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―ある大学生のインタビュー解釈

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は じ め に

本研究は,ドイツの教育哲学研究において進められている,人間形成論 的 に 方 向 づ け ら れ た ビ オ グ ラ フ ィ 研 究(bildungstheoretisch orientierte Biographieforschung)を手がかりにし,大学生に実施したインタビューを解 釈したものである。人間形成論的に方向づけられたビオグラフィ研究は,

古典的な人間形成論と経験的な人間形成研究を架橋する試みから生じてい る(ヴィガー 2004=2014: 27)。人間形成論的に方向づけられたビオグラ フィ研究の代表的研究者の一人であるコラー(Hans-Christoph Koller)は,

その研究の方向を哲学的な研究だけでもなく経験的な研究だけでもない,

「哲学的な反省と経験的研究のコンビネーション」(Koller 2011: 375)であ ると述べる。コラーは,一方で古典的な人間形成論として主にフンボルト の言語論を出発点とし,さらにフランスの現代哲学を参照しつつ,他方で 経験的な人間形成研究としてナラティブ・インタビューを実施し,そのイ ンタビュー解釈を通して,人間形成プロセスを危機の経験によって引き起 こされる変容の理論として提案する。

なぜ,人間形成の研究のためにナラティブ・インタビューを行うのだろ うか。インタビューは必要なことなのだろうか。人間形成の研究にとって

彼女は先行する世代の問題を どのように継承したのか

ある大学生のインタビュー解釈

藤 井 佳 世

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必要なことは,著名な思想家の人間形成論を深く丁寧に探究することの方 ではないか。そのような研究によってこそ,現代社会の特徴であるリキッ ド化や個人化が進む中で,あいまいなままスピードだけが個人に求められ るために十全な自己形成を為しえないまま成長する子どもたちに対して,

目指すべき人間の姿の提案や理念的で重厚な人間形成論の提示が可能にな るのではないか。そうした声も聞こえてきそうである。

しかし,コラーによれば,人間形成概念は現代社会の社会文化的条件を 考慮に入れる必要があり,経験的出来事と接続可能でなければならない。

すなわち,社会の変化にともない,教育学における人間形成概念もまた再 定義が求められるのである(コラー 2017=2018: 208)。

さらに,インタビューで語られる一人一人の人生に,社会的歴史的状況 を含んだ教育が現れている点にも目を向ける必要があるだろう。有名な人 間のインタビューでもない,成功した人間のインタビューでもない,資産 家のインタビューでもない,一般的な人間が語る人生の中で,教育はどの ように経験されているのだろうか。この問いに答えることができるのが,

ナラティブ・インタビューの解釈とその再構成,すなわち人間形成論的に 方向づけられたビオグラフィ研究である。

本研究のナラティブ・インタビューの対象者は,大学生である1)。アル コール依存症,中途退学者,学業不振者などに該当する大学生ではなく,

慣習的な大学生活を過ごしている学生である。そのような大学生のインタ ビューを再構成することを通して,次の三つの問いに応えたい。

第一に,一見すると特別な問題を抱えているように見えない日本の大学 生は,人生の中でどのような学校教育の経験を経ているのか。どのような 学校の体験が,彼ら彼女らを形成しているのだろうか2)

第二に,家族の世代間問題は,子どもの自己形成にどのような影響を与 えているのだろうか。いいかえれば,家族に新しく誕生した子どもは,生

(3)

まれる前からある家族の問題をどのように経験するのだろうか。

第三に,人間形成プロセスにおける変容とは,どのようなことを指すの だろうか。

これら三つの問いに応えることで,どのように人間形成されたのかとい う大きな課題に応えることとする。さらに,人間形成をめぐる日独の文化 的差異の視点が明らかになることも目的に含んでいる。

1.インタビューの概要

インタビューが行われたのは,恵子さん(仮名)が大学3年生の時であ る。彼女は,インタビュー時,母,祖父母,叔父(母の兄),弟(大学生),

妹(高校生)と一緒に住んでいた。小学校と中学校は,地元の公立学校に 通い,児童会長と生徒会長を務めた。高校は自宅を離れて寮から通った。

大学での学業は順調であり,将来は中学校教員になりたいと考えている。

インタビュアーは,男性の大学教員である。仏教に造詣が深いことをイ ンタビューの中で告白しており,そのことが恵子さんの語りを促進した。

2回にわたる約2時間20分のインタビューの中で,恵子さんが語った生 い立ちに関する重要な体験は次の通りである。①家族との関係性,②中学 時代(思春期)の生徒会活動,③高校時代の寮生活と部活動,④所属する 宗教団体による行事の体験,⑤母親との関係。これらの体験は,恵子さん がばらばらな家族の関係性を克服するために選択した行為である。以下で は,まず家族との関係性についての最初の語りを分析し,その後,学校に関 する語りの分析を行い,最後に,変容の経験についての語りの分析を行う。

