受益二重目的語構文における間接目的語の意味について
南 佑 亮
Indirect Object in the Benefactive Double Object Construction:A Semantic Characterization Yusuke M INAMI
1.はじめに
本論文は、(1)のような事例群に着目し、その意味的特徴について考察する。これらはいわゆる二 重目的語構文(Double Object Constructions, 以下DOC)の一種である。(2)のように、主語(=Subject, 以下S)、動詞(=Verb, 以下V)の後に目的語(=Object, 以下O)が2つ続けて出現するという形式 を有する。以降、慣例に倣い、本論文では、動詞に後続する最初の目的語(O
1)を間接目的語(Indirect Object, 以下IO)、2番目の目的語(O
2)を直接目的語(Direct Object, 以下DO)と呼んで区別する。
本稿が特に着目したいのは、Vが作成動詞(=(3)a)か、獲得動詞(=(3)b)であるような一群の 事例である。
(1) a.Mother will make me a new dress. (安藤 2005: 22)
b.She bought her son a skateboard. (江川 1991: 190)
(2) [S V O
1O
2]
(3) a.bake, build, cook, fix, knit, make, pour, weave, … b.buy, earn, find, get, order, rent, reserve, save, …
一般に、(1)のタイプのDOCは典型的なDOCとは区別される。根拠の一つは、構文交替に関する 事実に見出される。(4)に示すように、(1)のDOCはforを伴う構文と交替する。一方、(5)にある ように、動詞give等を伴う典型的DOCは、前置詞toを伴う構文と交替する。
1(4) a.Mother will make a new dress for me. (安藤 2005: 23)
b.She bought a skateboard for her son. (江川 1991: 190)
(5) a.John {gave/sent/handed/passed} Mary a book.
b.John {gave/sent/handed/passed} a book to Mary.
(6) bring, give, hand, lend, loan, offer, pass, pay, sell, send, show, teach, tell, write, etc.
(江川 1991: 189より抜粋)
区別のもう一つの根拠は、IOの意味特徴にある。最も一般的な説明は、典型的DOCにおけるIOは DOの受け取り手(recipient)であるのに対し、 (1)や(2)のDOCにおけるIOは受益者(benefactive/
beneficiary)であるというものである(安藤2005: 23等)。後者の「受益者」の意味は、交替関係にあ る(4)の構文におけるfor前置詞句に共通するものである。以降、本論文ではこのタイプのDOCを、
受益二重目的語構文(Benefactive Double Object Construction, 以下BDOC)と呼ぶ。
このようにBDOCと典型的DOCは性質の異なるものとして区別されているが、両者の間の意味 的類似点も指摘されている。その際、注目されてきたのが、IOとDOの間の所有関係(possessive relationship)である。「典型的DOCは、IOがDOを受け取り、IOとDOのあいだに所有関係が成立す ることを含意する」というのが定説であり、BDOCにも何らかの形でこの特徴が当てはまるという方 向の議論が展開されてきた。ここではそのような研究を代表するものとして、Quirk et al. (1985)と Goldberg(1995)を概観する。
Quirk et al. (1985)は、「受領者」を表す前置詞forの性質を説明するために(7)の例と、(7)と 交替関係にあるBDOCの例(8)を挙げ、 (7)のfor句と(8)のIOはともに「意図された受領者(intended recipient)」を指すと説明している。BDOCの場合、IOによるDOの受領はあくまでも主語指示物が行 為の際に意図している事柄にすぎないため、実際にそのような受領が発生したかどうかは含意しな い。(8)aの場合、IO(=her daughter)は、DO(=a beautiful doll)を実際に受け取ったかどうかに ついて何も語らない。これに対し、(9)のようにgive等を用いた典型的DOCのIOは「現実の受領者
(actual recipient)」を表しているため、IO(=her daughter)はDO(=a beautiful doll)を受け取っ たことを含意する。
(7) a.She made a beautiful doll for her daughter.
b.He cooked a dinner for her. (Quirk et al. 1985: 696)
(8) a.She made her daughter a beautiful doll.
b.He cooked her a dinner. (ibid.)
