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Vol.66 , No.1(2017)070岡田 行弘「『法華経』と「大品般若」における仏の神力・神変」

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Academic year: 2021

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『法華経』と「大品般若」における仏の神力・神変

岡 田 行 弘

1. はじめに 大乗経典において描写される仏の神変については,従来さして 注意が払われることがなかった.しかし,梶山雄一は初期大乗経典における神変 の意義を認め,1995年にこれまで唯一とも言うべき重要な論文を残している1) 梶山の関心は仏陀観の研究から発展していて,その目的について この論文は仏教,とくに大乗仏教における仏・菩 の神変(prātihārya, vikurvita.奇跡)を 主題とし,その神変が初期大乗仏教においてもっとも基本的かつ中心的な意義を持つ思想 であることを論ずるものである(梶山 2012,237). と述べる.大乗経典は仏説として完成されているわけであり,個々の経典の内部 世界には仏が存在している.その仏のあり方は経典自身が創造するわけであるか ら,神力・神変の記述・描写は仏の存在意義を端的に示すものとなる.この中で 梶山は「法華経の神変」という節を設けて序品と見宝塔品に言及しているが,それ 以外の諸品は扱われていない.そこで筆者は先に『法華経』における神力・神変 の記述・描写を検討し,全体の構成に応じてそれらが的確に配置されていること を示した.さらに般若経典との関連について次のように指摘した(岡田 2017,15). 「小品般若」にはまだ本格的な神変は説かれていない.「小品」から「大品」への展開・拡 大の過程おいて,『法華経』の仏のイメージがすくなからぬ影響をあたえたのではないか.

以下ではこれを具体的に検討する.なお,神力はanubhāva,adhiṣṭhāna,ṛddhiな

どの訳語として用いる.主に仏による心理的な作用や光明を放つなどの超人的な

現象である.神変はprātihāryaや動詞vi-√kṛ「変化する」の派生形vikurvaṇaな

どの訳語であり,身体や環境において変化が顕現している場合に用いられる.

「小品般若」には神変は見られないので,梶山は考察に加えていない(梶山2012,

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般若」における仏の神力をまず見ておこう. 2.  「小品般若」における仏の神力 「小品般若」(『八千頌般若』系)2)では,仏 と弟子たちとの対話や仏弟子間の対話によって般若波羅蜜が解明される.ただ し,弟子たちは仏とは無関係に自己の見解を述べているのではない.このことは 開始早々に明示される.シャーリプトラは次のような疑念を懐く. スブーティは,自分の智慧の閃きの力に基づき,[自分の智慧の閃きの力の支え(加持)に よって]般若波羅蜜を説示するのか,それとも,仏の神力によって(buddhānubhāvena)な のか3) するとスブーティは仏の神力によって,シャーリプトラの想念を察知し, 仏弟子たちが語り,示し,説示し,言明し,説明し,開示することは,すべて如来の偉大 な行為(puruṣakāro)であると知るべきです4) と言う.その理由として,如来の法を学ぶものたちは,法性を直観し,記憶した 上で,なにかを説明するのである,そのような善男子たちが語る教えは,如来の 説法として流れ出るもの(niṣyanda)であるから,法性と相違しない,と説明され ている5).弟子の発言の真実性は仏の神力によって保証されるのである.この仏 の働きは般若経典が全体として仏説であることの根拠になっており,「大品般若」 においてスブーティと仏の対話が開始される箇所においても,ほぼ同一の経文が 登場する6) 次の第2章「シャクラ」では,神々が会衆に加わる.神々の光明は,仏の神力

