浄
土
真
宗
の
実
践
論
1l
弘願助正説の意味するもの|| 立盆 日賢
大
国
序 説 ここに謂ゆる実践論とは浬繋への道としての実践論ではなく、信心獲得の上からの報思行としての実践論である。 しかるに浄土真宗における報恩行は、単に宗教的実践︵道場内の行儀︶に限らるべきでなく、広く道徳的実践・社会 的実践にまで拡充せらるべきであるが、あらゆる報恩行の原型としての意義を持つものは、何と云っても、宗教的実 践である。宗教的実践は、真宗伝統の上に整備せる規定がなされていて、天親によって創設され、曇鷺によって進展 された五念門と、善導によって創唱され、法然によって拡充された五正行とがある。この信後の宗教的実践を、 五 念 門 に よ る か 、 五正行によるかによって、道徳的実践その他に相当の影響を及ぼすことになるのであるから、実践論の 立場における五念・五正の研究は重大である。本稿は宗教的実践を五正行とする石泉僧叡の弘願助正説を述べ、 そ の 有する意味について、考えてみたいと思う。 浄土真宗の実践論報 恩 行 の 護 定 先ず五念開けとは﹃浄土論﹄に明すところであって ﹁ は 嗣 註 ﹄ に は こ れ を 詰 釈 し て い る Q こ の 五 念 円 に つ い て 辻 、 7こ みの行法とするものと、凡夫税患の行業とするものとがある。この問問題は、大い で あ る で な い か ら 、 、 炉
、
ω し、 作 こ の 中 、 の て − 作 願 の 勝 凡夫相応の行業となしていること に止めておこう e つ ぎ に 五 正 行 は ﹃ 教 養 議 ﹄ に 出 て い る が 、 こ れ に 正 定 業 と 助 業 と が 分 裂 さ れ 、 第 四 の 称 名 を も っ て 正 定 一 葉 ? と な し 、 前三後一の密行をもって助業とされている。これ全く凡夫相応の行法である。法然上人の﹃選択集﹂には二一行章にお い て 、 こ の 吋 教 義 義 い の 五 正 行 の 文 を 引 思 し 、 更 に 私 釈 を 設 け て 詳 照 明 し て い る 。 市 し て ⋮ 一 一 議 案 に お い て 、 ﹁ 大 経 ﹄ の つ い て 擁 立 ・ 助 正 ・ の 法 掛 か ︸ 設 け 、 こ の 中 、 助 正 に つ い て − 異 蛸 測 の 助 業 合 説 い て い る 。 間 同 額 の 助 こ の っ て 、 0)﹁ 諦 目
さて親鴛聖人はこの衆生倍後の行業たる ﹁ 議 註 ﹄ を 引 用 す る 中 、 ﹁ 論 ﹄ の 欝 二 文 た る こ 利 成 就 及 び コ ⋮ 一 ど の 第 二 文 た る 備 の さ 五 , 山 内 の 釈 、 更 に ﹁ 註 ﹂ の 見 て い の で あ ろ う か 。 ︿ 十 一 一 丁 ﹀ に 下巻の在桓還起の文を依用せるより見れ法、議驚辻﹃行巻﹄に玉念門を設けるものであって、衆生詰後の行業は玉念 の 如 く で あ る 。 黙 し ま た 吋 行 巻 ﹄ ︵ 三 十 七 了 ︶ に 吋 選 択 集 い の 標 挙 と 三 選 の 文 と を 引 一 訟 せ る も の は 、 石 泉 や 議 一 昨 哉 の い う 2 3;
、
カ 女 ︿ そ の 市 町 簡 の 全 部 合 依 用 せ る も の と 見 る 姥 は の にあることになるから信後の行業は五正行の如くでもある。更にまた﹃化巻﹄︵十二丁︶に﹃散善義﹄の五正行の文を引用するより見れば、 五正行は仮の行業であって、弘願の行業にあらざるが如くであり、 ﹃ 信 巻 ﹄ ︵ 十 丁 ︶ に 正 助 二 業 の 文 を 引 用 す る よ り 考 うれば、助正は弘願に属すべきが如くでもある。この外に﹃二巻紗﹄には五正行を分類解釈し、 ﹃ 三 門 偏 ﹄ に は 五 念 門をもって法蔵所修の五念としている。 かくの如く親鷺には、五念五正の扱いが頗る錯雑せるものがあるから、古来 助正論の研究を生じ、弘願助正説を立てるあり、方便助正説を設けるあり、従って信後の報恩行についても、 五念門 をもって、これに当てんとするものあり、五正行をもって、これに配せんとするものがあって、 その説は一概するこ と は 出 来 な い 。 真宗諸学派の中、大漉を派祖とし、道振・道命等によって継承された百園学派等は、信後の報恩行は五念門による べしと説き、石泉を鼻祖とし、慧海・義山等によって受けつがれた石泉学派は五正行によるべしと説いている。