長崎県方言語彙の一考察
︱その分布を中心として︱
ま え が き
西
島
宏
長崎県方言について︑今までさまざまな研究書が刊行されたが︑
その殆どが各小地域を対象としたもので︑県下全般を通観した調査
研究に乏しいことを遺憾に思い︑一九四八年以来各種の調査・資料
の牧集を行ってきたが︑五市一八○町村にわたるものであるため
に︑遅々として進捗しなかった︒ここに記述したことは︑長崎県方
言語彙中︑特に方言区画の設定に問題を提供すると考えられる︑特
徴的な語彙の分布相の考察である︒
一
基礎調査であるため︑方言量が多いと予想される語彙を選び︑全
県的な分布相を調査した︒その中で︑それぞれ分布相に特徴のある
次の8語を考察の対象としたい︒即ち︑
虹・氷柱・町立・蜻蛉・蟷螂・臆病者・胡座・腰巻
以上の8語について︑既刊の辞典の記載をみると︑虹︵ニジ・二
ユージ︶.氷柱︵ッララ◎タルヒ︶・夕立︵ユーダチ・サダチ︶
●蜻蛉︵トンボ・ヘソボ︶●蟷螂︵カマキリ●オガメ︶ ●臆病者
︵オクビヨウモノ︶・胡床︵アグラ・イタグラ・ロクスル︒テソチ
ヨースル︶・腰巻︵コシマキ・キヤーフ︒ユモジ.ユマキ・フタ
ノ︶ ︹以上見出語のみ・ は代表語形︺となっている︒このうち 虹・氷柱・蟷螂については︑諸家によって全国的分布相も調査され
ているので︑比較研究の便宜があった︒また以上一語の方言量につ
いてはおおまかであるが︑東条操﹁分類方言辞典﹂によると︑それ
ぞれ︑虹一九語・氷柱九一語・タ立二六語︒靖蛉五四語・蟷螂一二
八語・臆病者四八語︒胡床六〇語・腰巻三四語の記載がある︒
調査方法は臨地調査と通信調査によった︒ ︵以下の記述にあたって︑市郡名は左の略号による︒長長崎
市・佐11佐世保市・諌11諌早市・大11大村市・島11島原市.北
高11北高来郡・南高H南高来郡・東彼11東彼杵郡・西彼旺西彼杵
郡・北松u北松浦郡︒南松11南松浦郡︵五島︶・壱n壱岐郡.対
11上県・下県両郡︵対馬︶・各町村名は西名の下に︵ ︶に入
れて記す︒例H壱︵箱崎︶は壱岐郡箱崎村・長︵土井首︶は長崎
市土井田町の如し︒ 一九五五年春合併以前の町村名に拠った︒
三
調査の結果︑長崎県方言が語彙の面においても︑対馬・壱岐︒平
戸・大村・諌早・島原・長崎・五島の各回方言区画に分れることが
確認された︒また対馬・壱岐・五島の三離島がそれぞれ著しく孤立
している点と︑県北部の平戸方言と県南部方言の対立が明かにされ
た︒また壱岐・平戸︑大村・諌早︑大村・長崎グループの親縁関係
が明かになった︒更に詳しくみると︑平戸方言から佐世保方言を分
離することの妥当性が示され︑従って︑小方言区画をたてるなら︑
前述の八方言に佐世保を加えて九方言にすべきであると考える︒島
原方言が予想していたより以上に︑
ことも発見できた︒
四
県下の他地方から孤立している
虹方言については︑全国的分布を諸査した諸家の研究があり︑ま
た長崎県の各地方を対象としたものに︑島原半島方言の研究︵島原
矛一尋常小学校・昭7︶・長崎県東彼杵西彼杵両郡方言分布調査
︵本山桂川・昭8︶・島原半島方言集︵山本靖民・昭27︶がある
が︑いずれも全県下にわたる調査ではない︒
私の調査によると︑県下の虹方言は︑代表語形ニジの他︑ニユー
ジ・ジユージであり︑ニジは全県下に広くおたっているのに比べ
