雑誌「慈善」および「社舎事業」における倉橋惣三
一一児童保護論との関連性を中心に一一
中 根
真
1
. 問 題
前稿における課題の1つを継続することから始めたい。すなわち, r (3)生江 (孝之)と親交のあった倉橋惣三による児童福祉思想の検討J(中根2010: 85) である。少し具体的に言えば,「『慈善』や r社会事業』といった社会事業雑誌 における倉橋の寄稿は14回にも及んでおり…(中略)…それらの精査や,倉橋 の児童保護論を含めた児童福祉思想の検討J (中根2010: 83)である。 倉橋惣三 (1882-1955)の児童保護論に関する先行研究としては,すでに野 沢正子(1975)や山田明(1990: 1991),国枝幸子 (2000),狐塚和江(狐塚 1999 : 2000 : 2002 : 2003 : 2004a : 2004b : 2005 : 2006a : 2006b : 2006c)の 諸 研究がある。その他,岡田正章 (1978),庄司洋子(1983)による文献解説, 森上史朗(1993: 2008)による概要紹介もあるo 本稿ではいくつかの先行研究がその存在に言及しながら(岡田1978: 150 : 庄司1983: 8-9:森上1993: 210 : 2008 : 205:狐塚2006a:76),未だ本格的な 検討がなされていない雑誌 r慈善』および『社曾事業』における倉橋惣三の一 連の論考に注目する。例えば,森上史朗は次のように指摘しているo -児童保護への貢献のあらまし 惣三の児童保護の分野における具体的な活動は,大学院生であった明治問 十二年に中央慈善協会の機関誌 r慈善』に寄稿したのが最初である。その後, この雑誌と r社会事業』への寄稿が全部で十四回に及んでいる。しかも,そ れらは最初のそれを除いて,すべて大正末期から昭和六年ごろまでに集中し ている(森上1993: 210)。 以上のように寄稿回数まで記述している森上であるが,その巻末の「資料 雑誌『慈、普』および r社曾:~H業』における倉橋惣三(中版) -81-倉橋惣三文献一覧」には以下の論考の記載が欠落している(森上1993: 427 -430)
。
①「幼児保護の年齢的考察Jr社曾事業J9(12), 1926, 50-54 ②「ペスタロツチーを憶ひてJr社曾事業~ 10(11), 1927, 6-9 ③「不良少年問題対策として家庭事業を提唱すJr社曾事業J11(6), 1927, 60-62 ④「ソーシアル・センターとしての託児所Jr社曾事業J14(1), 1930, 2-10 ⑤「幼児保育の実際に就いてJr社曾事業J14(8), 1930, 93-98 ⑥「乳幼児保育の精神に就いてJ11'社曾事業..015 (1), 1931, 2-6 本稿はさしあたり以上の諸論考も含めた検討を試みることに主限があるが, その関心はそこに止まるものではない。筆者があえて雑誌『慈善』および『社 曾事業』掲載の諸論考に注目する意図は,倉橋の児童保護論に関する先行研究 に共通する以下の不備や課題に関わっている。つまり,いずれの先行研究も 「宇土会的児童保護概論J (1927年 2月 5日刊行,以下「概論」と略記)および 「児童保護の教育原理J(1929年 9月30日刊行,以下「原理」と略記)の概要 や論点を詳しく整理,検討してきたが,逆に言えば,それらの前後に発表され た諸論考との関連性を問う視点は乏しかったと言える。 そこで,2
つの掲載誌の基本的な性格を考慮すれば,幼児教育研究者・倉橋 は各論考を通じて時々の慈善・社会事業関係者に対し,何らかの問題提起と主 張を展開していたわけであり,これらの論考は慈善・社会事業関係者に対する 倉橋の問題提起と主張の蓄積であると考えられる。とすれば,これらの「蓄 積Jの内容を検討した上で,これまで主要な児童保護論として一括して,また 単独で検討されてきた「概論」および「原理」との関連性を聞い直すことによ って,新たな知見が見出せるのではないかと考えるo なお,本稿の構成は以下の通りである。まず,研究の方法を述べ (II),そ の結果を順次示す (III)。以上をふまえて考察し(lV),結論と課題を導く (V)。
I
I . 方 法
研究方法は文献調査とし,以下の手順や手続きによって進めた。 第lに雑誌『慈善』および『社曾事業』に掲載された倉橋の諸論考について - 82- 龍谷大学論集は, r月刊福祉』総目録(創刊
7
5
周年記念特集PARTI
V
r月刊福祉』第6
7
巻,1
9
8
4
年1
2
月号,p
p
.
2
0
8
-
3
6
3
所収)に依拠して検索し,該当する論考全てを複 写して入手した。 第2
に各論考について精読し,その概要や論点を整理した(各論考の整理)。 第3
に倉橋の主要な児童保護論については,倉橋惣三=児童問題史研究会監 修『日本児童問題文献選集8 社会的児童保護概論・児童保護の教育原理・児 童保護問題J (日本図書センター,1
9
8
3
年), r社会事業大系 第3
巻J (日本図 書センター,2
0
0
3
年)を活用して「概論」および「原理」を精読し,その概要 や論点を整理した(主要な児童保護論の整理)。 第4に各論考および主要な児童保護論の発行年を時系列的に整序した上で, 先述した「各論考の整理」および「主要な児童保護論の整理」双方の結果を照 合して考察を行った。I
I
I . 結 果
検索の結果は表1
のとおりである。なお,乳幼児愛護デーのPR
(ポスター, 諮演会等)に対する所感も参考までに含めて整理しているが,検討対象となる のは1
9
0
9
(明治4
2
)
年1
0
月から1
9
3
1
(昭和6
)年4
月までの合計1
4
本の論考で ある。I
V
.
