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国際化と日本の労使関係 : 産業化と国際化と豊か さ化の波動

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国際化と日本の労使関係 : 産業化と国際化と豊か さ化の波動

その他のタイトル Internationalization and Industrial Relations in Japan

著者 佐藤 万亀子

雑誌名 関西大学社会学部紀要

巻 23

号 1

ページ 103‑123

発行年 1991‑09‑30

URL http://hdl.handle.net/10112/00022590

(2)

国際化と日本の労使関係

ーー産業化と国際化と豊かさ化の波動ー一

万 亀 子

Internationalization and Industrial Relations in Japan  Makiko SATO 

Abstract 

The  cause‑effect  factors  in  Japanese  industrial  relations  which  have  affected the shape of the whole  society have been  influenced by three  developments:  Industrialization,  internationalization,  and growing affluence.  These three waves brought  about great  changes  in  Japanese society.  The  manner  in  which  these three developments  followed  one after  another  is  as  follows:  Industrialization  first  brought on technological  movements and 

innovation  and,  secondly,  internationalization,  and this  in  turn  finalty  brought  affluence  into the  life  of  the nation. ・since  all  internationalization  is  led  by industrialization,  it  follows  that  these two phenomena are  closely  related. 

Since  the Meiji  Restoration we also  have undergone three  new waves of  development:  This  second wave  is  the Automation  Revolution  in  the 1950s.  The third  wave  in  the ME  revolution  in. the  latter  half  of the 1970s. 

In  order to stabilize  the unbalance  caused by  the waves of development  on by  industrialization,  the smaller  waves of  internationalization  and  increasing  affluence were used to  restore  a balance. It is  in  this  fashion  that  our  industrial  society  has  been advancing.  Industrial  relations  have  been altered greatly by these three waves of  industrialization  and by  the  smaller  waves of  internationalization  and growing affluence. It is  on the  basis  of  the delicate  opposition offered to  these  changes by Japanese  customs  in  industrial  relations  that the SanshunoJingi  were originally  formed. 

Key words : industrialization,  internationalization, affluence,  industrial relations,  con vergence, three pillors, three wave motions 

抄 録

日本の労使関係の規定要因は産業化,国際化,豊かさ化であり,この三つの波によって社会変 容を遂げた。これらの連動する三つの波の発振つまりリード役は産業化であり,技術移入や技術 革新によって始まり,次に国際化の波を呼び,最後に国民生活に豊かさ化をもたらした。産業化 に先導されない国際化は存在しない程,国際化は産業化とは関連の深い現象である。

明治維新以来, 日本は三つの産業化の波を受けている。第二番目は1950年代のオートメーショ ン革命,第三は197吟三代後半のマイクロエレクトロニクス革命である。アンバランスを是正する かのように,国際化と豊かさ化の小波が連動することによって,新たなバランスを保ちながら,

産業社会は進展していく。

日本の労使関係は産業化という大きな波とそれぞれに続く国際化と豊かさ化の二つの波によっ て大きく社会変容しながら, それぞれの波に微妙に対応して, 「三種の神器」と呼ばれる日本独 自の労使慣行(終身雇用,年功序列.企業別組合)を形成して来た。

キーワード:産業化,国際化,豊かさ化,労使関係,収敏,三種の神器,三波動

(3)

関西大学「社会学部紀要」第23巻第1

序(日本人の豊かさ志向の歴史)

1.  日本の産業化の特性 2.  日本的な国際化 3.  豊かな社会の到来 4.  国際化と日本の労使関係 5.  結びにかえて(三波動の構図)

日本人は古来から農耕民族として四季折々の農耕儀礼を行うことにより,豊作を祈願して生活 して来た民族である%「豊作」すなわち物的「豊かさ」の追求は古代から精神的豊かさを求める ことにも深く影響してきた。「古事記」「日本書記」「万葉集」に始まって「源氏物語」「枕草子」

等の平安文学が誕生したのは,その当時の日本の貴族等の上流階層の人々がいかに精神的に豊か であったのかを物語り,偲ぶ事ができる。そこには千年以上の年月を経た今日でさえ,現代人の 感覚に通じるものがあるだけでなく,到底及ばないような心の豊かさやおおらかさが読者の心に 感動を呼び起こすものである。

