子どもの体力の発達と生活
一一
体育学研究室 尾 形 敬 史
はじめに
現代の生活が健康や体力への関心を深めていることは詳しく述べるまでもないが、子どもの健康,
体力に関する問題も社会的な問題となりっっある。
es H.,機械文明が高度に発達し,原子力を始めとしてエネルギー源の開発や化学薬品の製造など人 間にとってさまざまな恩恵を与えてきたものが,一方では人間の生活にとって思いもかけなかった弊 害を及ぼすものであることが認識され,具体的な問題となって生じてきた時代といえよう。その第一 は大気汚染や河川,湖沼や海の汚染など生面環境をめぐって入間に重大な影響を及ぼしている「公害」
の問題であり,第二は生活の文明化,都市化に伴って招来してきた「運動不足」の問題である。
このような現況にあって,子どもの健康,体力に及ぼす諸問題が取沙汰されている訳だが.良く知 られている肥満児やモヤシッ子の問題ばかりでなく,若年者における高脂血症などの成人病予備軍の 増大傾向や運動時だけとは限られない骨折の増化,さらには背骨がねじ曲る突発性側わん症の問題な ど多様な問題が起きており,先に述べた「公害」および「運動不足」の社会的問題はさまざまな形で 子どもたちに現われてきている。
体育教育に携わる者としてそれらの問題はもちろん興味を惹かれるところであるが,子どもの健康,
体力については今までに多数の研究者によって取り上げられ,体育学,体力科学における研究成果も 少なからぬものがあるものの,断片的にしかわからないことが多く,今回の「現代の子ども像」特集 を機に子どもの健康,体力に関する問題点とは何なのかをここで澗い直してみたい。
9 健康と体力について
健康と体力という言葉は,しばしば並列して使用されるが,必ずしも正確な概念規定をした上で使 われている訳ではなく,人間の生活を語る時に何となく使用されているのが現状である。
健康と体力の区別を朝比奈1)は,われわれが「活勤的に長生きする」ための条件として(1)健康…最 も基本的な条件,(2)体力の充実…人間活動向上の条件、(3)体格の向上…人間活動を有効に具現するた めの条件というように三条件を設け,そのなかで次のように説明している。
体力とは人間活動を行なうための身体的能力であって,健康とは別の概念である。体力は直接計 測できる実体であり,力を価値要素として含んでいるが,健康は実体ではなく状態であるから,直 接計測はできないし,またその概念の中には力を価値とするものはない。健康とは体力を十分活用 して人間活動を円滑に行なえるような精神的,身体的および社会環境的な状態を指すのである。
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この言葉でわかるように健康e状態,体力O実体というふうに概念上の相違があることを認めている。
またカルポヴィッチ2)は「健康とは,からだの生理過程が正常な範囲にある状態であり,体力はあ る身体の要求に応え得る能力」と説明し,さらに猪飼3捻「健康は生存性と生産性をもった状態であ るのに対し,体力は生存性,生産性という能力」と説明しており,ここでは健康⑬状態,体力⇔能力 と対応させているが,能力は直接計測できる実体であり,先の朝比奈の説と軸を一にするものとい
える。
このように,健康と体力とは概念上の相違があると見るのが一般的な考え方であり,一部に見られ るような「体力(特に行動体力)が強ければ強いほど健康である」というような考え方は誤pたもの であるといえ,体力(行動体力)の強弱と健康であるか否かは本来的には無関係であるべきことを認 識すべきであろう。
しかしながら,健康と体力どは全く別の問題であると考えるのも好ましくなく,また健康と体力と を明確に区別できるものでもなく,不可分のものと考えるのが妥当であろう。
2体力の評価の問題
先に見たように体力が直接計測の可能なものであり,具体的に把握されるものとするがゆえに,体 力テストが考案され,測定が実施されてきたのであるが,今日いわゆる国民の体力不足の問題が論義 される一方で,体カテス5は諸々の矛盾を含んでいるという論義はどこから起ってきたのであろうか。
それらの多くは「体力テストは体力を正当に評価し得るものではない」というものであるが,これ は体力テストの作成意図や限界性を問うことなしの非難といえるのではなかろうか。すなわち,体力 は現在の運動生理学では表1に示すような説明のされ方をするのが一般的である。これは福田のの原 案を猪飼s)がその詳細な構成要素を改変したものであり,体力を防衛体力と行動体力の二面から捉え るものであり,作業能力(werk capacity)や運動能力(motor ability)によって表わ されるような能力である。このように多様な要素から成立する体力を体力テストとして全ゆる項目を 網羅することは実際上不可能であり,出発点において既に体力テスト自体限界を持つことを知り,体 力テストが体力の全体像を表わすものではないことを踏まえた上で,実施したりその結果を云々すべ きものといえよう。
