肉眼解剖学平成
18 年度本試験・解答解説(文責:矢野 寿)
1.甲状腺とその周辺について コメント(大問1全般について):本当は,解剖学が基礎になって問題文で資料提示されて いる外科の教科書が書かれているわけで,解剖を深く知っていれば外科の知識も暗記では なく推定の対象なのだというメッセージが聞こえてきそうです.が,実際には,予め臨床 の知識がある場合を除いて文章を手掛かりにして先に穴を埋めるのは難しく,画像から器 官名を特定した上で文章の穴に当てはめたときにおかしくないかをチェックするという順 序になるでしょう.以下ではイラスト・画像の見方を押さえていきます. 解説と解答: 右図でまずは「3と4」あるいは「6と7」のうち, どちらが動脈で,どちらが静脈かを判断できなくてはい けないが,これには大動脈弓 aortic arch を目印にする とよい. 大動脈は心臓から一度上方へ出て(上行大動脈),頭 頚部・上肢へ向かう心臓より上を走行する枝を出した後 で下行に転じる(下行大動脈(胸大動脈→腹大動脈)) のに対し,静脈では上大静脈と下大静脈は端から別物で ある(だから右心房には2つ静脈の入り口が開いてい る).ゆえに弓なりの構造は動脈特有であるが,これを持つのは図中の血管状構造物のうち 縞模様の入れてある4あるいは6の方で(図中赤楕円内部),こちらが動脈である. 1は総頚動脈(4)から既に分かれているので,内頚動脈なのか外頚動脈 なのか明示しなくてはならない. 頭頚部の手術において,外頚動脈は頭蓋内には動脈しないので,頭蓋外部 での出血を防ぐため結紮けっさつする(止血のため血管を縛ること)がある.このと き誤って内頚動脈を縛ったら脳への血流を途絶えさせることになり深刻な 結果を招く.それを防ぐには,「頭蓋に入る前に枝を出すのは外頚動脈のみ」 であることを覚えておくことである.左上図赤丸内で甲状腺に枝が出ていることから,1は外頚動脈 external carotid artery であるとわかる.
2は甲状軟骨 thyroid caltilage である.
3は内頚静脈 internal jugular vein である.内頚静脈は外頚静脈 external jugular vein
とは腕頭静脈からの出所がそもそも違うことに注意しておく(動脈のように出てから内と 外が分かれるのではない).
総頚動脈 common carotid artery である. 5は気管 trachea である.図の下半分は縦隔 mediastinum と呼ばれる領域にかかって いるが,この内部では循環絡みの器官(心臓,血管,気管)は前,消化管である食道はそ の後ろである(だから食道がんの手術は難しい). 6は右にだけ見られる腕頭動脈 brachiocepharic trunk から分かれて上肢に向かう動脈 だから,(右)鎖骨下動脈 subclavian artery である. 7は6と同じ部位で今度は静脈であるから,(右)鎖骨下静脈 subclavian vein である. 8は動脈では右でしか見られない上肢と頭頚部行きがまとめて出る構造が静脈では左右 に認められるもので(右)腕頭静脈 brachiocepharic vein である. 次に,背側から見た左A図に視線を移す. 9は甲状腺の裏に,普通は上下左右に一つ ずつで計4つ付いている構造物である. これは上皮小体 parathyroid gland であ り,カルシウムおよびリンの代謝を調節する ホルモンを分泌している.小さいからと言っ て侮るなかれ,甲状腺摘出の際,誤って上皮 小体を全摘出してしまうとテタニー(血清中 のカルシウムイオン濃度の低下による痙攣) を起こして死を招く. 10 の矢印の先では,上から下りてきた神経 らしき線維が矢印の指す左ではちょうど大動脈弓を引っ掛けるように,右ではその相同物 は鎖骨下動脈(と腕頭動脈の境界辺りではあるが)を引っ掛けるようにして,逆に上へと 上っていく. この特徴的な構造物は上B図に表れている声帯周辺の喉頭筋群を支配する反回神経
recurrent laryngeal nerve である.迷走神経 vagus nerve とともに下りてくるので迷走神
経の枝とされるが,脳からの出所は副神経の延髄根であり,副神経の脊髄根が運動神経と して僧帽筋や胸鎖乳突筋に分布していることと合わせて覚えておきたい. 11 と 14 であるが,声帯付近において,11 が周りをひだに囲まれた穴を,14 が囲んでい るひだを指しているようである.だとすると,11 が声門裂 rima glottides であり,14 は 声帯ひだ vocal fold である. のどを覗いて,気管へとつながっていく声門を確認したのだから,もう一つ,食道・胃 へとつながっていく入り口があるはずである.だが,呼吸は常にしているので気管内には いつも空気が満ち空間があるけれども,摂食はいつでもしているわけではなく,食べ物が 通らないとき,食道は筋肉で締められていることもあってペシャンコであり(実際,CT やMRIでも食道はつぶれて写る),とりわけ入り口は俗にイメージされるような円形では 全くない.
食道の入り口である12 は,左図のように前後に長い声門に押 さ れ る よ う に つ ぶ れ た 形 に な っ て い る , こ れ が梨 状 陥 凹 piriform fossa である. テストでは前ページB図の通り,舌の方から覗き込んだ画像が 示されたためか,正答率が低かったようである. しかし,人工呼吸のための気管内挿管では確実に声門の方にチ ューブを挿入しなくてはならないし(このとき,声門を刺激する ために人工呼吸を伴う手術後しばらく声が嗄れることがある), 一方,胃に直接流動食を流し込むための栄養チューブは梨状陥凹を通過させて確実に食道 を通さねばならない(チューブを胃液が逆流してくるから間違いなく通ったか確認できる). もし誤って気管の方に栄養チューブを通してしまうと強制的に誤嚥を起こさせることにな り,感染を起こしやすい術後患者や高齢者の場合は致命的になることもある. という具合に,臨床上極めて重要な箇所であり覚えておかなくてはならない. さて,左のX線画像に視線を移す.元の画像の画質の程 度はわからないが,それをさらにスキャンした左画像の読 影には,医学以外の眼力が必要である・・・(苦笑) もっとも,左のX線写真だけでそれが何であるのかの同 定を迫られるのは 13 だけであり,その矢印付近では胸骨 から左右に 13 が伸びる様子と,第1肋骨が後ろへ回り込 むようにカーブを描いている様子が見て取れる. よって,13 は鎖骨 clavicle とわかる. なお,矢印の先がちゃんと鎖骨の黒い影にかかっておら ず,鎖骨と第1肋骨の間の空間に存在する構造物を答えさせたいようにも見えるので,実 際のテストでは13 を「肺 lung 」としても正解であったらしい. 以上で画像に基づいた解答を終えているが,外科テキストからの引用部分で空欄を伴う 箇所を抜粋し,一般的な用語ができるように配慮しつつ実際に穴を埋めてみると,次のよ うになる. (術)後出血: 症状としては呼吸困難,喘ぜい鳴めいでこれらの症状は出血を示唆する皮膚弁の 伸展や膨れあがりなどの局所所見が見られる前に現れることがある.このような場合はち ゅうちょすることなく再開創し出血源を確認し止血する必要がある.また, 14 声帯 浮腫 をともなうときには創の感染などを考えるまでもなく 5 気管 切開の適応とすべきである. 呼吸困難: 大部分の甲状腺腫瘍手術では甲状腺を 5 気管 より剥離する手術操作を必要 とするため 11 声門 狭窄による呼吸困難の合併症を来すことがある.