(9) She gave her daughter a beautiful doll.
Goldberg (1995)は基本的にQuirk (1985)と同じ見方をしており、BDOCの意味は、典型的な DOCの意味(10)から拡張したものとして(11)のように記述できるという。
(10) Agent successfully causes recipient to receive patient (Goldberg 1995: 38)
(11) Agent intends to cause recipient to receive patient (ibid.)
(11)の意味を(12)で確かめてみよう。主語が表す動作主(Agent)であるChrisは、IOが表す 受領者(recipient)のPatがDOの表す被動主(patient)であるa cakeを受け取るように仕向けること を意図しているだけである、ということになる。さらにGoldbergは(12)に関して、IOがそもそもS の行為をまったく認識していないことさえありうるとも言う。
(12) Chris baked Pat a cake. (Goldberg 1995: 35)
これが、BDOCのIOを「意図された受領者」と見做す説の概略である。この説は有力なものと見做 されており、Tyler (2012)等の比較的新しい研究でも採り入れられている現状がある。
2以上の背景を踏まえ、本論文は、BDOCにおけるIOの意味特徴の記述としての「意図された受領者 説」には不備があることを示し、その代案を提示する。2節では、久野・高見(2013)の議論を足掛 かりに、典型的なDOCを形成する動詞を伴う場合であってもIOが意図された受領者として振る舞う ことがあるという事実を確かめる。3節では、そもそも「DOの受け取り手・所有者」という概念自 体がBDOCのIOが表す意味の本質を捉えられないことを論証し、その代案を提示する。4節では、3 節で提示した代案を基点として、BDOCの意味の解明に向けていくつかの考察を述べる。5節は結語 である。
2.意図された受領者(intended recipient)説の批判的検討
久野・高見(2013)は、一般にDOCの特徴といわれている「IOがDOを所有するに至るという含意」
の妥当性を検証するため、DOCの直後にIOとDOのあいだの所有関係を否定するような文(=以下、
キャンセル文)を後続させて意味的な矛盾が生じるかどうかを見るというテストを用いた。その結 果、典型的なDOCに分類されるような文でもIOによるDOの所有を含意しないケースの存在が明らか になっている。
3以下はその抜粋である。
(13) I sent Mary the flowers, but she never got them. (久野・高見 2013: 226)
(14) John told me he’d faxed/emailed me the document, but for some reason I didn’t get/
receive it. (久野・高見 2013: 227)
(13),(14)において、DOCの主語指示物は、DOがIOのもとに届き、IOがDOを受け取ること を意図しているのは明白である。しかし、直後にキャンセル文を伴っても矛盾が生じない。すなわ ち、実際にIOがDOを受け取ったことまでは含意されない。これはまさしく、Quirk et al. (1985)や Goldberg(1995)がBDOCの特徴として指摘している性質である。そしてBDOCについても久野・高 見(2013)は同様にキャンセル文のテストで検証し、予測どおりの結果を導いている。(15)や(16)
に意味的な矛盾は生じない。
(15) John bought/got Mary a book, but then gave it to her friend instead.
(久野・高見2013: 236)
(16) Dorothy knitted her boyfriend a scarf, but then gave it to her brother instead.
