論 文
老舗企業の長期存続 プロセス と戦略転換
一清 洲 桜 醸 造 に お け る組 織 変 動 と組 織 学 習 ‑
Long‑ r angeCont i nuanc epr oc es sandSt r at eg icChangeofOl dEs t abl i s hedCompani es Or gani z a t i on alCh an gean dOr g ani z a t i on afL ear ni n gonKi y os u ‑ Sak u r a ‑ J y ou z o
加藤 敬太
( Ke i t aKATO)
大阪大学大学院経済学研究科 博士後期課程1.問題意識
わが 国 には,何 百年 とい う歴 史 を もつ老舗 企 業 が 多 数 存 在 す る
( 0' Ha r 孔 2 0 0 4 ;
横 揮 編,2 0 0 0 )
。 企 業 の寿 命 は3 0
年 と言 われ て久 しい な か, い ったい近現代 にお け る老舗企業 の長期存 続 メ カニ ズ ム とは どの よ うな もの なの だ ろ う か。本稿 で は,前 近代 か ら現在 まで長期存続 の 実績 を築 いて きた企業 を老舗企業 と定義 し,経 営戦略論 の立場 か ら近現代 にお ける老舗企業 の 長期存 続 プロセスの メカニズム を明 らか にす るこ とを 目的 とす る
1
。1 9 9 0
年 代 以 降,
「コ ア ・コ ン ビ タ ス 論 」( Pr a ha l ada ndHa me l ,1 9 9 0 ;
ハ メル ・プ ラハ ラ ッ ド,1 9 9 5 )
や 「ビジ ョナ リー ・カ ンパ ニー」(コ リ ンズ ・ポ ラス
,1 9 9 5 ) ,「リビ ング ・カ ン
パ ニ ー」 (グー ス,2 0 0 2)
とい った世界 的 に注
目され た著作 の影響 を受 け, それ までの経営 史
や家族社 会学 の立場 か ら論 じられて きた老舗企
業 研 究 (京 都 府,1 9 7 0 ;
足 立,1 9 7 4 ;
絵 本,
1 9 7 7 ,1 9 7 9 ;
粉 本 ・山本,1 9 7 8 )
か ら,経 営 学
と りわけ経営戦 略論 の文脈 か ら近現代 にお け る 老舗企業 の長期存 続 の原 因 を求 め る議論が活発 化 した
( e . g.
水 谷 内,1 9 9 5 ;
本谷,1 9 9 7 ,1 9 9 8 , 2 0 0 3 ;
神田 ・岩崎,1 9 9 6 ;
横棒編,2 0 0 0 ) 0
これ ら経営戦略論 の文脈 か ら論 じられた老舗 企業研 究 は,一般 的 に 「老舗」 とい う言葉 か ら
連想 す る 「暖簾 」 や 「家訓」
,
「屋号」 ,「伝統 的
製 品
」 ,「創 業者一族支 配」 とい った有形無形 の シ ンボ リックな諸 資源 の現状分析 か ら長期存続 の実績 を解 明 しようとす る ものであ った。つ ま り,現存 す る老舗特有 の内部 資源 の模倣 困難性 が長期存続 とい う実績 に結 びつ くと した因果論 的 な議論が主流 であ ったのであ る。
加藤
( 2 0 0 8 )
に よれ ば, この ような経営戦略 論 の文脈 か ら論 じた老舗企業研 究 の問題 点 とし て,老舗企業 の伝統 的で シ ンボ リックな諸 資源 の現状分析 を中心 に行 い,長期存続 プロセスの ダイナ ミズ ム を解 明 した もので はない ことを指 摘 してい る。老舗 企業 の ように長期存続 した組 織 にみ られ る伝統 とは, シ ンボル となって継承 され る もので はあ るが,その伝統 の意味や解釈 は時代 ご とに再構 成 され なが ら継承 され る もの で あ る (ワイ ク,2 0 0
1)。 また,老舗 企 業 の よ うに近代化 とい う劇 的 な環境変化 に耐 えて きた 企業 は,主体 的 に事業 の組 み換 えを行 って,長 期存続 を実現 して きた とい う指摘 もあ る(宮本,1 9 8
1)0つ ま り,近現代 にお ける老舗企業 の長期存続 プ ロセス は,伝統 の再構 成 プロセスや事業 の組 み換 えにみ られ る戦略 的革新 や組織学習 に よっ て戦略パ ター ンを次 々 と組 み替 えて行 くダイナ ミズ ム と して捉 え られ る もの とい える。そ こで, 春稿 は,経営戦略論 の文脈 か ら老舗企業 を分析 す る新 た な展 開 と して,長期存続 プロセスの ダ
匝 二二画 老舗企業の長期存続プロセスと戦略転換 [加藤敬太〕
55
イナ ミズムの経時的分析 によって長期存続 メカ ニズムの解明を試みる。
一方,経営戦略論では,老舗企業 を対象 とは してい ない ものの組織 の長期 的変動 と戦略パ ター ンの変遷 を扱 い組織の長期存続のダイナ ミ ズム を扱 った研 究領域があ る。本稿 の試み は.
これ らの研究 を応用 して近現代 における老舗企 業の長期存続 プロセスのダイナ ミズムを解明す るものである。 まず,次節 では,経営戦略論 に おいて,長期 的な組織変動 と戦略パ ター ンの変 遷 を扱 った先行研究の レビューを行 う。 ここで は,既存研究が組織変動の安定期 を中心 とした 戦略パ ター ンの変遷 を明 らかに しなが らも,変 革期 における戦略パ ター ンの転換 メカニズムが ブラックボ ックス化 されているとい う限界点 を 指摘す る。次 に,その指摘 を受け,限界点 を克 服す るアプローチ を検討す る。 ここでは,組織 学習 を鍵概念 とし,戦略パ ター ンの転換 メカニ ズムを分析す るアプローチが提示 される。
その うえで,本稿 における分析 フレームワー クを提示 し事例研究 を行 う。本稿 で取 り上 げる 事例 は,創業か ら
1 5 0
年以上の歴 史 のある老舗 企業で,清酒の製造,販売 を営む 「清洲桜醸造 (秩)」 (以下,
清洲桜 と記述す る)であるO清 洲桜 は,代 々,創業者一族支配 を貫 き伝統的な 事業展 開を行 って きたが,1 96 2
年 (昭和3 7
年), 現社長 に代替 わ りして以降,大幅に戦略パ ターンの刷新 を図 り現在 まで存続 して きた老舗企業 である。同社 は,現在では清酒メーカーの準大 手 と位置づけ られるが,従業員 は
75
名の零細 な 老舗企業である。本事例では,同社が長期 的な 組織変動のなかで戦略パ ター ンを発展 的に刷新 す ることで,清酒業 とい う事業の継続 に成功 し, 老舗 として企業の長期存続 を可能に したダイナミックなプロセスが示 される。事例 を示 した後, 詳細 な考察 を行い,最後 に本稿 の結論 と理論的 含意,そ して課題 を示す。
2.
