日本小児循環器学会雑誌 4巻3号 405〜409頁(1989年)
新生仔家兎心筋に対する呼吸性アシドーシスの効果 一 細胞膜Na+/H+交i換の役割一
(昭和63年4月2日受付)
(平成元年1月20日受理)
東京女子医科大学附属日本心臓血圧研究所循環器小児科(主任:高尾篤良教授)
瀬口 正史 中西 敏雄 高尾 篤良
key words:呼吸性アシドーシス,新生仔心筋, amiloride, Na+/H+交換
要 旨
新生仔(5〜7日)及び成獣家兎の摘出心を用いて,呼吸性アシドーシスに対する陰性変力効果を調
べ,心筋細胞膜の発達による違いとの関連を検討した.呼吸性アシドーシスに対する陰性変力効果は新 生仔の方が成獣よりも小さかった.また,amiloride(細胞膜のNa+/H+交換の抑制剤)により呼吸性ア シドーシスにたいする新生仔と成獣家兎の陰性変力効果はさらに増大したが,その影響は新生仔で大きかった.
そして,心筋のホモジネートに塩酸を滴下してpHを測定して細胞膜のpH緩衝能を調べたが,
amilorideは心筋のpH緩衝能を低下させた.
以上の結果より,家兎心筋での呼吸性アシドーシスに対する張力変化の年齢差は少なくともその一部 は細胞膜のNa+/H+交換の差によると考えられた.
はじめに
呼吸性アシドーシスは心筋に対して陰性変力効果を 示し,心拍出量の減少による心不全を招来するユ)一一3}.新 生仔心筋は成獣よりも呼吸性アシドーシスに耐性があ ることがわかっているが,その説明はまだ十分とは言 えない4).これまで新生仔心筋は成獣に比べて細胞内 器官の発達が不十分で,興奮収縮連関の様式も異なる と考えられており5),特に筋小胞体の発育は不十分で,
収縮タンパクに働くCaイオソは未熟な心筋ほど筋小 胞体よりも細胞膜をこえて流入するCaイオソに直接 に依存すると考えられている6).我々は新生仔におい て細胞膜が相対的に重要な位置を占めることが呼吸性 アシドーシスに対する年齢差の一因かも知れないと考 えた.呼吸性アシドーシス下では細胞膜は細胞内のH イオンと細胞外Naイオンとを交換することにより細 胞内PHを一定に保つ働きを持っている.
別刷請求先:(〒162)東京都新宿区河田町8−1 東京女子医大心研小児科 瀬口 正史
今回,家兎(新生仔,成獣)の摘出心を使って呼吸 性アシドーシス時でのNa+/H+交換の役割をNa+/
H+交換の阻害剤であるamilorideを用いて推定し,細 胞膜でのpH緩衝能の発達による変化を調べた.
方 法
実験動物は生後3日から5日の新生仔と成獣の家兎
(New Zealand White)の摘出心を用いた.新生仔家
兎は上行大動脈からカニューレを挿入する
ventricular preparationで潅流し,成獣家兎はseptal preparationを用いた.摘出心の潅流方法は文献7に 詳しく述べた.心筋温は27度Cに保ち,毎分60回で電 気刺激した.心機能(mechanical function)の指標と して,発生張力(developed tension, DT),静止張力
(resting tension, RT), DTの一次微分の最大値
[maximal rate of tension development,十dT/dt
(max)], DTの最大値に達するまでの時間(time to peak tension, TPT),そしてDTが最大値からその1/
2になるまでの時間(half time to relaxation,1/2RT)
を張力transducerで測定した.基準潅流液として
Krebs−Henseleit液(KH液)を使用した.その組成は,
NaCl=118mM, KCI=6mM, CaCl2=1.5mM,
MgCl2=1mM, NaHCO3=24mM, NaH2PO4=O.435 mM, glucose=6mMであった.基準液は95%02−5%
CO2でbubbleしpH=7.4とし, pH=6.8の呼吸性ア シドーシスは80%02−20%CO2でbubbleして作成し
た.
1)呼吸性アシドーシスの陰性変力効果
呼吸性アシドーシスにおけるmechanical function の変化を調べた.まず,pH=7.4の基準液で30分間心筋 を潅流し,mechanical functionが安定してからpH=
6.8の呼吸性アシドーシス液を20分間,さらにpH=
7.4の基準液で10分間潅流してmechanical function の変化を測定した.
2)amilorideの効果
細胞膜のNa+/H+交換を阻害するamilorideを用い て呼吸性アシドーシスでの細胞膜Na+/H+交換の陰
性変力効果に於ける役割を調べた.このために
amiloride lmMの入ったKrebs−Henseleite液で摘出 心を潅流し,上記1)の実験を行いmechanical func−tionの変化を調べた.