(久野・高見2013: 236-7)
こうした事実が物語るのは、意図された受領者という意味的特徴はBDOCに固有のものではなく典 型的DOCにおいてもごく普通に見られる、ということである。「IOがDOを(Sが意図するだけではな く)実際に受領・所有するか」という基準は、BDOCを典型的DOCから区別する弁別的特性を持つ ものではないのである。
4それでも、「意図された受領者」説の擁護派は、Goldberg(1995: 35)が述べる「IOが、Sの行為に ついて知りもしない場合もありうる」という性質を引き合いに出し、「所有の非含意という性質は典 型的DOCにも見られるかもしれないが、IOによる認識の欠如という性質はBDOCに独特のものであ る」と主張したくなるかもしれない。しかし、これも誤りである。(17)や(18)は動詞sendを伴っ た典型的DOCの実例であるが、SがDOを送った時点ではIOがその事実を認識していなかったことが 前提となっている。
(17) Back in May, I sent you a transcript of an interview, which you never acknowledged
receiving. (COCA 1991)
(18) Mr. Fender, are you aware that I sent you a proposal for a book based on my own
research and ideas? (COCA 2008)
こうして「意図された受領者」説は瓦解する。ここで我々が取るべき選択肢は少なくとも2つある。
一つは、BDOCという独立したカテゴリーの存在を仮定することが誤りであると見做し、受領・所有 の含意の有無という基準は保持するというものであり、いま一つは、BDOCというカテゴリーは保持 し、その意味を特徴づける意味概念としての「意図された受領者」は破棄して別の意味概念を提案す るというものである。本論文は、後者を選択する。次節はその根拠を議論していく。
3.BDOCにおける「IO=DOの消費者・使用者」説
本節では「意図された受領者説」に代わる説を提案する。最初に強調せねばならないのは、BDOC のIOを(意図されたものであれ、現実のものであれ)「受領者」と規定することがそもそも不適切で あるということである。証拠として、(19)と(20)の事実を見ておこう。(19)aと(20)aは典型的 DOCの文であり、いずれも意味的な矛盾をはらむが、同じS、IO、DOのままで動詞のみBDOCのタ イプのものに入れ替えた(19)bと(20)bは、ごく自然な表現となっている。
5(19)a.??May {gave/sent/handed} my baby a sweater.
b.May {knitted/bought} my baby a sweater.
(20)a.??May {gave/sent/handed} my dog a sweater.
b.May {knitted/bought} my dog a sweater.
すぐにわかるのは、(19)aや(20)aに生じている意味的矛盾はIOの解釈に起因するということであ る。典型的DOCはIOがDOを受け取ることを要求する。ところが赤ん坊や犬にはセーターを「受け取 る」能力がないため、矛盾が生じている。この事実は「典型的DOCのIOはDOの受領者を表す」とい う従来の分析と完全に符合する。そしてもしBDOCにも典型的DOCと同様に「受領者」という制約 が関与しているならば、同じSとDOとIOが関与する状況を描写した(19)bと(20)bも不自然になる はずである。ところがこれらは、ごく自然な表現であり、BDOCのIOが必ずしも受領者でなくてもよ いことを物語る。
ではBDOCのIOの本質的な意味はいったい何なのか。この問いに対し、「意図された消費者・使用 者」であると答えたい。
6赤ん坊や飼い犬は、セーターを受け取ることは(まして所有することも)
できないが、実際にそのセーターを身に付けることはできる(親や飼い主に着せてもらえばいいから である)。これらの文において主語指示物が意図するのは、赤ん坊や犬にセーターを手渡すという行 為(あるいはその結果赤ん坊や犬がそのセーターを所有するという状況の実現)ではなく、彼らがこ のセーターを実際に身に付けることなのである。
この「消費者・使用者」説を明確に支持する事実を一つ見ておこう。繰り返すように、典型的 DOCはその構文的意味として、IOにDOを受け取る能力が備わっていることを要求する。したがって、
(19)aや(20)aが意図する内容を典型的DOCで自然に表現したければ、(21)のように言い換えなく てはならない。
(21) May {gave/sent/handed} me a sweater for my {baby/dog}.
(21)の場合、赤ん坊や犬に変わってセーターを受け取る主体がIOで表現されているため、典型 的なDOCが要求する意味に矛盾せず、自然な表現となる。これに対し、BDOCにはこのような制約 がないため、IOは、(典型的DOCと同様に)DOを直接受け取る能力を有した実体であっても何の問 題もないはずで、現に(22)のような表現はごく一般的である。ところが、(21)と同じようにIOが DOを直接受け取る状況を想定した(23)は不自然な表現となる。
(22) May {bought/knitted} me a sweater.
