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Vol.66 , No.2(2018)069Labugama Narada「スリランカのダンバデニヤ時代のシンハラ語文献に見られる菩薩」

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Academic year: 2021

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(1)

印度學佛敎學硏究第66巻第2号 平成30年3月 (81) ― 894 ―

スリランカのダンバデニヤ時代の

シンハラ語文献に見られる菩

Labugama

N

arada 1.

 歴史的な背景と問題の所在

従来のスリランカ仏教の研究は,主にパーリ文献を中心にされてきたが,ポロ ンナルワ時代 (1017–1235) 以降,次第に編纂されるようになったシンハラ語の仏 教文献による仏教研究は十分になされているとは言い難い.ポロンナルワ時代後 半にパラークラマ・バーフ1世(在位1153–1186)が行ったマハーヴィハーラ派と 三派の統一は,ダンバデニヤ時代(1220–1345)の新たな仏教文献編纂に強い影響 を与えた. 本稿では,「ブッダ」及び「ダルマ」を称賛する目的で著された①『ブツサラ

ナ』(Butsaraṇa, Bts) 及び②『ダハム・サラナ』(Daham saraṇa, Dhs)という2つのシ ンハラ語文献を対象とし,同時代のシンハラ語文献に見られる菩 想の特徴を関 連するパーリ文献と比較しながら考察したい. 2.

 文献の概要について

BtsDhsの両書は,文学的に高い評価を得ている散文体の文献である.Btsの 作者は,Vidyācakravartinであることが確認できるが,Dhsの作者は,不明である. Btsの構成は,481の独立した短い節からなり(Sorata [1959]),Vidyācakravartin は各節の最後で,「「私は,ブッダに帰依する」 と,ブッダに帰依すべきである」 と記し,ブッダへの帰依を促している.また,節ごとにブッダと関連する過去生 の物語の主人公についての記述を含む要点をパーリ経典やジャータカから引用, 言及し,ブッダの徳行称賛に結び付けている(Bts: 27, 20).また,経典によるパー リ語の引用も確認できる1) Dhsは,(1)「二四記別説」(2)「ジャータカ法説」(3)「法の称賛説」の三章 からなる. (1)「二四記別説」には,過去仏による記別と波羅蜜を内容とする記述が順次

(2)

(82) スリランカのダンバデニヤ時代のシンハラ語文献に見られる菩 (Narada) ― 893 ― みられ,将来,過去世物語の主人公がブッダに成ることを示し,国土,仏名など を予言する(Bts: 1–85). (2)「ジャータカ法説」では,「アパンナカ・ジャータカ」から「ヴェッサン タラ・ジャータカ」までの523のジャータカ物語を端的に紹介している.ジャー タカの数や順番は,現存するパーリ・ジャータカのそれとは異なるものの,パー リの一部のジャータカの偈頌と類似するパーリ語の偈頌の引用も確認できる2) (3)「法の称賛説」は,パーリ経典やジャータカの内容と類似する26の物語か ら成り,内,11の物語が「ヴェッサンタラ・ジャータカ」を含むジャータカ物語 である. これに対し,Dhsのジャータカの数,順番,内容は現存のパーリ・ジャータカ のそれと全く一致しない.その理由は不明である.しかし,森[1984: 192]に示 唆されるとおり,当時,別のジャータカが存在した可能性も推測できる. 3.

 菩 の志向

BtsDhsの両書には,スメーダ行者と燃燈仏との対面場面における,菩 の 志向の記述が見られる.以下に関連するパーリ文献との比較検討を行う. Bts 55節:「本日,私は,煩悩を寂滅し,阿羅漢となり,不死の涅槃を得ること ができる.しかし,それは,あたかも凍餓の苦しみで く子供たちを無視し,己 の空腹を満たすが如くである.全世界の人々が生老などあらゆる苦しみで き, 四大地獄で被害を受けるとき,私独りだけが涅槃へ到達したのであれば,[その 行為は]自らの慈悲の心に相応しくないと考え,[私は]ブッダとなり,全世界 を救済し,涅槃へ至ると決心した」(Bts: 36).これに対し,Dhsの志向の記述には,

「八集合法」(aṭṭha samodhāna dhamma)の記述も確認でき,Btsと比べ詳細である3)

上記,シンハラ語文献と類似する内容は,『ブッダヴァンサ』(Bv)のsumedha

kathā (Bv 53–58, g. 12) 及びパーリ・ジャータカ(JA)のnidāna kathā (JA I: 44–69, g. 14

にも確認できる.従って,問題のシンハラ語の文献は,これらパーリ文献から強 く影響を受けていることは明らかであるが,志向に関するBvJAの両方記述 は全く同じである為,シンハラ語文献に直接関係するのは,Bv, JAいずれである かは断定できない. 4.

