博 士 ( 医 学 ) 張 福 先
学位論文題名
EffectofCi10stazolonEndothelialCe11Denudation andPr01iferationinCanineVeinGraftS (イヌ静脈グラフトにおける内皮細胞剥離及び 増 殖 に 対 す る シ ロ ス タ ゾ ー ル の 効 果 )
学位論文内容の要旨
【背景]下肢閉塞性動脈硬化症において静脈グラフトによる再建はいまだ第一選 択と され てい る。ま た、 虚血 性心 疾患 にお いて は動脈グラフトの優位性は確立 され てい るが 、その 本数 や口 径、 長さ など に限 界があり静脈グラフトの重要性 が再 認識 され ている 。し かし 、静 脈を 動脈 系に 使用することにより比較的早期 に狭 窄性 病変 を生じ 、病 理学 的に は線 維組 織の 増生や血管平滑筋細胞の増殖な どに よる 内膜 肥厚が みら れる 。動 脈グ ラフ トは 移植後から内皮細胞の剥離はほ とんどみられず、nitric oxideやprostacyclin産生など内皮細胞機能が維持されて いる 。一 方、 静脈グ ラフ トは 血管 内皮 細胞 の多 くがいったん脱落して、再生内 皮 細 胞 で覆 わ れ る ま で3〜4週 を 要 する ため、 それ らの 機能 が低 下し 内膜 肥厚 を促 進す るこ とが示 唆さ れて いる 。従 って 、静 脈グラフトにおいては、移植後 の 血 管 内皮 細 胞 脱 落 を 阻 止 す る こ とに より、 内膜 肥厚 の抑 制が 期待 でき る。
cilostazolは近年増加しつっある脳梗塞や心筋梗塞、慢性動脈閉塞症のよう な動 脈血 栓症 におけ る血 栓形 成阻 止を 目的 とし て開発され、慢性動脈閉塞症の 虚血症状の改善薬として臨床応用されている。cilostazolの作用機序は細胞内の cyclicadenosinemonophosphate(cWP) の 分 解 酵 素 で あ る cAMP phosphodiesterase(PDE)を 阻害 する こと によ りcAMP濃度を上昇させることで あり 、そ れに より抗 血小 板作 用や 抗血 栓作 用、 血管拡張作用のような薬理作用 を発揮する。さらに、cilostazolは内皮細胞の増殖や高血糖で惹起される内皮細 胞 の ア ポト ー シ ス を 抑 制 す る こ と がinvitroの 実 験 で 示 さ れ て いる 。ま た、
cilostazolはラット頚動脈のバルーン障害モデルやイヌ腸骨動脈のステント移植 モデルで内膜肥厚を抑制することが報告されている。今回、われわれはcilostazol が 有 す るこ れ ら の 内 皮 細 胞 の 増 殖 作用 やアポ 卜ー シス 抑制 作用 に注 目し て、
cilostazolの内皮細胞の剥脱や増殖に対する作用をイヌ頚静脈移植モデルを使用 して検討した。
【材料と方法]体重10〜15kgの雑種成犬20頭を使用して、自家静脈移植を行 った。動物の取り扱いは北京鉄道病院のガイドラインに従って行われた。実験 動物の10頭は移植10日前よりcilostazolの経口投与(50mg/日)を摘出時まで 続けた(cilostazol群)。一方、対照としてcilostazolを与えない群10頭を作成し た(対照群)。自家静脈移植は以下のように行った。イソゾール静注し、挿管、
調節呼吸とした。頚部正中切開にて一側頚静脈を剥離し、できるだけ損傷を与 えないように約4cmの自家静脈グラフ卜を採取した。腹部正中切開にて腹部大 動脈と右側腸骨動脈を剥離して、ヘバリン静注後それらの動脈をクランプした。
自家静脈グラフトの中枢側を腹部大動脈に6ー0プ口ーリン連続縫合で端々吻合 を行った。自家静脈グラフトの末梢側を右側腸骨動脈に同様に吻合した。中枢 側と末梢側の間の自家動脈は競合しないように結紮した。術中、ペニシリン系 抗生剤を点滴静注した。
それぞれの群において移植静脈グラフ卜の摘出を5頭ずっ移植1日目と移 植50日目に行った。摘出は全身麻酔下でへバリン化して行い、取り出した移 植静脈グラフトはへパリン生理食塩水で洗い、縦方向に切開した。内表面を0.3% 硝酸銀で染色して、実体顕微鏡で観察した。多辺形の細胞を内皮細胞として同 定して、全面積に対する内皮細胞で被覆された面積の割合を内皮細胞被覆率と して算出した。また、標本の一部を10u/o緩衝ホルマリン液で、固定しバラフイ ンで包埋した。Symの厚さに切り出しHematoxylin‑Eosin (H‑E)染色を行い、光 学顕微鏡で内膜の変化を観察した。統計はMann‑Whitney U‑testで行い、pく0.05 を 有 意 差 あ り と し た 。 ま た 、 数 値 は 平 均 土 標 準 偏 差 で 示 し た 。
