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 一 租税原則論とその生成の諸要因

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(1)

   ユスティ租税原則論の学説史的意義 O

      −ユスティ﹁租税および公課についての一般的諸原則﹂一七六六年︑解題 Iノ一

       池 田 浩 太 郎

第一節 序論的考察

 一 租税原則論とその生成の諸要因

  1 観念的要因

  2 現実的要因

 二 研究対象の限定

第二節 後期官房学の租税原則論

 一  ユスティ

 ニ フォン・デア・リット

 三 ゾンネンフェルス    ︵以上本号︶

第三節 イタリア財政学の租税原則論−ヴェッリ

第四節 スミスに直接つながるイギリス経済学の租税原則論

  ユスティ租税原則論の学説史的意義 ○

(2)

   一 ジェームズ・ステューアート

   ニ ロード・ケームズ

   三 ケームズからスミスヘ

    1 スミスのいわゆる課税の公正原則

    2 スミスの課税の徴税技術的諸原則

   四 スミス課税の四原則のオリジナリティと古典︵派︶的課税原則

    1 スミス課税の四原則のオリジナリティ

    2 スミスと古典︵派︶的課税原則

  第五節 むすびー租税原則論におけるユスティとスミスー

      第一節 序論的考察

 成城大学﹁経済研究﹂第一一四号︵平成三年十月︶に掲載された前稿で︑筆者は﹁ユスティ財政論の特色と租税

原則論の構造と生成﹂について論述した︒これを承けて本稿では︑近代西欧世界の財政学ないし経済学の歴史に

おいて︑ユスティJohann Heinrich Gottlob von Justi。 1717‑1771の租税原則学説が占める地位と意義とを明らか

にしようと思う︒

 このテーマの解明のための準備として︑あらかじめ二︑三の事項について序論的に述べておきたい︒

  一 租税原則論とその生成の諸要因

−2−

(3)

 そもそも租税は︑資本主義とデモクラシー的政治体制下での公共権力体の財政運営にとって最も適合的な公共

収入種類である︒すなわち︑公共権力の代表的把持者としての近代国家は︑自らがもつ権力の公共性に最も相応

しい財政形態として︑無産者国家ないし租税国家の形態を採用することになる︒近代デモタラシー国家において

は︑国民が租税で負担する限りにおいて︑公共権力体が納税者たる国民に公共サービスを提供しうる︵公共支出を

なしうる︶ことが︑その財政運営の基本原則たらざるをえないのである︒

 権力の公共性に基礎をおく近代国家の本質に適合的な︵財政デモクラシー的︶財政運営の視点から︑最も望まし

い税制のあり方を︑一般的な形で理論的かつ体系的に検討する租税論の一研究分野︒これが︑すなわち︑租税原

則論ないし租税政策原論である︒

 もう少し具体的に述べてみょう︒

 租税原則論とは︑租税のいかなるあり方が︑支配者ないし/および国民にとって適切であるかの諸基準につい

て︑これを理論的︑体系的に検討する学説をいう︒そしてこれは︑その結果沈澱した租税政策の規範ともいわる

べきものを︑課税の諸原則として定立するのである︒

 したがって租税原則論は︑断片的な形でこれに言及したものまで含めるならば︑おそらくは租税の誕生にとも

なって登場し︑以降不断に生成し展開されてきたものと想像されよう︒

 この場合︑一般化していうならば︑いわゆる租税原則学説は次の二系列の要因によって︑その生成発展が規定

されることになった︑と考えられる︒

(4)