10 反回神経 麻痺(両側麻痺では高度)による 11声門 狭窄と 14 声帯 浮腫による 11 声門 狭窄が主なものである.両者は独立して起こるだけでなく,一側 10 反回神経 麻痺 に 14声帯 浮腫が加わり高度の 11声門 狭窄を来すこともある. この項では 14声帯 浮腫による 11 声門 狭窄を説明する.甲状腺主要術直後は 5気管 内挿管チューブや手術操作などによる機械的な刺激や,甲状腺を切除したことによる喉頭・ 5 気管 からの静脈血還流の低下によるうっ血などで 14 声帯 浮腫が起こりやすい状況に ある.ここに後出血などの創部うっ血を助長する因子や 10 反回神経 麻痺が負荷されると, 容易に高度の 14声帯 浮腫が引き起こされる.(引用部分は以上) 14 は画像では声門を左右から囲むひだを指していたから「声帯ひだ」でよいと思われる が,文章の穴埋めとしては「声帯ひだ浮腫」とは言わないので,答えを単に声帯 vocal cord としておいた方が無難かもしれない. ところで,声帯浮腫のほぼ同義語として,喉頭の浮腫の総称として「声門浮腫 edema glottidis 」という用語もあり,臨床関連の書籍ではこちらの方をよく目にするように思う. しかし,本問では画像で11 が声門裂を指しており,一方,文章部分で「声門」と入れるの がふさわしい(声門狭窄とは言うが声門裂狭窄とか声帯狭窄とは言わないから)箇所にも 11 と番号が振られているので,声門を声門裂の同義語として限定的に使用させようとする 傾向が窺える(実際には声門を声帯ひだなど周りの構造物も含めた構造と捉える場合も多 い).
よって,文章も踏まえた一番無難な解答方法は11 を声門 glottis ,14 を声帯 vocal cord としておくことと思われる. 2.骨と筋の関連問題 コメント(15,16 について):15,及び 16 は特に正答 率が低かったそうです.私たちが読影技術を持っていな いのはわかった上で出題しているということは,実物を 前に想像性を働かせて輪切りの見え方を考えてみてほし いというメッセージなのでしょう. 解説と解答: 15,及び 16 の図は一見,waters 法によるX線画像(の赤枠内)にも見えた.昔はCT やMRIといった横断像が得られる便利な機械はないので,X線の撮影法と読影法(つま り,画像とその解釈)が工夫された.次ページ冒頭左の図AとBはwaters 法の撮影時の体 位と得られる画像を挙げたものである.ちなみに,Aは正常像だが,Bでは右上顎に腫瘍 の影を認める.Bの患者のCT像がCで,右上顎洞内に異物が浸潤しているのがよくわか
る(Cの青丸部分).当然ながらこの例の通りCTの方がはるかに状態をはっきり把握でき るので,今日では第一にCTを撮る. 出題されたのはそのCTによる上顎骨・下顎骨の横断面であり,体の後ろ半分にかかる ところまで写っている画像がDである(Dでは右上顎骨に陥没骨折を認める).試験で提示 されたのはそのうち赤枠内に相当する部分のみである(こちらでは左上顎骨が陥没骨折し ている,折れたときくらいしか撮らないのだ・・・). 上顎洞(左右に見られる骨の中の空洞部分)が特徴的で,これで15 を上顎骨 maxillaと 特定させたかったと考えられる.もっとも,初見ではこれだけで部位を特定するのは難し いと思われ,せめてDのように鼻中隔や大後頭孔が見える画像で出題してほしいところで はある. 15 の上顎骨 maxilla さえ特定できれば,それに下からはまり込んでいく形になっている 16 は下顎骨 mandibleとわかる. 17 の図では首を伸展している(ちなみに,膝関節を除い て,解剖学的正位anatomical position において前方に曲 げるのが屈曲で,後方に曲げるのが伸展である). 頭を後ろに引っ張っているのだから,頭に停止している 背側の筋を挙げればよいことになる.
・頭板状筋 splenius capitis muscle(棘突起から起こり,乳様突起 mastoid process と上
項線外側部に停止,要するに正中から外側へと広がる)
・頭最長筋 longissimus capitis muscle(腸肋筋の内側から分かれるように起こり,乳様突
起に停止,なのでこれも正中から外側へと広がりをもつ筋)
・僧帽筋 trapezius muscleの上部は後頭骨の上項線と外後頭隆起より起こり,鎖骨の外側 端に停止して,肩甲骨,鎖骨の外側端を上内方へ引く作用を持つと説明される.作用とし て首の伸展を挙げているのはあまり見かけない.だが,首を伸展する際に肩をすくめるよ うな運動が伴うこともあることを考えると,写真のような動きに寄与しているとみなして もいいのであろう. (左図のうち)左は,僧帽筋 の上部 superior trapezius(副 神経と頚神経叢が支配)が名称 とともに描き込まれている通 り,肩甲骨を上方に引く筋を問 うている. 18 は肩甲骨の上角に停止し て い る こ と か ら肩 甲 挙 筋 levator scapulae muscle,19
は菱形筋 rhomboid muscles(頚椎より起こる小菱形筋 rhomboideus minor muscle+胸椎
より起こる大菱形筋 rhomboideus major muscle)である.
一方,上右は小胸筋 pectoralis minor muscle (内側・外側胸筋神経が支配)が描きこ まれている通り,肩甲骨を前方ないし下方に引く筋を問うている.20 は前鋸筋 serratus
anterior muscle である.前鋸筋は長胸神経の支配を受け,肋骨から起こり肩甲骨の主に内
側縁に停止している.一方,小胸筋同様に外側・内側胸筋神経の支配を受ける大胸筋 pectoralis major muscle は上腕骨に停止しており,肩甲骨を直接動かす筋ではないことを 確認しておきたい.
21 は広背筋 latissimus dorsi muscle である.