本論 は、この中、石泉一派によって主張せられる弘願助正説について、大濡等の学説と比較対照しつつ、その意味すると こ ろ を 明 ら か に し て み よ う と 思 う 。 報 恩 行 の 範 囲 市園学派の﹃助正賓﹄ ︵真全三六二頁︶によると、報愚行は五念門に限り、余他の善行に通ぜしめない。凡そ真宗の 正意は、安心行儀ともに廃立を先とする。行儀の廃立とは余伸に係属し、余乗余土に共通するものを廃する。されば 真宗の報恩の行儀においては弥陀に対するもののみを取り、更に余悌余土に通ずる諸善は報恩の行犠に摂属すべきで はない。而して、弥陀一伸のみに対して、更に余伸余土に通ぜざる行と云えば五念であるから、真宗においては、報 恩 行 は 五 念 に 限 る と す る 。 浄土真宗の実践論
浄土真宗の実践論 四 しかし、この報思行を単に五念に限るというは、あまりにも偏狭な考え方である。若し五念以外の善行は報思行に あらずと云えば、歴代の善知識を始め、 一般行者が堂宇を建立し、像を造りて安置し、燃燈焼香するが如きは報恩行 ではないであらうか。真宗は廃立に立脚すると云えばとて、 一切の善行を報思行にあらずと廃すべきではない。自力 心をもって修せられる善行ならば勿論磨せねばならないが、他力報恩の心よりする善行は報思行として弘願に属すベ きである。戒に大小なけれども、受者の心期によって大小の差別を生ずる如く、 たとい非本願の行といえども能修の 心相によって要門行ともなれば、弘願行ともなると思う。 これに反し、石泉の弘願助正説は、報恩行の範囲を世出世の一切の善行に通ぜしめる。凡そ﹃選択集﹄三輩章には 助業に同類のそれと異類のそれとを設ける。非本願の行という点より云えば異類のみでなく同類も亦然りである。同 類・異類ともに非本願の行であるが、弘願の他力心より修する時は、何れも弘願の行儀となる。殊に異類の助業は、 その行体より云えば、雑行であるが、自力心を離れ全く他力心より修するが故に、弘願の報思行に摂して助業と名づ けたのである。而してこの同類の助業とは道場内の行儀の制規であり、異類の助業とは道場の内外に通ずる行業であ る。されば助業とは報恩の思いよりする道場の内外の一切の行儀、換言すれば世出世の一切の善行を摂尽するものと 云わねばならない。従って宗祖や中興蓮如が消息の中に、諸宗諸法を誹誘し、諸悌菩薩神祇冥道を蔑視し、非理の行 為を誠め、王法公事を重んじ、忠孝仁載を謹めと教えるが如き、皆この助業の中に摂せられる。今その一々の文をあ 平 ノ 玉 、
z
’t 中 / 1 v カ ﹃ 和 語 灯 ﹄ ︵ 五 ノ ニ 七 丁 ︶ の 次 の 一 文 を あ ぐ れ ば 充 分 で あ る 。 現世の過ぐべき様は念俳の申されん様に過ぐベし。念僻の妨に成りぬベくば何なりとも厭い捨て是を止むべし。 云く聖りにて申されずば妻を儲けて申すベし、妻を儲けて申されずば聖りで申すベし、住所にて申されずば流行 にて申すベし、流行して申されずば家にて申すベし、自力の衣食にて申されずば他人に助けられて申すベし、他人に助けられて申されずば自力の衣食にて申すべし、 れずば一人寵居して申すベし。衣食住の三つは念併の助業なり。 一 人 に て 申 さ れ ず ば 同 朋 に て 共 に 申 す ベ し 、 共行して申さ されば信後の行儀は五正行による時は、称名を正業となし、世出世の一切の善根を助業となし、もって報恩生活をい そ し む こ と が 出 来 る の で あ る 。 四 称 名 中 心 の 報 思 行 市圏学派のひとびとは、五念門をもって報恩行とするが、この王念門について、聖者の行法とするものと、凡夫相 応の行業とするものとの二つの見方の存することは、すでに上に述べた通りである。この中、聖者の行法とするもの は、止観中心の行業であることは、周知の通りであるから、今ここに述べる必要はあるまい。これに対し、 五 念 門 を もって凡夫相応の行業とするとは、作願を一心願生の相続たる作得生想とし、観察を信後味道の散心の観想とし、廻 向を一心所具の度衆生心とするものである。大詰の一派はこの凡夫相応の玉念門をもって報恩行とするのであるが、 この場合、信後の行業には助正の分別を見ない。何となれば、道命の﹃助正賓﹄ ︵ 真 全 五 O ノ 三 五 一 頁 ︶ によれば、如 来は五念二利の行を法体において成就し、これを衆生に廻施し、衆生は間信のところに五念二利の功徳を成満する。 