A地域の現象は非ズーズー弁,C地域の現象は準ズーズー
弁と呼び,三者の関係を探っていくことにする。
3.「シ・ジ・チ」と「ス・ズ・ツ」の変遷
まず,はじめに,B地域に分布するズーズー弁とC地域に分布する準ズーズー弁との関係を問
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表1「シ・ジ・チ」と「ス・ズ・ツ」の地点別一覧
池県務号
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編Iiiii:獅龍i露iiii3i繭iii顎Iii瀧:
蕊鱸繍灘議ii蕊雲
霧騨辮日舞事蝋轆轤蝋曰DQL【】し【_【□【【【凹囹□囮囮囹回囮圃□r囲回囹囹囹雨函、
識瓢h》謡蕊||号駐露》 pOQ・ODL
⑭.…..s1,とT,tsv⑫….…simOd=iii,t蝋
⑮……sT,cbBohtsT迄Sim,巾蝕・tsdiKc中向缶
o……Ji,七1.訂iロ・……・su,郷,剛
、..…い,右T,tJvルー・・凪
題とする。
ズーズー弁が,海岸部と平野部南端とに分かれて分布し,その間に準ズーズー弁が分布してい る状態から考えるに,両者の関係は,ズーズー弁が古く,準ズーズー弁は新しいと推定される。
おそらく,古くは,C地域もB地域と同じようにズーズー弁であったのが,過去のある時期 に,C地域に準ズーズー弁が生じ,そのためB地域が南北に分断され,現在見られるような分布 を示すことになったと解釈される。
C地域の中でも特に高岡(22)は,古くから金沢と関係の深いところであるので,北陸本線沿い に金沢方面の非ズーズー弁が高岡に侵入して,まず高岡のズーズー弁を準ズーズー弁化し,ここ を中心にその周辺に影響を及ぼしたということが考えられる。
準ズーズー弁が,、海岸部のほうにはあまり進出せず,もっぱら内陸部にその勢いを広めつつあ るのは,砺波平野が有名な散村地帯であるため,まとまりのある集落が少なく,外部の影響を受 け易いという事情によるものであろう。準ズーズー弁の分布が,、散村地帯の南限あたりでぴたり と止まっているという事実が,そのことを端的に物語っている。
因承に,ズーズー弁の分布する,庄(55)・井栗谷(54).青島(55).小牧(56).城端 G8).福光(59)などの地点は,いずれもまとまりのある集落であって,散村ではない。
c地域では,「シ・ジ・チ」と「ス・ズ・ツ」の現われ方が,地点ごとにまちまちで,一種の 団乱状態を示しているが,これは,散村地帯という特殊な環境の中で,ズーズー弁から準ズーズ
ー弁への変化が,短かい期間にきわめて急速に行なわれたことを物語っている。
ズーズー弁から準ズーズー弁への変化は,標準語化の方向とも一致する変化であるから,この 変化には,明治以降の標準語教育が,促進的に作用しているのではないかということも考えられ
る。
以上の推定にしたがえば,C地域に分布するCIiは,この変化からとり残された残津というこ
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図1Crの分布 とになろう。
C地域には,「シ・ジ・チ」を
〔sdhO〔d蝋D〔t3db1〕と発音する 現象も見られるが,これは,「ス・
ズ・ツ」の〔sY〕〔dzX〕〔tsH〕
を,〔s敏〕〔d麺〕〔tsdn〕に改め ようとした際に起こった「誤まれる 回帰」による現象と考えられる。
この現象が,「沈む.涼しい.寿 司・筋・つつじ・地図・かなづち.
±」などの語に多く見られるのは,
これらの語が几紛らわしい音連続を 含んでいるからであろう。紛らわし い音連続を含む語の場合には,話者 の意識が混乱して「誤まれる回帰」
を起こし易く,話者の意識の混乱 は,C地域のように,二つの異なる 体系が衝突した場合に起こり易いと 考えられる。
以上,ズーズー弁と準ズーズー弁 の関係について,ズーズー弁→準 ズーズー弁という変化を推定した が,しかし,両者の関係について は,この推定とは逆に,準ズーズー 弁→ズーズー弁と考えることもで きる。
それでは,どちらが妥当かという.
