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パーリ学仏教文化学 (14) - 003泉 経武「タイ“開発僧”評価の動向 : 「セーキヤタム・グループ」と「セーキヤタム・カレッジ」」

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全文

(1)

開 発僧

評価

一 「セ ー キ ヤ タム ・

ル ー

」と「セ ー

ム ・カ レ ッ ジ

経 

1

は じめ に

 

出家

す るこ とに よっ て世俗か らの 離 脱

/超越

を志 向 仏 教

環 境

困問題な どの社 会

問題

す る

心 を

, 具

的 な人 び との問題の

と救 済を 目的 とす る仏

運 動一

Engaged

 

Buddhism

社 会

派仏教

の 仏 教 文化 圏におい て生 まれつ つ あ るω

 

1960

代 に ロ バ ー ト ・ベ 社 会代 化 仏 教問題

, そ れ

は 「

Social

 

Oriented

 

Buddhism

」 と称 し,これ か らの 仏 教社 会 変 革

の 再構 築を 目指 すもの へ と変容 る で あ ろ う可 能性 て 言及 した 。

 

そ れ に対 して 厂

Engaged

 

Buddhism

参 加 )派 仏教 」 に は,活動 して い る仏 教

の問題 意 識 と活 動範 囲の 双 方 に おい て国 家 とい う

枠組

み を

えてい る とい う点 に相 違が見 られる。

らは 国家の枠 組み に 関係 しない トラン ナ シ ョ ナル なネ ク をき, そ れ を最大 限 利 用 する。 ま た ,祉 会

政 治体 制の 全体的変 革を直 接の 目的に定め るの で は な く, その 仏 教 者が関 わ っ てい る

特定

地域の住 民が抱える社 会問題そ れ

体の 解 決の ため に,

直接

その 地域

わっ て い るとい う点に も違い が見 られる(2)。

 

タイ で は,

1970

年代 後 半か ら

80

年代初

頭に か けて,地 方

村落

に お 村 人 の 生活 改

の ため に開 発

動を行 う僧 侶が出現 した。 村人 との瞑想

修行

によ る心の 開発 と とも に , 村 内の 道づ く り,溜め池づ く り ,

銀 行, 保

衛生 ・ 農業 指 導な ど地域の 福

的事 業

っ て い (3) 。

 

これ まで 開発 僧

村落

社 会 も, ま た ガ の

度 仏 教

に お い

(2)

 

16

       

パ ーリ学 仏教文 化 学 て も ト分な

評価

を受けて こなか っ た。 その理 由と して 以下の 二点が考え られ る。第 一に,

開発

僧 自身が この呼称 に固

して こ な か っ た。 第二 に,村 人が 開 発

され る

侶に信 頼 と

敬を寄せ るの は,

らが

発 僧で あ るか ら とい う よ り も,村 人を リー ドして

動を行い ,村 人の 生活改善の た め に成 果 を あげるこ とに尽 力 してい るか らで あ る。 村 人の

教 実践の価 値 体 系のな か に

らは開 発

と して は

位置

つ い てい ない こ とが考え られる。

 

こ う した中で ,

落 社 会の

外部

か ら

開発僧

との 接

け, 彼 らを支援 し 続 けて き たの が い くつ かの

NGO

グル ープであ る。 その

代表

的 な 一 発の た め の宗 教 委 員

会 Th

i

 

l

t

・rr・

1igi

・u・

C

・mmittee  n・

D

v・

1

pm

・nt・

TICD

と略記

で あ る。 

TICD

は,

1980

立 さ れ ,主に僧 侶を対 象 に した セ ミナ ーや研

修会

を主催 し て きた (斗) 。 その

, 村

落開発

に 関心の あ る僧 侶の 有 効な

係づ く りの 必要 性 を

痛感

し,全 国的 な ネ ッ トワ ー クづ く りを

想し, 著名な開発僧 と知識人僧 侶 との相 談の上に

1990

ー キ ヤ タル ー プ

Klum

 

Sekhiya

 

Tham

, 

in

 

Thai)

の発足 に至る。

 