この信処に成満する功徳が、衆生の三業に相発するものが報恩の五念門行である。この五念は当体全く悌行にして、 五行ともに真法なるが故にその聞に真仮勝劣の別なく、同じく一心所読の報思行である。従って、信後の報恩行には 更に助正の別の見るべきなく、若し助正ある時は、それは生因門土における往因助成の義となし、これをもって仮を 帯びたる方便の行業とするのである。 五正行をもって報恩行とする石泉は、その著﹃助正釈間﹄ ︵ 真 全 五 O ノ 三 一 一 四 頁 ︶ には助正に真あり仮ありとなし 浄土真宗の実践論 五
ム ノ、 授 の 酷 正 と は 爵 正 を も っ て 往 伎 の 業 調 と 議 、 ず る も の で あ っ て 、 こ れ は 要 胞 は 棄 問 げ に 属 し 、 真 宗 の 取 る と こ ろ で は な い 。 真 の 場 正 と は 弘 嶺 報 恩 の 上 に お い て 議 、 ず る も の で あ っ て 、 これこそ真宗の窃正である。石泉は廃立安心・場正行犠を 談じ、勤正を起行門、若しくは行畿内の上に於げる報愚行としてその位霊を規定するものである。ざれば石泉におい ては、助正は往国助成の震にあらずして、同協後の報愚行の修紹助法とするものと云わねばならない。 で の は 、 お 泉 の ︿ ム ハ / 一 ︿ 爽 会 五 O ノ 問 。 一 覧 ﹀ る と こ ろ に よ る と 、 の の 中 、 の 葬 名 は 本 願 の 行 な る が 故 に 、 きものである この称名はまた拙の所開となって を 能 く 弘 還 す る 。 故 に 第 四 の 都 名 の 語 弘 の 辺 に つ い て こ れ を 正 業 と な し 、 諒 一 一 一 後 一 は こ れ が 扶 助 を な し て 、 益 々 ⋮ 締 法 弘通を墨んならしむるが故に、これを助業とする。君威は乗輿百宮これに蕗従することによって、益さぐの光輝を増 すが招く、正業は諸行が念伸を扶助することによって、愈々締法を紹墜する。正業に助業が従うことによって、報窓 の行犠はいよいよその 遂行しうるのであるから、行議開においては飴正がなければならないことにな る 。 か か 切 の 役 務 営 の 灘 間 殺 を 称 名 に よ っ て 綜名中心 奇〉 な ら な い 。
五
報 愚 行 の 意 義 さてしから話、由正の方式をもって、出活後の報恩行としての実読を説くことには、 いかなる意味があるのであろう か。思うに報開路行の意義が、もっとも完全に、且つ明確に示されているもむは、伺と去っても正業たる弥名である。 そして綜名、が報暴行となる明白については、吉来より上讃併繍・ の惑があるからだと去われてい ヲ伊 丸一掃 才、はまことに、もっともなる解明と云わねばならない。上讃傍徳とは称名が悌徳讃膜をすることになるという意味で、 このことは、称名が讃嘆門中の略讃であるに徴しても、無理なく理解せられる。感極まって言語を絶し、ただその名 を呼ぶことが、讃嘆の究極であることは、常にわれわれの経験するところである。親鷺聖人が﹃尊号真像銘文﹄に 称悌六字といふは、南無阿弥陀悌の六字をとなえるなり、即嘆悌といふは、すなはち南無阿弥陀悌をとなふる は、ほめたてまつることになるなり。 というている通りである。下化衆生とは現生十益中に説かれる常行大悲に相当するのであって、これは傍名を称する ことが、悌の大悲を十万に伝えることになるという意味である。真実に悌恩を感戴し、称名もろともの生活をする人 の行為室見聞するとき、白から他のひとびとをして悌の大悲に目ざめしむることになることは、疑うことは出来ぬ。 聖人が﹃和讃﹄に 無断無悌のこの身にて まことのこころはなけれども 弥陀廻向の御名なれば 功徳は十万にみちたまふ と 云 い 染香人のその身には 香気あるが如くなり これをすなはち名づけてぞ 香光荘厳とまふすなる と歌うていられるのは、この風光であると考えられる。而して梯徳讃嘆と常行大悲とは、相即の関係にあるものであ って、梯徳を讃嘆することによって、大悲を行ずることが出来るのであり、大悲を行ずることによって、伸徳を讃嘆 することが出来るのである。 かくて報恩行としての称名には、悌徳讃嘆と常行大悲とのこつの意味があるが、この称名が中心となって、信後の 浄土真宗の実践論 七
