W 社 会 生 活 に お
rtる 意 識 と 実 践
1
友 だ ち づ き あ い に つ い て
( 1) 調 査 問 題
(5 )
春子さんの家は村で代々続いたりっぱな家がらだと雪われていま す。とし子 さんの家は貧しいうえに村で評判の思い家です。しかし,とし子 さ んはよくできるぞさしい乙どもなので, 裕子さ んはとし子さんとなかよく遊ん
ていました.と乙ろが.1.:>かあさんが. r 若 手 子 , あんな家のとどもとは遊ばな いほうがいいですよ
Jと言いました.それで春子さんはどうし ょう かとと まっ てしまいました.あなたがま王子さんだったらどうしますか.
(2)
小 学 生 の 反 応
I戸T
句今までどおり
f'l'よく遊ぶ
0そのまま仲よく逃ぷ
動
,
お も な 理 由
1免yi l r t i も できるしぞさしい人だから
2とし子さんがかわいそうだから 0とし子さんと仲ょくする
C
遊んでぞる
3
とし 子さんは何も 惑い乙とをしていな
¥ > 沖 孟 ら ( 問
1)78% C間
2)64%( 問
3)55%@母にわけをさく
0
遊んでいけないわけをさく
。旬:に遊
i立 .せても らうようたのむ
O母の, 寄えは まちがっていると言う (間
J)]4% (問'l)24%( 問
3)9%・1
友だちがへってしまうから
5みんな同じ人間なんだから
l '
6自然に白分
もやさしくなるから
7子どもにはお金なんかいらないから
8とし子さんが学校へも乙れなくなるから1
貧しくとも 人間は人間だか ら
2心の
Aやさしい人と 遊んでならない
ζと
はないから
3
どうしてもと し子 さんと遊びたいから
4とし子さんがひねくれるから6 1
.5かあさんだってわかってくれるだろう
~ 40 ‑‑
ー 一
t
③かくれて遊ぶ
1みつからなければしかられないから
0ζっそ り遊ぶ
2今まで仲よく遊んでいたのに思いから
0みていない所で遊ぶ
3みつかってまた言われるととし子さん
0
内緒で遊ぶ に患いから
( I
渇
1)4%( 問2
)4%( 問3)
15;'G 4設まも う遊ばないとさみしい子になってし
5あそびたいし人聞に変わ り はないから
@遊ばない
1おかあさんにお乙られるから
0
遊んでぞらない
2言いつけを守らないと綴不孝になるから
0母の言うようにする
3みっかりt しないかと心配して遊んで
0自 然
i:::fl 中が忠くな る いてはお しろ くない
( 問1
)2%( 悶
2)69 ; ; ( 問3
)21% 4母1:::言われるとだんだん滋びた くなく なる
5
言 うととをきかないと母が父に言 う か ら
@その他
1量も産ばらないわけらがとし 子さんにわかって
。と ら子 し なさんとに母があ と 言 なた ・ 主遊んで えるか
な い 言 っ た っ
2として子さんは別の友だちをさがすだろ ( 問1
)2% (間2
)2%( 問の
0%うか ら
(3)
中 学 生 の 反 応
f
戸
丁 劫 お も
t.r:恕 由
①今までどおり仲よく遊ぶ
1貧しくともよい人間であればいいから
0仲 ょくする
2家柄ととし子さんとは賀接の関係がな 0そのまま遊んでヤる いから
0母I~言って仲よく遊ぶ
3母の考えは今の時代には合わないから
〈 間1
)82%( 山 ,
12)69% C問 : : l )
5R% 4家例なんかより人柄のほうが大切だから 5とし子さんがかわいそうだから
6とし子さんまでが惑い子になってしまっ から
7みんなが仲よくした方がいいから
s
自分 る が と ら し 子さ んの立窃になったら乙 ま か
①母にわけをきく
1母の考えがまちがっているから 0面子にとだ わるなと母を説得する
2とし子さんのζとをよくわかって もら
。とし子さんを述れて来て 母1
:::設明 いたいため
する
3とし子さんがかわいそうーだから
Oとし子さんのいい所を珂!:~r税きふ 4家柄などは子どもには閲係がない
せ る
6母だってそう わか ら ずぞでな いから ( 問1
)1;;%( 問3
)17% Cr.~:l) 8%‑41
ー
③かくれて遊ぶ
O
わからないように二人で遊ぶ
O尽にだまって遊ぶ
。気持だけでも仲ょくする
〈問1
)3%(閉め
4%(問3)12%@遊ばない
Offi
の言うようになってしまう
,
0自然に はなれてしまう
0殺後
i立母の言うようになる (問1
)0%(問2)
!l%(問り
20%@その他
。先生に相談し てみる
0
父・ 兄,姉に相談してみる (問
1)2%~間宮)
8%( 閉め
2%(4)
高 校 生 の 反 応
'ー
干
T①今までどおり仲よく遊ぶ 動
02
反 柄などにとらわれず仲ょくする
O
jij:を説得してから遊ぶ
。防:を鋭きふせてさらに仲ょくする
O
堂々といっしょに遊ぶ
0
たとえ父が殺人犯であっても遊ぶ
〈問1)91% ( 問
2)82%(問3)71%
! ~遊びたい山初山泊ら
2
母がうるさいから
q 向分でよいと思っ た人と綬友になり た
v
いから
4
とし子さんが気のどくだから
