博 士 ( 理 学 ) 荒 木 武 志
学 位 論 文 題名
A Spectroscopic Study on Chemical Characteristics at Liquid/Liquid Interfaces in Bulk and Microchip Systems
(液/液界面の化学的特性に関する分光学的研究)
学位論文内容の要旨
液 / 液 界 面 に お け る 化 学 は 、 ク ロ マ ト グ ラ フ イ ー や 相 間 移 動 触 媒 、 溶 媒 抽 出 と い っ た さ ま ざ ま な 化 学 分 野 の 基 礎 で あ り 、 食 品 や 写 真 、 塗 料 、 化 粧 品 の よ う な 応 用 分 野 に お い て も 広 く 利 用 さ れ て い る 。 さ ら に 、 液 / 液 界 面 は 分 離 ・ 精 製 に 代 表 さ れ る 分 析 化 学 に お け る 重 要 な 反 応 場 の ひ と っ で あ る 。 し た が っ て 、 界 面 、 ま た は 界 面 を 経 由 し た 反 応 や 現 象 を 解 明 す る た め に は 、 界 面 の 微 視 的 な 構 造 及 び 特 性 に 関 す る 知 見 が 必 要 不 可 欠 で あ る 。 実 際 に 、 液 / 液 界 面 系 は さ ま ざ ま な ア プ ロ ー チ で 研 究 さ れ 、 基 礎 的 な 知 見 が 得 ら れ て い る が 、 ニ れ ま で の 液 / 液 界 面 系 の 研 究 は 典 型 的 な 油/ 水 界 面 に 限ら れ て い る のが 現 状 で あ る。 一 方 、 つ フ ル オ ラ ス 二 相 。 系 と 呼 ばれ る 新 規 の 液/ 液 界 面 系が提 案さ れ 、 近 年 、 合 成 ・ 分 析 化 学 の 分 野 に お い て 広 く 応 用 さ れ て い る 。 特 に 、 フ ル オ ラ ス / 有 機二 相 系 は 、 温 度 に 依 存 し た 物 性 を 示 す 点 で 興 味 深 い 液 / 液 界 面 系 で あ る 。 そ れ に も か か わ ら ず 、 フ ル オ ラ ス 溶 媒 の 物 理 化 学 的 特 性 や フ ル オ ラ ス ・ 非 フ ル オ ラ ス 溶 媒 の 分 子 レ ベ ル で の 相 混 合 / 分 離 過 程 に 関 す る 基 礎 的 な 知 見 は 限 ら れ て い る 。 こ の よ う な 背 景 の も と 、 本 研 究 で は 、 液 / 液 界 面 の 化 学 的 及 び 物 理 的 な 特 性 を 、 油 / 水 界 面 に お け る 水 分 子 構 造 お よ び フ ル オ ラ ス 溶 媒 系 の 物 性 と い う 側 面 か ら 解 明 す
ることを目的とした。 全反
油/水界面における水分子の構造・特性を研究するため に、プロトン受容体である水分子の水素結合構造を反映す ることが知られている励起状態プロトン移動反応ダイナ ミクスを界面に適用することを試みた。
6‑hydroxypyrene‑l‑sulfonicacid (HPSA) は、光励起に伴つ て OH 基から芳香環ー分子内電荷移動が起こるために、基 底状態におけるOH 基の酸解離定数 (p &〓 8 .3 )は、励起
検出
図1 全反射螢光法
光
状 態 に お い て 大 き く 減 少 す る(p心 ゛ 〓1.5) 。 し た が っ て 、HPSAの 光 励 起 に よ っ て 水 分 子 と の プ ロ ト ン 移 動 反 応 を 誘 起 す る こ と が 可 能 と な る た め 、 界 面 吸 着 性 を 有 す るHPSAは 油 / 水 界 面 に お け る 励 起 状 態 プ ロ ト ン 移 動 反 応 を 検 討 す る プ ロ ー ブ 分 子 と し て 有 用 で あ る 。 そ こ で 、 時 間 分 解 全 反 射 (TIR) 螢 光 法 ( 図1) を 用 い て 水 / 四 塩 化 炭 素 (CCり 、 水 /1,2‐ ジ ク ロ 口 エ タ ン (DCE) 界 面 に 吸 着 し たHPSAの 励 起 状 態 プ ロ ト ン 移 動 ダ イ ナ ミ ク ス を 解 析 し 、 バ ル ク 水 相 中 に お け る ダ イ ナ ミ ク ス と 比 較 検 討 を 行 っ た 。 特 に 、 そ れ ぞ れ の 界 面 に お け るHPSAの 油 / 水 界 面 プ ロ ト ン 移 動 速 度 定
