プランク『複合訴訟の諸類型』邦訳(一)
その他のタイトル J. W. Planck, Die Mehrheit der
Rechtsstreitigkeiten im Prozesrecht : Ubersetzung (1)
著者 岡 徹
雑誌名 關西大學法學論集
巻 44
号 2
ページ 229‑248
発行年 1994‑06‑30
URL http://hdl.handle.net/10112/00024646
訳者はしがき 以下は︑
E r s c h e i n u n g e n , i d e d u r c h d e n E i n f l u B m e h r e r e r R e c h t s s t r e i t i g k e i t e n a u f e i n a n d e r h e r v o r g e r u f e n e w r d e n . G i i t t i n g e n ,
1844の8
* 韮
g
訳で
ある
︒
プランク
﹃ 複 合 訴 訟 の 諸 類 型 ﹄
J.
W .
P l a n c k , D i e M e h r h e i t d e r R e c
h t s s t r e i t i g k e i t e n i m P r o z e B r e c h t
ー
E n t w i c k l u n g d e r p r o z e s s u a l i s c h e n
訳者は︑すでに別の機会に本書の内容に言及したことがある︵民商法雑誌六九巻六号三頁以下︑本誌二六巻一号一ー七頁以下︑
同二六巻三号三一頁以下など︶が︑以下の訳の中で該当個所が出てくるその都度それを指摘することにする︒
また︑それ以外にも言及すべきことがある︵たとえば︑本書について論じた日本語文献とその意義など︶が︑それにふさわしい
個所で言及することにし︵ここでは︑本書の表題の邦訳として︑ジウゼッペ・キヨベンダ著・中野貞一郎訳﹃民事訴訟における
ローマ的要素とゲルマン的要素﹄︵信山社・古典叢書︶六六頁の﹃複数争訟論﹄があり訳者はこれを参照させていただいたという
ことを述べるにとどめる︶︑直ちに訳にうつることにする︒原著のレイアウト︑活字の大きさ︑章や節などの番号のつけかた︑§
記号の用い方などを︑うまく訳文に反映できなかったことを遺憾とする︒
プランク﹃複合訴訟の諸類型﹄邦訳日 岡
邦訳曰
...L. ノ
︵ニ
ニ九
︶
徹
第 四 四 巻 第 二 号
︵二
三
0 )
私は︑以下の叙述に先立って︑二つの注意を述べておかねばならない︒第一のものは表題に関わる︒私は︑あらゆる専門家にこの書物の内容を簡潔に示すことができるような専門的表現があるとするならば︑それを見いだせればよいのだがと望む︒しかし︑
この書物で取り扱われた諸理論の組み立ては通常のものではないので︑そのような表現はまったく存在しない︒そこでまわりくど い表題が選ばれねばならなくなったのである︒しかし︑複数の法的争訟
R e c h t s s t r e i t i g k e i t
相互の影響によって引き起こされる訴訟上の現象には︑たしかにそれらの専門的名称がある︒ここで︑それらを現在用いられている専門用語で挙げてみよう︒すなわち︑
既判力
R e c h t s k r a f
t
およぴ訴訟係属R e c h t s h a n g i g k e i t
︑客観的およぴ主観的︹客体的およぴ主体的︺訴えの併合
K l a g e n h a u f u n g
︑反訴W i d e r k l a g e
︑共同訴訟
L i t i s c o n s o r t i u m
︑参加I n t e r v e n t i o n
︑準備的
P品
p a r a t o r i s c
h
およぴ先決的p r i i j u d i z i e l
事件の理論である︒こ
l
れらの対象を共通の研究のもとにおくことが目的にかなっているかどうかという問題は︑本書自体が解決する︒
第二の注意は︑この研究が民事訴訟と刑事訴訟とを同時に広く対象とするという事情を正当化する︒確かに︑刑事訴訟を民事訴 訟の奴隷たる地位から解放したのは比較的最近の功績である︒しかし︑人々は再び両分野の類似性をあまりにも背後におしやりす ぎるという古い誤りに陥っているのではないかと私には思われる︒願わくば︑近い将来︑刑事訴訟に警察制度たる性格に変えて法