 1 観念的要因

 租税とは何か︑ないし︑いかなる根拠にもとづいて租税は課されるのか︒課税の根拠論からすると︑誰に︑な

いし︑いかなる社会層に租税を課し︑これを負担させることになるのが適正な税制のあり方なのか︒これらの諸

事項についての基本的な考え方が︑まず課税原則のあり方を規定するものとみられよう︒

 租税原則のかかる規定要因は︑まず納税者である個人と徴税者である公共権力体との関係についての︑各人そ

れぞれの基本的な見方に由来するであろう︒すなわち︑かれらの国家観︑社会観︑政治観︑経済観の深奥が当該

個人の公正な租税負担観に影響をおよぼすものと思われる︒同時に︑租税負担の転嫁理論など租税の負担や作用

についての経済学説の発展にも︑これは左右されることにもなる︒

 2 現実的要因

 ついで租税原則のあり方を規定する要因としては︑公共収入における租税収入の地位や重要性の変化︑した

がって租税のもつべき社会的・経済的機能の変化︑といった事実の推移があげられよう︒当然のことながら︑租

税側面におけるかかる変化は︑同時にその背景となっている社会や経済の変化にともなう︑公共権力体の地位と

機能の変化の反映でもある︒したがってそれは︑公共活動および公共経費の量的・質的変化の反映でもあるの

だ︒

 その上さらに︑このような現実的要因と観念的要因とが統合された形で︑租税原則のあり方を規定すべき基本

的考え方が成立する︒すなわち︑その一つは︑公共権力体の公共活動の増大︵公共経費の増大︶を要請し︑した

−4−

(5)

がって租税収入の現実的重要性の増大を是認する﹁大きな政府﹂観である︒他の一つは︑これらに対しきびしい

態度をとる﹁小さな政府﹂観である︒かかる二つの基本的に対立する財政観の二大潮流は︑その後の租税原則論

のあり方を根本的に規定するものとなるであろう︒

 以上のような諸要因に促されて︑近世初頭に生誕したであろう租税原則論︵の萌芽︶は︑その後不断に生成発展

をとげることになる︒

 二 研究対象の限定

 近代的意味をもつ租税原則論の生誕を考察するにあたって︑近世初頭の最重要な政治学説であるジャン・ボダ

ンの﹃共和国六編﹄一五七六年におけるそれの萌芽にまでさかのぼること︒これは︑よくおこなわれることであ

るし︑またおおむね妥当なことでもある︒それゆえ︑ボダンからュスティの直後のアダム・スミスの著作﹃国富

論﹄一七七六年にいたる︑二百年にわたる西欧の租税原則論の流れに身をおくこと︒これは︑ュスティの租税原

則論の学説史的意義を明確にするためには︑最小限なさねばならないことのように思われる︒

 しかしながら︑この間における租税原則論の種々相について︑その一々を原典にもとづいて精確にあとづけて

ゆくことは︑今の筆者の能力をはるかにこえる作業である︒幸いこのテーマの概観については︑すでに十九世紀

後半以降︑若干のすぐれた研究がみられるので︑まずはこれらを参照すべきである︑としておきたい︒

  1︶ 十九世紀後半の著作のうちでは︑ローベルト・マイヤー﹃近代財政学における公正課税の諸原則﹄一八八四年

   Robert Meyer。 Die Principien der gerechten Besteuerung in der neueren Finanzwissenschaft。 Berlin 1884。の第一編︑

(6)

   第一章﹁アダム・スミス以前の︹租税原則︺学説の発展﹂がよい︒

    この章の叙述の長さはわずか十九ページほどである︒しかしこれは︑ボダンからスミスにいたる二百年間にわたるさ

   まざまなタイプの租税原則学説について︑そのそれぞれの学説内容の手ぎわのよい紹介を含んだ概観をあたえてくれ

   る︒

    二〇世紀に入ってからの著作では︑マンの﹃租税政策的諸理想﹄ 一九三七年Fritz Karl Mann。 1883‑1979。

   Steuerpolitische Ideale。=・=。 Jena 1937。が断然光っている︒

    この著作でマンは︑ボダンからスミスにいたる租税政策思想の展開に︑およそ二百ページを割いて個々の学説ないし

   思想を︑その社会的背景との相互関連から論述している︒とりわけ﹁第十章 古典︵派︶的諸公準﹂は︑本稿と直接に

   関係のあるきわめて興味深い論述部分である︒

    本稿の執筆にあたっても︑この両著作は随所に利用させてもらっている︒

  ﹁⁝⁝公正課税の諸原則についての学説は︑アダム・スミス以前すでにおおいなる発展をとげていた︒また︑

後の人々が一層の構築をなすべく求められていた基礎は︑すでに確立されていたのである﹂︵ローベルト・マイ

ヤー︑前掲書︑二回Iジ︶︒

 ローベルト・マイヤーのこの見解は︑租税・財政思想史的にみて︑一体妥当なものといえるであろうか︒これ

をそれぞれの原典に即して確かめること︒これがすなわち︑本稿のテー・マである︑ということもできるであろう︒

 さて︑一︑二の課税原則をバラバラに定立し︑これらの原則を基準に現実の租税を個別的にとりあげ評価する

ことにのみ終始していた段階の租税原則論については︑われわれは︑これに論及しないことにしたい︒西欧に即

−6−

(7)

