船舶の不堪航と海上保険契約
志 津 田 氏 治
ま え が き
わが国では︑およそ﹁航海に関する事故﹂によって生じた一切の損害を墳補する貴に任ずる︑いわゆる包括責任の
原則的な体系の上にたっている ︵商八二ハ条︶︒但し約款にて特則が認められる外に︑現行商法では一定の事由で発
生した損害についてだけは︑保険者は填補の責任を負わないものとされている ︵商八二九条︶︒ところで特にここで
問題として取り上げたいと思うのは︑船舶の不堪航損害と保険者の免責との法律的な関連性である︒そこで本稿では︑
商法八二九条の一号および二号を中心に考察を試みることにより︑そこに内在する若干の問題点を指摘してたい︒
一船舶不堪航損害免責の基礎
の 二つの基本的な考え方
船舶不堪航による損害免責の理論的な根拠として︑まず第一にイギリス法的な考え方があることを指摘しなければ
ならない︒すなわちイギリスの海上保険法三九条一項に従えば﹁航海保険契約にあっては︑航海開始の時において︑
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︑
︵ 注 1
︶
船舶がその保険に付せられた特定の冒険を行うために堪航でなければならないという黙示担保が存在する﹂ものとし
経 営 と 経 済
一 五
O
もしも﹁乙れが正確に履行されなかったときは︑保険証券に明示の特約がある場合を除︑き︑保険者は担保違反の日か
( 注 2 )
らその責任を解除される﹂こととなるのである(イギリス海上保険法三三条三項
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尤むここで称する黙示担保
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とは︑被保険者が海上保険契約の根本的な要件として︑特定のことをなすべきこと又は特定の条件
を具備すべきこと若くは特定の事実が在在すべきこと又は在在せざることを︑海上保険契約締結の行為自体より暗黙
に保証したと法律により創造せられた契約内容の一を謂う(葛城照三﹁海上保険研究﹂上巻三四七頁)ものと解釈されて
いる︒もっとこれを簡約して表現するならば︑黙示担保は契約内容の一要素として︑法的に推定された契約の一部で
あり︑当然に契約に読み入れられるべき性格のものであるといえよう︒かくしてイギリスでは︑船舶の堪航性をもっ
て海上保険契約成立の基胎としているのであり︑保険契約を有効に成立させるために必要な前提要件ともみられてい
るよ うで ある (今 村有
﹁海 上保 険契 約論
﹂中 巻一 七九 頁︑ 勝呂 弘﹁ 海上 保険
﹂二 七六 頁)
︒
ゆえに乙の考え方によると︑海上
運送契約たると︑海上保険契約たるとを問わず︑当該航海に堪えうる船舶つまり堪航能力を具備する船舶であること
( 注 3 )
を至極当然の姿であるとして捉えているのである︒そこでかかる前提要件の欠故換言すれば黙示担保義務の違反が︑
海上保険者の不堪航損害免責の有力な根拠であるとして指摘されているのである︒目立の吋は︑乙の見解に対して︑
( 注 4 )
つぎのような評価を誠みている︒すなわち=ロR
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教授も理論的にはイギリス法的な考え方が優るものと述べられているようである︒
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掲書
二七
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︑不 適当 なる とと 明か なる 船舶 上の 被保 険利 益の 損害 に
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対し て責 を負 わな い表 徴で あり
︑い わゆ る堪 航担 保の 表示 であ ると 理解 する
︒ガ ウ( 椎名 幾三 郎訳 )﹁ 海上 保険
﹂六 二頁 C8
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つぎにイギリス法的な考え方と対蹴的な立場を採る大陸法系の考え万について若干考察してみることにしよう︒そ
こでまず第一にフランス商法の態皮であるが︑その三五二条では﹁被保険物の固有の取庇によりて生じた目減︑減少
および滅失ならびに所有者︑傭船者または荷送人の行為および過失によって生じた損害は保険者乙れを負担しない﹂
ものと定めている︒このようにフランスでは船舶そのものの固有の取庇(ヱ︒︒官︒ョ︒)については︑明文をおくと
ころであるが︑いわゆる船舶の不堪航(古ロ