的争い
R e c h
窃 S t
r e i t
の審理たる性格を与えることがうまくいくように望むものである︒そうすれば︑現在にとっても︑両者の比較 は︑これまでそうでありえたよりももっと有益なものとなるであろう︒また本書のような訴訟理論の歴史的研究にとっては︑手続きの両形態の統合的考察は︑両形態がローマ法においても中世イタリア法においても非常に類似しているのでそれだけますます︑
大きな興味のあるものと私には思われる︒さらに︑複数の訴訟の結合
V e r b i n d u n g
およぴ順序R e i h e n f o l g
という現象は︑まさに
e
︱つが刑事手続きに属し他方が民事手続きに属する場合についても調ぺられるべきである︑ということがこれに加わる︒
序言 関法六
第一部
序
第一来形式的にのみ異なる複数の争訟
S t r e i t i g k e i t
の訴訟上の影密
I
民事事件(1
)
通常民事訴訟手続
O r d o j u d i c i o r u m p r i v a t o r u m
(2
) その後の手綜
I I
刑事事件
第二原理からの推論
続 き 続 き
第二浮素材により異なる複数の争訟の影轡その
I
複数の争訟の併合V
e r e i n i g u n g
序 用 語I
同一の当事者のもとでの複数の訴えの併合︵いわゆる客観的訴えの併合K l a g e n h a u f u n
g
と反訴
︶
A
民事半件における(l )
一般的性格
(2
)
併合の要件
絞 き
プランク﹃複合訴訟の諸類型﹄邦訳曰 目次
ロー
マ法
一八四四年五月バーゼルにて︒ をして下さったのである︒
六
>
§ 9
§ 1 0
§ n
六七頁七0
頁
八
0頁§ 8
六匹頁
§ 7
§ 6
§ 5
§ 4
§ 3
§ 2
三頁 一二 貝
ニ四
頁 三 一︱ ︱ 頁
四三真五
六頁
§ 1
一頁
私は︑ゲッティンゲンのヴァーゲマン
G.
W a g e m a n n
博士に心から感謝する︒彼は︑印刷所が離れていたので私の代わりに校正
J .
W.
P l
a n
c k
関法
通常民事訴訟手続
O r d o j u d i c i o r u m p r i v a t o r u m
(1
)
順序の規律
続 き 続 き
規律を主張する態様
適用事例
(2
(3
第四四巻第二号
続 き
(3
)
併合の効果
B同一の当事者のもとでの複数の刑事事件の併合
C同一の当事者のもとでの刑事事件と民事事件の併合
1 1
二人以上の人のもとでの法的争訟の併合︵いわゆる主観的訴えの併合と共同訴訟︶
A民事事件における
(1 )
一般的性格
(2
)
要件
(3
)
併合の必要
(4
)
併合の効果
B︱つの刑事手続における二人以上の人
Cいわゆる補助参加
第二章素材により異なる複数の争訟の影響
その
1 1
複数の争訟の目的にかなった順序
R e i h e n f o l g e
序
A B 複数の訴訟に何も共通でない
複数の訴訟に権利追行
R e c h t s v e r f o l g u n g
の目的が共通である
c
複数の訴訟に法律上の理山づけの一部が共通である序
ー 六四
>
§ 2 6
一七 八頁§ 2 7
一九 四頁§ 2 8
一九 六頁§ 2 9
ニ
0四頁§
︑
2 5 一七 六頁§2 2
§2 3
§ 2 4
一六 二頁 一六 四頁 一六 四頁
§ 1 6
§ 1 7
§ 1 8
§ 1 9
§2 0
§ 2 1
10
五頁
10
七頁
ーニ 六頁 一四 八頁 ー五 七頁 一六
0頁
§ 1 2
§ 1 3
§1 4
§ 1 5
八七頁
八九頁
九四頁
九九頁
プランク﹃複合訴訟の諸類型﹄邦訳曰
(a
)
他の争いに対する関係における自
1 1 1
身分についての争い
(b)他の争いに対する関係における相続財産についての争い
( C )
同一の犯行についての民事上の争いに対する関係での刑事審理
刑事手続
1 1 1
後期帝政時代の民事手続
中世から最近の時代に至るまでの法的見解の形成
第二部
第一章形式的にのみ異なる複数の争訟
¥~
St re it ig ke it
の訴訟上の影響