考 察
以上の諸論考について,そのテーマや内容に即して整理すると,①児童保護 一般を論じたもの,②幼児保護・幼児教育・乳幼児保育を論じたもの,③社会 事業一般を論じたものに大別できる(表2
)。なお,考察の視点、となるのは, 先述したように各論考と主要な児童保護論(表3,表 4)との関連性である。1
.児童保護一般を論じたもの ここに分類される論考7
本の問題や論点、の所在は,(
1
)
児童観,(
2
)
児童愛護 の概念とその内容, (3)教育と社会事業の統合的実践者モデル, (4)問題解決の 焦点としての家庭事業,(
5
)
1
9
2
8
(昭和3
)年度における児童保護事業の具体 的解決を要する課題に整理できる。 雑誌 r慈善』および rtl:曾事業』における倉橋惣三(中根} -83ー表1 雑誌 r慈 善 』 お よ び r社 曾 事 業 』 に お け る 倉 橋 惣 三 の 諸 論 考 No. 論 題 雑誌名,巻号,発表年月,ページ 児 童 愛 諮 問 題 附 児 童 愛 護 協 曾 の 必 要 慈善1(2), 1909(~42).10 , 170-178 2 児童は知何に教育すべきか 慈善4(4),1913(T2) .4,344-349 3 幼児保設.の年齢的考察 社曾事業9(12),1926(SI) .3,50-54 「社会的児童保護概論J長谷川良信編『社会政策大系』第8巻,大東出版社, 1927 (S2) .2.5,1-85 4 ペスタロツチーを憶ひて 社合事業10(11),1927(S2).2,6-9 5 不良少年問題封策として家庭事業を提唱す 社曾事業11(6),1927(S2).9,60-62 6 児童保護に於ける三つの問題 社合事業11(10),1928(S3).1,36-41 7 彼等もまた美を求む 社曾事業12(7),1928(S3) .10,2-6 8 ロパート・オーエンと児童教育 社曾事業12(8),1928(S3) .11,66-71 参考 ぐっと具間的に 社曾事業12(11),1929(S4) .2,26-27 9 託児所に於ける教育の意味 全:1曾事業13(2),1929(S4).5,22-25,30 10 社合事業家の養成機閥に就いて 社合事業13(4),1929(S4).7,2-5,9 「児童保設.の教育原理」尚島巌編 r社会事業大系』第2巻,中央社会事業協会, 1929 (S4).9.30,1-59 11 ソーシアル・センターとしての託児所 社曾事業14(1),1930(S5) .4,2-10 12 キャンピング謹讃 社曾事業14(4),1930(S5).7,4-7 13 幼児教育の実際に就いて tl:曾事業14(8),1930(S5).II,93-98 14 礼幼児保育の制神に就いて 社曾事業15(1),1931(56).4,2-6 注)雑誌 r慈善』および r社合事業』掲載の諸論考に加え,主要な児童保謹論を太枠で囲み,中根真が整 理した。 - 84-龍谷大学論集
表2 倉 橋 の 諸 論 考 の テ ー マ ・ 内 容 別 の 整 理 論考のテーマ・内容 No.および論題(発表年月) 問題や論点、のi9r1'E 児責保護一般 児 童 愛 護 問 題 附 児 童 愛 護 協 曾 の 必 児童愛護の概念, 3種類の積 要 (1909年10月) 極的方面 2 児童は如何に教育すべきか(1913年 4 教師や親の児童観 月) 4 ペ ス タ ロ ツ チ ー を 憶 ひ て ( 1927年 2 教育と社会事業の統合的実践 月) 者モデル 5 不良少年問題封策として家庭事業を提 問題解決の焦点としての家庭 唱す(1927年 9月) 事業 6 児童保護に於ける三つの問題 (1928年 立法,実践者養成機関,各方 1月) 面の連絡 7 彼等もまた美を求む(1928年10月) 美を求める魂の所有者として の児童 8 ロパート・オーエンと児童教育 (1928 教育と社会事業の統合的実践 年11月) 者モデル 幼児保護 3 幼児保護の年齢的考察(1926年3月) 乳幼児保護期間の区別,幼児 幼児教育 後期の教育 乳幼児保育 9 託児所に於ける教育の意味(1929年 5 託児所における幼児教育 月) 11 ソーシアル・センターとしての託児所 児童・家庭・地域に対する託 (1930年 4月) 児所の任務 13 幼 児 教 育 の 実 際 に 就 い て ( 1930年11 人間事業の保育方法とその担 月) い手 14 乳幼児保育の精神に就いて(1931年 4 乳幼児生活の愛情と母の保護 月) 及び教育 社会事業一般 10 社曾事業家の養成機闘に就いて (1929 養成機関のあり方と今後の展 年7月) 望・課題 12 キャンピング程讃 (1930年 7月) 現代人の自然追求心の源泉 注)雑誌 r慈善』および r社曾事業』掲載の諸論考について, Itl服真が独自に整理した。 (1)児童観 論考No.2では子どもの短所ではなく,その長所や美点に着目した素朴な児 童観が示されているが,その後,主要な児童保護論における児童観は以下のよ うに精徽化されている。 児童問題は悉く将来的でなければならぬo将来的とは即ち,教育的でな ければならぬ(倉橋1927: 15= 1983 : 21) 雑 誌 r慈善』および『社曾事業』における合栃惣三(中根) ー8
5-表3 社 曾 的 児 童 保 護 概 論 目次 第l京 社 曾 的 児 童 保 護 の 意 義 (1) 第1節 社 曾 的 児 童 保 護 の 封 象 ( 1 ) 児賞保護の中心は家庭,社曾的保護の必要の生ずる所以,家庭を敏く場合,家庭の児童 保趨能力に於ける特殊的限界,児童保郡能力に於ける一般的限界 第2節 社 合 的 児 童 保 護 の 動 機 ( 6 ) 人道的動機,社曾的功利的動機,全:1曾生活の本質的見解に基く動機,各動機の批判 第3節社曾的児童保護の中心主義 (14) 児童保護は教育的でなければならぬ,教育的といふことの意義,児責保護の動機として の教育梢神,児童保護と児童教育との不離的側係 第4節社曾的児童保護方法の科撃的研究 (21) 社会政策的研究,児輩研究,・質際上の方法的研究,児童保護事業者の挺成 第2草 社 曾 的 児 童 保 護 の 問 題 (33) 第1節 生 育 に 関 す る 保 護 (33) 出生に闘する保護,妊婦保護,助産婦の問題,妊婦相談所,産院,家政補助事
a
,産後保 護院,晴育に附する問題,乳児の保健,乳児健康相談所,乳児病院,畳間乳児預所 第2節 教 育 に 闘 す る 保 護 (50) 翠校教育の任務,皐齢前の教育問題,家庭と皐校,保育皐校,乳児期から幼児期へかけ ての保護,型m