(23) ??May {bought/knitted} me a sweater for {my baby/dog}.
(22)、(23)ともにIOであるMaryはDOの(意図された、潜在的な)受領者である。ところが、
受け取るセーターが私の赤ん坊や犬が着るためのものであるということを述べた(23)の方には意味
的矛盾が生じている。明らかに、IOが「意図された受領者」であるという規定でこの微妙な違いを 捉えることは不可能である。一方、本論文が提案する「意図された消費者・使用者」という説は(23)
の事実を正しく予測している。この文においてSは、私がセーターを着用することは意図していない。
IOはDOを実際に使用する(とSによって意図されている)主体ではないために、BDOCが要請する 意味と矛盾し、意味的に不自然な表現になってしまっているのである。ここからさらに2つのことが わかる。一つは、(22)は私がセーターを着る主体として解釈されるために適切な表現となっている わけであり、私がセーターを着ることをSによって意図された主体ではないという文脈では不適切な 表現となるということ。いま一つは、典型的DOCのIOは、「意図された消費者・受領者」という性質 を示していてもいなくても構わない(それゆえ(21)は自然である)ということである。
以上をまとめると、表1のようになる。典型的DOCのIOは、DOの受領者でなくてはならないが、
DOの消費者・使用者であるか否かについてはどちらでも構わない。反対に、BDOCのIOは、DOの 受領者であってもなくてもどちらでもよいが、必ずDOの消費者・使用者でなくてはならない。この ように、DOの消費者・使用者というカテゴリーを設定すると、IOの意味構造において2つの構文の 間でちょうど反転した関係が見られる。
DOの受領者 DOの消費者・使用者
典型的DOC necessary optional
BDOC optional necessary
表1: 典型的DOCとBDOCにおけるIOが表す意味
本論文の提案する上記の説は、以下のような事例の存在によっても間接的に支持される。
(24) He fixed her a bowl of Cheerios, poured her a glass of orange juice, and by the time he’s finished making a pot of coffee for himself, both the glass and the bowl were empty.
(The Brooklyn Follies)
(25) Henry has found that next to chocolate cherries I like caviar on a cracker the best. The real caviar, all the way from Iran! I eat a whole big jar every day. Henry found me a big pair of glasses without any lenses in them and he puts them on my head with a rubber band. He’s also bought me a baseball cap which he puts on my head backwards. I didn’t like these at first because they are scarcely dignified, but Henry says I look distinguished and he has taken photos of me at the typewriter, to illustrate my book. (COCA 2008)
7(26) (...) he went out and bought himself a pipe at the age of seventeen. This was the badge of every true writer, he thought, and his last year of high school he spent every evening sitting at his desk, pen in one hand, pipe in the other, filling his room with smoke.