5親友は家の評判できまる わけではない
から
1
母との仲がとわれる
ζとのほうが重大 だから
2
侍がうるさいし
i臨んでいてもおもしろ くないから
党自然にどっちでもよいという気待にな
u
ってしまう
4
家がらなどを 5<(にする人が多いようだ から
5
近所の人からも変な目で見られるから
1
1
母の言うよう に問分の気持が変わって くる J:うだから
2兄ヤ声Iiならわかって くれるだろうから
│ お も な 規 由 [ 1 人間のよしあしは鮒などとは関係が
ない
2現代i
ま ま契約がどうのといわれる時代で はない
3
母の考えは封建的であまりに古めかしい
4家柄を気にして自由をままうのは母親の
民の愛情でない
5とし乎さんの立場に身をおいて考えれ
ば当然
.6
友人は心と心の紡びつき でなければな
1 : 家 純 一 案 外 親 切 だ か ら らない
8自分の気持をしっかりもつでいればき
しっかえない
明 42守
②舟に環由をきく
1親と子どもを同一視してはならないから 0母の考えはまちがっていると認ーす
2母の言う乙とがEしいとはかぎらない
。昔止に友人のいいと乙ろを話して認 から
3根気強く説得すればわかってもらえる
めさす から
。速まわしに母の考えを改めさせる
4母間
;ぞがては許 し てえれるよう吋る
ー'
( 閉じ
6%(閥均
14%( 問3
)3%台 、
5人 炉で
も 一つくらい長所をもって いる のだから
③目だたないように付
zょくする
1母の言 うことも考え自分のことも考えて│
0
母にかくれてっき合う
2釈に2 する反抗心のようなものを感ず
0遠く離れた所で遊ぶ るか
。道で合ったら話をする位の関係を
3母にいぞみを言われそうだからもつ
4母を納得させるに手間がかかるから( 問1
)O百 ; i ( 問2
)4%(閉め
8% 5よい友人を失いたくないからv
③遊ばない
1遊ばないほうがとし子さんのためになる
0母の意見に従いやすい
2母の考をはまちがっていると思っても OQJ前より到
15いつき合いになる い つ の に か
O~の 反対で仲が思くなり。ずい
8貌に自由がしばられるだろうから。とし予さんとの友情が破れる
4親のす配が強く遊んでいるとしかられ( 問1
)1% (問む
0%(問3)18% 5他人より自分自身が大切だからるから
6親
か が らそういうふうに子どもをしつける
@その他
.1 1第三者の公平な意克がきかれるから 0先生平家族
1::相談して きめる
( 問1
)2% C問2
)0%( 問3
)0%2母との号接的関係では感情的になりぞ
すいか
明 43申
(5)
反応にみられる意識と実践の傾向
C
イ〉調資問題
(5)のような場部に底面して児童生徒がどう行動するかは,大きく次 の二つに分かれる.第ーは「今までどおり仲ょくする」というもの,第二は「遊
lぎない」
というものである.児童生徒の反応をみると・前者が圧倒的に多く,後者は(間 1 )では ほとんどみられない.
ところで,前衰の「今までどあ、り仲ょく する
Jというものの中には , 次の三つの類型が 区別される。第一は 「 今までどおり
f中よく遊んでぞる
Jというもの,第二はどうして遊ん でいけないのか「母にわけをきく」というもの,第三は「母にかくれて 目だたなし、 ように 遊ぶ
Jというものである.
f〈ロ)
i今までどおり仲よく遊ぶ」という行動をとるというものは,小,中,高校生と も圧倒的に多心
、しかも小,中,高と学年が進むにつれてしだいに明大していく傾向を示 している。すなわち, (間
1)の反応についてみると,小学生で
78%.中学生は
82%高校生になると
91%にも還している.そして高校生では小・中学生のごとく,たんに「 今までどおり仲よく遊んでぞる
J, r そのま ま遊んでぞる」というような反応ではなく
「家柄などにとらわれず仲ょくする」とか
γ「 勾:を説得して
f中よく遊ぶ」 と か , r 母
,を説 きふせて今までより以上に伸ょくする
Jとか. r 堂々といっしょに遊ぶ
Jとかいう反応が 多い.ある高校生は「たとえその子のあ、とうさんが凶悪な殺人犯であった止しでも仲よく 遊 ぶ . ー 納 とか視の素行は子どもの人柄のよしあしとは関係会ないし,それに自分の 気持さえしっかりもっていればさしっかえないから 」と書いて
hる .
次に理由についてみると,小学生に特徴約な反応は「とし子さんは勉強もできる L~ .ぞ さしい人だから J , r とし子さんがかわいそうだから J . r 友だちがへってしまうから 」 というようなものであるが ,中学生ぞ高校生になると . r 人間の よしあしは家柄などとは 直接関係がない
Jとか. r 現代
iま家柄がどうのとうのという 時代ではなく母の考えは今の 時代
!C合わない」とか. r 家
j河ヤ世間の評判を気にして子どもの自由を毒ま うのは子どもに 対する母親としての哀の愛情ではない」とか. r 遊んでぞらないと,とし子さんまでがひ ねくれた惑い子ども : 1 なってしまうから」とかいう反応が多くなってくるようである.