―157ー
数 覿を 決 定す るこ と に成 功し 、 その 結果 か ら、 水/CCI4(ぬニ〓ニ2.5Xl09s.1〕や水/DCE界 面(kf 1,OXl09 s・ り に お け る 水 ク ラ ス タ ー 構 造 や 水 素 結 合 相 互 作 用 は バ ル ク 水 相 中 ( ぬ l.l×l09s・1〕と は異 な っ て いる こ とを 明ら か にし た。(Chapter2)
新 規 か っ 特 徴 的 な 液 / 液 界 面 系 と し て 、 フ ル オ ラ ス / 有 機 二 相 系 の 相 消 失 過 程 に 関 す る 研 究 を ラ マ ン 顕 微 分 光 法 / イ メ ー ジ ン グ 測 定 を 通 し て 行 っ た 。 本 実 験 で は 、 新 た な 実 験 ア プ ロ ー チ と し て 、 溶 液 フ ロ 一 系 を 用 い る こ と で フ ル オ ラ ス ニ 相 系 の 相 混 合 / 分 離 現 象 を 任 意 に 制 御 す る こ と が で き る ガ ラ ス 基 板 マ イ ク ロ チ ャ ン ネ ル ( 幅 :85.5ym、 深 さ :10 }im)― マ イ ク ロ ヒ ー タ ー ( 幅 :20 pun)チ ッ プ を 用 い た 。 マ イ ク ロ チ ッ プ は 、 そ れ ぞ れ の 基 板 を 従 来 の フ ォ ト リ ソ グ ラ フ イ ー / エ ッ チ ン グ 法 と り フ ト ・ オ フ 法 に よ り 作 製 し 、 新 規 の 接 合 方 法 で あ る エ ポ キ シ 系 ネ ガ 型 フ ォ ト レ ジ ス トSU‑8 2002 を 用 い る 方 法 で 簡 便 か つ 短 時 間 に2枚 の 基 板 を 接 合 し て 作 製 し た 。 フ ル オ ラ ス ニ 相 系 は 、 体 積 比 lニlで 二 相 が41゜Cで 均 一 に 混 合 す るperfluorohexane (FC‑72) /n‑heptane (C7H16)系 を 用 い た 。 顕 微 鏡 下 で は 、 流 速0.975 cm/s、 印 加 電 圧4.5Vと い う 条 件 下 でFC‑72とC7H16の 相 境 界 は 消 失 し た が 、 ラ マ ン 顕 微 分 光 測 定 及 び ラ マ ン イ メ ー ジ ン グ 測 定 結 果 か ら 、 分 子 レ ベ ル で 均 一 に 混 合 し て い な い こ と を 明 ら か に し た 。 さ ら に 、 下 流 方 向 へ 流 れ る に っ れ て 、C7H16がFC‑72相 ヘ 徐 々 に 抽 出 さ れ る 様 子 が 観 測 さ れ た 。FC‑72とC7H16の 密 度 や 粘 度 と い っ た 物 理 パ ラ メ ー タ の 大 き な 違 い が 影 響 し て い る も の と 考 え ら れ る 。 こ の よ う に 、 マ イ ク ロ チ ャ ン ネ ル チ ッ プ と 空 間 分 解 顕 微 分 光 法 を 用 い る こ と に よ り 、 溶 液 混 合 過 程 を 精 度 よ く 研 究 す る こ と が で
き 、 本 手 法 は さ ま ざ ま な 系 に 応 用 可 能 で あ る 。(Chapter3) 上 述 の よ う に フ ル オ ラ ス 二 相 系 ( 図2) は 合 成 ・ 抽 出 の 分 野 で 大 変 注 目 を 浴 び て お り 、 さ ま ざ ま な 分 野 で 応 用 さ れ て い る が 、 そ の 物 理 的 特 性 は あ ま り よ く 知 ら れ て い な い 。 そ こ で 、 ク マ リ ン 系 色 素 のStokes shiftに 対 す る 溶 媒 効 果 を 通 し て フ ル オ ラ ス 溶 媒 ( 特 に フ ル オ ラ ス ア ル コ ー ル ) の 極 性 を 評 価 し た 。3種 の フ ル オ ラ ス ア ル コ ー ル の 誘 電 率 を 見 積 も り 、 そ れ ぞ れ に 対 応 す る 非 フ ッ 素 化 ア ル コ ー ル と 比 較 検 討 し た 結 果 、 誘 電 率 の 値 は フ ッ 素 化 さ れ る ニ と に よ っ て 減 少 す る こ と を 明 ら か に し た 。 こ の よ う な 知 見 は フ ル オ ラ ス 化 学 の さ ら な る 発 展 に 貢 献 で き る も の と 期 待 さ れ る 。 (Chapter4) Chapter3で 得 ら れ た 実 験 結 果 を も と に 、 マ イ ク ロ チ ャ ン ネ ル チ ッ プ 中 で フ ル オ ラ ス ニ 相 系 を 用 い た 合 成 反 応 を 試 み
