• 検索結果がありません。

密教研究 Vol. 1942 No. 81 002島田 信了「秘密集会経雑考 (一) P29-56」

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "密教研究 Vol. 1942 No. 81 002島田 信了「秘密集会経雑考 (一) P29-56」"

Copied!
28
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

(

)

目 次 一 、 緒 言 二 、 本 經 の 題 號 三 、 本 經 の 成 立 四 、 本 經 の 地 位 五 、 本 經 の 教 主 六 、 本 經 の 説 處 七 、 本 經 の 曼 荼 羅 八 、 本 經 と 易 行 道 九 、 本 經 の 空 思 想 一 〇 、 梵 藏 漢 三 本 に 就 い て 一 一 、 結 語 一 、 緒 言 佛 教 の 發 展 に 伴 つ て 徐 々 に 盛 上 つ て 來 た 密 教 的 要 素 が 、 次 第 に 集 積 さ れ 、 組 纎 化 せ ら れ て 、 遂 に 大 日 經 、 金 剛 頂 經 等 の 祕 密 大 經 の 成 立 を 見 る に 至 り 、 茲 に 密 教 が 擡 頭 し て 印 度 佛 教 の 最 後 を 飾 る の で あ る 。 勿 論 嚴 密 に 云 へ ば 、 眞 に 眞 言 密 教 が 確 立 し て 一 宗 派 を 形 成 す る に 至 つ た の は 、 我 國 に 於 て ゞ あ る が 、 其 の 所 依 の 經 典 と す る 所 は 、 あ く 迄 大 日 經 金 剛 頂 經 の 所 謂 兩 部 大 經 に あ る 事 は 云 ふ 迄 も な い 。 從 つ て 此 等 の 經 典 の 研 究 は 、 密 教 を 知 る 上 に 於 て 、 極 め て 重 要 な る 事 柄 で あ る 。 古 來 金 剛 頂 經 は 十 八 會 十 萬 頌 あ り と 云 な れ 、 非 常 に 廣 博 な も の で あ る が 、 扨 て 其 の 十 八 會 な る も の は 如 何 な る 經 典 祕 密 集 會 經 雜 攻 ( 一 ) 二 九

(2)

祕 密 集 會 經 雜 攻 ( 一 ) 三 〇 に 相 當 す る か 、 二 三 の も の を 除 け ば 、 今 尚 殆 ん ど 不 明 で あ る 。 然 し 十 八 會 の 根 本 を 爲 す も の は 、 初 會 の 經 典 た る ﹁ 一 切 如 來 眞 實 攝 大 乗 現 證 三 昧 大 教 王 經 ﹂ で あ り 、 此 經 に は 不 空 三 藏 の 、 云 は ゞ 部 分 譯 た る ﹁ 三 卷 教 王 經 ﹂ と 、 施 護 三 藏 の 全 譯 た る ﹁ 三 十 卷 教 王 經 ﹂ と の 二 譯 が 存 す る 。 普 通 眞 言 宗 で 單 に 金 剛 頂 經 と 云 へ ば 、 狭 く 不 空 譯 の 初 會 の 經 の み を 指 し 、 此 れ が 立 宗 の 基 礎 的 祕 籍 と な つ て ゐ る 。 此 の 外 に 、 宋 代 に 譯 出 せ ら れ た 法 賢 譯 の ﹁ 最 上 根 本 大 樂 金 剛 不 空 三 昧 大 教 王 經 ﹂ 七 卷 と 、 施 護 譯 の ﹁ 一 切 如 來 金 剛 三 業 最 上 祕 密 大 教 王 經 ﹂ 七 卷 が 、 夫 々 第 六 會 と 第 十 五 會 と に 當 る と 云 は れ 、 金 剛 頂 經 と し て は 、 僅 か に 上 の 三 會 が 知 ら れ る の み で あ る 。 是 の 如 く 、 現 存 經 典 の 僅 少 な る に 加 へ て 極 め て 難 解 で あ り 、 且 つ 完 全 な 疏 釋 も 傳 は ら な い 現 状 に あ つ て は 、 金 剛 頂 經 全 般 の 内 容 を 知 る 事 は 到 底 不 可 能 と 云 は ね ば な ら ぬ 。 然 し 根 本 經 典 た る 初 會 に 關 し て は 、 古 來 可 成 り 研 究 さ れ て ゐ る し 、 第 六 會 も ﹁ 理 趣 經 ﹂ の 類 本 、 若 し く は 其 の 廣 經 と し て 、 其 れ が 内 容 も 比 較 的 容 易 に 知 ら れ 、 此 等 を 通 じ て 金 剛 頂 經 の 思 想 内 容 も 、 幾 ち か 窺 知 し 得 る の で あ る 。 今 茲 に 研 究 せ ん と す る 祕 密 集 會 經 も 亦 、 一 般 に 第 十 五 會 の 經 典 と 云 は れ て を り 、 幸 に も 梵 藏 漢 の 三 本 が 完 全 に 現 存 す る の で あ る か ら 、 此 れ が 研 究 も 是 非 共 爲 さ ね ば な ら ぬ 事 柄 で あ る と 思 ふ 。 從 來 我 國 に 於 て 、 本 經 に 關 す る 研 究 は 殆 ん ど 其 の 跡 を 見 ず 、 よ し 之 に 觸 れ る も の が あ つ て も 、 極 め て 斷 片 的 、 皮 相 的 な も の で あ つ て 、 其 處 か ら 何 等 ま と ま つ た 成 果 を 期 待 す る 事 が 出 來 な い 。 其 れ は 、 本 經 の 傳 來 が 密 教 の 確 立 後 に あ つ て 、 我 國 と し て は 直 接 之 を 必 要 と し な か つ た 事 と 、 漢 譯 の み で は 甚 だ 理 解 し 難 い 點 が 多 く 、 且 つ 又 、 其 の 多 分 に 含 む 不 純 性 が 、 我 國 の 佛 教 學 者 に 興 味 を 持 た れ な か つ た 爲 で あ ら う 。 然 し 、 假 令 多 少 の 不 純 な 分 子 に よ つ て 混 濁 せ ら れ て ゐ る と し て も 、 此 れ も 亦 、 印 度 佛 教 の 一 つ の 流 れ で あ り 、 特 に 印 度 佛 教 の 最 後 の 頁 を 占 め る も の と し て 觀 れ ば 、 此 れ が 研 究 も 強 ち 無 意 味 で は な か ら う 。 本 經 は 西 藏 に 於 て 極 め て 重 要 視 せ ら れ 、 數 十 の 註 釋 書 が 存 す る 。 從 つ て 此 等 の 註 釋 書 を 通 し て ゞ な け れ ば 、 本 經 の

(3)

正 意 は 把 握 し 得 な い か も 知 れ な い が 、 今 は 主 と し て 、 本 文 よ り 直 接 に 、 梵 藏 漢 の 三 本 を 比 較 對 照 し つ ゝ 、 努 め て 重 要 と 思 は れ る 思 想 、 箇 處 を 摘 出 し 、 全 體 的 、 總 括 的 に 本 經 の 一 般 的 叙 述 を 試 み よ う と し た 。 此 れ が 爲 に 極 め て 概 論 的 ・ 皮 相 的 に 流 れ 、 屡 々 獨 斷 的 偏 見 に 走 つ た 恨 み な し と せ す 、 且 つ 本 論 抽 出 の 譯 文 も 頗 る 統 一 を 缺 き 、 誤 謬 も 多 々 あ る 事 と 思 ふ 。 自 ら の 無 力 々 省 み て 、 甚 だ 漸 愧 に 堪 へ ぬ 次 第 で あ る 。 尚 本 經 の 後 半 に 就 い て も 、 原 本 の 書 爲 と 、 翻 譯 と に 可 成 り の 努 力 を 彿 つ た つ も り で あ る が 、 徒 ら に 時 日 を 費 す の み に て 、 遂 に 所 期 の 目 的 を 達 し 得 ず 、 遣 憾 乍 ら 割 愛 の や む な き に 至 つ た 。 從 つ て 本 論 文 は 主 と し て 前 半 中 心 に 行 は れ た も の で あ る 。 ( 尚 、 引 用 の 經 文 は 主 と し て 西 藏 文 に つ い て 譯 し た 。 梵 本 の 頁 數 は の 頁 で あ る ) 二 、 本 經 の 題 號 現 存 す る 數 多 く の 梵 本 寫 本 の 、 各 章 末 に 記 載 せ ら れ た 題 號 を 見 る と 、 各 本 相 互 の 間 に 多 少 の 相 違 と 詳 略 の 差 異 が 認 め ら れ 、 假 令 同 一 爲 本 と 雖 も 、 其 の 題 號 は 必 ず し も 一 定 し て ゐ る の で は な い 。 從 つ て バ ツ タ ー チ ヤ ー ル ヤ 氏 は 此 等 の 題 號 を 統 一 し て 、 ﹁ 吉 祥 一 切 如 來 の 身 語 心 の 祕 密 中 の 最 上 祕 密 た る 、 祕 密 集 會 、 大 祕 密 タ ン ト ラ 王 ﹂ と 云 ふ 風 に し て ゐ る 。 又 東 大 所 藏 の 寫 本 、 並 び に 、 の 前 半 十 八 章 の 最 末 に は ﹁ 吉 祥 一 切 如 來 の 身 語 心 の 祕 密 よ り 出 で た る 吉 祥 祕 密 集 會 の 大 タ ン ト ラ 王 の 前 半 ﹂ 祕 密 集 會 經 雜 攻 ( 一 ) 三 一

(4)

祕 密 集 會 經 雜 攻 ( 一 ) 三 二 な る 表 題 が 見 ら れ る 。 更 に 西 藏 々 經 に 於 て は 、 ナ ル タ ン 版 と デ ル ゲ 版 と の 間 に 、 原 本 の 相 異 が あ つ た 爲 、 夫 々 題 名 を 異 に し て ゐ る 。 即 ち 、 ナ ル タ ン 版 、 に は 梵 、 ﹁ 吉 祥 祕 密 集 會 大 タ ン ト ラ 王 ﹂ 藏 、 ﹁ 吉 祥 祕 密 集 會 と 云 は れ る 大 儀 軌 王 ﹂ デ ル ゲ 版 に は 梵 、 ﹁ 一 切 如 來 の 身 語 心 の 祕 密 た る 祕 密 集 會 と 名 づ く る 大 タ ン ト ラ 王 ﹁ 藏 、 ﹁ 一 切 如 來 の 身 語 心 の 大 祕 密 た る 祕 密 集 會 と 名 づ く る 大 儀 軌 王 ﹂ と な つ て ゐ る 。 是 の 如 く 、 本 經 の 題 名 に は 數 々 の 異 り が 見 ら れ る が 、 全 部 に 共 通 し て 存 す る 特 有 語 は 、 祕 密 集 會 な る 言 葉 で あ り 、 此 れ が 實 に 本 經 の 骨 子 を 示 す も の で あ る 。 然 ら ば 、 云 ふ 所 の 祕 密 集 會 と は 如 何 な る 意 味 か 。 本 經 第 十 八 章 に ﹁ 此 處 に 何 が 祕 密 と 云 は れ 、 何 が 集 會 と 云 は れ る や ﹂

(5)