先行研 究 の検 討本節では,経営戦略論の文脈 による老舗企業
56
企業家研究 (第6
号 )2009. 6
研究の新 たな展 開 として,近現代 における老舗 企業の長期存続 プロセスのダイナ ミズムを捉 え る理論的前提 を議論 してお く。具体的には,長 期存続す る組織の組織変動 と戦略パ ター ンの変 遷 を捉 えるアプローチ,そ して変革期 において 戦略パ ター ンを組み替 える組織学習の議論であ る。
2. 1
組織変動 と戦略パ ターン組織 の長期 的な組織変動 は
,
「漸次的展 開過 翠( i nc r e me nt a le vo l ut i o npr oc e s s )
」 と 「革新 的変革過程( r adi calr e vol ut i onpr oces s )
」 と い う2つの組織変革 を繰 り返 しなが ら存続す る と 考 え ら れ る( Tus hmanandRomanel
li,1 9 8 5) 。
漸次的展 開過程 とは,安定的段 階 にお いて進行す るプロセスであ り,組織 と環境 の関 係の整合性 を維持す るための活動である。 しか し, ひ とたび急激 に環境が変化 した場合,存続 を図るには非連続的な変革 を迫 られる。それが 革新 的変革過程である。つ ま り,組織 にとって 長期的に存続 を担保す るためには,安定期 と変 革期の間のダイナ ミックなバ ランスをとる必要 がある。この ような安定期 と変革期 の経時的なダイナ ミズ ム を戦 略論 の分野 か ら説 明 したのが 「ゲ シュ タル ト戦 略
( ges t al ts t rat egy)
」 (以下,GS
と記述す る)や 「コンフィギュレーシ ョン ・ アプローチ( c o nf i gur a t i o na ppr oa c h)
」 (以下,CA
と記述 す る) といわれ る研 究 で あ る( e. g.
Me ye r ,Ts uia ndHi ni ngs ,1 9 9 3 ;Mi l l er ,1 9 8 6
,1 99 0 ,1 9 9 6 ;Mi nt z be r g,1 9
72,1 9 7 7)
。 これ らの アプローチは,組織 の外部環境 によって組織構 造が決定 されるとす る 「コンティンジェ ンシー 理論( c ont i ngenc yt heor y)
」の環境決定的で 非変動的な性格 を批判 し,戦略形成 プロセスならびに組織変動が議論の焦点 となっている。
た とえば
,Mi nt zberg ( 1 9
72 ,1 9 7 7)
は,級 織 内の創発 的戦略 と中核 的戦略 を相互補完的に 連結す る戦略 をGS
と位置づ け,一定期 間にみ られる戦 略パ ター ンを記述 的に分析 した2
。 さ らに,一定期 間,組織の成員の統合 を引 き出 した
GS
は, ひ とたび環境が変化 して組織 内の非 統合が生 まれるとゲ シュタル ト変化が起 こ り, 強力 な リー ダー シップの もと新 たなGS
が確立されるとい う。 このように,
Mi nt z be r g
は,GS
という戦略パ ター ンの経時的配列 を分析 するこ とで組織の安定期 と変革期の数十年スパ ンの周 期的プロセスを論 じている3
。この
Mi nt zber g
に よる議論 を発展 させ たの が,CA
である。 このアプローチでは,組織 を 環境,戦略,構造,文化,信念などが タイ トに 結合 したシステムとして捉え,そのシステムが 安定的な状態の ときをコンフィギュレーシ ョン と呼び,組織が一定のコンフィギュレーション か ら次のコンフィギュレーションに移 る非連続 的 な 変 革 プ ロ セ ス を経 時 的 に論 じて い く( Me ye r ,Ts uia ndHi ni ngs ,1 9 9 3 ;Mi l l e r ,1 9 8 6
,1 9 9 0 ,1 9 9 6)
。 よってこのアプローチで も,組織 の安定期 をコンフィギュ レーションという一定 の戦略パ ター ンとして捉 え,数十年スパ ンの組 織変動の周期的プロセスを論 じている。GS
か らCA
に続 く一連の研究は,組織変動の 安定期 における戦略パ ター ンの変遷 を長期的視 点か ら論 じた点で一定の評価 はで きる。しか し,CA
ば,安定期 における戦略パ ター ンの類型化に理論的発展 を求めた結果,変革期 における組 織変革の具体的なメカニズムは解明された とは いえない
( Mi l l e r ,1 9 9 6)
。そのため,戦略パ タ‑ンの類型化 を過度に強調するあま り,変革 を生 み出すメカニズムがブラックボ ックス化 されて しまっている。つ まり,組織変動の変革期 に関 しては,パ ター ン変更が非連続的に行われた と い う結果論的説明に帰結 して しまうという限界 を抱 えている。
この 限界 を克 服 す る ア プ ロ ー チ と して,
Pet t i gr ew
による時間ベース分析( t i me ‑ ba s ed ana l ys i s )
に基づ く「戦略のプロセス論」 4
があげられる
( Pe t t i gr e w,1 9 8 7 ,1 9 9 0 ,1 9 9 2) 。 Pe t t i gr e w
は,長期的な組織変動 を短い出来事の連続 とし て捉 えるのではな く,全体 を通 じた連続的エ ピ ソー ドとして捉 えている。つ まり,このアプロー チ は,GS
やCA
で は見 落 とされ てい る戦 略パター ンの変革期 を含 んだ組織変動 を捉 える方法 論 を展開 している。た とえば
, Pe t t i gr e w( 1 9 8 7)
では,I CI( I mpe r i a lChe mi c a ll ndus t r i e s )
の 実証研究において,1 9 6 9
年か ら1 9 8 6
年 までの長 期的プロセスを分析 し,変化は継続的ではある が漸次的なプロセス としては起 こらず,組織内 外の状況 に応 じて変化のパ ター ンの緩急が周期 的に起 こることを発見 している。しか しなが ら
,Pet t i gr ew
による戦略のプロ セス論において も,変革期において,いかに非 連続的変革が断行可能であったのか というメカ ニズムが解明 されているとはいえない。なぜな ら,安定期か ら変革期 を経て再び安定期 に至 る 組織変動 を連続的エ ピソー ドとして論 じるに留 ま り, なぜ戦略パ タ‑ ンの転換が断行可 能で あったのか といった点が説明されていないか ら である。 このように,戦略のプロセス諭におい て も,GS,CA
と同様の限界点 を抱 えていると いえる。つ ま り,以上の
3
つのアプローチは,組織の 長期変動 と戦略パ ター ンの変遷 を捉 える方法論 は展開されていた ものの,なぜ変革期 において 非連続的変革が断行可能であったのか というメ カニズムが解明されているとはいえないのであ る (図 Ⅰ)0近年,この ような限界 を克服する議論 として, 組織変動の変革期 を分析 しポス ト・プロセス論
と位置づけ られる「実践 としての戦略
( s t r a t e gy a spr act i ce)