奈良,平安時代にも仏教の伝来により多くの異文化が移入され,日本は仏教伝播の最末端であ りながら独自のレベルの高い仏教文化を発展させた。その後,江戸時代に入って鎖国令が敷かれ 公にはすべての外国との交易や外交は禁止された。国を閉じた中で,自らの国の文化を醸成させ たのである。それは徹底して豊かさの極みである「贅」の実現でもあった。平安文化は貴族がリ ードし,鎌倉,室町,江戸文化では貴族と武士と商人と農民がそれぞれ異なった文化を開花させ た。これらの時代の絢爛豪華な襖絵や建築は繁栄した現代社会でも目を見はるほど斬新である。

日本人は各々の時代を通じて最高の「贅」を創造して満喫して来た。それらは各々の時代の文化 遺産として現代も広く国民からこよなく愛されているものである。

最近の「贅」の代表は平成の開幕のセレモニーとも言える大嘗祭であり,儀式としての幽玄の 美にまして立派な神殿が日本の経済力を誇示するかのように礼が終ると解体され,国民から驚嘆 の呻が聞かれた。イベントとしては,平成2年に大阪で開催された花博は,先端産業や機械をテ ーマにせずに「花」で成功を修めたのは,バイオブームもさることながら来るべき経済社会(脱 産業社会)を予測的に写し出しているかのようである。その他,豊かさは国民の芸術に対する関 心を呼び起こし,様々の美術展や音楽会等もおびただしく催され,愛好者の層を広げている。日

l)石田一良「日本文化史」東海大学出版会, 1989年,p. 21 28によると,氏族時代に生まれ律令時代の はじめに形を整えた祝詞(『祈年祭』や『広瀬大忌祭』『竜田風神祭』などの祝詞)はこう祈願してい る。一「神は,私たちがお祭りするならば,私たちの作る五穀をはじめ草の片葉に至るまで,すべて の作物を生育させようと仰せられる。私たちは水田に入って肱も腿も泥水にまみれて稲作に従事します から,神よ,私たちの作るすべての作物を悪い風,荒い水にあわせず,生育して下さい。稲を長い立派 な穂に育てて下さい。そうして下されば,秋にはたわわに稔った初穂を神前に積み上げてお供えして貴 方をお祭りします」と。水稲農耕生活においては,労働力は自然の生産力(神の産霊の力)を助けるこ

とを人間の道と考えを農耕人の神・人観が語られている。

(4)

本人の豊かさ志向は西欧の進んだ産業を積極的に受け入れ,産業化を促進させる原動力となり,

さらには国際化を受け入れ進め,日本人の生活向上意欲はさらなる豊かさを求めて拍車をかけて 走行している。この類い稀な日本人の豊かさ志向の生活向上意欲は日本の労使関係においても微 妙に反映し,豊かになるにつれて「対立」から「協調」へと変化をもたらした。経営者は勤労者 の生活が豊かになっていく事を,企業の繁栄に繋がることと理解を深め,勤労意識の向上や職場 環境の改善さらには労働生活の質向上に力を入れた。日本人の豊かさ志向は,労使相方の豊かさ 志向すなわち生産性を高めるという一致点を支点にして,労使関係においても多くの実りを上げ たのである。

本論では日本人の豊かさ志向が自らの勤労意識を掻き立てて労使合意のもとに各社の生産向上 を総力を上げての目標にし,その結果増大した利益が勤労者に還元され, .9割が中流意識の持つ 豊かな国家に形成した今日, 「産業化」「国際化」「豊かさ化」のキーワードがいかに波動して来 たかを追い,国際化と日本の労使関係の関連を明らかにする一助としたいと考える。

1.  日本の産業化の特性

国際化を考える場合,まず押えて置かねばならないのは産業化の概念である。ここでは国際化 を明確にするためまず産業化について整理する必要性があると考え,あえて最初に論述する。明 治維新に入って,それまで鎖国を守ってきた経済が一拠に進んだ欧米の産業を受け入れ,急速に 産業化を果たした。かつての産業革命当時のイギリスと同様に日本でも明治維新以来産業化が行 われ,地方の農民が流入して都市を巨大化していった。