(anubhāva)・仏の威光(tejas)・仏の勢力(adhiṣṭhāna)によって圧倒される7).注目 すべきは,その直後,インドラがスブーティに般若波羅蜜を説くことを要請する と,スブーティは直前に用いられた地の文の表現を踏襲して,「インドラよ,そ の仏の神力・威光・勢力によって,私はあなたに説明しましょう」8)と述べてい るのである.このように「小品般若」では仏の神力は弟子の説法を促し,経典と しての真実性を保証するものである.一方「大品般若」の対応箇所では,仏の光 明が神々のそれを圧倒的に凌駕していることを,数字を挙げて述べ,仏の偉大性 を強調している9) 他方の世界を会衆に見せ,その世界と関係を結ぶなどの奇跡的な現象は,仏の 神力の発現として諸経典に説かれている.第28章「アヴァキールナクスマ如来」 の後半(『摩訶般若波羅蜜経』の第25「見阿閦仏品」の開始部)において仏は神力の発

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現(ṛddhyabhisaṃskāra)を実行する.それによって,すべての会衆は不動如来が比 丘菩 に囲まれ,教えを説いているのを見ることができた.ただし,前後の文脈 を考慮すると,これは仏の偉大性を示す例ではなく,菩 が般若波羅蜜を一瞬で も説くことによって獲得される福徳の例として,説かれている10) 以上,「小品般若」における仏の神力は弟子の説法との関連において現れるが, 外面的な描写や衆生を救済するという側面は見受けられない. 3. 『法華経』における神力・神変 『法華経』における神力・神変を順に見て おこう(岡田 2017)11) 序品第一(第1章 ニダーナ) 釈 仏が光明を放つとその光は東方の仏国土を照らし,かの衆生たちの様相はこ の娑婆世界の衆生にもはっきりと見えた.この神変(奇跡の光明:prātihāryāvabhāsa) の意味について文殊菩 は,仏が『法華経』を説く前兆である,と説明する. 化城喩品第七(第7章 過去の因縁) 過去仏である大通智勝仏が無上菩提をさとった時,十方の世界が六種に震動 し,大いなる光明が満ち れる.十方の世界の大梵天の宮殿は輝いたので,諸梵 天はこの世界に来集し,仏を供養して説法を懇請する. 見宝塔品第十一(第11章 ストゥーパの示現) 仏が光明を放つと十方の世界の無数の諸仏(化仏)は侍者と共に娑婆世界に集 まって来る.釈 仏は三度にわたり,この世界を仏国土へと浄化する.さらに聴 衆を霊鷲山から虚空に移し,新たな仏が開示される舞台が整う. 如来神力品第二十一(第20章 如来の神通力の発現:tathāgatarddhyabhisaṃskāra) 仏が『法華経』を付嘱するに際し,神力を発揮する.「仏が舌根から多数の光 明(raśmi)を放つと,そこから菩 が出現し,あらゆる世界で法を説く.他方世 界の諸仏も同様な奇跡を実行する.十方の仏国土は激しく振動する.すべての世 界の衆生は,「娑婆世界では釈 仏が『サッダルマプンダリーカ』という法門を 説示している.如来を供養礼拝しなさい」という空中の声を聞く.彼らは「釈 牟尼如来を礼拝します」と言い,花・薫香等をこの娑婆世界に投げ散じた.それ らの供養の品々は娑婆世界と諸世界に広がり,如来の上空で巨大な花の天蓋 (mahāpuṣpavitānam)となった」以上が,釈 仏が発揮した奇跡(神変)の概要であ る.釈 仏はすでに「如来寿量品」において,自らが常住の仏であるということ をことばで開示した.本品では仏の偉大性が,ことばではなく身体から発現され る神変によって十方のすべての仏国土に普く示される.また,釈 仏はこの直後