(Leviathan)
(24)-(26)では、BDOCのすぐ後に、IO側がどのようにDOを消費または使用したかに関する情 報が続き、IOがDOを「受け取る」という局面は完全に省かれている。その理由は、BDOCが想起す る場面においてそのような「受け取り」の局面を際立たせる必然性が特にないからである。例えばS がIOのいるところから離れていたとしても、 (24)のように談話を構成することには何の問題もない。
(24)では、BDOCによってS(=he)がお菓子やジュースを用意する局面があり、そのすぐ後に、
それらをIO(=her)が「消費」したことが述べられる。それもそのはずで、飲食しても構わないと いう趣旨で飲食物が自分の前に差し出された時点で、我々にとって意味を持つのはそれらを「受け取 るか否か」ではなく「消費するか否か」である。(25)も同様で、IO(=me)がDO(=a big pair of glasses without any lenses in them, a baseball cap)を実際に身に纏うという局面が描写され、DO を実際にIOが受け取るという局面(あるいは、現時点でIOがDOを所有しているという事実)は一連 の事態描写の中では背景的な情報にとどまる。(26)の場合は、IOはSと同一指示であるので、強い て言えばIOはDOを所有するに至っていると見做せなくもない。しかし、この文脈においてBDOCが 前景化しているのは明らかにそのような所有の是非ではなく、DOをどう使用したかという局面であ る。もしも「DOの受け取り・所有」の局面こそがSによって意図されたもので、その実現の可否が 未決定であることに際立ちが与えられているのであれば、その実現に関する情報を省略して、直後に 消費・使用の局面のみを前景化することがこれほど容易にはできないであろうと思われる。
以上の議論をまとめておこう。BDOCにおけるIOは本質的に「Sによって意図された、DOの消費者・
使用者」である。IOがDOの受領者であることは、この本質的意味に付随して一定程度想起されうる が、特に必要がなければ背景化され、場合によっては完全に排除される。排除される場合というのは、
(19)や(20)で見たような、IOがDOの消費者・使用者でありながらDOの受領者にはなりえない ような場合のことである。多くの場合において消費者・使用者は受領する能力も有している中で、赤 ん坊や犬などはその数少ない例外なのである。
4.さらなる問題
3節では、BDOCにとってIOによるDO受け取り・所有は付随的な要因に過ぎず、BDOCにとって 本質的なのはIOによるDOの消費・使用であると主張した。本節では、この「意図された消費者・使 用者説」を基点とし、まず4. 1でBDOCという構文の拡張事例と考えられる諸事例の扱いについて 検討する。4. 2では、BDOCにおいて「受領」「所有」の側面が背景化してしまう認知的動機を探る 必要性とその探求の方向性についての考察を述べる。
4.1 BDOCからの拡張事例について―「消費・使用」に伴う心的充足
ここまでは作成動詞と獲得動詞の事例のみを扱ってきたが、BDOCを形成する動詞の意味クラスは
もう一つある。(27)のような、芸術的パフォーマンスを表すものである。
(27) dance, draw, paint, play, recite, sing, whistle, write (岸本2001: 131)
(28) a.She danced us a waltz.
b.She played us her trombone. (Pinker 1989: 115)
このクラスの事例には所有関係の変化は関与しないため、IOがDOの受領者ということはあり得な い(Pinker 1989: 115等)。ではIOがDOの消費者・使用者ではありうるだろうか。本稿の立場では、
少なくとも「消費者」ではあると考えたい。IOはパフォーマンスによって生み出されたDO(音楽や 絵画など)をその対価を支払うことで「消費」している捉えることができるからである。物質主義的 な世界観の下では、芸術作品もまた衣食住に関わる様々な物品と同様に「消費」の対象と見做され ているという側面は確かにあり、この価値観がBDOCのカテゴリー化の動機をなしているという主張 は、根拠を欠いたものではないだろう。
しかし、芸術的パフォーマンス動詞が形成するBDOCにはそのような意味の「消費」に加えて、 「心 的充足」とでも呼ぶべき要因も関与しているといえるだろう。一般的に、IOがDOを芸術作品として「消 費」する際には、そこに心的な充足感の是非が大きな意味を持つ。これは一見すると、獲得動詞や作 成動詞のBDOCが表すような、DOを消費・使用することで物理的・物質的利益を得ることとは随分 隔たりがあるように思われる。だが、実は後者のタイプのBDOCであってもIOの心的充足の側面が前 景化されるケースが存在する。(29)-(31)を見てみよう。
(29) “A cow? You got me a cow for my birthday?” Grandma threw her arms up in the air when she saw what I had brought from the farm. (COCA 2002)
(30) Between sobs he told me, “Jeer, I don’t know what happened. I came by the night train.