2.最初の語り家族との関係性

人間形成論的に方向づけられたビオグラフィ研究におけるナラティブ・

インタビューは,インタビュアーが最初に「あなたの人生で最初に覚えて

(4)

いる出来事を思い出してください。その時から今日までの人生について振 り返り,自由に語ってください」と質問し,インタビュイーによる語りが 始まる。

恵子さんが人生の最初の出来事として語ったのは,「家族との関係性3)」 である。彼女が主に語ったことは,両親が離婚したことによる家庭生活へ の影響ではなく,祖母,祖父,叔父,母のそれぞれに気を使う必要があっ たことである。彼女は,大人である家族が「ばらばら」であり,どうして

「みんな仲良く」できないのだろうと感じていた。母親と恵子さんの関係に ついては,インタビュー2回目になって問題を抱えていたことが語られる が,最初の段階では,母親との関係については,よいも悪いも語られるこ とはなかった。

家族の関係性がばらばらのまま,彼女は家庭生活を過ごし,小中学校に 通った。この家族関係が,小学校や中学校などの「ほかのことにも影響」

した,と恵子さんは感じている。彼女は,家族との関係性とは対照的に,

学校ではとても積極的にふるまった。小学校では児童会長を務め,中学校 では生徒会長を務め,生徒に「自分の学校好きだなと思っていてもらいた い」一心で活動した。

その一方で,彼女は,母子家庭などの自分と同じような状況にいる子ど もたちが,中学校の先生に反抗する姿を「冷たい眼」で見ていた。

「家庭にーなにか事情がある子たちがー,やはり問題児扱いをされて いる姿をみてー,なぜかそれを,なんか,自分は・あっそういう状況 だなあっていうのを把握したときにー,なんか冷たい眼でみてしまっ て@ふふ@,わざわざあ,先 / その-先生だとかーに反抗する,@必要 性って@あるのかなあって思いながら過ごしてきて4)

恵子さんは,家族との関係性から学校生活を理解しており,自分のこと を一度も反抗期のなかった人物,学校生活を充実させることのできる人物

(5)

として語っている。彼女にとって,家族の関係性がばらばらのままに過ご した家庭生活とは違い,生徒会の仲間とともに活動に集中した中学校は

「居場所」だった。

「家でいろいろある/家庭のなかでーいろいろあるなかで,学校生活 でなにかその,まあ生徒会活動だとかに集中できたりだとか@ふふ

@,あっなんかある意味,こう,なんでしょうね・なんか・居-場- 所-だったのかなあーって思っていて」

生徒会長を務め,学校の中で「いい子」でいた彼女は,家族の前でも「い い子」でいた。家族の関係を原因に大人や親や教師に反抗することもせず,

母親を困らせるようなこともせず,学校でも家庭でも過ごしていた彼女は

「しんどいな」と感じていた。

家族との関係性に進展のないまま,祖母と母の勧める宗教団体が管理す る高校に進学し,恵子さんは寮生活を送った。彼女は,自宅から離れ,物 理的な距離ができたことによって,家族と「いい距離感」ができ,家族の 関係性がよくなったと感じていた。彼女は,高校では,合唱部の活動に没 頭し,「充実度」の高い生活を過ごした。インタビュー2回目で,高校時代 は家族との関係性について感情に蓋をして「何も思い出さないようにし て」いた苦しい時期であったと語られるが,高校時代は部活動で「自分な りに結果を出してた時期だった」とまとめられる。高校時代に家族との関 係性が好転したわけではないが,母親について,中学時代に塾を勧めてく れたので高校生の時に「自分の勉強の仕方」がわかるようになったこと,

食事や洗濯などは「母がいて」成り立っていたと肯定的に触れている。

高校卒業後,恵子さんは大学に進学し,学業は順調であり,1年生の時 から陸上部に所属しマネージャーを続けている。陸上部の活動について,

彼女は,やるなら「日本一」を目指したいという強い思いを持っており,

日本一になるために,勝つためにどうしたらいいかを日々考え,目標に向

(6)

かって邁進している人物として,自分のことを語っている。大学2年生の 終わりごろ,将来について考える中で,彼女は「思春期」の子どもたちが

「安心して安全に」学校生活を送れるような環境を築ける位置につきたい と思い,中学校教員を志すようになった。

「思春期の,まあ,子どもたちがー,一番やはり時間がー,長く・生活 する時間っていうのってやっぱ学校生活だなーって思ったときにー,

そのー,まあ,うーん,子どもたちにとってー,そのー,安心して安 全に,最低限@ふふ@安全に安心にー,その学校生活を送れるような 環-境-をつくれる位置になれたらすごく,自分にとっては / 自分のや りたいことなのかなあって思ってー,それを築けたらー,その,そう いう環境を築ける位置になりたいなあって思ったときに,あ,やっぱ