このような産業化の過程をムアー〔WilbeltE. Moore 1965〕は「産業化の影響」2)に著し, フラー〔AlvinToffler 1980〕は「第三の波」3), ベル〔Daniel Bell  1973〕は「脱工業化社会 の到来」4)を著している。 この産業化は既に先進諸国においては一定の完成を見, 第三次産業で あるサービス産業の進展が見られるのが共通の現象である。しかし今日,第三次産業は一次,ニ 次産業とのバランスを取って発展しなければ,経済の底力は出ないことを,つまり一次と二次産 業あっての三次産業であることを多くの経済学者は強調している%

2) W.E. ムアー,井関利明訳「産業化の社会的影響」慶応通信社, 昭和46

Wilbert E. Moore, The Impact of Industry, New Jersey PrenticeHall, 1965. 

3)アルビン・トフラー,徳山二郎監修,鈴木建次・桜井元雄他訳「第三の波」日本放送協会,昭和55 Alvin Toffler, The Third Wave, New York, W. Morrow Co.,  1980. 

4)ダニエル・ベル, 内山忠夫他訳「脱工業社会の到来」上・下, ダイヤモンド社, 昭和50 Daniel Bell, The Coming of Postindvstrial Society, New York, Basic Book, Inc,  1973.  5)スティープンSコーエン, ジョン・ザイスマン, 大岡哲,岩田悟志訳「脱工業化社会の幻想ー製造業

が国を救う」, TBSプリタニカ, 1990.

Stephen  S.  Cohen  and John  Zysman,  Manufacturing Matters. ‑The Myth of  the  Post industrial  Economy, Basic  Books Inc,  1987. によると「第一に製造業が重要ということだ。労働 の適正配分を追求する社会学がどれほど進んだとしても経済が脱工業化することは,いまのところない

し,今後もしばらくはありそうもない。ものをつくることに対する熟練度と能力がゆらげば,国の富と 力もゆらいでくる」としている。

(5)

関西大学『社会学部紀要』第23巻第1

技術においてもマイクロエレクトロニクス革命は産業革命,ォートメーション革命に継ぐ第三 次産業革命と言われ,世界的に進んだ技術はすぐさま日本の工業の中に取り入れられ,実用化さ れている。第一次産業である農業のように土地に農作物を育てて収穫するのではなく,工場で様 々の「製品」を生産する第二次産業においては, 重工業の最盛期は終わり, ICLSIのよう な先端工業が主流になって来ている。

産業化は人類の総知識の所産であり,進むぺき人類の歴史の流れであり,それによって人類は 幸福をもたらされ,今まで進んで来た次元より,より高次の欲望が満たされることになる。 18C 西欧における産業革命と同様に日本においても,科学技術が進歩するにつれて,経営者たちは科 学技術の導入に熱心で,労働者はそれによって労働形態や家族形態を変えて都市に集中しはじめ た。都市での生活変容は様々の商業を盛んにし,科学の進歩はすべての経済や生活のパクーンを 変容し,再編成しはじめたのである。

産業化の歴史は日本においては国際化の過程でもあった。産業化は常にその進展の中で国際化 を伴って情報化し,さらに脱工業社会へ変容しようとしている。日本は何故こんなに急速に産業 化と国際化を成し遂げたのか。日本人の資質の優秀さもさる事ながら,文化水準の高さ,技術水 準の高さ,教育水準の高さ等の多くの要素があげられる。確かに欧米の技術を受け継ぐために必 要な技術水準や知的能力はすでに鎖国体制を取っていた江戸時代に内在しており,世界的にすぐ れた業績が知られている。6,7)そのような高い水準を持っていたからこそ,明治において高い技術 を自ら移入して身につけ日本独自に開発しえたといえる。

さらに日本の産業化や国際化の原動力は日本人の精神構造に帰因するところが多く,古代から

「豊かさ志向」が先導し,そのため様々の宗教儀礼や文化習慣が形成されて来た。近年になって も「豊かさ志向」の延長として「産業化」が優先的に国民の合意であったかのように国民的課題 として猛然と進められた。さらに産業化と国際化によって人々の価値変容がもたらされ,そのた め明治,大正,昭和と各時代にふさわしいライフスクイルの変容も余儀なくされてきた。