支配するのは胸背神経 thoracodorsal nerve であ り,これは腕神経叢の後束から出る.つまり,広 背筋は脊髄神経前枝の支配を受けているのであり, よって固有背筋ではない(固有背筋の定義は脊髄 神経後枝の支配を受けることである).同様の理由 で,肋間神経の支配を受ける上後鋸筋・下後鋸筋 serratus posterior superior/inferior も固有背筋 ではない.
22 は大胸筋 pectoralis major muscle である.
その作用は23 上腕の前方挙上と内転である.上腕 を内転する際に結果的には肩甲骨を前下方に引く作用を果たす.
25 は下の「体表解剖学」の記述と合わせて特定されることになるが,骨盤最前方の突出 部であることが写真の影からも判別でき,上前腸骨棘 anterior superior iliac spine である.
次に,『解剖学講義』からそのまま引用された「体表解剖学」の空欄部分を埋めていく.
26 腸骨 稜りょう iliac crest :ほぼ全長にわたって体表から触れる. 26 腸骨稜 の最も高位に ある頂点は中央よりやや後方にある.背部で,左右両側の 26 腸骨稜 の頂点を結ぶ線をヤ コビー線Jacoby line といい,ほぼ第4腰椎の高さを通る.
25 上前腸骨棘 anterior superior iliac spine : 26 腸骨稜 を前下方に向かってたどると 達する. 25 上前腸骨棘 は体表における重要な基準点のひとつである.たとえば,下肢の 長さは 25 上前腸骨棘 から脛骨の内果の先端までの長さとして計測される. 27 坐骨結節 ischial tuberosity :椅子に腰掛ける 場合に,椅子に面するところで,体表から触れる. 直立位では寛骨の最下位となる. 28 恥骨 結節 pubic tubercle : 28 恥骨 結合 合 pubic symphysis のすぐ外側に触れる.正中線か ら約3cm 外側にあって,腹壁の下部における重要な 基準点である.(引用部分は以上) 29 は矢印の先の画像の一部が欠けていてわかりに くいが,筋肉の内側を走る管状のものが何となく見えており,筋肉が取り除かれた左側に ははっきりとその相同物が描かれている.29 は坐骨神経 sciatic nerve である.臀部への 筋肉注射の際はこの神経を傷付けないように注意が必要である(平成16 年度本試験 F 参照 のこと). 30 は,問題のX線写真の隣に付した回外・回内時の橈骨と尺 骨の位置関係を描いた模式図と照らし合わせてみればわかる通 り,回内 pronation の状態であ る(ちなみに回外はsupination). 橈骨と尺骨が重なり合って写っ ていることを決め手にすればよ い. ただ,模式図は前方から見て描 いているので回内時に橈骨(前腕 の親指側の骨)が手前に描かれて いるが,問題のX線写真はそうな っておらず,模式図の状態を後方
から見た様子(橈骨が向こう側,尺骨が手前)が写りこんでいる. なぜそうわかるかと言えば,31 と 32 で問われているように橈骨と尺骨の区別が付くか らである.橈骨は肘関節を作る近位端(体幹に近い端)よりも手関節(手首)を作る遠位 端の方が太いという特徴的な形をしている.それに合致する31 が橈骨 radius であり,32 が尺骨 ulna である. 問33∼36 図中の丸数字(①,③,④,⑤)と5つの筋の英語名の対応(1つ余る) Flexor Carpi Radialis(橈側手根屈筋)
Flexor Carpi Ulnalis(尺側手根屈筋) Flexor Digitorum Superficialis(浅指屈筋) Extensor Pollicis Longus(長母指伸筋) Palmaris Longus(長掌筋) 写真は右手首の掌側を写したものであるである.選 択肢の中に現れるpalmaris longus(長掌筋)が手根(手 首)を屈曲(flexion)させる作用のある筋だというこ とさえ知っていれば,後は flexor(屈筋)ともろに名 の付く筋が並んでいるので,余るのはextensor pollicis longus(長母指伸筋..)であろうと察しが付く. これに限らず,選択肢に赤字で添えたよ うに,(一部分でも)訳せるなら正解に近 づける. radialis は「橈骨の」の意で,というこ とは手首では親指側にあり,反対にulnalis は「尺骨の」の意で,小指側にあることが わかる(親指側―橈骨,小指側―尺骨の対 応は覚えておくしかない!).だとしたら, 最も親指側に表れている④が橈側手根屈
筋 Flexor Carpi Radialis だろう,同じく
最も小指側に現れている③が尺側手根屈
筋 Flexor Carpi Ulnalis だろうと見当が
付く.むしろ,そうやって命名されたくら いで,実際それで正解である. 長掌筋は右図のように手首の真ん中を 走る屈筋だが,橈側手根屈筋と尺側手根屈 筋とで機能を代替できるために,他の部分 の必須の腱の再建のために,腱移植の材料として取り出されて使われることが多い.両側
の筋に挟まれているので,なくても何とかなる真ん中の筋として覚えておきたい.なので, ①が長掌筋 Palmaris Longus である. 以上は浅層の中でも最も浅いレベルで手根(手首)の屈曲に関与している筋である. そこからもう一層深いところに,第2指から第5指までの中節の屈曲に関与する浅指屈 筋 が あ る . 尺 側 手 根 屈 筋 と 長 掌 筋 の 間 に 覗 く⑤ はこ の浅 指 屈 筋 Flexor Digitorum Superficialis である. ちなみに,そのさらにもう一層深くには,第2指から第5指までの末節の屈曲に関与す る深指屈筋 flexor digitorum profundus muscle と,第1指(親指)の末節の屈曲に関与す る深母指屈筋 flexor pollicis longus muscle がある.つまり,指先に近付くほどその運動に 関与する筋は前腕のより深くに位置していることになる.
問39∼41 図中の骨と4つの骨の英語名の対応(1つ余る)
Cervical Vertebrae(頚椎)/Thoracic Vertebrae(胸椎)/Lumbar Vertebrae(腰椎)/ Sacral Vertebrae(仙椎) 椎骨の分類において,注 目すべきは横に伸びる突起 の形状である(図中の各骨 赤丸部分). 横に伸びる突起にある程 度の太さがある 41 が本来 の 横 突 起 を 持 つ 胸 椎 Thoracic Vertebrae で あ る.それに対して横に細い 突起を伸ばし,さらに斜め 後方にもう1 本突起が伸び ている39 が腰椎 Lumbar Vertebrae である.横に伸びる細長い突起は肋骨の名残である 肋骨突起,斜め後ろに伸びるもう一つの突起が本来の横突起が押しやられた副突起である. それらに対し,目立つ横に伸びる突起は見当たらず,問42 が指すようにそのわずかな突 起部の中に穴が開いている特長的な形をしている40 が頚椎 Cervical Vertebrae である. 余った選択肢であるSacral Vertebrae は仙椎であり,5つの仙椎が癒合して仙骨 sacrum を形成している. 42 は頚椎に見られる穴で,この中を椎骨動脈 vertebral artery が通る.この椎骨動脈は 頭蓋内に入る..動脈であり(ちなみに外頚動脈は頭蓋内に入らない),同じく頭蓋内に入る内 頚動脈のバイパスとしてある程度は機能する. 43 は椎孔であり,この中を脳から大後頭孔を通って降りてきて体の正中を貫く中枢神経, すなわち脊髄 spinal cord が通る.