」 に着 目したアプローチが関心 を 集めている( e . g.Whi t t i ngt o n,1 9 9 6 ;Chi aa nd Ma c ka y. 2 0 0 7)
。Whi t t i ngt on ( 1 9 9 6)
によれば,戦略の実践 に着 目するパースペ クティブはプロセス論の観 点の多 くを引 き継 ぎなが らも,さらに ミクロな 諸実践 を分析することによって, どのように戦 略が創 られるのか といった点 を議論 してい くこ とを主張 している。 また,Chi aa ndMac ka y ( 2 0 0 7)
によれば, プロセス論は戦略 を遂行す る行為者 に基づいたプロセスを論 じているのに 対 して,実践 としての戦略の議論で は戦略プロ セス も行為者 と同株 に経営の実践に根 ざしてい直 垂 老舗企業の長期存続プロセスと戦糎 換 [加藤敬太]
5 7
図
Ⅰ組織の長期変動と戦略転換における先行研究ゲ シュタル ト戦略, コンフィギュ レー シ ョン ・アプローチ
、ヽ
※変革期のブラックボ ックス化 戦略の プロセス論
⇒安定期か ら変革期 にかけて連続 のエ ピソー ド 出所 :筆者作成。
ることを強調す る。つ ま り,実践 としての戦略 に着 目す るアプローチでは,考察の対象 を実践 的行為 に置 くことによって,戦略が時間の経過 や環境の変化な どあ らゆる状況の変化 に応 じて 展 開 されていると主張す る。換言すれぼ 戦略 を実践 として捉 える視点 とは,戦略が実行 され 実体化 した もの として捉 えるのではな く,刻 々 と変化す る社会的 コンテクス トに埋 め込 まれた 経営現場 において,いわば即興 ともいえる ミク ロな諸実践,つ ま り実践的行為 を捉 えることな のである。
そ もそ もワイク
( 1 9 9 8 )
は,戦略 をミクロな 諸実践 として捉 えるべ きと主張 している。 ワイ クによれば,戦略 とは行為者の未来 に対す る期 待 や思 い込 み で あ る 「自己成就 的予 言( s e l f ‑ f ul f i l l i ngpr o phe c y) 」 5
がある方向に行為 を導きなが ら,単発 の出来事ではな く,実践 として の諸行為 の積み重ねによって実行 されるもの と い う。 さらに, 自己成就的予言 によって導かれ た諸行為 が秩序立 て られ現実化 した出来事 は, 過 ぎ去 った行為 として回顧 的にみた とき, よ り 鮮 明な ものになるとい う。すなわち, ワイクの 議論 を戦略 と組織 変動 の関係 にお いてみ た場 令,組織変動 とは,実践的行為 の積み重ねか ら
58
企業家研究 く第6
号)200軌6
戦略パ ター ンが作 り変 え られることによって存 続す る過程 といえ,その過程 を回顧的な意味付 けによって考察す る重要性 を指摘 しているとい える。
ここまで論 じて きた ように,組織の長期変動 を捉 える従来の研究では,組織が非連続的変革 によって戟略パ ター ンを変 え存続するとい うプ ロセス におい て,変 革 を促 す メカニズ ムが ブ ラックボ ックス化 された ままであることを指摘 した。そ こで, このブラックボ ックスを解明す るために,変革期の戟略 を実践的行為 として捉 えることによって,戦略パ ター ンが作 り変 え ら れ る棟 を忠 実 に考察す る方 向性 を検 討 して き た。次に,ブラックボ ックス を解明す る具体的 なアプローチを検討す る。
2. 2
戦略パ ターンの変化 と組織学習GS , C
A,戦略のプロセス論ではブラックボ ッ クス化 されていた組織変動 の変革期 を戦略の実 践 の観点か ら解 明す る鍵 となるのは,
「組織学習
( o r ga n i z a t i o na ll e a r n i ng)
」の議論である。なぜ な らば,第1に,組織学習論 は,組織 の 長期 的な継続 プロセス を中心的課題 としている か らである (安藤
, 2 0 0
1)。つ ま り,組織学習は,組織 を組織 変革 に導 いて発展 させ るこ とに よっ て, いか に長期存続 が可能か どうか を志 向 して い るの で あ る。 そ の ため,組織 学 習 の議 論 は, 組織 の長期変動 を議論 の対象 と しなが ら, と く に変革期 の組織 変革 に注 目し,長期 的存続 をい か に担保 で きるか どうか を問題 とす る。
第2に,組織学習論 は組織 内の個 人 と組織 の 関係性 の なかで組織 を変化 ,発展 させ るプロセ ス に研 究 の 焦 点 を合 わ せ て い る か らで あ る
( Cr o s s a ne ta 1 . ,1 9 9 9)
。 さ らに,組織 に とって 組織 学 習 は, それ までの戦略パ ター ンを刷新 す る手段 とな って い るか らで あ る( Cr os s anet a 1 . ,1 9 9 9 ;Mi l e sa ndSno w,1 9 7 8)
。つ ま り,級 織学 習 とは,個人 と組織 の関係性 にみ られ る実 践 的行為 にお いて戦略パ ター ンを転換 させ組織 変革 に導 くメ カニズ ムその もの とい えるのであ るoLか し,組織 を組織 学習 に よって組織 変革 に 導 き長期存続 を確保 す るのは,現 実 には薙 しい。
マ イルズ ・ス ノ
ー ( 1 9 8 3)
は,戦 略パ ター ンを「防衛 型
」
,「探 索 型」
,「分析 型」
,「受 身型 」 の 4つ の タイプに集約 され る と主張 したが, この 4つ の戦略 タイプの うち,一度 いずれかの タイ プが確 立 されれば, その変更 は極 めて困難 であ る とい う。 なぜ な ら,組織 は存続 しうる戦略 タ イプが い ったんパ ター ン化 され る と,新 しい ア プ ローチの探索 を減退 させ る とい う傾 向が あ る か らで あ る。この点 に関 して,組織 学習論 で は学 習障害 の 観 点 か ら議 論 が な さ れ て い る。 た と え ば,
Le vi t ta ndMa r c h ( 1 9 8 8)
は,現行 のルー テ ィンが将来 に向 けた学 習 を阻害す るこ とを 「慣 れ 親 しんだ能力 の
毘 ( c o mpe t e nc yt r a p)
」と呼ぶ。また,桑 田 ・田尾
( 1 9 9 8)
は,高次学習 に よっ て組織 を継続 させ 革新 的 な組織 変革 を行 うこ と は,現在 の プログラム を継続 してい る限 り発 生 せず新 た なプ ログラム を採用す る場合 に発生す る 「埋 没 コス ト( s unkc o s t )
」が掛 か るため困 難 であ る とい う。つ ま り,組織 は, もともと認識枠組 み を変 え る ような組織学習 を行 わない傾 向 にあ る といえ
る。 しか し,戦略刷新 の手段 となる組織学習 に 障害が あれば,戦略パ ター ンの転換 が困難 とな り, いず れ組織 は存 続 で きな くな って しま う。
Shei n
