は
じ
め
に
宏 智 正 覚 ︵ 宏 智 禅 師 、 隰 州 古 仏 、 一 〇 九 一 ︱ 一 一 五 七 ︶ と い え ば 北 宋 末 期 か ら 南 宋 初 期 に か け て 活 動 し 、 默 照 禅 を 唱 導 し た 曹 洞 禅 者 と し て 名 高 い 。 隰 州 ︵ 山 西 省 ︶ の 出 身 で あ っ た 正 覚 は 、 北 宋 末 期 の 動 乱 期 に 江 南 に 南 下 し 、 や が て 明 州 ︵ 浙 江 省 ︶ 慶 元 府 県 東 六 〇 里 の 天 童 山 景 徳 禅 寺 に 住 持 し て 多 大 な 化 導 を 敷 き 、 楊 岐 派 ︵ 大 慧 派 祖 ︶ の 大 慧 宗 杲 ︵ 妙 喜 、 仏 日 禅 師 、 普 覚 禅 師 、 一 〇 八 九 ︱ 一 一 六 三 ︶ と と も に 南 宋 初 期 の 江 南 禅 林 に 大 き な 影 響 を 及 ぼ し て い る 。 正 覚 の 活 動 に 関 し て は す で に 石 井 修 道 ﹃ 宋 代 禅 宗 史 の 研 究 ﹄ ︵ 大 東 出 版 社 刊 ︶ の ﹁ 第 四 章 、 宏 智 正 覚 と 黙 照 禅 の 確 立 ﹂ に 詳 し い が 、 正 覚 が 天 童 山 を 中 心 に 曹 洞 黙 照 の 宗 風 を 挙 吹 す る と 、 そ の 化 導 を 慕 っ て 多 く の 参 学 の 徒 が 会 下 に 参 集 し て お り 、 嗣 法 門 人 も か な り の 数 に 及 ん だ も の ら し い 。 ﹃ 両 浙 金 石 志 ﹄ 巻 九 ﹁ 宏 智 禅 師 妙 光 塔 銘 ﹂ や 卍 続 蔵 経 本 ﹃ 宏 智 禅 師 広 録 ﹄ 巻 九 付 載 の ﹁ 塔 銘 有 序 ﹂ に よ れ ば 、 度 弟 子 二 百 八 十 人 。 嗣 レ 法 者 、 嗣 宗 ・ 法 智 ・ 世 ・ 道 琳 ・ 法 潤 ・ 信 悟 ・ 法 為 ・ 慧 暉︵輝 ︶ ・ 了 默 ・ 師 秀 ・ 行 従 ・ 宗 栄 ・ 法 聴︵聡 ︶ ・ 清 萃︵華 ︶ ・ 正 光 ・ 集 成 ・ 道 圜 ・ 法 済 ・ 明 慧 ・ 中 翼 ・ 法 恭 ・ 子 霊 ・ 師 儼 ・ 師 全 ・ 覚 照 ・ 法 海 、 皆 於 二 諸 方 一 坐 二 大 道 場 一 。 若 其 分 二 化 幽 遠 一 晦 二 迹 林 泉 一 、 則 又 未 レ 易 二 悉 紀 一 也 。 ︵ 中 略 ︶ 摂 二 化 四 海 一 犇︵奔 ︶ 二 人 天 一 、 学 者 争 趁 二 曹 洞 関 一 、 示 以 二 自 己 空 劫 前 一 、 得 二 無 所 得 一 非 二 言 伝 一 。 弟 子 所 レ 至 二 法 筵 一 、 無 尽 之 燈 耀 二 大 千 一 。 と 記 さ れ て お り 、 正 覚 が 生 涯 に 剃 度 ︵ 出 家 得 度 ︶ し た 小 師 ︵ 弟 子 ︶ の 数 は 実 に 二 八 〇 人 に 達 し た と さ れ 、 さ ら に 法 統 を 嗣 続 し た 門 人 と し て 具 体 的 に 二 六 人 の 僧 名 ︵ 法 諱 ︶ が 載 せ ら れ て い る 。 参 知 政 事 の 周 葵 ︵ 字 は 立 義 、 一 〇 九 八 ︱ 一 一 七 四 ︶ が 紹 興 二 八 年 ︵ 一 一 五 八 ︶ 二 月 に ﹁ 宏 智 禅 師 妙 光 塔 銘 ﹂ を 撰 し た 時 点 に お い て 、 正 覚 に 嗣 承 香 を い て 諸 方 の 大 道 場 に 開 堂 出 世 し 一 七宏
智
正
覚
の
嗣
法
門
人
に
つ
い
て
佐
藤
秀
孝