印加 電 圧:0V
印加電圧:4.SV 図2顕微鏡画 像
た 。cyclohexanol (CH)とacetic anhydride (AA)の 酸 触 媒エ ステ ル 化反 応とdirhenium(l) decacarbonyl の 光 分 解 反 応 を 研 究 対 象 と し た 。 そ れ ぞ れ 、perfluoromethylcyclohexane (PFMC) /C7H16系 ま た は perfluoro‑n‑butanol (F‑n‑BuOH) /CCI4系 を 用 い 、 バ ル ク 中 と マ イ ク ロ チ ッ プ 中 の 反 応 収 率 の 比 較 を 行 っ た 。 そ の 結 果 、 エ ス テ ル 化 反 応 で は 反 応 時 間1.Ssで 収 率 〜79% ( バ ル ク 中 で はt0.052% ( 反 応 時 間 :1.5s) ) と な り 、 短 時 間 で の 高 収 率 を 実 現 し た 。 ま た 、 光 分 解 反 応 系 で は 、 反 応 時 間49,Ss で 収 率 〜100% と な り 、 高 効 率 反 応 を 実 現 し た 。 フ ル オ ラ ス ニ 相 系 を 用 い る こ と に よ っ て マ イ ク ロ チ ッ プ 中 に お け る 合 成 反 応 の 特 徴 を 生 か せ る こ と が 明 ら か と な り 、 今 後 の 研 究 の 指 標 と な る こ と が 期 待 さ れ る 。(Chapter5)
‑ 158
以上、本研究では液/液界面の構造や特性を、界面の水構造や水素結合相互作用、及び、フルオ ラス/有機ニ相系の相混合/分離過程を分光学的な見地から研究を行った。また、フルオラスアルコ ール溶媒の極性や、フルオラス二相系合成のマイクロチップへの応用についても研究を行った。
特に、フルオラスニ相系とマイクロチップを組み合わせた新たな反応系は、有用な反応デバイス として応用可能であることが期待される。安定かつ再現性よく液/液界面系を実現できるマイクロ チップを用いた更なる研究によって、液/液界面系化学に関する新たな知見が得られるものと期待 される。
―159ー
学 位 論 文 審 査 の要 旨 主 査 教 授 喜 多村 昇 副 査 教 授 鈴 木 孝 紀 副 査 教 授 村 越 敬 副 査 教 授 居 城 邦 治
学位論文題名
A Spectroscopic Study on Chemical Characteristics at Liquid/Liquid Interfaces in Bulk and :N/Iicrochip Systems
(液/液界面の化学的特性に関する分光学的研究)
液/液界面における化学は基礎および応用分野において広く利用されている。さらに、液/液界 面は分離・精製に代表される分析化学における重要な反応場のひとつである。したがって、界面、
または界面を経由した反応や現象を解明するためには、界面の微視的な構造及び特性に関する知 見が必要不可欠である。一方、 フルオラス二相 系と呼ばれる新規の液/液界面系が合成・分析化 学の分野において利用されている。それにもかかわらず、フルオラス溶媒の物理化学的特性やフ ルオラス・非フルオラス溶媒の分子レベルでの相混合/分離過程に関する基礎的な知見は限られて いる。このような背景のもと、本研究では、液/液界面の化学的及び物理的な特性を、油/水界面 における水分子構造およびフルオラス溶媒系の物性という側面から解明することを目的とした。