一般的には産業化の成果に国際化が広がるのであり,逆は生じ得ない。産業化は当然,産業化 の進んだ国からの産業技術の移転であり,そのために様々の製品が国内で生産することになり,

国の経済が豊かになり,国民生活も豊かになる。第一次産業のみでなく第二次産業が主力となっ て国の経済発展は行われている。

6)吉海正憲「日本産業技術政策」東洋経済新報社,昭和60 p. 63.  によると「幕府が一方で鎖国政策 を取りつつ,他方では西欧科学技術の奨励策をとって,情報伝達を促した点である。西欧科学への認識 を深めたのは, 18世紀前半の8代将軍徳川吉宗による自然科学の奨励保護政策が大きな契機となったと されているが,こうした幕府の方針に沿うかのごとく,佐賀藩や薩摩藩において西欧科学(主に蘭学)

の研究が積極的に行なわれた。医学および蘭学の体系化が時の権力により推進されたことに興味深い。」

7)樋口清之「日本人の知恵の構造」講談社, 昭和47 p.122140.  によるとペリーを驚かせた伊能忠 敬の地図,レペルの高い和算学者関孝和,神田・玉川・千川の上水大仏殿の建柱,大坂城の巨石の運 搬,箱根用水等の土木技術,その他和時計,根来寺の僧,算長による鉄砲の製造技術,ベルトや歯車の マスター等を掲げている。

(6)

産業化が国際化を通して結実として「豊かさ」がもたらされ,産業化のプロセスは国際化のプ ロセスと連動して起ることになる。産業化,国際化,豊かさ化の連動によって労使関係の焦点も 変容しながら労使協調へと大きく質的転換を遂げた。日本の産業化によって生み出された富は勤 労者の生活に国際化の意識変化とともに生活や文化をも変化させた。すなわち世界中で最も進ん だ欧米に収敏したと言える。つまりこの産業化は国際化と豊かさ化をもたらした。今後問題にな るのは,労働時間を含めた労働の質, レジャーの質, 文化の質, 住宅の質等のQOL(Quality  of Life)に関する領域である8)。 つまりそれぞれの質を高めるのが目標になっている。たとえ ば労働時間については単に短いというのではなく,短縮された時間の中で密度の高い,働きがい の感じられる労働が保障されることが必要であり,そのため,働きがいの感じられる職場づくり やキャリアディベロップメントを配慮した生涯計画などが必要になる。

産業発展の中で労働市場における女子労働の急増は,家電の著しい進歩等により家事労働の比 重が減少したために流出しやすくしたように,産業化の歴史は今後も世界規模で様々な生活変容 をもたらし続けるであろう。

2.  日本的な国際化

日本史の中で異文化の積極的な移入はいくつかの節目があった。まず遣唐使による中国の唐文 化の輸入である9)。次に聖徳太子による仏教の熱心な摂取により,仏教だけにとどまらず生活様 式や,時代は多少前後するが味噌,醤油,陶器,墨,紙等の生活必需品も日本文化の中に取り入 れられ,さらに豊臣秀吉によるキリスト教の解禁はオランダ医学や天文科学,科学技術や芸術や 食物に至るまで多くの西欧文明が入って来た。その後,徳川幕府が鎖国を敷いてからも,平戸な ど特定の出島では,ポルトガル,オランダ等の幕府から認められた国との貿易は許されていた。

医学,科学技術等は鎖国であっても取り入れられ,一部の医学者や蘭学者の中では相当研究が進 められた10)。その後はペリーの黒船来航の1870年まで, 日本がさも鉄塀にでも囲まれているよう に国際化を硬く閉じていた。江戸時代において,鎖国政策は多くの外からの文化移入を阻んだも 8)都留重人,佐橋滋編『筑波会議報告 クオリティ・ライフ」弘文堂, 昭和58 p.126127.  日本の

社会指標 として次のような生活領[域が設定されている。

①健康…健康度向上

③教育学習活動…学校教育,自己啓発

⑧雇用・勤労生活の質…雇用機会,勤労内容

④余暇…自由度増大,余暇生活

⑥所得•消費…所得・資産の増加・安定

⑥物的環境…居住・公害・災害・ 自然環境

⑦犯罪・法…暴カ・犠牲・苦しみの減少

⑧家族…家庭生活,家族の統合

⑨階層・社会移動•••平等,社会移動実現

国民生活選好度調査 でも,ほとんど同じような枠組で国民の生活満足度が調査されている。

9)森克己「遣唐使」至文堂,昭和30 p.112139.  10)前掲書「日本の産業技術政策」 p.6370. 

