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2006年度PRIME国際シンポジウム「世界の中の憲法9 条」全体会報告

著者 竹尾 茂樹

雑誌名 PRIME = プライム

号 26

ページ 79‑86

発行年 2007‑11

URL http://hdl.handle.net/10723/652

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全体会での発言や質疑をまとめるにあたって、

あらためて2日間にわたるシンポジウムの構成を ふり返っておきたい。 4つの 「セッション」 にお いては、 今回のシンポジウムを貫く総括的なテー マである 「世界の中の憲法9条」 に沿って、 個別 テーマを立てそれぞれの分野の研究者や、 実践的 な活動を行ってきた経験者・市民活動家に報告と コメントを依頼した。 それに続く4つの 「分科会」

においては、 各 「セッション」 のテーマに連続す る形で、 会場を小さな規模に移して、 聴衆も車座 になって議論に参加できるようなワークショップ 形式をとった。 「セッション」 の発題についての 質疑をはじめ、 さらにテーマの展開や深まりとシェ アを目ざしたのである。

【1日目】

セッション1 「国際法史の視点から」 孫占坤 (PRIME所員、 以下所員と略す)

コメント:岡田信弘氏 (北海道大学)、 ナギザデ・

モハマド所員

セッション2 「軍隊がない国とは」 ロベルト・

ザモラ氏 (コスタリカ・ピースボート)

コメント:櫛渕万里 (PRIME研究員、 以下研究 員と略す)

分科会1) 「世界に対する暴力と貧困を9条の国際 秩序から分析する」

コメント:佐久間智子研究員、 マタタ・ムケンゲ シャイ氏 (コンゴ)、 孫占坤所員、 岡田氏

分科会2) 「平和教育と9条」 コメント:岡本三 夫氏 (平和学)、 ロベルト・ザモラ氏、 櫛渕研究 員

【2日目】

セッション3 「沖縄から9条を考える」 高作正 博氏 (琉球大学)

コメント:丸山重威氏 (関東学院大学) 堤未果氏 (ジャーナリスト)

セッション4 「なぜ、 世界の中の9条なのか─

ピースボートの実践から」 吉岡達也氏 (ピースボー ト) コメント:平山恵所員

分科会3) 「メディアは戦争をどう伝えてきたか」

コメント:桜井均研究員、 高作氏、 丸山氏、 堤氏 分科会4) 「国際協力現場で考える9条とは」

コメント:熊岡路矢研究員、 吉岡達也氏 全体会・クロージングセッション

司会:竹尾茂樹所員、 松村真澄氏 (ピースボート)

分科会はスケジュール上2つが同時に開かれて いたために、 参加者はその一方を選ぶことを余儀 なくされた。 全体会は、 再び会場を大会議場に移 して、 参加者が一堂に会し、 まず各セッション・

分科会の司会進行を担当した

PRIME

所員からそ れぞれのサマリーを行った。 続いて、 発題者・コ メンテーターを含めた参加者からの質疑や補足説 明、 提言がなされた。 以下、 要約的に紹介する。

2006年度 PRIME 国際シンポジウム 「世界の中の憲法9条」 全体会報告

竹 尾 茂 樹

(国際平和研究所)

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<各セッション・分科会のサマリー>

■セッション1・分科会1 (司会:勝俣誠) 憲法改正を望む政府側も世論対策を含めて、 非 常に勉強している。 国民の中にいまだ強く存在し ている改憲へのためらいをいかに巧みにすり抜け ようとするかという時に、 私たち市民にも同じぐ らい勉強する力が必要だということで、 最初に国 際法の観点から孫所員と憲法学の観点から岡田氏 にご発題をお願いした。 メディアの論議で例えば 集団的安全保障と集団的自衛権を混同している場 合がある。 安保とは一体何なのか。 同盟関係なの か。 中にはこれを集団的安全保障と思っている人 もいる。 市民として用語の明確化について、 憲法 改正論議を単に専門家に任せず、 もう少し勉強す る必要があると感じている。

特に今回明らかになったのは、 9条の第2項を どう扱うかということである。 恐らく政府もどう いう方程式で出そうかと考えているし、 やはり世 界の中の9条を考える側もそれなりのシナリオを 考える必要があると感じた。