駒 澤 大 學 佛 學 部 研 究 紀 第 六 十 三 號 平 成 十 七 年 三 月宏 智 正 覚 の 嗣 法 門 人 に つ い て ︵ 佐 藤 ︶ 一 八 て 法 門 を 挙 揚 し て い た 高 弟 が 二 六 人 あ っ た こ と が 判 明 す る 。 し か も 、 そ の ほ か に も 法 を 嗣 ぎ な が ら 消 息 を 絶 っ て 諸 地 に 隠 遁 し て い た 門 人 が か な り の 数 に 及 ん だ ら し い こ と を 伝 え て お り 、 ま た ﹁ 宏 智 禅 師 妙 光 塔 銘 ﹂ の 撰 述 後 に 開 堂 出 世 し て 正 覚 に 嗣 承 香 を い た 法 嗣 も 存 し た で あ ろ う か ら 、 正 覚 の 弟 子 は 至 る と こ ろ に 開 演 の 地 を 得 て 活 躍 し て い た も の と 解 し て よ い で あ ろ う 。 こ の 点 、 ﹃ 天 童 寺 志 ﹄ 巻 八 ﹁ 表 貽 攷 ﹂ に は 状 元 の 張 孝 祥 ︵ 于 湖 居 士 ︶ が 撰 し た ﹁ 宏 智 禅 師 銘 碑 後 跋 ﹂ が 載 せ ら れ て い る が 、 そ こ に も 弟 子 た ち の 消 息 に つ い て 、 宏 智 禅 師 既 入 二 滅 度 一 、 其 弟 子 各 以 二 其 所 一レ 得 、 散 而 之 二 四 方 一 。 余 之 所 レ 見 、 慕 レ 南 独 巻 巻 、 不 レ 忍 下 捨 二 其 塔 廟 一 以 去 上 。 庶 乎 築 レ 室 三 年 者 、 今 又 触 レ 熱 走 二 三 衢 一 、 求 二 文 于 超 然 居 士 一 、 将 レ 刻 二 石 記 末 句 一 。 非 二 信 道 之 篤 有 一 レ 是 哉 。 紹 興 戊 寅 十 月 、 張 孝 祥 書 。 と 記 さ れ て い る か ら 、 紹 興 二 八 年 ︵ 一 一 五 八 ︶ 一 〇 月 の 記 録 と し て 高 弟 の 多 く が 天 童 山 の 正 覚 の 塔 廟 す な わ ち 東 谷 庵 妙 光 塔 を 離 れ 、 そ れ ぞ れ 四 方 に 赴 い て 各 地 で 活 躍 し て い た 状 況 が 窺 わ れ る 。 当 時 、 三 衢 ︵ 浙 江 省 ︶ の 地 に あ っ た 安 定 郡 王 の 趙 令 衿 ︵ 超 然 居 士 、 ? ︱ 一 一 五 八 ︶ が 記 し た 文 と は 、 紹 興 二 八 年 四 月 に 彼 が 亡 き 正 覚 の た め に 撰 し た ﹁ 勅 諡 宏 智 禅 師 後 録 序 ﹂ の こ と で あ る 。 こ れ に 対 し て 、 禅 宗 燈 史 と し て は 南 宋 中 期 に 雲 門 宗 の 雷 庵 正 受 ︵ 虚 中 、 一 一 四 六 ︱ 一 二 〇 八 ︶ が 編 集 し た ﹃ 嘉 泰 普 燈 録 ﹄ 巻 一 三 に ﹁ 天 童 宏 智 正 覚 禅 師 法 嗣 十 四 人 ︿ 八 人 見 録 ﹀ ﹂ と し て 、 慶 元 府 雪 竇 聞 庵 嗣 宗 禅 師 ・ 常 州 善 権 法 智 禅 師 ・ 随 州 大 洪 法 為 禅 師 ・ 真 州 長 蘆 琳 禅 師 ・ 臨 安 府 浄 慈 自 得 慧 暉 禅 師 ・ 慶 元 府 瑞 岩 石 窓 法 恭 禅 師 ・ 襄 陽 府 石 門 清 凉 法 真 禅 師 ・ 慶 元 府 光 孝 了 堂 思 徹 禅 師 ・ ︿ 慶 元 府 広 慧 法 聡 禅 師 ・ 衢 州 烏 巨 光 禅 師 ・ 慶 元 府 保 福 悟 禅 師 ・ 慶 元 府 雪 竇 禅 師 ・ 剣 州 鳳 凰 世 禅 師 ・ 紹 興 府 能 仁 理 禅 師 、 已 上 機 語 未 レ 見 ﹀ 。 と あ り 、 八 人 の 法 嗣 に つ い て は 章 を 立 て て 見 録 し 、 ほ か に 六 人 の 法 嗣 に つ い て 機 語 未 見 と し て 名 の み を 挙 げ て い る 。 さ ら に 南 宋 末 期 に 臨 済 宗 松 源 派 の 雪 蓬 慧 明 に よ っ て 編 集 さ れ た ﹃ 五 燈 会 元 ﹄ 巻 一 四 に は ﹁ 天 童 覚 禅 師 法 嗣 ﹂ と し て 、 雪 竇 嗣 宗 禅 師 ・ 善 権 法 智 禅 師 ・ 浄 慈 慧 暉 禅 師 ・ 瑞 巌 法 恭 禅 師 ・ 石 門 法 真 禅 師 ・ 光 孝 思 徹 禅 師 ・ 大 洪 法 為 禅 師 ・ 長 蘆 琳 禅 師 。 と 八 人 の 法 嗣 を 見 録 し て い る 。 明 初 に 松 源 派 の 円 極 居 頂 ︵ 円 庵 、 ? ︱ 一 四 〇 四 ︶ に よ っ て 編 纂 さ れ た ﹃ 続 伝 燈 録 ﹄ 巻 二 四 の 目 録 に お い て も ﹁ 天 童 覚 禅 師 法 嗣 十 四 人 ﹂ と し て 、