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関西大学『社会学部紀要』第23巻第1

のの,一方では独自の文化を円熟させるのに有効であった。強力な中央集権国家を形成し,西欧 の当時の科学技術水準から見れば大変な遅れがあったが,東洋の中では独自の日本文化を開花さ せた。特に美術においては, その当時の西欧絵画にはみられない浮世絵の技法の評価が高まり,

西欧の美術界にジャポニズムとして強い影響を多くの画家に与えた。このように美術のみならず 総合して高度に発達した独自の文化基盤があったからこそ,明治において西洋文明を急速に取り 入れることができたと考えられる。島国で歴史的に没国際であったため,産業化と同様に文化に おいても後発効果が生じたのである。

日本社会に有効かつ馴染むものだけが,国際化網を通って来て,日本社会を変容して来たかの その基本的枠組はしっかり残存しながら肉づけられ変容して来たと言える。

ようにみられるが,

叶 科 学

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西 叶 技 術

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叶 芸 術

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文 化

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叶 生 活

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日本の国際化のモデル

ないで,

日本人は文化輸入に貪欲なあまり,主体性を忘れているかに見えるが,実は主体性を強固に変え 自国の主体性に相入れるもの,自国の主体性をより確立し強めるも 日本人は古来から受け継いで来た文化 自国に必要なもの,

ののみを日本的文化価値基準でもって選択したと言える。

が日本的独自性とも言える独特の個性を持っていて, それに必要かつ合うもののみを取り入れて 来た歴史があると言える。それは日本人気質の頑固さに通じるものであり, 日本人の文化受容パ クーンの特徴でもある。

現在,日本社会は国際化の一色に塗り変えられている。これは日本の明治維新の歴史の中でも 三度目の国際化の波であり,明治開国以来でもかなり大きい波であろう。すでに,国際化の成熟 段階に入っているのである。 1億総国民が程度の差こそあれ,国際化の影響を受けて生活してい る現況である。

「国民融合度調査」11)によると融合の進展段階を下記の4つに分けている。

11) 博報堂生活総合研究所編「生活の国際化一~国際化融合度調査」博報堂, 19邸年, p. 813.  によると

「マクロには世界における日本の地位の向上により,国際的視野を持った行動が「国として」求められ ている。ミクロな個人の生活レベルにおいても,人,モノ,文化,情報などの国際交流の場は拡大して いる。日本人の海外渡航者数や国際電話数は1970年代を境にして急に増えているし,食糧を含めて消費 財の1人当たり輸入額も石海危機以降,増加の一途である。ちょうど日本が豊かになって来た過程に重 なり合う形で,生活環境の国際化は進められて来た」と説明し「融合という視点で人々の意識と行動に おける国際化の実態を明らかにする」ことを調査の目的としている。

(8)

1段階は外国(欧米)は「高きもの」, 日本は「低きもの」 という認識のもとで上から下へ の一方的な流れである。

2段階は高きから低きへという流れは同じだが,すべてではなく部分的に取り入れる『取り 入れ融合』である。

3段階は高きがなくなって,外国も日本も対等に並んだ段階『対等融合』である。

4は外国や日本とかを意識せず,いいものを集めたら外国だった, 日本だったというイメー ジである。これは『一体融合」と位置づけられる。

「現在,モノについては多くが『対等融合」の段階といえる。人はまだ『取り入れ融合』の段 階かもしれない。しかし,いずれモノも情報も文化も人も『一体融合』に向かっているといえる だろう」「真の意味での融合とは, 国による境(国による優劣意識)を取り除き, モノであれば 個々の商品のレベルで,人ならば個人のレベルでひとつの選抜肢として選ばれる状況をさしてい る。それは, 「一体融合」の実現された生活である。そのとき真の国際融合ともいうべき新しい 生活スタイルが始まるに違いない。」 と説明している。 さらに「国際融合生活の現状と展望とし て調査結果から次の7つの事項を掲げている。