その 後

TICD

は,

98

年 「セ ー キヤ タム ・カ レ ッ ジ 」 (

Witthayalay

 

Sekhiya

Tham

, 

in

 

Thai

)を設立 さ せ る。 こ の カ レ ッ ジ は, サ ン ガ や教 育 省

宗教局

針 と は関連せず,

TICD

の メ ン バ ー と

人か の

発僧,知

人僧 侶,メー チ ー が 中心になっ て 始め られ た。

 

これ らの

TICD

の 活 動 背景 と し て , 近年に お け るタ イ仏 教 界の動 向 を視

に入 れて お くべ で あろ う。

1994

年以降

数の 高 僧に よ るス キ ャ ンダル が

発した。

98

年か らは,主に都 市 部で 活

す る巨大 寺 院タ ン マ イ寺が 巨額 な

寺院

資金の 運 用や教義 解 釈 等の 問

で マ ス コ ミか ら集 中攻

を受けて い る。 こ う した 一 騒 動

事 者 あ る

侶 個人 との信 徒の 問 題 あ るい は

当該

寺 院の

題 と し て はかた

け られ ない

議論

へ と拡大 した。

 

着 目すべ う した状況

で新 聞等のマ ス メ デ ィ ア を通じ て

明され た タ イ 人の

仏教 )信

に関す る二 つ の反 省 的な見解で あ る。 第 一 に は ,僧

侶個

人へ の

信仰

帰依は

来の 仏 教

信仰

に反す るの で はない か, ダル マ ; 仏 法 へ の 帰 依 こそ が真の

の 姿で は ない か とい う議 論。 第二 に は, こ れ まで

(3)

      

∠皇イ

 

“ 開発 僧PJ評価の動 向

       

17

地 方村 落の村人 の

信仰

実践

しい 生 活の中で 教

の ない 人たちの

信仰

実 践 とみ られて きたが , そ う した彼 らの仏 教へ の

帰依

には, 現

の タ イ人が忘 れて い る信 仰の 純粋

仰へ の

素朴

な動

が あるの で はない か とい う見 方 が出さ れ ,

村落

社 会で の

信仰

を 見直そ うとい う動きが現れ た(5) 。

 

こ の よ う な現 在の タイ仏教界の抱え る

諸問

題 を

解 決

す る方法 として

教 義の 知的な再

釈に よっ て対

す るの で はな く,実 際

会 問

き合な が ら仏教教

釈 や実 践 っ て きた

よ う な僧 侶 関 心 、 近年 都 市

に お け るい くつ かの

NGO

におい て

まっ て い る。 そ して

方 村 落の 宗

教実

状 況開発僧 の活動 と

践 理 念 ー キヤタム ’ル ー の 活

と 「セ ーキヤ タム ・カ レ ・ ジ に よ っ て,彼ら の 活

基盤で あっ た村 落

社会

を越注 目されて い る。

 

そ こ で

本稿

で は, まず 「キ ヤ タ ・グ ル ー プ ヤ タム ・カ レ ッ ジ を紹 介 , そ れ に

い これまで

村落

レベ ル で 活動 して た開発僧 活 動 領域に どの よ うな変化が現れ て い るの か を議 論す る。

2

. セー

キ ヤ タ ム

ル ー

 

グル ー プ

キヤ タ キ ヤ

Sekhiya

僧侶

の 日

的な 礼儀

法 に関す る戒 律の 名 称に , タム

Tham

は仏 法に それ ぞ れ由来す る 。

 

「セ ー キヤ タ ム ・ル ー プ は,

1990

年, 現 在村 落 レベ ル の開 発

事してい

, あ るい は開 発 活動に 関 心の ある僧 侶の

に, タ イ社 会 抱 える

くの 問題の 中で 特に 女性

題に関心を

つ 女 性 修 行者 ー 

Mechi

や ,仏 教

の 立場か ら

会問題の解 決を 思

家 者 っ て

構成

さ れ る(6)。

TICD

が活動の実務の ほ とん ど を

当し

 

設立 の 目的は,

1

開発 活

の ネ ッ トワー クづ く り

2

。村 鮒 会における僧

の役 割の再 定 義

3

Alt

・m ・・

i

・・

D

・v・

1

pm

n・の

4

. 森 林 保

 

