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インド洋西部小島嶼国家における多言語状況と言語政策についての考察―モーリシャス・セーシェル・コモロ連合の事例

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26 . インド洋西部小島嶼国家における多言語状況と言語政策についての考察. ―モーリシャス・セーシェル・コモロ連合の事例―. Situations et politiques multi-linguistiques aux petits pays insulaires de l’Océan Indien . :Cas de l’Ile Maurice, des Seychelles et de l’Union des Comores. 長谷川 秀樹. HASEGAWA,Hideki. マダガスカル島を中心とするインド洋西部の島嶼国は、いずれも何らかの形態でフランス. 語が使用されるフランコフォニー諸国である。これはかつてこの地域がフランスの植民地で. あったことによる。マダガスカル島東方のマスカレーニュ諸島の一つ、レユニオン、西方のコ. モロ諸島の一地域マヨットは現在もフランスであり、ともに海外県となっており、フランス語. が公用語である。. しかしながら当該地域におけるフランス語の使用状況は、フランス海外県とマダガスカル、. そして独立した小島嶼国とではかなり異なる。無論フランスからの独立により、フランスの教. 育制度から脱したため(モーリシャスとセーシェルは19世紀初頭にフランスからイギリスに. 譲渡されたことからそもそもフランスの近代教育体制にはなかった)、フランス語教育の機会. に大きな差異があったからであるが、インド洋小島嶼国がいずれも多言語社会であることも. 影響していよう。. フランコフォニーとはフランス語が何らかの形態で使用されているとはいえ、英語圏やス. ペイン語圏、アラブ世界などに比して極めて言語的多様性に富む領域であり、地域によっては. 仏語以外の言語が第一言語・日常使用言語である場合も稀ではない。. フランコフォニー空間を描写するにあたり、インド洋小島嶼国の多言語状況とフランス語. の使用状況について考察することは、 言語多様性とフランス語の普及、あるいは教育を通じ. た拡散の両立という理念に資するものである。また、この地域の小島嶼国における多言語状況. や言語政策については、セーシェルやモーリシャスの個別ケースにおいては、ショダンソンら. の先行研究事例が既に見られる。だか、これらの先行研究はクレオール語(モーリシャス・ク. レオール語ならびにセーシェル・クレオール語)の教育を通じた普及可能性に主眼が置かれ、. フランス語の教育や使用状況について主眼が置かれた訳ではない。クレオール語が主眼とい. うことであれば、モーリシャスとセーシェルの言語政策や多言語状況の比較は可能であるが、. 同じく多言語であるフランコフォニー・インド洋小島嶼国のコモロ連合は、クレオール語がな. いことから先行研究においては、比較対象にはなりえなかった。以上の点で本稿は島嶼国の多. 言語性と言語政策との関連を問う意味で新たな視点をもたらしうる独自の論点を提供するも. のである。. 27 . 地図1 本稿で取り上げるインド洋西部 3 島嶼国. 出 典 :Virginie Caze-Duvat, «Les archipels de l'ouest de l'océan Indien face à l'érosion côtière. (Mascareignes, Seychelles, Maldives)», Annales de géographie, No.644, 2005, p.343.および在コモロフ. ランス大使館ウェブサイト(コモロ諸島拡大部分、https://km.ambafrance.org/). 1 モーリシャス. 1.1 多言語・多民族・多宗教性. モーリシャスは人口 126 万人(2017 年)、面積は東京都とほぼ同じ約 2,000km2 の島嶼国. で、人口・面積の 95%以上をモーリシャス島が占める。本稿で触れる同国の多文化的状況. や言語政策についてはあくまでも、このモーリシャス島に限定してのことであり、そこから. 約 650km 東方に位置する同国の自治領にあたるロドリーグ島(人口約 5 万人、面積約. 100km2)の状況については別稿(長谷川 2020)にて論じているのでここでは触れない。. モーリシャスは 1968 年にイギリス植民地より独立した。英連邦加盟国だが、大統領を元. セーシェル. モーリシャス. コモロ連合. レユニオン島(仏). マダガスカル. コモロ諸島拡大図. 大コモロ(ンガジジャ)島. アンジュアン(ンズワニ)島. モエリ (ムワリ)島. マヨット(フランス領). 28 . 首とする共和制国家である。独立時に制定された憲法の第 49 条にて、国会にあたる「国民. 議会」の使用言語が「公用語」として英仏語と規定されており、これをもって同国を英仏二. 言語主義とみる向きもある。 . だが実際に同国に滞在すると、英語よりも仏語の使用頻度の方が高いことがわかる。英語. は国の法律や司法、行政でもっぱら使用される他、道路標識等交通機関や観光ツーリズムに. 用いられるものの、商業、広告、ビジネス、看板などでは仏語表記や口頭使用が英語よも多. くとなるからだ。31 から 33 ページにかけてのの画像は首都のポールルイ市及び南部の主. 要都市であるマエブール市で撮影したものだが、看板広告物はクレオール語や英語も混在. したものも見られるがフランス語が多いことが分かる。. しかし、日常会話になると言語状況が大きく変わる。それはモーリシャスが極めて多様な. 人種、民族、宗教で構成される社会だからである。