て︑ニユ!ジ︵壱岐全島・北松全域︶・ジユージ︵東彼・西彼・大
村・南藷の各一部︶と県北・県南の対立を示している︒また長崎西
浦上及び西彼深堀からジユージの報告があり︑五島・対馬は全島ニ ジに統一され︑柳田国男﹁西はどっち﹂︵昭25︶一六八ぺ記載の下
五島︵南松︶三井楽ナベンツツ︹鍋のつる︺は現在聞くことができな
い︒また橘正一﹁方言読本﹂ ︵昭12︶一六〇ぺのジユツナマ肥前島
原半島・タチモソ肥前島原半島のエ語は︑ジユツサマ︵南高加津
佐︶・タチモソ︵南高北有馬・南有馬︶が現在も使われている︒全
般的にニユージ・ジユージの衰弱著しく︑ニジに急速に統一されつ
つある︒ ︵註︶東條操﹁全国方言辞典﹂に﹁じゅ一じ長崎︵便言増補︶・長崎・熊
本・佐賀﹂﹁にゆ一じ徳島県美馬郡・大分・長崎県平戸・壱岐島・
鹿児島県宝島﹂
五
氷柱方言は︑対馬・壱・岐・北松・五島はヅララ︑佐世保・東彼・ 大村・西彼・諌早・北高・長崎はタロミ︑島原︒南高はタロメソと 三分している︒佐世保はタルミ・タロミ・タラメ︒タララと読形が 多い︒ タロミ 佐・東彼︵崎針尾・川棚・彼杵︶・大・諌・北高︵小長 井・深海・森山︶西彼︵崎戸・瀕戸・亀岳・長浦・雪浦・矢 上・香焼・高浜︶・長 タルミ佐・東彼川棚・大・西彼︵面高・瀕戸・伊木力・伊王 島・深堀・野母︶ タノミ 東彼千綿・西彼︵七巡・深堀・川原・樺島・封戸︒神
浦︶タロメ 東押上波佐見・佐・大・西彼︵村松・望見・時津・長 与︶・長・南高︵布津・北有馬・ロ津︶︵南高に岱山ムあり︶ タロメン 南高全域︵タロベンを含む︶ 独自な形としてターロソビヤー諌早有喜がある︒またビーロロ西 彼江島はビードロの詑形であろう︒ ︵同様な例は全国方言辞典に静 岡県田方郡・伊豆三宅島・鹿児島肝属郡がみえる︶・ドソベソ南高 有家も︑ドソペンは熊本で﹁睾丸﹂の意味に用い︑熊本県阿蘇郡で 氷柱をドソベンゴーり︵氷︶と言う例がみえているので︑類似の発 想であろう︒ジリンカラン南松男方は他地方に例を見ない︒県下に は総じてタロミ・タロメソ両系が県南部に優勢だが︑ホダレ︵熊 本︶モーガン︵福岡八幡︶モガソコ︵福岡田川・大分日田︶マドン コ︵福岡柳河︶ヒヨーラク︵大分臼杵︶などはない︒隣県佐賀では タロミ︵藤津︶やタラメ︵杵島︶がある︒
六
夕立方言は︑ユーダチ︒サダチの二語で︑ユーダチは県下全般に
わたって広く分布している︒ナダチは現在︑南松全域のほか︑西彼
52 一
一
へ矢上・時津・村松・亀岳・七釜・松島・雪浦・量見・深堀・高
浜・野母・樺島︶・諌早有喜・南高︵千々石・小浜・南串山・加津
佐・口津・有家・堂崎・多比良・西郷︶と主として県南に分布して
いる︒また南高多比良その他からババオドシの報告があった︒膏雨
至れぽ老婆驚くの意味であろうか︒ナダチは︑夕立に対する朝立の
意味であろうと考える︒諌早で調査の折も︑被調査者の一人が︑そ
の意味に了解している由を筆・者に告げたことがあった︒サダチは香
川・徳島・高知・宮崎・熊本県天草・鹿児島と西日本に分布してい
る︒ ︵方言辞典に拠る︶
七
蜻蛉方言は︑県下の方言量は多くないが︑等語線を描いてみる
と︑小方言区画と一致する点が多い︒ エンバ︵対馬全域︶・ネンバ︵壱岐全域︶エンブ︵北松全域︶・
ヘソブ︵佐・東彼・西彼・大・長︶・ヘソボ︵諌・島・南高︶.