していえば︑時期的にはこの段階は︑近世初頭以降およそ十八世紀半ば頃までつづいたようである︒学説史的に

これをみれば︑大部分の重商主義的財政・租税思想や︑前期官房学および後期官房学の前半のそれが︑ほぼこれ

に該当することになるであろう︒

 われわれは︑個々の租税原則のバラバラな定立の段階を脱し︑漸くこれら諸原則を統合し︑原則体系の形での

展開へと発展的に移行しはじめた時期以降の租税原則論に限って︑これを検討してゆくことにしたい︒明確な時

期的限定をするならぼ︑本稿での考察対象はスミス﹃国富論﹄一七七六年における租税原則論に直接につながる

時期︑すなわち︑十八世紀半ば頃からの西欧租税原則学説ということになるであろう︒筆者は︑この段階︵時期︶

における最重要な租税原則学説に限って︑これらをそれぞれの原典に即して研究してゆくつもりである︒

 かかる作業をとおして︑すでに邦訳をしたし︑また比較的詳細な内容紹介をもおこなった︑ユスティ租税原則

予説のもつ諸特徴や︑その学説史的地位などについて一層明らかにしたい︒

      第二節 後期官房学の祖税原則論

 周知のように近世絶対主義国家においては︑未だ支配者自身のもつ財産や特権にもとづく収入で︑日常の財政

運営がなされていた︒かかる有産者国家的財政運営のもとでは︑臣民への課税は︑あくまで臨時の緊急避難的措

置であった︒

 しかし時代がすすみ︑十八世紀も半ば頃になると︑若干の西欧諸国では複数の租税が経常的収入種類として︑

漸次定着をみつつあった︒

(8)

 また︑既述のように特定の課税原則を個別的に定立し︑これにもとづいて個々の租税を評価すること︒これは

近世では︑ボダンの﹃共和国六編﹄一五七六年以来おこなわれてきたところである︒

 しかしながら︑すでに定立されていたいくつかの課税原則をまとめて︑一つの租税原則体系を構想すること︒

そして︑これを基準に経常税化しつつあった若干の租税種類ないし︑その総体としての租税制度についての評価

をすること︒これは筆者の知る限り︑西欧先進諸国では漸く十八世紀半ば頃ないし︑それ以降にいたって︑はじ

めておこなわれたことのように思われる︒

 この時期の西欧先進諸国の財政・租税思想のうち︑本節では︑最初の︑しかも最重要な代表グループと思われ

る︑いわゆる後期官房学者たちの租税原則論をとりあげることにしよう︒もちろんこの場合︑数多くの後期官房

学者たちのうち︑とりあげるのは︑われわれのテーマに関連して最も重要であると思われる︑二︑三の業績に限

定せざるをえないことになるであろう︒結論的にいうならば︑ここでは筆者は︑後期官房学を代表する二人の学

者︑ュスティとゾンネンフェルスJoseph von Sonnenfels。 1733‑1817およびフォン・デア・リットJohann

Wilhelヨvon der Lith。 1709‑1775の所説のみをえらぶことになろう︒

‑8‑

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 一  ユスティ

 近代西欧世界において︑課税の諸原則について︑いねば租税原則体系論といった形でこれを論じた︑最初のし

かも非常に重要な意味をもつ財政論の著作は何であったであろうか︒この問いに適確に答えることは︑そう容易

ではない︒しかも︑対象を後期官房学の著作に限ってこれをみても︑事情は同様であろう︒

 そこで筆者は︑筆者の知る限りという限定つきではあるが︑ユスティ﹃国家経済﹄全二巻︑一七五五年を︑こ

れに該当する著作として︑あえてあげたいと思う︒

﹃国家経済﹄で展開されているユスティの課税の諸原則については︑その概要を前稿で示しておいたので︑こ

(10)