現在いわゆる体カテストといわれるものは種々開発されているが,一般的には文部省が標準化して いるスポーツテストが用いられている。それはX)スポーツテスト,2)小学校スポーツテスト,3)壮年 体力テストと対象によってテストを変えられるようになっているが,そもそもは東京オリンピックの 行われた1964(昭和39)年1とスポーツテストが標準化された時から始まったものである。このスポ駆引 ツテストは,①体力診断テストと②運動能力テストの二つのテスト群がら構成されており,体力診断 テストは人間の身体運動の基礎的な要因である筋力,瞬発力,敏捷性,持久性,柔軟性について測定 するもので,運動能力テストは走,跳,投,懸垂,泳ぐ,滑るなどの基本的な運動によってスポーツ や運動の基礎的能力を測定するものとされている。これらを表Xと対比してみるとわかるが,体力の 構成要因のうち身体的要素の「行動体力」を測定しようとするものであることがわかる。このように 体力の全体像からしたら限定された要素を測定しているわけだが,一一般的に「行動体力」は他の体力 構成因子との相関度が高く,行動体力を高める努力によって抵抗力(防衛体力)も高めることが可能
であると考えられている。また,そのような体力テストの形式になってきた経緯には,体力テストが 作成された当時の体力に関する背景が大きく影響していたと考えられる。すなわち,体力の問題はス ポーツの場においてまず間題化したことが指摘されるが,この点については後で述べることにする。
なお.往々にして行動体力の高いスポーツマンが必ずしも防衛体力も高いとは限らないという論義 があるが,これは極限を求めて鍛練するスポーツマンにおいては,時としてオーバートレーニングの 状況が引き起こされる場合があることを看過した指摘といえよう。このことは,スポーツマンが鍛練 を積む一方で節制を要求されることと通ずるのであるが,「健康」が栄養,運動,休養の三要素が充 足していて,しかもバランスよく保たれて始めて高い状態に維持されるのと同じく,体力を高める場 合においてもその三要素を程よくバランスを保つことが肝要といえる。
体力
(fiiness)
身体的要素
(physical factor)
表1 体力の構成要素
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行動体力
(f or
performance)
機能 (function)
防衛体力
(for
protection)
行動体力
(for performance)
精神的要素
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体格(phys ique)
姿勢(posture)
筋力(muscle S£rength)
敏捷性(スピード)
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平衡性・協働性
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持久性(endurance)
柔軟性(f置ex藍bility)
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意志(will)
判断(ludgement)
意欲(motiVation)
・・精神的ストレスにたいする抵抗力
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3 体力闘題について
体力観の変遷は州村6%s指摘するように明治期から戦前へのそれは富麟強兵の言葉に端的に表わさ れるようにt「戦争に勝つための体力」であり,戦後は各種国際大会の興隆に伴って起きてきた「競 技に勝っための体力」であり,昭和4e年代の高度経済成長期を経て50年代に入って出てきたのは「人 間生活の基盤としての体力」というように時代の推移とともに変化を繰り返してきた。
今日の体力問題の発端は東京オリンピックを契機に外国選手との比較が大きくとりあげられたこと からであり,技術×体力・…競技力という関係から,スポーツにおける競技力を向上するためには体力 を高めなければという発想が根底にあった。オリンピヅクを始めとして各種国際大会へのN本選手の 参加はtたてまえでは国際性を求めながらそのほんねはナシ・・ナリズムを内蔵しており,「国民体力」
に対する関心を高める引き鍵となったといえよう。
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そのような状況のところに,文部省が1966(昭和41)年「青少年の健康と体力」を公刊し,その 序文で「健康と体力は,人間生活の基礎であり,明るくすみよい社会を建設する原動力である」と述 べているように,体力は競技力の基礎という狭い観点から,人間生活という広い観点に変ってとらえ
