博 士 ( 農 学 ) 伊 藤 房 雄
学 位 論 文 題 名
牛乳・乳製品の需給調整計画に関する研究
学位論文内容の要旨
現在 ,わ が国に おける 牛乳・ 乳製 品の需 給調整 計画と しては ,「 加工原 料乳生産者補給金等暫 定措 置法」 (不 足払い 法)と ,生乳 生産者 団体 による 自主的ナょ生乳の計画生産との2っが存在し てい るが, 必ず しも効 果的に 機能し ていな い。 そこで 本論文 では, 従来 の需給調整計画がなぜ効 果 的 に機能 してい ない のか, また今 後いか なる 新たな 調整計 画が必 要とさ れる のか, の2点につ いて 明らか にす ること を目的 として いる。
第1章で は,こ れら の課題 に答え るため の準 備作業 として,っぎのふたっの整理をおこなった。
その ひとっ は, 牛乳・ 乳製品 の商品 特性に 沿っ た分析 視点の 整理で ある 。@生乳一物多価性,@
生乳 生産の 硬直 性と季 節性, ◎貯蔵 能性の 低さ ,@多 数の乳 業プラ ント の存在,◎乳製品の結合 生 産 性,◎ 還元乳 にみ られる ような 乳製品 と生 乳の生 産可逆 性,◎ 輸送能 性の 低さの7特 性のう ち, 本論文 では 特に, 生乳の 一物多 価性, 貯蔵 性能の 低さ, 多数の 乳業 プラントの存在,輸送能 性 の 低さの4特 性に焦 点を当 てて 分析を おこな ってい る。 いまひ とっは ,先進 諸国で おこ なわれ てい る需給 調整 計画の 整理で ある。 アメリ カ・ イギリ ス・カ ナダな ど先 進諸国の生乳需給調整が 法的 根拠に もと づく強 制的( マンデ ートリ ー) な調整 計画と して実 施さ れており,またわが国の 調整 計画と は異 なり, 飲用乳 市場に 対して政府介入がなされていること,などが明らかにされた。
第2章で は,従 来の 需給調 整がな ぜ効果 的に機 能し ていな いかを 明らか にす るため に,牛 乳・
乳製 品市場 およ び生乳 市場に おいて これま で実 施され てきた 諸制度 の展 開や,乳業資本の行動に っ い て の 検 討 を お こ な っ た 。 そ の 結 果 , っ ぎ の 2点 が 明 ら か に さ れ た 。 第1点は ,わが 国の 全国需 給調整 計画に ,一貫 性お よび体 系性が 乏しい こと である 。現在 ,生 乳生 産は全 国生 乳生産 諸団体 の自主 的(ボ ラン タリ一 )な調 整のも とで おこなわれているが,計 画生 産の加 工原 料向け 目標数 量は不 足払い 法の 限度数 量と一 致せず ,絶 えず余乳を発生させる構 造と なって いる 。また ,不足 払い法 の下で の乳 製品輸 入に対 する国 境措 置も,偽装乳製品の急増 にみ られる よう に不完 全なも のであ り,畜 産振 興事業 団によ る乳製 品の 買い入れ・放出操作を通 じた 間接価 格支 持制度 を弱体 化させ ている 。こ のため 事業団 は現在 ,そ の代替措置として国内過
剰乳製品在庫に対する金利倉敷料の助成事業をおこなっているが,それはあくまでも乳業プラン トによる乳製品の乱売を防止する短期的調整策であり,抜本的な需給調整策とはなっていない。
第2点は,不足払い法の法的制約のため,生乳流通市場において地域間対立が生じていること である。アメリカやイギリスの価値支持制度と異なり,わが国の不足払い法は加工原料乳に対し てのみ不足払いを適用するものであり,飲用向け生乳は各都道府県の生乳生産者団体と,各乳業 メーカーとの交渉によって取り引きされる。このため,加工原料向け乳価(保証価格)と飲用向 け乳価とを各々の用途別処理割合で加重平均したプール乳価の地域間格差が,当該地域間の単位 輸送費を補って余りある水準まで拡大するならば,低プール乳価地域の生産者団体は,高乳価の 獲得を目指して生乳の地域間移動をおこなうことになる。これは生乳を移出する地域の生産者手 取り乳価を引き上げる反面,移入地域の生産者手取り乳価を引き下げることから,生乳生産地域 の間で深刻な対立をもたらしかねない。事実,昭和40年代後半以降,保証価格と飲用向け乳価(関 東地域標準価格)との乳価値は,北海道と大都市市乳圏との単位輸送費を上回っており,北海道 から都府県に向けて生乳の移出が増加し,いわゆる「南北戦争」と呼ばれる北海道対都府県の地 域間対立を惹き起こしてきた。
第3章お よび第4章では,このような問題を解決し得る調整計画の検討をおこなった。第3章 でtま,上記第1の問題を解決する調整計画のひとっとして,生乳の需給調整計画と乳製品輸入を 含めた乳製品需給調整計画とを総合して体系的に扱うことのできる全国需給調整計量経済モデル を呈示し た。具体的には,16本の構造 方程式からなるDairy Industry Modelを構築し,その 計測を通 じて全国需給調整計画の現実 妥当性を検討した。Dairy Industry Modelでは,わが 国の牛乳・乳製品市場が,飲用乳小売市場・飲用乳卸売市場・乳製品小売市場・乳製品卸売市場