り教-員,なのかなって思って」

3.学校経験フィルターとしての学校

ひととおりの語りが終わったところで,インタビュアーは事前に準備し た質問を恵子さんに提示した。インタビュアーが準備した5つの質問の中 から,恵子さんは「あなたは学校やそこでの経験にはどんな意味があると 思いますか?」を選び,学校について語った。彼女は,学校は家庭から「離 れられる」場所という観点から話をしており,「密閉された空間」「隔離さ れる」「フィルター」と語った。そして,学校は,社会にでる前の「通過 点」「前段階」の場所と位置づけた。家庭から離れることは,彼女にとっ て,家族と「いい関係性」を築くことのできる肯定的経験である。学校は,

「居場所」と語られたが,それは家庭と彼女の間に入るフィルターの役割を しっかりと果たしていたからであり,家庭とは違う空間を彼女が作ること に貢献できたからである。一般的には,家庭と学校の連続性は重要かもし れないが,彼女は家庭と学校がつながらない場所であったことに積極的意 味を見出していた。生徒会活動と部活動について多くのことが語られた一

(7)

方で,学校で具体的に学んだ内容や成績については,ほとんど語られな かった。

インタビュー1回目で語られたことは,高校の合唱部であった。彼女は,

高校時代,合唱部中心の生活であった。

「2年生からーその合唱部・での活動にすごく没-頭ーして,でもう,

うーん,部活をするために学校に行くっていう,感覚でー,そうです ね,毎日,毎日,すごく,合唱のために勉強をいかに効率良くやるか とかー,何でしょうね,この部をどうしたら良くしていけるかーとか,

より強くなるためにはどうしたらいいのかーとかをー,常に考えーな がらの生活だった」

高校1年生のとき,彼女が入部した合唱部は全国大会に出場できるレベ ルではなかった。彼女は,全国大会に初出場すること,地方大会で1番の 中の1番になるという目標をたて,3年生の時にその目標を達成した。部 活動は「何か一つの目標を達成する」という達成感を味わうことができ,

彼女の中の「財産」だったと価値ある経験として語られている。高校生活 は部活動の充実が多く語られ,大きな目標を掲げて実現しようとする姿が 表現される一方で,個人的な成長や目標は語られないままであった。

現在の大学の部活動においても,日本一になることを「チームで一緒に 目指したい」という強い気持ちから,「勝つための」方法を懸命に考えてい る。大学1年生の時に「大きな転機」が彼女に訪れたが,大学入学当時か らの陸上部に現在も所属し,彼女はマネージャーとして,チームで大きな 目標を実現することに貢献したいと思っている。

インタビュー2回目では,中学校の生徒会活動が具体的に語られた5)。他 の生徒が学校生活を楽しく過ごしてほしいという気持ちで進めていた生徒 会活動は,意見ボックスを設置したり,挨拶運動を広く進めたり,卒業式 を感動的なものにしようと必死に行った。

(8)

「学校,みんなが学校生活をー,本当楽しくというか,より良くー過ご せればいいなっていうふうな思いは,ちょっと,なんかあったなって,

今,思うと・なんであそこまで必死になれたのかよく分からないんで すけど,今,@思うと@(I:@ははは@),何か,それほどなんか@必 死だったんですよね」

彼女は,生徒会活動の出来事を「みんなでやった」こととして語ってお り,彼女一人で進めたこととしては語っていない。ただ,生徒会活動は,

「どうにかしなきゃまずい」という気持ちに動かされた活動であったと語 られ,彼女は学校生活を良い方向へ進めたいという思いをもっていた。

恵子さんが語る学校は,中学校での生徒会活動,高校での部活動,大学 での部活動が中心であった。これらの活動は,学校の内部で,ある目的の ために集まった複数人から構成される集団であるという特徴を持つ。不特 定多数の者が集まる集団ではないため,同一の目標は設定しやすい。恵子 さんは,三つの活動を語る時,学校の集団活動において大きな目標を設定 し邁進するストーリーを繰り返した。この語りの定型が,彼女にとっての 学校だった。

恵子さんが家族との関係性に蓋をしながら集団活動に邁進することので きた学校は,将来の職業を考えたとき,再び彼女の中で意味あるものとし て現れた。彼女にとって中学校生活は「戻りたいとは思えない」けれども,

人間にとって「大事な時期」「思春期」に,子ども達が「安心」し「安全」

に過ごすことができるのは「すごいこと」であると彼女は価値づけてい る。インタビュー2回目で語られた母親と恵子さんとの関係から見ると,

中学時代は精神的につらい時期だったが,他方で生徒会長になり学校生活 に一生懸命に邁進することができた。彼女と同じような状況にいる子ども たちが安心して学校生活を送ることのできる環境をつくる一員になりたい と彼女は語り,居場所としての学校をつくる教員は「やりがい」のある仕