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に『法華経』の流通を菩 に委嘱するわけであるから,本品の神変は『法華経』 の構成上,付嘱の意義を強調する意味を持つことになる. なお,巻末の六品では菩 の神変が説かれている12) 4. 「大品般若」冒頭の神変 梵本『二万五千頌般若』の系統は「放光系」と も称される13).以下「大品般若」と略称する14).「大品般若」の序品(羅什訳『摩 訶般若波羅蜜経』の名称)では,会衆が列挙された後,仏が光を放つなどの神力を 示現し,衆生を救う仏の能力が詳細に記述されている.このような神変は「小品 般若」には無く,「大品般若」に顕著な特徴である.これは四段階に区分できる. [第一段]15) 仏が発する様々な光(四種類)に触れるだけで衆生は無上菩提へ到達できる. ⑴ 仏世尊は三昧王三昧より起き,足裏の千輻輪相から肉髻にいたる身体の各 部分から無数の光を放つ.この大光明は三千大千世界と十方の世界を照ら す.この放光(raśmyavabhāsa)に触れた衆生は必ず無上正等覚を得る. ⑵ 仏の毛穴から流れ出る無数の光で諸世界を照らし,衆生は必ず無上正等覚 を得る. ⑶ 仏は仏に本来そなわっている光(prakṛtiprabhāsa)で諸世界を照らし,衆生は 必ず無上正等覚を得る. ⑷ 舌根で三千大千世界を覆い,光明を放ち,その光から金色に輝く千葉の蓮 華が生じる,その上に結跏趺坐する諸の化仏(buddhavigraha)は六波羅蜜を 説き,それを聞いた衆生はすべて無上正等覚を得る. [第二段]16) 引き続き仏は師子遊戯三昧に入り,神通力(ṛddhyabhisaṃskāra)を行使した. 三千大千世界は六種に震動し,悪しき境遇の者たちは天上に生まれ,歓喜して仏 のいる所に来詣した.身体障碍者たちはそれぞれ機能を回復し,困窮状態は改善 し,人々は幸福な心で満たされた.ここでは仏はあらゆる衆生に現世利益を与 え,恩恵を施す存在であることが説明されている. [第三段]17) 仏は光明・威光・吉祥によって三千大千世界を越え,十方の無数の世界を圧倒 した.諸天も人間も種々の華・香料・衣・蓮花等を仏に散じ,その供養の品々は 仏の神力(adhiṣṭhāna)によって空中で世界の大きさに等しい一つの楼閣(kūṭāgara. 大台,花台)となった.そこから垂れ下がっている天花の瓔珞は世界を荘厳し, その金色によって仏の光明が恒河沙数の世界を照らした.仏の微笑の光明によっ

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て,三千大千世界の衆生は十方の恒河沙数の世界の衆生を目の当たりにし,また 十方の恒河沙数の世界の衆生もこちらの世界の衆生を見た. こうした状況は『法華経』の「如来神力品」においても描写されていた「相互 照見」である.ここに至るまで,般若波羅蜜という言葉は全く出ていない. [第四段]18) このような神変が何を意味するのかは,他方世界の諸仏と菩 の会話によって 明かされる.「東方の恒河沙数の世界を過ぎた多宝という仏国に,宝積という仏 がいて菩 たちに般若波羅蜜を説いている.その国の普明菩 は光明や釈 仏を 見て,宝積仏にその理由を質問する.すると宝積仏は「ここから西方の娑婆世界 の釈 牟尼が,まさにこれから般若波羅蜜を説こうとしている.これはその神力 なのだ」と答える.普明菩 は宝積仏から金色連花を受けとり,人々と共に娑婆 世界の仏の所に来詣し,釈 仏に金色連花を供養する.仏はそれを東方の諸世界 に散じる.すると諸菩 が生じ,その教えを聞いた人々は必ず無上菩提にいた る.」この東方についての経文に続いて,西,南,北,下,上方の各世界の国土 名,仏名,菩 名が挙げられる19).これによって一切の他方世界とこの娑婆世 界の仏との関係性が確立されたことになる. このように詳しく描写される四段階の神変により,この場にすべての人々が集 まると,仏は初めて言葉を発し,舎利弗に「菩 摩訶 は般若波羅蜜を修学すべ し」と説きはじめる.以上の神変を『法華経』と比較してみよう. [第一段]⑴・⑵・⑶ のような仏の光明の力で衆生は無条件に無上菩提を得る という経文は『法華経』にはない.⑷の光明から生じた化仏の説法は『法華経』 「如来神力品」に同趣旨の記述が見られるが,抑制的である. [第二段]仏の神力によって世界が六種に震動し,一切の衆生に広範な現世利 益がもたらされる.『法華経』には神力と現世利益を直接関係させる経文はない. [第三段]仏の神力は他方の諸世界にまで到達し,他方世界からの供養の品々 は空中で楼閣となる.『法華経』「如来神力品」にも同じような過程で出現する天 蓋の描写が見られるが,こちらの方が詳細・華麗である. [第四段]他方世界の仏によって,釈 仏の神変の意味,すなわち般若波羅蜜 がこれから説示される前兆であると,明かされる.『法華経』では「序品」の光 明が『法華経』の説かれはじめる前兆となっている.また他方の諸世界から菩 たちが来て,釈 仏の会衆となるという進行は,『法華経』「見宝塔品」の仏の神 力の描写や「妙音品」における妙音菩 の本国と娑婆世界の往来というような経

