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教 授 学 研 究 の 方 法 論 に つ い て (ユ 〉
教 授 学 研 究 の 方 法 論 に つ い て
鈴 木 秀 一・
1問 題 の 所 在
∬ 諸概念の検討
皿 教授=学 習過程の本質 1教 育実践の社会的本質 2教 授過程の本質 と構造
3教 授=学 習騨の方法論的吟味
IV一 っ の 仮 説 一 結 論 と して 一
1問 題 の 所 一 在
古 来,教 育 学 は 》 あるい は技 術 に関 す る学 で ある とい われ,あ るい は,他 の 科 学 で 明 らか に され た諸真 理,知 識 を実 践 に応 用 す る学 と され る ことが 多 か つ た。 こ うい つ た主 張 の事 の当 否 には,い ま触 れ ない こ とと して,と もか く,ピ の よ うな主 張 が な され る土 台 に ほ,教 育現 象 は,人 聞 の生理 的 な現 象 や心 理的 現 象 を人 為 的 に コ ン トロール す る際 に生 ず る現 象 で あ る,、とい う認 識 へ の 萌 芽
が ある よ うに思 われ る。
最 近,わ が国 には,こ の教 育現 象 は社 会的 側面 と技 術 的側 面 を有 す る こ と, 従 つて教 育 学 は社 会 的 側面 を 取扱 う教 育科 学 とり 技術 的側 面 を取 扱 う教 育技 術 学 とに わか たれ る,と す る説 が現 れ てい る。
勿 論,こ の よ うな考 え方 の背 後 に は,教 育現 象 を社 会的 現 象 と して把握 す る こ とか ら出 発 した現 代 の教 育学 の歴 史 が あるの で あつ て,こ れ は,こ の 流 れ の
うえに,教 育学 を社 会 科 学 の一 分野 として確 立 しよ う とす る努 力 の現 れ とい え るで あろ う。
従 って,こ の よ うな主 張 は,全 教育 学 の方 法 論 に対 す る重要 な問題 提 起 と考
ee海 後 勝 雄 著 「教 育 科 学 入 門 」 昭30 .東 洋 館.参 照.
<2)̀人 文 研 究 第 十 四 輯"
え ら れ る 。
この 意味 におい て,こ の問題 の解 明 は1い わ ゆ る教 育 科 学 にお い て な され る と同 じよ うに・ 教 育 の技 術 的 側面 を問 題 とす る∫ とい われ る教 育 方 法論 や その 他 の あ らゆ る教 育 学 分野 におい て も究 明 され,こ の よ うに教 育現 象 を理 解 す る こ とは,そ れ ぞれ の教 育学 分 野 に どの ような意 味 を持 つ かを明 らか にすべ きだ ろ うと思 われ る。
そ の ア こめ に,こ こで は,教 育現 象 の技 術 的側 面 と目 され る教 授=学 習 過 程 に つ い て の,い くつ か の理 論 的見 解 を,整 理,検 討 し,そ れ らが この過程 の本 質 を どの よ うに把 握 してい るか を見 た後 で,そ れ を土 台 と して さきの見解 を再検 討 す る こ と とす る。
∬ 諸 概 念 の 検 討
現 在,わ が 国で は,教 授=学 習 過程 を研 究 対 象 と してい る科 学 の名称 が一 定 してい ない 。
代表 的 な ものを あげ てみ る と, 教 育方 法 論,あ るい は教育 方 法 学 教 育技 術理 論, 、あるい は教 育技 術 学 学 習 法,あ るい は学習 指 導法
教授 学,教 授 法
これ らの諸 名 称 の もとに行 なわれ てい る研 究 が,ほ ぼ 同 じ領 域 を研 究対 象 と して取 り上 げな が ら,名 称 の違 い を生 み出 してい る こ との原 因 は既 に細 谷 俊 夫 教 授 がい くつ かの論 文 で指 摘 してお られ るよ うに,教 育 の本 質 に つい て の見 解 が異 つ てい て,従 つ て教授=学 習 過程 にお け るi技術 に対 す る見 解 も異 つて きた
こ とを反 映 してい る。
い わ ば,こ れ らの名称 は,厳 密 にで はない が一 つの立 場 を も自ち表 明 してい るの で ある。.
た とえば,教 授 学,教 授 法 とい う場 合 には教授=学 習 過程 にお け る教 師 の役
・ 割 に,よ り重点 を 置 い て考 え,学 習法,学 習指 導 法 とい うぼ あい は,教 授=学
教 授 学 研 究 の 方 法 論 に つ い て(3)
習 過程 にお け る児 童 の活 動 の役 割 を重 く見 てい る,と い うよ うにで ある。
教 育方 法 論,と い うば あい に は,立 場 として は,教 育 の社 会 的 側面 を強調 す .'
る意 味 が含 め られ,ま た学 校 教育 の技 術 的 な問題 を広 く取 り扱 う主 張 も含 まれ 、 てい る,と い う。
教 育技 術 学 とい うば あい は,教 育 を社 会 的 側面 と技 術 的 側面 にわ けて,技 術 的 側面 に関 す る問 題 を取 り扱 う学 とす る考 え方 が ある こ とは言 うまで もない 。 この 名称 の問題 は,教 授=学 習 過程 の本質 につい ての見 解 に関 係 す るの みで な く・ 全 教 育現 象 の構造 に つい て の 見解 に も関係 を有 してい る とい うこ とが で き る 。 従 つ て,こ れ らの 問 題 に対 す る統 一 的 見 解 が 樹 立 され な け れ ば,名 称 を 統 一 す る こ と も困 難 で は あるが ・ 教 授=学 習 過程 を対 象 とす る科 学 が存 在 すべ きで あ る限 り,こ の過程 の本 質 に最 も即 した名称 に統 一 され る こ とが必要 で あ ろ う。
さて,こ れ らの名称 の不統 一一に示 され る よ うに,立 場,見 解 が相 違 す るば あ い,そ の研 究 対 象領 域 も若 干 の違 い が見 られ るの は当然 と言 えよ う。
学 習指 導 法 とい うば あい,ふ つ うに取 り上 げ られ るの は,
教 材 構成 の問題(カ リキ ュラム論),学 習指 導方 法 の問 題(学 習形 態,学 習 指 導様 式,学 習 指 導 諸技 術,評 価)で あ り,こ れ を申心 と して,児 童 の学習 の 特 質 が学 習指 導 の原 理 とい う形 で取 り上 げ られ る こ とが 多い 。
教 育 方 法,教 育技 術 学 とな る と,教 育 の 技 術 的 側 面 に関係 す る問題 の すべ て,と い わ れ るだ けに,相 当,広 汎 な 問題領 域 が考 察 され る。 す なわ ち,'
「学 習指 導 を中 心 と して,こ れ に生 活 指 導,学 級経 営,学 校 経 営 を 含 め て い る。」
とい うよ うに,学 級,学 校経 営 の 問題 も登 場 し,教 育技 術 学 で は,
教 育 技 術 の対 象 と して の被 教育 者,教 材 構成 の問題,学 習 指 導 の方 法,物 的
キ うき
諸 手 段(教 具,設 備),教 育 的 環 境 構 成(学 校 組 織,学 級 運 営) とな つ て,教 具,設 備 の 問 題 も考 慮 され て い る。
ee細 谷俊 夫編 「 教 育方法論 」昭30 .誠 文堂新光 社.14頁.
eeee海後 勝雄i著 「教 育技術 の理論 」昭24 ,誠 文 堂新光社.(目 次)参 照.