5

.地 域伝 統の復 活

 

6

村落内

で の リー ダ ー シ ッ プの

, を 掲 げて い る。 年一回 の 全 体 会

研 修 ・会 合

. ま た,

(4)

 18      パ ーリ学仏 教 文 化 学 年一 回約

20

日間の 日程で 自然 保 護を 訴える遊 行 ・行 進 活動 (

Thamma

Yatra

in

 

Thai

行っ て い る。 雑

キ ヤ タ 』 を発 行 し, 現 在は年三 回で あ る が今後は年四 回の 発行を 予定 して い る。

 

会 員

で は ない た めに, どの く らい の数の

侶が こ の グル ー プに

わ っ て い るの かは不 明で あるが ,

TICD

に よる と, 

TICD

か ら

会合

研修

連絡

を し てい 僧 侶 とメーチーの は約

560

人, 内 それ に対 して何 らか の返 答を示す の が

80

人, さ らに

実際

に会

修に

出席

す るの は

20

30

人程 度 ある 。

  1995 年

に は, 「 ー キ ・グ 」 の

心 メ ンバ ーの 一一人で あ るパ

イ サン

Phra

 

Phaisan

 

Wisalo

TICD

の ス タ フ によっ て,『セ ー キ ヤ

タ ム ・ハ ン ドブ ッ ク

以下 『ハ ン ブッ ク と略記

) (

Khumu

 

Se

 

iyatham

in

 

Thai)

(7)

され た 。 そ こ で は, 厂 」 の 活 動に

加す る

僧侶

に 向けて, 日

で の 注意

項や在 家 信徒 との

わ り方, サ ン ガ との

係 などに

する

遵守

ら れい る。 ま た , 『 』 の で は, 「 ー プ 」 の 目的に同意 し活 動 に

参画

す る

侶は 「セ ー キヤ タ ム

僧侶

Phra

 

Sekhiyatham

, 

in

 

Thai

と称さ れ て い る。

 

以 下『ハ ン ドブッ ク』中に見 られる「セ ーキ ヤ タム僧 侶

Phrasong

 

Sekhiyatham

) の

守事項」

後述の

考 資

料参

の 内容を

討す る。 「

1

.消 費生活 に関 して 」 で は,喫煙や強 壮

ドリン クの

使

用が

じ られ,

炭酸飲料

や コ ー ー な どの 嗜好 品につ い て も最 小 限に止 め, コ ピー用 紙や

気 な どの消

費物

資へ の

約を訴 え, 出家者が在 家者か らの食 施に よ っ て し か得 られ ない 食べ 物に っ い て まで,

農薬使

用 度の

物 を選ん で 食 するこ とを規 定 して い る。

 

f2 .在 家者, 企

,官僚役人 との 関係 で は, 「 グル ー プ の 目的を 理解 しない ,あ るい は 同

で き ない

在家者

との

わ りにつ い て注 意 を促し て い る。

本来

な ら

ば  

どの よ う な人か らの い か なる

施 行為 も拒む こ との で きない 侶が, 自然 保 護や 地域 社会の活性 化に

心 を

たずに, た だ 多額の 財施をの ぞむ

起業

家や ,

売名

を目的と した

人に よ る

施に対 して厳 重な態度で応 対 する こ とが

られ い る。

 

3

ガ と 関係 」 で は, サン ガ統

法や戒

に 準 じた上で , 「グル ー

(5)

      

タ イ

 

“開発僧”評価の動 向

       

旦9 プ」 の 活動を行 うこ とを明記 して い の よ も, に お け る

役職

務が

優先

さ れ る こ とを確 認 してい

 

4

キ ヤ タ ・グ ル ー プ

は ,に年一回

さ れ る全 体 会 合は,

練の 目的も

ね て地 方 の 奥深い

林で行わ れ る とが多 く, その 際に蚊屋 や傘 鉢な ど は各 自

参で あ るこ とが予め

え ら れ てい る。

3

. セー

キヤ タ

ム ・

カ レ

 