次に、 佐久間智子研究員と行なった分科会では、

国際問題と国内問題を結び付けて憲法を論じるべ きという指摘がなされた。 世界の中の9条を位置 づけるなら、 日本国内の現在の格差世界、 ないし は福祉の切り捨てという現実を見据えた中で憲法 論議をしないと、 どうしても議論が浮いてしまう のではないかというコメントが佐久間氏から提起 された。 つまり国内における不平等社会と、 国際 社会における大企業中心のグローバル化をかみつ いていく、 食いついていく、 考えていく切り口と して、 前文及び9条を結びつけて考えていいので はないかという趣旨だった。

9条というのは、 一言で言えば日本国民は世界 市民として生きようということ。 まだ現実になっ ていないが、 それに向かって指針を示している強 力なメッセージ性を持っていると思う。 公とは何 か、 民とは何か、 環境問題、 食糧自給の問題、 列

挙すればきりがないが、 実は9条が想定する国際 的ないし世界的秩序、 より人間的な世界、 そのシ ナリオをつくるための強力なツールになるという、

9条道具説がいろいろな形で出た分科会であった。

■セッション2・分科会2 (司会:高原孝生) まず 「軍隊がない国とは」 というテーマでロベ ルト・ザモラ氏が基調の発題をされた。 そのポイ ントの一つはコスタリカ憲法である。 これは国民 によってかなり実際に活用されてきており、 憲法 裁判所に当たるものを一学生が活用して、 イラク 戦争への政府の立場を変えさせたという実績もあ る。 このように社会で憲法が活用されている実態 が、 日本国憲法についてよく見えないのはなぜか。

もう一点は、 9条のポテンシャル (潜在力) は 非常に大きく、 9条を基準に今の日本の自衛隊や 東アジアの現状をとらえ直すことができるという 指摘である。 東アジアで平和プロセスをスタート させることも可能となる。 自衛隊を縮小する方向 づけから発想すれば、 同時に周辺国への軍縮の呼 びかけもできるだろうし、 非核地帯を作ったり、

ひいてはヨーロッパと同様、 アジア人権裁判所を 作っていこうという呼びかけをも構想できるとい う提起があった。

それに対して幾つか議論が交わされた。 市民に よる日本国憲法の活用実態が見えないという指摘 に対しては、 戦後の日本社会の中で根づいてきた 面を再評価すべきではないか、 再軍備の圧力をは ね返そうと闘ってきた、 そのよりどころであった のは事実だし、 実は社会の民主化とも密接不可分 ではないか、 という議論である。 平和・人権・開 発といった価値を総体として打ち出しているのが 日本国憲法であると評価できるので、 そういう意 味では根づいてきた面がかなりあるのではないか という指摘もあった。

他方、 最近、 市民社会がせっかくの憲法を活用 していないというのも事実であって、 その間に事

国際シンポジウム全体会報告

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実上の改憲がどんどん進み、 とりわけ米軍と自衛 隊の一体化が進んでいるという指摘もあった。 そ の反面、 市民が9条を取り戻すことができれば、

逆に米軍の世界戦略を揺るがせるかもしれず、 世 界にそれに呼応する動きが期待できる。

EU

憲法 に不戦条項を盛り込もうという動き、 軍縮省を作っ たニュージーランドなど、 様々な指摘があった。

そしてザモラ氏の挙げた2点目、 9条のポテン シャルに対しては、 コメンテーターの岡本三夫氏 から、 日本の

ID

カードとして 「戦争をしない国・

日本」 をもっと前に出すべきではないかという指 摘がなされた。 今、 世界が軍事化しつつある中で、

ブランドとして 「売り」 であるし、 何より日本の 若者が誇りに思える旗印になるのではないか。

コメンテーターのミー氏からは、 ベトナムは 日本が平和憲法のもとにあったときに戦場となっ て、 いまだにその戦争は終わっていない、 戦争 廃棄物やさまざまな傷を残しながら人々が苦しん でいる状況が今も続いている、 という指摘を受け た。 ベトナムから見れば十分強国に見える日本が、

さらに9条を変えて軍拡をするというのは理解で きない。 そして、 北朝鮮の脅威を言う人が日本に ふえているが、 そうした議論は少しおかしいので はないか。 やはり北朝鮮の立場に立って見たとき に、 どういう構図がいま東北アジアにできている かを日本人として考えてほしいという提起がなさ れた。

「平和教育と9条」 の分科会で岡本氏が強調さ れたのは、 まさに相手があるということであった。

「平和を望むなら戦争に備えよ」 という古い格言 があるが、 これでは、 お互い脅し合っている状況 から抜け出すことができない。 「平和を望むなら 平和に備えよ」 という標語こそが現代に適合的な のである。

