大学 1 年生の学業成績の関連要因に関する疫学研究
キーワード:学業成績、関連因子、前向き研究、大学 1 年生 行動システム専攻 楚 天舒 【背景と目的】 文部科学省が実施した中途退学理由の調査では、大学 で学業不振による中途退学者は、2007 年(全体の12.9%) から 2012 年(全体の 14.5%)にかけて増加の傾向にある ことが発表された。さらに、2014 年に内閣府自殺対策推 進室の発表は、大学生の自殺理由として学業不振が最も 多いことが明らかとなった。そのため、大学生にとって 卒業要件の学業成績を満たすこと、換言すれば学業成績 が不良になることを阻止することの重要性が課題となっ ている。 これまでに、大学生の学業成績の関連要因に関する研 究が実施されて、これらの研究成果に基づき学業成績の 関連要因の枠組みが提示されている。その中で、睡眠状 況や朝食の摂取などの生活習慣が学業成績の関連要因で あることが報告されている。その他、精神的健康指標お よび社会的背景が大学生の学業成績の関連要因であるこ とが報告された。しかしながら、先行研究のほとんどは 横断研究であり、大学生の学業成績の関連要因に関して 前向き研究は少ない。これまでの先行研究では全学年の 大学生を対象として報告されてきた。しかし、大学新入 生は、新しい人間関係の構築や家族から離れた新しい生 活を始めることなどから、学業環境に大きな変化を伴い やすく、高校から大学への教育の変化に新入生が適応で きない可能性が指摘されている。そのため、大学 1 年生 における学業成績の関連要因について検討する必要があ ると考えられる。 そこで本研究では、大学 1 年生を対象として、前向き 調査を実施することにより、生活習慣、学習習慣、精神 的健康指標、および社会的背景と学業成績との関連を明 らかにすることを目的とした。 【方法】 1.研究デザイン 本研究では、2011 年度に九州大学に入学した大学 1 年 生を対象とした前向きコホート研究から、2011 年 5 月に ベースライン質問紙調査と 2012 年 5 月に実施した学業成 績の追跡調査の前向き研究である。2011 年 5 月に、調査 内容に関する説明を大学 1 年生に行い、同意取得後に、 質問紙を配布し、回収した。ベースライン調査で学業成 績の開示を承諾した学生の学業成績の情報提供を大学の 教務課から受けた。 2.調査対象者 2011 年度入学の九州大学の大学 1 年生を対象に 1 年次 必修科目である全学教育の健康・スポーツ科学演習を履 修した 2,701 名(男子 1922 名、女子 779 名)に調査に関 する説明を行い、同意が得られた 1835 名(男子 1230 名、 女子 605 名)を本調査の対象とした。このうち、データ 欠損値を除いた 1804 名(男子 1206 名、女子 598 名)を 解析対象者とした。 3.測定項目 ①一年終了時の学業成績対象者の GPA(Grade Point Average)は一年時終了に大 学の教務課から成績開示同意者の学業成績のデータを取 得した。2011 年度入学者の履修要項を参照して、GPA を 算出した。 ②社会人口特性因子 社会人口特性因子は質問紙を用いて回答を得た。「年 齢」、「経済状況」、および「居住状態」について回答を求 めた。 ③生活習慣因子 生活習慣因子の調査には質問紙を利用した。質問項目 は、「通学で疲労感」、「生活の規則正しさ」、「平日に朝食 摂取の頻度」、「飲酒習慣の有無」、「アルバイトの有無」、 「定期的な運動習慣の有無」、「平日のゲーム時間」、「昼 寝」、および「睡眠状況」の 9 項目とした。そのうち、睡 眠の質の調査はピッツバーグ睡眠障害調査(Pittsburgh Sleep Quality Inventory:以下 PSQI-J)を用いて調査し た。 ④学習習慣因子 学習習慣因子の調査は質問紙を使用した。「平日の学習 時間」、および「専攻に対する興味」について回答を求め た。 ⑤精神的健康因子
精神的健康因子の調査にはストレス対処能力の評価と して SOC(Sense of Coherence)、と不安症状の評価として Kessler10 の質問紙を使用して調査した。 4.統計方法 まず、GPA、および測定項目を比較するために、連続変 数は t 検定を行い、平均値±標準偏差として示した。カ テゴリ変数にはカイ 2 乗検定を行い、人数と割合として 示した。 次に、男女ごとに対象者を GPA の四分位に基づく 4 群 ( Q1 ~ Q4) に 分 類 し 、 測 定 結 果 を 示 し た 。 ま た 、 Jonckheere-Terpstraトレンド検定、およびCochran-Armitage トレンド検定を用いて測定項目のトレンドを検討した。 最後に、GPA と関連指標との関係を明らかにするため、 生活習慣因子、学習因子、精神的健康因子、および社会 人口特性因子を説明変数、GPA の点数を目的変数として重 回帰分析を行い、変数減少法で変数を選択し、非標準化 回帰係数とその 95%信頼区間を示した。