﹁ 云 何 名 祕 密 何 名 大 集 會 ﹂ ﹁ 身 語 心 の 三 種 が 祕 密 と 云 は れ 、 一 切 の 佛 と 呼 ば れ る も の ゝ 集 り が 、 集 會 と 説 か れ た り ﹂ ﹁ 身 語 心 三 種 此 名 爲 祕 密 諸 佛 菩 薩 等 此 名 爲 集 會 ﹂ と 述 べ 、 本 經 の 註 釋 書 た る ﹁ 祕 密 集 會 合 説 獻 供 華 ﹂ に も ﹁ 一 切 如 來 の 祕 密 は 三 に し て 、 身 の 祕 密 と 語 の 祕 密 と 、 心 の 祕 密 と な り 。 諸 々 の 祕 密 を 集 め て 、 其 處 に 聚 集 が あ る 所 の も の が 、 秘 密 集 會 な り ﹂ と 云 ふ が 如 く 、 身 口 意 の 三 業 が 祕 密 で あ り 、 集 會 と 云 ふ の は 、 一 切 の 佛 菩 薩 の 聚 集 を 指 す と 共 に 、 亦 實 に 、 本 經 が 此 の 祕 密 三 業 に 基 く 種 々 な る 功 徳 莊 嚴 ・ 曼 荼 羅 等 の 諸 説 を 集 め た も の で あ る と 云 ふ 意 味 か ら 、 か く 云 は れ だ の で あ る 。 元 來 、 身 口 意 の 三 業 を 三 密 と 云 ふ の は 、 佛 邊 に 約 し て 云 つ た も の で 、 ﹁ 即 身 義 ﹂ に ﹁ 謂 三 密 者 、 一 者 身 密 、 二 者 語 密 、 三 者 意 密 、 法 佛 三 密 甚 深 微 細 、 等 覺 十 地 不 能 見 聞 、 故 曰 密 ﹂ と あ る 如 く 、 佛 の 三 密 の 活 動 は 極 め て 甚 深 微 細 で あ り 、 一 切 の 行 境 無 く 、 無 限 ・ 無 邊 に し て 、 我 々 の 言 説 思 慮 を 絶 し 、 容 易 に 見 聞 窺 知 す る 事 の 出 來 ぬ も の で あ る 。 實 に 三 密 は 、 佛 の 一 切 活 動 の 象 徴 で あ り 、 遍 く 法 界 に 遍 じ て 靈 動 無 碍 で あ り 、 全 宇 宙 の 靈 的 表 現 で も あ る 。 而 も 我 等 衆 生 の 三 業 も 、 本 質 に 於 て は 佛 の 三 密 と 無 差 別 平 等 で あ る か ら 、 矢 張 り 三 密 と 云 は れ る し 、 此 の 三 密 が 金 剛 の 如 く 殊 勝 で あ り 、 堅 固 不 壊 で あ る と 云 ふ 意 味 か ら 、 金 剛 三 業 と も 云 は れ る の で あ る 。 漢 譯 經 題 ﹁ 一 切 如 來 金 剛 三 業 最 上 祕 密 大 教 王 經 ﹂ の 中 心 も 、 明 ら か に ﹁ 金 剛 三 業 ﹂ の 四 字 に 存 す る の で あ り 、 本 經 が 全 く 此 の 身 語 心 の 三 密 を 基 調 と し て 成 立 し て ゐ る 所 か ら 、 或 は 金 剛 三 業 云 々 な る 言 葉 を 掲 げ て 一 經 の 經 題 と し た も の で あ る 。 祕 密 集 會 經 雜 攻 ( 一 ) 三 三

(6)

祕 密 集 會 經 雜 攻 ( 一 ) 三 四 本 經 第 一 章 に ﹁ 祕 密 よ り 生 じ た る 集 會 、 一 切 如 來 の 祕 密 、 金 剛 の 精 髄 を 集 め た も の ゝ 眞 實 を 、 世 尊 よ 説 き 給 へ 。 ﹂ ﹁ 世 尊 我 等 皆 欲 隨 自 宣 説 一 切 如 來 祕 密 集 會 金 剛 精 妙 眞 實 法 門 ﹂ と 云 ひ 、 又 ﹁ 世 尊 は 、 是 の 如 き 功 徳 殊 勝 な る も の に 於 て も 、 亦 一 切 如 來 の 會 座 に 於 て で も 、 一 切 如 來 の 身 語 の 祕 密 を 説 示 す る 事 を 喜 ば ざ る 所 の も の 、 そ の も の を 、 世 尊 は 、 一 切 如 來 に 加 持 を 爲 し て 、 一 切 如 來 の 金 剛 三 昧 耶 を 出 生 す る 句 を 以 て 、 一 切 如 來 の 安 樂 と 悦 意 を 享 受 せ し む べ く 乃 至 、 一 切 如 來 の 智 と 神 通 の 果 を 、 得 し め ん が 爲 に 、 説 示 せ ら れ た し 。 ﹂ ﹁ 如 是 功 徳 最 勝 無 比 、 所 有 云 切 如 來 衆 會 、 一 切 如 來 灌 頂 金 剛 身 語 心 祕 密 三 業 、 一 切 如 來 加 持 所 作 、 一 切 如 來 金 剛 三 昧 出 生 正 句 、 云 切 如 來 最 極 妙 樂 無 上 勝 義 、 乃 至 一 切 如 來 智 現 前 智 因 果 等 法 、 隨 自 宣 説 今 正 是 時 。 ﹂ と 云 ふ が 如 く 、 本 經 の 中 心 主 題 が 、 正 し く 身 語 心 三 密 の 説 示 に あ る と 云 は ね ば な ら ぬ 。 以 上 の 如 き 理 由 か ら 、 本 經 の 題 號 も ほ ゞ 理 解 せ ら れ る と 思 ふ が 、 尚 此 處 に 注 意 す べ き 事 は 、 本 經 が ﹁ 如 來 祕 密 ﹂ な る 名 稱 を 以 て 呼 ば れ て ゐ る 事 で あ る 。 然 し 此 の 名 稱 は 東 大 所 藏 の 梵 本 中 、 の 後 半 の 最 末 に 於 て 、 僅 か に 一 回 現 は れ る の み で あ つ て 、 其 他 に 於 て は 見 ら れ な い も の で あ る 。 尤 も と 云 ふ も と 云 ふ も 、 其 の 意 味 の 上 よ り 云 へ ば 全 く 同 一 で あ る か ら 、 何 れ の 名 稱 を 以 て 呼 ば れ て も 何 等 差 支 な い か も 知 れ ぬ 。 然 し 實 際 と し て は 、 前 半 と 後 半 と の 間 に は 、 思 想 的 内 容 的 懸 隔 が 甚 し く 、 同 一 經 典 の 單 な る 前 半 、 後 半 と し て 一 律 に 論 じ 去 る 譯 に は ゆ か ぬ 。 明 ら か に 後 半 な る も の は 後 に 添 加 さ れ た も の で あ り 、 且 つ 前 半 に

(7)

於 て 、 な る 言 葉 が 見 ら れ な い と す れ ば 、 或 は 此 等 の 二 つ の 經 典 は 、 夫 々 の 名 稱 を 以 て 呼 ば れ る 相 異 る も の で あ り 、 其 れ が 後 世 に 至 つ て 結 合 せ ら れ 、 此 處 に 前 半 後 半 の 區 分 も 生 じ 、 元 々 相 異 る 二 つ の 題 號 が 、 何 れ に も 適 用 せ ら れ る に 至 つ た も の か 、 或 は 二 經 典 が 結 合 せ ら れ て 後 、 何 れ も 一 切 如 來 の 祕 密 を 明 す も の で あ る 所 か ら 、 全 體 的 に な る 名 稱 を 與 へ た も の か 、 尚 研 究 の 餘 地 が あ る と 思 ふ 。 勿 論 後 半 の み の 獨 立 經 典 に 於 て も 、 と 云 ふ 言 葉 が 全 然 見 ら れ な い も の も あ る が 何 れ に せ よ 、 後 半 な る も の が 後 に 添 加 さ れ た 事 は 確 か で あ る し 、 他 の も の に 於 て 、 な る 表 題 が 存 す る か ら 、 今 假 り に 、 二 つ の 名 稱 を 分 つ て 、 前 半 後 半 を 夫 々 異 つ た 名 前 で 呼 ん だ 方 が 、 混 亂 を 防 ぐ 上 に 於 て よ く は あ る ま い か 。 更 に 一 言 す べ き 事 は 、 本 經 が 一 名 と 呼 ば れ る 所 か ら 、 寂 天 の ﹁ 大 乗 集 菩 薩 學 論 ﹂ に 引 用 せ ら れ て ゐ る と 混 同 せ ら れ た が 、 此 の 二 つ は 全 く 類 名 異 本 で あ る 。 三 、 本 經 の 成 立 今 本 經 の 成 立 年 代 を 推 定 す る に 當 り 、 此 れ が 手 掛 り と し て 、 本 經 を ば 金 剛 頂 經 の 一 部 と 見 做 し て 論 を 進 め て 行 か う と 思 ふ 。 此 の 方 法 に 對 し て 良 き 材 料 を 提 供 す る も の は 、 不 空 三 藏 の 十 八 會 指 歸 で あ る 。 勿 論 指 歸 の 叙 説 の み に ょ つ て 、 本 經 を 直 に 金 剛 頂 經 第 十 五 會 な り と 斷 定 す る 事 は 聊 か 早 計 に し て 、 且 つ 根 據 薄 弱 の 感 が な い で も な い 。 然 し 本 經 の 題 號 並 び に 説 處 ・ 説 相 等 を 見 る 場 合 に は 、 恐 ら く 本 經 が 指 歸 の 文 に 於 け る 、 第 十 五 會 の 經 典 に 相 當 す る も の と 見 做 さ れ て よ い と 思 ふ 。 假 令 本 經 其 儘 が 、 不 空 請 來 の 梵 本 と 一 致 す る も の で は な い と し て も 、 少 く と も 其 れ と 密 接 不 可 分 の 關 係 を 有 す る 事 が 認 め ら れ 、 或 は 許 さ れ る な ら ば 、 兩 者 の 間 に 廣 略 ・ 初 後 の 關 係 が あ る で あ ら う と 考 へ て よ い か も 知 れ 祕 密 集 會 經 雜 攻 ( 一 ) 三 五

(8)

祕 密 集 會 經 雜 攻 ( 一 ) 三 六 ぬ 。 か く 本 經 が 第 十 五 會 と 密 接 に 相 關 聯 す る 所 か ら 、 本 經 を 金 剛 頂 經 の 一 部 に 該 當 す る も の と し て 推 定 し 、 以 て 論 を 進 め よ う と す る の で あ る 。 西 藏 傳 に ょ れ ば 、 東 南 印 度 特 に オ リ ッ サ 附 近 に 初 め て 金 剛 頂 經 が 傅 は つ た の は 、 西 暦 第 八 世 紀 の 初 葉 に 於 け る ウ ッ デ ィ ヤ ナ 國 王 因 陀 羅 部 底 の 時 で あ る と 云 ふ 。 今 智 友 の ﹁ 百 五 十 偈 の 聖 般 若 波 羅 蜜 多 理 趣 疏 ﹂ に よ る と 、 ﹁ 金 剛 頂 十 八 會 の 經 典 は 、 佛 滅 後 そ れ を 解 し 得 る も の が な か つ た 爲 、 此 の 世 の 中 よ り 隱 れ て 現 は れ な か つ た 。 然 る に サ ホ ー ル 國 の 因 陀 羅 部 底 王 の 時 、 已 に 絶 え て な か つ た 所 の 金 剛 頂 十 八 會 の 經 典 が 初 め て こ の サ ホ ー ル ( 地 方 ) に 現 は れ た の で あ る 。 ﹂ と 云 ひ 、 又 ﹁ 世 尊 は ウ ッ デ ィ ヤ ナ 國 に 於 て 其 の 國 王 因 陀 羅 菩 提 を 守 護 す る 爲 に 、 祕 密 集 祕 經 を 説 か れ て 金 剛 手 菩 薩 に 附 屬 せ ら れ た り 。 ﹂ 等 と あ る 事 よ り 、 金 剛 頂 經 が 此 の 王 の 時 代 に 初 め て 傳 播 し 、 又 王 と 密 接 な 關 係 を 有 す る 事 が 知 ら れ る の で あ る 。 然 し て 金 剛 智 三 藏 が 南 天 竺 に 於 て 金 剛 頂 經 を 研 究 し た 事 や 、 更 に 不 空 が 南 印 に 之 を 求 め た 事 實 、 並 び に 南 天 鐵 塔 説 等 は 、 金 剛 頂 經 の 成 立 が 南 印 地 方 に あ つ た 事 を 物 語 る も の で あ ら う 。 註 ① 栂 尾 博 士 ﹁ 理 趣 經 の 研 究 ﹂ 。 ② 河 口 慧 海 氏 ﹁ 西 藏 傳 印 度 佛 教 史 上 ﹂ 金 剛 智 三 藏 は 三 十 一 歳 に し て 南 天 竺 に 來 り 、 七 年 の 歳 月 を 費 し て 金 剛 頂 經 等 を 受 學 し 、