宏 智 正 覚 の 嗣 法 門 人 に つ い て ︵ 佐 藤 ︶ 一 九 雪 竇 嗣 宗 禅 師 ・ 善 権 法 智 禅 師 ・ 浄 慈 慧 暉 禅 師 ・ 瑞 岩 法 恭 禅 師 ・ 石 門 法 真 禅 師 ・ 光 孝 思 徹 禅 師 ・ 大 洪 法 為 禅 師 ・ 長 蘆 琳 禅 師 ︿ 已 上 八 人 見 録 ﹀ ・ 広 慧 法 聡 禅 師 ・ 鳳 凰 世 禅 師 ・ 烏 巨 光 禅 師 ・ 宝 福 悟 禅 師 ・ 能 仁 理 禅 師 ・ 雪 竇 禅 師 ︿ 已 上 六 人 無 録 ﹀ 。 と あ り 、 や は り 見 録 の 八 人 と 無 録 の 六 人 を 伝 え て い る 。 し か し 、 ﹃ 五 燈 会 元 ﹄ ﹃ 続 伝 燈 録 ﹄ の 記 載 内 容 は ﹃ 嘉 泰 普 燈 録 ﹄ の 範 疇 を 出 ず 、 し か も ﹃ 嘉 泰 普 燈 録 ﹄ よ り 若 干 な が ら 簡 略 に ま と め ら れ て い る 。 一 方 、 南 宋 末 期 に ま と め ら れ て 京 都 の 慧 日 山 東 福 寺 に 所 蔵 さ れ て い る ﹃ 仏 祖 宗 派 総 図 ﹄ に は ﹁ 明 州 天 童 宏 智 正 覚 ︿ 隰 州 李 氏 ﹀ ﹂ の 法 嗣 と し て 、 随 州 大 洪 法 為 ︿ 台 州 鮑 氏 ﹀ ・ 剣 州 鳳 凰 世 ︿ 本 州 人 ﹀ ・ 襄 州 石 門 査 梨 真 ︿ 剣 州 人 ﹀ ・ 真 州 長 蘆 琳 禾 上 ・ 明 州 雪 豆 聞 菴 嗣 宗 ︿ 徽 州 陳 氏 ﹀ ・ 常 州 善 権 法 智 ︿ 陜 府 栢 氏 ﹀ ・ 衢 州 烏 巨 光 禾 上 ・ 杭 州 浄 慈 自 得 慧 暉 ︿ 越 州 張 氏 ﹀ ・ 明 州 瑞 岩 石 法 恭 ︿ 本 州 林 氏 ﹀ ・ 明 州 広 慧 法 聡 ︿ 本 州 林 氏 ﹀ ・ 明 州 保 福 悟 禾 上 ・ 越 州 能 仁 理 禾 上 ・ 明 州 広 孝 思 徹 禾 上 。 と ﹁ 明 州 雪 竇 禅 師 ﹂ を 除 く 一 三 人 の 名 が 挙 げ ら れ 、 し か も 八 人 の 禅 者 に つ い て は そ の 出 身 地 と 俗 姓 が 付 さ れ て い る 。 こ の よ う に 南 宋 末 か ら 明 初 に か け て 編 集 さ れ た 禅 宗 燈 史 や 宗 派 図 に お い て は 、 正 覚 の 高 弟 は わ ず か 一 四 人 な い し 八 人 の 法 嗣 の 消 息 が 知 ら れ る の み で 、 こ れ が 宏 智 門 下 を 代 表 す る 法 嗣 と し て 定 着 し て い る 。 ﹁ 宏 智 禅 師 妙 光 塔 銘 ﹂ に 載 る 二 六 人 の 法 嗣 で 禅 宗 燈 史 に 符 合 す る の は 一 二 人 で あ り 、 他 の 一 四 人 に つ い て は 何 ら 伝 え ら れ て い な い 。 こ の ほ か 元 代 中 期 に 臨 済 宗 松 源 派 の 古 林 清 茂 ︵ 金 剛 幢 ・ 扶 宗 普 覚 仏 性 禅 師 、 一 二 六 二 ︱ 一 三 二 九 ︶ が 編 集 し た ﹃ 続 集 宗 門 統 要 ﹄ 巻 一 二 で は ﹁ 天 童 覚 嗣 法 三 人 ﹂ と し て 、 杭 州 浄 慈 慧 暉 禅 師 ・ 明 州 雪 竇 嗣 宗 禅 師 ・ 明 州 瑞 巌 法 恭 禅 師 ︿ 已 上 不 レ 列 二 章 次 一 ﹀ 。 