I
あらゆる訴訟は一度だけ最終的に判断される
民事事件
刑ギ事件
I I
あらゆる訴訟について同時に一度だけ審理される
民事事件続
き
刑事事件この規律の範囲と適用例
綺 き 第二章素材により異なる複数の争訟の訴訟上の影郷
H
その
1複数の争訟の併合
序
ー同一の当事者のもとでの複数の訴え︵いわゆる主観的訴えの併合と反訴︶
A民事事件における
(1 )
併合の要件
(2
) 必 要
(3
) 効 果
n " ‑
六五
︵二
三三
︶
§4 4
§ 4 5
§4 6
︳四 四頁
︳五 八頁 一六 二頁
§ 4 3
三四三頁
§3 8
§ 3 9
§ 4 0
§ 4 1
§ 4 2
ニ八二頁二九五頁三0二頁三︱二頁
=
=
10
頁
§ 3 6
§ 3 7
§ 3 5
§ 3 0
§3 1
§ 3 2
§ 3 3
§ 3 4
二六四頁
︱一 六九 頁
ニニ
0頁
二二六頁ニ――10~
二三九頁
ニ四七頁
二五八頁
第三部
序 B同一の当事者のもとでの複数の刑事訴訟の併合
c
刑事訴訟と民事訴訟の併合︵いわゆる付帯訴訟︶1 1
二人以上の人のもとでの法的争訟の併合︵いわゆる主観的訴えの併合と共同訴訟︶
A 民 事 事 件 に お け る
(1
) 併合の要件
(2
) 必 要
(3
) 効 果
続 き
B︱つの刑事訴訟事件における複数の人の併合
第三章素材により異なる複数の争訟の訴訟上の影咽
その
1 1
複数の争訟の目的にかなった順序
A 複 数 の 争 訟 に 何 も 共 通 で な い
F複数の訴訟に権利追行の目的が共通である︵いわゆる主参加
P r i n c i p a
l "
I n t e r v e n t i o n )
c
複数の訴訟に法律上の理l l l
づけの一部が共通である︵いわゆる先決事件について︶
続 き 続 き 続 き 続 き
今日の訴訟における順序の規律の証明
( a )
その訴訟上の取扱い
(b )
規律それ自体
(1 )
条件づける法律関係についての法的争いが先行する
(2 )
二つの同一の事実上の問題が審理の対象となる場合には︑より重要な法的争いが先行する
今日の訴訟法のための婦結の要約 関法
第 四 四 巻 第 二 号
六 六
︵二
三四
︶
§ 6 4
五二九頁
§ 6 2
五0
一頁
§6 3
五一三頁
§ 6 1
四九七頁
§ § § § § § § 6 0 5 9 5 8 5 7 5 6 5 5 5 4
四三七頁
四三九頁
四七一頁
四七二頁
四七七頁
四八八頁
四九六頁
§ 4 9
三八五頁
§5 0
三九四頁
§ 5 1
四0三頁
§5 2
四二五頁
§5 3
四三一頁
§ 4 7
三七一頁
§4 8‑ 1一 七四 頁
プランク﹃複合訴訟の諸類型﹄邦訳
H
複数の法的争訟が相互に及ぽす訴訟上の影椰についてのローマ人たちの見解を研究するためには︑何よりもまず︑われわれが通常用いている論証の方法から脱却しなければならない︒われわれの法律家たちは一般にわれわれの哲学者たちの先例にならって︑何よりもまず定義を先頭に定立し︑そののちそこから論理的にそれ以下のものを展開するのと同じく︑本書で扱う問題にあっても事物の特質の解明から一般的に始め︑そしてこれらの特質からそれらが相互に及ぽす訴訟上の影饗を演繹するのを常とする︒ロー︹訳 注︱ ]
マ人たちは別の方法をとる︒彼らにあっては︑︑全ての理論の本拠は法務官
P r a t o r
の裁判権の中に求められるべきである︒裁判実
務の最も目的にかなった
z w e c k m a B i g
処理は︑法務官の裁量に委ねられていた︒複数の訴訟が併合されるかどうか︑複数の訴訟が
どの順序でおこなわれるべきかどうか︑また部分的には︑およそ第二の事例が第一の事例のゆえに許されるかどうか︑といった判
断は法務官によって行われるべきであったのである︒この裁量は︑きわめてまれな場合にのみ︑元老院議決あるいは皇帝の勅法の
法律上の規定によって一定の限界に拘束されていた︒さらには︑部分的には法務官の告示において定められていた慣行
Ge br au ch
によって一定の規律が形成されえた︒このことから︑当事者には今日の当事者が要求しうるよりもはるかにわずかの活動しか︑複
序
§ 1
第 一 部 ロ ー マ 法
裁判籍の理論についての帰結
同一の事件についての第二の訴訟の可能性に関わる婦結