‑::‑44 ‑;‑
以上のような理由づけで 「今までどおりや
l'よく遊ぶ」というものが
(1昔
J1 )の反応では 圧倒的に多いのであるが.乙れが ( 間
2)お よ び ( 問
3)の反応では,小
a中,高校生と もかなり減少を示していることが注目をひく点である.すなわち,小学生では(問 1 )の
78%がく問
2)の反応では
64%に減少し. ( 問
3)の反応ではさらに減少して
55%になっている.同 様に中学生では
82%,
6 9%・ 58%, 高校生.では 9 1 %~ 82%,
71%
となってい る. とれらの減少した分がそっくり 「遊ばない」という ほうへまわった ものとみてさしっかえない。
f ハ
Jさきにみたどとく「遊ばない」 とはっきり言いきっ℃いるものは( 問 I )の反応 に関するかぎりほとんどない.小学生 と高校生にそれぞれ
2 %いるが,それが理由は 「遊 ばないほうがとしとさんのためにもなる」とか, r 母にみっかりはしないかと心配しなが ら遊んでいたのではおもしろくないから」という もので,家柄 とか食
22・ とかいう乙 とにと らわれて「遊ばない」というものではない。
ところが, ( 問
2)および
(1河
3)の反応になると「遊ばない」というものが目だって 明大する@すなわち,小学生では〈悶
1:の
2%が〈悶
2)では
6%に増大し , ( 間
3)ではさらに駒大して
21%にも達している。同様に中学生では
0‑%,
2 %' 20%.高校 生で
l:t1 %. 0 %. 1 8%となっている。
その理由は何であろうか
>:j{jJiらの WJ ぷを分析してみると次の ようである。 まず小学生に 特徴兵
Jな反応は ,
r.illtぷとおかあさんにしかられるから
J, r ‑ 言いつけを苛よ らないと親不
苧になるから
J.iL u : に 言われているうちにだんだん 遊 びたくなくなるから 」 と い う よ うなものであるが,中学生平高校生になると「遊ばないほ うがとし子さんのためにもなる から」とか, r i まの考えはまちがっていると思っていてもいつのまにかどっちでもよいと いう 気持になってしまうから 」とか , r 家
i椀 跨 とか
3許 干
かいう反 L 応 芯 治 が : 多く なつて くるようである。 ことにも質的な変化があらわれているように 忠 われる。
〔ニ)
r遊ばないJ というものと「今ま でどおり仲よく 遊ぶ」という行動の中間 f~位す
るのが, r 母にわけをきく . J , r 母にかくれて遊ぶ」というものである .どちらも「今ま
‑ 45‑'
でどおり仲よくしたい」という点では共通であるが
s前者は母の考えのまちがいを指摘し たり,友人の長所を認めさせたりして「今までどおり
f中よ く したい
Jという傾向が強いの
に対し
a後者
lま母の ととはおかまいなしに「かくれて目だたないように仲ょくする」 とい う傾向の強いものである.
ととろで前者は小 , 中,高校生ととも(悶 ] )
:hよび(問
2)で多く. (閥
3) , ではかな り減少する傾向を示している.とれに対して,後者は小,中,高校生とも〈間
1)よりは f 問
2).( 問
2)よりは( 問
3)と摺大する傾向を示している.すなわち,小学生では
〈 間
1) 4 %.( 問
2)4 %.( 問
3)15%,同様に中学生では
3%. 4 %' 12%.高校生では
0%.4%,
8%となっている.
そ
Jれならば「かくれて遊ぶ」という理由は何か. r 母にさえ見つからなければしかられ ないから
J.r 急に遊
lまなくなると友だちに惑いから
J.r 誰も遊んでぞらないと,とし 子さんはさみしい子どもになってしまうから
J, r 母の言う
ζとも考え,自分のととも考 えて
J,
f:母を納得させるには手間がかかるから
J.r そんなととでよい友人を失いたく ないから」等々である.彼らのあげる理由をしさいに検討・してみると,いちいちもっとも なととがかなり多い.彼らの貝体的な生活経験の中から自然に出てきた考え方ヤ行動を,
公式論的な道徳基準で単純に批判
lしてはならないように思われる.
{ 紛
ー2 公共の場面におけるあり方について
( 1) 調 査 問 題
(6) 問中君は大山
gと汽車I : : :J f
eって町へ遊びに行くととになりました.
そのとき,田中君
i立大山君と約束したとあ、り , 早く汽平に来って大山計の分ま で箆常をとってIoきました.あいている座席がなくなったとろ ・小さい女の子 をつれたÌòばあさんが問中沼のとってあ‘いた座席の lî~に立って 「乙こはあいて
いますか」と言ってかけようとしました。 問中忍が. r 乙
ζには友だちが来る のです」と言うと ,近くの人が回中君の方をじろじろ見ていました.と んなと
き
.あなたが田中君だったらどうしますか.(2)
小 学 生 の 反 応
'ー
干
T①二っともゆずる
l 1 V
JO
おばあさん と子どもをすわらせる
O自分たちは立っている
0
二っともあ ける
O自分のげもゆずる
c r J
]l)
38% (11 ¥
]2)乃弓% (問3)30%
@一つだけゆずる
O
大山誌の出・席をゆずる
O自分の座席をゆずる
。自分たちは交替でかける
( 間
1)4'1% C問:l)38% ( 問3
)29%お も な 湾
l由
1年よりぞ子どもは立っている と疲札る
から
の年よりぞ子どもには親切にしなければ ならない
3
大山君にはJl!!由を説羽すればよ いから
4自分たちは立っていたっ て平気だから
5おそく米る大J.i
1'P.が思いのだから
6子どもが
ζろぶと思いから
1
7
手
刃益衿 P 引 り 伊
υ1
大山著者にだけすわってもらえばいいから
!!
;芝生まで自分たちは腰かければよいから
3大山君の!市をとっておかないと患いから
4年よりと子どもがかわいそうだから
5まだとない人の分をとっておくのは怨いから
6
自 分には約収し た買任があるのだから
7またそのうちに一つくらい府があくだ
ろうから
S
自分は立っていても何でもないから
‑47ー
aF i .