は, イ ンタビュー記事 の なか で,組織学 習 が 起 こ る 1つ の 側 面 と し て 「生 存 不 安( s ur vi va la n裏et y)
」 を指摘 している( Cout u,
2002)6
0で は,戦略パ ター ンを変化 させ るには, どの ような組織 学習が必要 なのだろ うか。マ イルズ ・ ス ノー は
,Ar gyr i sa ndSc h6 n ( 1 9 7 8 )
が展 開 した 「ダブル ・ルー プ学習」 の必要性 を訴 えて い る。ダブル ,ルー プ学習 とは,組織 全体 に影響 を 与 える ような高次 レベ ルの学 習であ り,組織 の 規範 や認知枠 組, ルー テ ィンの変化 な どが含 ま れ る。一方,低 次 レベ ルの学 習 は,現状 の枠組 み のなかで単 なる行為 の繰 り返 しや部分修正 の 学習 の こ とで
,Ar gyr i sa ndSc hb n
は 「シ ング ル ・ルー プ学習」 と呼 んでいる。加護野
( 1 9 8 8)
は, この低 次 レベ ル,高次 レ ベ ル の組 織 学 習 と組 織 変 動 の 関係 を論 じて いる。組織 変動 には,既存 の認識進歩の形態 の な かでの変動 と,認識進歩 の形態 その ものの変化 を伴 うような変動 とい った2種類 あ り, この2 種類 の組織 変動 は,それぞれ シ ングル ・ループ 学 習, ダブル ・ルー プ学習 に対応す る認識進歩 過程 とい う。 これ は
,Tus bma na ndRo ma ne l l i
が提示 した漸 次的展 開過程 と革新 的変革過程 と い う変 革 プ ロセスが, そ れぞ れ,低 次 レベ ル, 高次 レベ ルの組織 学習 に対応 している ともいえ る。す なわ ち,組織 変動 とは, そ もそ も,組織 の認識枠組 み を変化 させ てい く組織 学習の過程 なのであ る。そ こで, われわれ は,長期存続 の実績が あ る 老舗企業 を リサーチの対象 と し, これ らの組織 が,長期 的組織 変動 の なかで,組織学習 に よっ て戦略パ ター ンを転換 させ,その実績 を築 き上 げた点 に注 目 したい。 また,前項 で この点 に関 して,組織 変動 と戦略パ ター ンの変遷 を扱 った GS,CA.戦略 の プロセス論 の議論 では,ブラ ッ
クボ ックス化 され てい るこ とを確 認 した。
直 二重 老舗企業の長期存続プロセスと卿 摘 挽 [加藤敬太]
59
ブラ ックボ ックス を解 明す る観点 の1つ は, 高次 レベルの組織学習か ら戦略転換 に導 くよう な個人 と組織 レベルにみ る実践的行為 に注 目す ることである。 た とえば,金井
( 1 9 8 7)
は,中 小組織 における実証研究 によって.ダブル.ルー プの学 習 に導 くため には,企業家 に よる リー ダー シップの重要性 を指摘するO ここで論 じら れ る企業家 とは, 決 して ワ ンマ ンといった イ メージの ものではな く, ビジ ョンを持 ち積極的 に組織成員 の なか に入 り込 んで対 話 を通 じて リー ドす る人のことを指す。つ ま り,高次 レベ ルの組織学習に導 くには, ビジ ョンを持 った企 業家 と組織 の成員 を通 して達成 される ものであ り,組織学習 を議論す る際,個人 と組織の関係 にみ られる実践的行為が重要 になる。Cr os s a neta
l,( 1 9 9 9 )
は,個人 と組織 の関 係性 を明 らかに した組織学習のフレームワーク を提示 している。そ こでは,個人 レベルによる 直観( i nt ui t i ng)
7に始 ま り集団 レベルによる解 釈( i nt e r pr e t i ng)
を通 じて組織 レベルへ の統合( i nt e gr a t i ng)
,さらに制度化( i ns t i t ut i o na l i z i ng)
とい う新 しい学習の フィー ド ・フォワー ドの プ ロセス と,逆 のプロセス を通 じて更 に学習 を発 展 させ るフィー ド ・バ ックのプロセス とい う4 Ⅰ
モデルを提示 している。 この ように,Cr os s an eta
1.は,個人,集団,組織 の3
つの レベルを 通 じた組織学習のダイナ ミック ・プロセス を論じている。
しか し,古揮
( 2 0 0 7 )
は,現実の組織学習は, 個人的学習 と組織学習が段 階的なプロセス とし て生 じるのではな く,同時並行 的に生 じるもの と主張す る。つ ま り,組織学習 とは,個人 レベ ルか ら組織の全体 に波及す る組織変革 と戦略転 換 を議論する ものではあるが,そのプロセスは, 経営 の実践 な らびに社会的 コンテクス ト,それらを結ぶアクター との同期的相互 関係性 のなか にあるのである。
さらに,組織変動 を考察する場合,重要 とな るのが時間軸である。加護野
( 1 9 8 8)
が指摘す るように,組織 は認識進歩 しなが ら発展す る も のであ って,組織 変動 とは過去 に構 築 され た6 0
企業家研究 (第6
号)200タ. 8
ルーテ ィンや慣性 を変化 させ る歴史的発展 プロ セスなのである。 よって,組織が存続す るには, 刻 々と変化す る社会的 コンテクス トならびに歴 史的 コンテクス トに埋 め込 まれた実践的行為 を 通 じた組織学習によって戦略パ ター ンが転換 さ れると考 え られる。
この ように,組織学習 を議論する場合,社会 的 ・歴史的 コンテクス トに埋 め込 まれた実践的 行為 が重要 となる。学習理論 に 目を転 じれば,
レイブ ・ウェ ンガ‑
( 1 9 9 3)
は,
「状況 に埋 め 込 まれた学習( s i t ua t edl e a r ni ng)
」 を提唱 し, 学習 とは社会的実践のなかで行 われるものであり,その社会的実践 は歴史的な変容,変化の営 みであると主張 しているOまた,エ ンゲス トロー ム
( 1 9 9 9 )
は,学習 を人間活動の過去や現状 を 回顧的に踏 まえ新 たな活動‑ と導 く 「拡張 によ る学習( l e a r ni ngbye xpa ndi ng)
」 といった観 点か ら議論 している。ここまでの議論か らわかることは.組織学習 とは社会的 ・歴史的 コンテクス トに埋 め込 まれ た実践的行為 であ り,組織 を現状か ら発展 的に 存続 させ る ものであるといえる。 さらに,実践 としての戦略の観点か らいえば,組織 は高次 レ ベルの組織学習が行われることによって戦略パ
ター ンの転換 が導かれ,長期存続が担保で きる のである。
以上の議論か ら,本稿 では組織の長期変動の なかで.GS,CA,戦略のプロセス論の ように 戦略パ ター ンの変容 メカニズムをブラックボ ッ クス化 した定常的分析 ではな く,組織学習 を鍵 概念 とした動的分析 を行 うことでブラックボ ッ クスのメカニズムを解明す ることを目指 してい る。つ ま り,組織変動の動的分析 とは,社会的 ・ 歴史的 コンテクス トのなかで執 り行 われる組織 学習な ど,経営活動の実践的行為 に対す る文脈 的分析 か ら長期存続のメカニズムを解明するこ
とである。
3.