(9)

其 後 玄 宗 皇 帝 の 開 元 八 年 に 來 唐 し た の で あ る 。 此 の 來 唐 に 當 り 、 十 八 會 十 萬 頌 の 金 剛 頂 經 を 隨 身 し て 船 に 乗 つ た の で あ る が 、 途 中 大 暴 風 雨 に 會 ひ 、 此 の 十 萬 頌 の 金 剛 頂 經 は 無 知 な る 水 夫 に よ つ て 海 中 に 投 棄 せ ら れ 、 唯 其 の 略 本 た る ﹁ 金 剛 頂 略 出 念 誦 經 ﹂ 四 卷 の み を 支 那 に 將 來 し て 來 た と 云 は れ る 。 此 の ﹁ 金 剛 頂 義 決 ﹂ の 説 に は 疑 問 が あ る と し て も 、 金 剛 智 示 寂 の 後 不 空 金 剛 ( 七 〇 五-七 七 四 ) が 師 子 國 に 渡 り ( 天 寶 二 年 ) 普 賢 阿 闍 梨 を 尋 ね て 、 十 八 會 金 剛 頂 喩 伽 法 門 等 を 受 け 、 爾 來 遍 ね く 諸 々 の 眞 言 經 軌 を 尋 ね 、 天 寶 五 年 ( 七 四 六 ) に 此 等 を 齎 ら し て 長 安 に 歸 へ つ た の で あ る 。 三 藏 は 天 寶 十 二 年 よ り 大 暦 九 年 ( 七 七 四 ) に 至 る 間 、 百 十 部 百 四 十 三 卷 の 經 論 儀 軌 等 を 翻 譯 し た が 、 主 要 な る 密 教 關 係 の 典 籍 は 八 九 分 通 り 彼 の 手 に よ つ て 譯 さ れ て ゐ る と 云 へ よ う 。 又 不 空 請 來 の 經 軌 も 、 金 剛 智 三 藏 が 入 唐 し た 八 世 紀 の 初 か ら 彼 が 入 竺 し た 、 同 世 紀 の 中 頃 迄 の 間 に 出 來 た 新 作 の 經 軌 が 多 數 を 占 あ て ゐ た と 思 は れ る の で あ る 。 金 剛 智 三 藏 は 十 八 會 十 萬 頌 の 内 容 に 就 い て 全 然 述 べ る 所 な く 、 僅 か に 開 元 十 一 年 ( 七 二 三 ) 洛 陽 の 資 聖 寺 に 於 て ﹁ 金 剛 頂 喩 伽 中 略 出 念 誦 經 ﹂ 四 卷 等 を 譯 し た に 過 ぎ な い が 、 不 空 三 藏 に 至 つ て 初 め て 金 剛 頂 經 の 根 本 經 典 た る 初 會 の ﹁ 金 頂 一 切 如 來 眞 實 攝 大 乗 現 證 三 昧 大 教 王 經 ﹂ 三 卷 が 譯 出 せ ら れ 、 更 に ﹁ 金 剛 頂 鍮 伽 十 八 會 指 歸 ﹂ に よ つ て 、 十 八 會 の 内 容 が 大 略 示 さ れ る に 至 つ た 。 即 ち 、 指 歸 に 金 剛 頂 鍮 伽 經 、 有 十 萬 偶 十 八 會 、 初 會 名 一 切 如 來 眞 實 攝 大 乗 現 證 大 教 王 、 有 四 大 品 、 一 名 金 剛 界 。 二 名 降 三 世 。 三 名 偏 調 伏 。 四 名 一 切 義 成 就 。 表 四 智 印 。 於 初 品 中 有 六 曼 荼 羅 。 所 謂 金 剛 界 大 曼 荼 羅 。 並 説 毘 廬 遮 那 佛 受 用 身 。 以 五 相 現 成 等 正 覺 。 成 佛 後 以 金 剛 三 摩 地 。 現 發 生 三 十 七 智 。 廣 設 曼 荼 羅 儀 則 。 爲 弟 子 受 速 證 菩 薩 地 法 。 云 々 と あ る を 以 て 、 金 剛 智 譯 出 の ﹁ 略 出 念 誦 經 ﹂ は 、 正 し く 初 會 中 の 第 一 品 に 當 る 事 が 明 ら か で あ り 、 十 八 會 の 概 説 書 若 し 祕 密 集 會 經 雜 攻 ( 一 ) 三 七

(10)

祕 密 集 會 經 雜 攻 ( 一 ) 三 八 く は 略 本 で あ る と 云 ふ よ り は 、 寧 ろ 金 剛 頂 經 の 初 稿 或 は 先 驅 經 と 見 る の が 妥 當 で は な か ら う か 。 又 不 空 が 譯 し た 初 會 の 經 も 僅 か に 金 剛 界 品 の 大 曼 荼 羅 品 の み を 譯 し た に 止 り 、 彼 の 著 ﹁ 十 八 會 指 歸 ﹂ に 於 て も 、 施 護 譯 三 十 卷 教 王 經 に 見 ら れ る が 如 き 、 金 剛 界 品 、 降 三 世 品 、 偏 調 伏 品 、 一 切 義 成 就 品 の 内 品 以 外 の 最 勝 種 々 の 悉 地 の 相 を 説 け る 外 篇 、 及 び 有 相 分 別 を 主 と す る 人 達 の 爲 に 種 々 の 儀 軌 を 設 け る 、 外 々 篇 の 事 に は 全 然 觸 れ て ゐ な い 。 此 の 事 實 は 不 空 請 來 の 梵 本 中 に 、 外 篇 並 び に 外 々 篇 を 缺 い で ゐ た 事 を 物 語 る も の だ 。 換 言 す れ ば 、 施 護 譯 の 梵 本 は 不 空 譯 の そ れ に 比 し て 、 遙 か に 附 加 増 大 せ ら れ て ゐ る 事 を 示 す の で あ る 。 而 も か ゝ る 事 實 は 其 他 の 經 典 、 即 ち ﹁ 最 上 根 本 大 樂 金 剛 不 空 三 昧 大 教 王 經 ﹂ ﹁ 一 切 如 來 金 剛 三 業 最 上 祕 密 大 教 王 經 ﹂ 等 に 於 て も 亦 當 然 想 定 せ ら れ る 事 柄 で あ る と 思 ふ 。 不 空 三 藏 は 翻 譯 事 業 の 最 初 に 於 て 、 初 會 の 經 典 を 課 出 し た に も か ゝ は ら ず 、 他 會 の 經 を ば 續 い て 翻 譯 す る 事 な く 、 且 つ ﹁ 十 八 會 指 歸 ﹂ に し て も 徒 ら に 初 會 の み を 詳 述 し て ゐ る の に 反 し 他 會 に 就 い て は 極 め て 簡 略 で あ る 、 若 し 十 八 會 が 最 初 か ら 金 剛 頂 經 の 全 體 を 爲 す も の と し て 傳 へ ら れ た と す る な ら ば 、 又 彼 の 入 竺 が . 少 く と も 師 金 剛 智 の 果 さ な か つ た 金 剛 頂 經 等 の 請 來 に あ つ た と 見 る な ら ば 、 何 故 に 初 會 の み の 譯 出 を 以 て 事 足 れ り と し た か 甚 だ 疑 問 で あ る 。 思 ふ に 十 八 會 の 中 、 普 通 に 云 は れ て ゐ る 如 く 初 會 の み が 純 粋 の 意 味 で 金 剛 頂 經 で あ つ て 、 他 の 十 七 會 は 金 剛 頂 經 系 統 に 屬 す る 經 典 で あ り 、 金 剛 頂 經 其 者 と は 自 ら 異 る も の で あ つ た か も 知 れ ぬ が 、 此 等 の 十 八 が 軈 て 一 括 せ ら れ 、 云 は ゞ 金 剛 頂 經 系 の 叢 書 を な し て ゐ る と 云 ふ 意 味 か ら 、 廣 義 に 十 八 會 十 萬 頌 の 金 剛 頂 經 と 云 は れ る に 至 つ た も の で あ ら う 。 從 つ て 成 立 當 初 か ら + 八 會 の 經 典 が 同 時 に 製 作 せ ら れ 、 此 等 の 十 八 が 全 體 と し て 一 金 剛 頂 經 を 形 成 し た の で は な く 、 同 一 系 統 の 經 典 を 集 め 、 其 れ が 十 八 と な り 、 廣 く 金 剛 頂 經 と 云 ふ 名 が 與 へ ら れ た と 見 る 方 が 適 當 で は な か ら う か 。 從 つ て 不 空 が 先 づ 第 一 に 初 會 の 經 を 譯 出 し た の も 、 全 く 其 れ が 金 剛 智 譯 の ﹁ 略 出 念 誦 經 ﹂ の 不 足 を 補 ふ 意 味 で あ つ て 、 此 の 經 が 其 他 の 同 一 系 統 經 典 の 根 源 を

(11)