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瀞
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綴;、! ̄●、! ̄● -,kNb図へ回ことになるが,やはり,先に出したズーズー弁→準ズーズー弁のほうに分がありそうな気力:す る。というのは,後から出した準ズーズー弁→ズーズー弁という推定を採用した場合には,準 ズーズー弁が,どうして海岸部と平野部南端とでズーズー弁になったのかうまく説明できない し,また,準ズーズー弁そのものについても;どうしてこのような複雑な様相を呈することにな
ったのか,その理由がやはりうまく説明できないからである。
ズーズー弁と準ズーズー弁の関係については以上でとどめ,次に,ズーズー弁と非ズーズー弁
の関係について考えて承ることにしたい。
ズーズー弁と非ズーズー弁の関係についても,ズーズー弁→非ズーズー弁,非ズーズー弁
→ズーズー弁という二通りの場合が考えられる。
前者については,かつてA地域にもズーズー弁が分布していたのかどうかということ力墹題と なり,後者については,かつてB地域にも非ズーズー弁が分布していたのかどうかということが
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問題となる。ここでは,まず,前者をとりあげて考察を加えるo
さて,A地域の非ズーズー弁をC地域の準ズーズー弁と比べると,両者は,ClYlの有無という 点で大きな相違を示していることに気づく。C地域では,各地点とも多かれ少なかれゑなClYを 等っている(高岡(22)と戸出(25)は例外)のに対して,A地域には,杉尾(41)・祖山(42)
と除くとCrlはまったく認められないが,このことは,A地域にはもともとズーズー弁が行なわ れてはいなかったことを暗に示している。
もし,A地域にもかつてズーズー弁力垳なわれていたのであれば,この地方のズーズー弁の特
色であるCiVが,C地域と同,Pように,この地域にも残っていなければならないはずである。もっとも,そのことについては,遠い過去のある時期に,この地域でズーズー弁が非ズーズー 弁に変わってしまったために,clliの痕跡さえもまったく失なわれてしまったと考えることしで きるが,しかし,そのような変化が,現代のように標準語化の進んだ時代ならいざしらずブ遠い 過去のある時期に,しかも,今でも秘境とか陸の孤島とか呼ばれている五箇山(41~54)の地 で,はたして起こり得たかどうかはなはだ疑問である。
五箇山のことがでたので,ついでに,五箇山の交通;こついて少し述べておくならば,西赤尾
(5つ在住の民俗研究家小坂谷福治氏(注5)のご教示によるとγ江戸時代には,西赤尾からプ ナオ峠を越え中河内(58)を経て金沢;こ通じる山道が開けていたが,この道は,五箇山で製した 塩硝を金沢へ搬出するための加賀藩の軍用道路であって,一般の通行は禁止されていたという。
また,岐阜県白jIl村との間にも道が開けていたが,加賀藩は,西赤尾に関所を設け,天領白ノ11郷 との交通を厳しく取締っていたという(11M)。
五箇山と外部との交流は,下梨(48)--梨谷(48)--細尾iIf-城端(580のほかに,小瀬(菅 沼(52)の近くにある集落)-小瀬峠一城端,杉尾(41)-杉尾山÷‐城端,祖山(42)--大牧一 杉谷峠一井波(57),大勘場(46)-坂上(45)-利賀(44)--井波,上百瀬(45)一八尾など の道路によって行なわれていたが,しかし,いずれも淡咀な峠を越えて平野部に出なければなら ない狭陰な山道で,殊に,積雪の多い冬季間(12月~4月)には,交通がまったく杜絶し,文字 通り,陸の孤島の生活を余儀なくされてきたという。
こういう五箇山に,金沢方面や白川方面から非ズーズー弁が侵入し,ズーズー弁を非ズーズー 弁に変えるほどの大きな影響を及ぼしたとはどうしても考えにくい。