(9)

事と語った。彼女は,フィルターとしての学校を維持する一員になろうと 決心したのである。

4.変容見方のリニューアル

インタビュー1回目の後半あたりで,インタビュアーが準備した質問に 答える中で,恵子さんは,大学1年生の時の宗教団体による行事の体験に ついて語った。その体験において,彼女は,母親との関係や「大人たちの 関係性」に悩んだ中学時代を他の信者に語ったことで,「家族に対する見方 が変わった」のであり,家族が一人一人を大事にしようとしていたことに 気づいた。

「一人一人がー,私たちきょうだい3人を大事にしてくれていてー,そ うやって,真っすぐの正しい / 真っすぐの道じゃなかったかもしれな いけどー,でもー,大事に家族が一人一人をしようとしていてーとか,

なんか今まで思えなかった感情,がー見れるようになってきて」

彼女は,行事体験までの自分のことを「前の自分」と語り,今の自分の 方が「しっくりくる」と肯定的に語った。「前の自分」とは,小学校・中学 校・高校の頃の恵子さんのことであり,母親との関係が見えず,「柔軟性が なく」苦しくしんどかった時期のことである。このころは,自分の気持ち に「蓋をして」彼女は学校生活を送っていた。インタビュー2回目になっ て,母親に対する「渦巻いた」感情を「他の人に出した瞬間に,すごく気 が楽になった」と行事体験を通して彼女自身の感情や気持ちに変化のあっ たことが語られた。彼女は,行事体験後,楽に生きることができるように なり,自分の気持ちを出していくことの大切さに気づき,「素直に自分の思 いをどんどん出していいんだ」と思うようになった。

「こうでなきゃいけないっていうのは全くなくてー,こう素直に自分

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の思いをどんどん出していいんだっていうか,出すことによって,す ごく気持ちが楽になって生きやすくなるんだっていうことをー,なん かそれを出したことをきっかけに気付かせてもらった」

恵子さんは,行事体験を経た後,母と祖母との関係や母と叔父との関係 がいい方向にいかないと感じたり,「家庭円満では正直ない」と感じたりし ているが,彼女は二人の関係性を変えることはできないけれども「一人一 人の本質の部分」をみることが大事だと語っている。このことに気づかせ てくれたのは,「教え」だったと彼女は思っている。

そのため,1回目のインタビュー後半部分で,インタビュアーが準備し た「あなたにとって人生の中で重要なことは何ですか。それはなぜですか」

という質問に対して,恵子さんは「家族関係」に加えて,「信仰を持つこ と」と語った。

「あの,私,仏-教-徒-でー,その一応,何だろう,信-仰-を-持-つ- こ-と・何だろう・なんか,結構私の中では大事にしていきたいなって 思-っ-て-い-る-こ-とです」

日本では信仰を持つことがあまり肯定的に捉えられないと彼女は感じて いるが,それでも「大事にしていきたい」,どう向き合ったらよいか分から ない時に「立ち帰れる」「拠り所」と語った。2回目のインタビューでも,

彼女は,信者には普通なことが,「よその人」には怪しがられるという観点 から,自らの位置を語っている。

「何か,い / 異質じゃないですか,正直( I:はい,はい),他の方か ら,私っからしたらもう生まれたときからそこにいたのでー,そこに いたっていうかそれが当たり前だったのでその光景というか」

さらに,彼女は,自分のことを信者として描出するだけではなく,家族 に代々伝わる信仰を受け入れた人物として,「4代目」として位置づけた。

(11)

「結構一生懸命,熱心にやってくれてますね……あ,祖父母じゃないで すね,曾祖母ですね,( I:うん,うん),4代目なんで,( I:ふうん),

はい。」

5.ま と め

ここまでのナラティブ・インタビューの再解釈をまとめてみよう。家族 との関係性に問題を抱えていた恵子さんは,信仰している宗教団体の行事 体験を通して信仰の大切さを実感し,家族の一員としての自己を獲得し た。この獲得は,彼女が先行する家族に受け入れられたということではな く,彼女が家族に対する見方を変えたことによって得たものである。家族 に対する見方の変化は,先行する家族の問題を彼女なりの方法で継承した ことを意味している。

家族の関係性が変わったわけではないにもかかわらず,彼女が家族との 関係性を以前ほどには問題だと感じないようになったのは,思春期から青 年期への成長の途上であり,「信仰があったから」であり,4代目としての

「私」=仏教徒としての私を彼女自身が受け入れたからである。彼女は,自 覚的に信仰を持つことによって家族の一員に再び位置づくことになった。

いいかえれば,信仰をもつことが家族をつなげ,家族の一員に彼女を位置 づけることを許可しているのである。

宗教団体による行事の体験によって,正義と不正の関係が曖昧になった ことは,特徴的である。恵子さんは,行事体験前の自分は「○とか×とか 付けたくなっちゃってた」と語っていたが,最終的には,白黒で見ないこ とを選択し,「全てを○でみよう」と心がけるようになった。彼女は,現象 の真偽を判断することをやめ,現象を見る人間の問題,内面の問題として 捉えることにしたのである。