戦争は本能によって必然であるという考え方は 科学的に誤りであり、 社会的、 歴史的事象として とらえなくてはいけないという平和研究の立場も

岡本氏は表明された。

平和教育をめぐってはさまざまな論点が出され た。 日本の犯した戦争の諸事実について、 社会の 共通認識を作り直していく必要がある。 そのため に市民活動を通じて歴史の掘り起こしをすること も有効である。 戦後日本は民生中心の経済成長が 賛美されることもある反面、 大変な環境汚染や人 間的な犠牲を経験したこともアジアの人たちに知っ てもらう必要がある。

平和教育については学校の中だけではなく、 社 会として考えていく必要があるのではないか。 子 供たちの人格的な発展が重要で、 日常的に学び合 う機会が豊富に開かれているような社会をつくっ ていく必要がある。

戦後日本の反基地・反戦・反核・平和という活 動が、 アンチの運動であったのは事実なので、 積 極的に何かをつくっていく、 人をわくわくさせる ような楽しさを平和活動から感じとれるようでな ければならないという指摘があった。 今、 目の前 に改憲の大きな政治的な波が来ている。 国民投票 法案、 米軍再編等を前に、 アンチという立場も再 評価していく必要がある。 実にさまざまな角度か ら活発な意見が交わされた分科会であった。

■セッション3・分科会3 (司会:吉原功) 高作さんからは、 沖縄の状況、 今進んでいる事 態と憲法との関係について包括的な報告がなされ た。

まず、 歴史的な経過が簡潔にレビューされた。

沖縄は大変悲惨な沖縄戦を経験させられた後、 憲 法9条が創られた日本社会から切り離され、 言論 の自由や学問の自由、 財産権もないという状況に 投げ出された。 復帰運動は、 憲法愛国主義という べき運動実践で、 憲法9条のある日本に帰るとい うのは、 沖縄の人たちが共有した思いであり、 そ こには、 被害者にはもちろん加害者にはなおさら なりたくないという沖縄の平和主義が込められて

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いた。 復帰したら米軍基地がなくなるどころか、

日本の自衛隊まで入ってくるという現実があり、

さらに現在は米軍再編という事態になっている。

米軍再編はなぜ行われようとしているのか。 冷 戦構造が終了して世界各地から米軍が引き揚げた が、 これはアメリカの経済効率を考えてのこと。

引き揚げた後の空白を、 日本では沖縄で埋められ ることになっている。

実際どのようなことが進んでいるのか。 米軍再 編に際して 「基地負担の軽減」 が喧伝されたが、

実際には逆に強化されている。 憲法の改変が先取 りされた形でしかも 「軍事の論理」 でいま推し進 められている。 すなわち米軍と自衛隊の一体化で あり、 そのねらいは集団的自衛権である。 その先 取りがさまざまな形で、 しかもかなり強引に押し 切る形で行われている。

憲法に関連して、 国民保護法の重大な問題性も 提起された。 各自治体は有事になった際の国民保 護計画をつくらなくてはいけない。 民間、 とりわ けメディアが 「指定公共機関」 という形で軍事の 一端を担わされようとしている。 沖縄でも計画を 作っているが、 地元紙のシミュレーションでは 136万人沖縄県民を飛行機と船舶で県外に避難さ せるのに1ヶ月以上かかるという。 米軍と自衛隊 が集中的に配備されている基地の島で、 軍事計画・

軍事行動が優先され住民保護という観点は消えて しまうのではないかと危惧されている。

有事は外国が日本に攻めてきて始まると普通は 思うのだが、 今さまざまにつくられている法律や 政府が考えていることは、 そういう事態よりはる か前に、 各有事法制が動き出す。 例えば、 海外に 派遣されている自衛隊がそこで攻撃を受ければ、

その段階で有事が認定されうる。 本土ではあまり 実感として気が付かないようなことが、 沖縄でか なり進行している。 本土の人間はそのことをほと んど知らないし、 関心がないという現状はかなり 問題ではないかと思う。

丸山さんからは、 メディアの関係でコメントし ていただいた。 メディア全体が憲法問題について 反応がだんだんと鈍くなってきたということが非 常に大きな問題である。 しかし、 その中で沖縄メ ディアを中心に、 地方は憲法擁護の姿勢、 あるい は変えなくてもいいという姿勢がまだあるという ことが述べられた。