同国の人口調査で宗教や言語別の統計が. とられたのは 1972 年のみで、これの数値が今現在のモーリシャス社会に該当するかどうか. は疑問であるが、参考までに挙げると下記のようになる。. 表 1 : モーリシャスにおける言語・宗教別人口比率(1972 年). (Mauritius Central Statistical Office, 1972 Population Census of Mauritius, vol.1, Preliminary Report,. pp.12-17 を参照し筆者作成). 上表から読み取れるモーリシャスの多文化的状況と言語の関係は、民族、あるいは民族的. 出自(origine ethnique)から見れば、 インドを中心とする南アジア各民族が 6 割程度、クレ. オール系が 3 割強、他アラブ、華僑、欧州人(フランス系白人)で、宗教についてもヒンズー. 教が多数派である。しかし、言語でみるとモーリシャス・クレオール語が国民の過半数の日. 常語として当時用いられており、推計値ではあるが 2011 年には 86.5%に達しているという. 報告(CIA Factbook)もある。上表から考察できるのが、父祖の言語よりも日常使用する言語. 父祖の使用言語(%) 本人の日常言語(%) 宗教・宗派(%). ヒンディー語 38.8 クレオール語 51.3 ヒンズー正統派 31.3. クレオール語 32.5 ヒンディー語 31.7 ローマカトリック 29.7. ウルドゥー語 8.7 フランス語 7.2 イスラムスンニ派 13.2. タミル語 6.9 タミル語 3.6 ヒンズー改革派 12.2. フランス語 4.4 ウルドゥー語 2.8 その他ヒンズー教 7.6. テルグ語 2.9 テルグ語 2.1 その他イスラム教 3.4. 中国語 2.5 マラーティ語 1.5 その他キリスト教 1.6. マラーティ語 2.0 中国語 1.1 仏教 0.6. 29 . の比率が高いのはフランス語とクレオール語のみで1、 インド系の住民の何割かはクレオー. ル語話者でもあることだ。多民族社会モーリシャスでは、インド系を中心に南アジア系各言. 語が家庭内や民族サークル内で用いられている一方、インターエスニック言語として、もと. もとはクレオール系住民の母語であったモーリシャス・クレオール語主に会話で、 メディ. アや広告・看板のような書体ではフランス語が主に使用されている。. 1.2モーリシャスにおけるクレオール語政策とフランス語教育. 1.2.1 形式的に過ぎない英語の公用語. モーリシャスの社会言語学者カルポランによると(CARPORAN 2003,2008)、教育や裁判. 所などでは独立前のモーリシャスでは法により英語の優位性が規定されてはいたものの、. これまで述べたように今も昔もモーリシャス島には英語を母語とし、あるいは日常英語を. 用いる住民は数千人程度であり、実際は仏語やクレオール語が公的な場でも用いられ、当局. も黙認してきたということである。例えば教育言語も第一には英語と規定されてはいたが、. 「抜け穴」があり、例えば英語での教育実施が困難であると学校長が判断した場合は、児童. 生徒の最大多数が用いる他の言語の使用も認める、という規定があり、実際学校現場ではこ. の規定を盾に英語以外の言語で授業が行われることが多かったとカルポランは指摘する。. 独立前は司法や行政、立法機関においても同様の「抜け穴」があったという。これが今日に. おいてもクレオール語がモーリシャス社会において口頭でもっとも広く用いられる一因と. 言えよう。言語政策的には建前上、英語を第一言語とすることを規定しながらも、実状とし. ては会話においてはクレオール語、書体においてはフランス語の使用が黙認されるという. 放任主義であったと言える。. 独立後は徐々にではあるが、クレオール語の正統化政策が取られた。カルポランは 1982. 年に制定されたモーリシャス放送法(MBS)により初めて法的にクレオール語がテレビや. ラジオの放送分野での第一言語として規定されたことを事例として挙げる。. 1 因みに英語はともに 0.3%弱にすぎず、 モーリシャスの公用語の一つであるにも関わらず、母語や日常. 語においてその重要性は極めて小さい。. 画像1 モーリシャスの 200 ルピ. ー紙幣 英語・タミル語・ヒンディ. ー語で表記されている。. (筆者撮影). 30 . モーリシャスでの現代教育において多言語性、そしてフランス語はどのように教育され. ているのか。モーリシャスの教育制度は英国やその影響を受けた豪州やインドに近いとさ. れる。公立の無料教育機関はガバメントスクールと称される。初等教育機関の 3 分の 2(318. 校中 211 校)が公立だが、 中等教育機関では半数に満たない(178 校中 69 校)2。他は宗教系. (ヒンズー、 イスラム、カトリック)や外国系(インド、フランス、中華)の私学である。. 教育に用いられる言語については、独立前の 1957 年教育令(Education Ordonnance)が現. 在も教育法として機能し、その第 43-1 条では、小学校 3 年生までは英語か、上述したよう. に学校長の判断で他の言語でも教育可能であるが、小学校 4 年生以上は英語でのみ授業を. 行うこととされている。ただしこれは、ガバメントスクールや国庫補助を受けた学校のみ. で、多くの私学はこの規制を受けていない。インド系やフランス系、アラブ系や中華系学校. は当然ながらこれらの諸国からの人的・財政的援助を得ており、これらの国々の言語が教育. に用いられている。AEFE(仏在外仏語教育庁)によると、フランス語で教育しフランスの. 教育制度に準じた初等教育機関(École) が 3 校、初等中等教育機関(Lycée)が 2 校ある3。. また、カトリック系学校(Collège と呼ばれる初等からの一貫校が 12 校、初等教育のみの学. 校が 30 校ほどある)の中にはフランス語で授業を行っている4。