エソボ︵南松全域︶・センブ西彼︵神浦・香焼・深堀.高浜.野
母︶南高︵口津・加津佐・西有家︶で︑いずれも
o昌ぴ餌 ①自ぴ目 ①βぴ︒
ケ①昌ぴ目 一
一
。自
@ロび蝿
ぽ①昌び︒ 一
昌①冨び餌
のように︑同一の系統に属するものと考える︒古資料にこれを求め
ると︑箋注和名抄・字類抄・寸寸にエンバ︵恵死波︶がある︒県下
にはアキツ系のアキツ・アケズなど見当らない︒
八
県下の蟷螂方言の分布相は頗る錯雑しているようにみえるが︑分 布地域の想定が可能である︒即ち︑図にみるように︑ シラメトリ・シラメハギ︵対馬全域︶ チョーランミャi︵北松・佐・東唐崎針尾︒西彼亀岳︶︹主とし
て県北部︺オガマニヤトーサン︵北松志々伎・紐差・御厨・吉井・鷹島︶ カマキリジーサン︵北松田平・佐・南高守山︶
オガ・・︑タロー︵東彼・大・長・西彼の一部︶オガミダロー︵諌・北高︶ オガンダロi︵南古同・島︶ オソガメ︵西彼瀬戸・雪浦・神浦・黒崎・三重・福田・香焼・高 浜・南松福江・岐宿・奥浦・奈留島︶ オンガメジヨ︵西彼江島・長崎土井首︶ カマキリ︵壱岐全域及び県下全般︶ ※ホトケソウマ︵壱岐・柳田氏前掲書︶ オガミシユ︵南松浜浦︶ オガミダラ︵諌●北高森山︶ オガミダカ︵西彼野母・※同樺島︶ ※オガソジヨ︵西彼脇岬︶ ※オガミジヨ︵西彼新見・松島・深堀︶1本山氏前掲書所牧 ※オガマンバー︵西彼面高︶ 本山氏同前 ※オガマン︵西彼崎戸︶i本山氏同前 ※オガンボ︵西彼瀬戸︶ 本山氏同前 ※ハンドウチワリ︵西彼式見︶1本山氏同前 オガムタロ︵南高多比良︶ カマキル︵南高北有馬・西有家・口津︶ − の諸語があげられるが︑総じてカマキリ系・オガメ系・オガミタロ ー系・チョーランミャi系の四種に大別できる︒そのうち特に県北
のチヨーランミや二野と県南部のオガミタロi系︑県西部のオガメ
系の対立相が著しい︒
対馬のシラメトリ︵点取り︶は蟷螂の前肢の動作の見立てであろ
うが︑これと同類のシラメドリが遠く伊豆大島にみえる︒またチヨ
ーランミヤーの語義については︑ ﹁チョーナメ︵手斧舞︶の転回﹂
とする説︵本山桂川氏︶があるが︑にわかに従い難い︒チヨーラソ
ミヤーは佐賀県・鹿児島県種子島にもみえる︒本山氏の前掲書には
チョーランミヤーが西彼面高・七釜・東彼川棚・彼杵からも報告さ
れている旨の記載があるが︑私の調査でも西彼亀裂にでているの
で︑以前は相当県南部へ進出していたと考えられる︒これと同じ例
は南松︵五島︶地方のオソガメについても考えられる︒この地方に
おいてもマカキリが現在優勢であるが︑少し以前はオソガメに占め
られて︑いたのではなかろうか︒
また地点は少ないが︑オソガメジヨは︑鹿児島県のオンガメヅシ
ヨ・オンガマツシヨ・オガマツシヨと関係がありはしないか︒調査
が不備のため推測の範囲を出ないが︑五島・野母半島・熊本県天草
島・鹿児島県コシキ島の外洋ルートは︑対馬・壱岐を大分県海部
郡︑島根県︵石見国︶と結ぶルートとともに重視していいと考え
る︒ ︵主として漁民の移動による︶
九
臆病者の方言は︑北松のヒエグソ︑大村・諌早・北高のピケシボ
ー︑長崎・西彼・南高・島原のヒエジゴが鼎立している︒諌早でい
うピケシボーは︑ ﹁臆病な﹂をヒケシカという形容詞があるので︑
それに﹁くいしんぼう﹂﹁しわんぼう﹂のボーがついたものであろ
う︒使用地域としては︑西彼瀬戸にピケシガリヤ︑西彼江島にピケ
シロという同系の語がある︒オクビヨーモンが県下一般に分布する ほか︑エズカリ北松志佐・ヘコクソ佐世保大野・オソロシガイ東彼 上波佐見・オトロシガリや大村鈴田・南高布津︒西彼高島︒エスガ イボー諌早栄田︒キモソコマカモン︵肝の小さい者︶西彼神浦︒ダ イコンヒキ北松江迎などがある︒ ヒエグソ・シリヒエ︒ヒエジゴなどは同一の発想になるものと思 われるが︑全国的な分布を知る由のないことが残念である︒ヒェジ ゴのジゴは﹁臓臆﹂︵福岡・佐賀・熊本・長崎︶や﹁肛門﹂ ︵熊 本・長崎︶の意味の方言である︒ヒエジリ・シリヒエは愛知県にあ り︵全国方言辞典︶︑ピケシボーは古く﹁磁界﹂にある他︑佐賀︒ 鹿児島に﹁卑怯者﹂の方言としてみえる︵同辞典︶から︑ヒケシイ ということばがあって︑広く九州に分布していたものか︑既にピケ シボーなる語となって使用されていたものであろうか︒江迎のダイ コンヒキ︵大根引ぎ︶はデ!コンヒキ壱岐とともに県内にニカ所し