と あ り 、 不 章 列 次 で 無 録 で は あ る が 、 正 覚 の 門 下 を 代 表 す る 高 弟 と し て 自 得 慧 暉 ︵ 一 〇 九 七 ︱ 一 一 八 三 ︶ と 聞 庵 嗣 宗 ︵ 宗 白 頭 、 一 〇 八 五 ︱ 一 一 五 三 ︶ と 石 窓 法 恭 ︵ 一 一 〇 二 ︱ 一 一 八 一 ︶ と い う 三 人 の 名 の み が 挙 げ ら れ て い る 。 と こ ろ が 、 後 代 の 明 末 清 初 に 編 集 さ れ た 禅 宗 燈 史 に 至 る と 、 ﹁ 宏 智 禅 師 妙 光 塔 銘 ﹂ を 閲 覧 し て 正 覚 の 法 嗣 を 整 理 す る こ と が で き た た め 、 ﹃ 祖 燈 大 統 ﹄ 巻 六 三 の 目 録 に は ﹁ 天 童 覚 嗣 ﹂ と し て 、 雪 竇 嗣 宗 △ ・ 善 権 法 智 △ ・ 浄 慈 慧 暉 △ ・ 瑞 巌 法 恭 △ ・ 石 門 法 真 ・ 光 孝 思 徹 ・ 大 洪 法 為 ・ 長 蘆 道 琳 ・ ︿ 広 慧 法 聡 △ ・ 烏 巨 正 光 ・ 鳳 皇 世 ・ 宝 福 信 悟 ・ 能 仁 理 ・ 師 秀 ・ 雪 竇 清 萃 ・ 法 潤 ・ 了 默 ・ 宗 栄 ・ 行 従 ・ 集 成 ・ 道 円 ・ 明 慧 ・ 法 済 ・ 中 翼 ・ 子 霊 ・ 師 全 ・ 師 儼 ・ 覚 照 ・ 法 海 ﹀ 。
宏 智 正 覚 の 嗣 法 門 人 に つ い て ︵ 佐 藤 ︶ 二 〇 と あ り 、 実 に 二 九 人 の 法 嗣 の 名 が 挙 げ ら れ て お り 、 巻 六 三 に は 見 録 者 の 八 人 に つ い て そ れ ぞ れ ﹁ 寧 波 府 雪 竇 聞 庵 嗣 宗 禅 師 ﹂ ﹁ 常 州 府 国 山 善 権 法 智 禅 師 ﹂ ﹁ 杭 州 府 浄 慈 自 得 慧 暉 禅 師 ﹂ ﹁ 寧 波 府 瑞 巌 石 窓 法 恭 禅 師 ﹂ ﹁ 襄 陽 府 石 門 清 涼 法 真 禅 師 ﹂ ﹁ 寧 波 府 光 孝 了 堂 思 徹 禅 師 ﹂ ﹁ 徳 安 府 随 州 大 洪 法 為 禅 師 ﹂ ﹁ 揚 州 府 儀 真 長 蘆 道 琳 禅 師 ﹂ と し て 章 が 存 し て お り 、 活 動 地 が す べ て 明 清 代 の 表 記 に 改 め ら れ て い る 。 こ の 点 は ﹃ 五 燈 全 書 ﹄ 巻 三 〇 の 目 録 に お い て も 、 雪 竇 嗣 宗 禅 師 ・ 善 権 法 智 禅 師 ・ 浄 慈 慧 暉 禅 師 ・ 瑞 巌 法 恭 禅 師 ・ 清 涼 法 真 禅 師 ・ 光 孝 思 徹 禅 師 ・ 大 洪 法 為 禅 師 ・ 長 蘆 道 琳 禅 師 ・ 鳳 凰 世 禅 師 。 ︿ 以 下 不 レ 列 二 章 次 一 ﹀ 烏 巨 正 光 禅 師 ・ 宝 福 信 悟 禅 師 ・ 広 慧 法 聡 禅 師 ・ 雪 竇 清 萃 禅 師 ・ 能 仁 理 禅 師 ・ 師 秀 禅 師 ・ 法 潤 禅 師 ・ 了 默 禅 師 ・ 従 行 禅 師 ・ 宗 栄 禅 師 ・ 集 成 禅 師 ・ 道 円 禅 師 ・ 法 済 禅 師 ・ 明 慧 禅 師 ・ 中 翼 禅 師 ・ 子 霊 禅 師 ・ 師 儼 禅 師 ・ 師 全 禅 師 ・ 覚 照 禅 師 ・ 法 海 禅 師 。 と あ っ て 、 や は り 全 員 で 二 九 人 の 法 嗣 の 名 が 挙 げ ら れ 、 八 人 に つ い て ﹁ 明 州 雪 竇 聞 庵 嗣 宗 禅 師 ﹂ ﹁ 常 州 善 権 法 智 禅 師 ﹂ ﹁ 杭 州 浄 慈 自 得 慧 暉 禅 師 ﹂ ﹁ 明 州 瑞 巌 石 窓 法 恭 禅 師 ﹂ ﹁ 襄 州 石 門 清 涼 法 真 禅 師 ﹂ ﹁ 明 州 光 孝 了 堂 思 徹 禅 師 ﹂ ﹁ 随 州 大 洪 法 為 禅 師 ﹂ ﹁ 真 州 長 蘆 道 琳 禅 師 ﹂ と し て 章 が 存 し て い る 。 