朝日新聞 は、 平和あるいは進歩主義の新聞 と見られているけれども、 そのよって立つところ が、 現在は民主党になっているのではないか。 そ の民主党が憲法問題、 軍事問題についてより積極 的になっていくと、 日本全体がもっと危なくなっ ていくのではという懸念が表明された。

丸山さんは、 ナイロビで開かれた

WSF

(世界 社会フォーラム) に参加されたが、 そこで憲法の 意義を意外な形でアフリカの人から言われたそう である。 「武器も持たず、 戦争もしないというこ とは、 アフリカの私たちにとってとても有効なの だ、 私たちにとってこそ必要なのだ」 と。

堤さんは、 沖縄の高作さんの報告を受けて、 沖 縄のような状態にどうして追い詰めてしまったの か、 その追求が必要だとコメントした。 堤さんは 9・11を経験し、 それからアメリカ社会を深く調 べるようになり、 とんでもない格差社会だという ことを知る。 最も底辺に置かれてしまった人々が、

イラクに行かされているということをつかむわけ である。

堤さんは、 イラクからの帰還兵にインタビュー しているが、 日本の憲法9条について、 「それは 私たちのあこがれ。 戦争を体験して戦争の現実が 本当にわかった、 日常の中ではそういうことはわ からないという不幸」 を語ったという。 「日本の 9条や戦争をしない姿勢をもっともっと広めてほ しい」 といわれたという。

分科会では、 まず桜井さんの報告で、 メディア がなぜ平和の問題を取り上げないのかということ の一つに、 メディアにおける商業主義、 センセー

国際シンポジウム全体会報告

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ショナリズムがあることが指摘された。 平和主義 というのは地味で、 センセーショナルには取り上 げにくい。 対抗軸として戦争主義とは言わないと いうこともあって、 平和を進めたいと思っている 人がメディアの中にもたくさんいるけれども、 セ ンセーショナリズム、 商業主義の中で取り上げに くい現状がある。

もう一つ日本のメディアの問題として、 公平性、

中立をうたっていて、 その中身が非常に問題だと いうことが指摘された。

NHK

の従軍慰安婦に関 する番組の改竄が大問題になった際にこれが典型 的に顕れている。 政府要人、 大物政治家の圧力が 問題になったが、 この判決が最近出された。 大変 重要な判決で、

NHK

が 「政治家の意図を過剰に 忖度 (そんたく) して編集権を放棄」 したという 判決が出されたのである。

NHK

の重役が会いに 来ると大物政治家が 「中立にね」 とささやく。 そ れに過剰に反応して番組を変えてしまう。 従軍慰 安婦が出てくる場面をカットする。 あるいは慰安 婦たちの側に立って発言する人の発言をカットし て、 自由意志で慰安婦になったと言う人を登場さ せる。 「中立にね」 というささやきがこのような 効果を持つ日本の言論状況、 メディア状況は極め て深刻だといわねばならない。 平和や憲法問題が なかなか報道されない大きな要因になっている。

従軍慰安婦問題に関連して桜井さんが紹介され たもう一つ重要なことは、 河野洋平元官房長官が 談話で反省と謝罪をしたわけだが、 その反省をし た河野談話を否定する国会決議案がいま準備され ているということである。

討論では、 イラク派兵反対のビラを自衛隊官舎 に配り逮捕され高裁で有罪の判決を受けたことも 話題になったが、 関連してフロアーから 「市民が 意見表明をすることで、 不当に逮捕される事件が 相次いでいる。 何か言うと怖い状態だがどうした らいいでしょう」 との質問がでた。 これに対して

「なるべく多くの人を巻き込んで、 運動を続ける

こと」 と高作さんは強調された。

■セッション4・分科会4 (司会:平山恵)

「なぜ、 世界の中の9条なのか」 は、 資料14頁 に非常にいいリストができている(1)。 吉岡氏から は、 世界の中で9条の有用性というものが認めら れてきているという報告があった。 戦争のさなか にいる人たちのニーズは高い。 例えばアフリカで はもう戦争は懲り懲りだということでニーズは高 まっている。 その具体的な活動について、 ピース ボートが行っていることを元気が出るような発言 で説明していただいた。

分科会のほうは、 方向性としては国内と国外と 考えてもらったらいいと思う。 結局、 9条がなく なったら仕方がないので、 国内でどうやって伝え るか、 どうやって賛同者を得ていくかということ が問題になった。