3.神経と血管の走行について 解説と解答: 出題された左図にはもと もと「上腕・前腕の屈筋へ の神経の分布」といった題 名が付されていたはずであ る. 筋の名称は隠さず示され ているので,筋の作用とそ の支配神経を知っていれば, 神経そのものの走行がわか らなくても正答にたどり着 ける.逆に,神経の走行路 によっても正答できる. 37 はC5,6からの神経 線維による,上腕の屈筋(前 腕を屈曲)を支配する筋皮 神 経 musculocutaneous nerve である. 腕神経叢が障害されたと き,何番の頚神経との連絡 が壊れたのかを具体的に知 るために,腱を叩いて反射 を見ることがある(打腱). 肘の表側を叩くと上腕の 屈筋による屈曲反射が見ら れるが,これが消失してい る場合,それらの筋の神経 は筋皮神経なので,その出 所であるC5,6が障害さ れたのだとわかる. 38 は前腕の屈筋(手根並びに指を屈曲)を支配する正中神経 median nerve である.こ ちらは薬指の真ん中より親指寄りの指(掌側)と掌の知覚を支配していることを利用して, 特に正中神経の固有域とされる(と言うのはけっこう各神経の知覚支配は重なり合うから) 人差し指と中指の先を筆などで刺激して障害されているかどうかを調べることもある(打 腱による場合は円回内筋 pronator teres muscle を用いる).
右 図はその 特徴的な形 から大動脈弓 aortic arch を写 したもの であること はわかるだろう. 写 真左側の ように上行 大動 脈と下行 大動脈とが 重な り合って 左右がわか りにくければ(まぁ,あえ て後 ろから写 さないので 普通 は正面か ら撮った像
と思っていいが),図中に赤楕円で囲ったように,右では総頚動脈 common carotid artery と鎖骨下動脈subclavian artery が腕頭動脈 brachiocephalic trunk として初めは1本に まとまっている(左はもとから別々に出る)ことを目印にすればいいだろう.
その鎖骨下動脈から出て前胸壁の裏側を下っていく 44 が内胸動脈 internal thoracic
artery であり,その先では上腹壁動脈 superior epigastric artery となって下腹壁動脈
inferior epigastric artery と吻合している.このため,内胸動脈の血流が途絶えても下腹壁 動脈がカバーしてくれるのでその血流を心臓に差し向けて虚血性心疾患を治療することが できる(バイパス手術).
45 と 46 はともに大動脈球(左心室を出てすぐの大動脈の膨らみ)から出ていることを手 掛かりに,心臓自身に動脈する左右の冠状動脈であると見抜こう.これらの心臓上の走行 が一昨年度は出題されているが,ここでは単純に,右に出ている 45 が右冠状動脈 right
coronary artery,左に出ている46 が左冠状動脈 left coronary artery であることが言えれ
ば正解である.
4.歩行についての記述を通して下肢の筋の機能を確認する問題 解説と解答:以下,空欄を埋めながら適宜解説を加える.
1)遊脚期 下肢を前方に振り出すには,まず股関節で大腿を前方に屈曲し(主として 47
muscle)),同時に膝関節をやや屈曲し(主として大腿後側の筋hamstrings muscles),足 関節で足を始め軽く背屈する(前脛骨筋などの屈筋).ついで,膝関節を伸展し(主として
48 大腿四頭筋 quadriceps femoris muscle),足を背屈して(前脛骨筋など),踵から地面
に着ける.
このように遊脚期で,下肢を前方に振り出すが,そのさい,足が地面から離れるように, 大腿は屈曲とともに外旋され,膝は屈曲し,足は背屈するほかに,骨盤は傾けられ,遊脚 側が挙上される.すなわち,対側の立脚側の股関節で外転と内旋が行われて(主として 49
中殿筋 gluteus medius muscle ),骨盤の遊脚側が挙上され,その側の下肢を前方に向け
振り出すのである. 47 について:股関節を屈曲するとは大腿(太もも)をぐいっと上へと持ち上げるというこ とだが,これをしようと思ったら腰部分の骨(椎骨,腸骨)と大腿部分の骨(大腿骨)と を結び付ける筋が必要になる.重い太ももを持ち上げるのだから,その持ち上げた太もも に体が持っていかれないように反らした脊柱にしっかり固定しなければならない.なので, 大腰筋は脊椎骨の椎体や椎間円板から起こっているのである(そして,下腹部内臓の後ろ を下へと走っていくことになる(後で十二指腸周辺の図にも登場!)). ちなみに,いわゆるヒレ肉はこの大腰筋だが,四足動物はヒトと違って足を高く持ち上 げないし,構造上,その足の重さに体が持っていかれることもない.なので,大腰筋はそ れほど運動しない筋のため柔らかくそれゆえ珍重される.ヒトの場合は対照的にしっかり.... 働く..筋である. また,大腿の屈曲には補助的にではあるが大腿四頭筋のうち大腿直筋 rectus femoris muscle も関与することも覚えておこう. 48 について:膝関節を伸ばすためには大腿前部の筋が収縮しなくてはならない.この大腿 四頭筋の四つの頭とは大腿直筋,外側広筋,中間広筋,内側広筋の起始である.また,こ の動きには大腿筋膜張筋 tensor fasciae latae muscle も関与する.
49 について:本文に下線を付したように,遊脚側つまり足を持ち上げた側の骨盤を挙上す る動きがなかったら,足を持ち上げたために地面という支えがなくなった分だけ下がるこ とになり,足を振り出す度に骨盤が大きくそちらへ傾いてブレることになる(これをトレ ンデレンブルグ徴候と呼び,中殿筋麻痺を疑う).挙上する動きがあって初めて,骨盤をほ ぼ水平に保って歩いていけるのである. 2)立脚期 踵が地面に着いてから離れるまでの期である.上述のように遊脚期の終りに 下肢は股関節・膝関節で伸展され,足関節で背屈された状態で,踵が最初に地面に着く. こうして体重は始め踵にかかるが,ついで足は内反され(前脛骨筋など),体重は足の外側 縁に沿って前方に,さらに中足骨頭に沿って内側に分配される. 立脚期では,初め股関節を伸展し(主として大腿後側の筋・ 50 大殿筋 gluteus muximus
muscle など),膝関節を伸展して(主として 48 大腿四頭筋 ),その側の下肢で体重を支 持する.このさい,股関節では伸展のほかに,上述のように骨盤を傾けるように外転・内 旋が行われる.