おそらく五箇山の非ズーズー弁は,白川の非ズーズー弁とともに,古くからこの地域に行なわ れてきた音韻であって,外部の影響lこよって生じた新しい現象ではないと考えられる。
Mh域にも,「シ,ジ.チ」を〔s趣,〕〔d2画|〕〔tsliii〕と発音する現象が見られるが,この 現象が,紛らわしい音連続を含む「沈む.涼しい.寿司・筋・地図・かなづち.±」などの語に 限って現われる点から云って,これは,同化作用が原因となって生じた新しい詑音現象ではない かと推測される。
C地域ではこの現象を,「誤まれる回帰」による訓音と考えたわけであるから,ここでもそれ にならってそう考えれば,一貫した説明ができて都合がよいのであるが,A地域には,「誤まれ
る回帰」の呼び水となるズーズー弁的音韻がないので,この現象を,そういう観点から説明する
ことはできない。
それでは逆に,C地域の現象を,同化作用によるものと考えてはどうかということになるが,
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それもできそうにない。なぜかというに,c地域の準ズーズー弁の前身がズーズー弁であったと すると,それが同化作用を起こした場合には,〔Sm〕〔dZYii〕〔ts,udDではなくて〔sli[〕
〔dzI1〔tsii〕にまとまるはずだということになるからである。
翻って考えるに,この現象については,〔suul〕〔d噸〕〔tslnDだけのズーズー弁が,これ らの語に化石的に残ったということも考えられないではないが,しかし,〔sヌ〕〔dZr〕〔tSI〕
だけのズーズー弁はあるが〔sldhD〔ddlutl〕〔ts曲jだけのズーズ弁はないという,庄川流域の 実情から云って,その蓋然性はきわめて乏しいように思われる。
A地域には,以上のほかに,「蜆貝」を,〔s画。z位mi9ae〕(または〔siMzinmQ9a
Q〕と発音する現象も見られるが,これは,「蜆貝」を,「鳥貝」に対する「雀貝」と解釈する 民間語源力源因となって生じた新しい靴音現象と思われる。佐伯安一氏のご教示によると,砺波 地方には,そう考えている人がたくさんあるという(注5)。
なお風五箇山の杉尾(41)9祖山(42)と福光(5の在の重安(400は,準ズーズー弁になっ ているが,前者については,非ズーズー弁がズーズ弁化しかかっている現象と考え,後者につい ては,ズーズー弁が非ズーズー弁化しかかっている現象と考える。
似た現象を,どうしてこのように逆に解釈したかというと,それは,杉尾,祖山には,非ズーズ ー弁の特徴であるきれいな発音が多いのに対して,重安にはそれがまったく認められず,逆に,
この地方のズーズー弁の特徴であるcX釣竣いという違いが,両者の間に見られるからである。
こういう考え方からすれば,正勵(5のの準ズーズー弁も,杉尾・祖山のそれと同じ性質のも のだということになりそうであるが,しかし,石動の場合は,向背地(金沢や京阪方面)との関 係も考えなげjlLnrならなないので,そう簡単には結論は出せない。
非ズーズー弁は,小矢部川の上流中河内(58)にも分布しているが,ここは,五箇山に匹敵す るほどの大変な辺地で,しかも,行き止まりになっている谷間の小集落であるから(注6),こ こに分布する非ズーズー弁も,五箇山・白川と同様に,古いものの残存と考えたい。
A地域に関する考察は以上で終り,次に,B地域をとりあげる。
B地域については,非ズーズー弁が,かつて行なわれていたかどうかということ力状きな問題 となるが,そのことについて述べる前に,新潟県西頚城郡青海町市振の非ズーズー弁をとりあ げ,その性格を明らかにしておく。
どうしてとつぜん市振の非ズーズー弁を持ち出したかというと,市振の非ズーズー弁は,この 問題にとって,重要な一つの手がかりになり得ると考えたからである。
さて,市振は,行政区画の上では新潟県の青海町所属ということになっているが,実際には,
難所親不知の西側にあるため,親不知に妨げられて青海に行くことができず,生活はすべて富山 県の泊を中心に営まれている。