浄土真宗の実践論 A 報恩行為一切を統摂して行くものとするのが、弘願助正説の主張である。換言すれば、報恩行としての称名のもっと ころのこつの意味によって、念梯者の生活一切は意義づけられることになる。即ち念梯者の生活に、若し人の非難を 招くが如きことある場合は、宛も暗夜に明玉を投ずるが如く、念悌そのものに誹疑を受け、悌法弘通に大害あること になる。これに反して、世出世の助業をかつて行為をつつしみ、生活をたしなむときは、それが白から念出怖を荘厳す ることになり、梯法弘通は期せずして成ることになる。念悌者が世出世にわたり、その生活をつつしむことは、 そ オも がそのまま、上は伸徳を讃嘆し、下は衆生に大悲を伝えることになる。ざれば助正を報思行とすることは、世出世の 益百を称名もろともにいそしむことであって、その目的は偏えに念悌一法を十方に流布し、大悲伝化に励むにある。報 恩行の意義は称名のもっところの梯徳讃嘆と常行大悲につきているというべきである。 回 品 圃 J
、
自 然 法 爾 の 行 為 道徳的実践は人間理性の力を認め、それによって行為するものである。しかるに真宗信仰の立場は、人聞は逆誘の 死骸であり、智慧の目盲い行業の足なえたる曽無一善の凡夫であるから、理性の力は全く認める余地はない。そこで は人聞に於ける理性は有即無である。従って っ 自 ら な す ま ま が 、 おのずからなさしめられている﹂と云わねばなら: 、 。
φ∼
、
ν ﹃御一代聞書﹄に﹁万事に付てよきことを思い付るは御思なり、悪きことだに思い捨たるは御思なり、捨るも 取るも何れも御恩なり﹂ と あ る の は 、 真宗における信後の行業の かかる特別の性格を一不すものと云い得るであろ ぅ。それでは大議及び石泉はこの問題について、如何に考えているであろうか。 今この問題を、五念・五正の問題と関聯せしめて考えると、若し大詰の如く、信後の報恩行として五念門をとる時 は、名号相発説となり、これ反L
石泉の如く王正行をとる時は非相発説となる。それは何故なりやというに、凡そ衆庄の身口意三業の中、傍廻向の名号が相発せるものとして何人にも異論のないものは信心と称名とであって、その他 の行業については、名号の相発せるものなりや否やは学者によって大いに異議がある。何となれば名号は衆生の信心 となり、称名となるように、法蔵菩薩によってすでに選択摂取されたものであるから、信心と称名とが名号の相発な る こ と は 疑 う べ く も な い が 、 その他の三業はこの問題に対して確固たる論理を欠くからである。石泉は報恩行をもっ て五正行となし、傍廻向法たる名号の相発せるものは、正定業たる称名のみにして、他の行業はすべて名号の相発に あらずとなし、これに対し、大濡は報思行を五念門となし、信後の行業はすべて名号の相発せるものであり、三業行 はすべて一心顕現のものとするのである。古来、前者を五念非相発説と呼び、後者を五念相発説とよばれている。 以上の相発・非相発説によると、大瀧の立場は報恩行のすべてを﹁みずからなしつつ、なさしめられている﹂とい う真宗独自の特殊性をよく示しているようであるが、石泉の立場は称名以外の三業行を非相発とするのであるから、 それが充分に顕されていないように見うけられる。この点は、石泉一派の学者は如何に考えていたのであろうか。石 泉学派に属する義山の如きは、この点につき、 五念は相発でないが、信心に催されてなされるものと説明している。 あたかも酒を飲めば歌い且つ舞うけれども、この歌舞は酒に催されて行われるものであって、酒そのものが出るので はない。五念行も亦然りであって、名号そのものが相発するにあらずして、信心に催されて行われるものであると説 明している。されば石泉においても、大棋と意味は異るけれども、 ﹁ 自 ら な し つ つ なさしめられている﹂という、 真 宗 報 恩 行 の 特 殊 性 が 、 よく示されていると思われる。 さ て 大 講 の 相 発 説 は 、 業行をすべて名号相発とするのであるから、 そこには全く自力の計度をいれる余地はな い。これは同師が三業帰命説を説破する立場より、当然の結果として、導き出された用意周到なる学説であるという こ と が 出 来 る 。 しかしながら、不惜身命でなさねばならぬ報思行を、兎角、名号の相発にさしまかせて、報思行の積 券土真宗の実践論 九
浄土楽家の災賎総