まず現状はどうなっているかということで、 例 えば戦争はなくならないとあきらめてしまってい る。 若い人たちが9条の問題を語ると共産主義 (アカ) と見られてしまって、 なかなか心理的に 壁がある。 立派な条文であるので使いにくい。 若 い人でなくても、 水戸黄門的にこれを見よという のも心理的に受け入れがたいものがあると。 そう いう現状がわかってきた。 それではどうしたらい いかということで、 吉岡さんや熊岡さんから現場 での体験を交えながら回答していただいた。

国内のほうでは、 殺人を容認している日本人の 自覚はあるのかという疑問が提示されたり、 なぜ 市民運動がうまくいっていないかというと、 日本 の市民運動が政治を変えた経験がなく自信がない と。 例えば韓国などは市民運動によって政権まで 代わったが、 そういう経験がないからであろうと。

ではどうしたらいいかということに対して吉岡さ んからは、 ピースボートとしては、 運動論として 気がついた者が変えていかないと仕方がない。 そ れから、 国内のこともしながら世界に向かって声

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をかけていくべきだという話が出た。

もう一つ、 小林よしのり問題が出てきた。 小林 よしのりが書いていることに共感する若者がいて、

それはどう考えたらいいのか、 なぜそういうこと になったかというと、 平和運動が上から押しつけ られてきたという経緯があるのではないかという 意見が出された。 では、 どうやって解決したらい いかということに対して吉岡さんから、 一緒に現 場を訪れ一緒に考えていったらいいということで、

ピースボートが船を出して現場を見ていくことの 正当性が語られた。

国外のほうでは、 それをどう海外に活用するか というところまで行ってないので、 全部下に下がっ てしまっているが、 それにつながるような議論と して、 グローバル9条キャンペーンを国内にとど めずに、 外に広げてちゃんと育てるという形で国 外に出していこうという話がなされた。

また、 主に現場の国際協力との関係で、 武器が なくて守れるか。 例えば国際協力活動をしている 人たちが、 自分たちの身を守れるのかという疑問 に対して、 熊岡さんからは武器を持っているほう が武器を呼び込んでしまうと。 では何で守ってい るかというと、 信頼関係で自衛できているという 発言があった。 吉岡さんからは、 自衛隊を活用す るという手だてもあるだろうと。 例えば災害援助 に非武装で自衛隊が活用されるような仕組みにす ることも可能であろうと。

もう一つ、 日本も含めて海外の

NGO

が身を守 るためにどういうことをしているか。 三つぐらい の選択肢があり、 一つ目はフランスの有名な国境 なき医師団 (Medecins Sans Frontieres:MSF) に 代表されるように、 軍に守られたような活動はし ない。 二つ目は軍に守られないとできないような 状況では活動は行わない。 三つ目はアメリカの軍 がアメリカの

NGO

を守るというようなこともあ るのではないかという話が出た。

<コメント>

1) 憲法9条の平和主義を改めて広く分かつため には、 どのようなメディアが有効であろうか。

西洋社会においては例えばキリスト教会のも つネットワークや場の提供というものが大き な役割を果たしている。 日本の社会にこれを 補完する機能はいかに構想できるのか。

2) 新聞やテレビなどの既存メディアの果たす 役割は依然として大きいだろう。 しかし近年 のジャーナリズムに浸透している商業主義や センセーショナリズムの壁を破ることはなか なか困難である。 一方で地域社会の現実に根 ざした報道を行っている地方紙の健闘ぶりも 過小評価すべきではない。 また若者や市民の 間でイベント形式や、 インターネットを利用 したオルターナティブなメディアによる平和 運動も一定の成果を挙げてきている。 こうし た草の根の運動と大メディアの報道がつなが るような仕組みを作ることをあきらめるべき ではないだろう。

3) 防衛的、 内に引きこもりがちな日本社会の 傾向に対して、 どのように世界につなげてゆ くかについて。 市民として国際協力の現場に かかわる立場から、 あるいは留学などの個人 的な経験に根ざして、 社会の変革の可能性を 目ざしてコミットすることの意味が提起され た。 韓国における民社化運動の過程で、 市民 社会の果たした役割の大きさを想起しよう。

またアフリカの新興国などで、 憲法制定を行 おうという時に日本国憲法第9条の存在と意 味を説明すると、 その評価と期待はきわめて 高い。 こうした国際社会の期待、 9条の潜在 的に持っている力についての認識を日本社会 が広く分かち持ってゆくよう目ざすべきだろ う。