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文を十方世界全体に組織的に拡大したものと言える. 『法華経』において教説の展開に応じて配置されている神力の描写は,「大品般 若」冒頭において新たな要素を加えて強化され,仏の超越性を顕示するものへと 変容している. 5. まとめ 「小品般若」における仏の神力は,発言者のことばが仏説であるこ とを保証するものであって,仏の外面的な偉大性を示すものではない.『法華経』 の場合,神力・神変は経典の進行に応じて配置されている.「如来寿量品」で開 示される常住の仏は,「如来神力品」ですべての衆生に見える形で神力を発揮す る.「大品般若」の序品は仏の神変を集約して説き,それによって等正覚や救済 が保証されるだけではなく,神変が他方世界の菩 衆生にも波及し,娑婆世界の 仏の偉大性を感得させているように構成されている.この「小品」から「大品」 への飛躍・発展を考えると,『法華経』が「小品般若」を知っていたのと同様に, 「大品般若」の編纂者は『法華経』の神力・神変の所説を十分に承知していたこ とが推察される20).そこには「小品般若」以降に登場した『法華経』の仏を凌駕 するような新たな仏のイメージを提示し,仏説としての意義を強化しようとする 意図が読み取れる. 1)梶山 1995.本論文は梶山 2012に収録されている.以下ではこれを用いる. 2)梵蔵漢構造対照表は『般若経大全』200–203参照. 3)W27, 27–28, 3. ここで[ ]を付した句は,梵本(W)にはあるが,施護訳より古い漢 訳と旧い伝承を保持するチベット語訳にはない: 庄司 2016 39; § 1.3.施護訳(大正8, 587a)には「為以仏威神及加持力」とあり,adhiṣṭhāna(加持力)の訳語が見られる. 4)W28,23–26. ここでは仏の神力(anubhāva)が如来のpuruṣakāra(偉大な行為)と言い換 えられている.『道行般若』では共に威神(Karashima 2011, 2–3〕,チベット語訳も共に mthu(庄司 201639; § 1.4)である. anubhāvaは「仏が衆生に与えて受け止めさせる力, puruṣakāraは「仏の偉大で英雄的な行為」という意味合いであろう. 5)梶山・丹治 1975,8. 6)Kimura 2007, 109, 25–27. なお注3で指摘した句はここにもない. 7)W130,1–3. 梶山 1974,50頁. 8)W131,2–3. Karashima 2013, 39,注306.なお『二万五千頌』の対応箇所では,buddhatejasā が欠けている,Kimura 1986, 2,11. 9)Kimura 1986, 1,10–2,1. 『大品般若』問住品(天王品)第27(大正8,273b15以下). 10)梶山・丹治 1975,291頁以下.この箇所の梵本(Wogihara 1973)には欠落がある. Karashima 2011, 445,注57は東京大学の写本によって補っている. 11)本稿では言及できなかったが,石田 1997の研究が重要である. 12)岡田 2017参照:『法華経』第24章の副題は「観世音の神変(vikurvaṇa)の説示」であ る.また普賢菩 (第26章)について「不可思議な神力・奇跡と共に娑婆世界に到着し た」と描写される.