た だ し 、 ﹃ 祖 燈 大 統 ﹄ や ﹃ 五 燈 全 書 ﹄ で は 機 語 未 見 で 無 録 の 法 嗣 に 関 し て は 、 保 福 悟 が 宝 福 信 悟 に 改 ま り 、 雪 竇 が 雪 竇 清 萃 に 改 ま っ て い る ほ か は 、 師 秀 よ り 法 海 ま で は 単 に ﹁ 宏 智 禅 師 妙 光 塔 銘 ﹂ を 受 け て 名 を 挙 げ る の み で 住 持 地 な ど は 記 さ れ て い な い 。 一 方 、 日 本 側 に 残 る 史 料 と し て は 、 京 都 東 福 寺 開 山 の 円 爾 ︵ 辨 円 、 聖 一 国 師 、 一 二 〇 二 ︱ 一 二 八 〇 ︶ が 将 来 し た 東 福 寺 所 蔵 ﹃ 宗 派 図 ﹄ に ﹁ 天 童 覚 ﹂ の 法 嗣 と し て 、 翠 岩 宗 ・ 中 岩 済 ・ 石 窓 恭 ・ 自 得 暉 。 と い う 四 人 の 名 が 挙 げ ら れ て い る 。 こ れ は 人 数 こ そ 少 な い な が ら 、 円 爾 が 入 宋 し た 当 時 の 宏 智 門 下 に 対 す る 評 価 と し て 注 目 さ れ 、 嗣 宗 ・ 法 恭 ・ 慧 暉 の 三 禅 者 は と も か く と し て 、 と く に ﹁ 中 岩 済 ﹂ の 存 在 な ど は 他 に 見 ら れ な い 記 事 だ け に 貴 重 で あ ろ う 。 さ ら に 室 町 期 に 臨 済 宗 夢 窓 派 の 古 篆 周 印 が 編 集 し た ﹃ 仏 祖 宗 派 図 ﹄ に は ﹁ 天 童 宏 智 正 覚 ﹂ の 法 嗣 と し て 、 雪 竇 間マ マ 菴 嗣 宗 ・ 善 権 法 智 ・ 浄 慈 自 得 慧 暉 ・ 長 蘆 琳 ・ 大 洪 法 為 ・ 光 孝 了 堂 思 徹 ・ 石 門 法 真 ・ 瑞 岩 石 窓 法 恭 。 と あ っ て 八 人 の 名 が 挙 げ ら れ て い る が 、 こ れ は 中 国 の 禅 宗 燈 史 に 載 る 見 録 者 と 同 一 で あ る 。 ま た 江 戸 初 期 の ﹃ 正 誤 宗 派 図 ﹄ 一 で は ﹁ 天 童 宏 智 正 覚 ﹂ の 法 嗣 と し て 、
宏 智 正 覚 の 嗣 法 門 人 に つ い て ︵ 佐 藤 ︶ 二 一 浄 慈 自 得 慧 暉 ・ 常 州 善 権 法 智 ・ 瑞 岩 石 窓 法 恭 ・ 明 州 雪 竇 聞 菴 嗣 宗 ・ 石 門 清 凉 法 真 ・ 慶 元 府 広 慧 法 聡 ・ 光 孝 了 堂 思 徹 ・ 随 州 大 洪 法 為 ・ 真 州 長 蘆 琳 ・ 衢 州 烏 巨 光 ・ 慶 元 府 保 福 悟 ・ 雪 竇 ・ 剣 州 鳳 凰 世 ・ 能 仁 理 。 と し て 一 四 人 の 名 が 挙 げ ら れ て い る が 、 こ れ も 禅 宗 燈 史 に 載 る 無 録 者 を 含 め た 一 四 人 と 一 致 し て い る 。 ま た 享 保 五 年 ︵ 一 七 二 〇 ︶ に 和 泉 ︵ 大 阪 府 ︶ 堺 の 仏 在 庵 で 仲 敬 慧 慎 が 編 纂 し た ﹃ 伝 燈 歴 世 譜 ﹄ 下 で も ﹁ 明 州 天 童 正 覚 宏 智 ﹂ の 法 嗣 と し て 、 常 州 善 権 法 智 ・ 明 州 雪 竇 聞 菴 嗣 宗 ・ 慶 元 広 慧 法 聡 ・ 剣 州 鳳 凰 世 ・ 紹 興 能 仁 理 ・ 慶 元 保 福 悟 ・ 慶 元 雪 竇 ・ 衢 州 烏 巨 光 ・ 真 州 長 蘆 琳 ・ 随 州 大 洪 法 為 ・ 襄 州 石 門 法 真 ・ 明 州 光 孝 了 堂 思 徹 ・ 明 州 瑞 巌 石 法 恭 ・ 杭 州 浄 慈 自 得 慧 暉 。 と い う 一 四 人 の 名 を 載 せ て い る 。 し た が っ て 日 本 で 編 纂 さ れ た ﹃ 仏 祖 宗 派 図 ﹄ ﹃ 正 誤 宗 派 図 ﹄ ﹃ 伝 燈 歴 世 譜 ﹄ な ど の 記 載 は 、 何 れ も 中 国 の 禅 宗 燈 史 に 載 せ ら れ た 正 覚 の 法 嗣 の 名 を 受 け る の み で 、 そ れ 以 上 の 新 し い 記 載 は 存 し て い な い こ と に な る 。 