に闘する問題,教科書及び事用品の貸給輿,被服給興,食事給輿,治療施 術,児童の教育と保護とは不可離的刷係にあり 第3節 労 働 に 闘 す る 保 護 (57) 労働は児童が社曾的交渉の出護貼,児童労働法の必要,工場の労働,商l苫届役の労働, 街路上の労働,娯楽興業に廊する労働 第4節 特 殊 の 境 遇 に 闘 す る 保 護 (61) 家庭及び保護的環境無き児童の保護,不幸児は境遇に臆じて随置を典にす,所謂院制, 家庭的編制法と合宿法の優劣,家庭依託,信用ある仲介機閥,委託家庭と児童の将来的関 係,母の恩給,標準家計調査必要の所以,母子扶助法実施に封する中心常事機閥 第5節 特 殊 性 行 に 閥 す る 保 護 (70) 社曾的に保護を必要とする特殊児賞,不良性行児童,児童審判所の必要と其栴成法,家 庭保雄.は院制保護に先んず,精神異常児に射する家庭的保護と社曾的保設 第6節 遊 戯 娯 楽 に 闘 す る 保 護 (74) 遊戯娯楽は児童の生活権利,児童遊園,近世都曾生活,児童遊園施設の二要件ー普及一 遊園指導者,少年犯行と児童遊園,児童娯楽施設,型校放課後の一般保護,休暇中の型宜 保護 第3車社曾的児童保謹の一般活動 (80) 第1節 児 童 保 護 の 法 令 (80) 親椴と社曾的児童保護,児童保護法の制定と不断の改善 第2節 児 宜 保 護 事 業 の 促 進 (82) 園内的及び困際的脅合,見賞保護統一の聯絡統一,児宜保護中央交換所,児責保護協曾 第3節 児 童 保 護 思 想 の 普 及 (83) 児童保護思想の宣伝,宣伝本部,児童保護の教育 注)倉橋惣三(1927)r社合的児童保護概論Jの目次に基づき,中根真が作成した。( )内はページ数 そ示す。 - 86一 龍 谷 大 学 論 集教育といふことの中核は,児童をして其の一人々々の人間的尊厳と一 人々々の個性的自由を失はしめないことにある(倉橋1927: 16= 1983 : 22)。 表4 児 童 保 護 の 教 育 原 理 目次 第1草 序 論 (1 ) 第1節 児 童 保 護 と 教 育 ( 1 ) 第2節児童教-台.の要義(J-J (4) 第 3節 児 童 教 育 の 要 義 ( 下 ) ( 9 ) 第 4節 児 童 の 自 我 感 情 (15) 第2京 幼 児 期 の 問 題 ( 上 ) (18) 第1節 幼 児 保 議 事 業 (18) 第2節 幼 児 期 の 教 育 (21) 第3節 託 児 所 と 幼 稚 園 (25) 英国の保育皐校,我園の幼椛図令 第 3草 幼 児 期 の 問 題 ( 下 ) (30) 第 l節 あ そ び の 生 活 (30) 第2節 幼 児 教 育 の 手 段 (35) おはなし,唱歌,遊戯,岡iilij・手技,観察 第3節 幼 児 保 有 者 (42) 第 4草 少 年 少 女 別 の 問 題 (45) 第 l節 少 年 少 女 の 生 活 (45) 第 2節児童遊幽│問題 (46) 第3節 児 童 の 娯 楽 機 閥 (51) 第4節 児 童 ク ラ ブ (55) 注)倉橋惣三(1929)r児童保護の教育原理」の目次に基づき, tJl恨真が作成した。( )内はページ数 を示す。 一人一人の児童を,どこまでも一人一人の児童として見,また待遇する ところに,教育的といふことの,始めにして終りなる鍵鎗がある(倉橋 1927 : 17= 198:~ : 23)
。
児童を人間的に観,社曾的に観る他に,謂はY一個の天物として見る心 である。愛するのみならず,貴重するのみならず,敬することであり,尊 崇することである。他の言葉を以ていへば,天物を惜しむの心を以て児童 を観ることである…(中略)…天物といふを好まない人には自然といって もい~0 教育精神は,自然を惜しむの心を以て児童を観ることである(倉 橋1927: 18-19 = 1983 : 24-25)。
雑誌『慈持』および『社禽事業』における倉橋惣三(中根) -87つまり,児童の将来を見越した教育とその精神(教育精神)に結実している。 また,「原理」では,児童生活の教育的原理として深化され,①児童を一人の 尊厳に於て見ること,②その児童の「生くべき特色j,r精神的生長の傾向J と しての個性の重視,③児童の内部的発遠の尊重,④児童の発達時期への配慮に 集約され,「人間教育として一番中心をなすものは自我感情の円満健全なる発 達であるj (倉橋1929:4-14=1983 : 100-111)と結論づけている。これらはい ずれも倉橋の児童観の根幹であるが,後に詳述するように,結果的には当時に おけるわが国の児童保護の現状に対する批判的な課題意識,つまり児童の個別 的な把握や理解を徹底した児童観であると考えられる。 次に,論考No.7は副題「児童保護に於ける美的方面」に象徴されるように, 物的及び精神的供与に終始する児童保護事業の現状に対し,児童への衣食住の 供与のみならず,「彼等も亦美を求むる魂の所有者である限り,それを充すこ とも亦同じやうな急務であるj (倉橋1928b:3)と論じた挑戦的な内容であり, かつ「美を求むる魂の所有者」としての児童観が意図的に強調されている。主 要な児童保護論においても関連する以下の指摘がある。 社曾的児童保護の職能も,児童生活の全般に亘るべきは勿論である。し かも,児童保護の問題は多くは,生存の救済と,蛍面の慮置とに忙しし またしても,そこに,止まるの傾きがある。これ直前の急務として,己む を得ないこと〉も言へるが,若し,それを以て児童保護の職能の全部を完 うしたものと思ったら大いなる誤りである。児童生活は現在であると共に 将来を意味するものであり其の将来は性格と知能との発達を必須的に含ん で居る。若し児童生活の問題を解決して,現在的廃置に限り,又止まるこ とがあったら,決して,児童生活に封する員の解決といふことは出来ない。 寧ろ現在的慮置に於て満足ならざる如きことがあっても将来を計讃する態 度に,児童問題解決の要訣があるといってもよい(倉橋1927: 15=1983 : 21)
。
被保護児といふ一群として見,被保護児といふ概念館として遇する如き は,有も人の子を封象とする児童保護に容る〉べからざることである,兎 に角,被保護児童なるを以て,其の人間的尊厳を侮蔑し,其の個性的自由 を抑限する如きことが,柳かでもあったら,児童保護の中心意義に反違す るものである(倉橋1927: 17=1983: 23)。 - 88- 龍谷大学論集以上のような児童保護の現状に対する批判的な課題意識が,論考No.7では 「美的方面」を一例として具体的に示されたものと考えられる。 児童を其の求むるところに於いて充たしてやることを,児童愛護の出禁 精神とし,其の求むるもの〉中のより高きものに於いて満足を輿へること を児童教育の第一義とすれば,我が園の貧兜達のためにも,こ〉に多く考 へてやらなければならぬ餓地があると思ふ。少くとも,彼等には美と云ふ やうなことは衣食足って後のこと,と思ふ考へ方の誤りは直ぐに正されな ければならない(倉橋1928b: 5-6)。 貧兇の気の毒なる心理のー特質は,荒んで居ることである。…(中略) …畑に種子を蒔かんとするものは,先づ土を細やかにし柔らか味と潤ひと を輿へることを忘れなしlO貧児教育と云ふやうなことも,つまりはそれと 同じ法則と必要とを持つものではあるまいか。 市して其の心の畑を柔かにし,潤ひあらしめるためには,最も大切なも のが彼等に漉がれる人間愛であることは勿論である。然し,それと相並ん で,美のカによって耕されると云ふことも文大きなカを持つものである0 . (中略)…あの無趣味,首
L
雑,組野,がさつ,の環境に置かれて居る彼 等にとっては,一寸した美がどれ程大きな力を以って影響するものである か計られない。…(中略)…彼等も亦美を求むるものであるが故に,之を 充すことが我等の義務である,と云ふ意味に於いて云ひ度いのである。加 ふるに,それ程尊い要求に於いて彼等を満足させることは,即ち彼等を尊 き幸福者たらしむることである。それだけで,既に大鑓な大きな人間事業 ではあるまいかと云ふ貼を云ひたいのである(倉橋1928b: 6) つまり,児童の置かれた境遇と荒んだ心理に照らし,児童保護事業実践者は 人間愛に加え,「美の力」によってその要求を充たす義務があると指摘してい る。ここには文化にセンシティプな児童観を確認できるが,この点は例えば, 被虐待児童の入所比率が高まり,その対応に日々追われる児童養護施設にお付 る遊びゃ玩具,絵本など児童文化はもちろんのこと,芸術一般との接触の現状 を厳しく問い直す視点を提示していると考えられる。 雑誌 r慈善Jおよび rtl:曾!