訴訟指揮における他に係属中の訴訟の顧慮に関わる掃結
特に手続の叙述のための帰結
第一
八節
( § 1 8 )
の補
論
六七
五――10~
五三八頁
五四七頁
五五四頁
五五六頁
︵訳 者注
・目 次は 以上
︶
︵二
三五
︶
§ 6 5
§ 6 6
§6 7
§ 6
8
1)
I
民事事件§ 2
第 一 章 形 式 的 に の み 異 な る 複 数 の 争 訟 の 訴 訟 上 の 影 響
第四四巻第二号
数の争訟の併合または順序を定めるために認められていないということが明かとなる︒当事者は︑慣行が定めた場合にのみ除外例
を持つにすぎず︑そのほかには法務官に注意を喚起し︑また申請しうるにすぎない︒これに対して︑右の規律を守らないことの効
果もまた︑決して手続の無効ではなく︑目的にかなっていないとの非難が裁判人に投げかけられうるにすぎず︑他方で︑いくつか
の場合には︑申し立てによってそのような目的不適合性を招来した当事者に対し刑罰の威嚇により弊害が取り除かれることになっ
ていたのである︒⁝⁝事情がこのようであるから︑われわれは︑ローマ人の理論は以下のようにしてのみ正しく把握することを望
みうるのである︒すなわち︑われわれに伝えられているローマの法律家たちのもろもろの言葉のなかに︑先に述べた裁判所慣行の
示唆すること以上のもの︑あるいは裁判人の︑目的にかなった訴訟指揮の暗示すること以上のものを求めないということ1訴訟
における枝葉末節の理論などには決して目を向けないということ
1
によってである︒われわれは︑よりよき概観を得るために︑法務官の裁量のもとにある先に述べた一般的規律を一定の観点のもとに整序する︒す
なわち︑それらのうちのいくつかは︑複数の争訟が形式的にのみ異なり素材によれば同一であるという場合に関係し︑他のものは︑
複数の争訟が素材によっても異なるという場合に関係する︒後者にあっては︑あるいは併合が目的とされ︑あるいは順序に関して
実務の経過が定められるのである。当然のことであるが、両方の湯合についてローマ法自体における歴史的展開が—|.通常訴訟手
続
or do iu di ci or um
の時代と裁判手続の後の展開におけるのとでは事情が異なっていたに違いないのであるからー追求されるべ
きで
ある
︒
︹訳 注二 ]
通常民事訴訟手続
or do ju di ci or um pr iv at or um
民事法
Ci vi lr ec ht
によれば実際上︑二つの争訟は︑同一の問題が同一の当事者たちのあいだで再ぴもち出される
ea de m qu ae st io
関法
六八
二三
六︶
六九
︹訳 注 l =]
i nt e r e as de m pa rt es re vo ca tu
rたぴごとに︑異ならない︒それにもかかわらずー法律上はそうではないにしても
i
実上
は︑
最初のときとは別の裁判人のもとであるにせよ︑同一の裁判人のもとであるにせよ︑第一の訴訟よりずっと後に︑同一物について
新しい訴訟が提起されうる︒この場合︑第一のものは第二のものに対してどのような訴訟上の影響をおよぽすか?⁝⁝
われわれは︑二つの訴訟事件
St re it sa ch
eが実際上同一のものであるのはどの場合かという先行問題の研究と︑より詳細な限界
付けを民事法にゆだねている︒︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑しかし︑先の訴訟の後の訴訟に対する影響を決定するのは一般的に︑裁判権力は同一物と一度だけ関わる︑という思考である︒
この思考は︑裁判権力自体の性質から当然に出てくるので︑ここでは特別の正当化を必要としない︒
しかし︑われわれはローマ法においてそれが歴史的にどのように現れたかを見てみよう︒
それは︑まず通常民事訴訟手続
or do ju di ci or um pri va to ru
の時代に︑その最も厳格な解釈において妥当していた︒m
︹訳 注四
︺
﹁同一物について訴訟は一一度あってはならない︒
Bi sd e e ad em re ne i t s
actio•
Qu in t. n s i t . o r.
V I I ,
6
,﹂
﹁紛争の一っ︱つには︑一っ︱つの訴権と判決によるただ︱つの終結で足りる
. . . . . .