それ以外の私学やガバメン. トスクールでもフランス語での授業はなくとも、フランス語科目は必ず設置されている。モ. ーリシャスにおける初等教育修了証(CPE)の受験必須 5 教科の一つにフランス語が固定さ. れているからである5。. 2 Education Statistics 2018, pp.3-5, なお, 児童生徒数比では,初等教育では 65%,中等教育では 44%がガバ. メントスクールである(op cit.,) 3 AEFE, École Paul et Virginie de Tamarin のウェブサイト(https://www.ecole-pauletvirginie.com/en-. fr/school-project.php),ならびに Lycée La Bourdonnais のウェブサイト(https://www.llb.school/)を参照。. なお,「エコール」と称される機関は修学前教育課程(maternelle)も含み,「リセ」は修学前からバカロレア. 受験学年までの一貫制である。. 4 カ ト リ ッ ク教 育 機 関 は ,ロ ー マカ ト リ ッ ク のポ ー ル ル イ 大 司 教 区 に ある Bureau de l'Éducation. Catholique(BEC) の 統 制 を 受 け , カ リ キ ュ ラ ム も 統 一 さ れ て い る ( 同 大 司 教 区 ウ ェ ブ サ イ ト. https://www.dioceseportlouis.org/le-diocese/を参照)。. 5 他の 4 教科は英数理社で、これにクレオール語を含めた「東洋語」科目が選択追加評価科目として設置. 画 像 2 島 南 部 の マ エ ブ ー ル. (Mahébourg)市にあるガバメントスク. ールの壁に描かれた標語。フランス語で. 書かれている。. (筆者撮影 2018 年 12 月 14 日). 31 . モーリシャス政府は近年インバウンド観光に力を入れており、唯一の国際空港を大幅拡. 張、近代化するなど当該地域の航空路のハブ化など一定の成果を収めてもいる。だが、この. ことは直ちに英語の重視となるわけではない(モーリシャスが国際的に重視するのは自国. 民の父祖たるインドや中国であって、いきおいそれは中国語やヒンディー語の重視となる). むしろ中国語やヒンディー語などの。英語の普及・流通はモーリシャス国内・島内でもムラ. があり、首都ポールルイ南郊に造られたサイバーシティ6では英語のビジネス使用が推奨さ. れているものの、他地域ではあまり見られない。. 特に南部の小都市マエブール(Mahébourg)は、18 世紀当時の宗主国フランスにより建. 造された都市であり、フランス植民地都市特有の碁盤目構造を持つ。1810 年にイギリスと. の海戦に敗北したことによりフランスはモーリシャス(仏領時代は「フランス島」と呼ばれ. た)をイギリスに譲渡するが、それまでマエブールは現在の首都ポールルイが本格的に都市. 建造されるまでフランスによる植民政策の拠点であった。当時のフランス総督府の建造物. は現在もマエブール博物館として保存され、当時のフランス植民地様式の建造物をうかが. うことできる。2010 年には 200 年前の海戦(マエブール沖で英仏が交戦した)を記念して. フランスの首脳がマエブールを訪問し、記念碑が造られるなどフランスとの結びつきも強. く、こうしたことからも市内の公共表示はフランス語がほとんどで、時々クレオール語を見. かける程度7で、英語においてはほとんど目にすることがない。. されている。. 6 もともとはエベーヌ(Ebène)というフランス語で呼ばれるサトウキビ畑の農村であった。2001 年にア. ジアとアフリカの結節点と多国籍情報技術企業の誘致を目指して造成された工業地区 7 市中心部はフランス語、博物館のある郊外はインド系住民が多いからかクレオール語表記が多い(2018. 年 12 月 3~4 日の現地調査による)。. 画像3 メインストリートにある写真屋の看板。「富士フイルム」すぐ下の. 一行は英語だが、ほとんどがフランス語で取扱商品の説明. 画像4 化粧品店の手書き看板。フランス語のみで表記されている。. 32 . 画像 5 街路表記もフランス語のみである。. 画像 6 家具屋の広告看板。一番上の VEER FURNITURE は. 英語だが、それ以外はフランス語のみ。ただし、DISCOUNT. や SOFA などの英単語が混じっている(discount はフランス. の仏語で rabais、sofa は canapé である). 画像 7-8 パン屋もフランス語のみの表記。. フランスパンの工房・店舗である(画像下)。. イタリア・モーリシャス料理レストラン(画. 像右下)も仏語のみ。MINE とは「焼きそば」. で中国語の麺(mien)が語源とされる。. 画像 9 英語と仏語が混じる広告。. 左側の美容エステ広告は仏語のみ。. 右側のキウイフルーツの広告は英. 語とフランス語が混じる(二言語併. 記ではない)。. 33 . 画像 11-12(上) 幼稚園・託児所も「テディベア」という園名を除けば仏語だけの表記である。. 画像 13-14(下) 手書き表記もフランス語が多い(左:「貼り紙しないでください」、右はレス. トランのメニュー). 注)以上画像のすべては筆者撮影、画像1を除きマエブール市内。2018 年 12 月 4~5日. 1.2.2政府によるクレオール語政策とその実態 . モーリシャス国民の日常語として最も用いられるのは、クレオール語であるが、この言語. は同国に限らず、本稿で取り上げるインド洋地域ではセーシェル及びフランス海外県のレ. ユニオン、さらに大西洋では西アフリカ沖の小島嶼国カボベルデ、カリブ海ではハイチやア. ンティル諸島の幾つか、南米ギアナでも用いられている。だが、同一言語ではなく、フラン. 画像 10 マエブール港公園の大型広告 . 