J
'
業』における倉橋惣三(中根) -89-(
2
)
児童愛護の概念とその内容 論考No.1
では,広義の児童愛護問題を「児童に封する社曾的の世話」と定 義し,「児童愛護の二方面」を「其の世話を社舎が家庭に代って行ふJr消極的 愛護」と,「家庭だけでは届き兼ねる慮を補ひ扶けて行こうといふJr積極的愛 護」に整理している。なお,「児童愛護の消極的方面」について「勿論質際上 の急務又現下の切迫からいひますれば,此の方面の仕事が児童愛護問題の大切 なる部分を占めるのでありまして,吾々社曾は此の急務だけにさへ追はれて居 る有様なのでありますが,他の積極的方面も決して忘る〉ことは出来ません。 私が普通用いらる〉児童保護といふ言葉を用いないで,特に児童愛護と申しま する所以も,買に蕊に基くのでありますJ(倉橋1909: 172)と述べている。 つまり,倉橋にとって児童愛護の消極的方面=児童保護であり,その意義を 認めつつ,その関心は児童愛護の積極的方面に向けられ,その3種類を例示と ともに概説している。第 1種は「児童遊園の設置,児童園書館,児童娯楽諸機 闘の設置等」のように「個々の家庭の力ではなし得ない併し児童全般の為に極 く必要なる諸設備を社曾が造ること」である。第2
種は「社曾全館の児童の為 に,種々社曾的取締りを行ふこと」であり,「育児用牛乳,児童飲食物,児童 相手の諸興行物,児童相手の諸刊行物等の綿密なる取締りJである。これは 「改良護達益々有益のものに進めて行くといふ世話」であり,ここには「子守 の教育,子守唄の改良等の如き問題」も含まれている。そして,第3
種は「常 に児童愛護の問題を念頭に置いて,何でも児童本位に考へ慮ってゆく慮の人若 くは機関の必要が起るJため,また「多忙なる社曾に絶えず此の方面の注意を 促し刺激してゆく必要が起る」ため,「鹿く社曾一般全僅の問題に封して,児 童愛護の立場から干輿,交渉してゆくJ,その具体的な担い手が「児童愛護協 合」である。 要するに,「差し迫った急務としては,先づ消極的方面の世話を要する場合 が多いのでありまするが,質は雨方面相侯ち共に行はれて初めて完いJ(倉橋 1909 : 174)と述べているように,児童愛護の両方商は車の両輪の如く進展す る必要が指摘されている。とりわけ,注目されるのは児童愛護を消極・積極の 両面から把握し,前者の急務性を相対化して後者の存在を具体的に問題提起し たことにある。加えて,この発想がその後の主要な児童保護論にも確実に継承 されている点は見逃せない。第1種は「遊戯娯楽に関する保護J (r概論J第2 章第6節), r児賞遊闘問題J(r原理」第4章第2節), r児童の娯楽機関J (r原 理J第4章第3節), r児童クラプJ(r原理」第4章第4節)に,第2種は「児 - 90-龍谷大学論集童保護事業の促進J (r概論」第3章第 2節)に,第 3種は「児童保護思想の普 及J (r概論」第3章第3節)にそれぞれ反映されているのである。 逆に,その後の児童保護論において修正されたのは児童愛護や児童保護事業 の実践者に関する認識である。 児童愛護事業は誰れがしてもよい。併し,其の動機の一つに人道的篤志 に出でなければならない。形式や組織や規模の大小は暫く問ふ躍でない。 一人の子供を救ふても大なる事業である。子供の為に往来の石一つ除いて も児童愛護者である。要は子供の為といふ,児童本位の篤志でさへあれば よい。又それでなければ貸効は理るものでないとしEふのが私の考へでもあ り,希望でもあります(倉橋1909: 176)。 (一)人道的動機に饗するものが,人間的に如何に尊重なるものであるか は前に述べた。しかし,之れには二つの弱黙がある。(イ)元来が個人的感 激に穫するものであるところから,救済者と非救済者との関係も個人的に なり易い。個人的であることは,救済者の側としては,其の人間的熱心の 強めらる〉ために有利なることであるが,時に或は人間的弱鈷として,恩 義を輿ふるものとして優越感を誘生し易い。此の{挺越感に基く自己満足の 感は,社曾事業者として最も怖るべき誘惑であって,悪しき意味の慈普z家 癖となる(倉橋1927: 9 = 1983 : 15)。 . (前略)…飴りに美しきことは,時に多少の不自然と無理との誘生し 易さは,悲しいかな人間の弱貼であって,輿ふるもの〉ためにも,受くる もの〉ためにも,此の人間として最高最美の動機を鈴りに多く要求せざる 方が,一般的に安全なることを思はしめるのであるo殊に近世の社曾的児 童保護の性質上,その社曾的といふは方法が社曾的なるを意味するのみな らず,動機も亦社曾的なるを意味する傾向があるのであって,個人的動機 を其の動機として強いて一般化し過ぎない方が適宜なところがある。即ち これは寧ろ,児童保護事業者の人格的傑件とし,或は更に進み得れば,人 間の一般的性情として要求し,社曾的児童保護の動機としては,必ずしも, 斯くの如き特殊的動機によることを,強いて要求し,また強いて特殊視せ ざるを以て却って安易とするかと思ふ。但し斯くいふことは,古今の尊敬 すべき慈善事業家の人道的動機を柳かも軽んずるものでなく,少しも疑ふ 雑 誌 r慈善』および r社曾事業』における倉橋惣三(中根) --91
ものでないのは勿論であって,たYその特殊的に尊貴偉大なるを思へば思 ふ程之れを今日の社曾的児童保護の一般的動機として普遍し難きを思ふの みである(倉橋1927: 10 = 1983 : 16)。 つまり,かつてはその動機を「人道的篤志」に求めていたのに対し,後年に おいてはその弱点を考察し,それが「今日の社曾的児童保護の一般的動機とし て普通し難きを思ふのみJ と言わしめるまでに変化しているのである。慈善活 動から社会事業への変化に伴い,児童保護事業実践者に対する認識において, 脱「人道的篤志」の方向性が示されている。
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3
)
教育と社会事業の統合的実践者モデル 論考No.4では「ペスタロツチーこそ,私の常にいふ,教育と社曾事業との, 不可分離的涼一統合の,最偉大なる模範J(倉橋1927a: 6)として,また論考 No.8ではロパート・オーエンを「社曾事業と教育上の部然たる融合の光郎あ る一例J(倉橋1928c: 71)として,その生涯と業績をそれぞれ論じている。主 要な児童保護論においてペスタロッチーは度々言及されている。 教育精神は,自然を惜しむの心を以て児童を観ることであると言ってい h 此の児童観を有する者に於て,児童保護と児童教育とは,決して別個の ものではない。論を侯たず,其の質例を,たとへばペスタロツチに見るの である。ペスタロツチは,其の後世への寄輿の大きい貼よりして,教育者 として教育史上に大をなして居る,しかも,彼れの生涯の偉大さは,イヴ エルドンに於ける教育革新者としても共に,ノイホフに於ける貧児の友と して,スタンツに於ける孤児の父として,即ち近世的の用語を以てすれば, 社曾的児童保護者としてあらはれて居るのである。…(中略)…保護と教 育とは,彼れに於て全く分れて居ないのである(倉橋1927: 19= 1983 : 25)。
ペスタロツチこそは,貨に偉大なる保護事業家であったのである。教育者 としての名に於て大をなして居るけれども,ノイホフに於ては農村貧兇保 護者として,スタンツに於ては孤児の父として,今の所謂児童保護に従事 したのである。しかも此の偉大なる児童の父は…(中略)…児童の保護即 教育であり,児童の教育即保護であったのである。しかも葱に語りたいの - 92ー 龍 谷 大 学 論 集は…其の所調教育のためにペスタロツチの執った態度である。すなはち, 教育を児童の生活から切り離さず,生活さながらの聞に教育を行ったこと である。他の言葉を以ていへば,教育を児童の生活から抽象することなし 生活そのもの〉具体に於て行ったのである。之れは,ペスタロツチの教育 者として,民に最も偉大なところ…(中略)…生活即教育の長原理に徹底 して居たればこそ,児童保護と児童教育とが,ペスタロツチに於て,相離 れないものであり得たといへる。ペスタロツチは心に教育精神に燃えつ h 眼前に児童の生活を見たのである。児童の生活そのものを憂えつ勺燃ゆ るが如き教育精神を以て之れに射したのであるo…(中略)…ペスタロツ チ其の人の,生活と教育とを一つのま〉に見る人格を以て,児童を遇した 丈けのことである(倉橋1929: 12= 1983 : 108)。 