インタビュー当時,家族の関係性は問題がない状態ではなかったが,恵

(12)

子さんは,一人一人を大事にすることでよいと考えることのできる「新し い自己」から関わろうとしており,母とは「色々な話はできてる」と感じ ており,比較的良好な関係を表現している。恵子さんは,生まれた時から

「当たり前」のようにある宗教を大学1年生の時に経験したことで,仏教徒

(4代目)として目覚め,良好ではない家族の関係性を受け入れ,家族・学 校・社会をつなぎ,将来の職業についても考えることができるようになっ た。彼女を形成しているのは,仏教徒である自己であり,宗教共同体の一 員であることによって家族の一員になった自己である。家族との関係性の 問題は解消されたとは言い難いが,代々続く信仰を持つことを大事にした いという気持ちは,彼女なりの解決方法だった。

インタビュー全体を通して,恵子さんは,家族との関係性については一 人一人の本質を捉えていきたいと語ったが,学校の関係者が,一人一人の 人間関係として語られることはわずかであった。学校の関係者の中で個別 な人間として語られたのは,小学校6年生の担任だけである。その内容は,

2回目のインタビューで,「学校の中で印象的だった」こととして語られ,

恵子さんは,担任から中学校に上がると仲間が限定的になるため,「固定の 仲間を作りなさい」と言われたというものである。恵子さんの語りの中で,

個別な人間として登場するのは,この担任を除けば,家族だけであった。

加えて,関係の変容として語られたことも,家族との関係,とりわけ母親 との関係だけであった。

「そうですね,何でも話します,今は,私が結構,言いたがりなので

@はは@( I:うん),何かあったら結構母に言うことは多いですね( I: ふうん),なので,こう母の中で,母と私ではこう,いろいろな話はで きてるのかなと( I:あー)思います。」

したがって,彼女は自己の変容を語る一方で,彼女の変容を行動に関す

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る語りから見直してみると,その変容は家族関係だけに限られており,大 学の部活動や仲間集団への言及は見られなかった。大学の部活動の語り は,宗教的行事体験による変容後も,それまでの学校活動と同様,みんな で高い目標を設定し,それを実現することが繰り返されている。

「自分自身がーどれだけー,そのー,そうですね,同じ,部員たちに・

いい影響というか,勝つための,勝つための,日本一になるために,

どうしたらいいかっていうのをもっと考えて突き詰めてー,それをア プローチしていかなくてはな-と-は思っていてー,あと,えっと3カ 月で4年生が引退してしまって,私たちの代になるのでー,うーん,

かなり危機感しかないんですけれどもー」

その意味で,宗教的経験による変容は,大学の部活動の語りに影響を与 えておらず,今後どのようになるかは不明だが,少なくとも,インタ ビューの時点で見方が変わったことの適用範囲は家族関係に限られている ため,限定的変容といえる。すなわち,宗教的経験が他の共同体へ影響す るかは判然としないため,恵子さんの語りは,小さな変容の物語だった。

6.残された課題

問題を抱えた家族は,恵子さんが生まれる前から存在している。その家 族とりわけ母親を承認することのできなかった恵子さんは,苦しみを 抱きながら,切り離された学校生活を充実させることで感情に蓋をした。

結果として,学校生活における集団活動の邁進は家族の問題を解決するこ とはできなかったが,教員になりたいという彼女の希望からもうかがえる ように,学校は家庭とは違う安心できる場所であり,バリアを備えたもう 一つの活動場所であったといえる。

家族の問題を解決したのは,恵子さん自身の力ではなく,先祖代々信仰 している宗教であった。ここで重要なのは,宗教的行事体験を通して,信

(14)

仰の大切さや仏教徒である「私」に気づき,「4代目」であることを彼女が インタビューの中で自称したことである。4代目と自覚することによって,

恵子さんは,家族との関係を彼女なりの方法で結び直すことに成功した。

すなわち,恵子さんが子どもの頃に抱えた問題は,宗教を媒介にして家族 のメンバーに自己を位置づけ直すことによって,ある程度解消され,彼女 は自立へ向かい始めた。彼女が生まれる前から家族が抱えていた問題を,

彼女もまた,自己の人間形成の問題として引き受け,新たに形成し直した のである。

このような変容をどのように考えればよいのだろうか。柔軟な見方,家 族と自己との関係の調和,宗教的見方による包括的な生という世界像と自 己像の変容なのだろうか。それとも,「教え」に気づき,信仰が高まったと いう変容なのだろうか。