られることになった。
なお,競技における体力問題は東京オリンピヅク時の強化問題を機に大きく取り上げられ,スポー ツ科学研究の進展が見られたのであるが,最近のオifンピックや国際大会における我が国の成績が低 下傾向を示していることから,再び体力問題がクn一ズアップされ,問い直しが始まっている。その 異体的な動きとしては日本体育協会においてスポーツ科学研究が再び始められ,52年度は10競技団体 において競技力向上のための体力トレーニングに関する研究が行われ,競技力に密接に結びつく体力 とは何か,その体力を向上するにはどのようにしたらよいかなどが検討され,年次的に研究が続けら
れている。
4 子どもの体力の問題
子どもの体力について各種問題が取沙汰されているが,その根本となるものはいわゆる発育の加速 化現象(acceleration of growth)すなわち時代推移とともに成熟が若年化してきた傾向の
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年令 図1 発育速度が器宮によって 異なるようすを示す
(SCammons R.E., 1930 )
問題であり,それとともに種々の環境的要因の変 化によって引き起こされてきた問題であろう。
からだの発育はスカモンの尭育曲線(図1)7)
に示されるように部位によっていろいろなタイプ があり,いろいろな器官によってその発育速度を 異にするといわれる。これをスカモンは一般型,
神経型,リンパ型,生殖系型の4種に分けて説明 し,広く参考として用いられている。一般型は身 体全体の発育であり,呼吸器,消化器,腎臓,脾 臓,筋,血管(大動脈),血液量などがふくまれ
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年 齢
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図2 身長の発育曲線(模式図)
るが,外部から見たからだの大きさ(extemal di m en si ons)をあらわしたものである。こ の一般型の代表的なものが身長の発育であるが,図28)のように乳児のうちに目立った発育を示し,
幼児期は発育め速度を落し,思春期,青年期に近づくにつれて再び発育の速度が増し,成熟完成期に
至る。
今日,成熟の若年化,加速化現象は青少年の身体発達の把握という一般的な問題以上のものがある。
いわゆるマスコミでもよくいわれる体格は向上したが機能がそれに伴わないのではないかという疑問,
また専門的スポーツの開始時期やトレーニングの早期化の可否論,さらに保健的な立場から性教育の 時期や身体と精神的発達のアンバランスによって生じる問題などさまざまなものがあり,体育学にお いては発育の早期化,早熟化,大型化という三つの側面9)から,それと体力とのかかわりあいまで含 めて検討が行われている。
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図3 日本人の身長発育の時代差(吉田,猪飼)
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図4 年次別体重の変化(男)
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図5 H本人 m一レル指数の 性・年齢および時代による 変化 (猪飼)
図31◎)は身長の発育の加速化を表わすものであるが,図4 11)は同じように体重の年次推移を示す ものであり,どちらも発育の早期化,大型化が指摘される。これらの身長と体重との関係はからだ がズングリかヤセギスかという関係に置きかえていわれるが,今までのところ一般的には身長の伸 びの方が上回っており,ヤセギスが増えている傾向にある。すなわち,ヤセギスかズングリかはふ
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つうu一レル指数によって表わされるが,図512)に示されるようにローレル指数は生後しだいに小 さくなり,思春期発育に入る頃から再び上昇カーブを示すのが一般的なパターンである。図からわか るように各年齢ともローレル指数の低下が明確であり,ヤセギス型になってきていることがはっきり
している。
なお肥満児の問題があるが,肥満度についてはm一レル指数の大小や身長との関係から算出される 標準体重などは直接的には関係なく,体脂肪の沈着量の大小によって判定するのが現在のところ最も 信頼のおける見方である。
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図6 健康慶良児の平均身長
注》 註脚。年は誰甜 の年次推移(1978.12.