狐塚和江は,①倉橋の児童保護論の背景に「教育精神の具有者であるととも に,子どもから出発し,子どもの生活に根ざした教育の実践者」というペスタ ロッチー観があること,②倉橋の教育観は「ペスタロッチーの教育思想、の根幹 である人間の内的諸力の発達に着目した人間性の陶冶の過程」に通じる考えで あること,③倉橋が家庭保護を第一義とし,生活教育の原理の考え方の背景に ペスタロッチーの生活教育の実践があり,「居間の教育」の思想も影響してい ることを指摘し,「明治維新後の経済の近代化によって顕在化した児童保護問 題について,倉橋は幼稚園教育に携わって得たこれまでの思索を背景に,ペス タロッチーの着想に基づきながら,日本の実情に即した児童保護論として展開 したといえるJ(狐塚2006a: 73-74)と結論づけているo これに依拠すれば, 倉橋とペスタロッチーは密接不可分の関係にあると言ってよい。 ところで,倉橋がペスタロッチーに度々言及し,当時の社会事業関係者に伝 えたかったことは何であったか。 児童保護の問題は多くは,生存の救済と,賞面の慮置とに忙ししまた しても,そこに,止まるの傾きがある。これ直前の急務として,己むを得 ないこと〉も言へるが,若し,それを以て児童保護の職能の全部を完うし たものと思ったら大いなる誤りである。児童生活は現在であると共に将来 を意味するものであり其の将来は性格と知能との発達を必須的に含んで居 る。若し児童生活の問題を解決して,現在的成置に限り,又止まることが あったら,決して,児童生活に封する民の解決といふことは出来ない。寧 雑誌 r慈善』および r社曾事業』における倉橋惣三(中根) -
93-ろ現在的慮置に於て満足ならざる如きことがあっても将来を計輩する態度 に,児童問題解決の要訣があるといってもよい。之れを他の言葉を以てす れば,児童問題は悉く将来的でなければならぬo将来的とは即ち,教育的 でなければならぬといふことになる。 斯くの如きことは更めて論ずるまでもないことの様であるが,質際に於 て,必ずしも之れが完全に貿現せられない。甚しきは,児童保護と教育と が匿別して取扱はる〉如き趣さへもあったりするのである(倉橋1927: 15 = 1983 : 21)
。
先にも引用したが,当時の児童保護実践に対する痛烈な批判が込められてい た。つまり,生存の救済と当面の処置に追われ,そこに止まる傾向のある児童 保護実践や,児童の将来を計画する態度が欠落した非教育的な児童保護実践, 児童保護と教育とを区別して取扱うような児童保護実践に対し,ペスタロッチ ーという具体的な実践者モデルが必要不可欠であったのではないかと考えられ る。その根拠となるのは,児童の保護と教育とが別々に考えられてきた2
つの 理由に関する倉橋の説明である。1
つは児童保護事業が旧式の慈善感情だけ, あるいは新式の社会観念だけから行われるためである。つまり,涙だけからの 児童救済と理論だりからの社会政策はいずれも輿実に正しく児童を対象として いない。児童を「全的にして実的なる生活者」として見ないところに児童の教 育は存在しない。2
つめに,古来の所調教育者,教育のための教育を知って児 童のための教育を知らない教育者,あるいは児童のための教育を考えても児童 の現実の生活に目の届かない教育者にこうした発想が起こったためである。つ まり,教育のための教育のために,児童を選ぴ捨てることに平然とし,教育か ら残されている児童のあることを社会の責任としては思っても,教育の責任と は考えないような超然的教育が,児童の教育を児童の保護から分離するという (倉橋1929: 2= 1983 : 98)。
しかし,「近世の傾向,此の悲しき分離を自然に帰へす方向J として「保護 は教育に進み,教育は保護に延びつ〉ある」と指摘する。最も顕著な事例とし て少年審判所の発達(特に保護司を中心とする活動)をはじめ託児事業と幼稚 園教育との接近合一の傾向(英国の保育学校,我国の新幼稚園令),母子扶助 法,家庭依託の普及,教育事業の方面における児童の保護に関する物質的・衛 生的施設の発達,児童に対する社会的諸施設の普及が挙げられ,いずれも教育 と保護との自然の結合であるという。そして,「此の趨勢にして正しく発達せ - 94 -- 龍谷大学論集んか,児童保護即児童教育の事業なる実際が,完全に実現するの日も遠きこと ではあるまいJ とも述べている(倉橋1929: 3= 1983 : 99)。以上の説明からも, 倉橋がペスタロッチーに寄せた思いや意図の大きさをうかがい知ることができ る。 (4)問題解決の焦点としての家庭事業 論考
No.5
は不良少年問題対策の現状を批判し,その問題解決の焦点、となる のは家庭事業であることを論じているo「不良少年の問題は究極する廃家庭問 題である」と冒頭で明言し,その対策の現状について,「漠然たる封社曾政策 と所謂心理的封個人政策とのみに止って,人間生活殊に人間道徳生活の具飽的 中心鈷である家庭事業に窓を用ふること甚だ足らなかったのを遺憾とする」 (倉橋1927b: 61)と述べている。不良少年とは言い換えれば,「児童道徳性 問題J であり,その家庭生活の欠陥に基因するため,アメリカにおける保護司 活動の新傾向(児童個人への教育的指導から家庭事業へ)に言及し,家庭生活 の根本に立ち戻った予防・救済・感化を提唱している。さらに,児童問題にお ける生活保護と心性保護の問題が別々に取扱われる傾向に対しても批判し, 「児童をその全生活に於て満すものは社曾でなく,インスティチユートでなく, 家庭であるJ (倉橋1927b: 62)として,家庭事業の努力を強調している。 以上に関連し,主要な児童保護論には「特殊性行に闘する保護J (r概論」第 2章第5節)として「不良性行児童」や「児童審判所」の記述があるが(倉橋 1927 : 70-73 = 1983 : 76-79),家庭事業への言及は皆無であるため,「概論」刊 行後の主張であると考えられる。 (5) 1928(昭和3)年度における児童保護事業の具体的解決を要する課題 論考No.6
は,わが国の児童保護について,「其の全飽としての根本が置か れて居ないと云ってもよいやうな賀状にある」との認識から「昭和三年度の具 飽的解決封象としたいものに就いてJ(倉橋1928a: 36-37)論述されている。 具体的には,①児童保護に関する立法的基礎の設定,②児童-保護の実際家を養 成する機関の必要,③児童保護各方面の連絡の3点である。 ①はわが国の児童保護立法が皆無の現状に鑑み,実務上の必要に加え,児童 保護の社会的理解の必要から可能な限り速やかな立法措置を求めている。この 点に関連して,児童保護論では「児童保護の法令J(r概論J第3章第l節)が 記述されている。 雑誌『慈善』および r社曾事業』における倉橋惣三(中根) -95-次に,②については「我園に於て,一番大きな貿際上の敏陥がこ〉に在ると 云ってもよいかも知れぬJ (倉橋
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と述べていることから,倉橋の 最大の関心事であったと考えられる。その現状認識は以下の通りである。 社曾事業全体に封する教育機関は不完全ながら,いくつかの存在がある としても,特に児童保護と云ふ方面に於て,欧米に見るが如き完備したる ものは一つもないと云ふも暴言ではあるまい。 且つ又,斯る篤志の要求に合するためのみでなく,社曾として児童保護 の賢際家を一人でも多く養成して行くと云ふ意味からも,此の施設が最も 必要である(倉橋1
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。 …社曾的児童保護が,如何に専門的教養必要とするものであるかと云ふ こと自身を世に教ふるものであって,之が児童保護のほんとうの発達の上 にどの位広く深い効果をもつものであるか分らない。 とにかく,之等の色々の意味からして,政府なり有力なる協曾なりの力 によって,完備せる教育機闘が設置せらる〉ことは,今日只今の急務であ ると思ふ。吾人をして切言せしむれば,此の根本準備が置かれないうちは, 我園の児童保護事業は,決してほんとうの効果も畿遥も持ち得ないもので あると信ずる。…(中略)…吾人をして思僧なく云はしむれば,多くは概 論的であり,或は児童保護必要論にと Yまって,民に必要なる専門的訓練 と云ふことについて,未だまとまった計画が足りない。之は児童保護事業 の極めて幼稚であった昨日に於てはやむを得ないことであったとしても, 今日に於ては是非とも其の内容を改められなければならぬことである。又 た之れに附随したやうな問題として,所調養成的意味の他に,研究の便利 が輿へられる機関も是非ほしいものである。…(中略)…之を要するに, 児童保護事業に向って専門的基礎付げと云ふことは,今まで余りに忽がせ にされて居ったことであるo勿論,こ〉に云ふところの専門的と云ふこと が,単なる皐究的乃至理論的方面にと Yまらずして,組織付けられたる児 童保護根本精神の充実を意味することは云ふまでもない(倉橋1