Reached here early morning. Went straight to elder mother’s room. She was lying there on her bed. For the last few years she had been asking me for a thick woolen shawl. Every time I came home she would say, ‘Sinder, you haven’t bought me anything from your first salary. Buy me a shawl. I feel very cold in winter.’ But in Bombay you don’t get good shawls. This time one of my friends had gone to Kashmir. (COCA 1992)
(31) Kevin, Barbara, and I agreed it would be a mistake to send him back to school. The downside, however, was that Kevin refused to see the therapist anymore. He started a course in adult ed, and we got him a part-time job, but it didn’t fill up his life in any meaningful way. At the same time, his depression was growing along with his fear, which was almost to the point of paranoia. (COCA 1998)
(29)では、プレゼントとして牛を受け取ったIOの心理的な反応が前景化されている。(30)では、
前後の文脈から明らかなように、BDOCは、IOが実際にDOであるショールが必要としていることと
同時に、息子からショールを買ってもらうことでIOが心理的な満足を得られるのだということも伝
えている。(31)も同様で、IOが非常勤の仕事に実際に従事できるということと同時に、IOがそれに よって心理状態を好転させた可能性を示唆している(直後でその可能性は否定されるのだが)。
「消費・使用に伴う心的充足」という考え方は、(32)に挙げるような、Green (1974)が「象徴的 な献身行為(symbolic acts of dedication)」と呼ぶタイプのBDOCを適切に位置づける手がかりとなる。
(32) a.Cry me a river.
b.Crush me a mountain.
c.Kill me a dragon. (Green 1974: 96)
(32)のBDOCが描く意味内容において、IOがDOに具体的にどのように関わるのかは、芸術的パ フォーマンス動詞のケースよりも一層、不明である。IOにとっては、ただとにかく描かれている行 為を実行し、その象徴としてのDOを自分に捧げてほしいということを意味しているだけであり、実 際のところIOはいかなる意味でもDOを消費・使用することはない。
以上を踏まえると、BDOCというカテゴリー内の典型性は(33)のように序列化することができる だろう。最も典型的な獲得・作成動詞のBDOCにおいてはIOがDOを消費・使用するという側面もっ とも明確であり、典型性が低くなるほど、その「消費・使用」の側面が形骸化し、その代わりにIO の心の充足という側面が前景化されていくのである。
(33) 獲得・作成 > 芸術的パフォーマンス > 象徴的献身行為
本節を締め括る前に、上述の説を、他の先行研究に見られる説明と比較しておきたい。Takami
(2003)は本稿と同じくBDOCの使用に関する意味的制約を追究しており、「所有関係」では説明が つかないという見解は本稿と軌を一にしている。しかし、(34)のような、「受益」という単一の概念 に訴えた制約を提示する点で本論文と大きく異なる。
(34) The benefactive double object construction is acceptable to the extent that it is clearly shown that an action the subject referent performs is intended for the benefit of the indirect object referent, and that the latter receives some benefit from the action.(受益二重目的語 構文は、主語指示物の行為がIOの指示物にとって利益となることを意図してなされたもので あり、かつIOの指示物がその行為から何らかの利益を受けることが明らな場合に、容認可能 となる。) (Takami 2003: 213; 日本語訳は筆者による)
Takamiの説明には少なくとも2つの問題がある。一つは、(33)で示したBDOCというカテゴリー 内に見られる典型性の差異(プロトタイプ効果)を捉えられないことである。もう一つの問題は、 (34)
が排除できない不適格事例の存在である。例えば、3節で挙げた(35)の事実は、(34)では明らか