17, 朝日新聞) 図7 児童・生徒身長の年齢別年次推移(男子)
また毎年行われている健康優良児日本一一の表彰では年々大型化が見ら れてきた。図6は健康優良児の平均身長および全国平均の年次推移を示 すが,図からわかるとおり優良児童の平均身長の大型化は著しいものが 100
ある。しかし,ある地方の記録では,小学校6年生と中学校3年生の健 康優良児を表彰してきたが,小学校の時の優良児が中学校で再び選抜さ れることはほとんどなかったといわれる。これは,発育の早期化すなわ 50
ち単なる早熟であることを反映した結果と見ることができる。このよう なことから,健康優良児の欝本一表彰は昭和53年度をもって幕をとじ,
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×70 ×60
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100今後は日本一一健康優良学校表彰が継続されてゆくことになったといえよ
う。
このように身長や体重などの発育が早期化,大型化してきた要因とし てはさまざまなものが考えられるが,遺伝的要因を裏づけるような資料 はみられず,むしろ環境要因によって大きく影響されることが報告され
てきた。
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男女v;女男女}諺女男iK
10代20代30代鎗代5◎代
図8 性別年代別腰痛患 者数(中村)(日体 協スポーツトレーナ 一教本2級用より)図7④は身長の年齢別年次推移を示したものだが,これでもわかるように栄養環境の劣悪で あった戦中,戦後は発育の落ち込みが明らかであり,大型化の傾向に逆行が見られる。
次に図8 14)は身体活動の不足する現代社会の産物とされる腰痛患者分布を示したものであるが,こ
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図9 1◎年前(昭和41年)の体力を100とした時の 現在(昭和51年)の体力指数
こで最も問題とされるのは,一般的に体力の充実期 である20代において多発している点である。これは 図9励の1◎年間における体力指数の変化に示される ような背筋力の低下と無関係ではないと思われる。
すなわち,背筋力は入聞が直立姿勢を保っために必 要な脊柱起立筋として最も重要なものだからである。
また.図90は,小学生から大学生までにおける血 液中のコレステロール値が将来動脈硬化を招きやす
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儀 露$轟蕊ge :$ 23;肇 爲3誇 島露轟 麟 《小馨牲》 回忌i〔醐1 《穴勲盤夢 図90 N本の若年層に見られる血清中の コレステm一ルが危険値を超える者 の割合(1978. 9.24,読売新聞)
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い危険値(!00m1当b200mg)を超えた者の割合を示したものである。これを見るとおおむね女 子の危険度が高いわけだが,大学以降の男子の危険度が急上昇している点も注目を集めており,我が 国の虚血性心疾患による死亡率が急テンポで上昇していることと考え合せ,健康,体力の問題として 解決すべき大きな問題といえよう。
おわりに
以上みてきたように,子どもをとりまく体力に関する問題は,体力とは何かという根本的な問題を 含めて直接的間接的にさまざまな現象として生じてきており,社会的な問題となっているわけだが,
体格あるいは形態にみあった体力とは何かということに関しては現在のところまだ十分な根拠は示さ れておらず,また諸疾病等と体力の低下,不足との因果関係あるいは相関関孫もまだ明らかにはされ ておらず一層の研究が望まれる現状である。
なお現代の子どもの体力の低下,不足の問題およびそれと平行して問題となっている諸疾患の増加 傾向の解決については,一般的に肥満の解決方法として,食事療法だけでもあるいは運動療法だけで
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も効果は薄く,両方法を適度に組み合わすことにより,健康的にも体力的にも最も良好な結果を得ら れるとされるように,体育だけの問題として捉えられるべきものではなく,学校,家庭,社会が一体 となって取り組まねばならない時点に来ているといえる。
参考文献
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