コラーの考えに基づけば,変容とは危機の経験を通して,それまでの解 釈枠組みが使用できなくなり,新しい枠組みを獲得することであり,世界 と自己との関係が別様になることである6)。コラーによれば,再定義され た人間形成概念である変容の人間形成論は,次の三つの課題に答えること ができる。第一に,どのような概念的コンセプトや理論の助けによって,

発展する主体の世界関係と自己関係を適切に把握することができるのか,

第二にどのようにして人間形成のプロセスを引き起こすような問題を詳細 に説明することができるのか,第三にどのようにして人間形成と理解され ているような世界関係と自己関係の変容のプロセスを正確に捉えることが できるのか(Koller 2011: 377)。これら三つの課題は,伝統的な人間形成概 念を用いて答えることはできず,経験的研究との接続による新しい人間形 成概念によって探究することができる。

この観点から見れば,恵子さんは,宗教的行事体験前までは,本当に言 いたいことに蓋をして,大きな目標を立てて邁進することを重視していた

(15)

のに対して,その体験後,言いたいことを言ってもいい,我慢しなくても いいと思うようになり,他者や家族に働きかける相互作用の契機をつか み,それまでの自分とは別の「新しい自分」を形成した。そのため,恵子 さんの事例は,宗教的行事体験を通した変容の物語といえそうである。

しかし,その変容は一部の共同体に適用されたままであり,学校の部活 動や兄弟の関係までは及んでいなかった。彼女自身も語っているように,

変容した自己が異なる共同体においてどのように現れ,さらなる変容をど のようにもたらすかは課題のままである。その意味で,共同体間の秩序の 異なりは,人間形成に影響を与えると当時に,人間形成の課題としても現 れることになる。彼女にとって,宗教的行事体験そのものによる変容とい うより,その体験を通した仏教徒としての私という,潜在したアイデン ティティの自覚と形成が大きかった。恵子さんは,家族の一員である自己 を彼女自身が上手に受け入れることができずにいたのであり,宗教的経験 後,彼女は先行する世代の問題を単なる信者としてではなく,4代目の信 者として引き受けた。

最後に,最初にあげた三つの問いに応えたい。第一に,恵子さんの学校 経験は,学校の諸活動を熱心に行うことによって,家族と切り離されたバ リアのある場所としてその意味で接続されてもいる学校を経験した。

学校は,成績による選抜機能を備えた場所というより,諸活動の充実経験 をもたらした場所であった。第二に,先行する世代間の問題について,恵 子さんが変えることはできなかった。そのため,彼女は先行する世代の問 題を内面の問題として捉えることで,新たに形成し直すという方法で解消 した。第三に,恵子さんが語った「大きな転機」とは,彼女の見方の変化 であった。その変容は,彼女が生活する場所や活躍する場所が変わったり,

他者からの要求が大きく変化したことに伴う自己の振る舞いの変化という 分かりやすい変化ではなかった。

(16)

お わ り に

本研究は,ナラティブ・インタビューを実施したものの中で7),明確に 変容を語った内容であったため,人間形成における変容に着目したコラー の考え方を手がかりに考察を進めてきた。インタビューを詳細に解釈して みると,恵子さんは変容を語っている一方で,その内容は限定された範囲 あるいは社会集団における変容であり,小学生の時から学校の物語は変わ らないままであった。そのため,将来,学校教員として働く場合,見方が 変わった自分と家族からのバリアとしての学校がどのような関係に展開す るかは,はっきりしないところでもある。はからずも,インタビューで恵 子さんが語った見方のリニューアルという変容が,コンフリクトの種になる 可能性もあるかもしれない。そうして人間形成の変容は連続することになる。

日本における人間形成論的に方向づけられたビオグラフィ研究は,始 まったばかりである。筆者がその言葉を最初に耳にしたのは,2011年3月 であったように思う。ドルトムント工科大学のローター・ヴィガー氏の研 究室で打合せをしたときであった。この打合せは,2011年9月に開催され た第21回教育思想史学会のコロキウムで承認と人間形成をテーマとする 研究発表を準備するために行った8)。そのため,打合せでは承認と人間形 成のテーマに集中しており,理論的な議論が中心であったため,人間形成 論的に方向づけられたビオグラフィ研究については,質的研究と理論研究 の協働という理解程度であった。当時,ドルトムント工科大学でヴィガー 氏の助手だったエークヴィット氏9)に,ビオグラフィ研究について英米圏 で進められているナラティブ研究との関係から質問した際,両者は少し違 う点があると説明された。その後,少しずつではあるが,人間形成論的に 方向づけられたビオグラフィ研究に本格的に取り組むようになり,人生を 語ることと人間形成の間をつなぐ研究として進めてきた10)

今後は,ドイツ教育哲学で進められている人間形成論的に方向づけられ

(17)