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要するに,児童保護実践者の完備された養成機関とその教育のあり方(専門 的訓練の重視),さらにその研究機能の必要性を論じているロ以上』こ関連し, - 96- 龍谷大学論集主要な児童保護論では「社曾的児童保護方法の科観的研究J(f概論J第
1
章第 4節)において「児童保護事業者の養成」の記述があるが(倉橋1927: 31 -32=
1983 : 37-38),そこでは養成教育の内容,米英独諸国,わが国における養 成校を列挙するに止まっている。また,「幼児保育者J(f原理」第 3章第 3節) では,わが国の社会事業従事者に民の専門的基礎的教養が極めて不十分である との記述はあるが(倉橋1929: 44=
1983 : 140),それ以上の論及はないロした がって,その児童保護論では十分論及されなかったが,②は喫緊の問題であり, その関心は論考NO.10の内容と重ねて検討する必要がある(後述)。 最後に,③は「現存する各種の児童保護施設が相互の共働によって其の各自 の能率を事げて行くと共に,一人の児童を中心としたる連絡的幸福を増進す るJ (倉橋1928a: 39)だけでなく,新施設の既存事業との補充連絡や施設設 置上の社会的分布の意味から,アメリカの状況をモデルにその必要性を論じて いる。同様に,その児童保護論においても「我図の知きは此の鮎に於て最も致 命的敏陥を有して居るJ (倉橋1927: 82=
1983 : 88)と断じているo とりわけ, 児童保護の場合,「其の全館の生きた生活を封象とすると云ふ意味から,之が 必須の注意にならなければならぬ」ため,「員に事業上の相互充資」をめざし て「適嘗なる中心的或は相互的統制によって,其の第一歩の着手を急速に行は れたいJ (倉橋1928a: 41)と提言している点は,児童を中心にすえた関係機 関の連携やネットワークの必要を先駆的に論じたものとして重要である。2
.
幼児保護・幼児教育・乳幼児保育を論じたもの ここに分類される論考5
本の問題や論点の所在は, (1)乳幼児保護期間の区 別,幼児後期の教育, (2)託児所における幼児教育, (3)児童・家庭・地域に対 する託児所の任務, (4)人間事業の保育方法とその担い手, (5)乳幼児生活の愛 情と母の保護及び教育に整理できる。 (1)乳幼児保護期間の区別,幼児後期の教育 論考No.3は, 1926(昭和元)年4月の幼稚園令の公布を目前に児童保護施 設における乳幼児保護期間の区分,幼児後期の教育的意味を明らかにしているD 具体的には,幼児保護の概念が過去において研究上も実際上も不明確であった ことをふまえ,英国の保育学校の例を用いて,①生後9ヶ月から満2歳,②満 2歳から満 4歳,③満 4歳から満 6歳に三区分し,前者を乳児保護期間,後二 者を幼児保護期間とするo その上で,幼児保護期間の前期後期の区分の教育的 雑誌 r慈善』および r社曾事業』にお付る倉橋惣三(中棋) -97意味,保育所における幼児後期の教育性の欠如を問題としている。 幼児保護が乳児保護と違ふ一つの鈷は,其の教育的要素を含むこと多き 貼である。…(中略)…幼児保護は,幼児の全生活の保護であって,車に その生育上のみならず,所謂心的方面に於ても重大なる職能を有する…我 圏一一或は諸外閣に於ても一ーに於ては,時に,幼児保護機閥と幼児教育 機閥とが封立的に考へられる風があるけれども,そは最も謂はれなき考へ であって,幼児教育は,幼児のあらゆる生活に必然し,幼児保護は幼児教 育であることを醤然としなければならぬ…(倉橋
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我園の保育所には幼児後期に封する教育性を具備しないものが多く,又, それが保育所としての笛然であるかの如く平気に考えられて居たりする。 . (中略)…今日の保育所の或るものが,幼児預り所の職能を餓りに其の 最低標準に於て質施して居る如きは,幼児のために遺憾にたえないことで ある。…殊に,其の後期のもの〉ために其の遺憾を深うする…此の鉄路の 原因が,幼児期の保護が嘗然含有すべき教育性に封する一般的理解の稀薄 なるにあるは素よりであるげれども,特に幼児保護に於ける,前期後期の 匝分を看過するもの多きも,其の質際上の一因だと思ふ…(倉橋1
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以上,保育所に向けられた厳しい批判の影響力や反響の程度は不明であるが, 幼児保諮概念を年齢的に区分しただけでなく,幼児後期の教育に関する理論的 根拠を提示したという窓味で重要であり,また『社曾事業』誌における倉橋の 保育所論の先駆けであったと考えられる。なお,主要な児童保護論では「撃齢 前教育の問題J(i概論」第2
章第2
節)において幼児教育問題の必然性,英国 の保育学校,乳児期から幼児期にかけての保護と教育に言及し,「衛生育児上 の専門家」中心の乳児保育所と「教育者」中心の幼児保育所に対比して整理し ている(倉橋1
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託児所における幼児教育 論考No.9
は「乳幼児愛護施設に閲する諸問題」に対する寄稿であるが,倉 橋の課題意識は次のとおりである。 - 98一 龍 谷 大 学 論 集託児所に於ける教育と云ふ意味は,託児所に於ける幼児の心理に相賞す べきものであるのみならず,託児所が持つ其の社合的意義にも基くべきも のであって,それがさう云ふ社曾的意義を持たないでもい〉幼稚園と型ち の上で差違の生ずるのは嘗然である。其の結果としては,普通の幼稚園で は其の教育が教育らしさのま〉に現はれ,託児所では教育らしさが色々の 質際現貨の中に織り込まれて現はれると云ふ違ひが起るかも知れない。然 し之を以って,幼稚園がより教育的で託児所は教育的でないと云ふ事賢に は決してならないのである。逆語をつかへば,教育が教育らしく行へると ころよりも,教育らしさを外に出さないで行へるところこそ,反ってより 強き,又より深き教育性がしっかりと存在して居なければならぬと云って い〉…(中略)…託児所はたゾ託児所であって,幼児期の教育として稀薄 な場所だと云ふやうな見方がないのではない。速かに一掃絶滅せざるべか らざる考へ方である(倉橋1929a: 23)。 つまり,託児所における可視化されにくい教育を問題にしている。幼児教育 は「出来るだけ具鱒.的幼児生活の裡」に基づき展開する必要があるが,託児所 こそ「具躍の生活さながらを通して行はる〉員に幼児の教育の本義が護揮され る」のであり,「どこまでも具飽の寅際生活に周到懇切なる世話をして居る聞 にこそ虞の幼児教育が出来る」と述べている(倉橋1929a: 23-24)。そして, ある託児所での保婦による女児の髪すきと誌とり,談笑の光景にふれ,「さう 云ふ閥係に於いて行はれてゆく最も員賞な生活,教育の質際を価値深く眺め たJ (倉橋1929a: 24)と説明する。また,託児所における教育目標は「全人 的発達」であり,具体的には英国の保育学校令における衛生訓練と社会訓練に 言及している。すなわち,「毎日の生活の中に,友達との生活の中に,衛生的 と社曾的との二方面が訓練されて行く」のであり,この場合の訓練とは「習慣 の中に養はれて行くことを主とするJ(倉橋1929a: 25)のである。以上をふ まえ,短期的かつ臨時的とはいえ,農繁期託児所におげる教育の必要について 論じている。 なお,主要な児童保護論では,「幼児期の教育J (r原理J第
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章第2
節)に おいて,幼児の性能や性格の主要な基礎として自発性,知性,人間性,社会性, 理想性の実質と程度の発達に,また「託児所と幼稚園J (r原理」第2章第3 節)においては英国の保育学校とわが国の幼稚園令にそれぞれ言及しているが (倉橋1929:21-30=1983: 117-126),この論考との関連が深いのは以下の指 雑誌 r慈善1.および r社曾事業』における倉橋惣三(中恨) -99-摘である。 幼児保護事業の主任者は,たゾ単純なる社曾事業者といふものではない のである。教育者なのである。教育に閥する専門家なのである。そうでな ければならぬのであるといふことになるo こんな議論は,どうでもい〉こ との様でもあるが,幼児保護が,保護といふ言葉から漠然たる社曾事業と してのみ行はれて,幼児といふ対象から必然であるべき教育事業としての 意識の,時に意外に稀薄なることは或る程度に於て通弊ではあるまいかと いふことを思ふ…(倉橋