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に関しては殆んど触れていない︒リペ!ルでさえも﹁船舶
の取庇とは︑船舶の状態又は蟻装に帰すべき滅失又は強損のすべての原因である﹂と概念構成を試み︑船舶構造の欠
陥︑修膳の不足︑不充分な餓装などをあげていることからしても︑船舶の暇庇と船舶の不堪航とを︑ほY同一視して
( 注 1 )
いるようである︒以上のように︑乙の国では船舶の破庇そのものの意味を極めて広範囲に捉えていて︑船舶自体の欠
陥だけではなく︑燃料︑食料等の不適当性をも考慮しているように思われる︒かかるフランス商法の態度は︑既に一
の第三編第六章第二九条をそのまま踏襲したものであること六八一年の海事勅令
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( 注 2 )
が︑指摘されているが(今村前封書一八二頁︑勝目前封書二七九頁)︑ではドイツその他の諸国ではどのような態度をとっ
船舶 の不 堪航 と海 上保 契約
一 五
経 営 と 経 済
一五
ているであろうか︒ドイツ商法八二一条前段ならびにドイツ海上保険約款五八条も︑乙れとほY同様の見解にたつも
( 注 3 )
のと解されている︒わが現行商法も有力説はこれに傾むかに思われる(加藤由作﹁海上危険新論﹂五五七頁
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上述のように船舶の不堪航損害に対する保険者の免責的な根拠は︑二つのまったく対立した見解があるが︑理論的
には海上保険の目的である船舶つまり航洋船である限りは︑常時︑通常の航海危険に堪えうるrけの能力を具備して
たといそこには海上運送契約法にみられるよう直接の明文はないにしても(国際海上物品運送法
五条︑商法七三八条七三九条)︑すくなくとも商法八二九条二号の裏面より間接的に堪航性担保を導きだすことは不可能
( 注 1 )
であろうか︒この意味において︑船舶の堪航性は保険立脚の土台を形成するものであり︑保険契約を有効に成立させ
るための前提要件をなすものである︒ゆえに保険者は不堪航船舶に対しては損害填補責任を免れることができるので
ある︒しかし商法八二九条二号の保険者免責の根拠は︑たYそれだけであるとして理解する乙とはできない︒いまこ いなければならない︒
れを現実面に即して考える必要がある︒すなわち今村博士が夙に指摘されているように﹁その免責の根拠は被保険者
をして堪航の維持に対する注意を疎かにし︑一般に財物と人命の保全に悪影響を及ぼし︑更に保険の経営を困難なら
( 注 2 )
しむるに至るを制圧せんとするにあるのである﹂という現実的な面もみのがすことができない︒以上の諸点からも明
らかなように船舶不堪損害に対する保険者免責の根拠については︑理論と現実の二元的な両側面より理解されるべき
ではなかろうか︒かかる諸点を考慮しながら商法八二九条二号は法解釈を誠みるべ︑きであろう︒
︿ 注 1 ) 瀬戸 弥三 次﹁ 海上 保険 体系
﹂ (被 保険 者の 担保 義務 篇) 三三 八頁
︑反 対説 倉田 庫太
﹁海 保契 約と 船舶 堪航 の問 題﹂
(損 害 保険 研究 一巻 一号 )八 三頁
︑今 村前 掲書 一八 四頁 ( 注 2 ) 今村 前掲 書一 八五 頁︑ ある 学説 によ ると
﹁保 険者 の保 護に 求め ずし て︑ 保険 者に 対す る正 義公 平に 求め
︑且 つ保 険契 約の 公共 性に 帰せ んと する 者﹂ もい る( 惟名 幾三 郎﹁ 船舶 保険 に於 ける 暇庇 と不 堪航
﹂海 事論 文集 所収 二四 六頁 )
ω船舶の﹁不堪航﹂と﹁取庇﹂との関連性
内外諸国の多数説では︑船舶の取庇(ユ︒︒)は︑直ちに不堪航
( 注 1 )
いる︒ことに石井教授は船舶の不堪航を広義における保険の目的の暇庇と考えられている
O巻四二頁)︒しかしてわが国の海上保険法なり︑保険約款の立場からこれを捉える場合にも果してそうであろうか︒
蓋し現行商法八二九条の一号によると︑保険者は保険の目的の取庇より生じた損害に対しては︑責任が庄じることな
く︑また同条の二号では︑保険者は船舶の不堪航より生じた損害に対して責任がない旨が定められている︒乙の規定
( 注 2 )
形式からみると︑まさに保険の目的の取庇と不堪航とは全く対立せる観念であって︑もしも保険の目的の暇庇が直ち
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を意味するものと解釈して
(海 上保 険法
﹂新 法学 全集 ニ
に不堪航を意味するものであれば︑第一号の規定は殆どその在在意義を失うこととなろう︒そのことはまた同時に船