たビオグラフィ研究を参照しながらも,日本における今日的な社会状況に おける人間形成の特性を明らかにするなど,解釈の枠組みを洗練させてい く必要がある。

1)  本研究のナラティブ・インタビューは,複数の研究者によって解釈されてい

る。本論文と異なる解釈については,次のものを参照のこと。鳥光美緒子

(2018)

「成長するとはどういうことか

事例に基づいて考える」『教育哲学研 究』第

117

号,

80

-

95

頁。野平慎二(

2018

「非弁証法的な人間形成形態の再構

成の試みある大学生のビオグラフィ・インタビューの人間形成論的読解

『愛知教育大学研究報告 教育科学編』第

67

輯,9-16頁。

2)  日本の大学・短大進学率(過年度卒含む)は,56.8%である。(http://www.

mext.go.jp/component/b_menu/other/__icsFiles/afieldfile/ 2016

/

12

/

22

/

1375035

_

1 . pdf)[2018

9

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日閲覧]

3)  恵子さんの語った言葉は,括弧で示している。また,本文で登場する部活動

名は仮名である。

4)  トランスクリプトからの引用。それぞれの記号は,次のことを意味する。強

調・大きな声は,太字で記載。小さな声は,下線で記載。早口は,斜体で記載。

笑いながら話しているところは,@で囲む。言い直しは,/ と記載。音が伸び ている箇所は,ーを挿入。単語を引き伸ばして発話している箇所は,

-

を挿入。

意味があると思われる間(ま)は,・を挿入。Iは,インタビュアーの発話。

5)  生徒会活動とは,学校における「特別活動」の一つである。『中学校学習指導

要領』(平成

29

年告示)によれば,

「特別活動の目標」は,次のとおりである。

「集団や社会の形成者としての見方・考え方を働かせ,様々な集団活動に自主

的,実践的に取り組み,互いのよさや可能性を発揮しながら集団や自己の生活 上の課題を解決することを通して,次のとおり資質・能力を育成することを目 指す。

  (1) 多様な他者と協働する様々な集団活動の意義や活動を行う上で必要となる ことについて理解し,行動の仕方を身に付けるようにする。

  (2) 集団や自己の生活,人間関係の課題を見いだし,解決するために話し合い,

合意形成を図ったり,意思決定したりすることができるようにする。

  (3) 自主的,実践的な集団活動を通して身に付けたことを生かして,集団や社 会における生活及び人間関係をよりよく形成するとともに,人間としての生き 方についての考えを深め,自己実現を図ろうとする態度を養う。

    生徒会の活動の目標は,

「異年齢の生徒同士で協力し,学校生活の充実と向上

を図るための諸問題の解決に向けて,計画を立て役割を分担し,協力して運営

(18)

することに自主的,実践的に取り組むことを通して,第

1

の目標に掲げる資質・

能力を育成することを目指す」である。生徒会活動は,次の内容を含む。生徒 会の組織づくりと生徒会活動の計画や運営,学校行事への協力,ボランティア 活 動 な ど の 社 会 参 加。(http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/

micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2018/05/07/1384661_5_4.pdf) [2018

9

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日閲覧]

6)  Koller, Hans-Christoph

(2012) 

: Bildung anders denken. Einfuehrung in die Theorie transformatorischer Bildungsprozess, Kohlhammer. また,人間形成論的に方向づけ

られたビオグラフィ研究を進めているフックスは,インタビューの質問を自己 関係,他者関係,世界関係のカテゴリーに分けている。それぞれの一例は,次 の通りである。自己関係に関する質問は,あなたの未来の計画はどのようなも のですか。他者関係に関する質問は,あなたには親しい友達がいると思います。

その親しい友達とは,どのように知り合いましたか。友情に関して重要なこと は何ですか。友情を維持するためになにをしていますか。世界関係に関する質 問は,これまでの学校時代についてお話しください。なぜ,何のために学校へ 行き,そこで授業を受けていたのですか(Fuchs 2011: 272)。

7)  JSPS

科究費(課題番号

16 K 04489)の助成を受けた研究として,ナラティブ・

インタビューは,これまでのところ

16

事例あり,今後の研究ではそれぞれを比 較することや分類することなども必要となる。

8

)  コロキウムの内容は,L・ヴィガー / 藤井佳世 / 野平慎二 / 池田全之 / 山名 淳(2012)

「承認と人間形成」

『近代教育フォーラム』No.

21, 181-193

頁を参照 のこと。本コロキウムの内容の一部を含み,人間形成論と人間形成研究との架 橋という人間形成論的に方向づけられたビオグラフィ研究に関する論考とそれ らに対する日本の教育哲学研究者による応答を収めた,次のものも参照のこ と。L・ヴィガー / 山名淳 / 藤井佳世編著(2014)『人間形成と承認教育哲学 の新たな展開』北大路書房。

9)  エークヴィット氏はヤニカ(仮名)のインタビューを承認の視点から解釈し

ている。次のものを参照のこと。Wigger, L. /Equit, C. (Hrsg.)(2010) 

: Bildung, Biografie und Anerkennung. Interpretationen eines Interviews mit einem gewaltbereiten Maedchen, Barbara Budrich Verlag.