な す 根 本 經 で あ る 事 に 存 す る と 思 は れ る 。 又 指 歸 に 於 け る 初 會 以 外 の 叙 述 が 簡 潔 で あ る 所 か ら 、 或 は 此 等 の 經 典 が 完 全 獨 立 せ る も の と し て 存 し た の で は な か ら う と し て 、 遂 に 十 八 會 指 歸 は 製 作 豫 定 目 録 に 過 ぎ す と 斷 ず る 者 も あ る が 、 然 し 此 の 説 に は 賛 同 し 難 い 。 何 故 な ら ば 、 假 令 其 等 が 完 全 な る 經 典 で は な か つ た と し て も 、 何 等 か の 形 に 於 て 既 に 製 作 せ ら れ て を つ て 、 此 等 の 同 一 系 統 の 經 典 が 集 め ら れ て 十 八 と せ ら れ 、 其 の 各 々 の 内 容 を 略 述 し た も の が 指 歸 に 外 な ら ぬ と の 逆 の 、 見 方 を 取 る こ と が 出 來 る か ら で あ る 。 兎 に 角 、 不 空 の 時 代 に は 、 少 く と も 此 等 十 八 の 經 典 が 成 立 し て ゐ た と 認 め ら れ る の で あ る 。 次 に バ ツ タ ー チ ヤ ー ル ヤ 氏 は 本 經 の 成 立 を 三 世 紀 或 は 四 世 紀 と 見 做 し 、 恐 ら く 無 着 に よ つ て 作 ら れ た も の で あ ら う と 推 定 し 、 相 當 の 確 信 を 以 て 斷 言 し か ね な い 口 吻 を 漏 し て ゐ る 。 思 ふ に 此 の 推 定 の 根 據 は ﹁ 成 就 法 集 ﹂ 中 に 牧 載 せ ら れ て ゐ る 無 着 の 著 ﹁ 般 若 波 羅 密 多 成 就 ﹂ が 、 本 經 と 類 似 點 を 有 し 、 且 つ 影 響 せ ら れ る 所 が 多 い と 云 ふ 事 と 、 タ ン ト ラ の 教 義 が 無 着 以 來 數 世 紀 に 亙 つ て 、 師 か ら 弟 子 に と 祕 密 裡 に 傳 授 さ れ て 來 た と す る タ ー ラ ナ ー タ の 説 と に 依 つ て 、 無 着 が タ ン ト ラ の 初 期 の 學 者 で あ る と し 、 本 經 を 彼 に 關 係 せ し め た 事 に 存 す る 。 然 し ﹁ 成 就 法 集 ﹂ に 含 ま れ る 經 典 は 、 其 の 内 容 上 、 七 世 紀 若 し く は 八 世 紀 よ り 十 一 世 紀 に 至 る 間 に 成 立 し た も の で あ り 、 從 つ て 本 經 並 び に ﹁ 般 若 波 羅 密 多 成 就 ﹂ 等 の 著 者 が 無 着 ( 約 三 一 〇 -三 九 〇 ) で あ ら う 筈 は な く 、 假 り に 無 着 の 名 が 附 け ら れ て ゐ る と し て も 、 四 世 紀 の 無 着 で は あ り 得 な い 。 此 の 事 は 本 經 の 内 容 を 一 見 す れ ば 自 ら 明 瞭 と な る 。 即 ち 、 説 く 所 の 五 部 思 想 の 確 立 は 大 體 七 世 紀 の 後 半 頃 で あ つ て 、 其 れ 以 前 に 遡 る 事 が 出 來 な い し 、 又 タ ン ト ラ の 教 義 に 基 く 左 道 的 な 金 剛 乗 の 説 を 無 着 と 結 合 せ し め る 事 は 、 餘 り に も 時 代 的 觀 念 を 没 却 し た 見 方 と 云 は ね ば な ら ぬ 。 左 道 的 な 金 剛 乗 の 興 起 は 正 し く 八 世 紀 以 後 に 屬 す る も の で あ り 、 祕 密 集 會 經 雜 攻 ( 一 ) 三 九

(12)

祕 密 集 會 經 雜 攻 ( 一 ) 四 〇 無 着 の 學 説 中 に か ゝ る 思 想 は 全 然 含 ま れ て ゐ な い の で あ る 。 要 す る に バ ツ タ ー チ ヤ ー ル ヤ 氏 は ﹁ 般 若 波 羅 蜜 多 成 就 ﹂ の 著 者 と せ ら れ て ゐ る 無 着 を ば 、 無 着 に 二 人 な し と の 理 由 か ら 、 直 に 四 世 紀 の 無 着 と 同 一 人 で あ る と し 、 上 の 書 物 に 先 行 す る も の と し て ﹁ 祕 密 集 會 經 ﹂ を も 彼 の 著 作 と 見 做 し た の で あ る が 、 此 説 の 誤 り な る 事 は 云 ふ 迄 も な く 、 恐 ら く 彼 の サ ー ダ ナ は 、 後 世 無 着 に 名 を か つ て 作 ら れ た も の で あ ら う と 思 ふ 。 註 ① 大 村 西 崖 氏 ﹁ 密 教 發 達 誌 ﹂ ② ③ 更 に 本 經 が 久 し い 間 、 寂 天 ( 約 ) の ﹁ 大 乗 集 菩 薩 學 論 ﹂ に 引 用 せ ら れ て ゐ る と 信 ぜ ら れ て 來 た が 、 此 れ も 誤 り で あ つ て 、 此 經 に 引 用 せ ら れ て ゐ る ﹁ 如 來 祕 密 經 ﹂ と 云 ふ の は 、 純 粋 な る 大 乗 經 典 あ り 、 本 經 と は 全 然 内 容 を 異 に す る 別 經 で あ る 。 本 經 の 題 名 が 或 は と せ ら れ て ゐ る 所 か ら 、 題 名 の 類 似 を 以 て 兩 經 を 同一 視 し た 爲 に 生 じ た 誤 謬 に 外 な ら ぬ 。 即 ち 、 ﹁ 大 乗 集 菩 薩 學 論 ﹂ に は の 引 用 が 集 布 施 學 品 の ﹁ 菩 提 心 ﹂ 、 護 身 品 の ﹁ 語 業 の 謹 愼 ﹂、 清 淨 品 の ﹁ 自 身 清 淨 ﹂ 、 自 性 清 淨 品 の ﹁ 自 性 空 、 増 長 勝 力 品 の ﹁ 勝 力 増 長 ﹂ 、 念 三 寳 品 の ﹁ 信 等 の 四 法 ﹂ 及 び ﹁ 菩 提 心 ﹂ の 七 箇 處 に 夫 々 一 度 づ ゝ 見 ら れ る 。 但 し 、 漢 譯 經 典 で は ﹁ 自 身 清 淨 ﹂ と ﹁ 信 等 の 四 法 ﹂ と の 二 つ に 於 て 、 ﹁ 如 來 祕 密 經 ﹂ な る 名 稱 が 用 ひ ら れ す 、 ﹁ 祕 密 大 乗 經 ﹂ の 名 を 以 て 呼 ば れ て ゐ る 。 然 し 何 れ に す る も 、 此 等 の 箇 處 に 引 用 せ ら れ て ゐ る 文 句 を 見 れ ば 、 本 經 と 恐 ら く 縁 遠 い も の ば か り で あ り 、 全 然 無 關 係 な も の と 云 は ね ば な ら ぬ 。 又 バ ツ タ ー チ ヤ ー ル ヤ 氏 は 、 因 陀 羅 部 底 の ﹁ 智 慧 成 就 ﹂ や 、 蓮 華 金 剛 の ﹁ 祕 密 成 就 ﹂

(13)

等 に 、 本 經 の 章 句 が 廣 く 引 用 せ ら れ 、 最 も 權 威 あ る も の と し て 、 本 經 が 絶 大 な る 尊 敬 を 佛 は れ て ゐ る 旨 を 述 べ て ゐ る 。 此 の 二 人 は 大 體 同 時 代 の 人 で 、 八 世 紀 の 前 半 頃 に 生 存 し て ゐ た と 思 は れ る か ら 、 從 つ て 本 經 の 成 立 も 七 世 紀 の 後 半 若 し く は 八 世 紀 の 極 く 初 め 頃 で あ つ た で あ ら う と 推 定 さ れ る 事 に な る 。 然 し 、 バ ッ タ ー チ ヤ ー ル ヤ 氏 が 示 し た に 於 け る 引 用 句 は 、 極 め て 純 粋 な も の ゝ み で あ つ て 、 何 等 不 純 な も の は 認 め ら れ な い 。 即 ち 1 . ( 不 生 な る も の に 於 て ) 2 . ( 諸 法 は 本 性 淨 な り ) 3. ( 虚 空 は 一 切 に 隨 行 せ る も の な り ) 4 . ( 燧 木 と 燧 座 ) 5 . ( 身 語 心 金 剛 の ) 6 . ( 虚 空 界 と 等 し き も の に 於 て ) 7 . ( 金 剛 線 の 布 置 ) 8 . ( 集 り が 集 會 な り ) 9 . ( 始 終 な き も の ) 等 は 寧 ろ 本 經 特 有 の 言 葉 で な く 、 一 般 的 な も の と 云 へ る 。 又 に ﹁ 三 界 に 於 て 、 吉 祥 集 會 よ り 優 れ た る 寶 物 は あ る 事 な し 。 ﹂ . と 讃 嘆 し て ゐ る が 、 此 處 に 云 ふ と 本 經 と が 、 果 し て 同 一 異 名 の も の で あ る か ど う か 不 明 で あ る 。 バ ッ タ ー チ ヤ ー ル ヤ 氏 は 、 此 の 二 つ を 全 く 同 一 經 典 な り と 見 て ゐ る が 、 ﹁ 行 不 行 決 定 ﹂ に 戴 せ ら れ て 祕 密 集 會 經 雜 攻 ( 一 ) 四 一

(14)

祕 密 集 會 經 雜 攻 ( 一 ) 四 二 ゐ る と 云 は れ る の 引 文 を 見 る と 、 思 想 的 に は 本 經 と 極 め て 類 似 す る も 、 其 れ と 全 く 相 等 し い 文 は 、 本 經 に 於 て 見 ら れ な い の で あ る 。 從 つ て は 、 本 經 と 密 接 な る 關 係 を 有 す る も の で あ つ て 、 而 も 相 異 る 別 經 で あ る か も 知 れ ぬ 。 然 し 此 れ が 決 定 は 暫 ら く 保 留 す る 事 に し や う 。 註 ① ② ③ 日 本 佛 教 學 協 會 年 報 第 三 年 、 木 村 龍 寛 氏 ﹁近 世 印 度 佛 教 ニ 於 ケ ル 密 語 文 學 ト 空 富 爛 那 ﹂ 更 に 、 ウ イ ン テ ル ニ ツ ツ 等 は 本 經 の 成 立 を 七 世 紀 の 初 期 と 見 て ゐ る 樣 だ が 、 此 れ は 少 し 早 過 ぎ る と 思 ふ 。 か ゝ る 推 定 の 生 じ た の は 、 寂 天 引 用 の の 名 稱 に 禍 ひ さ れ た 所 が 多 い 。 然 し 注 意 す べ き 事 は 年 頃 の 龍 樹 が 本 經 の 註 釋 書 と し て 、 ( 龍 樹 に 二 人 あ る と 假 定 し て ) 、 1 . 2 . 3 . 4 . の 四 書 を 著 は し て ゐ る 事 で あ る 。 然 し 此 等 の 註 釋 も 、 或 は 龍 樹 に 名 を か り た 後 世 の も の で あ る か も 知 れ な い が 、 不 幸 に し て 、 未 だ 此 等 の 内 容 を 調 べ て ゐ な い か ら 、 果 し て 其 等 が 如 何 な る 内 容 を 持 ち 、 如 何 な る 思 想 を 述 べ て ゐ る か 明 ら か で な い 。 然 し 本 經 の 成 立 を 以 て 、 七 世 紀 の 初 葉 頃 と 見 做 す 説 に は 賛 成 し 難 い 。 何 故 な ら ば 、 本 經 に 説 か れ る が 如 き 曼 荼 羅 思 想 や 、 易 行 道 の 確 立 が 、 此 の 時 代 に あ つ た と 思 は れ な い か ら で あ る 。 從 つ て 龍 樹 の 註 釋 に は 多 大 の 疑 惑 が 注

(15)