全ての統計解析は SAS ver9.4 を用いた。統計的用意水準は α=0.05 とした。 5.倫理的配慮 本研究は九州大学健康科学センター倫理委員会の承認 を得て実施された。調査に先立って、全ての対象者にイ ンフォームド・コンセントを行い、質問紙項目、および GPA の情報提供およびその利用について書面にて同意を 得た。 【結果】 (1)男女別に見た対象者の諸特性(表は省略) 本研究の解析対象者は 1804 名(男子 1206 名、女子 598 名)である。平均年齢は、男性 18.32±0.7 歳、女性 18.26 ±0.6 歳だった。一年終了時の GPA の平均得点において、 男性は女性に比べて有意に低かった(P<0.05)。 社会人口特性因子において、男性は女性に比べて、一 人暮らしの者の割合が有意に高かった(P<0.05)。また、 経済に困っている男性の割合は有意に高かった(P<0.05)。 学習習慣因子において、男性は女性に比べて、専攻に 対する興味を失った経験あり者の割合、平日にまったく 勉強しない者の割合、平日に時々ビデオゲームをする者 の割合は有意に高かった(P<0.05)。 生活習慣因子において、男性の方は、通学でよく疲れ を感じる者の割合は有意に高かった(P<0.05)。女性は男 性に比べて、睡眠の質が有意に低かった(P<0.05)。また、 日中うたた寝をする者は有意に多かった(P<0.05)。女性 に比べて、男性において朝食欠食の者の割合は有意に高 かった(P<0.05)。飲酒習慣ありの男性の割合は有意に高 かった(P<0.05)。男性に比べて、週当たりにアルバイト する女性の割合は有意に高かった(P<0.05)、ほとんど運 動しない女性の割合は有意に高かった(P<0.05)。 精神的健康因子において、女性に比べて、男性のスト レス対処能力は有意に高かった(P<0.05)。女性に比べて、 男性の不安症状の得点は有意に低かった(P<0.05)。 (2)GPA 区分による女性の諸特性(Table1) 女性における GPA 得点の四分位に基づく 4 群の諸特性 の測定結果を Table1 に示した。経済状況について、GPA が高くなるほど経済状況にほとんど困らない女性の割合 は低くなり、有意な負の傾向性が認めた(P<0.05)。GPA が高くなると、専攻に対する興味を失ったことを経験し た女性の割合は低くなり、有意な負の傾向性が認めた (P<0.05)。定期的な運動習慣について、GPA が高くなる
ほど「時々に運動する」を選んだ女性の割合は低くなり、 有意な負の傾向性が認めた(P<0.05)。 (3)女性における学業成績の関連要因(Table2) 女性の GPA と関連指標の重回帰分析の結果を Table2 に 示す。住居状態について、親などと同居の場合に比べて、 一人暮らしであることと GPA の間に有意な負の傾向が認 めた (P<0.05)。専攻に対する興味を失った経験について、 経験ありの場合に比べて、経験なしの場合は GPA との間 に有意な正の傾向が認めた (P<0.05)。平日のゲーム時間 について、時々する場合に比べて、ゲームをほとんどし ないこととGPA の間に有意な負の傾向が認めた (P<0.05)。 定期的な運動習慣について、運動をほとんどうしないこ とに比べて、運動を時々することは GPA との間に有意な 負の傾向が認めた (P<0.05)。睡眠の質(PSQI 得点)と GPA の間に有意な負の関連が認めた (P<0.05)。 (4)GPA 区分による男性の諸特性(表は省略) 男性における GPA 得点の四分位に基づく 4 群の諸特性 の測定結果は説明する。年齢について、GPA が高くなるほ ど男性の年齢は若くなり、有意な負の傾向性が認めた (P<0.05)。平日の朝食頻度について、GPA が高くなるほ ど、ほとんど毎日朝食を食べる男性の割合は高くなり、 有意な正の傾向性が認めた(P<0.05)。定期的な運動習慣 について、GPA が高くなるほど「時々に運動をする」を選 んだ男性の割合は高くなり、有意な正の傾向性が認めた (P<0.05)。 (5)男性における学業成績の関連要因(Table3) 男性の GPA と関連指標の重回帰分析の結果を Table3 に 示す。平日の朝食摂取の頻度について、ほとんど毎日食 べないことに比べて、ほとんど毎日朝食を食べることは GPA との間に有意な正の傾向が認めた (P<0.05)。 【考察】 本研究では、大学 1 年生を対象として、前向き調査を 実施することより、生活習慣因子、学習習慣因子、精神 的健康指標因子、および社会人口特性因子と学業成績と の関連を明らかにすることを目的とした。その結果、女 性では、居住状態、専攻に対する興味、平日のゲーム時 間、定期的な運動習慣、睡眠の質が大学一年終了時の学 業成績の関連要因であった。男性では、朝食摂取の頻度 が大学一年終了時の学業成績の唯一の関連要因であった。 学業成績における性差では、男子大学生より女子大学 生の GPA の方が優れていた。Woodfield らのレビューによ れば、女子大学生は勉学に対してのまじめさ、学習への 取り組みの熱心さがあるという理由から、女性はより優 れた学業成績を有することを指摘している。 女性において、GPA 得点を下げることに関連する要因の 一つは一人暮らしであることが認めた。大学生になって、 一人暮らしが始まる学生は高校時に比べて生活の自由が 広がるために、生活の自己管理ができない学生は生活が 不規則となる可能性が高い。 女性において、GPA 得点を下げることに関連する要因の 一つは平日にゲームをほとんどしないことである。しか し、ビデオゲームと学業成績の関連に関して近年の研究