以 下 、 本 稿 で は 宏 智 門 下 を 代 表 す る 高 弟 で あ る 聞 庵 嗣 宗 ・ 自 得 慧 暉 ・ 石 窓 法 恭 と い う 三 禅 者 に つ い て は 別 に 考 察 す る も の と し 、 そ の ほ か の 正 覚 の 嗣 法 門 人 で あ る 二 〇 余 名 の 禅 者 に つ い て 、 そ の 足 跡 を で き 得 る か ぎ り 詳 細 に 窺 っ て み る こ と に し た い 。 な お 、 正 覚 の 語 録 の 引 用 は 、 大 分 県 泉 福 寺 所 蔵 の 宋 版 ﹃ 宏 智 禅 師 語 録 ﹄ 六 巻 に 依 り 、 石 井 修 道 編 輯 ﹃ ︿ 禅 籍 善 本 古 注 集 成 ﹀ 宏 智 録 ︿ 上 ﹀ ﹄ ︵ 名 著 普 及 会 刊 ︶ に 基 づ い て 示 し た い 。
¸
雪
竇
聞
庵
嗣
宗
︵
宗
白
頭
、
一
〇
八
五
︱
一
一
五
三
︶
聞 庵 嗣 宗 に つ い て は 、 す で に 拙 稿 ﹁ 雪 竇 山 の 聞 庵 嗣 宗 に つ い て ﹂ ︵ ﹃ 曹 洞 宗 研 究 員 研 究 生 研 究 紀 要 ﹄ 第 一 五 号 ︶ で 考 察 し て お い た の で 、 こ こ で は 再 説 し な い 。 な お 、 別 に つ ぎ の 法 智 の 章 に も 関 連 記 事 が 存 し て い る 。 た だ 、 嗣 宗 の 法 を 嗣 い だ 高 弟 で あ る 微 庵 道 勤 に つ い て は 、 ﹃ 正 徳 姑 蘇 志 ﹄ 巻 二 九 ﹁ 寺 観 上 ﹂ に 、 法 海 寺 、 在 二 洞 庭 東 山 一 。 随 莫 釐 将 軍 捨 レ 宅 建 。 後 梁 乾 化 間 、 改 二 名 祇 園 一 、 宋 祥 符 五 年 、 改 二 今 額 一 。 帰 併 寺 一 菴 三 。 華 厳 寺 、 在 二 翠 峯 之 楊 家 湾 一 。 梁 天 藍 二 年 、 僧 戒 真 建 。 蜆 子 和 尚 、 嘗 居 レ 之 。 積 善 菴 、 宋 淳 熈 三 年 、 僧 道 勤 建 。 北 寺 菴 。 寿 寧 菴 。 と い う 記 事 が 載 せ ら れ て い る 。 蘇 州 ︵ 江 蘇 省 ︶ の 太 湖 に 浮 か ぶ 洞 庭 の 東 山 に は 法 海 寺 が 存 し た と さ れ る が 、 そ の 子 庵 で あ る 積 善 庵 は 淳 熈 三 年 ︵ 一 一 七 六 ︶ に 道 勤 に よ っ て 創 建 さ れ た 末 庵 で あ っ た こ と が 明 記 さ れ て い る 。 と す れ ば 、 道 勤 は 泰 州 の 広 福 寺 の み で な く 、 蘇 州 洞 庭 の 法 海 寺 に も 住 持 し て い た こ と に な り 、 道 勤 の 塔 頭 と し て 積 善 寺 が そ の 後 も 維 持 さ れ て い た こ と に な ろ う 。宏 智 正 覚 の 嗣 法 門 人 に つ い て ︵ 佐 藤 ︶ 二 二
¹
善
権
法
智
法 智 は ﹁ 宏 智 禅 師 妙 光 塔 銘 ﹂ に お い て 嗣 宗 に つ い で 二 番 目 に 名 が 存 し て お り 、 宏 智 門 下 の 長 老 格 の 禅 者 で あ っ た こ と が 知 ら れ る 。 ﹃ 嘉 泰 普 燈 録 ﹄ 巻 一 三 ﹁ 常 州 善 権 法 智 禅 師 ﹂ の 章 に は 、 そ の 参 学 期 の 消 息 に つ い て 、 常 州 善 権 法 智 禅 師 、 陝 府 人 、 族 栢 氏 。 壮 於 二 西 京 聖 果 寺 一 祝 髪 、 習 二 華 厳 一 。 棄 謁 二 南 陽 謹 一 、 次 参 二 洪 峰 智 一 、 踰 二 十 年 一 無 二 所 証 一 。 後 於 二 宏 智 言 下 一 豁 然 。 