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幼児という対象特性に鑑み,教育者の側面を強調しているが,これは論考 No.2の検討で言及した教育精神であり,また論考No.3の検討で言及した保 育所批判の内容と重なるものであると考えられる。 (3)児童・家庭・地域に対する託児所の任務 論考No.l1はもともと雑誌編集部より付与された論題であり,カタカナ混じ りの論題に違和感を表明しているが(倉橋1
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,結果的には保育・幼児 教育実践に止まらず,託児所と家庭,さらには周辺地域との関係を問題にして いる点で異彩を放っている。 …その子供の員の幸福を祈る託児所の民精神からは,そんな簡単な分捻 任務では済まされる筈のものでない。そこで託児所の賞然の任務が其子の ために,その家庭に働きかけると云ふことにならなければならぬ筈である。 云ひ換へれば,託児所は家庭の足らざる所そのものだけを補ふのではなく して,家庭の方へ流れて行き,食ひ入って行かなければならぬのである。 此意味に於て,換言すれば,託児所は,子供を受取って世話をする所と云 ふよりも,其家庭ぐるみに世話をせずには居られない本来の性質を持つも のである。此頃の社曾事業上の新しい言葉からすれば,単なる児童保護事 業ではなくして,議註首誕でなければならぬのである(倉橋1
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。 注意したいのは,論考NO.5において不良少年問題対策の文脈で言及された 家庭事業が,託児所と家庭との関係においても再び言及されている点であるo 対象児童の年齢は異なるが,「児童をその全生活に於て満すものは社曾でなく, -1()()- 飽谷大学論集インスティチユートでなく,家庭であるJ (倉橋1927b: 62)との論理は一貫 しており,そこに家庭事業の必然性が認められる。 次に,周辺地域との関係については以下のように指摘している。 ソーシアル・センターとしての託児所の任務は,託児所の持つ特殊的便 宜其のものから自らに行はれる筈であるが,尚この任務を,強く自究する 時に,特に有効なる方法がいくらも考慮さる〉筈である。例へば,進んで の家庭訪問,迎へての講話曾,展覧曾と云ふやうな事は,只授託児童の家 庭のみを封象とする方法のみでなく,所謂封社曾的目的に於て出来るだけ 賀行せられたい。但しこの場合,最も必要なる注意が一つあるかと思ふ。 それは,何慮迄もその土地と云ふ事を考の中にはっきりさせてこれに即し た方法と適切なる内容に於てのみ是を行ふべきである。一位ソーシアル・ センターと云ふ言葉が…(中略)…時とすると随分空な,概念的な傾向を 伴ったりするものである。云ふ迄もなく,社曾事業全般の本質が所謂漠然 たる大社舎を封象とするものではない。結果としては,其慮に迄行くもの であらうが,賀行としての社曾事業は決して,そんな大きな,漠然とした ものを封象とするのではなく,何慮迄も其土地なり,其界限なりに,所謂 コンミュニチイを封象とするものである。殊に託児所と云ふやうな小さな ものにあっては(託児所は小さいのが津山あるのが本蛍にい〉のである) 極範囲の限定されたコンミュニチイ・ウオークをするのが本館である,文 それだけが本賞に出来る筈のものである。これは授託児童そのものに封す る方面から云ってもさうであるし,所謂ソーシアル・センターとしては一 層さうであるo故に講話曾にしても,展覧曾にしても,極小規模なもので よいのであるし,そのすべての仕方も,なるべく形式ばらない事々しくな いものである方がい::. (倉橋
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。 倉橋は「ソーシアル・センター」という表現を言い換えようと努め,「土地 の為の御用承所J (倉橋1
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という一案を示しているが,まさに周辺地 域に密着した託児所にとって等身大の実践を提言している。保育所・幼稚園の 地域子育て支援が今日的な課題となっていることに照らせば,家庭福祉施設と しての,さらには地域福祉施設としての託児所の機能・役割を先駆的に論じた ものとして注目に値する。およそ8
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年前の指摘ではあるが,現代にも通じる本 質が明らかにされているからである。 雑誌 r慈善』および r社脅事業』における合橋惣三(中棋)-101-(
4
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人間事業の保育方法とその担い手 論考N
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は,幼児保育および幼児生活観の変遷を辿り,現在は幼児保育対 象としての人間性そのものであり,具体的には家庭における母の愛,すなわち 母との交渉に依って与えられる人間満足の欠損,家庭生活の欠損を補充するこ とがその中心であると指摘する。 そこで,幼児保育の方法は第1
に「出来る丈少数の幼児を劃一的ならざる方 法に於て取扱ふ事j,つまり個別化しなければならないという。この方法によ ってのみ「保婦との密接なる人間交渉Jが充分可能となるため,「少くも幼児 保育の如き幼児個々の人間的満足を絶髄の要件とする事業に於ては,質を以て 盤よりも重しとせざるを得ないj (倉橋1
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のである。第2
に託児所 の1
日を「家庭的たらしめる必要のある事j,つまり家庭化の必要である。そ れは努めて「非規則的に時間を充して行き度い」ということであり,「其慮に 何かの生活内容が時間割以上の貿質的充貨を以て生活せられて行く事」である が,この方法の実現には先述した幼児数の問題と密接な関係にある(倉橋1
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。
したがって,今日の保育事業は,幼児の人間的満足をどのように満喫させる かという方針の下で「一切根本的改新の必要J に迫られているかもしれないと 述べ,最も大切なことは「幼児保育者自身の自己の任務と自費を此貼に置く 事Jである。具体的には「人の子を受託してこれに本醤の人間的満足を補充す る事はおそらく,科皐的取扱ひ以上の周到なる工夫と努力とを以てしなければ ならぬ」との信念であり,そこから「総ての社会事業は徹到徹尾人間事業であ るj (倉橋1
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と結論づけている。 つまり,幼児の人間的満足を充たすという目標達成のためには,個別化と家 庭化という保育方法が不可欠となり,究極のところ保育者の質が本質的な課題 になるロすなわち,保育者に「科撃的取扱ひ以上の周到なる工夫と努力」が不 可欠であるとの認識,言い換えれば,保育のく科学性>とくアート性〉が共に 要求されていることは重要である。なお,この点は論考No.6およびNo.1
0
(後述)で言及される実践者養成機関に関する指摘とも通底していると考え られる。 少くも,社曾事業家養成機闘を単なる撃的興味を以って終るやうな傾き に陥らしめることは非常なる誤りとしなければならない(倉橋1
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。 -102 - 龍谷大学論集唯,それがどこまでも科皐のための科皐,理論のための理論と云ふ風に なることを,此の機関の本質から避けたいのであるo 此のために最も必要なることが,教授者の選択にあることは言ふをまた ない。而して社曾事業家養成機関の教授者たるものは,夫々の方面に於け る社曾事業の質際経験を有するものに限ると云ふことは極めて必要なるこ とであり,我が閣の風として煙者と質際家が分離され,皐者が貸際家の上 におかれると云ふことは,少くとも此の機関の場合に於いては,絶封に不 可なることである(倉橋1929b: 4)。 したがって,幼児の人間的満足を充たす保育者の質に影響する条件は多様に あるが,その
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つに実践者養成機関とその教育のあり方が存在していたと考え られる。(
5
)
乳幼児生活の愛情と母の保護及び教育 論考No.