③大山君が来るまでゆずる
0
友だちが来るまでかけさせる
O大山君が来たらといてもらう
O火山君が来たら相談する ( 問
1)13%( 問
2)9%( 間町i:I%
③ゆずらない
O
友だちが来るとはっきり言う
Oしらん顔をしている
O大
IlJ宥の!市に荷物を置く
Oゆずってぞらない
〈関
1)6%( 問
2)18% (同3)3:‑1%1大d l 君
i主席をとってあると思って来る から
2
友だちといっしょでないとおもしろく ないから
3
せっかくあいているのにもったいない から
4まわりの人に恥しいから
品大山君主が来ていいよといったらゆずれ ばよいから
1
大山君と約束したのだから
2自分が先にとっておいた場所だから
3あとで大山君におとられるから
4立っていると疲れるから
5
知らない人がそばへかけると恥しいから
6自分さえよければあとはどうでもよい
から
7
おとなの人もゆずらないから
(3)
中 学 生 の 反 応
行 事
hお も な 王 虫 歯
①二っともゆずる
O自分の1 i 古もゆずる
O二人にすわらせる
0
大山君にはあとで了解を求める (問1
)(;2% (問2)60%(閉め
50%①一つだけゆずる
C
とっておいた践1S'i'をゆずる
O自分の磁!討をゆずる
。自分たちは交替でかける ( 閲
1)23%( 間
2)20%( 閥均
16%1
大山'1:3だって納得する吃ろうから
2年よりぞ子どもはいたわってぞらねば
ならない
3
臼分たちは務いので立っていても平気 だから
4
ゆずってぞれば互いに気持がよいがら
5いない人の分までとっておくのは患い
から
6年よりヤ子どもは疲れぞすいから 7
年 よりヤ子どもならしかたがない
1大山君
Ir.は自分の
j席をゆずればよいから
2ゆずらないと後味が惑いから3
友だちが来ると言うとかわいそうだから
4自分は立っていても何でもないから 5大山君との約 束 も一応守らねばならぬ
から
6
恐いととをしているみたいでいヤな気 持がするから
7
年よりぞ子どもは疲れるから
‑ 4 .
8 ‑一
一一
O~l存ま て・駆っていてもらう
O
火山君が来たら相談する ( 問
1)10%( 庶2
)8%(閉め
7%@ゆずらない
Oかまわずにいる
0
しらん践している
0
友だちが来ますと言う
〈 悶
1)2%( 問2
)10%(閉め
2ii%@その他
。おばあさんたちの腐をさがしてぞる
O三人がけをする
。事
E草まで大山君が米なかったらゆ ずる
( 問1
)0%( 問
2)2%(閉め
2%(4)
高 校 生 の 反 応
行 動
①ニっともゆずる
O自分の席もゆずる
0
人山れにはあとで了併を求める
O二人を股かけさせる
( 1 , 出
1)82%(問
2)80%( 問り
71%1約束はどとまでも約束だから 2
かわいそうだから
日大山
12が来たらどうするかは彼にまか せる
4あけておくのはもったいないから
1大山君と約束したのだから
2
ほんとうはゆずろうと忠うが恥しいから
2じろ巳ろ見ている人がゆずればよい
4ゆずる : 人はめったにいな いから 日せっかくの旅行がおもしろくなくなる
から
1
自分たち もおばあさんたちも両方よい から
2三人くらいかけよーうと思えばかけられ
るから
3大山君が来たらどうするか話せばよい
から
お も な 理 由
I年より平子どもにゆずってぞるのは常
識だから
2公共のものを独占すべきではないから 3ゆずってぞったほうが大山君も喜ぶだ
ろうから
4ゆずってぞらないと反心がとがめるから δ年よりが忍ぶのを見ていると気持がよ
いから
6年よりぞ子どもはいたわっ尤ぞらねば
ならないから
7
人の分まで臨席をとっておく ととは感 いから
‑ 49‑
,.
①一つだりゆずる
ー0
大山君に は自分の席をやる
O自分の臨席をゆずるー
0自分たちは交替でかけム
(問1
)14%(間2)14% C 問3)10%
①大山君主治,*るまでゆずる
。大山君が来たら相談する
O
発事まで待ってもらう
( 間
1)4%c 閥 均
4%( 関
3)0%@ゆずらない
O
かまわないでいる
ο しらん顔している
I
(問1
)0%( 問
2)0%(間3
)19%.@その他
O
三人がけをする
〈 問
1)0%( 間
2)2%( 潤
3)0%、
1一つくらいゆずってやるのはあたりま えだから、
2
汽専の中などでひとりよがりの振舞い をすべきでない
3
ぞれくらいの精神は社会生活に必要だ
Jから
4
友だ、 ちのためにもまわりの人のために も気持がよいから
5
約探したものは一応在っておかねばな らぬから
1
大
111君が来たら話'をしてゆずってぞれ ばよい
2
約束は一応果たしてそれからは友だち の判断にまかせればよい
2
年よりヤ子ど もがかわいそうだから
4大山君 と約束しなければよかったのだが
1
そのとき 自分の体のぐあいが悪かった ので
2
良心的にはとがめたがその時の状態で
'行動したので
3
ゆずらなかったが子どもをだいてやった
4一般に座席をゆずらない場合が多わから
15
友だちといっしまのときに自分だけが ゆずってぞってよいものか迷うから 汽車旅行は互いに疲れるので.年より
1と子どもがすぐおりるのだったのゆずー
り,速い所まで訂くのだったらつめて 三人ですわる
.....50‑
1
(5)
反応にみられ~意識と実践の傾向
(イ)調査間短
(6
) は友人 I~約束してとっておいた廠I宿を,小さい女の子をつれたお I~あさんにゆずるかどうかの問題であるが.とのような場面で児童生徒がどう行動するか
、、、
Il.