分 析 枠 組 み冒頭で指摘 したように,従来の老舗企業研究
の大 半 は,定量 的 な現状分析 に よって, シ ンボ リックな内部 資源 と長期存続 の実績 を結 びつ け た因果論 的 な議論 を展 開 していた。 この指摘 に くわ えて,既存研 究で は,組織 内都 に内包す る 特徴 的資源 の分析 に限定 してお り,長期存続 と 社会 的 ・歴 史 的 コ ンテ クス トとの関係性 が明確 化 され て い る とはい え ない こ とが 指摘 で きる (加藤,2008)。 そ こで,本稿 で は,老舗 企業 の 社 会 約 ・歴 史 的 コ ンテ クス トを踏 まえた経 時的 分析 か ら長 期 存 続 の メ カニ ズ ム を解 明 して い
く。
前節 では, この ような問題意識 か ら組織 の長 期 変動 と戦 略変遷 を扱 った諸研 究 を検 討 して き た。 しか し,組織 変動 にお いて戦 略パ ター ンの 変遷 を扱 った先行研 究 で は,変革期 にお ける非 連続 的 な組織 変革 や戦略転換 の メカニズ ムが ブ ラ ックボ ックス化 されてい るこ とを指摘 した。
それ ゆ え, われ われ は,長期存続 した組織 が 安定期 にお いて展 開 された戦略パ ター ンを変革 期 に大幅 に転換 し,再 び安定期 ‑ と変動 してい くメ カニズ ム を解 明す るアプローチ を検討 して きた。そ こで は,変革期 にお ける組織学 習 とい っ た社 会約 ・歴 史 的 コ ンテ クス トに埋 め込 まれた 実践 的行 為 に着 目 した ア プ ロー チ を提 案 した
(図‡) 。
そ こで,本稿 で は次の点 に焦点 を当て事例分
析 を行 ってい くO第1に,長期存続 の実績 のあ る老舗企業 の経 時的分析 を行 う。 これ は,すで に指摘 した ように,老舗企業 の現状分析 を中心 と した従 来 の老舗 企業研 究 で はなかった新 たな 観点 であ る。
第
2
に,長期存続過程 において,安定期 と変 革期 の繰 り返 しにお け る戦略パ ター ンの違 い を 明確 化す る。 これ は,GS,CA,戦略 のプ ロセ ス論 にお け るアプ ローチ と同様 の視 点 で あ る。つ ま り,組織 変動 の観 点か ら近現代 にお ける老 舗企業 の長期存続 プ ロセス を考察 してい く。
第
3
に,戦略パ ター ンを変化 させ る変革期 に 注 目し,組織 学 習 とい った社会約 ・歴 史的 コン テ クス トに埋 め込 まれた実践 的行為 か ら戦略パ ター ンが 転 換 され る メ カニ ズ ム に焦 点 を当 て る。つ ま り,先 に議論 したブ ラ ックボ ックス に 焦点 を当て るこ とに よって,老舗企業 の長期 的 存続 の メ カニズ ムの解 明 を行 ってい く。4.