(4)人 文 研 究 第十四輯
これ らに対 し,い わ ゆ る伝統 的 な立 場 に立 つ教 授 法,教 授学 の取 りあ げる 再 題 は,
教 授 の本 質,教 授 内容 の問題(教 科案,教 材 選 択),教 授方 法 の問題(教 授 の形 式,教 授 の 様 式),学 習g問 題,教 師 の 問 題,な どで 南 る 。
この よ うに, 、そ れ ぞ れ の 著 書 に お い て 考 察 され る 問 題 領 域 は,相 覆 い,か つ' 異 つ て い る が,こ れ ら対 象 領 域 の 規 定 とそ の 考 察 の 体 系 は必 要 と観 点 に よ つ て 定 め られ て い る,と い うこ とが で きる。
しか し,教 育 の 技 術 側 面 の考 察 と して は.,個 々 の 教 師 お よ び生 徒 の 日々 の楓 互 作 用 と して現 象 す る教 育 実 践 そ の もの に 即 して は じ め られ る こ とが,基 本 臨
か つ論 理 的 で あ ろ う と思 わ れ る 。
い ままで あげ て きた教 育方 法 論 の対 象領 城,そ の体 系 的 組織 づ け は・結 局 ・ この教 育 実践 その もの を成 り立 たせ てい る技 術 的 諸 契 機 を どQよ うな 観 点 か
ら,ど の よ うな態 度 で み るか,と い うこ とに関係 す る。
従 つ て,教 育方 法 論 の対 象領 域 規 定 の問 題 は,教 育実 践 に対 す る観点 の 吟味 に よつて 明 らか に され る もの とい うこ とが で きよ う。'
皿 教 授=学 習 過 程 の 本 質
教 育 実践 の技 術 的 性 格 とい う場 合,こ れ と表 裏 を な して,教 育 実 践 の社 会 的1 性 格 が考 え られ てい る,と い うこ とが で きる。 事 実,近 代 の教 育方 法的 考 察 の 曝 ほ とん どす
べ てが,教 育 の社 会的 性 格 につ い ての考 察 を一 つ の足 場 と してい る こ とは もはや指 摘 す る必 要 もない と言 える 古 あろ う。
ここで ・ 教 育実 践 の技 術 的性 格 を究 明 してい くば あい に・ この 近代 の教 育方 法 探究 におい て言及 され てい る教 育実 践 の社 会的 性 格 を吟味 す る こ と は・ 従 つ
て,教 育実 践 の技 術 的性 格 に光 を裏 側 か らあて る こ とた もな り,そ の本 質 を探 り出 すの に有効 と思 われ る。
1.教 育 実 践 の杜 会 的 性格'b
い ま,教 育実 践 の社 会的 性 格 に関係 を有 す るい くつ かの発 言 を と り出 して み
甚篠 原助市 著 「教授 原論 」昭28 ・玉川学 園木学 出版 部 ・参照 ・
教 授 学 研 究 の 方 法 論 に っ い て(5) よ う。,,.'
教 育 実 践 は,過 程 と して は教 授=学 習 過 程 あ るい は,学 習 指 導 過 程 と呼 ぶ こ と が 許 され よ う。 一
こ の 教 授=学 習 過 程 に つ い て,あ る い は 広 く教 育 とい い,ま た は 教 授,あ る い は 学 習 とい わ れ て い る が,い ま は そ の 名 称 に こだ わ らず,こ の 過 程 が 社 会 的 性 格 を もつ とい う指 摘 を あ げ る と,
「具 体 的 な 学 習 」 は 「社 会 的 で あ る と同 時 に 心 理 的 で あ り」 「学 習 が 個 人 の もの で あ る と い うこ と を 否 定 す る の で な な い が ・ 学 習 を つ ね に ・現 実 に果 す社
事
会 的役 割 とい う角度 か ら,す なわ ち ∫社 会 の発 展 に対 し,現 実 に ど うい う意 義 と役 割 を果 たす か とい う角 度 か らみ てい こ う」 とす る 「学習 の社 会 史的考 察 」
廉 曇 ・'
が 「歴 史的 事実 と して の学 習 を全 体 的 に説 明 す る…… 」
「 現 場 の教 師 が社 会 生 活 に対 す る洞 察 も識 見 ももたず に,日 々の 学習 指 導 を 行 うこ とは今 日で は む しろ ナ ン セ ンスで あ る。」 「学 習指 導 の理 論 は必 然 的 に社 会 的視 点 に立 た ねぼ な らな い。 単 に心 理 学 に基 礎 を求 め て,そ の能率 的 な方 法 計 画 を意 図 す るに止 ま らず ・ 社 会 の進 歩 ・文 化 の進展 に欠 くべ か らざ る知 性 や 能 力 や態 度 を養 う方 法が い か に あ るべ きか につ い て深 く考 慮 を ほ どこさな けれ
ズ を を うる
ば な らな い ・」
シ エ イ ビ ン グ
といわ れ る と き,こ れ らの主 張 の背 後 に は学習 指 導 過 程 が 「 形 づ くる活動 ・
フ 埆一 ミ ン グ モ ル デ イ ン グ ソ5ア ル ア ク テ ヴ ィテ イ フオ ー ム 憩 憩 苦 曇
形 成 す る活 動,造 型 の活 動,つ ま り,社 会 生 活 の標 準 的 な形 へ と形 ず くる こ と」
メ ソ ー ド カ 、}キユ ラ ム モ デ イ フ イケ ー シ 壼 ン
で あ り,,「 教 育 の方 法 お よび課程 の上 に」 行 なわ れ る 「改変 は,商 工 業 の様 式 の変 革 と同様 に,変 化 した社 会情 勢 の所 産 で あ り,ま た形 成 され つ つ あ る新 し
を を うきみを
い社 会 の必 要 に応 じよ うとす る努 力 で あ る」 とい う認 識 が あつ た と見 て よい で あろ う。
従 って,近 代 教 育 にお い て一般 的 に採 用 され て い る学 習 指 導原理 一 例 えば
ee海 根 悟 ・川 合 章 著 「学 習 指 導 法 」 昭30金 子 書 房27頁 一ee"e同 ・133頁
一txeeee大槻 健 著 「学 習 指 導 法 」 昭28岩 崎 書 店4〜5頁 1 射 苦肇苦 ∫.Dewey:DemocracyandEdu6ation.p.12
eesece・)eeeJ。Dewey:SclloolandSociety.P.4
(6)人 文 研 究 第十 四輯 一
塾
経 験 を重 視 す る原 理 その他 一一 とか,近 代 以前 の封 建社 会 にお い て 一般 的 で あ っ た教 授原 理 一 詰 め こみ の原 理 な ど一一 の成 立根 拠 を説 明 す る さい に,そ れ' そ れ の 時代 にお け る社 会 の状 態,そ こか ら教 育 に課 せ られ た 社 会 的 ・歴 史 的 要 請 が土 台 と され て い るの で あ る と見 て よい で あろ う。
この 見解 に示 されて い る こ とを要 約 す る と,こ うい うこ とにな る。 つ ま り教 育 実 践 は社 会 的 で あ る。 それ は,生 徒(被 教育 者)に 変 化 を ひ きお こす教 師 の 運 動 か らな りたつ が,そ れ は本 質 的 に人 間 の意識 的活 動 で あ る。 す な わ ち それ は・ 達成 さ るべ き目的 につ いて の 観 念 を有 す る活 動 で あ り,そ の目 的 とはそ の
■
侍 の社 会 的 必 要 か ら導 き出 され る。 この社 会 的 課題 の変化 に 伴 つ て教 育実 践 は 変 化 して い く。
この ・社 会 的必 要(課 題)に よ る教 育 実 践 の 被規 定性 とい う認 識 は 重 要 で あ る 。
こ の 認 識 は,ふ つ う教 育 目 的 の 社 会 的 性 格 と い う形 で 論 じ られ る もの で あ る が,こ れ か ら,さ らに 進 ん で 教 育 の 社 会 と の 内 的 構 造 的 連 関 を 考 察 して い る の が 篠 原 教 授 で あ る 。 す な わ ち,教 授 の 本 質 に つ い て,氏 は次 の よ うに の べ て い る 。
「 教 授 は価 値 の表 現 と して の 文 化 を通 して(媒 介)真 な る,善 な る,美 な る.