というのが通説である︒
Si ng ul is co
n ,
︹訳 注五
︺
t ro v e rs i i s si ng ul as c a ti on es un
ui nq ue u d j i ca t fi in em su f f ic e r e‑ ‑
・ ・‑ ‑ p la c u it .
L .
6 . d . e xc . e i r . j u d . P a ul . J
この時代のローマの手続の固有の形態は︑その適用のまった<固有の形式をも出現させた︒すなわち︑裁判権力の本来の意思表
扇 注 六
︺
︹ 訳 注 七 ]
明は二つの異なった時点で︑つまり︱つは法廷手続
i n mr
eの最終段階に︑いま︱つは審判人手続
i ni u d ic i
0の最終段階に行われる
ので
ある
︒
︹訳 注八
1法廷手続
i n iu re
は︑方式書訴訟においては方式書
fo rm ul
aの付与をもって終結する︒それは法務官の本来の判決表明である︒
法を表明すること
i us di ce re
︑この場合に認められるべき法原則の発見︑その適用の態様の決定は︑これをもって完結する︒法的
︑︑
︑︑
︑
争いは︑証明の留保という条件つきにしかすぎないが︑一定程度まで判断されたのである︒そこでつぎの原則が現れる︒同一物に
ついて︑もう一度法廷で
i ni ur
e手続がなされたり︑もう一度方式書
fo rm ul
aが付与されたりするというのは不可能である︒ロー
プランク﹃複合訴訟の諸類型j
邦訳日
︵二
三七
︶
第四四巻第二号
︵二
三八
︶
マ人は︑これについてまった<固有の観察方法をもつ︒彼らは︑それを︑訴権
Kl ag re ch
t自体とともに生じた変化として把握する︒
︹訳 佳九
︶
再度の提起は不可能なので︑彼らは︑方式書
fo rm ul
aの付与とともにそれ以前の権利は消滅した︑消耗した
co ns um ir
tと
説明
し︑
︹訳 注一
〇︺
また︑残っているすべては︑審判人
ju de
xの面前で追求されるべき権利の新しい方式
Fo rm
の中へ取り込まれたと説明する︒訴権
は︑今や︑審判人手続へと持ち込まれた物
re i n s i ud ic iu m d ed uc ta
である︒これによって︑彼らは︑具体的で確固とした基礎を獲
得し︑その基礎の上に個々の点に至るまで構成された体系を強固に打ち立てたのである︒彼らが訴訟上の消耗およぴ更改の効果を
︹訳 注︳
9 ︳ ]
本来の原因に︑つまり法務官の裁判
Ri ch te rs pr uc
hに帰するのではなくて︑争点決定
l it i s c o n te s t at i
oの時点に帰するということは︑
よく知られている︒しかし︑この争点決定
l i t i s c o n te s t at i
0は︑訴訟において︑時点とはまったく別の第二の関係において︑極め
て重要であった︒すなわち︑それは︑訴訟を確かに開始したと人々が観察しえた瞬間であった︒つまり︑法廷
in ju re
手続は︑そ
れ以上一瞬たりとも持続しないのであるから︑︹訴訟の︺開始と一定程度まで一致したのである︒したがってまた︑ローマ人は争
点決定
l i t i s c on te st at io
の最も重要な効果をこの根拠から導く︒ところが最近しばしば︑人々は︑争点決定
l it i sc o n te s t at i
の二重o
の
do pp el
意義を看過して︑前者の犠牲のもとに後者を強調した︒⁝⁝われわれがここで関係するのは︑先の第一のもののみであt
︹ 訳注 ︳
︱ ‑︺
る︒われわれは︑なおも︑通用性の機構について問うてみよう︒この原則は︑市民法上の
c iv i l re c h tl i
c hものである︒これ︹
1 1
原︹ 懲 喜
則︺は︑すでに法律訴訟
l eg i sa ct io ne
sによる手続において効力があった︒
一度訴訟がなされたことについては︑そのあとで︑法上当然に︑訴訟されえなかった︒
Qu ad e re c a tu m s em el er a t , de ea
︹訳 注云
︺
G aj .
IV.§108.
po st ea ipso u J re g i a no n p o te r a t.