開 講は

1998

で ある。

TICD

の ス タ ッ フ に よる と , この 「キ ヤ タ カ レ ッ ジ の構 想は,

1990

年に 「セ ーキ ヤ タム ・グル ープ 」 が

立した

当初

か らあっ た とい う。 「カ レ ッジ」 とい っ て も , 決まっ た校 舎で

期 的に

講議

が な され る とい うもの で は ない コ ー ス に よっ て

週 問地 方寺 院

借 し て,講 師 と生

であ る

侶はそ こ に

き,

中 的に

講議

を受ける とい う ス タイル なの で, む しろ 「私 塾」 とみた方がい い の か も知 れ ない 。

 

に タイ教

省 宗教

か らの 認 可は受けて い ない 宗教 局 の 仏 教

/宗

教政

距 離 を

んだ の で はな く, む しろ 「 レ ッ ジ

験 的に

な研 修成 果宗 教局

報 告

した り, 会合 やセ ミナ ーの 際に は宗教 局の 役 人 を招い た りし て ヤ タム ・グ ル ー プ

宗教

距離

め る こ とが試み られて い る(8}。

 

タイに は これ まで ,教

育省宗

教 局の

管轄

に ある二 つ の

教 大 学一 マ ハ ー チ コ ン 仏 教 学とマ ハ ーマ ッ ト

教大 学一

と地 方

にあ る。 そ こで は,

1959

年に成 立 した サ リ

閣に よる国 家 建

の ため の政

開 発 政

の 影響を受 け,

に バ ン コ クの マ ハ ー チ ュ ラ ロ ン コ ン仏 教大 学で は仏教学 全 パ ー リ

教 学

の 他に

1961

か らは青

年僧

侶の

教 育 課程と し教 育 学

や人文 ・ 社 会福祉

学部

が設置 され た(9) 。 こ の 他に, 「 ッ ジ

教 育

省宗教

か ら の財政 的支

を受けて は い ないが 青年 僧 侶

プロ ラ ム

るの がパ ン ヤナ ン タ比丘 (Phra 

Panyananta

 

Phikkhu

の い る チ

(6)

 

20

       

パ ーリ学仏 教文 化 学

ン シ ッ ト寺 院

Wat

 

Chonprathanrangsit

)(

ノ ン タ ブ リー県 )で ある。 こ こで は,

1981

年か ら 「タ ン マ ターヤー ト比丘 研

修計画

Khlongkan

 

Oprom

 

Phra

 

Thamma

Thayat

, 

in

 

Thai)

が実 施さ れてい る。 説 法の 訓

布 教 技 術 の研

, グル ー プ

学習

な どが

修の主 眼となっ て い る。

 

前者

仏教 大

で は, 当初サ ン ガの

会 開 発へ の 関 心の 現れ と して教育 課 程の

再編

が計 られ, 地 方へ

僧侶

を派

す るこ とが 目的 で あっ た。 しか し,現

で は在学 中 出家 した 上で 僧 侶 と して

する

教科

を学ぶ以

,何 ら一 般の大 学 と の

い が な くな り,

4 年

CDfPt.学 課 概 終えた

僧侶

の ほ とん どが卒 業と 同時に還俗 して い るGe)。 後 者の チ ョ ン プラタン ラ ン シ ッ ト寺 院で は, そ もそ も

開発

活動 に関 心の あ る

侶が こ こ で の

修計画

参加

してい る と はい え, 研 修に おい て は

僧侶

と して の

訓練

終始

し, これ まで 実

果 をあげ る活 動に従 事 し,周 囲の僧 侶や

人に指 導

立場で のぞめ る程 まで に 積極 的 な

動をお こ なっ て い る僧 侶が輩 出されてい ない m ) 。

 

こ う した既 存の僧 侶 教

育/

研 修 機

題点 を踏ま え, 「セ ー キ ヤ タム ・カ レ ッ ジ」 は設立 された。 社会問 題 へ

り組み や地

方村

落の

発活 動に

従事

す る僧 侶 とメ ー チ ーの

成を設立の 目的 と し, 研修で学 ん だ事

を当 人の

教 的信仰 世 界で の深 化にの み

けず, 社 会 的

践に よ っ て 生かす こ との でき る

僧侶

の 育

に 「カ レ ッ ジ」 で は主眼を置い てい る。

 