次の四つに分けられる .第一は友人の座席も自分の座席も 「 ニっともゆずる
Jという 自の,第二は友人の座席と自分の座布のどちらか r ‑ つをゆずる
Jというもの , 第三は
「友人が米るまでゆずる」というもの,第四はニっとも 「 ゆずらない 」というものである Eω ほか,ゆずらないが 「 おばあさんたちの並区席を さがしてヤる」とか.
rつめて三人が けをする」とか. r 汽車が発車するまでに友人が来なかったらゆずる」 とかいうものが若 干ある.
【
I : 1 )まず「二っともゆずる」という行動わとる というものは,小学生にも多いが , 中 学生平高校生で
d圧倒的に多い。もちろん,学年が進むにつれてしだいに地大していく傾 向を示している。すなわち , ( 問
1)の反応についてみると,小学生
38%.中学生
62‑%1
高佼生
82%となっている。
次に祭出についてであるが,小学生に特徴的な反応は. r 年よりや子どもは立つ了亡いる と疲れるし,自分たちは立っていたって平気だから J . r 年よりや予どもには貌切にし , いたわっ℃やらなければならないから j,
rおばあさんヤ子どもが乙ろぷとわるいから」
「紗りの人がじろじろ見ていてはずかしいから
Jとい うようなものであるが,中学生ぞ 高校生!こなると, r 年よりヤ子どもにゆずってぞることは悩識だ」 とか, r 大
l.u" i . き だ っ て
納得するだろうし,ゆずって苧ったほうが大111君も ~
:ぶだろうから」とか,r 公共のもの
をひとりで独占すべきではない」とか. r ゆずってマらない主良心がとがめるし,ゆずり て ‑ ' f ' . t L
lt互いに気持がよいから」とかいう反応が多くなってくる。
ととろが, ( 問
2)怠よび(問
3)の反応になるとぐっと減少しているζとが注目をひ しすなわち・小学竺では〈閑
1)の
38%が(問
2)では
35%に減少し. ( 問
3)で はさらに減少して 3D %となっている.同様に中学生では, 6 2
%.6 D
%.5 D %.高 校生では,
82%. BO%,
71%となっている。
とのような傾向は.r 一つだけゆず
る
j'という行動ヤ 「 大山君が来る志でゆずる」という 行動に も現われていて,乙れらの滅
‑jjl ~ ,
"
1
少した分がそっくり「ゆずらない」というほうへまわったものとみてさしっかえない。
(
il
、 ) r ゆ
tずらない」と いうものはさすがに(問])の反応! こ関するかぎりほとんどみ られない。高校生のごときは. ( 筒
2)の民
J必でも皆無である.けれども . , ( 問
3)の反 応になる・ と
iかなりのものが「ゆずらない」とし ている.まず小学生についてみる と「ゆ
dずらない」というものは仁問
1)では
6 %にすぎないが. c 潤
2)になると1.
8%に増夫
, し , さらに〈悶
3)では
33%1~明大している.同様に中学生では 2
%. 1 0 %' 2 5 %̲t高校生では
0%.0%,
19%となっているのである。
t¥:l::::
r ゆずらない」 という理由について小学生に特徴的な反応は.
i大山君と約束した のだから
J, r 自分が先にとってお・いた座席だから
J, r あとで大山君にあ、
ζられ6か ら J , r 立 っていると疲れるから J . r 知らない人がそばへ来るとはずかしいから J とい うようなものであるが,中学生キ高校生になると, r ほんとうはゆずろうと思うがはずか しいから」とか. r 良心的には気がとがめたがその時の自分の状態によ って行動したので,
一一勉強 していた, 身体のぐあいが悪かった」とか, r 一般にゆずらない場合が多'¥,?か ら」とかいう理由つ・けが増大する.乙のような傾向にも質的な変化があらわれていると恩 われる。
f
ニ
Jどちらも「ゆずらない」 というものと. r 二っともゆずる」というものの中間に 位ご するものが. r どちらか一つだけゆずるj という行動と「大山 右が来るまでゆずる
Jと いう行動である.
「 一つだけゆずる」 とい う中には, r とってお いた座席をゆずって , 友だちが来たら 自 分が立ってかけさせる」 というもの・ 「自分の座符をゆすとって、友だちの鹿股はとってお く」というもの, r どちらか一つゆずって, 向分たちは交代でかける」というものなどが 含まれてい
4るが,かくのごとき行動をとるというものは小学生に最も多く,中
a高,と学 年カ
1進むにつれてじだいに減少していく傾向を示している
.("問1)の反応、;::::ワいてみる
と,小学位
43%.中学生
23%,高校生
14 %となっている.
次
1::::理由についてみると小学生中中学生に特徴的! な反応は. r 大山 君の席をとって必かー ない と 惑いから
J, r 約束 レた茸佳があるんだから
J, r 大山 主主 にすわっ
τもらえばよい
、 ‑ o2,̲
に
から」というようなものであるが,高校生になると., r 一つくらいゆずってぞる, のはあた り室えだ
J主か. r 汽車の中でひとり よがりのふるまいをすべきでないから」とか. r ‑
勺
4らいゆずってぞる 精神は社会生活に必要だから
Jと かいう理由っ・けをするものが多い なお「 一つだけゆずる」という行動でさえ, c 問
2)および(問
3)の反応になる と ・ 小 , 中,高校生とも減少していく傾向を示している
ζとが注目される.すなわち ,小学生 で
l; t ( 間
1)の
43%が ( 問
2)では38%1こ減少し, (間
3)ではさらに減少して29%となっている。同様に中学生では
23 %. 2 0 %' 1 6%'高校生では
14%,
14%)‑0.%となっている。現実には
「一つだけゆずる
Jとい うととでもかなりむずかもいら し '~'.
t
ホ) r 大山君が来るまでゆずる 」という行動は,小学生
lc:最も多く .中学生ぞ
、高校生 i l:は少ない.しかも小学生では , r 大
111宥が来るまでかけさせるが大山君が来たらどいて も
bう
jというような反応が多いのに対し ,中学生ぞ高校生では, r 大山知が来る までか
け ていてもらい, 大山君が来たらゆずるかゆずらないか相談する
Jとか. r 一つだけはと
っておき,あとは大山君の判断にまかせる」 とかいう 反応が多くなっている.