が れ る の で あ る 。 密 教 が 漸 次 墮 落 に 向 ひ 始 め た の は 、 恐 ら く 八 世 紀 の 初 葉 か ら で あ り 、 七 七 〇 年 頃 即 位 し た 波 羅 王 朝 の グ ル マ パ ー ラ 王 が 、 ガ ン ヂ ス 河 畔 に 、 ヰ ク ラ マ シ ー ラ 寺 を 建 て ゝ 以 來 、 此 の 傾 向 は 益 々 盛 と な り 、 タ ン ト ラ の 教 理 の 導 入 と 、 印 度 教 の 性 力 派 と の 結 合 に よ つ て . 途 に 密 教 は 左 道 化 し 、 印 度 教 と 何 等 異 る 所 が な く な つ た 。 今 本 經 の 内 容 を 見 る 時 、 著 し く タ ン ト ラ の 教 義 に 着 色 せ ら れ 、 彼 の 左 道 性 力 派 に 見 ら れ る ﹁ 五 諦 ﹂ 或 は ﹁ 五 摩 字 ﹂ の 説 も 、 組 織 的 で は な い が 處 々 に 散 見 せ ら れ る し 、 又 大 樂 思 想 も 既 に 思 想 の 時 代 を 過 ぎ て 、 實 行 主 義 の 時 代 と な つ て ゐ る 。 從 つ て 此 等 の 説 よ り す れ ば 、 現 存 經 典 の 成 立 は 、 少 く と も 八 世 紀 の 後 牛 、 或 は 九 世 紀 以 後 に 迄 、 推 下 げ ら れ ね ば な ら な い だ ら う 。 タ ー ラ ナ ー タ の 説 に よ る と ﹁ 達 磨 波 羅 王 は 師 子 賢 と 其 の 弟 子 の 智 足 (= 覺 吉 祥 智 ) と を 尊 重 し ﹁ 般 若 經 ﹂ と ﹁ 吉 祥 祕 密 集 ﹂ と を 以 て 、 諸 方 に 遍 布 し 、 ﹁ 祕 密 集 ﹂ と ﹁ 般 若 ﹂ を 識 れ る 班 抵 達 の 首 領 等 輩 出 せ り 。 ﹂ と あ る か ら 、 此 の 時 代 に 本 經 が 盛 に 尊 崇 せ ら れ た 事 が 知 ら れ る 。 又 本 經 第 十 七 章 に ﹁ 世 奪 一 切 如 來 よ 、 過 去 に 於 て 、 不 可 説 不 可 説 の 佛 國 の 、 微 塵 數 に 等 し き 劫 を 越 え て 、 凡 そ 、 世 尊 、 如 來 、 阿 羅 漢 等 正 覺 の 燃 燈 佛 を も 越 え て 、 大 牟 尼 、 迦 葉 が 現 等 覺 す る に 至 る 迄 も 、 亦 説 か れ ざ り き 、 其 故 如 何 と な ら ば 、 世 尊 よ 大 祕 密 の 句 義 を 説 か れ ざ り し 事 は 、 其 時 、 其 時 代 に 於 て 、 有 情 等 に 福 が な か り し 爲 な り 。 ﹂ ﹁ 諸 大 士 當 知 此 法 甚 深 祕 密 希 有 、 過 去 過 不 可 較 不 可 計 微 塵 數 等 劫 、 從 燃 燈 如 來 應 供 正 等 正 覺 出 世 已 後 、 乃 至 迦 葉 如 來 出 現 世 間 、 是 等 諸 佛 皆 不 宣 説 此 祕 密 法 、 何 以 故 、 彼 時 衆 生 無 信 解 故 、 於 此 祕 密 功 徳 句 義 不 能 了 知 、 以 是 義 故 、 祕 密 集 會 經 雜 攻 ( 一 ) 四 三

(16)

祕 密 集 會 經 雜 攻 ( 一 ) 四 四 於 彼 時 中 諸 佛 如 來 皆 不 宣 説 最 上 大 乗 祕 密 集 會 諸 佛 菩 提 法 。 ﹂ と 説 く 事 、 其 れ 自 身 が 、 明 ら か に 本 經 が タ ン ト ラ 思 想 の 機 運 が 勃 興 し て 後 に 成 立 さ れ た も の で あ る 事 を 物 語 る の で あ る 。 以 上 に 雜 説 し た 如 く 、 本 經 は 金 剛 頂 經 關 係 の 經 典 と し て 、 又 因 陀 羅 部 底 王 に 關 係 あ る も の と し て 、 恐 ら く 七 世 紀 の 最 末 頃 。 或 は 寧 ろ 八 世 紀 の 初 葉 に 於 て 成 立 し 、 彼 の に 於 て 見 ら れ る 如 く 、 其 の 當 初 は 餘 り 不 純 な る 分 子 の 混 入 せ ら れ て ゐ な い 。 云 は ゞ よ り 純 粋 素 樸 な も の で あ つ た で あ ら う 。 然 し て 此 れ が 軈 て 不 空 に よ つ て 八 世 紀 の 中 葉 に 支 那 に 齎 ら さ れ 、 金 剛 頂 經 の 第 十 五 會 と せ ら れ る に 至 り 、 其 後 更 に 、 種 々 な る 邪 説 の 混 入 に よ つ て 、 著 し く 附 加 増 大 せ ら れ 、 大 體 八 世 紀 末 よ り 九 世 紀 に 亙 つ て 、 現 今 に 見 ら れ る が 如 き 經 典 と な つ た も の で あ ら う 。 か く し て 本 經 が 、 間 も な く 時 輪 乗 へ と 展 開 し 、 此 處 に 印 度 佛 教 は 滅 亡 す る の で あ る 。 註 ① ② ③ 寺 本 婉 雅 氏 ﹁ タ ー ラ ナ ー タ 印 度 佛 教 史 ﹂ ④ 帙 四 、 本 經 の 地 位 本 經 第 十 八 章 に 於 て 、 ﹁ タ ン ト ラ の 最 勝 中 の 最 勝 な る も の は 、 祕 密 集 會 と 名 つ く る タ ン ト ラ な り 。 ﹂ ﹁ 如 是 祕 密 大 集 會 等 祕 密 行 相 。 於 諸 法 中 最 尊 最 上 。 ﹂

(17)

と て 、 自 ら 其 の 地 位 を 賞 讃 し 、 又 本 章 の 註 釋 に も 、 ﹁ 瑜 伽 の 諸 々 の タ ン ト ラ よ り 勝 れ た り 。 ﹂ と 述 べ て 、 本 經 の 地 位 を 賞 揚 し て ゐ る の で あ る 。 然 ら ば 、 果 し て 本 經 が 印 度 、 酉 藏 、 支 那 、 目 本 に 於 て 夫 々 如 何 な る 位 置 を 占 め て ゐ る の で あ ら う か 。 印 度 佛 教 の 末 流 に 於 て は 、 金 剛 乗 の 大 樂 思 想 が 墮 落 に 向 ひ 、 タ ン ト ラ や 儀 軌 の 製 作 が 盛 と な り 、 此 れ が 印 度 教 に 重 大 な る 影 響 を 及 ぼ し 、 外 派 タ ン ト ラ の 隆 盛 を 惹 起 せ し め る 一 方 、 又 自 ら も 其 の 影 響 を 蒙 り 、 佛 教 と 印 度 教 と は 全 く 區 別 の つ か ぬ 状 態 と な つ て 、 左 道 の 横 行 を 見 る に 至 つ た の で あ る 。 本 經 成 立 の 動 機 が 速 疾 成 佛 を 絶 叫 し 、 一 切 の 戒 律 束 縛 に 執 ら は れ ず 、 專 ら 金 剛 阿 闍 梨 の 命 ず る が 儘 に 大 樂 の 生 活 を 爲 す 事 に よ つ て 、 現 實 生 活 に 即 し て 大 樂 の 涅 槃 を 獲 得 し 、 即 身 に 成 佛 し 得 る と の 易 行 の 道 を 宣 揚 す る に あ つ た 。 而 も 此 れ が 實 踐 と し て シ ャ ク チ 思 想 を 導 入 し 、 性 力 派 の 理 論 教 義 と 密 接 な る 關 連 を 保 つ に 至 つ た 。 從 つ て 本 經 は 、 佛 教 内 に か ゝ る タ ン ト ラ の 混 入 を 許 し た 最 初 の も の 、 或 は 外 派 タ ン ト ラ の 勃 興 に 直 接 關 與 す る も の と 云 へ る か も 知 れ な い 。 換 言 す れ ば 、 佛 教 と 印 度 教 と を 繋 ぐ も の と し て 、 タ ン ト ラ 的 な 佛 教 と も 、 佛 教 的 な タ ン ト ラ と も 見 ら れ る も の と 云 へ る だ ら う 。 實 に 本 經 の 易 行 的 方 面 は 一 般 の 人 々 に 親 し ま れ 、 權 威 あ る も の と し て 盛 に 尊 崇 せ ら れ 、 且 つ 又 、 本 經 が タ ン ト ラ と 密 接 に 關 係 し 云 は ゞ タ ン ト ラ の 先 驅 と も 見 ら れ て 價 値 付 け ら れ た 爲 で も あ ら う か ﹁ タ ン ト ラ の 最 勝 中 の 最 勝 な る も の ﹂ と し て 讃 嘆 も さ れ 、 數 多 く の 註 釋 書 も 續 出 し て ゐ る の で あ る 。 尚 印 度 に 佛 教 が 亡 び て 後 も 、 ネ パ ー ル に 於 て は ﹁ 九 法 ﹂ の 一 と し て 絶 大 な る 權 威 を 持 ち 、 近 世 に 至 る 迄 盛 に 寫 經 せ ら れ 、 其 間 、 種 々 の 附 加 増 大 も な さ れ て ゐ る 。 次 に 西 藏 に 於 け る 本 經 の 地 位 を 述 べ よ う 。 西 藏 佛 教 は 、 ラ ン ダ ル マ 王 の 破 佛 を 境 と し て 自 ら 前 後 の 祕 密 集 會 經 雜 攻 ( 一 ) 四 五

(18)

祕 密 集 會 經 雜 攻 ( 一 ) 四 六 二 部 分 に 分 け ら れ る 。 破 佛 以 前 に 密 教 を 傳 へ た も の は 、 先 づ 蓮 華 生( 入 藏 ) に 指 を 屈 し な け れ ば な ら ぬ 。 彼 の 傳 へ た 密 教 は 恐 ら く 因 陀 羅 部 底 系 の 俗 化 せ る 密 教 で あ つ た と 思 は れ 、 此 れ が 西 藏 に 於 て ﹁ 祕 密 古 派 ﹂ と 稱 さ れ る も の だ 。 破 佛 以 後 久 し く し て 、 イ シ ェ オ エ 出 で 佛 教 を 復 興 せ ん と し て 、 多 く の 經 典 儀 軌 を 輸 入 し 、 茲 に 密 教 の 隆 盛 を 見 る 。 蓋 し 、 西 藏 に 於 て は 本 來 戒 律 を 以 て 僧 衆 の 規 範 と な し 、 中 觀 佛 教 を 奉 じ 、 密 部 は 唯 梵 教 に 代 る べ き 一 方 便 と な し た に 過 ぎ な か つ た が 、 イ シ ェ オ エ 王 の 時 代 に ﹁ 一 切 如 來 金 剛 三 業 最 上 祕 密 大 教 王 經 ﹂ ﹁ 一 切 如 來 眞 實 攝 大 乗 現 證 三 昧 大 教 王 經 ﹂ ﹁ 大 樂 金 剛 不 空 大 教 王 經 ﹂ 等 の 經 典 が 譯 さ れ 而 も 其 の 大 部 .分 が 密 部 經 典 で あ つ た か ら 、 此 處 に 自 ら 顯 教 と 密 教 と の 二 種 が 分 た れ 、 就 中 顯 教 は 聲 聞 ・ 獨 覺 ・ 菩 薩 の 三 乗 に 、 密 教 は 作 密 ・ 修 密 ・ 相 應 密 ・ 無 上 相 應 密 の 四 つ に 夫 々 分 類 さ れ る 。 此 中 作 密 と は 眞 言 ・ 印 相 ・ 供 養 儀 式 ・ 護 摩 儀 軌 等 を 説 く も の に し て ﹁ 佛 母 大 孔 雀 明 王 經 ﹂ ﹁ 藥 師 瑠 璃 光 七 佛 本 願 功 徳 經 ﹂ ﹁ 大 寳 廣 博 樓 閣 善 住 祕 密 陀 羅 尼 經 ﹂ 等 の 諸 經 の 所 説 を 云 ひ 、 修 密 は 三 昧 及 び 灌 頂 の 儀 則 等 を 説 く も の で 、 大 日 經 等 が 此 れ に 當 り 、 相 應 密 は 佛 蓮 金 等 の 五 部 を 分 ち 、 各 曼 荼 羅 及 び 印 契 を 説 け る も の に し て 、 方 便 を 主 に 示 す も の と 慧 を 主 に 示 す も の と の 二 つ に 分 つ 。 前 者 に は ﹁ 一 切 如 來 眞 實 攝 大 乗 現 證 三 昧 大 教 王 經 ﹂ 、 後 者 に は﹁ 理 趣 經 ﹂ 等 の 經 軌 が 含 ま れ る 。 無 上 相 應 密 は 總 じ て 大 樂 を 説 け る も の に し て 、 戒 律 を 捨 て 飲 酒 ・ 食 肉 ・ 行 婬 等 を 以 て 最 上 佛 果 成 道 の 道 と な す も の で 、 之 に 交 會 を 主 と す る 無 二 密 と 、 般 若 を 主 と す る 母 密 と 、 方 便 を 主 と す る 父 密 の 三 種 を 分 け 、 父 密 に は 本 經 並 に ﹁ 無 二 平 等 最 上 瑜 伽 大 教 王 經 ﹂ ﹁ 青 衣 金 剛 手 大 暴 惡 藥 叉 金 剛 焔 本 續 ﹂ 母 密 に は ﹁ 大 悲 空 智 金 剛 大 教 王 儀 軌 經 ﹂ ﹁ 空 行 母 ﹂ 無 二 密 に は ﹁ 吉 祥 時 輪 本 續 王 ﹂ 等 が 屬 す る 。 而 し て 無 上 相 應 密 を 以 て 祕 密 究 竟 の 奥 義 と な し 、 之 を 祕 密 新 派 と 稱 し 、 多 く 寳 賢 等 の 新 に 請 來 せ る 祕 經 に 基 く も の で あ り 、 先 に 蓮 華 生 の 傳 へ た 觀 念 修 法 を 主 と す る 祕 密 古 派 に 對 す る の で あ