研 修

目に は,「コ ュ ニ ティ ー分析 と四聖 諦に よ るタ イ社 会の 構 築」, 「

活 動の研 究 分 析」, 「総 合 的な布 教 技

」, 「グル ー プ活 動の 実施とコ ミュ ニ “ テ ィーの

創造

」, 「

好関係

仏教 的 方 と仏

和の 道1 ,「自己開 発 の た め の 瞑想 と開 発

動」, 「

僧侶

と メー チ ー役 割 と タイ社会の 開 発 , 「宗

と社 会

開発

」, 「仏 教 経 済 学仏 教心 理 」 な どが ある。 各 学 期 ご との コ ース に テーマ

, それ に即 して

TICD

が必

と思われる

研修

科 目を

は学ぶ こ とに な る。 ま た,

目に よ っ て は, チ ュ ラ ロ ン コ ン 大学や タマ サ ー ト大学の研 究者が担 当責任 者になっ て い るもの も み られ る。

   

講 時に入学 した

一一・−

me

侶は

25

人で あっ た。

らの ため に, 既に

 

二 期 コ ー ス まで が実 施さ れ て い る。

効 率的 な布 教

(7)

      

タイ

 

“開 発 僧”評価の動 向

       

21

法」,

で は 「

社 会 問題 解 決の ため の

出家

生活に お け る瞑 想 が テー マ で あっ た(旦2)。 第三期 まで は

僧侶

の ための コ ース しか準備 きず ,メー チーの ための コ ース

か ら開始 予 定 る(13>。

 

一期 生

僧侶

は,

25

歳 か ら

30

歳まで の

青年

僧 侶で ,

職の 任に着い てい る 僧 侶は い ない 。 所

寺 院 を見 る限 り ,

加 した

僧侶

は全て の 地方か ら

て い 。 住 職か ら

可を とっ て参 加 した僧侶 い れ ば,

住職

の 勧めで

加 し た

僧侶

もい る。 全ての

僧侶

が , 既に

らかの か たちで

発活 動に

た経 験を持つ 僧 侶 (14) 。

4

. お

わ り

 

僧 侶の か ら

社会

に積

極 的

な関わ りを もっ ほ どに,

国家/

政 治

体制

と仏教 サ ン ガの 関

僧 / 俗

関係

僧 侶

社会

的役

教にお ける女性の

置 付け ・

役割

とい っ た よ う な問題

/ 俗双方の 立場か ら再検 討さ れ る こ とが必

になっ て きて い る。 タイの今日的な

社会

状 況が , これ らの 点の 再 検 討を要 求 して い るとの 認 識を持つ

僧侶

で て 〔15) 。

 

90 年

の 「セ ー キヤ タム ・グル ー 設 立ら,

98

の 「セー キ ヤ タム ・カ レ ッ ジ」 へ と活動展 開さ れ る

, 知

人僧 侶や , メーチ ー ,在 家の 知識 人 ら と共に,開 発僧は, そ の

構成

員に, あ るい はセ ーキヤ タム僧 侶の 一一員に 位 置 付き始め て い る。 そ して,着目すべ きは これ らの 運

は,政 府

発政 策 やサ ンガ の 意 向に よ るもの で は な く, こ の

動 自

か ら教 育省 宗教局 ン ガへ りを るか た に なっ てい る点で あ る

 

れ ま

発 僧は活 動 領域を基 本 的に は村 落に定めて きた 。 とこ ろが , 「キ ヤ ヴ ル ー プ

で ,彼らの 活 動 領域はそ れ 越 境 し, 村落 レベ ル で の 問題にの 対 応

状 況

かれて い る。

えば

 

こ れ まで

発僧問題状 況 向 き

」 と 「自 然」 が意 味 してき た 対象は, 「

社会

」 は

村落

社 会 あ り , 「

然」 は村の周 辺 のや 田 畑で あ り, そ れ らとの 三者 間

係の 中で

発 活

と宗教

践を行っ て きた。 ところが , 「セ ー キ ヤ タム ・グル ー プ 」 と

 