−10−

 くりかえさない︒しかしながら︑ユスティが最終的にまとめあげた租税原則体系である﹁課税の六原則﹂

既述のように﹃財政の体系﹄一七六六年におけるそれであったのだ︒

 周知のようにアードルフ・ワーグナーは︑課税の諸原則を︑︵財政政策的︑国民経済的︑公正︑税務行政的という︶

四系列︑九原則の形で体系的に展開した︒そこでわれわれもまたワーグナー流のシェーマにならって︑ユスティ

の定立した課税の六原則を一覧表風にまとめてみよう︒ただしカッコ内は︑ユスティ﹃財政の体系﹄一七六六年

における課税の六原則の順次である︒

 1 課税の社会的・経済的諸原則

  a 税源涵養原則︵第一原則︶

  ﹁租税や公課にあたって︑不断に念頭におかなければならない第一の最重要な原則は︑臣民がそれを納付しう

るような状態になければならない︑ということである﹂︒

  b 課税の安寧・福祉繁栄・自由の保証原則︵第三原則︶

  ﹁貢納や公課を課すための様式は︑これによって国家の安寧と臣民の福祉繁栄および市民的自由に︑何らの損

害をも招かないように創定されればならない﹂︒

(11)

  c 課税の統治形態への適合原則︵第四原則︶

  ﹁第四原則は︑公課は国家の性質や統治形態にしたがって創定さるべきである︑という点に存する﹂︒

 2 課税の公正諸原則

  d 課税の平等および公正な比例性原則︵第二原則︶

  ﹁租税および貢納の第二の原則は︑公課は完全な平等性と公正な比例をもって臣民に課されねばならない︑と

いうことである﹂︒

 3 課税の税務行政的諸原則

  e 課税の明確性・確実性原則︵第五原則︶

  ﹁諸租税や公課の創定にあたり︑念頭におかねばならない第五原則は︑公課が明確に規定され︑誰もが納得の

ゆくような︑確乎とした︑かつ欺かれざる基礎を︑これらに提供することが肝要だ︑ということである﹂︒

  f 課税の便宜性・容易性および最小徴税費の原則︵第六原則︶

  ﹁貢納および公課にたいし︑国家の側からも臣民の側からも︑最も便宜かつ容易な様式で︑できるだけ少ない

費用で徴収されうるような機構をつくらねばならない﹂︒

 ユスティの課税の六原則のそれぞれについての︑これ以上の内容説明はここでは省略することにしたい︒か

わって本稿では︑以上のような内容をもつユスティの租税原則体系のもつ学説史的意義にかんして︑予め次の三

点を示唆するにとどめることにしよう︒いうまでもないことだが︑この三点は︑本稿の論述全体をまってはじめ

(12)

て︑その妥当性についての判断を下しうる性格のものではある︒

 その第一は︑ユスティの租税原則体系論が官房学的財政論ないし租税論のもつべき内容の議論を︑最も典型的

な形で展開している点である︒

 周知のように︑そもそも官房学的財政論に最も伝統的な︑したがって最も基本的な性格は︑君民﹁共同の至

福﹂実現を目ざしての︑財源涵養︵育成︶的な財政政策論の展開にあった︒ユスティの租税原則体系論は︑まさに

この官房学的財政論の基本的性格を︑租税の領域で非常に明確に打ちだしたものであった︒

 彼は課税にあたり︑まず第一に︑税源涵養的立場を最重要な基本的なものとして︑積極的に承認する原則を打

ち立てた︒そして︑この原則を中核とすることによって︑彼自身の租税原則体系を構成したのである︒

−12−

 その第二は︑ユスティの租税原則体系論が︑単に官房学的財政論に典型的な租税原則論であるばかりでなく︑

かなりの程度詳細かつ網羅性をもって体系的に完成された︑非常に高い水準のものでもある点である︒後述を

まってはじめて明確になることではあるが︑その体系的な完璧さは︑同時期の西欧の他の租税原則論とくらべ

て︑きわめて高度な完成をみたものであったのだ︒

(13)