(19)

る 。 上 の 叙 述 に よ つ て 明 ら か な る 如 く 、 本 經 は 正 し く 無 上 相 應 密 の 父 密 に︱ 詳 し く 云 へ ば 父 密 中 の 阿 閾 族 の 怛 特 羅 に ︱ 屬 す る も の で あ つ て 、 最 も 重 ん ぜ ら れ 、 身 語 心 の 圓 満 淨 化 に 依 り 、 法 爾 に 凡 聖 不 二 を 成 就 し 、 劫 波 の 差 別 な く 無 差 別 平 等 に 一 切 を 救 は ん と し て の 教 法 で あ る 。 西 藏 の 歴 史 書 に 於 て 、 本 經 に 關 す る 叙 述 は 屡 々 見 ら れ る 所 で あ り 、 例 へ ば 、 ﹁ 祕 密 集 の 大 曼 荼 羅 會 中 に 入 り て 、 金 剛 菩 提 頓 生 智 相 の 灌 頂 を な し 、 假 空 二 相 の 細 惑 究 竟 に 滅 盡 し て 、 中 道 實 相 の 體 相 現 成 し 、 無 上 祕 密 集 を 宣 論 せ ら れ た り き 。 ﹂ ﹁ 無 上 瑜 伽 密 部 の 祕 經 を 世 尊 の 説 か れ た る は 、 如 來 五 十 八 歳 の 時 二 月 十 五 日 、 聖 米 丘 塔 に 於 て 、 福 生 國 の 王 月 賢 の 請 に 依 て 、 彼 王 と 及 王 の 多 く の 眷 屬 の 爲 に 時 輪 經 及 金 剛 可 畏 大 明 王 の 根 本 祕 經 等 、 多 く の 無 上 祕 經 を 説 き 給 ひ て 此 等 を 祕 密 主 金 剛 手 菩 薩 に 付 囑 せ ら れ た り 。 猶 又 總 て の 無 上 祕 經 中 最 勝 超 絶 完 全 な る 者 は 、 吉 祥 祕 密 集 祕 經 た る 事 は 、 總 て の 大 行 者 の 一 致 す る 所 に し て 、 世 導 が 此 祕 密 集 祕 經 を 説 か れ し 事 は 、 此 經 の 序 品 に 、 世 尊 は 金 剛 王 妃 の 陰 門 形 法 生 の 中 な る 宮 殿 の 中 に 住 し 給 ひ て 、 十 方 の 空 間 に 充 満 せ る 所 の 大 衆 に 對 し て 、 祕 密 集 祕 經 を 説 か ん と 宣 言 せ ら れ た り き 。 ﹂ ﹁ 根 本 祕 經 第 十 七 品 に は 聖 彌 勒 菩 薩 を 始 と し て 、 明 王 、 金 剛 手 等 の 大 衆 は 次 の 如 く 世 尊 に 奏 せ り 。 不 可 説 亦 不 可 説 な る 無 量 劫 の 過 去 時 の 燃 燈 佛 よ り し て 以 來 、 迦 葉 波 に 至 る 迄 の 諸 佛 は 無 上 の 祕 密 經 を 説 か れ ざ り し が 、 只 今 世 尊 の 是 れ を 説 か れ た る は 、 實 に 大 讃 歎 の 外 な し と て 、 廣 く 其 事 を 讃 説 せ り 。 又 世 尊 は 烏 仗 那 國 に 於 て 其 國 王 因 陀 羅 菩 提 を 守 護 す る 爲 に 祕 密 集 祕 經 を 説 か れ て 、 金 剛 手 菩 薩 に 付 囑 せ ら れ た り 。 而 し て 因 陀 羅 菩 提 王 は 祕 密 集 三 昧 に 入 り 、 其 身 の 一 生 の 中 に 於 て 、 中 道 の 瑜 伽 を 證 得 せ ら れ た る 事 は 、 古 來 諸 大 學 者 の 一 致 せ る 説 な れ ば 、 世 尊 祕 密 集 會 經 雜 攻 ( 一 ) 四 七

(20)

祕 密 集 會 經 雜 攻 ( 一 ) 四 八 の 祕 密 經 を 説 か れ た る 事 は 明 瞭 な り と 云 ふ べ し 。 ﹂ と 。 尚 河 口 氏 は ﹁ 第 四 無 上 瑜 伽 部 に 於 て 男 と 女 と 中 と の 三 部 に 分 ち 、 古 派 中 の 一 派 の 如 き は 女 尊 祕 密 部 を 以 て 最 上 中 の 最 上 な る も の と な せ り 。 然 れ ど も 新 派 に 至 つ て は 此 の 三 部 中 、 別 に 高 下 の 區 別 を な さ す 。 例 せ ば 新 派 の 最 上 祕 經 中 の も の な の と せ ら る ゝ 祕 密 集 根 本 祕 經 、 金 剛 可 畏 祕 經 の 如 き は 、 男 尊 部 に 屬 す る を 以 て も 明 か な り と 云 ふ べ し 。 ﹂ と 述 べ て ゐ る が 、 以 上 に よ つ て 兎 も 角 も 本 經 が 如 何 に 西 藏 に 於 て 重 要 視 せ ら れ 、 尊 敬 せ ら れ て ゐ る か ゞ 知 ら れ る し 、 且 つ 本 經 に 關 す る 數 十 の 註 釋 が 如 實 に 其 の 地 位 を 物 語 る も の と 云 へ る の で あ る 。 金 剛 頂 經 を 初 め て 支 那 に 紹 介 し た の は 開 元 八 年 南 天 竺 よ り 來 唐 せ る 金 剛 智 三 藏 で あ る が 、 然 し 實 際 と し て 、 十 八 會 の 内 容 を 極 め て 簡 略 で は あ る が 一 通 り 概 説 し た も の は 、 彼 の 弟 子 不 空 金 剛 ( 七 〇 五 -七 七 四 ) の ﹁ 金 剛 頂 經 瑜 伽 十 八 會 指 歸 ﹂ な る 著 で あ る 。 尤 も 此 の 著 は 瑜 伽 大 本 十 八 會 の 目 録 或 は 問 題 と も 見 ら る べ き も の で は あ る が 、 十 八 會 指 歸 に ﹁ 第 十 五 會 名 祕 密 集 會 瑜 伽 、 於 祕 密 處 説 、 所 謂 喩 師 婆 伽 處 説 、 號 般 若 波 羅 蜜 宮 。 此 中 説 教 法 、 壇 、 印 契 、 眞 言 、 住 禁 戒 。 似 如 世 間 貪 染 相 應 語 。 會 中 除 蓋 障 菩 薩 等 、 從 座 起 禮 佛 日 言 。 世 尊 大 人 不 應 出 鹿 言 雜 染 相 應 語 。 佛 言 。 汝 等 清 淨 相 應 語 、 有 何 相 状 。 我 之 此 語 、 加 持 文 字 、 應 化 縁 方 便 、 語 引 入 佛 道 、 亦 無 相 状 、 成 大 利 益 、 汝 等 不 應 生 疑 。 此 廣 説 實 三 摩 地 。 諸 菩 薩 各 々 説 四 種 曼 荼 羅 四 印 。 ﹂ と あ る 。 然 し 此 の 指 歸 の 文 は 餘 り に も 簡 單 で あ り 、 又 不 空 時 代 に 本 經 が 譯 出 さ れ る に 至 ら な か つ た 爲 に 、 當 時 に あ つ て は 此 れ 以 上 其 の 内 容 を 知 る 事 が 出 來 す 、 單 に 本 經 が 摘 出 さ れ て ゐ る と 云 ふ 以 外 に 、 何 等 の 影 響 も 與 へ な か つ た 事 は 勿 論 で あ る 。 下 つ て 宋 代 に 至 り 、 施 護 三 藏 に よ つ て ﹁ 一 切 如 來 金 剛 三 業 最 上 祕 密 大 教 王 經 ﹂ と し て 譯 出 さ れ る に 及 び 、 此 經 の 内

(21)

容 が 正 に 指 歸 の 文 中 、 第 十 五 會 祕 密 集 會 瑜 伽 に 相 當 す る 事 を 見 出 し 、 本 經 が 金 剛 頂 經 第 十 五 會 と し て 一 般 に 認 め ら れ る に 至 つ た と 思 は れ る 。 曇 寂 の ﹁ 金 剛 頂 大 教 王 經 私 記 ﹂ 第 一 に 佛 説 一 切 如 來 金 剛 三 業 最 上 祕 密 大 教 王 經 七 卷 施 護 譯 、 十 八 會 中 第 十 五 會 名 祕 密 集 會 瑜 伽 。 此 經 應 是 從 彼 會 出 。 検 其 説 相 、 與 指 歸 文 最 符 合 矣 。 と 云 ふ も 、 全 く 本 經 を 指 歸 の 文 に 比 較 し た 上 で 第 十 五 會 に 當 る と 見 做 し た も の で あ り 、 又 恐 ら く 正 し い 見 方 で あ ら う 。 尤 も 宋 代 に 譯 出 さ れ た 本 經 が 其 儘 不 空 三 藏 請 來 の 梵 本 と 全 く 等 し か つ た と 斷 定 す る 事 は 出 來 な い 。 何 故 な ら ば 不 空 よ り 施 護 に 至 る 間 に 於 て 、 本 經 が 少 か ら す 附 加 増 大 せ ら れ 、 よ り 多 く の 不 純 分 子 が 混 入 し た で あ ら う と 推 定 さ れ る か ら て あ る 。 支 那 に 於 て 密 教 が 榮 へ た の は 善 無 畏 、 金 剛 智 ・ 不 空 ・ 惠 果 に 亙 る 時 代 で あ り 、 其 れ 以 後 は 全 く 日 本 に 移 植 せ ら れ 、 支 那 密 教 は 衰 運 に 向 ふ 。 而 も 此 れ が 衰 滅 を 決 定 的 な ら し め た も の は 、 武 宗 の 破 佛 ( 會 昌 五 年 ) と 其 れ に 續 く 五 代 の 戰 亂 で あ り 、 再 び 密 教 は 往 年 の 盛 況 を 再 現 す る 事 が 出 來 す 、 僅 か に 部 分 的 密 教 と し て 殘 存 す る に 過 ぎ な か つ た 。 宋 の 太 祖 位 に 即 き 佛 教 を 保 護 す る に 至 つ て 、 密 教 も 漸 く 復 活 す る 樣 に な り 、 法 天 ( 法 賢 ) 、 天 息 災 、 施 護 等 梵 僧 の 來 宋 す る 者 續 出 し 、 且 つ 支 那 人 に し て 譯 經 及 び 著 述 の 業 に 從 ふ 者 も 多 く 、 彼 等 は 何 れ も 密 教 經 典 を 多 數 譯 出 し 茲 に 、 密 教 は 可 成 の 勢 力 を 擡 げ た 。 然 し 其 の 譯 出 經 典 の 多 く は 卑 俗 な る も の で あ つ た が 故 に 、 數 の 多 き に 比 し て 其 の 影 響 は 極 め て 少 か つ た 。 唯 宋 代 に 於 て 十 八 會 の 金 剛 頂 經 中 、 第 一 會 ﹁ 一 切 如 來 眞 實 攝 大 乗 現 證 三 昧 大 教 王 經 ﹂ 三 十 卷 と 第 六 會 ﹁ 佛 説 最 上 根 本 大 樂 不 空 三 昧 大 教 王 經 ﹂ 七 卷 と 第 十 五 會 た る 當 經 が 譯 出 せ ら れ 、 難 解 な 金 剛 頂 經 を 知 る 上 に 役 立 つ 所 が 多 か つ た と 思 は れ る の で あ る 。 祕 密 集 會 經 雜 攻 ( 一 ) 四 九