青海や糸魚川は非ズーズー弁であるから,市振の非ズーズー弁も,その影響による屯のではな いかと想像されるが,しかし,今述べたような事実から考えるに,青海や糸魚川の非ズーズー弁 が,市振に影響を与えるということは,ありそうに思われない。
それでは泊の影響はどうかというに,表1を見れI鮎かるように,泊は完全なズーズー弁であ
るから,そういうことはまったく起こりそうにもない。
最後に標準語の影響はどうかということになるが,これも可能性がありそうには思われない。
どうしてかというに,標準語の影響力汲ぶとすれば,それは,田舎の市振よりもむしろ町部の泊 のほうに著しいと考えられるからである。
結局,市振の非ズーズー弁については,外部の影響による新しい現象ではなく,市振固有の古 い現象であると考えざるを得ないことになる。
話を元に戻して,B地域の問題について考えるに,B地域の周囲にはこのように古いと思われ る非ズーズー弁が点在しているわけだから,その点に着目し,中河内一五箇山一市振とつないで いくと,B地域(およびC地域)にも,古くは,これらの地点と同じように,非ズーズー弁が分 布していたのではないかと思われてくるn
おそらく,この推定のように,古くはB地域も(C地域も)非ズーズズ弁であったのが過去の ある時期にズーズー弁に変わり(c地域ではそれがさらに準ズーズー弁に変化して),現在見ら れるような分布を示すことになったのであろう。
石動(5のや金沢方面の非ズーズー弁についても,五箇山や中河内・市振などと同じことが云 えれば,この推定にとっては,まさに鬼に鉄棒ということになるのだが,石動や金沢方面の場合 は,事情がはなはだ複雑であるので,簡単にこの推定に結びつけるわけにはいかない。今後の課 題として残しておく。
おわりに
「シ・ジ・チ」と「ス・ズ・ツ」が,最もはげしく変化したと思われるC地域を例にとって,
その変遷の過程をまとめて示せば次の通りとなる。
Hズーズー弁'一’
非ズーズー弁 準ズーズー弁
この変化がさらに徹底して行なわれれば,C地域の「シ・ジ・チ」と「ス・ズ・ツ」は,やが て完全にズーズー弁的音韻から脱却し,もとの非ズーズー弁へ先祖返りすることになろう。若年 層には,すでにこの現象が起こりつつある。
日本海側には,加賀をはじめ,越前・若狭・丹後・但馬・因幡,伯耆および越後西南部など,
ズーズー弁でない地域がところどころに見られるが,これらの地域についても,もともとズーズ ー弁がなかったのかどうか,地理的分布と過去の文献資料を手がかりに,考察を加えて糸なけれ ばなるまい。
(注1)岩井隆盛「富山・石川」(「方言学講座」第5巻所収)・愛宕八郎康隆「北陸道の中 舌母音」(「文学・語学」第11号所収)参照。
(注2)海老江の音声は〔sf〕〔dzY〕〔tsY〕だけのズーズー弁地帯に属する青森県下北郡 大畑町赤川出身の筆者(川本)の音声とまったく同じであり,〔smO〔dzml〕〔tS畝D だけのズーズー弁地帯に属する仙台周辺の音声とは,性質を異にする。
(注5)小坂谷氏には,「もだえる合掌集落一五箇山の民俗史1-」・「落人の伝承一五箇山 の民俗史Ⅱ-」などの著述がある。
(注4)小坂谷福治「落人の伝承一五箇山の民俗史Ⅱ-」87ページ~92ページ参照。
(注5)佐伯氏は,「砺波民俗語彙」の中でも,「スズメガイしじ承貝。からす貝に対する
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雀のように感じている。」(184ページ)と述べておられる。
中河内は,過疎化による孤立状態に耐えかね,ついに昭和45年11月20日を以て解村し
た。中河内での調査は,解村2日前の11月18日に行なった。
この研究は,昭和45年度文部省科学研究費による研究成果の一部である。臨地調査の 際にご協力下さった現地の方々ならびに小坂谷福治氏・佐伯安一氏に深く感謝いたし
(注6)
〔付記〕
丈す。
(金沢大学教育学部助教授)
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