九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
記憶の博物館のデザイン : 阿蘇たにびと博物館の成 立と展開
梶原, 宏之
https://doi.org/10.15017/1654893
出版情報:Kyushu University, 2015, 博士(芸術工学), 課程博士 バージョン:
権利関係:Fulltext available.
(様式6-2)
氏 名 梶原 宏之
論 文 名 記憶の博物館のデザイン-阿蘇たにびと博物館の成立と展開 論文調査委員 主 査 九州大学 教授 富松 潔
副 査 九州大学 教授 藤原 惠洋 副 査 九州大学 教授 牛尼 剛聡
論 文 審 査 の 結 果 の 要 旨
本論文は、筆者である梶原宏之君が設立当時から長年携わってきた「阿蘇たにびと博物館」の成 立と展開による経験から、次世代の博物館として描く「記憶の博物館」の概念構築に貢献する提案 である。
本研究は、場所に内在した記憶から、貴重な資料を抽出する博物館をデザインすることを目的と して行なわれた。
第 1章において、博物館が記憶を貴重な資料として扱う意義を確認するため、3つの社会的背景 をみた。まず新しい文化資源保護の潮流について述べた。そこでは、無形文化遺産や記憶遺産とい ったユネスコの新しい遺産制度や、文化的景観というわが国文化財保護法の新しい範疇がみられ、
民衆の身近な記憶が新しい文化資源となる道筋が確認できた。次いで、現代のミュージアムが野外 へ活動を展開している潮流を第四世代博物館や第三世代美術館というキイワードを用いて述べた。
フランスから導入されたエコミュージアムやユネスコジオパーク、FAOジアスなど、地域全体をま るごと博物館としたフィールドミュージアムの興隆をおさえ、特に本研究が継承し批判的に乗り越 えようとしたエコミュージアムについて利点と問題点を詳細に分析した結果、インタラクティブな 利点やミッションの不在といった問題点が明らかになった。
第2章において、旧来の博物館がこれまで記憶をどう展示してきたのか、また未来のデジタル化 を踏まえ、場所や記憶を扱うアプリにどのような問題点があるのか先行事例を検討した。旧来の博 物館においては、記憶は主に博物館による聞書きで収集されていた。その中で、実際の現場である 真正性やストーリー性を持った展示、そして歴史的記述のみならず感情移入的な挿話部分を併せ持 つ記憶の展示が、共感をもって来館者へ伝わることが確認された。ロサンゼルスの事例では、来館 者とのインタラクティブな発話を通した展示も可能であることが示された。デジタルアプリにおい ては、場所と記憶の双方を扱う事例は少ないが、経験を通した共感できる写真の評価が高いことが 分かった。また記憶の博物館を設立する上では、記憶よりも場所を先に探すフィールドワークの手 法、すなわち場所の記憶化が有効であることが確認された。
第3章において、阿蘇地域を調査対象地域と設定し、フィールドワークを基盤とした聞書き調査 を行ない、場所の記憶のマッピングを行なった。収集された記憶〈歴史的記述+感情移入的挿話〉
のクラスタリングから地区に通じるテーマを見出し、ストーリーに組み立てた記憶を空間上へプロ ットしたフットパスを 30 制作した。博物館学芸員が場所の記憶からテーマやストーリーを組み立 てる過程を再検討した結果、記憶には他の記憶と共有できるタグがあり、それらは 10 のレイヤー 上でまとめることができることが示された。ストーリーの組み立てを再検討した結果、〈生活文化+
自然環境〉という単体化されない構造があることや、すぐに意味のとれない刺戟的なタイトルをつ
ける手法等が確認された。またそれら構造の普遍化や新たな課題発見のために、デジタルデバイス 開発へ向けた初期プロトタイプも制作した。
第 4 章では、前章で組み立てたフットパスおよびデジタルデバイス向けプロトタイプについて、
それらが有効に市場で機能するか検証を行なった。フットパスについては、博物館で3つの散策会 を実施したところ、参加者より高い評価を得た。また初期プロトタイプに関してディスカッション を行なったところ、5 つの UI 等に関する問題点と、エリア選択アルゴリズムに関する指摘がなさ れた。そしてこれに対処する形で改良プロトタイプを完成させることができた。記憶の博物館アプ リに対するアンケート調査と統計分析を行なったところ、アプリへ対する WTP(支払い意思額)
は 250 円となり、また「特定の性別や年齢により有意差は出ない」とした帰無仮説は棄却されず、
あらゆる性別や年齢層に対し74%の割合で受入れられる傾向があることが示された。
以上、場所に内在する記憶から貴重な資料を抽出する博物館のデザインは可能であり、市場にも 受入れられる傾向があることが示された。記憶の博物館は、現実の場所に根ざしたサイト・スペシ フィックなものであり、住民・学芸員・来訪者の共感や相互理解を通じて成立するインタラクティ ブなものであることが導き出された。
審査委員会合議の結果、博士(芸術工学)の学位に値するものとして判断した。