 しかもユスティの﹁課税の六原則﹂は︑課税の諸原則を個別的に定立してゆく段階を脱し︑漸く課税の諸原則

について︑これを体系的に議論する段階に発展した租税原則論についての︑ごく初期の試みであった︒寡聞なる

筆者の知る限りでは︑ユスティの祖税原則論こそは︑西欧租税政策思想史の内で︑最初の︑しかも非常に重要な

租税原則体系論であったのだ︒

 総括的にいうならば︑ユスティの﹁課税の六原則﹂論は︑単に官房学的財政論の代表的租税原則論たるにとど

まらない︒近世初頭からアダム・スミスの課税の四原則︵一七七六年︶にいたる間における︑近世西欧絶対主義国

家のいわゆる有産者的財政運営下での︑最初のかつ最重要な租税原則体系論であったのだ︒換言すれば︑これは

重商主義的・官房学的財政論における代表的租税原則体系論であったともいいうるのである︒

 その第三は︑ユスティの財政論ないし狭くは租税原則論にあたえた︑モンテスキューの﹃法の精神﹄一七四八

年の巨大な影響である︒

 その影響の最大なるものは︑モンテスキューの政治的自由を尊重する啓蒙主義的君主政観であろう︒のみなら

ず︑モンテスキューの政体の三類型論︵共和政体=民主政および貴族政︑君主政体︑専制政体︶や︑これを基礎にした

社会的・経済的事物の歴史的・相対的把握方法などの構想が︑ユスティの立論にとり入れられた︒

 前掲拙稿で示唆しておいたように︑モンテスキューのかかる考え方の大幅な受け容れは︑ユスティの著作﹃諸

国家の性質と本質﹄一七六〇年DieNaturu乱dasWesenderStaaten。alsdieGrundwissenschaft

Staatskunst。derPolicey。undallerRegierungswissenschaften。desgleichenalsdie Quelle   aller

Berlin。StettinLeipzig1760。にまずみうけられた︒そしてユスティのこの著作は︑﹃財政の体系﹄一七六六年

(14)

における課税の六原則の定立にあたっても︑おおいに利用されることになった︵﹃財政の体系﹄六八九・六九〇節︶︒

 しかも﹃法の精神﹄は︑同時に他の代表的後期官房学者たちの業績の多くにも︑大きな影をおとしていること

も記憶さるべきであろう︒

−14−

 近代西欧世界における最大の政治論的著作であるフランスのモンテスキューの﹃法の精神﹄一七四八年の︑後

期官房学におよぼした影響には︑まことにはかり知れないものがある︒同じく近世初頭の最高の政治論的著作で

あるフランスのジャン・ボダンの﹃共和国六編﹄一五七六年が︑ごく初期の前期官房学者たちに巨大な影響をお

よぼしたことをも併せ想起しよう︒すると︑それぞれの時代におけるフランス最高の政治思想が︑三百年にわた

るドイッ・オーストリア官房学の生成と展開にとって運命的な意味をもつことのように思えてならない︒

 ニ フォン・デア・リット

 プロイセンの高級官僚であったフォン・デア・リットは︑一七六六年に﹁租税論﹂と銘打った著作﹃新たな完

全に実証された諸租税論﹄Neue vollstandig erwiesene Abhandlung von denen Steuern⁝⁝。 Ulm 1766。を公刊し

ている︒ユスティが彼の課税の六原則を最終的に定立した著作︑﹃財政の体系﹄を公刊したのと時を同じくしての

(15)

 その詳細なるタイトルからも推測されるように︑この著作は官房学的財政論に共通した基本的立場から︑租税

論を展開しているものである︒すなわち彼は︑﹁主權者というものの権力と威信とは︑その臣民の福祉繁栄と︑本

質的かつほどきがたく結びついている﹂︵前掲﹃諸租税論﹄一節︶という認識から出発する︒いわば彼は︑君民﹁共

同の至福﹂を目ざしての︑税源涵養的租税論の立場に立っているのである︒ ことであった︒

 この著作では︑たしかにフォン・デア・リットは︑租税原則体系論を展開する形で︑課税の諸原則を正面から

とりあげているわけではない︒しかしながら︑ややこれに近い形で彼が課税の諸原則について論述していること

だけは︑たしかである︒そこで既述の租税原則体系のシェーマにもとづいて︑彼の課税の諸原則を整理し紹介し

てみよう︒

 1 課税の社会的・経済的諸原則

  a 税源涵養原則

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 課税における税源涵養原則は︑ユスティにあってはきわめて積極的かつ明確に主張されている︒だがフォン・