舶普通保険約款の三条七号と四条一号との関連からも同様のことが提起されうるものである︒ところで︑乙こで注目
すべきことは︑船舶の取庇と不堪航との間には︑非常に密接なつながりがあるとしても︑この両者聞には明確な差異
があることを指摘する必要がある(椎名前掲論文二四三頁参照
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すなわちまず第一に︑暇庇の有無の主要な判断基準
( 注 3 )
は︑既に今村博士が触れておられるように被保険船舶自体の物理的な特性つまり船体機関︑推進器等にあるも︑不堪
航性を決定するものは︑あくまでも企てられたその航海を標準として判断されるものに外ならない︒第二に暇庇その
ものは︑原則として保険の目的である船舶自体の全部または一部に在在することがあるけれども︑保険の目的である
船舶 の不 堪航 と海 上保 契約
一五
三
経 営 と 経 済
船舶以外に及ぷことがない︒これに対して船舶の不堪航は︑保険の目的の範囲外すなわち燃料・食料・船員・積付の
状態・書類・検査などにも密接な関係がある︒ゆえに船舶自体については暇庇が問題となることが多く︑船舶以外の
一五
四
犠装については(乗組員の不足︑船舶必需の不足︑書類の不備)︑第三に過失の不堪航が問題となる乙とが屡々である︒
有無の点からして︑船舶の不堪航には船舶所有者の過失を必要条件とするが(反対説加藤前掲書六O
五頁
︑勝 目前 掲書 ニ
九一頁)︑乙れに対して船舶の暇庇のなかには船舶所有者に過失がない場合でも取庇が存在することがありうる︒こ
のように船舶の﹁現庇﹂と﹁不堪航﹂との聞には︑可成り明瞭な差異があるにもかかわらず︑しかし乙の両者聞には
相互に不可分のつながりがあることを看過することをえない︒すなわち船舶に内在するある種の暇庇が︑事情の如何
( 注 4 )
によっては不堪航を構成することもありうるからである︒従って商法八二九条一号の解釈にさいしても︑単純な船舶
の暇庇のほかに︑不堪航を構成するに至るまでの取庇をも含めているものと解すべきであり(いわゆる狭義の堪航能力
他方向条の二号は︑それ以外の取庇つまり蟻装上の取庇による不堪航︿いわゆる広義
を欠 いて いる 場合 を指 して いる )︑
の堪航能力を欠いている場合を指す)を捉えているものとして解釈されなけれなければならない︒この点に堪航能力の理
解の仕方が非常に重要な意味をもたらすことになる︒
1 ( 注
)
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O頁
)︒ 同法 で取 庇ま たは 不堪 航に 関連 があ るも の
は五五条二項削と三九条とがある︒前者は取庇︑後者は不堪航を定める︒固有の蝦庇
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今村 前掲 書( 中巻 )一 八三 頁
︿ 注 4 )
加藤(正)博士は八二九条の一号と二号とを同一視する見解をとる(﹁海商法講義﹂四八六頁)︒乙れに対して松波博士
は一 号と 二号 とを 別個 に捉 える 見解 であ る︒ すな わち
﹁保 険ノ 目的 ノ取 庇ト イウ 時ハ 船舶 自体
‑一 寄ス ルモ ノニ 限リ
︑発 航 準備 ノ如 キハ 船舶 自体
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︒其 外‑ 一在 リテ 別事 ト解 セ一 フル ルヲ 以テ 別‑ 一置 グ﹂ (﹁ 日本 海商 法﹂ 一二 八
O頁
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︒
また学説中には一号を積荷保険に関する規定で︑船舶保険に関係がない旨を指摘するのもいる(瀬戸前掲書三九五頁)︒
しか し三 号と の関 連性 から その 当否 は検 討を 要し よう
︒
商法八二九条二号の法的性格
乙の八二九条二号の規定が強行規定であるか︑それとも任意規定であるかについては学説の分かれるところである︒
まず第一に強行規定説があるロこの見解は古く松波博士によって代表されるところである︒この説の主張する根拠は
( 注 1 )
海上運送契約法上︑船舶所有者の不堪航に起因する損害賠償義務が強行規定であるCと︑また船長の堪航能力検査義
務も特約でもってこれを免れえないものであること︑これと軌を一つにするように海上保険契約のうえでも︑不堪航
免責に関する規定を強行規定として理解しようとするのである(松波仁一郎﹁日本海商法﹂
一二
八
O頁︑片山義勝﹁海商法
道義
﹂三 九
O頁)︒畢克これらの学説は︑阿川口宮山の旬︒ロミという公益性を重要視しているものに外ならない
( 注 1 ) 森市
﹁海 商法 原論
﹂二
O二
頁︑ 田中 誠二