10

) まず,人間形成概念の検討として,

2014

年に開催された第

57

回教育哲学会 ラウンドテーブル「人間形成とライフヒストリー・アプローチ人間形成論の 伝統からなにを学ぶか」において,

「ハーバーマスとホネットの思想を人間形

成(Bildung)から読み解く試み」と題し,

Bildung

概念の今日的な考え方につい て発表を行った。本発表を含むラウンドテーブル報告については,鳥光美緒子 / 山名淳 / 藤井佳世 / 矢野智司(2015)

「人間形成とライフヒストリー・アプ

ローチ人間形成論の伝統からなにを学ぶか

『教育哲学研究』第

111

号,

158-164

頁を参照のこと。次に,ナラティブ・インタビューと人間形成概念の

(19)

接続を考えるために,

2015

年に「生の語りと人間形成」(第

25

回教育思想史学 会コロキウム)を企画し,

『人間形成論的に方向づけられたビオグラフィ研 究』におけるナラティヴ・インタビューの解釈をめぐって個人史研究との接 続可能性を考える」と題する発表を行った。本発表を含むコロキウム報告につ いては,藤井佳世 / 野平慎二 / L・ヴィガー / 鳥光美緒子(2016)

「生の語りと

人間形成」『近代教育フォーラム』No

25, 180-187

頁を参照のこと。さらに,研 究分担者として参加している

JSPS

科究費(課題番号

16 K 04489) 「青少年の挫折

経験に関する人間形成論的研究『生の語り』の分析から

」研究代表者:鳥

光美緒子(中央大学)の助成を受けた研究として,

2017 年に第 60

回大会教育 哲学会ラウンドテーブル「変容としての人間形成理論と経験の間」が開催さ れ,2017年

9

月に開催された第

27

回大会教育思想史学会コロキウム「人間形 成論的ビオグラフィー研究の進め方インタビューから解読まで」では,

「事

例研究のプロセスと課題」と題する報告を筆者は行い,事例解釈を実際に行っ た。コロキウムの指定討論者の藤川信夫氏(大阪大学)は,日本の伝統的な解 釈枠組みを用いて,当該事例の解釈を示した。

引用・参考文献

Fuchs, Thorsten

(2011) 

: Bildung und Biographie. Eine Reformulierung der bildungstheo- retisch orientierten Biographieforschung. Transcript Verlag.

Koller, Hans-Christoph

2011

) 

: The Research of Transformational Education Processes:

exemplary considerations on the relation of the philosophy of education and educational research, European Educational Research Journal, Volume 10 , Number 3 , 375-382 . Koller, Hans-Christoph

(2017) 

: Bildung as a Transformative Process. Manuskript.=鳥光

美緒子訳「変容過程としての人間形成

『教育学論集』第

60

集,2018年,

205-232

頁。

野平慎二(2015)

「物語られた人間形成を読み解く

現代ドイツにおける人間形成 論的に方向づけられたビオグラフィー研究をめぐる検討」小笠原道雄編『教育 哲学の課題

「教育の知とは何か」

啓蒙・革新・実践』福村出版,

185-202

頁。

野平慎二(2016)

「人間形成論的に方向づけられたビオグラフィ研究における人間

形成論と人間形成研究の媒介思想史的および物語的観点からの検討」『愛知 教育大学研究報告 教育科学編』第

65

輯,

99

-

107

頁。

鳥光美緒子 / 中西さやか / 藤井佳世(2015)

「人生の語りの解読の視点としての

『人間形成』ドイツにおける『人間形成論に方向づけられた伝記研究』の動向 を手がかりにして」『教育学論集』第

57

集,43-68頁。

Wigger, Lothar

(2004) 

: Bildungstheorie und Bildungsforschung in der Gegenwart, Vierteljahrsschrift fuer wissenschaftliche Paedagogik. 80 . Jg., IIH. 4 , S. 478-494 .= 池

田全之訳

「現代における人間形成論と人間形成研究

一つの状況記述の試み」,

L・ヴィガー / 山名淳 / 藤井佳世編著『人間形成と承認

教育哲学の新たな展

(20)

開』北大路書房,2014年,18-36頁。

[付記]

本論文は,2017年

10

月に中央大学にて開催されたシンポジウム「人間形成さ れたとはどういうことか事例にもとづく検討」での報告をもとに加筆・修正 したものである。また,本研究は,JSPS科究費(課題番号

16K04489)の助成を

受けた研究成果の一部である。

参照

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