と あ り 、 ﹃ 五 燈 会 元 ﹄ 巻 一 四 ﹁ 常 州 善 権 法 智 禅 師 ﹂ の 章 で も 、 常 州 善 権 法 智 禅 師 、 陝 府 栢 氏 子 。 壮 於 二 西 京 聖 果 寺 一 祝 髪 、 習 二 華 厳 一 。 棄 謁 二 南 陽 謹 一 、 次 参 二 大 洪 智 一 、 踰 二 十 年 一 無 二 所 証 一 。 後 於 二 宏 智 言 下 一 豁 然 。 と あ っ て 、 そ れ 以 降 の 燈 史 に お い て も ほ ぼ 同 様 に 記 さ れ て い る 。 ま た ﹃ 仏 祖 宗 派 総 図 ﹄ に も ﹁ 明 州 天 童 宏 智 正 覚 ︿ 隰 州 李 氏 ﹀ ﹂ の 法 嗣 と し て ﹁ 常 州 善 権 法 智 ︿ 陜 府 栢 氏 ﹀ ﹂ と 名 が 載 せ ら れ て い る 。 こ れ ら に よ れ ば 、 法 智 は 陝 府 ︵ 河 南 省 ︶ の 人 で 、 俗 姓 は 栢 氏 と さ れ る 。 陝 府 は 黄 河 の 守 護 神 と し て 鋳 造 さ れ た 大 鉄 牛 で 知 ら れ る 地 で あ り 、 古 来 、 ﹁ 陝 府 鉄 牛 ﹂ の 故 事 は 禅 の 語 録 に も し ば し ば 引 か れ る と こ ろ で あ る 。 法 智 は 壮 年 に し て 西 京 す な わ ち 洛 陽 ︵ 河 南 省 ︶ の 聖 果 寺 に お い て 祝 髪 し 、 は じ め 華 厳 の 教 学 を 習 得 し た も の の よ う で あ る 。 後 に こ れ を 棄 て て 禅 門 に 帰 し て 南 陽 ︵ 河 南 省 ︶ に 到 っ て 南 陽 謹 に 謁 し た と さ れ る が 、 南 陽 謹 に つ い て は 如 何 な る 嗣 承 の 禅 者 で あ っ た の か 定 か で な い 。 つ い で 洪 峰 智 な い し 大 洪 智 に 参 じ た と さ れ る が 、 こ れ は 同 一 人 で あ っ て 、 法 智 は 随 州 ︵ 湖 北 省 ︶ の 大 洪 山 保 寿 禅 院 に 到 っ て 住 持 の 大 洪 善 智 に 参 じ て 曹 洞 宗 旨 を 学 ん で い る が 、 一 〇 年 を 越 え て も 証 す る と こ ろ が な か っ た と さ れ る 。 善 智 は 曹 洞 宗 の 大 洪 報 恩 ︵ 一 〇 五 八 ︱ 一 一 一 一 ︶ の 法 嗣 で あ り 、 投 子 義 青 ︵ 青 華 厳 、 一 〇 三 二 ︱ 一 〇 八 三 ︶ の 法 孫 に 当 た っ て い る 。 報 恩 は 大 洪 山 開 山 第 一 祖 で あ り 、 善 智 は そ の 法 を 嗣 い で 大 洪 山 の 第 五 代 住 持 と な っ た 曹 洞 禅 者 で あ る 。 善 智 は 政 和 八 年 ︵ 一 一 一 八 ︶ 九 月 一 日 に 大 洪 山 第 四 代 の 丹 霞 徳 淳 ︵ 子 淳 と も 、 一 〇 六 四 ︱ 一 一 一 七 ︶ の 塔 銘 で あ る ﹁ 随 州 大 洪 山 十 方 崇 寧 保 寿 禅 院 第 四 代 住 持 淳 禅 師 塔 銘 並 序 ﹂ を 立 石 し て お り 、 そ の 門 に は 善 智 の 法 弟 で ﹃ 仏 祖 三 経 ﹄ の 注 釈 を な し た 大 洪 守 遂 ︵ 浄 厳 大 師 、 一 〇 七 二 ︱ 一 一 四 七 ︶ な ど も 学 ん で い る 。 後 に 法 智 は 大 洪 山 に お い て 正 覚 の 言 下 に 豁 然 と 大 悟 し た と さ れ る が 、 ﹁ 勅 謚 宏 智 禅 師 行 業 記 ﹂ に 、宏 智 正 覚 の 嗣 法 門 人 に つ い て ︵ 佐 藤 ︶ 二 三 霞 住 二 大 洪 一 、 師 掌 二 記 室 一 。 宣 和 三 年 、 遷 二 首 座 一 。 時 金 粟 智 ・ 雪 竇 宗 ・ 保 福 悟 ・ 鳳 山 、 皆 参 二 随 之 一 。 