さまぎ ま の価 趣D獲 得 に まで,及 び,そ の純 粋 な表 現 にま で(目 的)導 く作 用 で あ る 。 」
そ して,こ の 文 化(財)は 「国 民 の 歴 史 的 生 活 に お い て つ ぎ つ ぎ に 形 成 せ ら
う きう き
れ,歴 史 的 に存 続 す る各 般 の 文 化 財 を意 味 す る 。 」 とい わ れ る と き,噌
教 育 実 践 は歴 史 的 文 化 財 を 目的 と して と同 時 に 内 容 と して,成 立 す る活 動 と 解 す る こ とが で きよ う。
こ こ で,わ れ わ れ は,い か な る 文 化 財 も歴 史 的 に 形 成 され て き た も の と み る こ と に よ つ て,教 育 実 践 の 構 成 要 素 が歴 史 的 に規 定 され て い る,と み る だ け で
ac篠 原助市 前掲書15頁
柵 同書 同頁 毒
教 授 学 研 究 の 方 法 論 に つ い て(7)
な く,教 育 実 践 に 文 化 財 が 取 り入 れ られ る と きに,社 会 的 課 題 に 即 応 して 目的 的 選 択 が 行 な わ れ る,と い うG・Sカ ゥ ン ツの 指 摘 を 想 起 す る こ と に よ つ て, 一 そ う,社 会 と教 育 実 践 の 関 係 を深 く理 解 し うる で あ ろ う。 ,・
これ らの歴 史 的 ・社 会 的 な教育 目的 実現 の ため に,歴 史的 に 成 立 して い る文 化 財 を社 会 的課 題 に即応 して構成 した教 育 内容 を,教 師 と児 童 の いろ い ろ な結 合 形態 の なかで,児 童 が獲 得 して い く過程 と教 育 実 践 を理 解 す るな らば,教 育 実 践 の なかで現 象 す る,実 践 の手 続 き,手 段,方 法 は,こ の 目的 と内容 を契 機 と して成立 す る こ と,換 言 すれ ば,教 育方 法,教 育 技 術 は歴 史 的 ・社 会 的 条 件 の もとに成 立 す る,と い わ な けれ ばな らない 。
、
以上 の視 点 の ほか に,さ らに教育 実 践 の社 会 的性 格 を次 の よ うな 視 点 で も考 え る こ とは必 要 で あ り論 理 的 で あ る
す な わ ち,教 育 実 践 の具体 的 展 開 は,真 空 の な かで行 な われ る の で はな く, 一 定 の社 会的 な場 で行 なわ れ る,と い うこ とで ある。
現 在,最 も重 要 な教育分 野 で ある学校 教 育 をみ るば あい,教 育実 践 の担 い手 で あ る教 師,被 教 育者 と しての児 童,は 一定 の 社 会 的 結 合 関 係 の な かに お い て,教 育 実 践 の主 体 とな り,客 体 となつ てい るの で ある。
教 育機 関 と して の 学校 は,教 育 行 政,教 育財 政 の条 件 の なか で 活 動 す る。権 力 の機 関 に よつ 七教 育 政策 が,教 育行 財 政 と して実 施,実 現 され る と き,そ し
て教 育実 践 が,こ の条 件 の もとに お いて現 象 す る と き,実 践 は,外 的 に,社 会 よ り明確 に 言 えば,そ の社 会 の経 済的 ・政治 的情 勢 に制 約 され る。
と くに 教 育実 践 の担 い手 で あ る教 師 の勤 務 条件(給 与,授 業 時 間数,担 任 学 級 員 数,学 校 管理 事 務負 担),学 校 管理 組織 ・運 営 組織,さ らに は,教 材 ・教 具
・設備 な どの物 的 諸条 件 の整備 状態 は,外 的 かつ直 接 的 に教 育実 践 の 現 出形 態 を決 定 す る条 件 とな る。
また・いわゆ 轍 育 麟 法規 とその具体的 な管琿 ●指導形態 一 一教韓 本法
学 校 教育 法,そ れ に基 ず く各省 令 な ど,国 家 ・地 方 公 務 員 法,教 職 免 許 法,を
(8)人 文 研 究 第十四輯
れ に基 ず く各段 階 の権 力 機 関 の監 督,指 導形態,た とえば教 職員 養 成機 関,教 育 指 導主 事,認 定 講 習 そ の他 の活 動 な ど一 更 に,学 校 や地域,全 国 に わ たっ
て,形 成 され て い る民 間 の サ ー クル ・研 究 集会,学 会 の活 動 も教 育 実 践 の現 実 的 現 出 の条件 と して作 用 す る。"
これ らの諸 条件 とはなれ て教 育実 践 は存 在 しな い以 上,教 室 の中 の 実 践 に つ こ い ての考 察 と して も,こ の被制 約性 を看 過 す る こと は許 さい な い で あろ う。
最 後 に,教 育 実践 の みに限 らず,す べ て の社 会 的 実践 に お い て 言 え る こ とで あ るが,人 問 存 在 その ものが 社 会 的存 在 で あ る こ と,を 指 摘 してわ かね ぼ な ら な い。 教育 実 践 の 担 い手 と しての 教 師 も,そ の対 象 た る被 教育 者 も,社 会的 に・
一 定 の 関係 を と り結 んで 全般 の生 活 を 行 つ てお り,そ れ 以 外に 人 間 の生 活 は存 在 しな い。生 活 は社 会 的 で あ り,従 つ て人 間 の行動 的 実 践 は 社 会 的実 践 以外 に あ り得 な い 。 ま た,教 育 実践 に あたつ て,そ れ に直 接 関係 を 有 す る意識 ・観 念 さ らに は諸 運 動機 能(機 能 ・習 慣)も,生 活 実 践 の なか で,形 成 され て い る他 の 意 識 ・観 念 ・諸 運動 機 能 と有機 的 な 関係 に お い て存 在 し,運 動 す る。
か くて,最 も広 く,一 般 的 に,教 育 実 践 を支 え る土 台 は社 会 的 な 生 活 実践 で あ る と言 うこ とが で きるで あろ う。
以上,み て きた よ うに,教 育 実践 は,一 定 の教育 課 題 に もとず い て,教 育 内 容 を媒介 として,一 定 の教育 政策 の現 実的 な現 出 で あ る教 育行 財 政 の条 件 の な か で,教 育主 体 は客体 を変 革 し,ま た,客 体 の変 化に 従 つ て教育主 体 はその実 践 を変 革 してい く実 践 活動 で あ る,と い うこ とが で きる。
つ ま り,教 育 実 践 は,本 質 的 に,個 人欲 望 の充 足 に もとず く もの で はな く1 社 会 的 な人 間変 革 過程 で あ り・従 つ て何 に む かつ て・何 を ・ い か ・ 皐うな関 係 の