理由づけにI o いても.小学生に特徴的な ものは, r 大山君は
,rjiをとってある と 思って来 るのだから
J, r 友だちといっしょでないとおもしろくないから
J,
‑iぜ っかくあいてい るのに,あけておくのはも っ たいないから」というようなものであるが,中学生 ぞ寓絞生 になると, r 大山君が来たら詩をしてゆずってぞるようにすればよい」とか, r 約束は戸
応はたして,それからは友だちの判断にまかせる
dのがいちばんよい」とかいう 反応が多く なるようである.
( へ 〕 さいどに予想じなかった反応をひろいあげてみよう. r 三人がけをする.ー一 三
人くあいかけようと恩えばかけられるから
J(中), r 内分たちの腐をゆずらないが, j 与
ばあさんと女の子の席をきがしてぞる。一ーそのほうが自分たちもおばあさんだちもよい から
J(中), r おばあさんにど乙まで行くのか聞いて,すぐ下りる ようだ ったらゆずり 必ばあ さんたちも速くまで行くのだったら , つめて三人ですわる。 一 一汽率旅行ほ疲れる ので
J( 寓〉などがそのおもなものである.
. . . . : : ; 3 . . . "
V 調査結果の要約と教育上の問題点
1
人間性の弱さからくる意識と実践のず れ
C I )
意識と実践のずれの克服
、以上 , 調査問題ごとに児童生徒の反応を分析してきたが, 家庭生活問題において も,
ー学 校生活問題においても,あるいはまた社会生病問題に為、いても,児窓生徒は問われれば民 主的な意見を述べ
g民主的な行動をとろうとする意識はもっている。とれば切 らかなる事 実である .けれども
.( 間
2)および(悶
3)の反応を手がか り にし
7亡推測すると ・児意 生徒の民主性というものはいまなお多分に観念灼であるといわなければならないだろう
e頭だけは民主化しているけれども, 実際の生活はそれにとも
lなって必らずじも民主化され ていないというととろに問題があり,今後の教育の一つの問題は,とうした意識と実践の ずれ,あるいは観念と仔勤のアンバランスの克服にあるものど思わ も れる。
そのためには,
.生活における窓識と実践のずれはどうして生じ てく るのであろうか.観 念と行動のアンバランスは{可によってもたらされるものであろうかを究明してみる必疫が ある。以下 ,
1質問紙に対する児童生徒の反応ヤ個人面接調査の結果などを手がかりと
Lて
とれらの点に考察を 加え, 教育上の問題点を指嫡してみよう。
(2)
人間性のご重構造にもどづ〈意識と実践のずれ
まず第ーに,われわれが本能とか衝動とか欲望とかにとらわれすぎるために, 知識 とし てはかくすべきだと 知りながら,実際にはそれが実行できないのではないかというとと ポ 考えられる。質問紙に対する児護 ー 生徒の反応にも .乙う, いう国はあらわれているが,ひ、 と り児童生徒だけでなく
,人聞は ー 商において玉虫性的存在であると同時に, 他面また感情的 存在であるという二
、室性をになっている.だから・われわ
K丘純粋
lむ良心のうちな
6理性
にのみしたがウて行動するととができない.どうしても本能,衝動,欲望といったものに 主らわれがちであるという弱さをにもっている.児童生徒の生活に
bける意織と実践のずtt.
=Ii1F
の原閃も
i' e J 、 と ま ず
a乙のような人間性の弱さ(:求められるて・あろ
'ぅ.
b
かし.との
ζとは児童在生徒に向って「実行できないのはお前たちの努力がたりな、いか ちだ.わがままをおさえて斑性的
t:なれ」などという論法ヤ指導法をもってのぞむと ι が
怠識と実践のずれの問題解決に有効適切であるなどと説くものではない.人間的本能,衝 動,欲望といったものをぬきにしては人イ命生活や道徳の問題
i土考えられず,それをぬきに
t
れ
l:f神様の道徳はあっても生きた人間の道徳は帯しないであろう。人間伎の三重構造平 児童生徒が夜間している複雑にして深刻なる現実を土台としない空理空論が
2もし先生や
bよなから教授されるとしたらどうなるであちうか.それは.; B 、よそ 実践などとは縁遠
Jい 道徳的知識にすぎず,児童生徒は「わかってわからない」ような説教を 聞くか
Ir そのと
bりかもしれないが,とてもできない」と,ひそかにあるいは公然と内心のどこかで反発 する
ηではなかろうか。 児賞生徒ーのわがままを責めるまえに,あまりにも高ぐ.あまりに もきびしい天下り的空論の笑行を児童生徒に要求していないかどうかを反省してみる必要 があるように思われる.