広場・バスターミナルで撮影したも. ので、英仏クレオール語が混在して. いる。. 34 . ス語やポルトガル語から語彙を共有しつつも、独自の文法や統語を持つ言語で、ピジンやリ. ンガフランカと異なるのは、クレオール語は母語・日常語であり、家庭内で用いられている、. という点である。モーリシャスではモーリシャス・クレオール語とロドリーグ島のロドリー. グ・クレオール語があり、ともにフランス語から派生したものとされるが、両クレオール言. 語には差異(語彙自体や話す際のピッチなど8)が見られる。. モーリシャス政府は近年、クレオール語の実用拡大に向けた政策を講じている。具体的に. は教育省の下部組織として「モーリシャス共和国クレオールアカデミーAKRM(Akademi. Kreol Repiblik Moris)」を 2019 年に新設し、クレオール語教育拡充や教育外での社会的実. 用の拡大を目標とした言語調査・整備、図書や映像音響作品のクレオール語訳書・作品の出. 版・制作支援事業に乗り出している。. ただ、モーリシャス文化人の一部が主張するようなモーリシャス・クレオール語の公用語. 化の動きは見られない。これにはいくつかの理由が考察される。既に形式的に公用語となっ. ている英語が社会的に実用されているとは言い難い状況から、逆にモーリシャス社会での. 日常会話語として広く定着している言語をわざわざ公用語化する必要性を感じないこと。. またこれに関してであるが、いわゆる消滅危機言語にはなく、法的保護の必要性がないこ. と、クレオール語を公用語化しようとすると、それはモーリシャス・クレオール語だけなの. か、あるいはロドリーグ・クレオール語を含む公用語なのかという厳密な言語定義の問題が. 生じ、手続きを誤るとロドリーグ島からの自治主義的反発を招きかねない危険性がある。. . モーリシャスの状況をまとめるならば、同島はクレオール語を共有基盤とし、フランス. 語、インド系、アラブ系、中華系の諸言語が家庭内や近隣社会で流通する多言語社会と規定. できる。英植民地であったという歴史と国際的地位の上昇を目的に英語が公用語となって. いるものの、公共表示上や形式的な使用は見られるものの、その頻度はフランス語には及ば. ない、クレオール語自体フランス語系言語ともみなせる一方で、日常会話はクレオール語、. やや形式ばった場面においてフランス語が使用され、クレオール語の活字化・表記化、教育. の動きは今後高まるものの、この傾向は今後も大きく変わらないものと結論される。. 2 セーシェル. 2.1 セーシェルの多言語性について. セーシェルはマダガスカル北端から北東 1,200km、モーリシャス島から北に 1,800km に位. 置するセーシェル諸島(内群島)およびデロッシュ島、コエティヴィ島などの外群島からな. る島嶼国で、100 を超える島嶼のうち、首都ヴィクトリア市のあるマエー島にほとんどの人. 8 2018 年 12 月 14 日、ロドリーグ島民からの聞き取りによる。. 35 . 口が集中する。面積がモーリシャスの 4 分の 1、人口は 1 割にも満たない極小島嶼国であ. る。. セーシェルもモーリシャス同様、長らく定住者のいない無人島群で、18 世紀半ばに仏領と. なり、モーリシャスの属地とされたことで、1814 年にモーリシャスとともに英領に割譲さ. れた。独立はモーリシャスから遅れること 8 年後の 1976 年である。モーリシャス同様に英. 国に割譲時、それまで居住していたフランス系入植者と奴隷(アフリカ系およびインド系). はそのまま定住が許され、後に商人や役人として来島するイギリス系との共存が続いた。奴. 隷制廃止に伴いセーシェルにも農作業に従事するインド、アラブ、中華、アフリカ系季節労. 働者が移住し、そのうちセーシェルに定住する者も見られたが、セーシェル諸島は狭小かつ. 急峻な地形であることから砂糖キビ栽培はモーリシャスほど盛んではなく、移民人口はか. なり少ない。2012 年の人口調査では、クレオール(Seychellois Créole)の回答者が 93%を占. め、第 2 グループのイギリス系は 3%にとどまることからも、民族・宗教的にはモーリシャ. スよりも均質的であると言える。セーシェルは多島嶼国だが後述するコモロのような島嶼. 間住民対立もなく、島嶼間の民族的差異も現地調査時(2018 年 12 月)には見られなかった。. 一方で、セーシェル共和国憲法では、その第 4 条で国語(langues nationales)をクレオール. 語、英語ならびにフランス語、と規定している。国語の規定をもってこの 3 言語が「公用. 語」であるかは不詳であるが、第 2 項にて国民がどの言語を話すかという選択権が認めら. れていることが規定され、すなわち 3 言語は全く対等の多言語主義が謳われていると考察. される(市民が 3 言語運用能力を有することは義務でない)。これだけの説明ならばカナダ. などの二言語主義と大きく変わらないが。大きく違うのは、行政・公的サービス提供者側. (つまり公務員)に多言語能力を有する義務がカナダ等多言語主義を標榜する国には認め. られるが、セーシェルにはその義務がないという点だ。これは、英領時代セーシェルの公的. 機関では英語のみが事実上単一公用語として使用されていた経緯による。. モーリシャスとは異なり、セーシェルでは憲法規定にも関わらず、公的機関でのやり取り. や文書においては圧倒的に英語が使用され続けている。ただし、住民の日常会話は圧倒的に. クレオール語となる。フランス語は文学・文芸やセーシェルの地名、一部の国民の姓や名に. 画像 15 セーシェル紙幣(500 ルピー). 英語で大きく書かれているが、クレオー. ル語・仏語でも表記されている。硬貨も大. きく書かれているのは英語だが、クレオ. ール語・仏語でも書かれている。通貨は 3. 言語主義が採られている。(筆者撮影). 36 . 