1
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は乳幼児保育の精神について,子どもに対する精神と母に対する 精神を明らかにしている。前者は「乳幼児の生活を愛惜すること」であり,そ の場合,「有用,有効の価値」ではなく,「現在の生活そのものがもっ価値」と して「生存の厳粛なる意義そのもの,その生きんとするする力,その自ら護達 してゆく力,つまり,あの小さきもの〉持つ生命への愛情」であるという。そ して,こうした意味の愛情を乳幼児の生活に感じられる人だ付が員の幼児保育 者であると述べている。したがって,愛情は個々の生命と発達者に即して実感 されるから,保育対象は個であり,保育は乳幼児の全生活であることを説明す る(倉橋1931: 2--4)。 他方,後者は乳幼児保育の人生的本質について考える場合,第1
の主体者は 母であり,「少くも母を併せ倹って,その保育の員の完成を期するものでなく てはならJず,「母の保護及び教育」を当然含む。例外を除き,母と併せて考 慮した時に完全な事業になる。また,乳幼児保育の精神はその子の親の親心に 基づいて行われると言えるo家庭の実生活に追われ,その親心が見えない場合 や,無智による誤った親心の発露も多いが,長の保育者は無頓着と無智の中に なお親心を洞見し,同情し,尊敬する。こうした保育精神が親をもその対象と せざるをえないと述べている(倉橋1931: 5-6)。 前者の精神は,児童保護論において示された「天物」または「自然」として の子どもという児童観(倉橋1927: 18-19= 1983 : 24-25) をふまえて論及され 雑誌 r怒普・』および ru脅事業』における倉橋惣三(中根)-103-たものである。また,後者の精神は,直接的には保育者の親との向きあい方に 言及しているが,この点は倉橋の「家庭教育行脚j (倉橋
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の経 験にも裏打ちされているように思われる。さらに視野を広げれば,児童の家庭 保護の完成に向けた「児童保護思想の普及j (r概論J第3章第3節)に連なる ものと考えられる。3
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社会事業一般を論じたもの ここに分類される論考2
本の問題や論点の所在は,(
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社会事業家養成機関 のあり方と今後の展望・課題, (2)現代人の自然追求心の源泉に整理できる。 (1)社会事業家養成機関のあり方と今後の展望・課題 論考No
.lO
は広くわが国における社会事業家養成機関のあり方について,必 須要件としてのフィールド・ワークをはじめ養成機関への入学資格,学科内容 とその機関の特性,教授者の選択と社会事業の実際経験,科学的テクニックの 必要,「社曾事業の分化に基く養成j,r各方面の連絡の精神」とエキスチエン ヂ・ワークの科学的研究の必要を論じている。 社曾事業家養成機関の必要は,我が園の社曾事業の護達のために恐らく 最大の急務である。…(中略)…勿論既に其の目的を以ってする機関がな いではないが,それも,忌僧なく云へば,社曾事業の知識を聞かせるとこ ろと云ふ域を脱していない。今日の社曾事業家の養成には,所謂,フィー ルド・ワークを必須の要件とするのであって,それの伴はないものは決し て員に其の施設であると云ふことが出来ない。…(中略)…今日社曾事業 のために投じて居る相当の費用を此の方面に向つでも割くことは,最も効 果ある金の使ひ方だと思ふのである。ほんとうにトレーインされたる社曾 事業家によって,夫々の方面の仕事が専門的に行はれない限りは,社曾事 業は到底充分の効果をあげることが出来ないのであって,其の意味から, 先づ其の人を養ふことが第ーであることは云ふまでもない口県に其の人を 以って夫々の専門に当らしめれば,今日の乏しき社曾事業費も或は倍の効 果を生ずるであらう(倉橋1
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。 現代の社曾事業が,単に一般的経験を以ってする性質のものではなくな って居る限り,どうしても夫々の方面に関する専門の働き手として養成す -104 - 龍谷大学論集ることを本旨としなければならない。或は大きし都市社曾事業,農村社 曾事業,又対象の性質から分けて,感化方面とか防止方面とか,経済救護 の方面とか,どうしても方面々々による養成を始めからしなければならぬ のである。つまり社曾事業の分化に基く養成であるo之は我が図の現状と して,後の働き方に於いてせまくなり過ぎると云ふ非難がないとも限らぬ のであるが,之を徹底せざる限りは到底巽の効果を上げられない(倉橋 1929b : 5)
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然し此の方法から社曾事業の独り孤立的活動だけが発達して,現代社曾 事業の最も大切なる各方面の連絡の精神を失ふやうなことになってはなら ぬことは改めて云ふまでもない。而して之は所謂エキスチエンヂ・ワーク の科撃的研究によって当然其の弊を避け得るものである(倉橋1929b:9)。 以上のように,倉橋はニューヨーク・スクール・オプ・ソーシャルワークで 学んだ自身の経験を交えて論述している。先述した論考No.6の②児童保護の 実践者養成機関の必要と併せて考えれば,児童保護事業実践者の養成問題や社 会事業家養成機関のあり方に対し,先駆的に関心を寄せていたことが見出せる。 したがって,倉橋の児童保護論の背景には児童保護事業実践家の養成という 喫緊の課題意識があり,児童保護事業の人的革新が志向されていたと仮説的に 考えることができる。すなわち,倉橋は「社曾事業の分化に基く養成J という 課題意識から児童保護事業の人的革新を志向し,そのプアースト・ステップと して「概論」や「原理」を執筆したという可能性である。つまり,その内容は 従前おろそかにされていた社会的児童保護の「専門的教養」であり,児童保護 事業の「専門的基礎付げ」であったと考えられる。なお,この場合の「専門 的J とは「翠なる皐究的乃至理論的方面にとYまらずして,組織付けられたる 児童保護根本精神の充実を意味J (倉橋1928a: 39)していた。(
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現代人の自然追求心の源泉 論考No.12は現代人の自然追求の心が何であるかについて,体験や原始的生 活への回帰,神秘性,最も純真なる人間相互の親しみの 3つを論じている。そ もそもこの論考が「社曾事業一般を論じたものJに分類されることに疑義があ るかもしれないが,社会変動の結果としての生活の人為的な発展に対し,現代 人の精神保健的な社会適応・順応の方法としてキャンピングの意義が論じられ 雑誌 r慈善』および r社曾事業』における倉橋惣三(中根) ー 105ーている点に注目すれば,広義の社会事業一般に含めて考えられると判断した。 とはいえ,この論考と主要な児童保護論の関連性は見出せていない。