も とに,い か よ うな手 段 で 人 間 の な か に つ く り出 し,あ る い は,つ く りか え て か る か,を 明 ら か に す る こ と が 教 育 学 一 般 の 任 務 と な る と い え る で あ ろ う。
この よ うに,教 育 実 践 が 成 立 す る の は,社 会 的 な意 味 に お い て で あ り,社 会
釣 行 為 と して,社 会 的 な場 を 前 提 と し て い る,と 見 る こ とを 土 台 と し て,つ ぎ
に わ れ わ れ は ・ こ の よ うに 成 立 し て い る 教 育 実 践 の 構 造 を ・ 従 来 の 教 授 観 ・ 学
教 授 学 研 究 の 方 法 論 に つ い て(9) , 習 観 を検 討 しつ つ,明 らか に して い くこ とに 歩 を進 め よ う。
2・ 教 授過 程 の本 質 と構 造t
教 育 実 践 は,社 会 的 な人 間 変革 を 内容 と レて,社 会 的 な人 間 結合 の形 式 の申 に現 象 す る,と い う前項 の考 察 は,必 然 的 に この 内容 と形式 の統 一 的把 握 を要 求 す る。
・しか し,現 実 に教 育理 論 の歴 史 的肇 展 は,こ の よ うな見 地 の直線 的発 展 ,深 化 と して は あ らわ れ て はい な い 。
教育 の社 会 的性 格 に つ い て は,教 育 が社 会改 造,あ るい は民 衆統 制 の 手 段方 策 とい う見方 が と られ る限 り,あ る程 度,自 明の理 と考 え られ て きた。 これ は 二 教 育 に対 す る国 家統 制 の強 力 で あつ た社 会 や 国 家の存 在,と い う条件 が あ る場 合 嫉 た ・ その理 論 的研 究 者 が ・ 個 人 の問 題 よ りも・む しろ ・跡 ●購 励
会 の進 展 や改 造1こよ り強 い関 心 を有 す る場 合 に と くに強 調 され る。 社 会 的激 動 期 ・ た とえ ば絶対 王制 の成 立 と崩壊 ・ 市民 革 命 に よ る市 民社 会 の成 立 ・ 帝国主 義 戦 争 の勃 発 な どは当 時 の教 育研 究 者 の眼 を,社 会 に 開 か せ,従 つ て,教 育 と 社 会改 造,民 衆統 制 の方 策 ・手 段 と見 る こ とを一般 的 な らしめた 。・
従 つ て,現 在,教 育 の社 会 的性 格 につ い ての考 察 の源 は,遠 い古 代 社 会 に ま で 湖 る こ とが で きる と考 え られ る。
この ば あい,教 授 過程 に対 す る考 察 は,あ る社 会 的課 題 に対 応 し うる 大 量 の 人 間 をつ く りだ す技 術 に 向 け られ た。.
これに対 して,近 代 市 民社 会 の成 立 は,個 人 の 人権 を重視 す る傾 向 を 一般 的 な らしめ る。 教 育 の個 入 的性 格,い い か えれ ば,教 育 は個 人 が 社 会 に 出 て 成 功 的 に適 応 す るた めに諸 機 能 を発 展 させ,知 識 や技 能 を身 に つ け る過程 とい う考 察 が強 調 され る。 市民 社会 の 発展 期,あ る い は,相 対 的安定 期 に,こ の見 地 は 色 濃 くあ らわれ,こ の見地 の な かで,社 会 や民族,国 家が 問題 に な る と して も
せ いぜ い,予 定調 和 的楽 天 観(個 人 の発 達 は社 会 の繁 栄 を齎 す)に 裏 づ け られ た程 度 の もので あつ た。
これ らの 時期 に発 展 させ ちれ た教授 過 程 に つ い ての 考察 は,従 つ て,個 人 の
:発展 に 関 す る もの で あ り,い か に,教 授=学 習 過 程 を展 開 す る か を,主 と して,
〈10)人 丈 研 究 第十四輯
被 教 育者 た る個 人 に即 して研 究 す る,と い う方 向 を とつ た6
ヘル バ ル トの段 階 教授 理 論 を,民 衆統 制 の た め の教育 とい う見地 に た つ て教 授 過程 を考 察 し,仕 上 げ た二 っ の典 型 と見 るな らば,教 育 を個 人 的適 応 遮 程 と
見 て,教 授=学 習過 程 を考 察 し,仕 上 げ た典 型 は,ア メ リカの 教 育学理 論(デ ュ ー イ教 育 学 を基 礎 とす る児 童 申心 主 義 理論 な ど)に 表 現 され て い る,と い うこ
とが で きよ う。 ・
これ らの二 つ の系 列 の理 論 の歴 史 的成立 状 況,あ るい は,功 罪,そ の 具体 的 な内容 の考 察 は しば らくお き∫ い ま ∫ ここで 問題 とす るの は,こ れ らの 諸 理 論 で と りあ げ られ てい る教 授 過程 の本 質 お よび構 造 に つ い て の考 察 が,い か よ う な方 法 論 的 観点 に支 え られ てお り,か つ,そ の結果,教 授=学 習過程 の 本 質 に
どの程 度 迫 つ てい る と考 え る こ とが で きるか とい う点 で あ る。
梅 根 ・川 合 両 教 授 の指 摘 す る と ころ に よれ ば,教 授=学 習 過 程 にr)い て の 近 代 的 な考 察 はル ソ ー に は じま る,と い う。 近 代 的 な 学 習 観 を集 大 成 したJ・ デ ュー イの 立 場 も,ほ とん どル ソ ー の 立 場 と本 質 的 に 異 る もの で は な い,と 見 られ る 。
これ ら,ル ソ ー や デ ュー イ,に 代 表 され る近 代 学 習 観 に お い て,教 授=学 習 過 程 の 本 質 は,ど の よ うな立 場 か ら考 え られ て い る だ ろ うか 。
大 ま か な概 括 は,論 理 的 な 精 緻 さを損 な うが ・ それ を お それ ず に い うな らば
̀
生 活 と学 習 を 同 一 の原 理 か ら明 らか に し よ う とす る立 場,之 い う こ とが で きよ
う。 ら
これ は,デ ュー イ の 教 育 の 学 術 的 定 義 と し て し め され た,つ ぎ の こ とば,す
な わ ち,・ ・ 、
「教 育 は 経 験 の 意 味 を深 め,ま た,そ の 後 の 経 験 を指 導 す る よ うな 経 験 を 再
ぷを 造 し,ま た は 組 織 し な お す こ と で あ る 。 」
と い う こ と ば に 示 さ れ る 。'
x梅 根 。 川 合 ,前 掲 書8頁.25頁.