使用されている(モーリシャス・クレオール住民はインド系の姓や名をもつ者が多い)。. 画像 16 「私有地立ち入り禁止」のクレ. オール語での手書き表示(セーシェル・マ. エ島西部のグランダンスで筆者撮影。. 2018 年 12 月 8 日)。手書き表示はクレオ. ール語だけのものが多い。. 画像 17 公営バス内部の注意表示。一番上のみが英語。バスの. ロゴマークから下の注意はすべてクレオール語で表記されてい. る。なお、バス車両はほぼすべてがインドのタタ製(なお、モー. リシャスの公営バスはすべて日本の日野か扶桑製、2018 年 12 月. 8 日。ヴィクトリアバスターミナルで筆者撮影)。. 画像 18 国立施設は 3 言語表. 記が多い。セーシェル国立公文. 書館(上からクレオール語、英. 語、仏語、2018 年 12 月 8 日、. ヴィクトリアで筆者撮影。). 画像 19(左下) カトリック教会の扉に貼られたミサの時間の説明。. クレオール語で表記されているが、語彙の多くはフランス語に同じ。. セーシェルは、首都ヴィクトリアにはイスラム、ヒンズー、仏教寺院. も見られるが、カトリックが多数派宗教である(2018 年 12 月 8 日、. ヴィクトリアで筆者撮影)。. 画像 20(右上) 教会ではないが街中にある宗教関連の店舗の看板。カトリック関連団体。. これもクレオール語のみの表記。クレオール語最初の印刷物は聖書であることが関係してい. るのだろうか?(同日、ヴィクトリアで筆者撮影). 37 . 2-2 セーシェルのクレオール語政策とフランス語教育. しかし近年になり、セーシェルはクレオール語重視政策をとるようになる。セーシェルは. 画像 21 商業・ビジネス関係はクレオー. ル語表記が減り、英語、仏語、もしくは両. 方の言語での表記が増える。左画像はクラ. フトショップ。店名が仏語、商品が英語で. 表示されている。. (2018 年 12 月 8 日 筆者撮影). 画像 22 観光案内は英語のみ、あるいはド. イツ語や中国語を含めた多言語表記とな. る。セーシェルは新婚旅行の訪問滞在先と. して一部の国からの観光訪問者が多い。た. だし植物園守衛や中のカフェ店員との会話. はフランス語での方が円滑だった。. (同日、筆者撮影). 画像 23 首都ヴィクトリアは英女王の名に. ちなむが、他の島内の地名はほぼフランス. 語、カトリックに因む名称も多い。国名のセ. ーシェルもフランス人の苗字、島名のマエ. (Mahé)も、18 世紀フランス植民地時代の. 東インド会社海軍士官の苗字である。. (同日、筆者撮影). 画像 24 冷凍肉. セーシェルは魚介類を除き、ほとんどの食料. 品を輸入(インドおよび南アフリカが主たる. 輸入国)に頼る。肉類は冷凍品か塩漬け肉。. 生鮮品は魚介類を除きほとんどない。イン. ド、南アフリカとの関係ははセーシェルには. 極めて重要であり、こうした状況からも公式. にはフランス語よりは英語が多用される. (同日、筆者撮影)。. 38 . クレオール語を世界最初に公用語とした国であることを自負している9。クレオール語が公. 用語に定められるのは 1979 年憲法であり、第一国語として教育への導入が図られるのが. 1982 年である。セーシェルのクレオール語(Créole seychellois, Kreol seselwa)もモーリシ. ャス・クレオール語に同じく語彙ベースはフランス語である。セーシェルは独立時よりクレ. オール語の文字化・正書法化を模索し、1981 年クレオール語研究組織であるセーシェル・. クレオール研究院(Institut créole seychellois, Lenstiti kreol seselwa)を設立し、クレオール. 語での教育や教授法研究に力を入れる(CANOVA 2006)。1982 年からクレオール語での学. 校教育が導入され、25 年が経過した 2007 年時点で、初等教育における時間数比で低学年. (1-2 年生)の 72%を占めるに至った。しかし、中学年(3-4 年生)では 50%、高学年(5-. 6 年)では 37.5%にとどまり、英語での教育がまだまだ圧倒的である(HOARAU 2007)。中. 等教育ではまだクレオール語での教育は導入されずにいる。. 日常の会話においてほとんどがクレオール語であるにもかかわらず、教育現場において. クレオール語の使用がそれほど進まないのは、この言語での教員養成制度や特に科学技術. 用語の制定が定まっていないことが理由として考えられる。独立直後は同国内の学校はす. べて英語で行われていたが、1978 年からは文系科目を仏語で、理系科目を英語で教育する. 方法に切り替えた。この切り替えはもともと文系科目が仏語でなくクレオール語で教育す. ることを政府は意図していたようだが、書記法も教材もないことが理由でやむなくフラン. ス語となった経緯がある。上の状況から近年では再びフランス語での教育と、フランス語と. クレオール語の相互理解能力の向上に力を入れている。. 一方で、クレオール研究院は徐々に権限が加えられ、当初は教育分野に限られていた事業. が行政・公共機関や文化芸術分野に広げられる。同国国会での議事録、法案・法令、行政文. 書のクレオール語速記者の育成や翻訳事業10、三言語での公共表示作成、クレオール語での. 芸術活動支援、クレオール語翻訳・出版助成などにも及ぶようになり、2014 年からは国際. クレオール研究院(L’institut Créole International, Lenstiti Kreol Enternasyonal)という近. 隣のクレオール語圏(仏領レユニオン、モーリシャス)やカリブ・クレオール圏(仏領グァ. ドルップ、マルティニック、ギアナ及び「パトワ」語使用圏11)との文化・教育・芸術分野. 9 クレオール語が使用されている国は他にモーリシャスとハイチがあるが、モーリシャスはクレオール語. については同国憲法上の規定はなく、ハイチは憲法でクレオール語がフランス語とともに公用語であるこ. とを規定するのは 1987 年である。. 10 同国の国会での議事は、公用語である三言語のいずれでも可能であるが、当初は英語がほとんどであっ. た。