に説明がつかない。自分の赤ん坊やペットの犬が着るためのセーターを買ったり編んだりしてもらう という行為から、IOは明らかに利益(benefit)を得ていると考えられるからである。
(35) ??May {bought/knitted} me a sweater for {my baby/dog}. [=(23)]
中村(2001: 87-89)は、本稿と似た立場をとっており、(32)のような事例におけるIOをいわゆる 心的与格(ethical dative)の一種と見做して与格の受益用法から心的与格へは連続的な関係があると 考えている。しかし、Takami(2003)と同じく「受益」という曖昧な概念を採用し、おそらくその ことが原因で、受益用法から心的用法への連続的な関係を動機付ける要因については明言を避けてい る。したがって、BDOCのIOを「DOの消費者・使用者」とする本稿の提案は、中村が捉えた全体像 に対して幾らかの内実を与えることに貢献したといえるだろう。
とはいえ、(33)の階層は現段階では推測も多く含んだ仮説にすぎない。今後、さらに多くの BDOCの実例を精査することによってその妥当性を検証していく必要があることは言うまでもない。
4.2「譲渡」「受領」の背景化を可能にする認知的要因について
3節では、BDOCにおいてIOによるDOの受領の側面が背景化するという記述的一般化を提示し た。次の課題はなぜこのような背景化が起こるのかを説明することである。以下では問題の輪郭を描 くにとどめたい。
素朴な直感にしたがってBDOCの意味に関与する事態の連鎖を構成すれば、(36)のようになるだ ろう。最初に主語指示物(行為主体)によるDOの生産・獲得・準備という段階があり、次にDOを IOに譲渡し、IOがDOを受け取り、IOがそのDOを消費・使用する、という流れはごく自然なものの ように思われる。
8(36) (a)生産・獲得・準備 → (b)譲渡 → (c)受領 → (d)消費・使用
典型的DOCは、(36)の事態展開のうち、(b)と(c)を主要な意味領域としてカバーしている。
(b)と(c)は一続きの出来事であって、その両端にある(a)と(d)が背景的で付随的な情報と なるというのは直感的にも納得しやすい。一方BDOCの場合は、カバーしている領域が(36)の展開 の両端を成す(a)と(d)であって、間が分断されたような形になっている。一見するとこれは典 型的DOCに比べると不自然なカテゴリー化のように見えるが、(d)の側面は(a)のあくまでも行為 主体によって意図されたものであると考えれば、一応の説明はつくだろう。何故なら我々は今現実に 起こっていることから離れたところまで意図を「飛ばす」ことができるからである。意図した内容で はなく現実に起こったこととしての(b)や(c)の局面の描写が続く実例も存在する。
(37) My mother got up and poured me a glass of wine. She brought it to the counter and put it
in my hand. (COCA 1995)
(38) The store peddled menswear, but smelled like a nail salon. The shopgirl was a skinny thing with hacked-up hair the color of eggplant rind and the anxiety of a new hire. Robin took a while thumbing through the goods, finally found me a very blue shirt and an extravagant red-and-gold tie of heavy weave, got my nod, asked the girl to wrap it up. (COCA 2009)
(37)や(38)は、本稿の立場からは、BDOCによって、ある行為者がIOによるDOの消費や使用 を意図しながら動詞の表す行為におよび、その直後に、その意図した消費・使用の前段階としての「譲 渡→受け取り(所有)」の局面を際立たせている、と記述することができる。そしてこの現象は、単 なる現実的な事態の進行だけではなく「行為者が意図する内容」も重要な要因として組み込まねばら ない可能性を示唆しており、認知言語学において提唱されてきた行為連鎖(action chain)や因果連 鎖(causal chain)のような事態認知モデルに対して重要な問題を投げかけているように思われるの である。
5.結語
本論文は、英語のBDOCのIOの本質的な意味は、DOの「意図された消費者・使用者」であること を論じ、この提案がもたらすいくつかの意義や問題について確認した。4節でも示唆したように、今 後の課題は、BDOCに関するさらに多くのデータを精査しながら、BDOCのカテゴリー構造の全容を 明らかにしつつ、この現象の解明が認知言語学における事態認知モデルにどのような形で貢献するか を探求していくことである。
[注]
1 それぞれ for 与格構文、to 与格構文と呼ばれることもある。