足関節では,下腿を前方に倒れないように保つ( 51 下腿三頭筋 triceps surae muscle
(腓腹骨 gastrocnemius muscle+ヒラメ筋 soleus muscle) .
立脚期の終りには,踵を挙げ( 51 下腿三頭筋 ),身体を前方に傾け,足を軽く外反し 強く底屈して(特に長母指屈筋),足の前部とくに母指側(中足骨頭)で地面を蹴って遊脚 期に移行する. 50 について:臀部には大殿筋,中殿筋,小殿筋とあるが,中と小は大腿の外転(一般には 「足を広げる」と表現する行為)や回旋に関わるのに対し,大殿筋は大腿の伸展に関わる 点を区別して覚えておきたい. 51 について:空欄前の下線部のイメージはわかるだろうか.足の裏が地面に固定された状 態で下腿を前方に倒れないよう後ろに引っ張る動きは,足首の側から見れば足を底屈させ る動きに等しい.つまり,ふくらはぎの筋肉が収縮するのである. 今年は神経が機能しているかを知るための手法としての打腱が実習中によく取り上げら れており,下肢についても出題されるだろう.下腿三頭筋の停止である踵骨腱 calcanean tendon=アキレス腱 Achilles tendon を叩くと筋が伸ばされたと勘違いした脊髄ニューロ ンから収縮命令が来て下腿三頭筋が収縮する(大脳関与せず,よって反射..).下腿三頭筋を 支配するのは脛骨神経 tibial nerve であり,その元をたどれば坐骨神経 sciatic nerve(の 後ろ半分の神経線維)であり,その出所は(L4の一部),L5,S1,S2,(S3の上半分) である.この反射が見られないということはこの神経経路がどこかで障害されているとい うことである.ちなみに,より有名な膝蓋腱反射(膝の下を叩くと足がポンとあがる)は 大腿四頭筋の収縮を利用した大腿神経 femoral nerve(L2,3,4)の検査法である. 5.縦隔と腹腔の立体構造について 解説と解答: 縦 隔 に お い て 正 しい 構造は,A∼D のうち 52 . 大 問 1 の 図 が 縦 隔の 上部にかかっているの で既に半分答えは提示 されている. それによれば,心臓やそれから出る血管は気管より前にあることが明らかだから,肺動
脈が最前部,その後ろに気管.よって,問題は大動脈弓を曲がりきった後の胸大動脈が腹 部へ向かって下っていく際に食道の前を通るか後ろを通るかである. 心臓は食道より前にあったが,では腹部を開いたとき,食道からつながっている胃の前 に太い血管はあっただろうか.ない! ではどこかで下行大動脈(横隔膜の上の胸大動脈+ 横隔膜をくぐった後の腹大動脈)は食道の後ろに回るのである.どこかと言っても,胃は すぐ下なのだからそういう構造をとるならば縦隔下部で回り込んでおくしかない. というわけで,それに合致するのは図のA. 太い血管が下肢に向かって二股に分かれている特長的な形か ら腹部の動脈か静脈であろうと見当は付く.問題はその動脈か 静脈かの区別であり,一昨年度(平成17 年度)はこの区別自体 が問われている. 区別の目印として左図中に赤丸で囲った部分に着目し,性腺 (男性なら精巣,女性なら卵巣)動脈と性腺静脈の走行の違い を用いるべきである. 話が変わる印象を与えるかもしれないが,腹大動脈は体のほ ぼ正中を貫いているのに,腹部の下大静脈はずいぶんと右寄り を走行している印象を感じなかっただろうか. これは発生時に,下大動脈が左図のように中心の1本のみが 発達するのに対し,下大静脈は下図のように左右に1本ずつ生 じた後に左が退化して生じることに由来している.右腎静脈に 比べて左腎静脈が長く,その左腎静脈に左副腎静脈と左性腺静 脈が注ぎ込む形になっているのもそのためである. 一方,左図のように,性腺動脈も静脈も,ほぼ腎臓の高さで 発生する性腺が下降するのに伴って下方へと延長していくと いう点では共通している.
では,問題の図に戻ると,性腺動脈or 静脈と思しきものは左右ともに中心となる血管か ら直接出ている.ということは,左が腎静脈に注ぎ込むはずの性腺静脈ではなく,性腺動 脈であり,つまり問題の図は腹大動脈とその枝だと判明する. 53 は左右にそこそこの太さをもって伸びていることから腎動脈 renal artery だとわか る(一方,模式図ではある程度太く描かれてしまう中副腎動脈や性腺動脈はかなり細く, 気を付けて剖出しないと簡単に切れてしまう). 54 は同定できることを前提に上でむしろ手掛かりにしたくらいに実は特徴的な構造で, 既に述べた通り,男性なら精巣動脈 testicular artery,女性なら卵巣動脈 ovarian artery
である. 55 は腹大動脈の下腸間膜動脈が出る辺りから内外腸骨動脈が分かれるまでを描かせる問 題である.それほど破格が見られる場所ではないので,実習時に走行をちゃんと追ったか を確認しているだけの問題と思われる.本問では,腹大動脈と総腸骨動脈の走行を聞いて いるようだが,これだけ太いものが追えることなど当たり前なので,むしろ枝について観 察できているかを問う方が建設的な問題となるだろう. 実際,筆者が担当したご遺体では下腸間膜動脈が大変細く,S 字結腸と直腸上部への分布 は確認できたが,横行結腸の左結腸角から下行結腸にかけてを動脈するはずの左結腸動脈 を視認できなかった.この左結腸動脈と上腸間膜動脈の枝である中結腸動脈とが横行結腸 のどの辺りで吻合するか(横行結腸のどこまでをいずれの動脈が担当しているか)は結腸 の手術の際に確認が必要になる臨床上の重要事項であり,これを観察しているかを問うこ ともできる. また,今年は実習中に腹腔動脈と上腸間膜動脈のデジタル・サブトラクション・アンギ オ(DSA)が示されている.これは血管に造影剤を入れる前後の映像を機械で重ね合わ せることで血管だけを浮かび上がらせる手法である(その手法で撮られた写真を臨床の現 場で「アンギオ」と呼んでいる). 腹腔動脈 celiac trunk のアンギオ を下に,またその周辺のアンギオをさ らに3D処理したものを右に示す.