デア・リットの税源涵養原則は︑﹁臣民は︑国家の安寧が要請する以上に高い諸租税を負わさるべきではない﹂

︵前掲﹃諸租税論﹄二節︶といった表現がみられる程度のものである︒別の表現を使うならば︑課税は臣民の経済力

の上昇余地を残した範囲内での負担が望ましい︑というわけである︒彼の税源涵養原則は︑きわめて温和な要請

であったということができるであろう︒

 2 課税の公正原則

  b 臣民の資産にかんしての平等課税の原則

 臣民への課税にあたって遵守すべき公正課税の原則は︑フォン・デア・リットにあっては︑臣民各自のもつ資

産にかんしての平等課税の原則である︒しかも︑彼の公正課税の原則について注目すべきは︑この原則の内に所

得再分配的含意が若干みとめられる点であろう︒

‑16‑

(17)

 3 財務行政的諸原則

  c 最小徴税費の原則

 フォン・デア・リッ卜が定立した︑第三の︑そして最後の課税原則は︑いわゆる最小徴税費の原則であった︒

﹁王侯というものは︑巨額な費用を生ぜしめないような様式で賦課を課徴すべきである﹂︵前掲﹃諸租税論﹄四節︶︒

 フォン・デア・リットは︑以上のような課税の三原則を定立した︒そしてこれらの原則を基準に︑当時みられ

た諸租税や新税の提案などについて︑その長短を検討したのである︒

 この場合注目すべき点は︑彼がそれぞれの租税の国民経済の繁栄におよぼす作用の側面を中心に︑これを検討

したことである︒これは二応︑当時の段階における官房学的財政論にあっては︑比較的珍らしいことであった︒

 フォン・デア・リットは︑重商主義的・官房学的財政論の主流派だちと同じく︑つとに推奨すべき税種として

アクッィーゼを選んでいた︒彼は以上の検討をへて︑その結論の妥当なるゆえんを明らかにしようとつとめたの

である︒

(18)

  ﹁オリジナリティなき著作家﹂といわしめるほどの博引旁証をもって︑フォン・デア・リットは諸租税の事実

的説明や︑それが国民経済におよぼす作用の解明を試みた︒しかも租税についての西欧の諸学説や諸提案につい

ても︑かなりの程度網羅的に紹介と批判とをおこなってはいる︒にもかかわらず︑彼の租税原則学説は︑そのオ

リジナリティや網羅性ならびに体系的統一性の点で︑ュスティの到達した水準にはるかにおよぼないことは︑上

述から充分に推察されるところであろう︒

 三 ゾンネンフェルス

 ュスティと並ぶもう一人の代表的後期官房学者ゾンネンフェルスの租税原則論は︑ュスティのそれと比較し

て、どのような特色をもつものであろうか。

‑18‑

(19)

 フォン・デア・リットと同様︑ゾンネンフェルスもまた︑課税の諸原則を租税原則体系論の形で︑これを正面

から論じているとはいいがたい︒しかし︑ゾンネンフェルスの議論全体を整理すると︑彼は課税の一般的基本原

則と︑これを基礎とした徴税技術的下位原則との二本立ての租税原則体系を構想していることになる︑と考えて

よいであろう︒

 まず︑ゾンネンフェルスの課税の一般的基本原則からみてゆこう︒

 I 課税の社会的・経済的諸原則

  a 課税の税源涵養原則

 国家財政を通しての︑国民経済の発展による臣民の貢納能力Beitragsfahigkeitの保持という考え方が︑課税原

則についてのゾンネンフェルスの最も基本的な基準であった︒これは︑マーカンティリズム的・官房学的財政論

(20)