「セ ーキヤ タ ム ・カ レ ッ

(8)

 

22

      パ ー学 仏教 文 化 学 ジ」 との 関 わ りか ら生 じた

た な

践空

問題認識

の視 点は, そ れが必 ず し も

僧 自

身の 意 図に よる方 向付けで はな かっ たに し ろ , 「

会」 の側が タ イ社 会全

, 「自然 」 の

は地 球 環 境の 領域へ と拡 大さ れて い る。

 

これ まで タ イ

仏教

に おい て は,

時代背景

には

関係

の ない 「時間 を超越 した 真 実」 と して の

ル マ と,

60

代 以

の 「

開発

」 の

時代

見合

っ た 「

況 的 な真 実」 と して の ダル マ , そ の 双 方を追 求 して き た。

仏教教義

解釈

によっ て 本 来 脱 俗で あ る僧 侶が社 会 開 発に関わ るこ との 正 当化が ,仏 教に よ る社

会開発

向す るイ ン テ リの

で は

られ た。 とこ ろ が,

発僧 を通じて見 えて くる地 方村

レベ ル の

発の現状か ら は, 地 域の 社 会 問題 に関わ るこ と を正 当化 し支え る 「社会 のため の タ ンマ = 仏法

発僧に よ て希 求さ れ てい る現実が浮か び上が っ て く る。 イ ン テ リに よ る開 発 と

仏教

共存

可能

を追 求 した 「真 実 」 として の ダル マ , つ ま り 「社 会 の ため の ダル マ 」 が そ こ には ま だ届い て い ない 。

 

今 後, 地 方村 落か ら発 現 した開発 僧の

発 活

や , 「 ー キ ヤ タ ・グ ー プ」 と 「セ ーキヤタム ・カ レ ッ ジ の 二 つ の 活 動が軌 道に の り, さ らには タ イ ・サ ン ガ

に おい て

度 化さ れて い ろう, とい うよ うな予測は全 く 立て られ ない 。 特に , 「セ ーキ ヤ タ 」 は設立 されて さほ ど時 間 も

っ て お ら

, タ イ

仏教

れの

で の

総合

的な

価が今だ

しい 段 階にある。 しか し, 今 日の タ イ

仏教

時代

しい コ ン テ キス トの

解 釈, 再 表 現の 方法を必 要 と されて い る こ とは確

で ある。 註

1

) 

Queen

, Christopher 

S

. and 

Sallie

 

B

 

King

1996

pp

1

−−

44

2

) 足羽

1996

81

84

(3) 開 発僧の先 行 研 究に は [Phinit 1986][

Sombun

 

l

 

987

][

Seri

 

1988

][桜 井

2000

が ある。 (

4

 

Bobi1血 1988:

pp

.77− 91.

5

> [林 1997], [

Phra

 thammakosa an

, et

 al,1999][Samunakngan  

kong

 thun sanapsarian  

kan

 

wicai  and 

Mulanithi

 

phumi

 

phanya

,1999]

(9)

タ イ “開 発 僧”評 価の動 向 23 (

6

) 「

」は開発僧だ けの グル ープで はない こ と を明記 して お く。

(7

 

Khana

 

kammakan

 sasana  

phua

 

kan

 

phatthana

 

1995

8

)筆 者が

1999

9

月に

TICD

において イン タビュ ーした際に は タ イ教 育省宗教 局 と

 の間に何ら問題は生 じ てい な かっ た。

9

}石井 1975 :249 頁

10

1999

9

月 TICD にお ける イン タビ ュ ー。

(ll) 1998 年

4

8

日, 至高の 生活普 及財 団 (

Mulanithi

 Pheay 

Phre

 

Chiwit

 

Praseat

)の ウ ィ

 ロ ー 氏 (

Wirot

 