4) 一方で、 例えば沖縄の置かれている現状、

すなわちアメリカの世界戦略の前哨基地のひ

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とつとしての機能が減じられるのではなく、

普天間飛行場の移転計画等を通じてさらに強 化されようとしていること、 こうした状態を むしろ固定化してゆく日本政府の政策、 ある いは沖縄を含めた日本の現状に鋭い関心を払 わない社会のあり方について、 厳しい批判の 指摘がなされた。

5) 日本社会に対してのみならず、 世界に対し て憲法9条の積極的な意味と活用法を検討し、

訴える試みを放棄すべきではない。 2007年度 にも

NGO・市民組織によって、 さまざまな

キャンペーンや世界会議が準備されている。

これまでに関わってこなかった層にまで理解 を生むような継続的な運動の必要を痛感する。

6) 2日にわたるシンポジウムは内容が多岐に わたり、 かつ刺激に満ちたものであった。 当 日の参加者の間だけでこうした認識を分かち 持つことでは、 一層の広がりを持ちにくいだ ろう。 類似の催しがさまざまに行われている が、 概してその報告が社会に広く流通してい ないようだ。 インターネットへの要約の速や かな掲示や、 メーリングリストによる配布な ど、 迅速に情報を回すことを提言する。

7) こうした議論を受けて、 勝俣誠

PRIME

所 長からクロージングのコメントがなされた。

さまざまな切り口と方法によって、 憲法9条へ のアプローチを二日間にわたって行ってきた。 そ の中で憲法9条を改廃するか、 維持するかという ことは、 我々市民にとって戦争をなくすというこ とを民衆の言葉として使えるかどうかというチャ レンジを受けているということであると解してい る。 これから継続して憲法9条の問題を論議して ゆく道筋として、 二つのことを提案したい。 第一 に9条の理解を一層広めるために、 入門的なマニュ アルを作ること、 第二に9条にロードマップとし て 「勉強会」 を組織し続けること。 後者はこれま での積み重ねをさらに展開するものだが、 9条型

の国際協力がどのように可能であるのか、

NGO

にせよ

ODA

にせよ、 その枠組みを模索する試み でもある。 あるいは9条が存立することの可能な 世界の基盤、 持続可能な開発の形態とは何か、 沖 縄をはじめとした特定地域への過剰な負荷の上に 成り立つような繁栄や安全ではなくて、 9条型の 地球村構想を描くことが必要であると考える。 こ うした試みが、 市民団体などの運動に合流してゆ くものであればと望む。

全体会を通して振り返ると、 各 「セッション」

「分科会」 のサマリー紹介にいささか時間をつい やし過ぎたようにも思う。 その分、 質疑や議論の 時間を十分に取れないうらみがあった。 しかしす べての催しに参加の上で、 全体を通して聴くこと が不可能な構成であり、 要約的な紹介は必須であっ た。 またそれぞれの進行役は問題の所在を簡潔に 提示してくれた。 その上に立って 「世界の中の憲 法9条」 といういわば身に余るテーマにどのよう に継続的に取り組んでゆくのかについて、 参加者 相互が少しずつにじり寄る形で検討できたのでは ないだろうか。 日本を取り巻く国際社会の現状は きびしく、 また何よりも日本の市民社会の中にじゅ うぶんに平和の思想が根づいていないのかも知れ ない。 そのことをアメリカ寄り、 あるいは弱者に 対して寛容でない市場主義の政策を取り続ける保 守政権の責任に帰することは安易であろう。 国際 平和研究所という研究機関の催しとしての可能性 と同時に限界も存在するであろう。 そのことを自 覚したうえで、 本研究所は日本の市民社会に平和 の思想がより深く定着していくことに貢献するた めにも、 平和学研究活動に加えて、 内外の市民社 会の平和運動と相互補完的な役割を広く作って行 くことが必須であると思われる。

(1) (1) 日本の軍事大国化への懸念、 (2) 安全

(9)

保障における軍事力の限界、 (3) 国連憲章26条と 国連ミレニアム開発目標とのリンク、 (4) 非アメ リカ型のモデルの必要性、 (5) 非軍事災害救援活

動に対する国際的ニーズの高まり、 (6) 国際協力 において 「丸腰」 が生み出す信頼と安全。

国際シンポジウム全体会報告

参照

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