(22)

祕 密 集 會 輕 雜 攻 ( 一 ) 五 〇 更 に 我 國 に は 成 尋 が 初 め て 本 經 を 請 來 し た の で あ る が 、 我 國 と し て は 既 に 密 教 確 立 の 後 で あ つ て 、 當 經 を 全 然 必 要 と せ ず 、 又 不 純 な る も の を 含 む 爲 か 我 國 佛 教 者 に よ つ て 全 く 一 顧 だ に さ れ な か つ た と 云 つ て よ い 。 以 上 述 べ た る 如 く 、 本 經 が 印 度 西 藏 に 於 て 極 め て 重 要 な 地 位 を 占 め る に 反 し 、 支 那 日 本 に 於 て は 殆 ん ど 價 値 を 認 め ら れ な か つ た の で あ る 。 此 れ 支 那 日 本 に と つ て 寧 ろ 喜 ふ べ き 事 柄 で あ つ た か も 知 れ な い 。 註 ① 河 口 慧 海 氏 ﹁ 西 藏 傳 印 度 佛 教 史 上 ﹂ ② 同 上 ③ 同 上 ④ 同 上 五 、 本 經 の 教 主 如 何 な る 經 典 と 雖 も 其 れ が 佛 教 の 思 想 的 な 流 れ に 從 つ て 成 立 し て ゐ る 以 上 、 何 れ も 釋 尊 自 身 の 思 想 内 容 に 包 攝 せ ら れ 、 佛 説 と せ ら れ る の は 云 ふ 迄 も な い が 、 然 し 此 の 佛 と 云 ふ 意 味 を ば 更 に 深 く 考 察 し て み る 必 要 が あ る 。 後 世 の 大 乗 諸 經 典 に 於 て 、 其 の 教 主 た る 佛 が 如 何 な る も の で あ る か を 種 々 説 明 し 、 其 の 樣 々 な 功 徳 相 を 示 す に 至 つ た の も 、 要 す る に 、 説 主 た る 佛 を ば 、 單 な る 釋 尊 と し て 一 律 に 片 付 け て し ま ふ 事 に 満 足 出 來 ず 、 更 に 何 等 か の 意 味 を 附 與 せ ん と 努 め た 結 果 に 外 な ら ぬ 。 又 實 際 に 佛 と 云 は れ る 意 味 も 、 後 世 に な れ ば 明 ら か に 複 雜 と な り 、 多 少 變 化 し て 來 る の で あ る 。 然 ら ば 本 經 に 於 け る 教 主 は 如 何 。 以 下 此 の 問 題 に 就 い て 、 少 し く 考 察 を 進 め よ う 。 本 經 の 通 序 に は 、 何 等 教 主 に 對 す る 説 明 的 言 辭 は 附 與 さ れ て ゐ な い 。 然 し 本 經 を 一 見 す れ ば 、 自 ら 其 の 如 何 な る も の で あ る か ゞ 知 ら れ る し 、 且 つ 又 、 其 の 教 主 の 名 が 屡 々 異 つ た 名 稱 を 以 て 呼 ば れ て ゐ る 事 に 氣 付 く で あ ら う 。 即 ち 、 一 、 世 尊 大 毘 盧 遮 那 金 剛 如 來

(23)

二 、 世 尊 一 切 如 來 の 身 語 心 の 主 三 、 世 尊 一 切 如 來 の 主 四 、 世 尊 一 切 如 來 の 身 語 心 金 剛 如 來 金 剛 主 五 、 世 尊 菩 提 心 金 剛 如 來 六 、 世 尊 一 切 如 來 の 身 語 心 執 金 剛 王 七 、 世 尊 一 切 如 來 の 身 語 心 の 主 大 執 金 剛 八 、 世 尊 一 切 如 來 の 主 最 上 自 在 大 執 金 剛 九 、 世 尊 一 切 如 來 の 主 大 三 昧 耶 金 剛 眞 實 現 等 覺 身 語 心 祕 密 如 來 一 〇 、 世 尊 自 性 清 淨 如 來 一 一 、 金 剛 薩 錘 等 々 尚 此 他 に も 種 々 あ る の で あ る が 、 大 同 小 異 で あ る か ら 、 今 は 此 等 を 省 略 す る 。 以 上 に 列 擧 し た 數 多 く の 名 稱 に よ つ て 知 ら れ る が 如 く 、 本 經 の 教 主 は 單 な る 歴 史 的 な 釋 尊 で は な く し て 、 世 尊 大 毘 盧 遮 那 金 剛 如 來 等 と 呼 ば れ る も の で あ る 事 が 解 る 。 此 の 大 毘 盧 遮 那 と は 、 悟 り の 當 體 な る 智 身 大 毘 盧 遮 那 法 身 で あ り 、 普 通 に 大 日 如 來 と 云 は れ て ゐ る 佛 で あ る 。 何 故 に 此 の 佛 を 大 日 と 稱 す る か と 云 へ ば 、 其 の 佛 徳 の 廣 大 無 邊 な る 事 彼 の 太 陽 の 具 す る 、 除 暗 遍 明 ・ 光 無 生 滅 ・ 能 成 衆 務 の 三 徳 と 相 通 ず る 所 か ら 、 か く 大 毘 盧 遮 那 を 大 日 と 稱 す る の で あ る が 、 茲 に 一 言 注 意 す べ き 事 は 大 毘 盧 遮 那 如 來 と 毘 盧 遮 那 如 來 と の 相 異 に 就 い て ゞ あ る 。 從 來 の 日 本 密 教 に 於 て は 、 此 の 兩 者 の 間 に 全 然 區 別 が な さ れ て ゐ な い 。 然 し 、 嚴 密 に 云 ふ な ら ば 後 者 は 色 身 た る 報 身 で あ り 、 前 者 は 智 身 た る 法 祕 密 集 會 經 雜 攻 ( 一 ) 五 一

(24)

祕 密 集 會 經 雜 攻 ( 一 ) 五 二 身 で あ つ て 、 兩 者 は 明 ら か に 相 異 る の で あ る 。 我 國 に 於 て 毘 盧 遮 那 と 云 ふ 時 は 常 に 法 身 で あ つ て 、 本 經 に 於 け る が 如 く 色 身 毘 盧 遮 那 を 別 開 し な い の で あ る 。 勿 論 本 經 と 雖 も 、 一 は 智 身 、 一 は 色 身 な り と し て 言 明 し 、 峻 別 し て ゐ る の で は な い が 、 梵 藏 の 二 本 を 見 れ ば 、 兩 者 の 區 分 も 比 較 的 容 易 に 認 め ら れ る と 思 ふ 。 但 し 宋 譯 の 經 典 に は 、 屡 々 兩 者 の 間 に 混 亂 の あ る 事 を 注 意 し て お く べ き で あ る 。 是 の 如 く 本 經 が 、 毘 盧 遮 那 ・ 阿 閾 ・ 寶 幢 ・ 無 量 光 ・ 不 空 成 就 の 五 佛 の 上 に 、 更 に 、 其 等 の 統 攝 者 或 は 統 領 と し て の 大 毘 盧 遮 那 を 立 て る 事 は 、 暗 に 後 世 に 於 け る 本 初 佛 を 豫 想 せ し め る も の で あ る し 、 又 此 れ と 一 脈 相 通 す る も の と 云 へ る で あ ら う 。 先 に 、 本 經 の 教 主 に 種 々 の 名 稱 の あ る 事 を 示 し て お い た が 、 假 令 其 等 の 名 稱 は 異 る と し て も 、 夫 々 の 詮 は す 意 味 は 全 く 同 一 で あ る 。 今 金 剛 薩 錘 に 就 い て 見 る も 、 彼 の 不 空 譯 ﹁ 金 剛 薩 錘 五 祕 密 修 行 念 誦 儀 軌 ﹂ に ﹁ 金 剛 薩 錘 者 是 砒 盧 遮 那 佛 身 、 ⋮ ⋮ 即 彼 薄 伽 梵 阿 閾 如 來 、 ⋮ ⋮ 即 彼 薄 伽 梵 寶 生 如 來 、 ⋮ ⋮ 即 彼 薄 伽 梵 觀 自 在 王 如 來 ⋮ ⋮ 即 彼 薄 伽 梵 不 空 成 就 如 來 、 ⋮ ⋮ 内 四 供 養 者 即 彼 四 眷 屬 、 外 四 供 養 者 亦 彼 四 眷 屬 ﹂ と 云 ふ は 、 明 ら か に 五 佛 諸 尊 の 統 括 者 た る 普 門 の 金 剛 薩 錘 を 指 し た も の で あ り 、 此 の 普 門 の 金 剛 薩 錘 が 大 毘 盧 遮 那 と 同 義 で あ る し 、 又 此 れ が 普 賢 法 身 ・ 普 賢 如 來 ・ 大 菩 提 心 普 賢 大 菩 薩 ・ 普 賢 金 剛 手 ・ 持 金 剛 勝 薩 錘 ・ 大 執 金 剛 ・ 金 剛 手 一 切 如 來 の 主 等 と 云 は れ る も の に も 相 當 す る も の で あ る 。 更 に 大 三 昧 耶 金 剛 眞 實 現 等 覺 と 云 ふ の も 、 七 卷 理 趣 經 に 於 け る 大 樂 の 説 段 た る ﹁ 大 三 昧 金 剛 眞 實 理 儀 軌 分 ﹂ の 題 名 や 、 大 樂 金 剛 不 空 眞 實 三 昧 耶 菩 薩 等 の 名 稱 よ り 推 し て 全 く 金 剛 薩 錘 の 異 稱 で あ る 事 が 解 る 。 而 も 金 剛 薩 錘 は ﹁ 一 切 衆 生 所 有 心 、 堅 固 菩 提 名 薩 錘 、 心 住 不 動 三 摩 地 、 精 勤 決 定 名 金 剛 ﹂ ﹁ 金 剛 薩 錘 者 是 普 貿 菩 薩 即 、 一 切 如 來 長 子 、 是 一 切 如 來 菩 提 心 、 是 一 切 如 來 祖 師 ﹂