Siri

・at イン タビュ ー。 (

12

) 第 一 回 目は

1998

11

月 ブリラム県, 第二 回 目

1999

2

月ロ ーイエ ッ ト県 ,第  三回 目は

1999

3

月チェ ンマ イ県 そ れ ぞ れ実 施さ れ た 。 (13> 1999 年 9 月 TICD に おける イ ンタ ビュ ーで ,メーチー (女性修 行者)のため の コ ー

 

ス の 開講が遅れ たの は,僧 侶と 同室で研修を受講する の に不都合が生じるため に準  備 期間が 必要で あっ た と説 明を受けて い る。  

 

自分の寺 院が多忙で ある ことや研 修コ ース の 内容につ いて い け なか っ た こと が理  由で,各回に若干の退者がい た。 (

15

60

年代の 「開 発」 の 時代以降の タ イ仏教の動 向研 究に関して,仏教大 学が政府政

 

策に連動 し 「 計画 」 「タン マ チャ ーリック計画」 が開始され た時点

 

か ら以後の仏教 大学の 動向研究が ま だ 手付か ずの状態にあ る。 今後の課題 とし たい。 参考資料

 

ヤ タム ・ハ ン ドブッ ク』 (pp.

8

10

)か ら 《セ ーキ ヤタム僧侶 (Phrasong 

Sekhiyatham

遵 守事項 (訳 ) 1 ,

4

種 類の消耗品

 1

L

使用 を 止め るべ き も と して はた ば強壮 剤な ど常 習性

 

1−

2

.少量の使用に止め るべ き も と して は,炭 酸飲 料,コ ーヒz チ ュ ーイン ガ ム,

   

頭痛薬,テ ィ ッ シュ ペ ーパ ー (ハ ン カ チの使用が望ま しい

 

1

−3.節約すべ き も , メ モ ・印刷用紙 両 面使 , ガソ リン (必要に    応 じて を使用する, 電気な ど。

 

14 .使用 を 避 けるべ き も し て は,大 量農 薬使 用 野 菜類

   

(イ ン ゲン ),キ ャ ベ ツカン タル ープ (メ ロ ン の 一・キュ ウ リ, トマ トな

   

ど),イン スタン ト ラーメ ン, 缶詰め さ れ た魚な どのイ ン ス タン 食 品 な ぜ

   

な らこれ らは身体に余 り よ く ない ばか り か健 康を害 しか ね ない から で ある。

   

ま た,過度に用い るべ の と して は, 美肌用液 状洗剤で ある。 可能な

   

限 り, 竹の子,キン ゴ ウ カン (

krathin

, 

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 Thai),アカシ ア (chaom , 

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Thai

),キ

   

ヅタ (tamlung, 

in

 Thai),バ ナ ナの花,ヨ

トケー (タ イ

(10)

24

2

パ ーリ学仏教 文 化 学

 

サマ トノ キ (sato , 

in

 

Thai

),も や し,カボチャ ,へ ち ま,

ハ イゴ ウ (

baichaphlu

 

in

 

Thai

),パ ッ クグート (タイ名),蓮根 ,メボ ウ キの葉 (baiholapha, 

in

 Thai),

 

ヤ エ ヤ マ ア オ キの葉 (

baiyo

, 

in

 Thai) , バ ジル の 葉 (

baimenglak

, 

in

  ThaD な ど

 

農薬の使用を最小 限に止め た野菜を と るべ き で ある。 在 家信徒 ,会社商 店, 官僚 役人 との関係 さ まざま な在家 信徒 との 付き合い に関し て は,十分に気を付け,最 大限に 自制を 心が けるべ きで あ る。 話す内容 に関 して も,在 家信徒が正 しい 開発に 目 を向 ける よ う説法 すべ で ある。 セ ーキ ヤ タ活動 い る環境 (全 般)を破壊す る こ とに関与 してい る会社商店 と は 一一線を画すべ きであ る。

3

,サ ン ガ統治 との 関係

 

以下の 4 点 を基本 事項とする。

3

1

の 任務との諸関 係の検 討実施に関し て。 日々 の生活維持の点に関して は,

  

セ ーキ ヤタ ム僧侶

Phra

 