か報告がない︒十
胡床の方言は県内一般にイタグラ・イタグラミ・イタグラメ系の
方言が多い︒対馬はイドリ・テツチョi︵共に佐須奈︶テイチヨー
︵仁田︶テヅチョi︵嚴原︶とテツチヨーが多く︑壱岐は全町村ロ
ク︵ロクスル︶であって︑対馬・壱岐は独自な区画を形作ってい
る︒平戸島は﹁イタグラ﹂スル平戸・獅子・紐差である︒イタグル
マ北松今福・鷹島︒イタグラミ北松江迎・東彼千綿・北高深海・森
山・諌早︒西彼喜4津・イタグラミヤー西彼大串・三重・高浜・南
高大三束︒他はイタグラメが北松・東彼・大村・西彼・長崎・諌
早●島原●南高にわたって分布している︒
54 一
一
十一
腰巻の方言はヘコ・キヤーフ・フタノ・ユモジ︵イモジ︶・ユマ
キ・バグセとコシマキ︵オコシ︶がある︒なかで最も分布地域の広
いのはヘコで︑その分布は対馬全域・壱岐全域・五島全域をはじめ
東以上波見・川棚・大村・西彼江島・勘案・瀬戸・大串・亀岳・雪
浦・長浦・村松・三重・時津・式見・長与・伊王島・深堀・南高土
野・島原にわたる︒つずいてキヤーフ北松全域・東彼崎針尾・諌
早●・北高全域・西彼大草・喜々津・南高山田・大正・神代・三会・
島原に及ぶ︒フタノは長崎・西彼時津・矢上・茂木・伊王島・深
堀・川原・高浜・脇岬・野母・樺島に分布のほか︑南高西有家・深
江・北有馬︒南有馬・口才・南串山にある︒ ハダセは南高山田・守
山・大正・西郷・土黒・千々石・小浜︒ユモジは長崎大浦・西彼川 原・北高小長井・南高多比良・三会・イモジは南高湯江・大三束・
布津・堂崎・有家・島原安中︒ユマキは西彼矢上・深堀・樺島・諌
早平山・南高大三束にある︒ ヘコは方言として男揮に用いる例が多いが︵特に九州︶︑女の腰
巻に用いたのは︑島根県鹿足郡・山口県大島・大分・佐賀県唐津・
熊本県天草の例がある︵全国方言辞典参照︶︒特に長崎県方言では
圧倒的に女の腰巻を指してヘコと言い︑五島久賀島では男の揮はイ
ツチヨベコといって区別して用いている︒しかし︑かつては男女の
区別なく同一名称で呼んだのであろうとの推測もできる︒フンドシ
を女の腰巻の意味に使った例は江戸時代の川柳にもみえ︑またオト
コフソドシ・オソナフソドシと上に区別的名称を付けた例もあるの
で︑ヘコにもそういうことがあったのではなかろうか︒
ギヤーフは江戸時代の文献︑とくに前期上方文学時代の西鶴物な
どに散見する︒ ﹁脚布﹂の字を当てている︒ フタノもキヤーフ同様︑江戸時代文献に﹁二布︵二巾︶﹂として
散見する︒ハダセは佐賀県方言のハダスイ︵腰巻︶の系統であろう︒ もじ ユモジは﹁湯通ハ・湯巻﹂の﹁文字ことば﹂である︒従ってユマキ に同じ︒ ユマキはもと湯に入る時のみ使う下帯のことで︑コシマキないし キヤーフと似て非なる存在であったのが︑いつの頃からか︑ユマキ を使わないようになっても︑コシマキの意味に混用されて用いられ たものと思われる︒
十一
以上の8語の県内における分布状態をもとにして︑
関々係を表にすると︑次のようになる︒
2 2
1 0工
︑乙
1
ユ
3 0
O○
1 1 1 2
11 1
03 2 2 1 3
02 4 2 4
4 3
4 2
覇ー馬対 3f岐壱2ー松北Oi保世佐21村大 五 島
長
島
諌
西
大
原
崎 早 彼 村佐世保
北松 壱岐
対 馬
この表で知ることは︑ごく限られた語彙を対象としたもので︑こ
れを以て全般に及ぼすことは問題があるが︑8語中5語も共通な大
村一西彼・長崎−大村間︑及び4語共通の壱岐一北松︒北松−佐世
保・諌早一大村・西彼−長崎間の親近関係︑及び全然共通性のみら
れない対馬一佐世保・対馬−島原・壱岐−島原・北松一西彼・北
松一島原・佐世保一五島・諌早i五島・島原!五阜間の関係から︑
とくに島原︵南高を含む︶地域が孤立的なことが目立つ︒北松地方
は県南部に対立している︒
また県南部と県北部の対立が著しい︒
以上︑方言語彙8語につぎ︑その全県的分布相を記述したが︑他
県︑とくに佐賀・福岡・熊本・大分・鹿児島︒宮崎諸県との比較考
察をこれからの課題としたい︒
56 一
一
長崎︑県方吉区酬図
舖
4
O づ二