の主張する租税原則論に共通したものであった︑と考えてよい︒

 2 課税の公正の諸原則

  b 課税の普遍性原則

 ゾンネンフェルスはいう︒﹁貢納義務は︑市民的契約の本性からほとばしりでるものであるがゆえに︑貢納義務

は⁝⁝全市民にかんして普遍的なものなのである﹂︵前掲﹃財政学﹄一六七ページ︶︒そして彼は︑課税の根拠とし

て︑公共の提供する臣民およびかれらの資産や利得の保護という︑臣民にあたえる利益への対価をあげている︒

以上の理由から︑ゾンネンフェルスはユスティよりも一層つよく市民社会のもつ近代性を認識し︑これをもと

に︑市民社会の構成員たる市民の︑受益の対価としての納税義務の普遍性を一層つよく要請した︒それゆえ彼

は︑以前より存続していた免税特権に挑戦する︒納税義務についての﹁不法な特例は︑本来的意味においては

共同体ないしは同胞への窃盗というものである﹂︵前掲﹃財政学﹄一六五ページ︶︒

  c 純所得への比例的平等課税原則

 ゾンネンフェルスは︑課税の公正原則のもとに︑いま述べた受益の対価としての納税義務の普遍性のみなら

ず︑市民の純収入をベースにした比例的平等課税をも要請した︒すなわち︑市民間の既存の不平等を︑納税に

       X S X X X X X S  S N X X x l x x  x x N N S X S S S S S よって一層大きくさせないためにも︑市民の﹁納税すべき割合は︑互に納税者たちの純収入に等しい比例関係に

あるべきである﹂︵前掲﹃財政学﹄二I四ページ︶︑と︒

‑20‑

(21)

 課税べースとして純収入︵所得︶をもちだしたこと︒ここに後期官房学者ゾンネンフェルスにおける課税の平

等原則の近代性がみとめられる︒また同時に︑彼は純収入にたいし彼独自の概念規定をなした︒これによって︑

彼の平等課税原則をして︑フォン・デア・リットよりは弱い程度にではあるが︑何がしかの社会政策的配慮をも

含む原則たらしめることにもなったのである︒すなわち彼は︑身分に応じたという限定つきではあるが︑最低生

活費相当部分をその人の総収入から控除したものをもって当該個人の純収入と定義した︒そして︑彼はこれを課

税ペースに据えたからである︒

 以上がゾンネンフェルスの租税原則体系論のうち︑その基底部分を構成する課税の一般的基本原則の主たる内

容である︑と考えてよいであろう︒これをもとに︑彼は次のような主として徴税技術的下位原則をも定立したの

である︒

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 3 徴税技術的諸原則

   d 対象の確実性原則

   S S X X S X S X S I X X X X S S X X x i i l S X  X S S S 4 1 X X X S S X S X X X X X  X X S S  ﹁公課というものにあたって規定に盛りこまれる対象は︑経済活動におけるすべての恣意的なもの︑すべての

X X X S I S X X S X X X  S S S X x l  S X X X x l S S S X S x l S I S X S I S X X 阻害的なものを排除すべく︑たしかな算定︑したがって確実な比率が可能でなければならない﹂︒

   e 納税者明確性の原則

   S X X S S X S X  S S X X X X S S X S X X X S S X X S X X X S S  ﹁各公課の分担者は︑規定自体のうちに明確に含まれておらねばならない﹂︒

   f 納税者のための便宜かつ容易な納税時期決定の原則

   g 税額の適変性原則

  ﹁公課の程度die GroBeは︑それぞれの課税対象が減収を引きおこすほどではいけない﹂︒

   h 最小徴税費の原則︵いずれも前掲﹃財政学﹄二七八−二七九ページ︶

 以上がゾソネソフェルスの租税原則体系論のあらましである︒タ″クス・ベースとしての純収入︵所得︶の採

用にもみられるように︑彼の租税原則論は︑若干の点ではユスティのそれよりも︑一層近代的な性格を表現して

はいよう︒

 しかしながら︑われわれが紹介しえたゾソネソフェルスの所説は︑十八世紀末に公刊された彼の著作によった

ものであった︒すなわち︑アダム・スミスの定立した画期的な課税の四原則が︑すでに学界の共有財産になりは

−22−

(23)

じめた時期のものであった︒この点を考慮に入れるならぼ︑ュスティの租税原則体系学説がはじめてもたらし

た︑その適切なる網羅性と体系的統一性とがもつ︑官房学的租税原則論の代表としての意義には︑依然として軽

視しえないものがあるであろう︒

参照

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