﹁海 商法
﹂ 一七 五頁
︑小 町谷 操三
﹁海 商法 要義
﹂ (中 巻) ニ二 三頁
︑石 井照 久
﹁海 商法
﹂ニ 二六 頁
つぎに任意規定説がある︒まずその有力なものとして今村博士の見解がみられる︒乙の説の主張する根拠は︑すく
なくとも船舶の不堪航に関する限り︑海上運送契約と海上保険契約とを同一意義に考えようとしない︒蓋し運送契約
における堪航規定が強行規定と目されるのは︑航海の安全という公益性にもっぱら基礎をおくものであり︑海上保険
船舶の不堪航と海上保契約
一五
五
経 営 と 経 済
一五
六
契約の規定をそのままこれにあてはめることは不適当であるからである︒そのうえ海上保険契約の場合には︑海上保
険者が強者的な地位にたつことが通常であるために︑不堪航に関する免責規定を任意に認めたとしても︑海上保険者
を不当に圧迫する乙とにはならないというのである(今村前掲書中巻一九六頁)︒
法八二九条二号といえども航海の安全を企図している乙とは多少ともあるが︑それは従たる意味をもつにすぎない﹂ なお加藤(由)博士も﹁もとより商
(前掲書五七五頁)として︑商法の規定つまり八二九条二号に反する特約の有効性を支持されている
( 注 1 )
八一頁)︒またそのことはイギリスを始め各国法で既に承認されているところであり︑
( 註 2 )
による修正がなされていることは︑これを裏づけるものといえよう
(同
説︑
瀬戸
前掲
者一
かつわが国の実際界でも約款
( 註 1 )
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・)
2 ︿ 注
) 特約 は書 面︑ 口頭 を問 わず 原則 とし て有 効で ある
︒た ヲ﹁ 保険 契約 者又 は被 保険 者が
︑故 意に この 義務 に違 反し た場 合に も︑ 保険 者に 填補 義務 を認 める 特約 は︑ 云ふ まで もな く無 効( 民九 O) であ る﹂
(小 町谷 操三
﹁船 舶保 険契 約に 於け る堪 航能 力担 保義
﹂海 商法 研究 五巻 二七 六頁 参照 )︒
いま両学説を比較検討するとき︑後説を適当とする︒蓋し海上保険契約法は原則として任意法で貰かれているから
である︒尤も近時は保険契約者︑被保険者の経済的な弱者保護の見地から︑保険法の規定を特約をもって変更しえな
いとするような︑いわゆる保険契約の強行性及至は厳格性
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が次第に高唱されつつあるも︑こ乙で取り扱う海上保険契約においては︑一般の保険契約と異り︑保険契約者もその
知識の点で︑またその経済力の面で保険者と対等の立場にたっていることを考える限り︑後説に傾く乙とが妥当であ
るといえよう︒
( 注 1 ) 野津 務﹁ 保険 法﹂ 一六 頁以 下 不堪航と損害との因果関係
船舶の不堪航により保険者が免責されるためには︑損害と不堪航との聞に因果関係があることを必要とするか否か
ということが問題となる︒わが国の現行商法によると︑明らかにつ:ニ因リテ生シタル損害﹂(商八二九条)と定めて
( 注 1 )
いるために︑その文言の意味からも因果関係の在在が必要とされている︒乙の点でわが国と全く対限的な態度をとっ
ているものにイギリス法がある︒すなわちこの国の海上保険法のうえでは︑堪航能力の荏在を契約成立の基胎とみて
いるために︑すくなくとも発航の当時︑船舶が堪航能力を具備しない限り︑つまり船舶が不堪航状態で発航した以上︑
たとえ不堪航と損害との聞に因果関係がなくても︑保険者は以後全く損害填補責任を免れるものとしているのである︒
( 注 2 )
このようにイギリスでは︑不堪航と損害との聞には何等の因果関係があることを要求されていない︒そのために保険
者の責任構成に著しい差異を示めしている︒たとえば船舶が発航当時に不堪航であっても︑事故発生前に堪航能力を
回復したならば︑その後に生じた損害については︑わが商法上の立前からすると保険者に填補責任が生ずる乙とにな
るが (小 町谷 前掲 害ニ 七
O頁)︑しかし︑かかる場合にイギリス法では︑前述のように危険開始の時に不堪航であると︑
( 注 2 )
当然に担保違反の効果が生じ保険者は免責されることになる(損害発症の有無を間わず担保違反の日より保険者は免責され
る)︒いま両者を比較検討するためにあたり︑種々の困難な問題が潜んでいることは否定することができない︒
( 注 1 )
( 注 2 )
小町 谷前 掲書 二六 五頁
︑加 藤( 由) 前掲 書五 九六 頁 冨‑F
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但し期間保険には黙示担保がないために三九条五項ではえ