・生乳需給市場の5っの市場等から構成されると提案している。特に,不足払い法の乳製品市場 における需給調整機能と,乳業プラントの行動とを明示的に扱うことができるようにするために,
飲用乳卸売(プラント)市場と乳製品卸売(プラント)市場をモデル内に導入したことが,従来 の研究にはみられなかった点である。
このような全国需給調整計画モデルの現実妥当性は,その計測結果をもとに判断されることと ナよる。本章で呈示されたモデルは,計測結果が現実と整合的であること,モデルパフオーマンス が良好であることの2点から十分に支持されるものと考えられる。
第4章では,第2の問題である生乳広域流通による地域間対立を解決するためのひとっの方策 として,「とも補償」という地域間需給調整手段を取り入れた計画を呈示した。具体的には,ま ず昭和60年度を対象として全国を9地域に分割し,各地域の生乳需要関数・供給関数をそれぞれ
求 めた 。っ ぎに, 各地域 間の単 位輸送 費を 推計し ,それ らの結 果を 用いて9地 域を対 象とし た空 間 均衡 分析を おこな った。 すな わち, 流通上 の制度 的・慣 習的 諸カが 全くない自由な市場メカニ ズ ムに 生乳の 地域間 移動を 委ね た場合,生産者余剰と消費者余剰とをあわせた「社会的余剰」を最 大 にす る理論 的な最 適解を 求め たのである。それによると,地域間生乳移動の最適な組み合せは,
北 海道 から近 畿地域 への大 量の 生乳移動と,他のほとんどの地域の自給自足型への転換であった。
空間均 衡分析 によっ て示 される 最適な 生乳配 分は ,完全 競争市 場のも とで,かつ需給調整費用 を 全く 必要と せずに ,瞬時 に達 成され るとい う仮定 がある 。不 完全競 争下にある現実の生乳市場 を 最適 な姿に 近づけ るには ,か なりの時間と調整費用が必要となることはいうまでもない。また,
北 海道 から近 畿地域 へ大量 の生 乳が急 激に流 入する ならば ,都 府県の 生乳市場は一層混乱し,生 産 地域 間の対 立を強 化する こと にもなりかねない。そこで,生乳流入地域から生乳移出地域へ「と も 補償 」を行 なうこ とによ り, 過渡的 に生乳 移動を 抑制し 地域 間対立 を解消する調整方法を考え た 。こ の「と も補償 」が実 施さ れるか 否かは ,需給 調整に 要す る単位 費用としての「とも補償」
水 準 に 依 存 す るが , 空 間 均 衡分 析 の 最 適 解を 用 い る こ とに よ り , その 上限 値が求 められ た。
最 後 に 第5章 で は , 第3章 お よ び 第4章 で 呈 示さ れた調 整計 画を実 施する 主体に っいて の検 討 を 行っ た。そ の結果 ,生産 者団 体によ る自主 的調整 の限界 やア ウトサ イダ―の排除,需給調整経 費 の確 保困難 性等か ら,新 たに 需給調 整計画 を実施 する主 体と して, 法的根拠にもとづいて認定 さ れ る 生 乳 計 画生 産 の た め の調 整 組 織 (Authorized Organization)が必要 とさせ れるこ とが 明 らか にされ た。
学位論文審査の要旨
本論 文は ,わが 国の牛 乳・乳 製品 の需給 調整計 画がな ぜ効果 的に 機能し ていないのか,そして 今 後いか なる種 類の調 整計 画が必 要とさ れるか ,の2点を 明ら かにす ること を課題 として いる 。 か かる課 題に 答える ため, まず第1章 におい ては, 牛乳 ・乳製 品の商 品特性 に沿 った分 析視点 が整 理され ,先 進諸国 でおこ なわれ ている 需給 調整計 画が検 討され た。 アメリカ・イギリス・力
征 雄
晋
俊
間 柳
井
天 黒
臼
授 授
授
教 教
教
査 査
査
主 副
副
ナダ など先 進諸国 におい ては ,需給 調整計 画が法 律に もとづ く強制 的な計 画とし て実 施されてい るこ と,ま たわが 国の調 整計 画とは 異なり ,飲用 乳市 場に対 して政 府介入 がなさ れて いること,
など が明ら かにさ れた。
第2章で は,従 来の需 給調 整計画 がなぜ 効果的 に機能 して いナょ いのかを明らかにするために,