したがって︑法上当然に
ip so ju re
作用する︒しかしまた︑法上当然に
ip so ju re
というのは︑手続全体が古い民事法の要件自体
を備えている場合のみである︒すなわち︑法定訴訟
le gi ti mu m iu di ci um
においてのみ︑法にもとづいて作成された方式書
fo rm ul a i n jus co nc ep ta
の追吻ムロのみである︒最後にまた排除されたままであるのは︑対物訴権
i n re m a c ti o
の比較的新しい方式である︒す
︹訳 注︳ 三
なわち︑訴えの基礎に存在する権利の特別の性質およびそれに基礎をおくところの︑請求表示
i nt e n ti o
のはば広い文言を理由とす 関法
七〇
七
る所有物返還請求に関する方式書によるもの
p e r p e t i t o r i a m o f r m u l a m
がそれである︒その他のすべての場合において︑それ︹
I I
︹訳 注一 六︺
右の原則︺は︑法上当然に
i p s o j u r e
は生じなかった︒しかしながら︑政務官
M a g i s t r a
t
の権力が︑審判人手続に持ち込まれたとの抗弁
e x c e p t i o i n i u d i c i u m d e d u c t a
e
の付与によってその原則の適用を仲介した︒この抗弁は︑その他のすべての抗弁と同じく︑当︹原 注︱ ]
初はおそらく自由な裁量により︑のちには明確に形成された規律により付与された︒
審判人手続
D a s V e r f a h r e n i n j u d i c i
0は︑審判人の判決
s e n t e n t i a j u d i c i s
をもって終結する︒これは︑方式書
f o r m u l
a
のなか
で条件づけられて付与された︑純化された決定である︒これは︑争いある法律関係についての裁判権力の終局的意思表明である︒
したがって︑これにもまた︑あの原則が関連させられる︒ローマ人は︑その有効性について同じ観察の仕方をする︒審判人の判決
s e n t e n t i a j u d i c i s
により︑争点決定
l i t i s c o n t e s t a t i
o
で発生した法律関係が梢耗し︑また有責判決C o n d e m n a t i o n
に際して少なくとも︑
何か新しいものが発生する︒訴権は︑今や既判物
r e s
i u d
i c a t
a
である︒原則の有効性の態様も同一である︒それは︑前述の条件のもとに法上当然に
i p s o j u r e
作用し︑その他の場合には既判物の抗弁
e x c e p t i o r e i j u d i c a t a
e
によって作用する︒さて︑われわれは︑これまで述べてきたところを︑われわれの関心のある諸事例に適用してみよう︒
先の訴訟が審判人の判決
s e n t e n t i a j u d i c i s
に至るまで完了していたと仮定してみよう︒この場合には︑同一物に関わる
︵実質的に同一の︶目下の訴訟は︑あるいは法上当然に
i p s o j u r e
︑あるいは既判物の抗弁により
p e r e x c e p t i o n e m r e i j u d i c a t a e
不
先の訴訟は︑少なくとも争点決定
l i t i s c o n t e s t a t 1
0
にまでは至っているが︑しかしその後はそのままである︹と仮定し︹原 注︱
‑︺
てみよう︺︒同一物についての目下の訴訟は︑あるいは法上当然に
i p s o j u r e
不可能であり︑あるいは審判人手続に持ち込まれたと
の抗弁により
p e r e x c e p t i o n e m i n i u d i c i u m d e d u c t a
e
無効にされえた︒そのさい︑目下の訴訟のもたらされたのが︹先の訴訟と︺同︹訳 注一
p︺じ裁判人
R i c h t e
r
のもとであるか︑あるいは新しい裁判人のもとであるかはどうでもよい︒後者の命題を逆にするならば︑それは︑つぎのようにも表現される︒ひとたび争点決定
l i t i s c o n t e s t a t i
0にまで進行した訴訟は︑この裁判人のもとでのみ終結させられう b
プランク﹃複合訴訟の諸類型﹄邦訳曰 可能となるであろう︒
( a )
2
︵二
三九
︶
第四四巻第二号
︵二
四
0 )
﹁ひとたぴ裁判が始められたら︑そこで最後まで行われるべきである︒
U b i c o e p t u m s t e s e m e l j u d i c i u m , b i i e t f i n e m a c c i p e r e d e ,
︹訳 注 k]
b e t . L .