2
価 値 か っ と う か ら 〈 る 意 識 と 実 践 の ず れ
( t )
諸価値の対立かっとうの中にある人間
以土の原因とも深い関係をもつが,意識と突践のずれは人間生活1.:;ける価値の対立か! っ とうの中にも求められる。一般に人生のある一定の情勢下では.ただ一つの価値(または自 治)が追求されるのではなくで,同時に二つ以上の何値が追求され,しかも有限なる人間
![おいては ,乙れら二つ以上の価値を,同時
1:最高度に実現するととはできない。そのい ずれか一つを選んで他を切りすてざるをえ ・ ないのである.もとより,人間が一つの価値を 実現しようと思って行動し
τいるととはある.けれども,それはただ自分がしたいととを 自然にしている状態で.道徳以前のものであり,そとでは意識と実践のずれは問題にはな らない.意識と実践のずれが問題になるのは,同時に二つ以上の価値が追求され.どちら か一つを選ぴ,どちらか一つを切りすでなければならないというような価値かっとう場面
守 . , .
'55市 ー ぜI~Ìòいてである.調査問題
(6)の場而のように,友情という何倍にっとうか
,それとも
公徳という価値をとろうかという ような 羽合は.意識と実践のずれの問腐が問題となる.
われわれは,好むと好まぎるとにかかわらず
. ζのような滞価値の対立かっとうの中に生 きているといえるであろう.
(2)
価値の高低と強弱にもとづ〈怠識と実践のずれ
.ととろで.問題は対立かっとうしている価値には.
I問低と そして強弱があるという
ζと であろう。仙イ 砲 にただ
i克低があるだけなら
jわれわれが道徳的に生きる 乙とはさほど厨難 ではないかもしれず,したがってまた, お識と実践のずれもそれほど大き 左前題とはなら ないであろう.しかしながら .価値には宵低のほかに強弱があ り.しかも
ζれらの関係が 必らずしもはっきりしていないことが問周を複雑にしているようである.友だちとの約束 を守って庭回?をとって
bくととも一つの価値に生きるみちであり ,年よりや小さい子どに 並 区府をゆずってぞるとともーつ
J)術館に生きるみ ちである.と乙ろで,乙の二つが調査問 題
(5)のような一定の情勢下で価値かっとうを演ずる湯合どちらの価値がおく ,どち らの価値が低いかは現代とい う状況の中では必らずしも はっ きりしていない.だから,と かく自己をひきつ U るカの弱い価値をすて,自己をひきつける ブ
Jの脆い価値 (たとえ高低 の面からみて低い価値であったとしても )につきがちなのであろう .
との
ζとはひとり児寄生徒だけの潤閣ではな い.人
iま 道徳というとと,意識と実践のず れの克服というととを簡単に口!とするけれど も,誇イ必値の対立かっとうの中で生 きている 人間の姿は,低いけれども,自己をひきつけるカの強い価値につきぞすいというのが・ほ , んとうの実存的な姿であり,そのような芯味で,人間における治
人間性の弱さへの敗北の婆でであり.むしろ道徳的なあり方は負けるというのが現実の姿 ではなかろうか.してみると, ほんとうの人間の実行的な姿をとおさないと道徳教育とか 愈織と実践のずれの克服とかいうととは成立しないのではないかと,囚われる。少なくとも
ウVの語ゃっくり話ー ではいけないのであって, ぞは り現実の実存的な人間像という も のに 取りく む必要があるようである。そのためには ,まず児窓生.徒をして
.ζのような価値の かっとうを体験(または追体験
3・せしめる乙とが必要であろう .
...,.IiG ‑
3
人 間 関 係 に は さ 宮 れ て 生 ず る意 識と実践 のず れ
件
、
(1 )
人 間 存 在 の 間 柄 的 構 造
3
ζ
れから取りあげる・ ととも,以上のととと符撲に関係するが,第三に意識と実践のずれ、
rt
~,ろいろな人間関係の河にはさまれて生活せざるをえないと いう人間存在の間柄的構
造からも生ずるもののようである。イ命現とヲふ道徳についての解釈はいろいろあるが,本来 ぞれは人間の仲間関係ないし社会関係とその関係のみち ,よ り厳密にいえばその関係の法 則ないし理法を意味する .善悪は
i乙のような理
2去をまも るか
pそれにそむくかというと
ととろで,われわれの身のまわりにはいろいろな人間関係が存在する.親子,兄弟蔚妹 友人, 隣人,国民,等々 と 。 そして,そとにはそれぞれに特有な人倫がある;われわれは,
E
の よ う な数多くの人間関係の中にあ 、 かれ,それぞれの人間関係に特有な人倫のおのおの・
に応じて,ちゃんとま ちがわないように異なった鰭度をとり,異なったふるまいをし℃平 騒 な さE1舌を送って い る .しが しまた ,われわれは ,家族の一員である と 同時に地域社会の 一員であり ,地域社会の一員であると同時に国民社会の一員である等 々といった ぐあいに 数多〈の社会関係の閥にはさまれて,苦労をし,かつ迷う,調査問題
(2)のように姉と交の聞にはさまれて苦労したり,調査問題
(5)のように,友人と母にはさまってどう 行 動すえさか迷うのである.なすべきととが行なわれないという意識と 実践のずれは,
.[ . う したもろも ろの人間関係の間にはさまれて.いろいろな人倫の聞に調整がつかず,対立し あうととによ るものと思われる .
" C 2)"
諸 人 間 関 係 と 人 倫 の 調 整
現代という時代は ,
ζうした諸人間関係の聞の調整がつかず,いろいろな人倫が互いに ・ 衝突していると
4いうと乙 ろに,一つの特色をも っている だから.児童生徒の生活におけ
も意識と実践のずれは,必らずしも彼らが本能,衝動,欲望念どにとらわれすぎたり
iあ るいはまたより低い価値 r~.ひかれぞすいためにのみ生ず るものではない.彼らをとりまく
. . . . .
57ー.
片
いろいろな人間関係とその関係のみちが,現代『 という状況の中できわめて不明確であり , かつそれぞれの聞の調整がつかなくて,対立しあうととにもよるのである.