【結果]術中術後に両群ともに出血による合併症はなかった。両群ともに摘出時 に移植静脈グラフトは全例開存していた。
肉眼的観察では、cilostazol群では移植1日目と移植50日目ともに内面は 内皮細胞に広く被覆されていたが、対照群では内面の内皮細胞は大きく剥脱さ れていた。内皮細胞被覆率は、cilostazol群では移植1日目80.2土7.9%、移植50 日目81.8土813%であり、対照群は移植1日目15.9士2.3%、移植50日目40.7土 1411%であった。内皮細胞被覆率は移植1日目と移植50日目ともにcilostazol 群が対照群に比較して有意に高値であった。また、対照群では移植1日目と比 較して移植50日目で有意に増加したが、cilostazol群では有意な増加はなかっ た。
光顕的観察では、移植1日目では両群で正常静脈に比較して内膜肥厚して
いた が 、cilostazol群 で対照群 より薄か った。移植50日目では 両群で内 膜肥厚 が 続 い て い た が 、 や は りcilostazol群 で 対 照 群 よ り 薄 か っ た 。
[考察] 自家静脈グ ラフト採 取の際の 低酸素や加圧、操作などのストレスは内膜 障害 を 引き 起 こ し、 採 取後48時間 以 内 に 60〜70%の内 皮細胞が 脱落する 。そ の修 復 治癒 は グ ラフ ト内面に 残存した内 皮細胞や 吻合部の 宿主動脈 の内皮細 胞 の増 殖 によ っ て 行わ れ 、移 植 条 件に 左 右 され る が再被覆 の完成ま で通常1週 か ら数 カ 月か か る 。こ の内皮細 胞の脱落や 増殖とと もに、グ ラフト壁 では細胞 増 殖、 細 胞死 、 細 胞遊 走、およ び細胞外マ トリック スの産生 ・分解を きたすよ う な血 管 構築 の 変 化が 起きてい る。内皮細 胞の剥脱 により血 小板の付 着や壁透 過 性の 亢 進な ど が 起こ り、血液 よりしみ込 むあるい は局所的 に産生さ れる増殖 因 子や 血 管作 動 性 物質 などによ り血管平滑 筋細胞の 増殖や線 維性成分 の産生を き たし内膜肥厚を生ずることが示唆されている。
今 回 使 用 し たcilostazolはPDE阻 害 薬で あ り、c揃Pの 分 解 を阻 害 して 増 加させる 。それによ りphospholipaseやcyc100xygenaseが抑 制され血 小板の凝集 が阻害さ れたり、Ca2゛ の放出が 抑制され 血管収縮 が阻止さ れたり、 血管平滑筋 細胞 の 増殖 が 抑 制さ れたりす ることによ って、パ ルーン拡 張やステ ント留置 後 の閉塞に有効であることが報告されている。また、hepatocyteび0wthfactor(HGF) 産生 を 活性 化 す るこ とにより 、内皮細胞 増殖の促 進や高血 糖による 内皮細胞 障 害を予防 することが 示されて いる。今 回の実験ではcilostazolによる内皮細胞増 殖の 促 進作 用 は みら れなかっ たが、静脈 グラフト 採取とい った物理 的な刺激 に 対し て 内皮 細 胞 障害 の予防効 果があるこ とを示唆 された。 また、今 回の実験 で はcilostazol投与 によ る静脈グ ラフトの 内膜肥厚の 抑制も観 察された 。これは cilostazolによる血小板凝集の阻止や血管平滑筋細胞増殖の抑制によるとともに、
内 皮 細 胞 層 が よ く 保 持 さ れ た こ と が 関 与 し て い る こ と が 推 測 さ れ た 。
【結語] イヌ頚静脈 移植モデ ルにおい てcilostazolは内皮細胞の剥脱を抑制し、
内膜 肥 厚を 抑 制 した 。内皮細 胞障害は血 管リモデ リングの 初期変化 にあたり 、 その 予 防は も っ とも 効果的な 内膜肥厚の 抑制法の ひとつと 考えられ 、今後の 発 展が期待される。
学 位 論 文 審 査 の 要 旨
学位論文題名
Effect of Cilostazol on Endothelial Cell Denudation and Proliferation in Canine Vein Grafts ( イ ヌ 静 脈 グ ラ フ ト に お け る 内 皮 細 胞 剥離 及び 増 殖 に 対 す る シ ロ ス タ ゾ ー ル の 効 果 )