1.  外国のモノに対する興味や関心はあっても,実際の購入時における外国品占拠率は高くない。

2.  「信仰買い」から「演出買い」へ。愛用品においてみられる外国品好みの現象。

3.  モノについて「融合」意識を持っている人は4割弱。「世界基準」で選ぶ「世界良品」の時代。

4.  生活への「外国」取り入れは,現状1 今後が3割。「異文化プレンド」が生活を楽しく 豊かにする。

5.  日本の国際化については77彩が賛成。反対論はたったの2

6.  国際融合にたいするバリア(抵抗感)には「理性バリア」と「感性バリア」があり前者には

「品質バリア」「コミュニケーションバリア」「イメージバリア」があり後者には「イメージバ リア」「不信バリア」「愛国バリア」「アレルギーバリア」の7つがあり, 特に国際融合生活に ついては理屈のない「感性バリア」がネックとなっている。

7.  生活の国際化の状況はタイプによって異なる。国際化に積極的な推進型は4人に1人として いる。推進型には「対等推進型 (13形)」と「開放推進型 (12飴)」があり,停滞型には「保守 停滞型 (50形)」「抑圧停滞型 (7%)」「自然停滞型 (14彩)」がある。

つまり,国際化とは行政や企業の主導の下で行われ,日本企業の経済進出や発展の中で,勤労 者とその家族が生活の中でいかに国際化を取り入れていくのか。取り入れた勤労者が企業に何を 望み,さらに労使関係には何を望むようになるのか。その相互作用の中で日本の労使関係はどの ような内容を備えた方向で形成される必要があり,また変化していくのかについて深めなければ ならないと考える。

国民の生活向上のための「産業化」が進展してくると「国際化」と「豊かさ化」が同時にもた らされ,社会変容が進行する。「産業化」が進展するのは, 言うまでもなく国民生活の向上のた

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関西大学「社会学部紀要」第23巻第1

め科学技術の進んだ西欧諸国から機械や技術等を輸入したことに始まるが,その浸透する中で,

必然的に付随してもたらされるのが,「国際化」である。今日, 何故これ程まで国民生活に影響 しているのであろうか。日本において国際化は既に日常性を得ているが,何故国際化がここまで 浸透して,産業化の恩恵を受けた労働生活が送れるように影響を与えるのであろうか。「産業化」

が「国際化」の生みの親であり,先進諸国との交流の全くないまま「産業化」が起こることはあ り得ないのである。「産業化」は欧米の科学技術輸入が行われることによってもたらされるもの であり,先端技術を輸入するためには,機械設備やその使用方法の伝達を受けなければならず,

科学知識や言語等の文化学術面での知識が必要となり,このために関係の人々はこれらを学ぶ事 により,外国の科学知識のみでなく,文化や言語が輸入されることになる。さらにこれらに随伴 して,様々の外来文化を欧米諸国から取り入れ,国民生活に波及することになる。これらの輸入 は,当然先進国の生活水準をも取り入れることになり, 「産業化」が欧米諸国の生活を享受する 発端になる。ここに「豊かさ化」が結果としてもたらされるのである。

つまり,国際化が進んでいく背後には,必然的に産業化の流れが先行して存在し,一般的には 産業化の後を国際化が追う形で進んでいく現象が見受けられる。つまり,世界のもっとも進んだ 科学技術はそれよりも遅れている国に伝播され,輸入し取り入れた国は,それをもとにさらに発 展をする。この技術伝播が産業を発展させ,企業を成長させ,さらに経済発展の原動力となる。

日本における国際化は常に世界で一番進んだレベルに近づこうとする収紋に似たところがある。

世界で最も進んだ生活レベルを維持するようになった日本は,日本への収敏とも言える「日本 化」が東南アジアをはじめ世界に波及されつつある。欧米にとっては,産業や文化が逆輸入され ることになる。国際化は産業化に付随して浸透してくる事を如実に物語っている。一次的には産 業化として企業や職場における国際化であり,二次的には勤労者の生活に変容をもたらす科学技 術の恩恵を蒙って生活者としての国際化を享受することになる。これが豊かさ化でもある。