アンギオ中に赤丸で囲った部分が脾動脈であるが,脾静脈が門脈系の枝であり,形もま っすぐで壁もすべすべしているのに対し,脾動脈は蛇行しているし,その表面もゴツゴツ している印象がある.これを同定させる,あるいはスケッチさせる問題を出題するのは面 白そう,とは先生のコメント. 問56 から 63 についてはまずは表を埋めてみる. 前には 後ろには 内側には 上には 下には 上辺の Superior Part Gallbladder (胆嚢たんのう), Peritoneum ( 腹 膜), 56quadrate lobe of liver (肝臓の 方形葉) 57 common bile duct(総胆管), Portal Vein ( 門 脈), Gastroduodenal Artery(胃十二指 腸動脈), 58 inferior vena cava (下大静脈) ― Neck of Gallbladd er (胆嚢頚 部) Part of 59 pancrea s (膵臓) 縦辺の Descending Part Transverse 60 colon(横行結 腸) Psoas Major(大 腰筋), Ureter(尿管), 61 right kidney (右腎臓) 57 common bile duct (総胆管), 59 pancreas (膵臓) ― ― 下辺の Horizontal /Ascending Part 62superior mesenteric Artery&Vein(上 腸間膜動静脈) Psoas Major, 58 inferior vena cava (下 大 静 脈), 63 abdominal aorta(腹大動脈) ― 59 pancreas (膵臓) ―
十二指腸 duodenum や膵臓 pancreas は腹膜後器官 retroperitoneal organ と呼ばれ る.発生の過程で後ろの腹壁に張り付いてしまい,前面が腹膜に覆われるだけなのでこの 呼び方がある.
間膜を持った腹腔内臓器(小腸や横行結腸など)はその前面に位置し,一方,それらに 動脈する腹大動脈はさらに後ろにあるので,いわばちょうど中間の深さに位置する十二指
腸や膵臓の前後周囲に何があるかを問えばそのまま腹腔についての立体感覚を問えること になり頻出の問題である. 上左はその腹膜後器官としての十二指腸と膵臓をまとめて示したものであり,これが横 行結腸をめくり返した状態でどの辺りに位置するのかが黒い輪郭で描き込まれているのが 上右図である. 上下左右の立体感覚の基準はやはり血管(とりわけ動脈)の走行である.上右図に描き 込まれている通り,
①上腸間膜動脈 superior mesenteric artery は膵臓の後ろから出てきて十二指腸の前を通 ること,
②下腸間膜動脈 inferior mesenteric artery は十二指腸の後ろから出てくること, さらに,もっと深いところのことを考えれば, ③腎動脈 renal artery と性腺動脈が腹大動脈から分かれるのはこれら上下の腸間膜動脈 の間であることを押さえておけば,腎臓がその辺りに位置すること(一方,性腺はその後 下降しているが発生はその辺りであること)もわかる. 胎生期に母体から胎盤を介して胎児に酸素飽和度の高い血液を運ぶために臍静脈→静脈 管→下大静脈という経路が存在する.出生後,臍静脈は 64 肝円索 round ligament of
liver ,静脈管は 65 静脈管策 venous ligament という遺残物となる.
成体では遺残物としてしか観察されないが,それが一体なぜ生じたのかを発生学を学ん だ後に改めて問われることになるので,その注意を喚起する問題.
臍から上.へと肝鎌状間膜 falciform ligament of liver が伸びており,その中を胎盤から の左臍静脈 left umbilical vein の遺残物が通っている(右臍静脈は出生前に退化する).こ れが肝円索である.(ちなみに,胎盤に行くのは内腸骨動脈 internal iliac artery からの枝 である臍動脈であり(こちらは出生まで2本),出生後も途中までは上膀胱動脈 superior
vesical artery として使われる.) なお,正中を臍から下.へと伸びる のは腹膜上では正中臍ヒダ median umbilical fold,内部では正中臍索 median umbilical ligament(旧名: 尿膜管索)であり,これは胎生期に 膀胱と臍帯とを結んでいた尿膜管の 遺残物である.老年期になって前立 腺肥大などで尿路が狭窄した際に臍 から尿が滲み出て尿膜管の開存が明 らかになることがある(むしろそん な歳になるまで胎生期の構造が残っ ているんだからすごい!). この辺りは平成16 年度本試験E.でも詳しく出題されているので注意のこと. プレテストの昨年度問題で胎生期と出生後の循環の相違が問われていた.その解答解説 にも付けたが,発生学に属することではあるけれども,心臓の心房中隔の構造(卵円窩) にも関わることであるし,もう一度次の図をよく見てみよう.
心房中隔のくぼみ(卵円孔 oval foramen の名残の卵円窩 oval fossa)は必ず右心房側か ら左心房側にくぼむようになっていたはずである.なぜなら出生後に左心房内の圧力が高 まることで前ページ図にあるように左心房側から蓋をされることで心房中隔は閉じるから である.成人でもこの蓋が完全に癒着していない人が一定の割合でいるが(筆者のご遺体 では完全に閉じていた),左心房圧の方が右心房圧よりも高いので蓋が開いてしまうことは ない. この蓋(一次中隔残存部)が欠損することは心房中隔欠損の原因の一つで,生後にこの 孔を塞ぐ手術をするときはその蓋の代替物として近くにある頑丈な膜を切り取って使う. それは何かを予想させるとしたらセンスを問ういい問題だと思うが,答えは平成16 年度の A.でも扱われている心膜 pericardium(のうち繊維性心膜)である. ついでにコメント:昨年度は脾臓,副腎,性腺と実質性臓器(肝臓のように中身の詰まっ た臓器)のスケッチが課されていたので,今年は心臓や消化管など内部に空間のある臓器 が問われるかもしれません.例えば心臓なら心房・心室の内部や弁,心房中隔をスケッチ させることは十分あり得ます. 問66 (1)肝硬変(肝臓に異常な繊維化が起こり,柔軟性が失われる状態)において,どんな 副次的病態が発生するか (2)直腸ガンの血行転移の様式に関して,解剖学的に重要なことがらは何か は,門脈系(門脈に集まった後,肝臓でもう一度毛細血管化)と体循環系(普通の静脈) との吻合という等しいテーマを二つの事象のいずれかを通して説明させるものである. 問題で与えられた左図は,門脈と体循環の 静脈との吻合箇所を示すものであり,アルフ ァベットのA∼Dまでが付された指示線が それに当たる. 左図ではそれら吻合に与えられた英語での 名称を付してある.なお,日本語での定訳は ないので以下では直訳とする. A:「門脈-奇静脈吻合」 胃の噴門の上部 で左胃静脈 left gastric vein(門脈系)の食 道枝と食道静脈 esophageal veins(奇静脈の 枝で体循環系)が吻合.
B:「門脈-直腸静脈吻合」 上直腸静脈 superior rectal vein(下腸間膜静脈の枝で門
脈系)と中・下直腸静脈 middle and inferior rectal veins(内腸骨静脈の枝で体循環系) が吻合.