eexJ .Dewey:DemocracyandEducation,P.89‑90
教 授 学 研 究 の 方 法論 に つ い て(11)
人 間が生 活 実 践 の なか で ・ その 行動 を通 じて認講 を深 φ てい く・ その認 識 構 造 は ・教 育 璽 な かで ・最 も効 果 的 ・ 目的 的 に実 現 され るべ きで あ る ・ とす るデ ュー'イに あつ て は・従 つ て ・教 授=学 習 過桿 は ・人 間の 実 践 を通 して の認識 過程
と同 一 で あ る と観 る こ とを 意 味 し た 。
テ ユー イに お い て,教 育 が社 会 的 な機 能 と み られ て い る こ と は,さ きに ふ れ た 。 教 育 が 経 験 の 改 造 で あ る,と い うば あ い も,デ ュー イ は,こ の 経 験 の 改 造
う るを
は 個 人 的 で あ る と同 時 に 社 会 的 で あ る,と 特 に の べ て い る 。 ま た,学 習 の主 た る手 段 で あ る 言 語 は,共 同 行 為 あ る い は共 同 経 験 に 使 用 され る こ とに よつ て,
ポ をを
意 味 を獲得 す る,と して,そ の社 会 的 性 格 を強 調 し,こ の よ うな手 段 を用 い て 学 習 す る,と い うこと は 「われ われが 使 う材 料 や道 具 の用 法 を,他 の人 々 の使 い方 に 参照 しつ つ 共 同活 動 に従 うこ とに よつ ての み」 「社 会 に お け る諸 般 の事
を を う きうき
物 の意 味 」 を理 解 し 「われ われ の心 的傾 向 は社 会的 に 指 導 され てい く」 と主 張 す る。
つ ま り,実 践 的 共 同活 動 を通 じて,社 会的 に意 義 を持 つ方 向 に経 験 が 改 造 さ れ て い くこ とが近 代 学習 様式 の あ り方 で あ る,と い うの で あ る。
人 間 の生 活 実 践 をつ ね に社 会 的 な もの として把 握 しな けれ ば な らな い の はい うま で もな い こ とで あ る。従 つ て,生 活 実 践 の なかで の経 験 の改 造 は 本 質 的 に 社 会 的 な もの と して把 握 され る。'
これ らの主 張 に もか か わ らず,デ ュー イ教 育 学が ・後 の児 童 申心 主 義 理 論 に 道 を ひ ら き,心 理 学 的技 術主 義 へ と教 育方 法 論 を導 い たの は何故 か 。
この点 に つ い て は,あ とで 触 れ るが,簡 単 に 言 うな らば,デ ューイ の 教 育 と 社 会 の関係 に つ い て の考察,特 に社 会 につ い ての考 察 が 機能 論 的 な 立 場 に 立 ち 社 会 が しば しば,人 間 の共 同行 動 的結 合 と理 解 され,社 会 的 共 同行 動 を,人 聞 の主 観 的意 図一 つ ま り人 間 に とつ ての利 益 をま す とい う動 因 に の み 眼 を むけ て理 解 す る観 念論 に ほ か な らなか つ た か らで は ない か と思 われ る。
苦cf .J.Deweシ:DemocracyandEducationp.115.・
ee"eibid ,P.90.
ee・)e・)eibid .p.45〜46.p.19.
x・》 ∈∋← 今←ibid .p.47
〈12 .)人 文 研 究 第 十 四 輯
ノ
デ ュー イに 見 られ る ご と ぐ,教 授=学 習 過程 は本質 的に 人 間生長 の 過程 で あ り,経 験 改 造 の過程 と見 るば あ い,教 授 二学 習 過程 の構 造 は次 の如 くに 見'られ
,
る ことに な る。
認 識 過 程 が つ ねに 認識 主 体 た る人 間の行 動 的 実 践 か らは じま る とした な らば 教 授=学 習過 程 は認 識主 体 た る被 教 育者 の行 動 的 実 践 か らは じま らね ば な らな い 。 そ して,こ の被 教育 者 の生 長 こそが教 育 の 目的 とす る もの で あつ て,将 来 の 何 らかの ことに準 備す る こ とで は ない な らば,つ ま り,教 育 目的 が個 々の児 童 の 内部 的 活 動 と要求(生 具的 本 能 及 び獲 得 せ る習 慣 を含 む)と に 基 づ き,か つ,児 童 の行 為 を具 体的 に指 導 しつ つ,そ れ に よつ て 目的 もよ り有 効 な ものに な る よ うな もの,で あつ て,そ れ が 自然 的 に社 会 改 造 の動因 とな る もの で あ る な.らば,ま た認 識 の深 化,経 験 の改 造 その ものが,社 会的 で あ り,人 聞 の知 性 的 な社 会 的行 為 を成 立 せ しめ る もの で あ るな らば,,認 識主 体 た る 生 徒 ・児 童 ・ 被 教育 者 の教授=学 習過程 に お い て しめ る役 割 は飛 躍 的に 重 い もの とな る。
教 授=学 習 過程 は従 つ て,児 童 の実 践的 活動 とその認識 深 化 の 過 程 で あ り, 教 授=学 習過程 の発 展 は,児 童 の活 動 と認識,再 活 動 と認識 とい う入 間 実践 そ
の ものの能 動 的発 展 性 に基 礎を お い て い る。
この よ うに 考 え るな らば,教 授=学 習過 程 に お け る教 師 や教材 の 役 割 もつ ぎ の よ うに定 ま つ て くる。
教 師 は,生 徒 の実践 活 動 を惹 き起 し乳 かつ 生 徒 の進 路 を指 導 す る環 境 を提 供
を へ
す る役 割;つ ま り,生 徒 の実 践 活動 を望 ま しい知 的 ・情 緒 的傾 向 の形 成 とい う 結 果 に 至 らせ るよ うに,そ の活 動 を惹 き起 す刺 戟 を変 容 す る こ とを役 割 と して
持 つ 。1 、
教 材 は伝 達 す るに 好 ま しい現 在 の社 会 生 活事 相 の色 々 な 意 味 を具体 的 に 且, 仔 細 に表 現 した もので あるが,そ れ は生徒 の新 経 験 を促 進 す るに 最 も都 合 の よ
い もの で,生 徒 が興 味 を もつ て い る活 動 を有効 な らしめ る役 割 を もつ もの と さ
柴 馨 . れる。,
躰 」。Dewey:De皿ocracyandEducation,p.212.
轍cf .J.Dewey!Dem㏄racアandEducationchap.xlv,P.158.
教 授 学 研 究 の 方 法 に 諦 っ い て 一t T(13)
こ うして,教 授=学 習過程 は,社 会 の課 題 や,社 会的 に成 立 してい る 文 化財 の具 体 的 ・現 実 的形 態 た る教 師 ・教材 が,児 童 の現 在 の実 践 的 活動 に 必 要 な限 りに お い て取 り入 れ られ,こ の児 童 の 「 現 在 の必 要 」 を土 台 と して,結 合 され
じ うき
「現 在 の 必 要 」 を 動 因 と し て進 行 す る過 程 と見 られ る の で あ る 。 し
̀
次 に われ われ は,ヘ ル バ ル ト派 に 多 くを負 い つ つ,そ の理 論 を 展 開 して い る 篠 原助 市 教授 の所 説 を検 討 しよ う。
篠原 氏 は,デ ューイが教 授=学 習 過程 を人 間の精 神 的 活 動,特 に 認識 過程 に 基 い て考 察 したよ うに,や 。 は り,人 問 の精 神 的活 動 に対 す る考 察 を 基 盤 として
い る。 す なわ ち,氏 に よれ ば,
「われ われ の知 覚,思 考;行 為 な ど一切 の精 神 的活 動 は環 境 との 交 互 関係 た 。 お い て 成 立 し,交 互 関係 とは こ こで は 受容 と発 動 との 絶 え ぎ る 交渉 を 意 味 す
柵 る。 」
そ して,認 識 の発 展 は,こ の 交 互 関 係 の な か に あ らわ れ る 「問 題 的 状 況 」 を 契 機 と して そ の 歩 み を は じ め る,と と く。
この 点 に つ い て は デ ュー イ の 認 識 と思 考 と符 節 を合 す る。
苦夷菅
ま た,デ ー一 イの適 応 に つ い ての考 察 とほぼ同 じ と思 われ る・ 拘 束 と自由 の 理 論,つ ま り人間 の精 神生 活 は,内 外 か ら拘束 され てい る 存 在 と,そ れか ら超 越 して理 想 的 な ものへ と向 う当為 の 「現 在 」 に お け る弁 証 的 な動 的 な 進 行 を本 質的 徴 表 詳鍔,と い 鯉 論 に たつ て,教 授 に つ い ての その よ うな考 察 に進 ん で い る 。 す な わ ち,こ の よ うな,人 間 存 在 の 弁 証 法 的 性 格 が 教 育 的 に 表 現 され.