油/水界面における水分子の構造・特性を研究するため、プ口トン受容体である水分子の水素結 合構造を反映する励起状態プ口トン移勁反応ダイナミクスに着目した。6 −ヒド口キシピレンスル ホ ン 酸 (HPSA) は 、 光 励起 に 伴って OH 基の酸 解離定数 が大き く減少す るため、 光励起 によっ て水分子とのプ口トン移動反応を誘起することが可能である。そこで、時間分解全反射螢光法を 用い、水/四塩化炭素(CCl4) 、水/1 ,2 ‐ジク口口エタン (DCE) 界面に吸着した HPSA の励起状態 プ口トン移勁ダイナミクスを解析し、バルク水相中におけるダイナミクスと比較検討を行った。
そ れぞれ の界面におけるHPSA の油/水界面プ口トン移動速度定数 kf を決定し、その結果から、
水/CCI4 (厩=2.5 × l09s . 1 )や水/DCE 界面(ぬ―l.OXl09 S‑l) における水クラスター構造や水素結合 相 互作用 はバルク 水相中 (厩゜ 1.1 × l09s .1 )とは異なることを明らかにした。(第 2 章)
次に、フルオラス/有機二相系の相消失過程に関する研究をラマン顕微分光法/イメージング測
定を通して行った。フルオラス二相系の相混合/分離現象を任意に制御するため、ガラス基板マイ
ク口チャンネルーマイク口ヒー夕一チップを作製した。また、フルオラス二相系として、41 ° C
で 均一に 混合するパーフルオ口ヘキサン (FC‑72) In‑ ヘプタン(C7H16) 系を用いた。顕微鏡下で
は 、流速 0.975 cm/s 、印加電圧 4.5V でFC‑72 とC7H16 の相境界は消失したが、ラマン顕微分光測
―160 ―
定及びラマンイメージング測定結果から、分子レベルで均一に混合していないことを明らかにし た。 さらに 、下流方 向へ流 れるにっれて、C7H16 が FC‑72 相へ徐々に抽出される様子が観測され た。 FC‑72 と C7H16 の 密度や粘 度といった物理パラメータの大きな違いが影響しているものと考 えられる。このように、マイク口チャンネルチップと空間分解顕微分光法を用いることにより、
溶 液 混 合 過 程 を 詳 細 に 研 究 す る こ と が で き る こ と を 明 ら か に し た 。 ( 第 3 章 ) 一方、フルオラス溶媒の物理的特性はあまりよく知られていない。そこで、クマリン系色素の Stokes シフトに対する溶媒効果を通してフルオラス溶媒の極性を評価した。3 種のフルオラスア ルコールの誘電率を見積もり、それぞれに対応する非フッ素化アルコールの誘電率と比較検討し た結果、誘電率の値はフッ素化されることによって減少することを明らかにした。このような知 見 は フ ル オ ラ ス 化 学 の さ ら な る 発 展 に 貢 献 で き る も の と 期 待 さ れ る 。 ( 第 4 章 ) 第 3 章で得られた実験結果をもとに、マイク口チャンネルチップ中でフルオラス二相系を用い た酸触媒エステル化反応およびレニウム錯体の光分解反応を試みた。パーフルオ口メチルヘキサ ン/C7H16 系またはパーフルオ口‑n‑ ブタノール/CCl4 系を用い、バルク中とマイク口チップ中の反 応収率の比較を行った。その結果、チップ中でのェステル化反応は反応時間1.5s 、収率〜79 %、
光分解反応系では反応時間49 .Ss 、収率〜100 %となり、ともに短時間・高効率反応を実現した。
フルオラス二相系合成をマイク口チップに展開することにより、新たな研究の進展が期待される。
(第5 章)
以上、本研究では液′液界面の構造や特性を、界面の水構造や水素結合相互作用、及び、フルオ ラス/有機二相系の相混合/分離過程を分光学的なアプ口一チから研究を行った。また、フルオラ スアルコール溶媒の極性や、フルオラス二相系合成のマイクロチップへの応用についても研究を 行った。特に、フルオラス二相系とマイク口チップを組み合わせた新たな反応系は、有用な反応 デバイスとして応用可能であることが期待される。安定かつ再現性よく液′液界面系を実現できる マイク口チップを用いた更なる研究によって、液/液界面系化学に関する新たな知見が得られるも のと期待される。
こ れを要す るに、著 者は、 全反射分 光法や ラマン分 光法を用い、液/ 液界面の化学的特徴お よび フルオ ラス溶媒 の物理 化学的特 徴を明 らかにし 、液/ 液界面に基づいた分析化学や溶液化 学の分野の研究に貢献するところ大なるものがある。
よ っ て 著 者 は 、北 海 道 大学 博 士 ( 理学 ) の 学位 を 授 与さ れ る 資格 あ る もの と 認 める 。
― 161―