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︑損 害と 被保 険者 の知 れる 不堪 航と 船舶 の不 堪航 と海 上保 契約
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の聞 に直 接的 因果 関係 があ るこ とを 要求 され てい る︒ 葛城 前掲 書三 五バ 頁
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とりわけ現行商法では不堪航と損害との聞には︑既述のように因果関係を必要とするものであるから︑その因果関
係を如何に捉えるかについて多様な見解の対立をみるのである︒しかし今日︑海上保険法における因果理論の適用は︑
近時条件主義より最優力条件主義に︑さらには相当因果関係主義(適当条件主義)に移行しつつあることを指摘しなけ
ればならない︒わが国の判例(大判昭二・五・一三・民集六巻五五一頁)および有力学説︿小町谷前掲書二六八頁)も九最後
の主義を突に正鵠をえたものとして支持していることは極めて当を得たものといえよう︒ところが具体的に相当因果
関係の寄否は︑判断の点でなかなかに容易なことではない︒すなわち船舶の不堪航と海上危険とは互に競合すること
が甚だ多いからである︒
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によると発航当時の不堪航の事実と損害との間に相当因果関係がある限り︑たとえ
他の海上事故が競合した場合でも︑保険者は損害填補の責任がないものと解している︒このことと関連して︑イギリ
1 ( 注
)
スでも一八四O年に特筆に値いするケlスがあることを指摘しなければならない︒すなわちある損害が発症した場合
に︑その損害の原因の一つが船舶の不堪航にあるときは︑他に損害発生の協力原因があって︑この原因について船主
の責任が免ぜられる場合と雄もlたとえば船長の過失につき船主が免責される場合l船主は船舶の不堪航につき自ら
その責任に任じ︑保険者に填補を請求することはできないと判示している(葛城前掲書上巻三五四頁
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( 注 1 )
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それはともあれ︑以上のように因果関係に関する保険者の立証の困難性という観点から︑わが国の普通保険約款
においては︑隠れたる液庇つまり船舶所有者または賃借人が相当の注意をもってす
るも発見できなかった取庇による損害(推進機軸がそれに潜在していた気泡のために航海中普通の風波の圧力に堪えかねて折損
しエンジンがそれに内蔵していた取庇のために航海中故障を生じた場合の損害︒加藤前掲書五九八頁)
(船 舶四 条一 号・ 貨物 六条 一項 一号 )
の場合をのぞき︑因果関
係の在在を不要となしたのである︒尤も加藤︿由)博士によると︑約款が因果関係を不要とする根拠を︑ζのような立
証上の理由に求めないで︑﹁これはむしろ英法における被保険者の船舶堪航担保責任におけると同様︑保険者の海上
危険負担についてその当然の前提条件を掲げたものと解するのが正当であると信ずる﹂(﹁海上泡険新論﹂五九七頁)
ものと主張されている︒要するに乙の問題は︑形式と実質の両面より捉える万が適切ではなかろうか︒つまり形式的
な面からすると︑わが国の普通約款(船舶四条一号︑=一条七号︑貨物六条一項一号)がイギリス法の規定を踏襲している
ことを考慮すべきであり︑実質的には保険者の立証の困難ということも考えるべ︑きであろう︒
( 注 1 ) 旧積 荷保 険約 款の 解釈 につ いて
︑商 法一 般の 原則 に従 い因 果関 係の 存在 を必 要と する 大審 院の 判例 があ る( 大判 大一 四・ 一一
・二 八民 集四 巻六 七七 頁)
︒石 井教 授も 不堪 航に 因り ての 文言 自体 が決 定的 な標 準と なり えな いこ と︑ 該当 約款 につ い
て英法的解釈による乙とが合理的に予定されているとは必ずしも認め難い乙とを理由に判例の見解に賛同されている︿前
掲書
四二
頁)
︒ 四
不堪航と保険者の立証責任
海上保険者は海上危険によって生じた損害を填補すべき責任を負うべきものであるから︑被保険者としては保険者
に対して損害填補の請求をなすにあたり︑原則として損害が単に保険期間中に発生した事実および損害を証明すれば
足り
︑
個々の海上危険に原因した事実を証明する必要はない(大判・大一四・二・二八民集四巻六八四頁
) 0
従って保
船舶 の不 堪航 と海 上保 契約
一五
九