事例 :清洲桜醸造4. 1
調査概要清 洲桜 は,創 業
1 8 5 3
年 (嘉 永6
年 ),会社 設 立19 4 9
年 (昭和2 4
年),所在 地 は愛知県清須市 (旧 清 洲 町),従 業 員7 5
名,清 酒 の製造,販 売 を行 な う老舗 企 業 で あ る。創 業家 は柴 山家 であ り, 図 Ⅱ 組織変動の戦略転換への注 目戦略パ ター ン す戦略転換 戦略パ ター ン 響ぎ戦略転換 戦略パ 夕∵ ン
① ② ③
一■ L L
※変革期‑の注 目
直 二重 老舗企業の長期存続 プロセス と戦略転換 [加藤敬太J1
61
出所 :筆者作成。
代 々, その家 の当主が 「藤戒 」 の名 を襲名 し, 創業以来,創業者一族支配 を維持 している。現 在 の代表取締役社 長 は,
9
代 目柴 山藤庶民 であ る。 同社 は,先代 (8代 目)か ら現社長 (9代 目) に代替 わ りして移行,大幅 に戦略転換 を遂 げ,現在 は全 国的に紙パ ック製 品 を販売 し,清 酒 メー カー出荷量11位( 2 00 8
年) をマークす る 業界 の準大手 メーカーであ る。同社 に対す る調査 は,イ ンタビュー調査,アー カイバ ル ・デー タ,雑誌記事,業界誌,監督官 庁 の報告書等の収集 によって行 われた。 デー タ 収集 に際 しては.調査者 の窓意 に左右 され るこ とは否定で きないが,で きる限 り多層 的なデー タソースか ら収集 した。
イ ンタビュー調査 は,硯経営 陣の一人である 常務 取締役 柴 山浩 明氏 に対 し準構 造化 イ ンタ ビュー を
2
回実施 し, さ らに電話 にて補足 イ ン タビュー を行 った。 イ ンタビュー内容 は, 同社 の歴 史,業界 の変遷等 のパ イ ロ ッ ト的 な聞 き取 り (1回 目),先代 か ら現社 長‑ の継承 プ ロセ ス を中心 とした聞 き取 り (2回 目) といった内 容 であ った。
さらに,清洲桜 の先代 か ら現在 に至 る間,也 元小売店の立場 か ら関わ りを持 った地元酒店経 営,元大型酒店勤務 の2名 に対 し,業界 の歴史 や清洲桜 が戦略転換 を図った頃の状況 を中心 に 聞 き取 りを行 った。
アー カイバ ル ・デー タは,現社 長が内部資料 と して綴 った回想 記 (柴 此
20 0
1, 日付不 詳) を入手 している。 この回想記 は, 自らの生 い立 ちの勉, 同社 を継承後,大幅 に戦略転換 を図っ た経緯が詳述 されている。 さ らに,上 の回想記 を補足す る もの として, 同社 の戦略転換 の真 っ 只 中に公刊 された現社長 に対す るイ ンタビュー 記事 を入手 してい る(
『東海総研 マ ネジメ ン ト』,1 9 8 8) 0
また,業界 の社会約 ・歴 史的 コンテクス トに 対 す る調査 と して
,
『酒類 食 品統計 月報』 と清 酒製造 ・販売 の監督官庁 であ る国税局の調査報 告書 を入手 している。
F酒類食 品統計月報』 は, 毎年2月号 に前年 の清酒大手50
社 の出荷動 向が62
企業家研究 (第6
号)200申。 虚
記 載 され る。約3
0
年 間分 を入手 し分析 した8
。ま た, 同誌 においてお よそ‑年毎 に清酒の紙パ ッ ク製 品の大 手 メー カー出荷動 向 も記載 され る。合 わせ て約3
0
年 間分 を入 手 し分析 に加 えた9。 さらに, 国税庁 の調査報告書か ら業界動 向 を把 握 した。その他,清酒業界 を扱 った多数 の研 究 も参考 に し, と くに参照 した場合 は引用文献 として示 してい る。さ らに,地元 の町史 (清洲 町史編 さん 委員会,1
9 6 9)
,郡史 (西春 日井郡編集,19 2 3)
な らびに,旧清洲 町の明治期 の状況が詳述 され る歴史資料 (林
,1 91 2)
も参考 に した。本節 では,以上 に示 した多層 的なデー タソー ス の分析 を も とに して詳細 なケ ース の記述 を 行 ってい く。
4. 2
清洲桜 の前史 と業界背景清洲桜 の所在す る愛知県清須市 は,米 どころ 尾張平野 の中ほ どに位置 し,近 くには水量豊富 な五条川が流 れ,清酒造 りに適 した土地である。
創 業家 の柴 山家 は旧清 洲 町 に古 くか らあ る家 で, 江 戸 期 か ら酒 蔵 を生 業 と して きた (柿,
1 91 2)。1 9 0 6
年 (明治39
年),3
町村 の合併 によっ て誕生 した旧清洲 町の初代 町長 は柴 山藤戒氏が 勤 め,その後,町議会議員 に も柴 山藤戒氏が名 を連ねてお り (清洲 町史編 さん委員会,19 6 9) ,
柴 山家 は清酒業 を生業 としなが ら,代 々,地元と密接 に関係 しなが ら存立 して きた といえる。
一方
,
清洲桜 の先代 までの規模 は,明治期 か ら等 しく零細規模 であった。具体 的には,189 3
年 (明治26年)の時点で従業員数5
人,生産量 約400
石 で あ り (清 洲 町 史 編 さ ん 委 員 会,1 9 69)
,先代 の時代 は,従 業員 はゼ ロに近 い状 態1 0
で 生 産 量 は 約600
石 で あ っ た (柴 山,20 0
1)。 この ように,柴 山家 は地元 の名 主 とし て清酒業 を生業 とし,現在 に至 るまで創 業者一 族支配 を維持 している。清酒業界 は
,
清洲桜 の ように古 い歴 史 を有 し, 家業的継承 に よって存続 して きた中小規模 の老 舗 企 業 が 多 数 存 在 して 構 成 さ れ る (小 牧1 9 7 2 ;
桜 井,19 81 ;
清 水,1 9 85)
。 この特 徴 は,同 じ酒類業界で も戦後 に栄 えた ビール業や ウイ スキー業の ような寡 占的産業 とはまった く違 っ ている。
桜 井
( 1 9 81 )
に よれ ば,1 8 7 6
年 (明治9
年) 時点で生産高が1 , 0 0 0
石以上 の酒蔵 は僅 か0
.20
/0,また,近藤編
( 1 9 6 7 )
によれば,1 9 6 5
年 (昭和4 0
年)時点では清酒製造業3 7 5 9
企業の うち1 7
企 業 を除 きすべてが中小企業近代化促進法 に該当 す る中小企業であると指摘 されている。さらに, 現在 で も9 9 %
以上が中小企業であ り (国税庁課 税 部酒税課,2 0 0 7 ) ,
江戸期 か ら現在 まで, こ の業界構造 は変わ らない。この ように清 酒業界 に乱立 す る零細 な酒蔵 は,昭和
3 0
年代か ら現在 まで厳 しい状況が続 い ている。清酒 に関す る酒類製造免 許場数は1 9 5 5