30 .d . j u d . M a r c e l l u s . J
さらに︑原告が愕怠により訴訟をそれ以上続行しなかったのか︑あるいは意図的に訴訟を終わらせてしまったのかどうかはどう
でもよい︒そのような意図は︑後になって原告が︑過多の請求において自分が犯した訴訟上の瑕疵を認めたか︑あるいは︑被告の
︹ 訳 注 一 凸
︹ 訳 注
︱
‑ 0]
延期的抗弁
d
i l a t o r i s c h e e x c e p t i o
または前書
p r a e s c r i p t i o
の正当性を認めたということによって︑特に明らかとなるであろう︒むし
ろ︑原則は︑ここでその最も厳格な形で現れる︒二つの場合がありうる︒第一︒原告が審判人手続
j u d i c i u m
における審理へと実
際に至らせた︒その手続において彼は︑方式書の請求表示
i n t e n t i o
のなかで述べられたことを正確に真実であると証明できなかっ
たか︑あるいは︑彼の請求はそれ自体たしかに理由があるが︑しかしさしあたっては︑理由のある延期的抗弁
d i l a t o r i a e x c
e p t i
o
が対立した︒被告は︑免訴される︒なぜなら︑方式書のなかに表された有責判決の条件が証明されていないからである︒同一物につ
いて
の
d e e a d e m r e
新しい︑改善されたあらゆる訴えに対して既判物の抗弁
e x c e p t i o r e i j u d i c a t a e
が対立する︒第二︒原告が争点
決定
l i t i s c o n t e s t a t i
o
の後に︑自分の誤りを知り︑訴訟を直ちに終わらせてしまった︒しかしながら︑改善された訴えは︑不可能である︒法務官の判断が下され︑同一物についての
d e e a d e m r
訴権は消耗した︒審判人手続に持ち込まれたとの抗弁
e
e x c e p t i o r e i i n j u d i c i u m d e d u c t a
e
がそれに対立する︒すなわち︑いずれの場合においても︑あらゆる新訴が排除されている゜ーこの帰結に︹訊 注四
︺
とっては︑延期的抗弁
d i l a t o r i a e e x c e p t i o n e s
のさまざまな種類のあいだの相違もなければ︑抗弁
e x c e p t i o
と前書
p r a e s c r i p t i o
との
︹瞑 注五
︺
あいだの相違もない︒前書きは︑かつてはおそらく︑その理由がまず最初に調査されたということ︑およぴそれに理由があった場
︹原 注六
︺
合には明示の免訴は行われなかったということによってのみ区別されていた︒その結果は︑被告が将来持つのは審判人手続に持ち
込まれたとの抗弁
e x c e p t i o r e i i n j u d i c i u m d e d u c t a
e
であり︑既判物の抗弁e x c e p t i o r e i j u d i c a t a e
ではなかったということである︒
帰結において両者は同一のままだったのである︒したがって︑この被告のための前書
p r a e s c r i p t i o n e s p r o e r
もまた︑後には︑ま
o
︹屈 注一
l‑︺
る ︒
関法
七
いかなる変更も不可能であった︒
七
先の訴訟において︑法廷手続での
in ju re
審理にまでは至ったが︑方式書
fo rm ul
aの付与には至らなかった︒これは︑
︹原 注七 ]
さまざまな理由からありうることである︒しかし︑いかなる場合にもあの原則は現れない︒なぜなら︑判断は︑未だ本案自体につ︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑いてはなされておらず︑したがって︑この観点からするとき︑それを新しく提起することはたしかに許されているからである︒つ
まり︑このことは法務官が訴権
a ct i
を許されないものとしてo
un st at th af
t拒絶した場合には︑特に妥当する︒しかしたしかに︑原
告は︑後に登場するに際して先に拒絶した法務官の権威を自分に対立するものととらえ︑被告はこの権威を引き合いに出すことが
できた︒ーさらに︑新しく提起することは︑政務官が管轄違いを理由として方式書の付与を拒絶した場合に可能である︒すなわ
︹原 注八 ]
ち︑争いある管轄は︑法廷手続において
in ju re
政務官自身によって調査された︒最近︑むしろ︑方式書
fo rm ul
aは
付与
され
たが
︑
管轄の前書
pr ae sc ri pt io f or i
付きであったと考えられた︒この考えには︑もっばら前書
pr ae sc ri pt io
という表現が動機を与えたと
思われる︒しかし︑この表現は︑私の知るところでは古典期にはただ一度だけ現われるにすぎず︑またこのことは︑著者であるウ
ルピアーヌスが抗弁
Ei nw an
dの訴訟上の形態を考えに入れなかったということと結ぴついている︒しかしその語は︑ウルピアー
ヌスの時代にすでに被告の抗弁