3)細胞膜のpH緩衝能
Nakanishiら4)の方法でホモジネートされた新生仔 と成獣の家兎の心筋を用いて細胞膜のpH緩衝能を調
べた.すなわち,約1gの心筋をpH=8.0の1mMの
Tris bufferでホモジネートし,1NのHClで滴定して ホモジネートのpHをpH meterで測定した.さらに Tris buffer中にamiloride lmMを加えたときのpH の変化も調べた.数値は,平均値±標準誤差で示した.有意差の検定 にはstudent t・test,あるいは分散分析法によるTuck−
ey法を用い, p〈0.05を有意とした.
結 果
1)呼吸性アシドーシスの陰性変力効果
新生仔および成獣家兎の呼吸性アシドーシスに移行
する前(コントロール)のmechanical functionの値 を表1に示した.呼吸性アシドーシスにより+dT/dt
(max)の値は成熟家兎では20分後にはコントロール 値の49±3%にまで低下した.しかし,新生仔家兎で は1分後に60%に低下するものの8分後には91±3%
にまで回復し,20分後には82±6%となった.新生仔 家兎の心筋に対する呼吸性アシドーシスの陰性変力効 果は成獣に比較して有意に小さかった(p<0.01,図
1).
2)amilorideの効果
基準液のKH液から1mMのamilorideを含むKH
液に変えた場合に(pH=7.4)張力の変化は見られな
100
O O O O
5 0 5
(。。窃o豆8>﹂2栢﹂五$﹂も﹂eo芭︵話εも︑宅+
A adult
雛蒜C』。1。−3M
δ_δ一δ一〜…←−6
0 5
Bnewborn
10 15 20
0 O 5 10 15
Time(mh.)
20 図1 呼吸性アシドーシスにおける+dT/dt(max)
の変化
○;Krebs−Henseleit液のみの場合,●;アミロラ イド10−3Mを加えた場合newbornではコントロー ル(○)で7〜8分後にほとんど100%まで回復する.
この回復はアミロライドにより抑制される.
Table l Mechanical functionの基準値
animal n DT
(9/wt)
+dt/dT(max)
(9/sec/wt) RT
(9/wt)
TPT
(msec)
1/2RT
(msec)
adult rabbit newborn rabbit
10 11
17.4±2.4 8.6±0.6
86.2±10.2 42.0±5.3
2.8±0.3
2.7±0.2
320±11 285±10
260±11 165±10 DT;developed tension,十dt/dT(max);maximal rate of tension development, RT;resting ten・
sion, TPT;time to peak tension,1/2RT;half time of relaxation
平成元年5月1日 407−(91)
かった.amiloride存在下で20分間の呼吸性アシドー シスにしたところ,+dT/dt(max)は成熟家兎でコン
A controI543210
ー
(O︾60一㊥O↑
30 0 30
十 一
(9Φ契O︾↑唱︑↑■9
Bamiloride10−3M5 4 3 2 1 0
ー
︵O︾CO一ψ=Oト
ー
0 0 03 3 十 一(
OΦ ψ
、O
》一唱︑﹂㌔
中
RA
図2 新生仔心筋での呼吸性アシドーシスの効果 A;Krebs−Henseleit液のみの場合, B;10−3Mのアミ
Pライドを加えた場合.
トロールの20±2%,新生仔家兎で51±3%となった
(図1,2).これらの値はamilorideのない時の呼吸性 アシドーシスの値よりも有意にすくなかった.
3)細胞膜のpH緩衝能
成獣と新生仔家兎の心筋を用いた細胞膜のpH緩衝 能を図3に示した.amilorideのない状態では心筋ホ モジネートのpHは,成獣よりも新生仔が高かった
(p<O.OOI).また両群とも1mMのamilorideを加え たときの心筋のpH緩衝能は加えない時よりも低下し
ていた.
考 案
呼吸性アシドーシスでは,slow inward currentの 抑制8),筋小胞体からのCaイオン放出の閾値の上昇9),
トロポニソのCaイナンに対する感受性の低下1°}を生 じて筋の収縮力は低下するとされている.しかし,ウ サギの新生仔心筋を呼吸性アシドーシスにしてみる と,その発生張力は,その初期張力の50%ほどに低下 するが,20分後には90%以上にまで回復し,成獣とは 著しい違いを示した(図1).このことは呼吸性アシ ドーシスの効果が心筋の発達により異なる事を示して いる.そして,この原因を追求することが今回の実験 の目的である.胎仔,新生仔の未熟な心筋と成獣の心 筋とではさまざまの点でEC couplingの相違がみら れる.つまり,新生仔心筋では細胞膜を通過するCaイ オンをblockするランサナムによる陰性変力効果は
7.00 6.90 6.80 6.70
…⑤6°
ξa5°
§ a4°
::6.30 6.20 6.10 6.00 5.90
A
Adult
B互
ocontrol
.amil。ride 1σ3M
0 4 8 12 16 20 24 0 4 8 12 16 20 24
HCI(peq/10 ml of mu8cb homogenate》
図3 細胞膜のpH緩衝能.新生仔では成獣よりもコントロールでのpH緩衝能は大 きい.アミロライドは細胞膜のpH緩衝能を有意に低下させる,
*p〈0.01, p<0.05(contro1>amiloride 10−3M)
成獣に比較して強く6),Ca antagonistの効果も大き い7).これらの事実は新生仔心筋の収縮が細胞膜を越 えて流入するCaイオンに成獣以上に直接依存してい ることを示唆している.