だ もの と し て 教 授 が あ る こ と,つ ま り,
・ 「 与 え な が ら創 造 せ し め,伝 達 で あ りな が ら獲 得 で あ る と い う矛 盾 的 性 格 こ
憩滞 甚を 幹苦苦苦菅曇 璽
そ教 授 の 本 質 」 で あ り,教 授 は 「受 動 的 発 動 」 で あ る,と 。
ee梅 根 ・川 合 前 掲 書6〜7頁 . 柵 篠 原 助 市 前 掲 書416頁
deeeseJ .Dewey.DemocracyandEducation,P.56 ieeG>exee原 助 市118頁
eeeeeeee"e同144頁
撒 熱蔚馨馨 同 同 頁'
f(14) 、 人 文 研 究 第十四輯
「教授 の 内容 は 已存 の財 として,対 象的 ・客観 的 に存 続 す る。教 師 は一方 に お い て生 徒 の知 的 要求 に応 じつ つ も,他 方,逆 に 一定 の 内容 の獲得 を 生徒 に 迫 る。生 徒 は之 を 自己 へ の要求 として意 識 し,已 に完 成 せ る 内容 を,教 師 との共 働 に よ り宛 も新 に成 るかの よ うに,与 え られ た もの を 創 造す るか の よ うに獲 得
ロ ら
す る(再 創 造)。 」'
従 つ て,教 育 に課 せ られ た社 会的 な 目的,及 び,そ れ に従 っ て成 立 す る文化 内 容 と して の教材 は,認 識 主体 と して教 授過 程 に入 る児 童 に とつ て,外 か らの
拘束 と して の意 味 を持 つ 。
教 師 は生 徒 と対 立 し,対 立 しつつ相 互 に 限定 しあ う。教 師 は生 徒 を教 育 的 に 拘 束 し・生 徒 に 自己 の教 育的 要求 を課 す るが,同 時 に生徒 は その 内 か らの発展 に 教 師 の応 ず る こ とを要求 し,教 師 は生 徒 の切 実 な要求 に忠 実 で なけれ ば な ら
鼎 な い 。
この よ うに,相 互 に 限 定 し あ う弁 証 法 的 性 格 を持 つ 教 授 過 程 に あ つ て,そ の 運 動 の主 導 的 な役 割 を果 す の は 教 師 で あ り,さ らに,む し ろ,教 授 は 「 教 材 一
=教師 一 生 徒 」 とい う線 に 沿 つ て 動 く。 *憩 菅
教 材 が,教 授 過 程 に と り入 れ られ る ば あ い も,明 確 に ジ教 育 の 目的(社 会 的
'
に 規 定 され た)に よ つ て 一 定 の 秩 序 と統 一 を 与 え られ た 文 化 内 容(教 科)と し て,で あ る 。
篠 原 氏 の 所 説 に よ つ て 明 らか に な つ た こ と は,教 授=学 習 過 程 が 入 間 の 一 般 的 認 識 過 程 と区 別 され る,そ の特 殊 性 は 「か の よ うに 」 とい う場 面 に お け る 教 育 作 用 で あ る,と い う こ とで あ る 。
ま た,人 間 の 精 神 的 生 長 過 程(自 然 発 生 的 な)と 区 別 され る,そ の 特 殊 性 は 社 会 的 に 統 制 され た 場 面 に お い て,社 会 的 な る もの と個 人 的 な る もの,と が 相 互 に 対 立 を含 み つ つ 結 含 され る と こ ろ に あ る,と い う こ とで あ る 。
ee・ee原助市145頁 、
一)e'x同 書144頁
菅鼎 同書115頁
教 授 学 研 究 の 方 法 論 に つ い て(15) 3.教 授 嵩学 習 観 の方 法 論 的 吟 味
さて,以 上 みて きたデ 三一 イ,あ るい は篠 原氏 の 所説 は,教 授=学 習過程 の 本 質 の すべ て を尽 した,と 見 て よ い ので あろ うか 。
デ ュー イが教 育 を経 験 改造 と して把 握 した時,ぐ れ は認 識 過程 と教 授=学 習 過程 が 同一 で あ るべ きだ とす る要請 が ひ そん で い た こ とは ま えに 指 摘 した。
しが し,教 授 ・=学習 過程 は,社 会 的 に統御 され,生 徒 の他 に 教 師 と教 材 を必 ・ 然 的 な構 成 要 素 とじて持 つ て い る こ と,し か も,教 師 と教材 は社 会的 な課 題,
社 会 的 ・歴 史 的 な文 化 内容 の体 現 で ある こ とを考 え た時 に,実 践,あ る い は実 験 を通 して真理 を探求 し,新 しい文 化 内容 を創 り出 してい く,科 学的 認識 過 程 一 般 とは区 別 され な けれ ば な らな い。
この点 に お い て,教 授=学 習 過 程 を 「か の よ うに 」 とい う場面 にお け る教 育 ・ 作 用 と見 た篠原 氏 の所説 は,よ り首 肯 さるべ き理 論 とみ るべ きで あろ う。
この科 学的 認 識 過程 と教 授 二学習 過 程 との差 異 と関係 に つ い ては,ダ ニ ー ロ
フは次 の よ うに指 摘 して い る。 \
ソヴ土 トの教 授 学 に お い て は,一 般 に 教授=学 習 過程 は
「学校 の プ ログ ラムで 予 め規 定 され て あ るすべ ての 知識 ・技 能 ・習 熟 を生徒 が 教 師 の指 導 の もとに,意 識 的 に しつか りと身 に つ け る よ うに 方 向 づ け られ て
い る と ころ の,教 師 と生徒 の共 同活動 の独 得 な過程 」
と規 定 され ・ この過 程 は・教 師 の側 か らい え ば教授 で あ り・ 生 徒 の側 か らい えば学 習 で あ る,と され て い る。
この基 盤 に たつ て,教 授=学 習 過程め なか で,主 要 な役 割 を果 す の は 教 師 の 教
ロ を
授 で あ つ て ・ ま た ・教 授 の 中 核 は ・ 知 識 ・技 能 ・習 熟 の 生 徒 に よ る 習 得 で あ る
じ を うをを
と い わ れ る が,こ の 知 識 の 習 得 に お い て,知 識 を 習 得 し な が ら,生 徒 は 客 観 的 な 世 界 を 認 識 す る,と い う 点 で,学 習 と 認 識 の 関 係 が 考 察 さ れ て い る 。
こ こ に お い て,科 学 的 認 識 と 学 習(知 識 の 習 得)と 異 な る 点 は,
tx1>1 ,A.双aHnπoB<CymecTBeHHsleCTopoH61npo旺eccaO6yqeHMfi>, CoBeTcKa51neAarorllKaNo.11,1955.cTp.18.