国際化は勤労者にとって,欧米並の労働生活をもたらし,それは日本の勤労者の生活水準が速 度を増して急速に変化向上してきたことを意味している。生活においても欧米の生活に収敏され たのである。国際化の中で日本人のパーソナリティは変容するのであろうか。確かに日本人の価 値観は変容してきている12)。しかし日本人気質である核心については難しい面を持っていて,永 遠に変わりようのないようにも考えられ,だからこそ社会変容との間にミスマッチが生じるので あろう。このミスマッチを今後いかに埋めていくかはさらに研究の余地があろう。

国際的文化的影響を多くかつ長い間受けた為に,日本人の生き方は欧米の影響を強く受けた国 際的感覚を持つ国際人が多数誕生している。しかし現在積極的に進められている国際化も日本人 の中核の気質については日本文化の中では変貌するには相当の年月が必要と考えられ,しかも

12)価値観については下記の文献を参照した。日本地域センター編「日本人の価値観」至誠堂,昭和45 生命保険文化センター野村総合研究所編「日本人の生活価値鍋」東洋経済新報社,昭和55年。生命保険 センター編「自分主義の時代」(日本人の新しい価値観)東洋経済新報社,昭和63

(10)

中核を残しながら日本人気質を保持して独自に変容していくであろう。河合隼雄氏13)によると

「自我の在り方が日本人と欧米人では異なっている。欧米人が「個」として確立された自我を持 つのに対して, 日本人の自我ーーそれは西洋流に言えば「自我」とも呼べないだろう一―ーは,常 に自他との相互的関連のなかに存在し,「個」として確立されたものではない。」と説明されてい る。この説明に基いて,社風について考えてみると,いくら国際化が進んでも同様の事が言え,

日本人の自我はつまり集団の自我であり,集団が機能しやすく社風がつくられやすい。西欧では あまり社風ということが問題にされず,単に各人の個性の集りであって企業集団としての個性に はならない傾向を持っている。

今田高俊氏の提起している概念14)に「自己組織性」があり, 「システムが環境と相互作用する なかで,自らの構造を変化させ新たな秩序を形成する性質を総称する」と定義されている。この 概念を利用して考えると日本の国際化も自国組織性とでも言い換えられる性質を持っているので はないかと考えられる。つまり国際化を取り入れるのに「国際化のシステムが自国の環境と相互 作用する中で,自らの構造を変化させ,新たな秩序を形成する性質」を持っていると考えられる。

さらに国際化競争の中で,勝ち抜くためには国を挙げての組織化の再編を行い対抗して来たが,

日本独得の国際化社会の構造は「終身雇用」「年功序列」「企業別組合」のベクトルが三次元に立 体化して集合された合成力が他国に勝るパワー構造を生み出し, 日本の労使関係が世界に誇る優 位性を表わすことになったのかもしれない。

3.  豊かな社会の到来

「豊かさ」は辞書によると「満ち足りて不足のないこと。十分にあること。精神が豊かである こと。」と説明されている。精神的豊かさとは古来中国に「衣食足りて礼節を知る」と聖人君子の 教えにもあるとおり,凡人にとっては物質的に豊かな生活を送る中で礼節は自然に生まれるもの である。マズローによれば,自己実現の人間は精神的に最高に満ち足りた健康な人間であるとし ている15)。しかし必ずしも物質的に豊かな人が精神的にも豊かであるとは言えない。物質的に豊 かになった人が精神的には個人的不満を募らせる成長の幻想にややもすると落ち入る16)

茶道・俳諧などで言う閑寂な風趣の「佗」や芭蕉の俳諧の根本理念の一つで閑寂味の洗練され て純芸術化されたものに表象される「寂」等のような物質的豊かさとは程遠いシンプルさの中に 精神的な豊かさは,かえって新鮮なみずみずしいものとして人間の心によみ返ってくる一面を持 つものである。

つまり,経済的豊かさを土台として「精神が豊かであり,自由であり,未来的であること」「労 13)河合隼雄「日本人とアイデンテイティ」心理療法家の眼,創元社,昭和59 p.5. 