どのような状況を反映して,先生の言うことと親の言う乙とが矛盾したり ,あるいはま た父と母とで意見がちがったりする。母は 「 評判
jの悪い貧乏な家の子どもと遊ぶな」と言
うかと思えば,父は「友だちには差別をつけずにみんなと仲よく遊べ」と言むこのよう,
な
ζとは,児童生徒の日常生活に無数にとろがー っていて,同じ教師ぞ1.:;とな ,父ぞ母であ つでも,その言う乙色ぞ行なう乙とが時と場合によって矛盾しているととだってしばし
liある. r 台所仕窃・なんか男のするものではない
Jと言う父が〉あの場合には 「台所仕事を 手つだってぞれ」と命令したりする.
とのような状況に目をつぶって. r 意識と実践のずれが
lHてくるのは,1.:;前たちの努力 が足りないからだ.わがままをおさえて, もっと理性的になれ 」 と言ー ってみたと乙ろで問 庖が解決するはずはない。児蛍生徒の煩悶ぞ, 意識と実践のずれの背後にある諸人倫関係 の状態
Aやその衝突に闘をそそぎ,それらの調整ぞ解決に手をかして
Aや るととが必要のよう に恩われる。
4
社 会 的 要 因 か ら 生 ず る 意 識 と 実 践 の ず れ
仁1)
意識と実践のずれの社会的獄況
以上 l~述べた意識と実践のずれは ,社会を ζ え
. n寺代を乙えた普通性をもったものであ
るが,その呆体的な発現の状況はもとより社会的であり ,時代的である.終戦直後の生活 をふりかえってみればとのことはよくわかる.当時の配給米は
2合
1勺であったが.それ さえも満足に配給されず.遅配欠胞の連続だった。とうした状況の中で生活できたかとい え ば . 実際問題として不可能であった.だから ,ヤミ米というものはよくないと教えられ 自分でもそう考え
τいても .しかし,ヤミ米を食わずには生きて Lサ
Bれなかった.
chJ : 問
tじようなととは・児窓生徒の日常生滑のまわりにあま りにも多すぎるようである.
室長庭生活
‑fまそ うとう民主イちされたとはいえ.いまなあ
・伝統的な家父長的支配の形態f ; ¥ >
‑ 53‑
そんと
し
て慢強く残っている.学校生活では封建的なものはだいぶ影を ひ そ め た よ う だが ,
いわゆる試験地獄の病線はますます深刻なる様相を51している.学校を本業すれば,今度I~生活劇[のために惑lìíli~ !:悶 しなければならず,おま けに窓!突の社会はさまざまな矛脂
をはらんでい
る
.Eのような状況の中で,児唱f
生るl;が , *w マ生活においても
.学校生活にお・いても,ある い
は社 会 生 活 に J . : ; ‑ 1 ,?
ても
,民主的な考えノ巨を実行にうっせるはずがない.質問紙に対する 児童生徒の佼
ISに
もζのような点がよくうかがわれるようであ
る.(2)
倫理が貫徹しう
る社会的基盤の犠繋 ー以上のような社会的状況の中では,けっしてなすべき 乙とと実政とが一致しないであろ
う.それを支える社会吟,綴i
1 f 的,政治的.;.;よ
び文化的な基般がないからである.乙のよ うな中でいくら倫理を強調し
てもそれは尽をおろさないだろうし , 徳目を上から教え乙ん
でみても真に問題は解決しないであろう.穂子が隈を
ja、 ろすだいじな 土
154がないからであ る.してみるとa
倫理守道徳が機をおろしうるような社会的基盤を培
4をする
ζとのほうがま ず先決問題であるともいえる .しか
し,乙の乙とは何もn 識と実践のずれの責任を.政治
ぞ経済ぞ社会ぞ文化の側にのみ為、しつけようとするととでもなければ,社会的基盤の堵努を
教育以外の社会機能め任務であるなどと主張すムものでもない.そう ではなくて , 生 活 に
おける必識と実践の問題を,たとえば,友だ
ちどうしのけんかと
か,
厨f
下を走ると
か 走 らないとかいうような限られた視伐でのみ問題にしてはならないというととである.児窓 生徒
の生託のL tから 1
.Bてくる社会的矛盾に対する疑問ぞ究室をだいじにして,矛盾にみち
た社会的現実はなぜそうなっているのか,それはどうなっていくのかに人間としてのねが いにあうととなのか,社会の発肢の方向にそうととなのかなどを確認しあい,少なくとも
自
分
たちがおとなになったならば , 意識と実践のずれの社会的要因をな している政治 ぞ経 済ぞ社会ヤ文化の非人間的, 非イ命~J!均なる面 を改善 して. 倫理ぞ道徳が しっかり根をおろ
しうる社会的基盤を培養してい乙うという意欲をもった子どもに育てていく乙とが必嬰 マ
ヶ 59‑.
•
あると思われる.現実の政治ヤ経済ぞ社会ヤ文化が,非人間的,非倫理的な方向をめざし ているとしか恩われないときに ,現実をそのままに しておいて意識と実践のずれの問題を いわゆるしつけ的な限られた視点でのみ問題にしたり.子どもたちにだけ;完い道徳的笑践 を要求する
ζとは,結局, 社会的なものに日をおおわせ,その結果,社会全体の方向をい
っそう非人間的
p非道徳的なものに向けてしまうととになるのではなかろうか.
、5、新旧道徳、の衝突からくる意識と実践のずれ
(1)
倫理道徳と現実生活との時代的ずれ
かくすべしという倫理道徳の基準はるもともと人間生活の中から出てきたものであるが ひとたびそれが確立すると,それを支えていた社会的ないし生活的な基盤が失われでも .
4