牛乳 ・乳製 品市場 および 生乳 市場に おいて ,これ まで 実施さ れてき た諸制 度の展 開や ,乳業資本 の 行 動 に っ て い の 検 討 を お こ な っ た 。 そ の 結 果 , っ ぎ の2点 が 明 ら か に さ れ た 。 第1点tま, わが国 の牛乳 ・乳製 品市 場にお いて展 開され てきた 全国 需給調 整計画 に,一貫性お よ び 体系 性 が 乏し いこと ,第2点は ,不足 払い 法の限 界から ,生乳 流通市 場に おいて ,いわ ゆる
「 南 北 戦 争 」 と 呼 ば れ る 北 海 道 対 部 府 県 の 地 域 間 対 立 を 惹 き 起 こ し て き た こ と で あ る 。 第3章 お よ び第4章 で は ,こ の よ う な地域 間対立 の問題 を解 決し得 る調整 計画の 可能 性にっ い て 検 討さ れ た 。と くに第3章 では, 第一の 問題 を解決 するた めに, 乳製品 輸入 を含め た乳製 品需 給 調 整計 画 の た め の主 要 な 量 的 指標 を 総 合 的 に 明ら か に する 需給 調整計 量経済 モデル (Dairy Industry Model)を 呈 示し た 。 具 体 的に は , 飲 用 乳小 売 市 場・ 飲用乳 卸売 市場・ 乳製品 小売市 場 ・ 乳製 品 卸 売市 場・生 乳需給 市場 等の5っの 市場に っいて の合計16本の 構造方 程式か ら構成 さ れる 連立体 系モデ ルを構 築し ,その 適用を 通じて 全国 需給調 整計画 の妥当 性を検 討し た。特に,
不足 払い法 下の乳 製品市 場に おける 需給調 整機能 と, それに 伴う乳 業プラ ントの 行動 とを明示的 に扱 うため に,飲 用乳卸 売市 場と乳 製品卸 売市場 とを 調整モ デル内 に導入 したこ とが ,従来の研 究に はみら れなか った点 であ る。
この ような 全国 需給調 整計画 モデル の現実 妥当 性は, その計 測結果 をも とに判 断されることと なる が,計 測結果 が現実 と整 合的で あるこ と,回 帰式 の各パ ラメー 夕一の 信頼度 が良 好であるこ との2点 から十 分に支 持され るもの と考 えられ る。
第4章 で は ,第2の 問 題 であ る わ が 国の生 乳広域 流通に よる 地域間 対立を 解決す るた めのひ と っの 方策と して, 「とも 補償 」とい う地域 間需給調整手段を取り入れた生乳配分計画を呈示した。
具体 的には ,昭和60年度 を対象 として 全国を9地 域に分 割し ,「地 域間空間均衡分析」を行った。
すな わち, 生乳の 地域間 移動 を,流 通上の 制度的 ・慣 習的諸 カが全 く存在 しない 自由 な市場メカ ニズ ムに委 ねた場 合を想 定し ,生産 者余剰 と消費 者余 剰との 総和か らなる 「社会 的余 剰」を全国 レベ ルで最 大化す る理論 的な 最適解 を求め た。そ の結 果によ ると, 地域間 生乳生 産の 最適な配分 は, 北海道 から近 畿地域 への 大量の 生乳移 動と, 他の ほとん どの地 域内で の自足 型へ の転換を示 した 。空間 的均衡 分析に よっ て示さ れたか かる最 適な 生乳配 分は, 完全競 争市場 のも とで,他か らの 需給調 整のた めの費 用と 時間と を必要 とせずに達成されるものと仮定されている。現実には,
かなりの時間と調整費用が必要となることはいうまでもない。また,生産地域間の対立を一層増 大させることにもなりかねない。そこで,過渡的に生乳流入地域から生乳移出地域ヘ乳価の「と も補償」をすることにより,地域間対立を緩和し,最適解によルスムーズに近づけるための対策 が現実的に考えられる。「空間均衡分析」から求められた「とも補償」上限値は生乳キ口当たり 約2円と推定された。
最後に,第3章および第4章で呈示された牛乳・乳製品需給調整計画を全国レベルで実施すべ き「主体」にっいての考察を行った(第5章)。牛乳生産者団体による自主的調整の限界や,ア ウトサイダー排除の困難性,需給調整経費の確保問題等から,本需給調整計画を実施する主体と して,新たになんらかの法的根拠にもとづいて認定される強カな牛乳生産調整組織が必要とされ ねばならないことが明らかにされた。
以上,本研究はこれまでしばしば地域間対立を惹き起こしている全国の生乳生産と流通問題を とりあげ,生産者および消費者双方にとって利益をもたらすであろう全国レベルと地域レベルで の生乳計画生産量決定のための計量モデルを確立し,さらにその現実プロセスにおいて必要とさ れる地域間「とも補償」水準を推定するなど,現在行われている牛乳生産調整計画の改善に対す る具体的な示唆を与えたものとして,高く評価される。よって審査員一同は最終試験の結果と合 わせて,本論文提出者伊藤房雄は博士(農学)の学位を受けるのに十分な資格があるものと認定 した。