Sekhiyatham

)は最大限に戒律 (Phrathammawinai )に

   依拠すべ で ある。

3

2

僧 侶 は , サ ン ガによっ て義務付け ら れ てい 任務を放棄すべ きで は ない 。

3

3

作 法て は、日々尊敬 し てい る師僧の恩恵に対して畏敬の念を もつ

   

べ きで ある。托鉢や さま ざ ま な倫理事項に関 して は 出家歴の長い僧 侶を尊 重

   

すべ である。 しか し,そ れに よっ て出家歴の短い僧侶を見下す よ う なこ と が      あっ て はい け ない 。

 

3−

4

.サ ンガ統治の側に い る長老 僧に は,我々の活 動に参加し て も ら う機会 を設け,

   

活動の成果を活用 して も ら えるよ うに努 力して い く。 4 .セーキ ヤ タムの 会合の 際に お け る必需品 と 四事 (衣 ・食 ・住 ・医)

 

4−

1

.鉢,長柄の 蚊屋は, 必需品で ある。 セ ーキヤ タム侶 (

Phra

 Sekhiyatham)

   

は,会 合の際に は い つ も携 帯すべ きで あ る。

 

4

2

ジ オ,携帯 電話 ,ビデオ, カ メラ な ど高価な 品物は持っ て く る べ

   

ない 。 あるい は,ど う して も必要な時に の み使用 す べ きで あ る。 こう し た高価

   

な品物を 人前で ひけ ら か す ようなこと は し ない

 

43 .会合場所へ の 車で の移 動はそ れ ほ ど必要で はないで あろ う。 な ぜ な ら贅 沢だ か

   

ら であ る。 ど う して も必要な と きは,個人的に車を 用意 で きる僧侶が, 出費を

   

抑 え るた め に少な くとも4 人 以上の人数で会合に加する僧 侶を誘っ た り迎え    に 行っ た りす れ ばよい 。 《参考文 献》 <欧文>

Bobilin

, Robert

(11)

タイ “開 発僧”.評 価の動 向

25

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〈タ イ語 文>

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開発のため の宗教委 員 会)

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委員 会』),n,p .: TICD .

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2000

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キヤ タム・カ レ ッ

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 Sekhiyatham 雑誌

キヤ タム』)

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9

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おけ る僧 侶の役 割』),

       Krungthep:CUSRI  

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26

パ ーリ学 仏教文化学

    

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Chulalongkon

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〈邦文〉 足 羽與 志子

 1996 

情 報化 時代 仏 教た な方 向J 池 ・中牧 弘允編 『情報     を変え るか   伝統 宗教か らオ ウム真理 教で』 弘文 堂,

pp

,71−85 . 石 井米雄、

1975

 『上 座部仏 教社 会 』 創 文社 桜 井義 秀 200  林  行 夫

1997

域開発 た す 社会 的機 能   東 北タ イ 開発 僧 例に 」 『宗教 と社会』 第

6

号, pp ,27−

46

. 「仏教 多義性戒律 行 方 」 青 木保編 『宗 教の現代』 (岩波講座 文 化 人類学 第

11

巻)岩 波書店 ,pp .

79

106

. 追 記 本 論 文 執 筆に あ た り,「セ ーキヤ タム ・グル ー プ の メ ンバ ーで あ る Phra

Mahachoem

 

Suwacho

Wat

 

Mahachula

}ongkonwitthayalai >と, TICD の各メ ン バ

特に Prida 

Ruangwichathon

氏に は長 時 間のイン タビュ ーに応 じて いた だ き, 貴 重な資

料や多 くの教示 を賜わっ た。こ こ に深 く感謝の意を表 し ま す。

 1 have benefited by discussion with  all members  ef TICD  

for

 this paper and  

1

 should  

tike

 to

express  my  particular 

debt

 of gratitude to 

Phra

 

Mahachoem

 

SuwachQ

, a 

director

 at Buddhist

Research lnstitute efWat  

Mahachulalongkonwitthayalai

, and a 

Sekh

 

iyath

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 member , and  ML

Prida

 

Ruangwichathon

, a 

director

 at 

TICD

. 

1

 should like to thank them  for 

their

 patience 

during

参照

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