2 日本語で書かれた二重目的語構文の概説(岸本 2001; 大庭 2011 等)では、BDOC の意味的特徴は典型的 DOC のそれと基本的に変わらないという見解が示されている。Quirk et al.(1985)や Goldberg(1995)らと 見解が異なる原因は、受領・所有の能力を有することと、実際に受領・所有が発生することを混同(または同 一視)していることにあると思われる。(後に見るように、受領・所有の能力もまた、BDOC の本質的意味とは 無関係である。)
3 典型的 DOC でも受け取り・所有が必ずしも含意されないという点は Jackendoff (1990: 197)にも指摘がある。
4 久野・高見(2013)の中で BDOC は前置詞 for を伴う構文と交替するタイプとして前置詞 to を伴う構文と交 替する DOC とは別項目で扱われており、BDOC の場合 IO は「意図された受領者」を表すという通説がそのま ま述べられている。その点では Quirk et al. (1985)や Goldberg(1995)と同じである。
5 BDOC の IO に baby を用いた例文は Larson (1988: 377)に、dog を用いた例文は Kearns (2000: 211)に、
それぞれ挙げられている。しかし、いずれも BDOC の一例として挙げているだけであり、本論文で指摘してい る諸事実への言及はない。
6 Langacker (2008: 246)は、BDOC の意味を、“the subject acts to make it available for the recipient’s use by creating, preparing, or acquiring it.”と記述している。IO の「使用」の側面に注目しているところは本稿の 考えに通じるが、IO を受領者(recipient)と見做すスタンスを崩していない点ではその他の先行研究と変わら ない。
7 以降、例文にほどこされた下線はすべて筆者によるものである。
8 Pinker (1989: 395)も、BDOC が示すの食べ物の準備義(food-preparation sense)の説明で、これらの動詞は、 「譲 渡行為に先立った、飲食可能な品の作成(creation of the edible product prior to the act of giving)」を意味し ていると述べており、(35)のようなシナリオを想定していると推察できる。
参照文献
安藤貞雄(2005)『現代英文法講義』開拓社,東京.
江川泰一郎(1991)『英文法解説 改訂三版』金子書房,東京.
Goldberg, Adele E. (1995) Constructions: A Construction Grammar Approach to Argument Structure, Chicago University Press, Chicago.
Green, Georgia (1974) Semantics and Syntactic Regularity, Indian University Press, Bloomington.
Kearns, Kate (2000) Semantics,Palgrave Macmillan, New York.
岸本秀樹(2001)「二重目的語構文」影山太郎編(2001)『日英対照 動詞の意味と構文』大修館書店,東京.
久野暲・高見健一(2013)『謎解きの英文法 省略と倒置』くろしお出版,東京.
Jackendoff, Ray (1990) Semantic Structures, The MIT Press, Cambridge, Massachusetts.
Langacker, Ronald W. (2008) Cognitive Grammar: A Basic Introduction, Oxford University Press, Oxford.
Larson, Richard K. (1988) “On the Double Object Construction,” Linguistic Inquiry 19, 335-391.
中村芳久(2001)「二重目的語構文の認知構造―構文内ネットワークと構文間ネットワークの症例―」『認知言語 学論考』No.1, 59-110.
大庭幸男(2011)『英語構文を探究する』開拓社,東京.
Pinker, Steven (1989) Learnability and Cognition, The MIT Press, Cambridge, Massachusetts.
Quirk, Randolph, Sydney Greenbaum, Geoffrey Leech and Jan Svartvik (1985) A Comprehensive Grammar of the English Language, Longman, London.
Takami, Ken-ichi (2003) “A Semantic Constraint on the Benefactive Double Object Construction,” English Linguistics 20, 197-224.
Tyler, Andrea (2012) Cognitive Linguistics and Second Language Learning, Routledge, London.
コーパス
The Corpus of Contemporary American English (http://corpus.byu.edu/coca/)[COCA]
出典