*甚H .A.KanpoBHAp.peAt<1'leAarorliKa>1956,cTp.122.
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、
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(16)'人 文 研 究 第十四輯
田 認識 史 に 見 られ る認 識 の ジ グザ ク運 動 や謬 見 を さけて,短 期 間に 現 代 の 確 実 な知 識 を若 い 世代 に確 保 す る,も っ と も 「 真 直 な」 方 法 で 行 な われ るの が 教 育 に お け る知識 習 得 で あ る こ と。
(2}知 識 習得 へ の諸 刺 戟 が教 師 に よつ て生 徒 に つ く り出 され る,と い うこ ど で も,歴 史 的認識 過程 とは異 る こ と。'
〔3)生 徒 の前 に あ る課題 は新 しい真 理 の解 明 で はな く,科 学 のな かに 揺 ぎな'x
〈入 つて きて い る知 識 の習 得 で あ る こ と。
四 人 類 に よつ て つみ重 ね られ て きた知 識 の習 得 は科 学 的 認識 へ の 準 備段 階
で あ る こ と。 .・ 「
な どが あげ られ,従 つて,知 識 習得 に お い て と り入 れ られ る,実 践,生 きだ 観 察 の役 割 は,科 学 的認 識 に お け る それ とは別 の性 格 の もの で あ る,と い われ ・
て い る 。
勿 論 ・知 識 習 得 ・学 習 も・ 客 観 的 な 世 界 の認 識 で あ る限 り・ 一 般 的 な 認 識 遷 程 に お い て見 出 され る 一 般 的 特 徴 を 同様 に もつ て い る こ と も指 摘 され て い る が ・
そ れ は,こ こで は ふ れ な い こ とに す る 。 ・
こ の よ うに,ダ ニ ー ロ フ が 知 識 習 得 を や は り一 種 の 認 識 過 程 と見 な が らう い ・ わゆ る秤 学 的認 識 一般 とは異 る特 殊性 を もつ て い る こ と・ それが 社 会的(教 育 的)に 統 制 され た過 程 で あ る点 に あ る,と み てい る こ と,は 篠原 氏 の 「ゐ〉の よ
うに 」 の理 論 と相 通 ず る点 を持 っ て い る,と い え よ う。
デ ュー イが人 間 の生 活 実 践 と認 識 を結 びつ け,そ の認 識 論 か ら,ま つ す ぐに 教 育方 法 に つ いて の提 案 に進 み得 た の は,い わ ば,教 育 の社 会 的意 昧 を考 え な̀
藪 が ら,教 育 を社 会現 象 として考察 す る科 学 的 な理 論 を持 たなか つ7cか ら,a.
え る の で は な い か 。
霧 塁嘉:購 鍛 灘 鶏 諜 獣 饗 驚
う政 治道 徳 的判 断 を下 すの みで,人 聞 と社 会 の関係 を,認 識 の面 で は 連 続 的 灘
eeTaM)Ke .
eeeeJ ・Dgwey:D・m…acy・ ・dEd…ti・P・P・117.
教 授 学 研 究 の 方 法 論 に つ い て(17)
係 に と らえて ・対 立 と矛 盾 を見 落 す結 果 を導 い た ・ と思 わμ る。
従 つ てデ ュー イに よつ て説 か れ た教 授 二学 習観 は,こ の 過程 の一 部 分 を他 か ら(教 育 過程 全体 か ら)切 り離 す結 果 とな り,部 分 的 な合 法 則性 を見 出 したに と どま り,従 つ て,現 実 的 に は,こ の合法 則 性 を適 用 して,教 授=学 習過 程 を 進 展 させ る技 術 は,社 会 的 な矛 盾 の覆 わ れ た場 面(た とえ ば ・ 国 家 や地方 行 政 体 の統 制 か ら離 れ ・か つ生 徒 構成 員 の 階級 的 同質 性 が 保 たれ て い た よ うな私立 学 校)で 用 い られ,そ れに 限 ら.れる傾 面 を見 せ た と見 て よ いの で はな い だ ろ う か 。
次1ζわれ われ は ・社 会 的要 求 と自我 の緊張 関係,弁 証 法 的関 係 の な かに 教授
ノ
の 本 質 を 見 た篠 原 氏 の所 説 を検 討 し よ う。
篠 原 氏 が,教 授 を 「か(bよ うに 」 の場 面1と成 立 す る教 育 作 用 と と らえ た 時, そ れ は,社 会 的 な 作 用 と して の 教 授 過 程 を,デ ュー イ よ り一 歩,本 質 に 近 く と
らえ た もの と見 て よ い で あ ろ う。 ・
教授=学 習 畢 程 が 丁雌 的 な認 識 過 程 と異 つ て ・特 殊 的 で 〜 うるの は ・ま さに ・ この 「か の よ うに 」 の 性 格 に 求 め られ る 。
しか し,こ の な か に お ぴ て,弁 証 法 的 に対 立 矛 盾 す る 側 面 が,教 師(社 会 附 な 目 的 と内 容 を体 現 す る)と,自 然 的 存 在 と し℃ の 生 徒 と み た時 に,そ し て, この 矛 盾 の み が,教 授=学 習 過 程 の 矛 盾 とみ た と きに,氏 は,デ ュー イ と 同 じ
し
よ うに,教 授=学 習 過 程 の部 分 的 な理 解 に 陥 っ た,と い え る 。 ・ ヒ の 見 地 は,個 人 を社 会 化 す る,あ る び は 個 込 を歴 史 化 す る こ とが 教 育 で あ る と見 る 氏 の 立 場,ひ い て は ドイ ツ の 戦 前 の教 脊 学 に 見 られ た 立 場 か ら,生 ず ・ る もので あるが,こ の 見地 は,社 会 を い わば ベ ーゲ ル 流 に 絶 体 理 念 の もとに統 一 され た ,民 族 的 国 家,道 義 国 家 と見 る非歴 史 的 な把 握 に 支 え られ て い る。
個人 と社 会 の対 立,矛 盾,あ るい は,生 徒 の 自然 的性 格 と教 育 目的,内 容 の 歴 史 的 ・社 会的 性 格 の対 立矛 盾 が,教 授=学 習 過程 に あつて,絶 対 唯 一 の もの
と見 られ た場 合,教 育 の社 会 的性 格 に つ い てのべ た さい に,最 後 に ふ れ た,教
師,児 童が,人 聞 として,つ ま り,具 体 的 な社 会 関係 に 組 み こま れ て い る人 間
曳
ヤ〆.