と あ る の が こ れ と 符 合 し よ う 。 す な わ ち 、 正 覚 は 徳 淳 が 大 洪 山 の 第 四 代 住 持 と な る や 記 室 ︵ 書 記 ︶ を 勤 め 、 さ ら に 宣 和 三 年 ︵ 一 一 二 一 ︶ に は 大 洪 山 の 第 六 代 住 持 と な っ た 法 兄 の 大 洪 慶 預 ︵ 慧 照 禅 師 、 一 〇 七 八 ︱ 一 一 四 〇 ︶ の 席 下 で 首 座 を 勤 め て い る が 、 こ の と き す で に 金 粟 法 智 ・ 雪 竇 嗣 宗 ・ 保 福 信 悟 ・ 鳳 凰 世 が と も に 正 覚 に 参 随 し て い た と さ れ 、 法 智 の 名 が 筆 頭 に 記 さ れ て い る 。 し た が っ て 、 法 智 は 徳 淳 が 大 洪 山 の 住 持 を 退 い て 善 智 が そ の 後 席 を 継 い だ 頃 に 大 洪 山 に 到 っ た も の と 見 ら れ 、 こ の と き に ほ ぼ 同 世 代 の 正 覚 と も 面 識 を 持 っ て そ の 器 量 に 心 服 し 、 正 覚 が 首 座 と し て 慶 預 の 席 下 で 接 化 を 補 佐 す る や 正 覚 の も と に 参 禅 し て そ の 指 導 を 受 け て い た も の と 推 測 さ れ る 。 ﹁ 勅 謚 宏 智 禅 師 行 業 記 ﹂ が 法 智 を 嗣 宗 よ り 先 に 記 す の は 、 法 智 が 慶 預 の 前 住 で あ る 善 智 の 代 に す で に 大 洪 山 に 到 っ て い た た め で あ り 、 お そ ら く 四 門 人 の 中 で は こ の 人 が 最 初 に 正 覚 に 参 じ た 因 縁 に よ る も の で あ ろ う 。 法 智 が こ の と き 首 座 の 正 覚 と 交 し た 機 縁 の 語 句 な ど は 伝 え ら れ て い な い が 、 言 下 に 大 悟 し た と す れ ば 、 大 洪 山 に お け る で き ご と と い う こ と に な ろ う 。 こ の 点 、 と り わ け ﹃ 嘉 泰 普 燈 録 ﹄ 巻 九 ﹁ 慶 元 府 天 童 宏 智 正 覚 禅 師 ﹂ の 章 に は 、 霞 領 二 大 洪 一 、 師 掌 二 牋 記 一 。 宣 和 三 年 、 命 首 レ 衆 。 得 法 者 已 数 人 。 と あ り 、 宣 和 三 年 に 正 覚 が 大 洪 山 の 首 座 と な っ た と き 、 す で に 得 法 の 者 が 数 人 い た と し 、 法 智 ら が こ の と き 早 く も 印 可 嗣 法 を 受 け て い た も の と 解 し て い る 。 法 智 は そ の 後 も 正 覚 に 随 侍 し 、 開 堂 出 世 し た 正 覚 を 補 佐 し て い た も の と 見 ら れ 、 ﹃ 宏 智 禅 師 語 録 ﹄ 巻 一 ﹁ 泗 州 大 聖 普 照 禅 寺 語 録 ﹂ に は 、 挙 二 智 首 座 一 立 僧 上 堂 云 、 誰 将 二 活 眼 一 窺 二 空 劫 一 、 我 道 宗 枝 染 二 浩 春 一 、 頭 角 崢 蔵 不 レ 得 、 青 原 門 下 有 二 祥 麟 一 。 と い う 上 堂 が 収 め ら れ て い る 。 こ れ は 正 覚 が 泗 州 ︵ 安 徽 省 ︶ 泗 県 西 の 大 聖 普 照 禅 寺 に 開 堂 出 世 し た 後 、 法 智 を 首 座 と し て 立 僧 せ し め た 際 に な し た 上 堂 に ほ か な ら な い 。 こ の と き 正 覚 は 空 劫 已 前 の 宗 旨 を 示 し 、 法 智 を ﹁ 青 原 門 下 に 祥 麟 有 り ﹂ と 称 え て い る 。 さ ら に ﹃ 宏 智 禅 師 語 録 ﹄ 巻 六 ﹁ 明 州 天 童 山 覚 和 尚 偈 頌 ﹂ に は 、 送 二 智 首 座 還 一レ 郷 。