年 (昭和3 0
年)の4 0 2 1
場 (国税庁課税郭酒税課,2 0 0 0 )
をピークに年々減少 し,2 0 0 6
年 (平成1 8
年) には1 8 8 7
場 (国税 局課税 郭酒税 課,2 0 0 8 )
と半分以下 まで落 ち込んでいる。その原因の1 つ に清酒の人気不審か ら生産高が年 々減少 して いることが あげ られ る。清酒全体 の生産高 は,1 9 7 3
年 (昭和4 8
年) の約9 7 9
万石 を ピー クに減 少 に転 じ,2 0 0 8
年 (平成2 0
年) は約3 6 3
万石 と 約1 / 3
まで落 ち込 んでい る (日刊経済通信社調 査 出版部,2 0 0 0 ;
『酒類食品統計月報』2 0 0 9
年2
月号)。す なわち,清酒業界 は数十年 に渡 って構造的 不況が続 く業界 とい える。 しか し,清洲桜 は,
1 9 6 2
年 (昭和3 7
年),先代 か ら現社 長 に代替 わりして以降,構造的不況 に逆行す るかの ように, 零細 な酒蔵か ら一気 に業界の準大手メーカーに
まで成長 した。
4. 3
先代の時代上述 したように,清洲桜 は,創業か ら先代の 時代 まで,地元 に根付 いた零細 か 酉蔵 として家 業的継承 によって存続 して きてお り,清酒醸造 業では どこにで も存在す るようなメー カーであ る(小牧
,1 9 7 2 ;
桜井,1 9 81 ;
清水,1 9 8 5 )
。 また, 先代が当主であった昭和3 0
年代 は,年間生産量 は約6 0 0
石,得意先 問屋 2‑ 3
軒,酒販店2 0 ‑
3 0
店の極めて零細規模 であった。清洲桜 の ような零細 な酒蔵が乱立す る清酒業 界 は
,
他 の酒類 業界 の ような寡 占型産業 とは 違って,今 も昔 も犠烈 な競争 を強い られる業界 といえる (桜井,1 9 8
1)。 そ して,清酒業 に限 らず酒類産業は免許事業であ り.酒税確保の観 点か らも, さまざまな制度的制約のなかで競争 が強い られて きた業界で もある。清酒業 における制度的制約の 1つは,戦後の 食糧錐の時代,原料米の配給割当制度 によって 生産統制が布かれていた ことがあげ られる (近 藤編
,1 9 6 7 )
a.この原料米割当制は,1 9 6 9
年 (昭 和4 4
年) に食糧管理法施行令の改正 によって 自 主流通米制度が発足す るまで続 く (森本 ・矢倉 編,1 9 9 8 )
。一方,販売 に関 しては
,1 9 4 9
年 (昭和2 4
年) に配給統制機構が廃止 されて以降, 自由競争 と なった。つ ま り,清酒業界 は,戦後暫 くして, 生産 は統制 され,販売 は統制 を廃止 し自由 という体制 となった (近藤編
,1 9 6 7 )
。 ここに,清 酒メーカー間の市場 シェアをめ ぐる激 しい競争 の原点がある。昭和
3 0
年代 に入 ると,食糧事情が好転 し清酒 の需要が拡大 して販売競争 はます ます激 しさを 増 し, メー カー間の格差が拡大 した。つ ま り, 清酒の需要拡大 によって,生産高以上 に販売が 拡大す るメーカー と, もう一方では,生産 され た清酒 を市場で捌 き切れないメーカーを生み出 していったのである。 この流れは,価格 に関す る制度改正 によって よ り一層,強まった。まず
,1 9 6 0
年 (昭和3 5
年), それ までの公定 価格が廃止 され基準価格へ と移行 した。 この段 階の基準価格では,公定価格時代 と同様 に1級 酒 と2
級酒の間に3 4 5
円の差があった。 しか し,1 9 6 2
年 (昭和3 7
年)4
月.減税 による基準価格 の改正 によって,それ までの1級酒 を特級酒に, 準1
級酒 は1
級酒に改正 され,1
級,2
級 問の 差 が1 5 0
円 に圧 縮 され た。 この改正 に よって,1級酒の需要が急増す ることになる。
1級酒の需要の急増 は
,2
つの結果 をもた ら した (近藤編,1 9 6 7 ;
桜井,1 9 81 ;
森本 ・矢倉編.直 二重 老舗企業の長期存続プロセスと戦略転換 [加藤敬太〕
63
1 9 9 8 ) 。 1
つ は,灘 ・伏見 の大手 メー カーの躍 進であるO これ ら大手 メーカーは1級酒中心の メーカーであ り,地方 にある多 くの零細 な2級 酒 メーカーの需要 も取 り込む結果 となったので ある。次 に,大手 メーカーの躍進が 「棉売買」 を活 発化 させたことである。桶売買 とは,生産高以 上 に販売量 を確保 しな くてはいけない大手メー カーが 自社製品を捌 き切 れない中小 メーカーか ら末納税の清酒 を桶 ごと買い取 る とい う商慣行 の ことである。生産統制のなかで も販売の 自由 が守 られていた清酒 メーカーにとって,棉売買 は生産 と需要 のバ ラ ンス を とる手段 であった。
1 9 6 2
年 (昭和3 7
年)の基準価格改正 によって,2
級酒中心の中小 メーカーは,1級酒中心の大手 メーカーの躍進 に便乗 し,安易 に採算の とれる 棉売 りに依存す る業者が急増 したのである11
。この ような業界 の流れのなかで,桜井
( 1 9 8
1) は,各 メーカーを 「直売型」,
「卸売型」 ,「桶売
り型」 の
3
つの タイプに分類 している1 2
。直売 型 は,中小 メーカーの存立条件 の 1つで,規模 の小 さな酒蔵 に多 くみ られ る。 この タイプの メーカーは,卸売業者 を通 さず,主 に地元の小 売業者‑ の販売 を中心 に展 開 している酒蔵の こ とである。卸売型 は,規模 の大 きなメーカーに 多 くみ られ, さらに広域卸売型 と狭域卸売型 に 区分で きる。広域卸売型のメーカーは,灘 ・伏 見 にあ る よ うな全 国規模 の大手 メー カーであ り,狭域卸売型 は,地方 にある中堅メーカーに 多 くみ られる。桶売 り型 は,年 間製造量の半分 以上 を未納税 移 出酒 と して同業 者 に販売 す る メーカーである。先述の通 り,1 9 6 2
年 (昭和3 7
年)以晩 零細 な酒蔵 において桶売 り型のメー カーが急増 した。清洲桜が先代か ら現社長 に継承 したのは,塞 準価格改正 とほぼ同時期 の
1 9 6 2
年 (昭和3 7
年)5
月 で あ る。先代 まで の時代,年 間生産量約6 0 0
着 の うち約4 0 0
石が棉売 りと, 自主販売 よ り 桶売 りを中心 とした経営体別 をとっていた。つま り,清洲桜 は地方の零細 な酒蔵であ り,桜井 の分類 に従 えば桶売 り型のメーカー としての戟
6 4
企業家研 究 (第6
号)2009. 6