近年クレオール語での発言も目立つようになったが、同語での速記者がいなかったため、クレオール. 語の審議をわざわざ英訳する状況であった。 11 パトワ(patwa)とはもともと「俚言(patois)」を意味するフランス語で、仏革命時、明晰・科学・理性. の言語と称揚されたフランス語に対峙するフランス語以外のすべての言語・方言を侮蔑的に総称する表現. 39 . での連携・交流を図ろうとしている。 . 3 コモロ連合. 3-1:不安定な多島国家. コモロ連合は、アフリカ大陸と世界第 3 位の面積を持つ島マダガスカル(マダガスカル. 共和国)との間にあるモザンビーク海峡にあるコモロ諸島からなる島嶼国である。コモロ諸. 島は主に 4 有人島からなり、西から大コモロ島12(仏名 Grande Comore,スワヒリ語Ngazidja)、. モヘリ島(仏名 Mohéli, コモロ語 Mwali)、アンジュアン島(仏名 Anjouan, コモロ語. Ndzuwani)、マヨット諸島13(仏名 Mayotte-Grande Terre, シマオレ語 Maoré)である。こ. のうちマヨットはフランスが実効支配し、コモロ連合が 1975 年の独立時から自国領である. ことを主張し、両国の係争地域となっている。. 一方、他の 3 島嶼間関係も緊張関係にある。この緊張の直接の原因は、コモロ連合の首都. が西端の大コモロ島のモロニに置かれていることである。アンジュアンおよびモヘリ両島. 民が大コモロ島に首都が置かれていることに反発し、時にそれは連合の解消やクーデター. にも発展し、同国はたびたび政変、体制や国名を変更しているという不安定な状態にある。. だが、連合内島嶼間の対立は、各島嶼間のエスニック紛争(民族、言語、宗教的差異)に. よるものではなく、あくまでも大コモロによる支配統治、経済的利権の同島の独占に対する. 他島からの怨嗟、という政治経済的要因であると考察される。実際、民族・宗教的な 3 島嶼. 間の差異はさほど大きくない。だが、3 島嶼間の交通運輸は極めて乏しく、相互コミュニケ. ーションが盛んであるとはいいがたい14。. 3-2 :五言語国家の多言語状況. コモロの島嶼間対立・緊張は言語・民族的差異から来るものではないようだが、コモロの. であった。よって、当時の仏植民地においても標準フランス語以外の言語はこのように呼ばれていた。カ. リブ海アンティル諸島、特に漁民や行商人に「パトワ」は今でも日常的に使用されている。特に仏海外県. の挟まれた小島嶼国セントルシア、ドミニカ国の現地語を指す。今日では「パトワ」はセントルシア・ク. レオール、ドミニカ・クレオール(ともに kwéyòl)と呼ばれる。. 12 単に「コモロ(本)島」や仏語表記に近い「グランドコモール島」、英語に近い「グランドコモロ島」と. 表記されることもある。. 13 日本語では「マヨット島」とあたかも単独島嶼であるかのように表記されることがあるが、これは不正. 確である。この和名の由来と言えるフランス語の Mayotte とは単独島嶼ではなく、Grande Terre(大島). という最大の島嶼とそれに近接するもう一つの有人島嶼 Petite Terre(小島、現地語では Pamandzi)、さら. に両島嶼の周囲に数十ある無人島嶼群の総称としての地域名である。 14 2018 年 12 月現地調査(グランドコモロ島モロニ北郊)で宿泊業を営む住民(中年女性がオーナーであ. る)にインタビューしたところ、家族(子弟)は長期間出稼ぎに行くが、同国内の他島に行く者はほとん. どなく、むしろフランスを中心とする欧州仏語圏に出ていくケースが目立つという。. 40 . 言語およびその使用状況は、前述の 2 島嶼国家よりさらに複雑なものとなっている。前述 2. 島嶼国は長らく無人島で「先住民」と呼べるエスニック集団が存在しない一方で、19 世紀. 以降の移民労働受け入れにより多種多様な宗教・民族が混在する社会であるのに対し、コモ. ロは 3 島いずれも以前から先住民とも言えるアフリカ系とマダガスカル系住民が混在して. 来た一方、移民労働者受け入れの歴史もなく、イスラム教徒が 98%(BONIFACE,2015 :211). と単一宗教社会でもあり、前 2 国とかなり対照的な社会状況と言えよう。. コモロ連合の公用語はコモロ語、フランス語、アラビア語の 3 言語である。このうち、フ. ランス語とアラビア語は、看板や街路表示その他公共表記でよく目にするため、使用頻度が. 高いと考察される。ただし、アラビア語はモスクなど宗教に関する施設、一部の雑貨商・飲. 食店などの手書きで表記されるケースがほとんどで(画像参照)、政府や公共機関での表示. はフランス語のみのところがほとんどである。. . 画像 27-32 コモロ(大コモロ島)での言語使用状況. (モロニ北郊で筆者撮影 2018.11.29)(モロニ中心部で筆者撮影 2018.11.28). 画像 25-26 :コーラン学校で使用される教材. 仏植民地時代は公教育がなかったため、イスラ. ム指導者宅でのコーラン学校のみが運営され. ていた。数十年前までは教本は紙ではなく木板. に手書きでアラビア語を書いたものを使用し. ていたが、近年は印刷本が使用されている。い. ずれも児童向けのアラビア語で書かれている。. (2018 年 11 月 27 日、マヨット県立博物館所. 蔵品。筆者撮影). 41 . 商業表示や公共広告はフランス語のみがほとんど(いずれも筆者撮影、モロニ市内 2018.11.27. ~29). 3-2-1 :コモロ語. コモロ語はアフリカを拠点とするニジェール・コンゴ語族バントゥー系言語の一つであ. り、次に述べるマダガスカル語よりは、スワヒリ語に近い。