14)今田高俊「自己組織性ー一社会理論の復活」創文社,昭和61

15)フランク・ゴーブル,小口志彦監訳「第三勢カ マズローの心理学」産業能率短大出版部, 1972 p. 3557.  Frank G. Goble, The Third Force: The Psychology of Ablaham Maslow 1970 16)ボール. L.  ワクテル著, 土屋政雄訳「消費社会を超えて」 TBSプリタニカ, 1985 Paul  L. 

Wachtel, The Poverty of Affi.vence, A Psychological Portrait of the American Way of Life. 

(11)

関西大学「社会学部紀要」第23巻第1

働が主体的であること」「余暇を楽しむことができる」等が豊かさの説明として挙げられる。

日本人は「豊かさ志向」であるため動勉であり,なおかつ向上意欲が高い。日本人のパーソナ リティとされている勤勉性や向上意欲が高いのはこの「豊かさ志向」に源動力を発している。こ の国民性こそ「産業化」「国際化」を貪欲に受け入れ,日本の経済をここまで成長させた最大要因 である。現代,日本にあっては,労働組合の使命もイデオロギー性が露出されていると大多数の 国民の関心を得られず,むしろ離れてしまう傾向があり,大多数の国民の組合への本願はあくま で「豊かな個人生活の実現」にあると言えよう。再び何故,日本人は豊かになりたいのであろう か。くり返すことになるが,それは古代の水稲農耕民族から受け継がれて来た国民性に帰因する と考えられる。この時代の生活の目標はいかにして「農作」にするのかであった。そのために様 々の努力と苦労の結果, 農耕技術が高水準に発展し, 高い収穫率を上げるに至った。 しかし一 方,その当時の技術に応じきれない自然に対しては豊作を祈る農耕儀礼も盛んに行われた。その 頃から,家族形態も確立し村落も形成され,家族や村落総出で農耕に従事する家族労働形態が生 れた。このような中で,現代の日本人の精神構造の基礎が形成されたのである。ここでは個人の 豊かさの追求よりむしろ家や村落の豊かさを望むことが尊重され,家や村落の繁栄を願う生活共 同体が確立された。 このような日本の家族制度の中では常に家の繁栄が祈願され, 目標にされ た。そのため家族構成メンバーはそれぞれの性役割に応じた労働を余儀なくされていた。

日本の労使関係の究極の目標は「豊かでゆとりある勤労生活を実現する」ための労使相方の歩 みよりのプロセスであった。今年,春闘のスローガン等は各社とも「ゆとりある職場や暮らし」

が目立った18)。経済的に豊かな勤労者層は欧米並に余暇志向型のゆとりある生活を求めるように

17)宮家準編「民族と儀礼」大系仏教と日本人9,春秋社, 1986 p.260286. では「生産儀礼と仏教」

—一ー全同稲虫送りの伝統行事の数々を紹介している。

18)連合総研・総合生活開発研究委員会報告「ゆとりある生活の構図」労働経済旬報 1990  2月上旬号 No. 1409 

19)ゆとりについての研究は最近盛んであるが,最近の労政時報 (2977 (13), 2972 (4,6),  2982 (5),  3000号(7))に掲載されているものは下記の7研究である。

1.  日本生産性本部経営アカデミーによる「幻の ゆとり を求めて」は 時間短縮,イールゆとりでは ない という考えから,真のゆとりとは何かをアンケート調査をもとに企業における各種施策との比較 を行ない ゆとり 企業15ケ条を提案している。

(1)従業員が有給休暇を自由に取得できる (2)長期連続休暇やリフレッシュ休暇がある (3)  フレックス制度を導入している時間・休日 (4) 在宅勤務•裁量労働が認められている

(5)  従業員の適性・要望にあった制度がある ⇒専門職制度•限定勤務地制度 (6)  従業員の自己啓発援助を積極的に行なっている

(7) 異職種間の人事異動が活発である (8)  人事考課がフィードバックされている (9) 従業員の能力を十分に発揮させる環境がある UOl社宅が充実しており,各自の好みに合せている

Ull従業員の自宅か,会社から1時間以内にある U2l  従業員の健康に十分配慮している

U3l  「兼業」を持つことに対する規制をしている U4l企業年金の充実に積極的である

U5l給料が高い

参照

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