略パ ター ンをとっていた といえる。
こうしたなか,清洲桜 に とって先代 の時代 は 重要 な時代 であった。創業家 の柴 山家 には,先 々 代,男子が生 まれず,先代 は養子で入 った当主 であった。 しか し,先代 は学校 の教員 と兼任 し ていたため,あ ま り商売 には熱心ではな く,現 状 は妻が経営の先頭 に立 っていた。 また,当時, 経営の状態 は,決 して良い とはいえなかった。
さらに,先代夫妻の間には子供が
5
人恵 まれ たが男子が1
人であ り,その長男が現社長の9
代 目柴 山藤森氏である。この ような現状のなか, 経営 を取 り仕切 っていた先代の妾 は,柴 山家 の 家業 を長子継承す るため,長男 に対 し幼少期か ら後継者教育 を行 った。現社長 は当時の心境 を 次の ように語 っている。
柴 山家の9代 目と して昭和13年4月誕生。
男1人 女4人の5人兄弟の中で育 ち,幼少 の時 より男の 自分が家業 を継 ぐとい う心構 え が出来 ていた。父 は教育者 で養子 とい う事 も あ り家業 は母が実権 を持っている様 で,母の 家業 を守 る為 に年末の最盛期 には自ら トラッ クに同乗 して得意先 を廻 るとい う姿勢 には頭 が下 り,早 く学校 を出て家業 を継 ぎ手伝 わな けれ ばな らない とい う責任 感 を痛 感 してい た。当然私 も高校時代 でも年末の忙 しい時 は 家業 を手伝 い トラックに同乗 し販売 を手伝 っ た。 (柴山
200
㌦1
頁)この ように,現社長は,幼少 の頃か ら, 自ら トラックに同乗 して得意先 を回るなど経営の先 頭 に立つ母の背 中をみて育て られ,長男 として 家業 を継 ぐという心構 えをもっていた。さらに, 母親 も家業 を存続 させ るために,現社長 に対 し 後継者 にな る よう強 く言 い聞かせ て育 てて き た。
そ うした環境のなかで,現社長は,高校卒業 級,広島大学工学部醗酵科 に進学す る。 同学部 は,全 国に数少 ない醸造家 の教育 の場 として, 全国か ら子弟が集 まっていた。現社長 は, ここ で醗酵の勉学 に励 み,卒業後,名古屋 国税局鑑
定官室‑研修生 として入所 した。 ここでは,清 酒 の級 別 制度 の級 別審査 と酒造技術 指導 を学 び,翌年
( 1 9 6 2
年5
月),清洲桜 に入社 し9
代 目柴 山藤戒 として家業 を継 ぐ。清洲桜が,桶売 り型か ら戦略パ ター ンを変 えるのは,継承後の ことである。4
.4
現社長の時代4. 4. 1
滴売 りか ら自主販売路線への転換現社 長が家業 を継承 した昭和30年代後半 は, 桶 売 り型 の メー カー に とって,売 り手市場 と
なった桶売買 によって,安易 に採算が取れる状 況にはなっていた ものの決 して楽観で きる状況 ではなか った。 1級酒の需要が急増 したことに よって,
2
級酒中心の零細 な酒蔵 は,桶売 り先 が不安定 となった場合,一気 に経営危機 に陥 っ て しまう状況であ ったのであ る。 その証拠 に, 先述 した通 り,全 国的に零細 な酒蔵 は,1 9 5 5
年(昭和30年) をピー クに減少 に転 じていた。現 社長 は当時の心境 を次の ように語 っている。
立派 な酒 を製造 しても販路 を持 たない為 に 経営 が維持出来 ない蔵 が数多 く見 られ, この よ うになってはいけない と心 に誓 い苦難 な道 ではあるが,一歩づつ昇 ってい くが如 く毎年販 路の開拓 に傾注 した。 (柴山 日付不詳,1頁)
この ように,現社長 は,業界 の状況 を顧みて 桶売 り中心 ではこの先立 ち行かな くなると考 え 自主販売の路線 に転換 してい く。すなわち,棉 売 り型か らの脱皮 を図ったのである。
自主販売路線への転換 は,業界 の現状だけで はな く,現社長の大学時代 の経験が大 きな きっ かけに もなっている。その経験 とは,春休みに 実家 に帰省 した際,清酒の販売不振で貯酒 タン クが満杯 であることを目の当た りに し, 自ら桶 売 りの営業 に出るが良い結果 を得 られなかった ことである。 この ことか ら,現社長は,地方の 零細 な酒蔵 に多 い桶売 り型の戦略パ ター ンに危 機感 を抱 くことになる。現社長 は当時の心境 を 次の ように も語 っている。
せ っか く苦労 して醸造 した酒 をビンに詰 め て販売 を行わずタル売 り
13
を行 う事 は,結局 自分の 『のれん』 を切 り売 りすることで自分 で作 った酒 は自らの手 で販売 し消費者に飲ん でいただこうとあえて苦難 な道 を選 んだ。(柴 山 2001,3頁)「自分 で作 った酒 は他 力本願 の桶 売 りでは な く, 自分の手 で販売 し消費者 に飲 んでいた だ く」 との信念 か ら酒の販売に心血 を注 ぎ込 んだ。 (柴山 日付不詳, 1頁)
こうして業界の状況 に危機感 を募 らせ ていた 現社長は,家業 を継 ぐと同時に棉売 り中心の体 制か ら自主販売路線 に転換す る。 この際,組織 内事情 として従業員が家族以外 に期 間雇用の杜 氏 とパ ー ト従業 員 だけ とい う極 めて小 規模 で あったこと,元 々,出荷量が少 なかったことが 幸い して,継承 と同時に桶売 りを減 らし, 自主 販売路線 に遭進す ることがで きた。
自主販売 は,主 に地元の小売店 に対 して直売 によって開拓 した。零細 な酒蔵 にとって, 自社 製品を卸問屋 を通 じて販売す るルー トはあま り 持 ってお らず,小売店‑の直売 によって販路 開 拓 を行 わな くてはな らない状況であった。そこ で,数人 に入社 して もらい,現社長 は生産に従 事 しなが ら余 った 日は販路の開拓 に走 った。現 社長は,製造か ら営業 まで何で もこな しなが ら, 販路拡大 に奔走 したのである。
当初,地元周辺の小売店へ直売 によって販路 を拡大 してい き,約
2
年後 には,継承当時の 自 主販売 出荷 高 の200‑300石 か ら700石 にまで成 長 した。当時,業界では1000石売 って一人前 と いわれた時代であ り,現社長 は, まず1000石 を 目標 に していた1 4
。昭和
5 0
年頃になると,地元愛知県下ではある 程度の販路 を持つ まで成長す る。そこで,次の ステ ップとして,近県の卸店に対 して新規開拓 を行 ってい く。 この卸売 りの段 階 において も, 現社長は,卸問屋の営業マ ンと一緒 に小売店 に 営業 に出向 き積極的に販路 開拓 を行 った。そ し直 垂 盲老舗企業の長期存続プロセスと戦略転換 加 藤敬太〕