C:「門脈-臍吻合」 臍傍静脈 paraumbilical veins(門脈系;肝鎌状間膜 falciform ligament of liver 内を肝円索 round ligament of liver に沿って走る)と腹壁の皮静脈(た とえば浅腹壁静脈 superficial epigastric vein や下腹壁静脈 inferior epigastric vein など で体循環系)の吻合.
D:「門脈-後腹壁吻合」 後腹壁に張り付いている器官(腹膜後器官 retroperitoneal organs)の静脈(基本的には門脈系)と腰静脈 lumbar veins や腎静脈 renal veins とい った後腹壁の静脈(体循環系)の吻合. 以上のような吻合は平時は特に意味はない. だが,(1)で問われたように,肝硬変により門脈の血流が障害されると,血液はこの 吻合を利用して心臓に還ることになる(肝臓が硬くなってしまえば肝臓で一度毛細血管に なった後に再度下大静脈に集められる門脈系よりもそのまま流れていける下大静脈系に血 液が逃げてこちらの血流量が増えるのは当然). すると, ・Aの吻合により食道下部に食道静脈瘤が生じて吐血の原因となり(腹腔内で大出血すれ ば失血死もあり得る), ・Bの吻合により直腸下部に静脈瘤が生じて痔の原因となり, ・Cの吻合により臍を中心として腹壁の皮静脈が怒張する(メズサの頭). 他にも,こうした吻合に起因するものではないが,脾静脈は門脈系に属するために脾臓 がうっ血して腫大することがあり(脾腫),この脾腫はときに触診可能で肝臓の病変の目印 となる. (2)はBの「門脈-直腸静脈吻合」をピンポイントに問題にするものである.上記の通 り,直腸上部には門脈系の下腸間膜静脈 inferior mesenteric vein の枝である上直腸静脈 が分布しているから,この部分に癌が発生すると,静脈血に乗って血行転移する先は(つ まり,次に突き当たる毛細血管1は)肝臓になる.一方,直腸中・下部には体循環系の内腸 骨静脈 internal iliac vein につながる中・下直腸静脈が分布している2から,この部分の癌 の血行転移先は心臓を通過した後の毛細血管網,すなわち肺 lung になる. 1 単に門脈と言うと普通は肝門脈のことである.しかし,門脈という語の本来の定義は,動脈→毛細血管→静脈という血管系の原則の例外として, 静脈となったあとに再び毛細血管に分岐し,さらに集合して静脈となる場合(動脈→毛細血管→静脈1→毛細血管→静脈2)の,静脈1のことで ある.こうした場合は下垂体 hypophysis にも見られ,「下垂体門脈」が存在する. 2 この事実を利用した私たちにもっと馴染みのある医療行為は座薬の使用である.薬を経口で摂取した場合(普通に薬を飲んだ場合),胃や腸の静 脈は門脈を経て肝臓に入り,そこで代謝を受けるのでその後静脈に入って体循環に回る量はうんと少なくなる(このことを初回通過効果と呼ぶ). これに対して,座薬は下直腸静脈から体循環系に直接入るので,薬が少量で済み,また,肝臓で代謝されやすいため経口では全身に行きにくい薬 も使うことができる.余談だが,酒も初回通過効果のおかげでほろ酔いで済むのであり,「尻から酒を飲む」という芸を聞いたことがあるが,死亡
問67についてコメント: 問67につき,スケッチはご遺体の様子も描画の技量も人ぞれぞれなので割愛します. が,注意点を述べておきま すと,今年は血管を含めたス ケッチが出る可能性が大いに あります(臓器,血管単独で はなく,臓器とそこまでの血 管の走行,という形で). 例えば,脾臓では,脾動脈 は細くウネウネとしているの に対し,脾静脈はいくらか太 く表面もなめらかで形も真っ 直ぐです. 副腎では,左図でも見るこ とができる真ん中を貫くそれ なりに血管壁の厚さもある血管は静脈であって(初めて観る人に聞くと多くの場合動脈と 勘違いします),腹大動脈の枝として模式的に太く描かれることの多い中副腎動脈すら他の 枝に比したら非常に細く,上下から副腎に伸びてくる上・下副腎動脈などもはや脂肪被膜 adipose capsule の中を通る細かな網の目です. 問68 (1) Perineum 会え陰いん 必ずしも一義的ではない用語で,発生学に根拠を有し,臨床でも使われることの多い定 義1と,解剖学においてより広い領域を漠然と指すのに使われる定義2がある. 定義1:尿膜と後腸の間に尿直腸中隔 urorectal septum が成長し,排泄腔を前方の原始尿 生殖洞 primitive urogenital sinus と後方の肛門直腸管 anorectal canal に分ける.それ に 伴 い , 排 泄 腔 膜 も 前 方 の 尿 生 殖 膜 urogenital membrane と 後 方 の 肛 門 膜 anal membrane に二分される.
この間にできた部分を会陰と呼び,成体では男性では陰嚢の後端より肛門の間,女性で は腟前庭の後端より肛門の間に当たる.
定義2:尾骨から恥骨へ広がり,骨盤隔膜の下部にある両大腿の間の部分.恥骨結合と二 つの坐骨結節を結んだ前方の尿生殖三角と,尾骨と同じく坐骨結節とを結んだ後方の肛門 〔または直腸〕三角とに分けられる.これらの奥には骨盤隔膜 pelvic diaphragm ≒肛門 挙筋 levator ani muscle とその筋膜がドーム上に広がって骨盤内の臓器を支えている. (平成16年度本試験G.はそのまま定義2に則った本問の解説文になる.) (2) Pleural Cavity 胸膜腔 上図のように,肺の表面と胸壁の内面とは胸膜に包まれており,それら胸膜を順に肺胸 膜,壁側胸膜と呼ぶ.肺胸膜は肺の内側面で壁側胸膜へと移行するので,胸膜は一続きの 袋状の構造物である.この内部が胸膜腔であり,ここには少量の胸膜液が含まれ,両胸膜 の表面を潤し呼吸時の摩擦を防いでいる.〔←プレテストのときに書いた解説の転載〕 (3) Inguinal Canal 鼡そ径けい管 簡素な説明としては,「男性では精索を,女性では子宮円索を入れる,前腹壁下部を斜 めに貫く管」でよいだろう.鼡径管はその内部を通るものがより複雑な男性の場合につき
問われることがほとんどであるから,男性の精嚢 scrotum から鼡径部にかけてを開いてい くスケッチを前ページに載せた.しかし,これをそのまま目に焼き付けようとしても正確 な名称とともに覚えてしまうのは難しいことで,むしろ,鼡径管も,その内部を通る精索 spermatic cordも,ほぼ腎臓の高さで生じた精巣が下降してくるのに伴い生じることを念頭 においた方がよく理解できる. 上図のように,後腹壁で 生じた精巣はその前部の腹 膜も引っ張り込みながら精 巣導帯に導かれて下降し, 前 腹 壁 を 覆 う 横 筋 筋 膜 transversalis fascia,腹横 筋 transversus abdominis muscle,内腹斜筋 internal oblique muscle,外腹斜筋 external oblique muscle を突き破るのではなくそれ を包む膜や筋として一緒に持って いく形で陰嚢内に収まる(左上図). とはいえ,では前腹壁にできた単 なる突起状構造物になるかといえ ばそうではなく,前腹壁を貫く(よ うに見える)管とそれを通す腹壁の 穴として観察されることになる(左 図).この管が鼡径管であり,腹腔 から前腹壁に入るための横筋筋膜 に開いた穴が深鼡径輪 deep inguinal ring であり,前腹壁から出るための外腹斜筋腱膜 aponeurosis of external oblique muscle に開いた穴が浅鼡径輪 superficial inguinal ring である.