Ei nw an
dの実体的意味において用いられていたということを︑繰り返して何度も言及されたこと
のある刑事手続ー│'刑事手続にあっては︑方式書
fo rm ul
aの書面による作成ないし類似のことがらが問題とはならなかったのであ
るがーにおける前書
pr ae sc ri pt
0が証明する︒⁝⁝争点決定i
l i t i s c on t e st a t io
の前には原則が現れないということからの帰結につ
いてなお︑ついでにここで述べておこう︒原告は︑今提起した訴えを終わらせてまったく新たに訴えることが自由であったのと同
.︹ 原注 一〇
︺
様に︑法廷手続における
in ju re
審理においても︑すでに開示された訴権
a ct i
oにまった<拘束されていなかった︒むしろ彼は︑争
点決定
l it i s c on t e st a t i
0の前には︑彼が当初から異議を申し述べているのと同一の混乱だけが存在し続けている場合には︑なおそ
の他のあらゆる訴えの形式
Kl ag ef or
mを選択することができた︒その以後は︑もちろん︑原状回復
i ni nt eg ru m r e st i t ut i
oな
しに
は︑
プランク﹃複合訴訟の諸類型﹄邦訳日 (C さに抗弁
ex ce pt io ne sと
なっ
た︒
︵二
四一
︶
第四四巻第二号
︵二
四二
︶
(d
)
これより早くには︑同一物について法廷手続く
er fa hr en i n j ur
eにまでは決して至ることはなく︑当事者のあいだでは
︹ 訳注 ︱
︱ ‑︺
法廷召喚
i n j u s v oe a t
i o の結果としてのみ再出頭担保問答契約
va di mo ni
umに至った︒これらの準備的行為は裁判当局の関与のまっ
たくないものであったのだから︑原則が現れなかったというのは明らかである︒しかしながらまた︑それらの準備的行為は︑新し
い手続の開始という目的のためにそれらを後になって繰り返す必要性あるいは可能性に対してまったく影椰がない︒すなわち︑原
告は︑被告が法廷召喚
i nj us vo ca ti
oの後に別の法廷を得るであろう場合であっても︑訴訟がこの法廷で取り上げられるよう求め
ることができる︒︑︑︑︑︑︑︑︑︑﹁もし何びとかが︑法廷召喚された後に︑軍人になるか︑異なる法廷を持つに至った場合には︑彼はーぃわば原告に先を越︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑されている者であるので
i
件が彼の法廷へと移送されるよう要求する権利を持たない︒S i qu is po s t ea , qu am n ju i s v oc a‑
︹訳 注. . .
]
tu s e s t, mi le s v el al t e ri u s f o r i n on es se co e p er i t , i n e a c au sa u j s r ev oc an di fo ru m n on a b h e bi t , q ua si pr a e ve n t us .
L .
7, d . ju d . U lp
.﹂
これに対して︑被告は︑再出頭担保問答契約
va di mo ni um
によって義務を負うだけで権利はもたない︒原告は︑したがって︑給
付されたものを放棄することができ︑また︑後になって︑あるいは別の裁判人のもとで新しい法廷召喚
i nj u s v oc at io
をすること
ができる︒例外が発生するのは︑取り決められた期日に原告が不服従
un ge ho rs am
なままである場合だけである︒それによって彼
口注 一︳
︺
は︑期限が来た
s ac h f al l
i g︑またしたがっていかなる新しい訴えも不可能となる︒
同じことは後に行われるようになった訴訟告知
l it i sd en un ti at
i 0による開始形式にも妥当する︒
通常民事訴訟手続
or do ju di ci or um pr iv at or um
の時代についての帰結はつぎのとおりである︒後の実体的に同一の訴訟の先の訴
訟に対する関係は︑同一物について訴訟は二度あってはならない
b is de ea de m re ne i t s a c t io
という原則によって規律される︒そ
の上に争点決定
l it i sc o n te s t at i
0およぴ審判人の判決
se nt en ti aj u d ic i
sによる訴訟上の消耗の理念が構築される︒
︵原
注一
︶ Ci ce ro p.Flacc
.c ap .2
1にあっては︑原告は︑それが付与されないことを望んでいる︒これは︑
ut ab eo ju di ce ab i r et , qu od ju di ci um le g e n on er a t , ca us am o t ta m r e li q u it .
J
..>J~,\a-lti.\:;rQ ベ土
Uで本ウる。王 傘目本は、
etab eo c e t t ・
で本
マる
が︑
これ
では
意
関法七四