下肢閉 塞性動脈 硬化症にお いて静脈 グラフト による再 建はいま だ第一選 択とさ れてい る。しか し、静脈を 動脈系に 使用する ことによ り比較的 早期に狭 窄性病 変を生 じ、病理 学的には線 維組織の 増生や血 管平滑筋 細胞の増 殖などに よる内 膜肥厚 がみられ る。静脈グ ラフトは 血管内皮 細胞の多 くがいっ たん脱落 して、
再生 内 皮細 胞 で 覆わ れ る まで3〜4週 を 要す る ため 、 そ れら の機 能が低下 し内 膜肥厚が 促進され ることが示唆されている。従って、静脈グラフトにおいては、
移植後 の血管内 皮細胞脱落 を阻止す ることに より、内 膜肥厚の 抑制が期 待でき る 。 cilostazolの 作 用 機 序 は 細 胞 内 の cAMPの 分 解 酵 素 で あ るcAMP phosphodiesterase (PDE)を 阻 害す る こと に よ りcWP濃 度を 上昇 させるこ とで あり、 それによ り抗血小板 作用や抗 血栓作用 、血管拡 張作用の ような薬 理作用 を発揮す る。また 、cilostazolは内皮細胞の増殖や高血糖で惹起される内皮細胞 のアポトーシスを抑制することがinvitToの実験で示されている。今回、cilostazol が有 す るこ れ ら の内 皮 細 胞の 増 殖作 用 や アポ ト ーシ ス 抑 制作 用に注目 して、
cilostazolの内皮細 胞の剥脱や増殖に対する作用をイヌ頚静脈移植モデルを使用 して 検 討し た 。 雑種 成 犬 を使 用 して 、 自 家静 脈 移植 を 行 った 。移植10日 前よ りcilostazolの経口投与(50m〆日)を摘出時まで続けた群(cilostazol群)と、
対照とし てcilostazolを与えない群を作成した(対照群)。それぞれの群におい て 移 植 静 脈 グ ラ フ 卜 の 摘 出 を5頭 ず つ 移 植1日 目 と移 植50日 目 に行 っ た 。内 表面 を013% 硝 酸 銀で 染 色 して 、実体 顕微鏡で 観察した 。多辺形 の細胞を 内皮
之 顕 秀 紘 慶 藤畠 田 加北 安 授 授
、授 教教 教 査査 査 主副 副
細胞として同定して、全面積に対する内皮細胞で被覆された面積の割合を内皮 細胞被覆率として算出した。また、標本の一部を100/0緩衝ホルマリン液で、固 定しバラフィンで包埋した。Symの厚さに切り出しHematoxylin‑Eosin (H‑E)染 色を行い、光学顕微鏡で内膜の変化を観察した。両群ともに摘出時に移植静脈 グラフトは全例開存していた。肉眼的観察では、cilostazol群では移植1日目と 移植50日目ともに内面は内皮細胞に広く被覆されていたが、対照群では内面 の内皮細胞は大きく剥脱されていた。内皮細胞被覆率は、cilostazol群では移植 1日目80.2土7.9%、移植50日目81.8土8.3%であり、対照群は移植1日目15.9 土2.3%、移植50日目40.7土14.1%であった。内皮細胞被覆率は移植1日目と 移植50日目ともにcilostazol群が対照群に比較して有意に高値であった。また、
対照群では移植1日目と比較して移植50日目で有意に増加したが、cilostazol 群では有意な増加はなかった。光顕的観察では、移植1日目では両群で正常静 脈に比較して内膜肥厚していたが、cilostazol群で対照群より薄かった。移植50 日目では両群で内膜肥厚が続いていたが、やはりcilostazol群で対照群より薄か った。従って、cilostazolによる内皮細胞増殖の促進作用はみられなかったが、
静脈グラフト採取といった物理的な刺激に対して内皮細胞障害の予防効果があ ることを示唆された。また、今回の実験ではcilostazol投与による静脈グラフト の内膜肥厚の抑制も観察された。これはcilostazolによる血小板凝集の阻止や血 管平滑筋細胞増殖の抑制によるとともに、内皮細胞層がよく保持されたことが 関与していることが推測された。口頭発表に際して、北畠教授からシ口スタゾ ールの血小板抑制作用の機序、初期の内皮細胞脱落の機序、投与期間などにつ いて質問がなされた。次に加藤教授からシ口スタゾールの前投与と後投与の意 義、検索部位の妥当性について質問がなされた。安田教授からは実験の進め方 についてコヌントがあり、関連実験の現況について質問がなされた。いずれの 質問に対しても、申請者は過去のデータや関連論文を引用し、概ね妥当な回答 を行った。
今後この論文で得られた結果は薬剤による移植血管内膜肥厚の予防法の開発 に貢献することが期待される。
審査員一同は、これらの研究成果を高く評価し、申請者が博士(医学)の学 位を受けるのに十分な資格を有するものと判定した。