いる.そのため,鼡径管の構造を問うことで前腹壁を守る層構造を理解しているかを同時 に問うことができ,頻出の(と言うか,そうあるべき)問題である. (4) Pterygopalatine Fossa 翼よく口こう蓋がい窩か (3) 同様に簡素に書けば,「蝶形骨翼状突起,上顎骨,口蓋骨の間にある,上顎神経,顎 動脈の終末部,翼口蓋神経節の入っている錐体形の小窩」のことであるが,複雑な立体構 造を持ち,言葉では説明不可能である.立体構造を視覚的に図示できて初めて得点とされ よう.なので,私なら本番では選択しない・・・ だが,この翼口蓋窩が説明できれば頭蓋全体の立体構造を理解していると判断でき,出 題する側にとっては「有難い」部位である. まずは,その位置を示した図を挙げる. 上図が示すように,有機物が落とされた骨標本でさえ頬骨弓に隠れて見えにくい位置に あり,その他の組織が残ったままのご遺体では丁寧に剖出しないとまずは位置が同定でき ない.そこに収まっている組織もきちんと分けて同定していくのは至難の業で,解剖には 失敗するかもしれないが3,概念的には理解しておこう. 次ページの図に整理した通り,翼口蓋窩は模式的には四角錐をひっくり返したような立 体として捉えることができる.よって,その境界として,前壁,後壁,内側壁,外側壁, 上壁,下壁,の6つを考えることができる.それぞれがどんな交通の場となっているのか を整理すると, 1.前壁の下眼窩裂を介して眼窩と交通する.通るのは眼窩下神経,眼窩下動脈. 2.後壁の翼突管を介して頭蓋底と交通する.通るのは翼突管神経,翼突管動脈. 3.内側壁の蝶口蓋孔を介して鼻腔と交通する.通るのは蝶口蓋動脈,上顎神経の後鼻枝. 4.外側壁の翼上顎裂を介して側頭下窩と交通する.通るのは顎動脈. 3 実習において,頭頚部は構造の複雑さの割にもともと割り振られている時間数が少なく,さらに,期間の最後に扱うためそれまでの作業の遅れ のしわ寄せが来ている場合が多く,実習を通して理解するという本来推奨されるべき態度では理解が破綻する.そんな事情のため,神経解剖学が
5.上壁の正円孔(下図では後壁に描かれているが・・・)を介して中頭蓋窩と交通する. 通るのは上顎神経. 6.下壁の大口蓋管を介して口腔と交通する.通るのは下行口蓋動脈と口蓋神経. という具合である. 通っている神経や血管はもちろん重要なのだが,理解の第一段階としては,何が通るの かよりも,まずは翼口蓋窩が何でどことつながっているのかを押さえて立体関係を覚えた 方がよい.冒頭でも述べたが,翼口蓋窩は交通の要衝にあるため,ここを押さえればほぼ 正確な頭蓋の立体イメージへと結び付けることができるからである. したがって,下図は,(神経や血管の種類ではなく,それらの)通路の種類(裂,孔, 管)とその行き先を重視してまとめてある. このレベルで図示し説明できれば満点であろう, 問69,70 についてコメント: 問69については,コピーしてさらにスキャンしている関 係上,解像度が非常に低くなっているCT画像を無理に読影 しても仕方がないので4,1点だけ参考となる話を. 基本的なことですがCTは横断面を下側から見たものが
提示されます.ですから,肝臓は必ず向かって左側に(本問はCTの反転なので黒く)表れ ます.その肝臓の下縁を示すのが,前ページ図Aで赤丸で囲った胆嚢 gallbladder です.他 に肝臓が写っている画像があればこのAよりも上部の横断面だと判定できます.
昨年はCT中に写った腹腔動脈 celiac trunk (問70 (1))と奇静脈・半奇静脈 azygos/ hemiazygos vein (同 (2))を同定させた上でスケッチさせるという問題が出ていますが, 実習中に指摘があった上なのでしょう(特に(1) celiac trunkについてはいきなり出したの ではCTの読影ができなければ初めでアウトの無茶な問題です).今年はCT画像のみで細い 血管を指摘させることは実習中にもなかったと思います.問55の解説に付したアンギオが 付くでしょう(一方,下行大動脈 descending aorta,下大静脈 inferior vena cava,門脈 portal vein はCTのみで指摘できることが要求されました5). (2)の奇静脈・半奇静脈は縦に走っている静脈なので,横に走るため走行する高さがわか っていないと厳しい(1)の腹腔動脈よりは同定できたのではないかと思います. 左図のように椎骨の前をそれに張り付くよ うに走っている(体の)右6の奇静脈と左の半 奇静脈は,ある部分で体を輪切りにしてその 走行部分を拡大すれば下図のように見えるこ とはわかるでしょう.図中Az が azygos vein (奇静脈)で,Hz が hemiazygos vein(半奇 静脈)です. 半奇静脈についてはその上部で肋間静脈を まとめる副半奇静脈とともに変異が大きいた め,班の4人で口裏を合わせておけば,どう いう走行を描いても嘘だとばれません(笑). 古いGray’s anatomy(この最新版は世界で 最も権威のある解剖学書)から採ってきた左 図と,奇静脈系の典型的とされる走行を描い
5 ちなみに,胸部矢状断のMRIのみで上/下大静脈 superior/inferior vena cava,上行/下行大動脈ascending/descending aortaの指摘も 求められていました.
た右図が早くも相違するくらいです.
ですが,下大静脈と上大静脈を結ぶバイパス路 としても存在している奇静脈系の意義自体は大変 重要で,覚えておく必要があります.