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13)梵蔵漢構造対照表は『般若経大全』204–211参照. 14)今回は次の資料を用いた: ①西晋竺法護訳『光讃経』10巻(部分訳),286年 ②西晋無羅 訳『放光般若経』20巻,291年 ③後秦鳩摩羅什訳『摩訶般若波羅蜜経(大品般若経)』27巻,404年 ④唐玄奘訳『大般若波羅蜜多経』第2会78巻,660–663年 ⑤『二万五千頌般若』木村高尉校訂(全6分冊):Kimura 2007. 15)Kimura 2007 2,12–3,30. 『光讃』大正8, 147b9–c12. 『放光』大正8, 1b7–28. 『摩訶般若』大 正8, 217b8–c5. 『大般若』大正7, 1c14–2a15. 16)Kimura 2007 4,1–5,19. 『光讃』大正8, 147c12–148a4. 『放光』大正8, 1b28–c14. 『摩訶般若』 大正8, 217c5–c23. 『大般若』大正7, 2a16–b15.

17)Kimura 2007 5,20–7,2. 『光讃』大正8, 148a4–26. 『放光』大正8, 1c15–2a4. 『摩訶般若』大 正8, 217c23–218a16. 『大般若』大正7, 2b16–c8.

18)Kimura 2007 7,3–27,22. 『光讃』大正8, 148a27–149a2. 『放光』大正8, 2a4–b22. 『摩訶般若』 大正8, 218a16–c9. 『大般若』大正7, 2c9–7a8. 19)『光讃』・『放光』・『摩訶般若』では繰り返しはほぼ省略される.玄奘訳『大般若』と梵 本ではこれに東北・東南・西南・西北方が加わり,全く同趣旨の記述が略されず,反復 される. 20)「小品般若」から『法華経』への影響については,岡田 2015,908–907参照.「大品般 若」の成立年代は「小品般若」より約50–70年遅れ(『般若経大全』,39頁)であると見 られている.これは『法華経』の成立年代にほぼ等しい. 〈略号〉 W: see Wogihara 1973.   『般若経大全』: 小峰彌彦・勝崎裕彦・渡辺章悟編 2015『般若 経大全』春秋社.   「大品般若」: 注14参照. 〈参考文献〉 石田智宏 1997「法華経の神変覚え書き―光明と化仏―」『桂林学叢』16: 1–22.   岡 田行弘 2015「 八千頌般若 と『法華経』の共通性―構想・教説の展開・物語をめぐっ て―」『印仏研』63(2): 907–914.   ― 2017「 法華経 における神力・神変の諸 相」『大崎学報』173: 1–18.   梶山雄一 1974『大乗仏典2 八千頌般若経Ⅰ』中央公論 社.   ― 1995「神変」『佛教大学総合研究所紀要』2: 1–37.   ― 2012「第 10章神変」吹田隆道編『神変と仏陀観・宇宙論』梶山雄一著作集第3巻,春秋社,237– 285.    梶 山 雄 一・ 丹 治 昭 義 1975『大 乗 仏 典3  八 千 頌 般 若 経 Ⅱ』 中 央 公 論 社.   

Karashima, Seishi, ed. 2011. A Critical Edition of Lokakṣema s Translation of the Aṣṭasāhasrikā Prajñāpāramitā. Tokyo: International Research Institute for Advanced Buddhology.   Kimura, Takayasu, ed. 2007. Pañcaviṃśatisāhasrikā Prajñāpāramitā. I (1). Tokyo: Sankibō Busshorin.    ―, ed. 1986. Pañcaviṃśatisāhasrikā Prajñāpāramitā. II–III.Tokyo: Sankibō Busshorin.   庄 司史生 2016『ロンドン写本カンギュル所収チベット語訳『八千頌般若』の研究』山喜房仏

書林.   Wogihara, Unrai, ed. 1973. Abhisamayalaṃkārālokā Prajñāpāramitāvyākhyā: The Work of Haribhadra. Tokyo: Sankibō Busshorin.

〈キーワード〉『法華経』,「小品般若」,「大品般若」,神変,神力

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