主にコモロ諸島 4 島の会話で用. いられる。コモロ語はフランス語で comorien、コモロ語自身では「シマスィワ(shimasiwa)」. もしくは「シコモリ(shikomori)」と称されるが、前者は「島々の言葉」という意味で後者が. 「コモロ(諸島)の言葉」という意味で若干違いがあるが15、これらは大コモロ島の「シン. ガジジャ(shingazidja)」、モヘリ島の「シムワリ(shimwali)」、アンジュアン島の「シンズワ. ニ(shindzuwani)」、マヨットの「シマオレ(shimaore)」という 4 言語(変種)の総称であ. る16。1985 年以降、同国の公用語に指定されているが、もっぱらその使用は会話・口語によ. るもので、スワヒリ語参照したラテン文字による統一的な書記法が独立直後から提唱され. 15 コモロ語で「シ(shi)」が「言葉」を、「マスィワ(masiwa)」が「群島・列島」を、「コモリ(komori)」. が「コモロ諸島」を意味する。. 16 先行研究によると、コモロ語は音素や非完了形動詞形態の面で東部群(groupe oriental)と西部群(groupe. occidental)に分けることができ、東部群にシンズワニとシマオレ、西部群にシンガジジャとシムワレが含. まれるとされる(CHAMANGA et GUEUNIER 1977, ROMBI et PIERRE 1982, WALDBURGER 2013:262)。. さ ら に 国 立 - 東 洋 語 文 化 学 院 ( INALCO ) の 「 コ モ ロ 語 」 に 関 す る ウ ェ ブ ( http://www.inalco.fr/. langue/comorien)も参照。. 42 . ているものの余り普及しているとは言えず、書体・文語については街中でわずかに散見され. る程度で、政府による公文書はほとんどがフランス語のみでの表記となっている。. 画像 33-36 コモロ首都モロニ市内(近郊含む)のコモロ語表示. 3-2-2 :スワヒリ語. 公用語以外でコモロ社会と関連する言語は、スワヒリ語とマダガスカル語である。スワヒ. リ語は東部アフリカ沿岸で多用されるバントゥー系言語である。現在のタンザニア沿岸を. 基盤とする東アフリカの共通言語とされるが、その要因となったのがアフリカ東海岸にお. けるイスラム教とアラビア語の普及、さらにこれを基盤とした交易・通商である。このため. 同じバントゥー系言語であるスワヒリ語とコモロ語は近い関係にあり、両言語での疎通は. 可能であるため、各島嶼間の交流において、各島のコモロ語では疎通しにくい場合になどに. スワヒリ語が代用されるケースが想定され、また商人・露天商や海運・輸送関係者において. 用いられることが考えられる。下表はコモロ語とスワヒリ語の幾つかの語彙の比較である。. 挨拶などはかなり異なるが17、基本的な語彙は類似している。コモロ連合の言語のうち、コ. 17 コモロ語には日本語同様に高齢者や上司など目上の相手、友人など同等の相手、年少者など目下の相手. . 左上・右下は公共表示で上部がコモロ語、下. 部がフランス語の二言語表記。ゴミや環境に関. する掲示。右上は手書きのレストランのメニュ. ーで、コモロ料理名を表示。Menu comorien お. よび Banane は仏語。左下看板。上のホテル・. レストランは仏語とアラビア語、下部美容院は. 店名のみがコモロ語で Wuzuri wa Dayima とあ. る(ダイィマは女性の名、wa は「の」、wuzuri. は美容院もしくはモードを意味する)。店名以. 外はフランス語で表記されている。(筆者撮影. 2018 年 11 月 27~29 日). 43 . モロ語に最も近いものはスワヒリ語と言えよう。. 表 2 :日本語・コモロ語・スワヒリ語の語彙比較 . 日本語 コモロ語 スワヒリ語 日本語 コモロ語 スワヒリ語. 人 muntru/wantru mtu/watu こんにちは Yedje Mambo. 木 mri/miri mti/miti お元気ですか Yengawe mnono Habari gani. 目 dzitso/matso jicho/macho ありがとう Marahaba Asante. 3 raru tatu さようなら Kwa heri Kwa heri. 5 tsanu tanu 良い Ndjema Njema. 10 kumi または kume kumi 食べる hula kula. AHMED-CHAMANGA(2011 :27)等を参照して筆者作成。なお、名詞の一つの欄に 2 つ語彙があるのは、. 単数と複数の区別である。食べる(動詞)は不定法の形態。. 3-2-3 :マダガスカル語. 一方、コモロ諸島は古くから東隣のマダガスカルとの交流や相互移住もみられたことか. ら、マダガスカルの言語も使用される。渡来系の家系では現在もなお母語としてマダガスカ. ル語を話すグループもいる。マダガスカル語はコモロ語とは異なりバントゥー系ではなく、. マレーポリネシア語族の言語である。なお、コモロ諸島のマダガスカル語はマダガスカル共. 和国の公用語となっているマラガシー語(Malagasy)ではなく、同国の西部沿岸地域のブシ. 語(Bushi)である。コモロ諸島ではキブシ(Kibushi)もしくはシブシ(Shibushi)と呼ばれ. る。その大半がマヨット本島であるが、少数がコモロ連合でも使用されている。. まとめ. インド洋西部の3小島嶼国の言語状況、多言語性、言語政策をまとめるならば、3 国はフ. により会話での表現形態が異なるポライトネス(formule de politesse すなわち敬語)が存在するため、本. 文の表の挨拶文は単一ではない(表のものは同等の相手に対する表現である)。. 画像 37 4 言語による表記. 