 菩 行

BtsDhsの両方に現れる菩 行として,①波羅蜜(十波羅蜜および三十波羅蜜)

(3)

(83) スリランカのダンバデニヤ時代のシンハラ語文献に見られる菩 (Narada)

― 892 ―

と②五大布施(panñca mahā parityāga)という2つの行を挙げることができる.しか

し,Btsは,上記①については,十波羅蜜の名を順次挙げるのみで,各波羅蜜と 関連するジャータカを述べるだけに留まる (Bts: 36).このような記述の仕方は, 他のシンハラ語の仏教文献には見られない.また,三十波羅蜜においても「三十 波羅蜜という大海」(Bts: 36, 167)などの表現が見られるのみに留まり,パーリ文献 にあるような具体的な説明は見られない. 一方,Dhsの十波羅蜜に対する説明は詳細である.つまり,十波羅蜜とは「仏

所作法」(buddha kāraka dhamma)であり,スメーダ行者が燃燈仏から記別を受け, ブッダになることを決意し,自ら見出したものであるとして順次説明している (Dhs: 32–37).三十波羅蜜については,Btsと同様に,示唆するだけに留まり,解 釈などは見られない (Dhs: 21–22, 25). 上記②で示したとおり,両方の文献に一貫して「五大布施」の記述を確認でき る.しかしBtsの「五大布施」の説明の中では,「身体分の布施,生命の棄捨な ど五大布施を実践しながら」(Bts: 167)など一部の解釈が出てくるのみで,全体 の説明は見当たらない. 次に,上記①と②の問題について,Bvと『チャリヤーピタカ注』(CpA)におけ る波羅蜜の説について検討したい. BvCpAでは,菩 行として「十波羅蜜」と,その最上の段階として「三十 波羅蜜」が説かれており,しかも菩 行の中で「三十波羅蜜」の実践が重視され ている.Bv(59)より確認できるように,三十波羅蜜とは,波羅蜜を三段階に分 け,合計したものである.CpA(320–321)にもBvと同じ内容が確認できる.さら に,CpAでは,「初期において完成する事は波羅蜜であり,菩 地において完成 する事はさらなる波羅蜜であり,また,ブッダ地で完全に完成するのは最上の波 羅蜜である」(CpA: 320)と,三十波羅蜜の重要性を強調している. また,JA及びBvAにおける布施の波羅蜜の三段階の次の説明が,上記シンハ ラ文献の①三十波羅蜜と②五大布施に関係するものと思われる.「外部の物質的 なものを与えることは,布施の波羅蜜である.また,身体の部分を与えること は,布施のさらなる波羅蜜である.生命そのものを与えることが布施の最上の波 羅蜜である」4) 従って,これらのパーリの諸文献における波羅蜜の説が,BtsDhsに説かれ る菩 行に強く影響を与えたことは明らかであり,②「五大布施」として説明さ れ て い た の は, パ ー リ 文 献 に 確 認 で き た 布 施 の「さ ら な る 波 羅 蜜」(dāna

(4)

(84) スリランカのダンバデニヤ時代のシンハラ語文献に見られる菩 (Narada)

― 891 ―

upapāramī)と布施の「最上の波羅蜜」(dāna paramattha pāramī)の両方の内容だと考え

られる.また,「五大布施」(pañca mahā parityāga)の語は,パーリ文献には確認で

きないが,シンハラ語の文献では,布施の波羅蜜を強調する目的で「五大布施」 として言及されていると考えられる.

5.

 結論

以上のとおり,ダンバデニヤ時代の菩 をテーマとするシンハラ語文献におけ

る菩 の描かれ方についてパーリBv, JA, BvA, CpAなどの文献におけるそれと比

較検討してきた.Bvには十波羅蜜の記述が出て来るが,JA, BvA, CpAにおいては

三十波羅蜜が最上であることが確認できた.BtsDhsにおいても,菩 行とし

て十波羅蜜ではなく,三十波羅蜜を実践すべきことを強調している.従って,ダ

ンバデニヤ時代のシンハラ語文献であるBtsDhsJABvAを重視しながら

著されたことは明らかである.このことは,仏教統一以降も大寺派の伝承の下で 菩 の概念が伝承されたことを意味する.

1) Bts: 144 = Dha.A III: 316. Bts: 42 = SN.A Brahmasamaya samyutta, CS.web.

2) kodhanā akataññū ca, Takka Jātaka (63).Dhs 2: 7–88=JA I–298. dhammo have rakkhati

dhamma cārī, Mahā dhammapāla Jātaka (447).Dhs 2: 60–101=JA IV: 54.

3) i)人間であること,ii)男性であること,iii)阿羅漢になれる功徳,iv)仏との対面,

v)出家,vi)神通力,vii)仏への帰依,viii)成仏への決心.Dhs: 24. CpA: 282.JA I: 14. Bv II. 58 G: 58.

4) Bāhirakabhaṇḍapariccāgo dānapāramī nāma, aṅgapariccāgo dānaupapāramī nāma, jīvitapariccāgo dānaparamatthapāramī nāmāti dasa pāramiyo dasa upapāramiyo dasa paramatthapāramiyoti samattiṃsa pāramiyo. JA. paṭhamo bhāgo, ganthārambhaka kathā. BvA. Sumedhapatthanākathāvaṇṇanā. CS. web.

〈略 号〉 A=Aṅguttara nikāya.Dha.A=Dhammapada Aṭṭhakathā.SN.A=Saṃyutta nikāya Aṭṭhakathā.BvBuddhavaṃsa.BvA= Buddhavaṃsa aṭṭhakathā.JA=Jātakaṭṭhakathā.CpA= Cariyā piṭaka Aṭṭhakathā. 利用するパーリテキストは全てPTSによるものである.また,

CSとは,tipitaka.orgの検索に依る. 〈参考文献〉

森祖道 1984 『パーリ仏教注釈文献の研究』山喜房佛書林.

Kirama Wimalajothi, ed. 2000. Daham Saraṇa. Nugegoda: Buddhist Cultural Centre.

Welivitiye Sorata, ed. 1959. Butsaraṇa. Colombo: Samayawardhana.

〈キーワード〉 シンハラ語仏教文献,ダンバデニヤ時代,Butsarana,Daham Sarana

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