さて,Deitnerら11)は羊のPurkinje 6berを用いて,
細胞内pH(pHi),細胞外pH(pHo)と細胞内Na活 性との関係を細胞内微小電極法で研究した.それによ
ると,pHoが5.4から8.4まで変化してもpHiはその 0.23倍しか変わらなかった.また,pHiは細胞内Na活 性に依存していた.Deitnerらは,この説明として細胞
内Hイオンと細胞外Naイオンを交i喚してpHiを一
定に保とうとする機能(Na+/H+交換)が細胞膜にある のではないかと推論した.つまり,細胞内にHイオン が蓄積してくると細胞膜は細胞外のNaイオンを取り 込み,その代わりに細胞内のHイオンを細胞外にくみ 出すという機能である.この機能により細胞内のpH は一定に保たれることになる.実際にこのNa+/H+交 換は分離されたイヌの心筋の細胞膜に存在することが 確認された12).また,鶏胚の心筋細胞を用いた実験では pHiが低下してくる状態ではNa+/H+交換が主要な pHi調節因子として働きpHiの急激な低下を防いで おり13),このNa+/H+交換はamilorideにより抑制さ れることが証明された14).今回の実験では,KH液に1 mMのamilorideを加えたところ新生仔,成獣共に呼 吸性アシドーシス中のDT,+dT/dT(max)は低下し た.特に新生仔家兎心筋ではamilorideのない状態で の呼吸性アシドーシスでは91±3%まで回復してい た+dT/dt(max)値はamilorideにより51±4%にま で低下し,この変化は成獣家兎の場合より大きかった.
このことは,呼吸性アシドーシスにおいて,細胞膜の Na+/H+交換が成獣家兎よりも新生仔家兎で活発な事 を示唆する.MenoとJarmakaniら15)は分離された家 兎の細胞膜を用いた実験からアシドーシスに対する細 胞膜のNa+/H+交換は,新生仔心筋の方が成獣よりも 強く働いていると報告している.つまり,呼吸性アシ ドーシスにより生じる細胞内アシドーシスは細胞内 Hイオンの増加をもたらすが,細胞膜のNa+/H+交換 によりHイオンは細胞外に移動し,代わって細胞外よ
りNaイナンが流入する.このNaイオンは細胞膜の Na+/Ca2+交換を高めて細胞内Caイオンは増加し,呼 吸性アシドーシスでの張力低下を防いでいると推測さ
れる16).
さて,今回の実験ではさらに細胞膜のpH緩衝能と Na+/H+交換の関係をみるためホモジネートした家兎
心筋細胞のpHをHCIで滴定して測定して調べた.図 3で示されたようにamilorideのない状態での心筋ホ モジネートのpHは新生仔の方が大きかった.これは,
コントロールでの細胞内pHが成獣よりも新生仔で高 いのかもしれない.そして,amilorideのある状態では 細胞膜のpH緩衝能は新生仔,成獣ともに低下してい ることが確認され,amilorideにより,Na+/H+交換が 抑制されたため細胞膜のpH緩衝能が低下したと考え
られた.
以上より,呼吸性アシドーシスに対する新生仔と成 獣の張力の変化の差は,その一部については細胞膜の Na+/H+交換の発達の差によることが推察された.た だ今回の実験ではamilorideの存在下でも呼吸性アシ ドーシス下の心機能には年齢差が認められた(図1).
このことは,アシドーシスの影響の年齢差が他の機序 にも起因していることを示唆している.細胞内アシ ドーシスの各収縮過程に及ぼす影響についてはよく分 かっておらず,今後の検討が必要である.特に収縮過 程の発達による変化とアシドーシスへの耐性との間に 関係があるかもしれず,現在研究を進めている.
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Masashi Seguchi, Toshio Nakanishi and Atsuyoshi Takao Pediatric Cardiology, The Heart Institute qf Japan, Tokyo Women s Medical College
This study was desighned to investigate effect of Na/H exchange in the isolated newborn and adult rabbit heart during respiratory acidosis(pH=6.8). Negative intropic effect of respiratory acidosis in the newborn heart[91±30ro of control in十dt/dT(max)]was significantly less than in the adult heart(49±3%of control). This great recovery of the DT and十dt/dT(max)during respiratory acidosis in the newborn was supressed by l mM of amiloride which was an inhibitor of sarcolemmal Na/H exchange. Moreover sarcolemmal buffer capacity was shown in homogenated rabbit heart muscles. pH of the homogenated muscle in the newborn was significantly higher than in the adult and l mM of amiloride did deteriorate the sarcolemmal buffer capacity in both age groups.
These results indicate that the tolerance of the newborn heart to respiratory acidosis is in a part due to the stronger activity of sarcolemmal Na/H exchange.