には、ビデオゲームの時間だけではなくて、ビデオゲー ムの種類にも注目された。最近のビデオゲームは複数の 種類が在り、アクションビデオゲーム、学習ゲームなど も含まれる。Wang らのレビューでは、アクションビデオ ゲーム(action video game)は健常な成人の認知能力、 および記憶力を向上させるための効率的な方法として役 立つ可能性を示唆した。本研究にはビデオゲームの種類 を調べなかったので、今後、ビデオゲームの時間、種類 と学業成績の関連の解明を行っていくことが課題である。 本研究では女子大学生において、運動の頻度と GPA の 間に負の関連が認めた。この理由として、まず、平日に 運動の頻度が高くなれば、学生は学業に費やす時間が少 なくなるため、運動の頻度と大学生の GPA の間に負の関 連がある可能性を予想される。また、本研究は入学後の 運動習慣を調べたので、学生はまだ定期的な運動習慣を 定着していないと考えられた。そのため、定期的な運動 習慣または身体活動介入研究による大学生の学業成績改 善効果の検証は今後も検討していく必要がある。 女性において、GPA 得点を下げることに関連する要因の 一つは専攻に対する興味を失った経験ありであること。 先行知見によれば、学習に対する興味は、内発的動機づ け、達成目標、自己効力感と関連している。これらのこ とから、内発的動機づけ、達成目標、自己効力感は専攻 分野に対する興味と学業成績との関係に介在する可能性 があると予想される。しかしながら、本研究で男性にお いて、専攻に対する興味を失った経験と学業成績の関連 が認めてなかった。その理由には、先行知見によれば、 人生目標の差異より、専攻に対する興味を失った経験と 学業成績の関連における性差があるかもしれない。 本研究では、女性において、睡眠の質の低下すること が学業成績の低下と関連することが認めた。本研究には 縦断的テータを用いて、先行知見と一致している結果を 実証した。睡眠の質の低下は覚醒時の眠気を増加させ、 集中力の低下、および記憶力の低下を引き起こす可能性 が示唆された。充分な途中で中断のない睡眠は学習能力 と認知機能に好な影響を及ぼすことから、記憶統合に睡 眠が重要な役割を果たすことも報告された。今後には男 女別に、睡眠の質、睡眠時間、および睡眠パタンと学業 成績の関連を検討する必要性が課題として残された。 本研究では男子大学生において朝食摂取の頻度と GPA の間に正の関連が認めた。Murakami らのレビューでは、 規則的な朝食習慣は必要な栄養要素を供給し、認知機能 に十分な燃料としてのエネルギーを提供出来ることが考 察された。大学側が朝食摂取の頻度が低い大学生へのサ ポートを積極的に実施する必要があると考えられる。 本研究の強みは、我が国の大学 1 年生の学業成績に関 連する要因を調査した初めての研究である。我が国の大 学 1 年生 1804 名を対象にした調査で標本数の多さである。 また、前向き調査のデータを用いて、社会人口特性因子、 学習因子、生活習慣因子、および精神的健康因子という 多くの因子と大学生の学業成績との関連を検討した。 本研究の限界は、1つ目は、一大学による調査のため 偏りが生じている可能性である。2つ目は、自記式調査 であるため、思い出しバイアスや社会的望ましさなどに よる諸バイアスを生じた可能性がある。3 つ目は、本研究 で検討した要因以外にも学業成績に関連する因子が存在 すると考えられる。 本研究では、大学所属期間中に最も環境の変化を伴い やすい大学 1 年生の学業成績の関連因子を性別に検討し た。女性は男性より優れた GPA を評価指標とした学業成 績を示した。女性では、居住状態、専攻に対する興味、 平日のゲーム時間、定期的な運動習慣、睡眠の質が大学 一年終了時の学業成績の関連要因であった。男性では、 朝食摂取の頻度が大学一年終了時の学業成績の唯一の関 連要因であった。本研究の結果から、性別によって大学 一年次の学業成績の関連要因は異なる可能性があること から、GPA 改善に向けては性別で異なるアプローチの必要 性が示唆された。今後は、大学生を対象に、GPA 関連因子 の性差の背景、ベースラインにおける学業成績の調整、 文系・理系での解析、さらには 4 年後の GPA 関連因子と の相違などを検討が課題として残された。 【参考文献】
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