(18)人 文 研 究 第十四輯
として,社 会 的 存在 で ある,と い う点 が見 落 され て しま う。
これ は,ヘ ル バル ト教育 学 が民衆 統 制 の強 力 な武 器 となつ た方 向 へ 道 を切 り 拓 く。
理 論面 で は,教 師 の指 導的 役割 が強 調 され ・ その人格 的 意 義 は大 きい,と さ れ なが ら,実 質 的,現 実 的 に は,国 家的理 念 の体 現 者 として,っ ま り絶 対 理 念 の召 使 い としての教 師 に低 め られ,現 在 の教 育 ・学 習 の改革 者 ない しは,そ れ を押 し進 め る もの として,歴 史 的 に立 ち現 れ て きて い る教 師 の役 割 が 全 く無 視
され る結 果 とな る。
IV一 つ の 仮 説 一 結 論 と して 一
ごれ ま で 見 て きた よ うに,教 授=学 習 過 程 に つ い て の諸 理 論 家 の 所 説 は,そ れ ぞ れ,近 代 学 習 観 を成 立 せ し め る うえ で 大 きい 役 割 を果 しな が ら も,教 授=
学 習 過 程 に つ い て の正 当 な理 論 と目 し得 な い の で は な い か 。 一
も し,,そ うで あ る な らば,教 授=学 習 過 程 に つ い て,ど の よ うな 接 近 を試 み るべ きな の か 。 そ の た め に は,さ きに ふ れ た 教 育 の社 会 的 性 格 に ・ も う一 度 た ち か え つ て,そ こ か ら一 つ の考 え を ひ き出 す 必 要 が あ る と思 わ れ る 。
わ れ わ れ は,さ きに,理 解 を便 な ら し め る た め に,い わ ば 教 育 の 諸 要 素 一 つ 一 つ を切 り離 して ,そ れ ぞ れ に 社 会 的 性 格 を有 す る こ と を の べ た ・
要 素 論 的 な 考 察 の 当 否 は しば ら くお き,教 育 が 社 会 に 被 規 定 的 関 係 を 持 っ, とい う場 合,わ れ わ れ は,こ の 社 会 とい う概 念 を,デ ューイ 的 に 機 能 論 的 立 場 か らで も,篠 原 氏 の よ うに,絶 対 理 念 に 統 合 され た 民 族 的 ・道 義 国 家 と も見 る に と を せ ず,近 代 の 社 会 諸 科 学 に よ つ て 明 確 に され て きつ ㌧あ る 意 味 内 容 を含 む もの と し て考 え る 。 即 ち,現 代 に つ い て い うな らば,そ れ は歴 史 的 に 市 民 社 会 革 命 を経 て成 立 し た社 会 で あ り,資 本 主 義 的 生 産 様 式 に も とず い て い 為 社 会 で あ り,従 つ て,対 立 す る 二 大 階 級 に 分 裂 して い る社 会 で あ る と考 え る 。
・この よ うな 社 会 観 に 立 つ 時,教 育 と社 会 との 関 係 は,よ り社 会 科 学 的 に把i握 で きる の で は な い か ♂
この 立 場 に た つ て,教 授=学 習 過 程 を み る と き,ま ず わ れ わ れ は,教 授=学
教 授 学 研 究 の 方 法 論 に っ い て(19)
習 過程 が社 会的 性 格 を本 質 とす る,と い うな らば,こ の教 授=学 習過程 の なか に社 会 の諸 矛盾 が反 映 す る こ とを必 然 的 に認 めね ばな るま いび
へ
教 授=学 習 過程 が 「か の よ うに 」 の作 用 とい うこ とに その特 殊性 を 持 っ認識 過程 と考 え る こ とは,直 線 的,か つ唯 一 に,児 童 の 自然 性 と教 師 ・教哲 ・教 育
目的 の社 会 性 との対立 的 結合 とい う観 点 に 導 くの で はな く,教 育 行 財 政 の条件 ・ の下 に成 立 してい る,て の教 師 と生 徒 の共 同的 運動 過程 そ の ものに,社 会 的 諸 矛盾 が反 映 しゾ現 出 してい る,と い う観 点 に 導 くの で あ る。 社 会 の なゐ・に,階
脇\、
級 的 ・体 制 的 ・民族 的 と さ ま ぎ ま な矛 盾 が存 在 す る時,そ こに お け る教 育 実 践 と して の教 授=学 習過 程 には,そ れ らの矛盾 が 反 映 し,そ の対 立,抗 争,が
この過程 の主 要 な矛 盾 とな り,児 童 の 自然 性 と教 師 の社 会性 の対 立 は副次 的 な
〜
もの と して あ らわ れ る 。
入 聞 に つ い て の,自 然 科 学 的 な 合 法 則 性 は 認 識 過 程,と くに 教 授=学 習 過 程 に あ つ て は社 会 的 合 法 則 性(社 会 現 象 と して の 教 育 の 運 動 の 法 則)を 通 し て 発 現 す る もの と考 え るべ きで は な か ろ うか 。
この よ うに 理 解 す る と きに,は じ め て,教 育 実 践 の 具 体 的 な進 展 が 全 体 とし て 合 法 則 的 に 把i握 され る の で1まな い か 。
'
た と え ば,現 在 の わ が 国 で 次 第 に 大 きな 力 を得 つ つ あ る 生 活 綴 方 教 育 の主 要 な方 法 原 理 は,レ ア リズ ム と ピ ー一 マ ニ ズ ム とい わ れ,そ の主 要 な方 法 は 「 概 念 くだ き」 と い う語 で あ らわ され て い る 。 この概 念 くだ きは,教 師 と児 童 の 人 間 関 係 を社 会 的 に 矛 盾 の な い もの に し た うえ に た つ て の,旧 い 体 制,あ る い は 階 級 を土 台 とす る概 念,思 考 と,新 しい体制,あ るい は階 級 を 土 台 とサ る概 念
との矛盾 の克服 の実 践的 方 法 と考 え られ る。 そ して,こ の実 践 方 法 が 成 立 し得 ,
の き
た の は,い ま のべ た社 会 的矛 盾 の存 在 とその運 動 が教 授=学 習 過程 の 社 会 的 合 法 則 性 と して経 験 的 に把 握 され,実 践 に この合 法 則性 が適 用 され たか ら,と 見'
られ るので はない だ ろ うか 。
従 つ て,教 授=学 習過程 の矛 盾 の構 造 は,社 会 の矛 盾 の構 造 と切 り離 して は 考 え られ ず,し か も∫ それ は極 め て複 雑 な性 格 を もつ と思 われ る。
之 の よ うに,教 授=学 習過 程 を研 究 の対 象 とす る科学 は,従 つ て,目 的 論,
(20)人 文 研 究 第十四輯
内 容論,方 法 論,教 師 論,児 童 の発 達 の特 性 等 々 とい つ た各 要素 論 的 考 察 で は もはや 一歩 も進 まず,こ の各要 素 の機 能 を考慮 しつつ社 会 的 に結 合 され,運 動 す る教 授=学 習 過程 の本 質 的 考察 か ら出 発 せね ぼ な らない ので は ない で あろ う・
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以上,み て きたよ うに,教 授=学 習過程 は奉 質 的 に社 会 的 な 過程 で あ り,社 会 の諸矛 盾 を反 映 しつ つ進 展 す る過程 で あ る。従 つ て,教 育 現 象 を 社 会 的側 面
と技 術 的 側面 とに わ け主 と して,教 育 政 策 ・制 度 ・目的 ・内容 な どの 社 会 との 関 係 をみ る教 育 科 学 と,教 授=学 習過 程 を対 象 とす る教 育 技術 学 とに 分 離 す る .
こ とは,教 育 を生 産 と類比 した思 いつ き的分 類 の域 を 出 な い とい うべ きで あるσ む しろ,教 育 学 は全 体 と して社 会 科 学 で あ り,そ の領 域 の分 類 は,教 育 現 象 の実 際 の構 造 に もとず い て構 築 され るべ きで はなか ろ うか 。
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