上からフランス語、コモロ語、マダガスカル. 語、右端はアラビア語。. (2018 年 11 月 27 日 マヨット県立博物館. で筆者撮影). 44 . ランスによる植民地の歴史とフランス語圏であるという共通点はあるものの、言語使用、多. 言語性、言語政策のいずれの面にも差異がある、と結論されよう。まず言語状況であるが、. 公用語として法に規定されたり、教育現場で用いられたり、公共表示や新聞・出版で用いら. れる言語と、それぞれの国民が日常家庭内や友人・近隣関係において用いられる言語が違う. という点は 3 国ともに見られる(モーリシャスとセーシェルは前者に該当するのは英語・. 仏語、コモロは前者に該当するのはフランス語のみであり、後者に該当するのはモーリシャ. スとセーシェルはクレオール語、コモロ連合はコモロ語)。. 多言語性については、モーリシャスはその歴史から来る多宗教性に基づくもので、クレオ. ール系住民(カトリック)はクレオール語、イスラム教徒はアラビア語、ヒンズー教徒はイ. ンド系の各言語、中華系(仏教または儒教)は中華系言語(客家や福建、広東語)を家庭内. や近隣・友人関係(同じ宗教間に限る)で用いるが、クレオール語は他の宗派やエスニシテ. ィにも共有されおり、モーリシャスにおいてはモーリシャス・クレオール語がインターエス. ニック言語(異民族集団間の共通語・コミュニケーション言語)の状態にあり、クレオール. 語とフランス語の使用頻度は階級により差はあるものの(高学歴、自由業、都市居住者ほど. フランス語の使用頻度が高い)、クレオール語は上流階級でも使用されるし、フランス語は. 初等教育を受けていればクレオール語との変換は十分可能であるため、非高学歴層、肉体労. 働者・農漁民・商店経営・行商人、農村居住者にも共有されていると言ってよいであろう。. 一方、セーシェルの多言語性は、多宗教性から来るものではない。セーシェルも都市部に. は確かに多種多様な宗教寺院を見かけ、その多宗教性をうかがうことができるものの、農村. 部はキリスト教が多くなる。またエスシティの面でもその多様性はモーリシャスには遠く. 及ばない。よって、セーシェルの多言語性は、市民、個人がどの言語を用いるのかという. plurilinguism(個人の複言語性)にある。つまりほとんどのセーシェル国民の日常語がクレ. オール語である一方で、どのように英仏語の運用能力を効率的につけさせるか、という問題. である。. コモロの多言語性は、モーリシャスともセーシェルとも異なる。コモロ連合各島島民の日. 常語はおそらくコモロ語と言ってよいであろうが、島々によって若干異なる外部から見れ. ば、ンガジジャ島のコモロ語(ンガジジャ語)、ズワニ島のコモロ語(ズワニ語)、ンズワ. ニ島のコモロ語(ンズワニ語)ということになり、コモロ語に関して言えば、多島嶼性に基. づく多言語性ということになる。一方、フランス語、アラビア語、マダガスカル語、スワヒ. リ語との多言語性は、その使用場面の差異に基づくものであり、コモロ国民の多くは 5 言. 語を時と場面に応じて使い分ける、という点である。. 最後に言語政策面であるが、3 国ともに日常語であるが、会話が主体であるクレオール語. やコモロ語の公的使用拡大を目的としている。セーシェルやモーリシャスはそのための言. 語統制機関が存在するが、コモロ語についてはそれが全くない。フランスが実行支配するマ. 45 . ヨットのマヨット語(シマオレ shimaore)も広義にはコモロ語であるが、マヨットのコモ. ロ連合からの「距離化」の動きから、言語面においてもコモロ語、特にンガジジャ語からの. 遠心化現象が見られつつある。また、コモロ連合内の 3 言語の統一書記法はまったくなく、. それぞれの島のそれぞれの書記法(おそらく正書法というものが存在しない)が「コモロ語」. として流通する以上、学校教育や商業活動、公共機関での文書としての使用はあまり広がら. ないものと考察される。コモロにおいては言語政策がごく最小限のものに留まると結論さ. れよう。一方、クレオール語政策については、特にセーシェルはこれを公用語化し、国際的. なクレオール言語研究・交流組織を設立して、日常会話以外の領域にもクレオール語を拡大. しようとしているものの、既に公的使用としての地位が確立している英語、副次的な地位を. 占めるフランス語に取って代わられると見ることは難しい。近年は公的使用拡大よりも、文. 化芸術映像面でのクレオール語使用拡大に力を入れているのが現状である。一方、モーリシ. ャスにおいては、統制機関や文化人らによる、新聞や文芸、広告やビジネスでのクレオール. 語の使用が促進され、教育や公的機関ではその使用頻度は低いが、インターエスニック言語. の役割以外に文化芸術活動、商業活動において一定の位置を占めるに至っている。. 最後にフランス語について。この地域においてフランス語は公的な地位は別として実用. 面においては英語よりも重要な地位を占める。3 小島嶼国のアイデンティティとも言えるコ. モロ語やクレオール語は、この言語のみで維持発展させることは不可能であったと考えら. れる。語彙面でこれらの言語はフランス語に負うところがかなり大きいのが事実で、また、. 3 国間の交流においてもフランス語は重要な役割を担っている。コモロ語・クレオール語の. 発展はフランス語の維持発展が前提であり、この地域からフランス語が衰退すれば、コモロ. 語・クレオール語も衰退する可能性が高い。よって、今後これらの 3 国の言語政策は、フラ. ンス語と現地語との関連性を十分踏まえたものであることが望ましいと結論される。. 参考文献. 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表 2 :日本語・コモロ語・スワヒリ語の語彙比較

参照

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