(25)

等 の 文 に よ つ て 示 さ れ る 如 く 、 淨 菩 提 心 を 表 徴 せ る も の 、 若 し く は 菩 提 心 の 體 現 者 で あ つ て 、 此 の 意 味 か ら 世 尊 菩 提 心 金 剛 如 來 と も 、 世 尊 自 性 清 淨 如 來 と も 云 は れ る し 、 又 菩 提 心 の 活 動 は 三 密 の 妙 用 と し て 無 限 に 顯 現 す る の で あ る か ら 、 か ゝ る 金 剛 の 如 き 身 語 心 の 三 業 の 妙 用 を 攝 集 し て 一 身 と な せ る 佛 で あ る と 云 ふ 意 味 よ り 、 世 尊 一 切 如 來 の 身 語 心 金 剛 如 來 と か 、 身 語 心 金 剛 の 主 と か 云 は れ て ゐ る と 思 ふ 。 兎 に 角 、 此 等 の 名 稱 は 、 何 れ も 本 質 に 於 て 同 一 な る も の を 種 々 な る 方 面 か ら 呼 び 現 は し た も の に 過 ぎ な い の で あ る 。 次 に 、 此 の 普 門 で あ り 本 門 で あ る 佛 と 、 歴 史 上 の 釋 尊 と は 如 何 な る 關 係 を 有 す る も の で あ る か と 云 ふ に 、 初 會 の 金 剛 頂 經 の 説 く 所 に よ れ ば 、 天 竺 出 現 の 釋 迦 牟 尼 が 嘗 て 一 切 義 成 菩 薩 と し て 金 剛 座 に 坐 し 給 へ る 時 、 祕 密 觀 法 た る 五 相 成 身 觀 を 修 す る 事 に よ つ て 初 め て 大 覺 圓 満 の 佛 と な り 、 本 有 常 恒 の 大 毘 盧 遮 那 佛 と 合 體 し 、 本 修 一 體 と な つ た の で あ る 。 然 し 本 門 の 佛 に 重 き を 置 く な ら ば 、 歴 史 上 の 釋 尊 の 如 き は 、 本 有 常 恒 身 の 影 像 、 若 し く は 變 化 身 に 過 ぎ な い 事 と な る 。 是 の 如 く 、 本 迹 二 門 の 義 趣 を 含 む が 、 今 は 本 門 の 立 場 に 重 點 を 置 く の で あ り 、 從 つ て か ゝ る 意 味 の 佛 が 本 經 の 教 主 と な つ て ゐ る の で あ る 。 註 ① 略 出 念 誦 經 、 大 一 八 、 下 ② 五 祕 密 修 行 念 誦 儀 軌 六 、 本 經 の 説 處 今 本 經 の 説 處 を 述 べ る に 當 り 、 先 づ 梵 藏 漢 の 三 本 を 對 照 す れ ば 、 梵 藏 ﹁ 一 切 如 來 の 身 語 心 の 眞 髄 た る 金 剛 女 ( 金 剛 妃 ) の 諸 々 の 婆 伽 に 住 し 給 へ り ﹂ 漢 ﹁ 住 一 切 如 來 神 通 加 持 一 切 如 來 金 剛 三 業 一 切 如 來 正 智 出 生 變 化 清 淨 境 界 ﹂ 祕 密 集 會 經 雜 攻 ( 一 ) 五 三

(26)

祕 密 集 會 經 雜 攻 ( 一 ) 五 四 と あ り 、 梵 藏 二 本 は 共 に ﹁ 一 切 如 來 神 通 加 持 ﹂ の 句 を 缺 い で ゐ る 。 か ゝ る 本 經 の 説 處 は 、 全 く か の ﹁ 大 悲 空 智 金 剛 大 教 王 儀 軌 經 ﹂ に 説 く 所 の ﹁ 一 切 如 來 身 語 心 金 剛 喩 施 婆 倪 數 祕 密 中 祕 密 出 生 妙 三 摩 地 ﹂ に 一 致 す る も の と 云 へ る 。 尚 不 空 三 藏 の ﹁ 金 剛 頂 經 瑜 伽 十 八 會 指 歸 ﹂ に ﹁ 第 十 五 會 名 祕 密 集 會 瑜 伽 。 於 祕 密 處 説 。 所 謂 喩 師 婆 伽 處 説 。 號 般 若 波 羅 蜜 宮 。 ⋮ ⋮ ﹂ と 述 べ 、 説 處 を ば ﹁ 喩 師 婆 伽 處 ﹂ と も ﹁ 祕 密 處 ﹂ と も 云 つ て ゐ る 。 蓋 し 、 云 ふ 所 の 喩 師 婆 伽 と は 一 般 に 女 根 を 指 す の で あ る が 、 ﹁ 十 八 會 指 歸 ﹂ に は 又 ﹁ 般 若 波 羅 蜜 宮 ﹂ と 云 ひ 、 本 經 に 於 て は ﹁ 正 智 出 生 變 化 清 淨 境 界 ﹂ と 譯 し て ゐ る の で あ る 。 更 に ﹁ 祕 密 集 會 合 説 獻 供 華 ﹂ に 之 を 説 明 し 、 ﹁ 金 剛 妃 は 十 明 な り 。 其 等 の 婆 伽 は 蓮 華 な り 。 ﹂ と 云 ひ 、 或 は ﹁ 金 剛 妃 は 十 明 な り 。 其 等 の 婆 伽 は 諸 々 の 一 味 と な れ る も の ゝ 一 味 と な れ る 蓮 華 な り 。 ﹂ と 述 べ 、 ﹁ 法 を 出 生 す る 印 契 と 云 は れ る 義 な り 。 ﹂ と も 説 い て ゐ る 。 又 、 本 經 後 半 の 第 四 章 に ﹁ 一 切 如 來 の 身 語 心 の 眞 髄 な る 金 剛 を 自 性 と す る 所 の 法 の 生 起 に 、 世 尊 が 住 し 給 ひ し 時 、 其 時 に 、 私 に よ つ て 聞 か れ た り 。 ﹂

(27)

と 云 ひ 、 又 ﹁ 般 若 は 婆 伽 と 云 は れ る ﹂ と も 述 べ て ゐ る の で あ る 。 上 に 示 し た 如 く 、 喩 師 婆 伽 は 種 々 な る 意 味 に 解 さ れ て ゐ る が 、 結 局 、 般 若 の 空 觀 を 指 す に 外 な ら ぬ と 思 ふ 、 般 若 の 空 觀 に 立 つ 事 が 、 即 ち 、 諸 法 實 相 の 中 道 に 立 つ 所 以 で あ る 。 此 の 絶 對 完 全 慧 た る 般 若 波 羅 蜜 の 内 に は 、 當 然 方 便 波 羅 蜜 も 含 ま れ て を り 、 静 的 に 見 た 般 若 と 動 的 に 見 た 方 便 と の 二 つ は 、 も と も と 二 つ も の で は な く 、 全 く 相 融 即 し て ゐ る の で あ る 。 自 利 の 内 容 は 利 他 で あ る し 、 利 他 の 内 容 が 自 利 で も あ る 。 か く 、 般 若 と 方 便 と は 融 即 し て 一 體 と な つ て ゐ る が 、 此 れ を 區 別 的 に 見 る 時 は 、 般 若 を 大 智 、 方 便 を 大 悲 と し 、 或 は 、 慧 と 定 、 空 智 と 大 悲 、 金 剛 と 蓮 華 、 等 に 分 つ が 、 本 來 二 つ は 相 合 し た も の で あ る か ら 、 此 の 融 即 不 離 の 境 地 を 、 慧 定 不 二 の 境 と し 、 二 根 交 會 と 説 き 、 或 は 祕 密 處 と も 、 般 若 波 羅 蜜 宮 と も 云 ひ 、 更 に 喩 師 婆 伽 處 と も 説 か れ る の で あ る 。 そ し て 世 尊 は 、 か ゝ る ﹁ 金 剛 蓮 華 二 相 合 し ﹂ て ﹁ 二 處 相 應 し て 等 持 に 住 す る ﹂ 自 他 平 等 無 二 の 境 に 住 せ ら れ た の で あ る 。 換 言 す れ ば 、 一 切 の 對 立 觀 を 無 み し 、 一 切 を 所 統 一 と し て 自 己 の 内 に 包 攝 す る 諸 法 實 相 の 中 道 に 立 脚 せ ら れ た の で あ る 。 又 諸 法 實 相 と 云 は れ る も の は 、 眞 如 、 菩 提 、 中 道 、 菩 提 心 等 と も 同 義 で あ る か ら 、 ﹁ 婆 誡 の 曼 拏 羅 は 菩 提 心 の 境 界 な り ﹂ と も 云 は れ 、 ﹁ 般 若 の 宮 殿 ﹂ と も 云 は れ て ゐ る 。 次 に 世 尊 が 、 此 の 理 智 不 二 、 境 識 倶 泯 の 絶 對 中 道 に 安 住 し 、 般 若 の 空 觀 を 基 と し 、 一 切 の 佛 菩 薩 を 出 生 す る と 共 に 、 一 切 諸 法 を も 流 出 す る の で あ る か ら 、 此 の 境 地 を 又 ﹁ 正 智 出 生 變 化 清 淨 境 界 ﹂ と も ﹁ 法 を 出 生 す る 印 契 ﹂ 或 は ﹁ 法 の 生 起 ﹂ と も 説 く の で あ る 。 以 上 に 於 て 見 ら れ る 如 く 、 婆 伽 は 直 接 女 根 の 意 味 に は 解 さ れ て ゐ な い 。 然 し 、 シ ヤ ク チ 思 想 の 勃 興 と 共 に 萬 物 の 根 源 に 於 て 其 等 を 動 か す 原 動 力 と し て の シ ヤ ク チ 崇 拝 が 、 軈 て 恐 ら く 、 生 み 出 す 力 、 む す び の 力 へ の 崇 拝 を 惹 祕 密 集 會 經 雜 攻 ( 一 ) 五 五

(28)

祕 密 集 會 經 雜 攻 ( 一 ) 五 六 起 し 、 茲 に 自 ら 其 の 場 所 と し て の 女 根 が 考 へ ら れ 、 尊 崇 せ ら れ る に 至 つ た と 思 は れ る 。 か く し て 、 空 な る も の か ら 一 切 を 流 出 す る と の 考 へ が 、 暗 々 裡 に 女 根 と 結 合 さ れ 、 此 れ を 説 處 と 見 做 す 思 想 が 生 じ た も の で あ ら う 。 從 つ て 婆 伽 の 意 味 は 、 表 面 女 根 を 意 味 し て ゐ な い 樣 で あ る が 、 裏 面 に 於 て は 今 云 つ た 様 な 考へ が 暗 に 含 ま れ て ゐ る と 思 は れ る の で あ る 。 但 し 此 處 に 流 出 す る と 云 ふ と 、 實 體 的 な も の か ら 時 間 的 に 他 の も の を 生 す る と 云 ふ 意 味 に 取 ら れ 易 い が 、 本 來 は 、 空 の 中 に は 既 に 一 切 を 所 統 一 と し て 包 含 し 、 一 切 を 壊 す る 事 な く 現 は し て ゐ る の で あ る 。 ﹁ 現 は れ ﹂ る の で は な く ﹁ 現 は れ て ゐ る ﹂ の で あ る 。 然 し 此 れ は 空 觀 に 立 つ た 上 で 云 は れ る 事 で 、 未 だ 空 觀 を 體 得 せ ぬ 者 に は 一 切 は 所 統 一 と し て 現 は れ る 事 は な い 。 能 統 一 の 立 場 に 立 つ に 至 つ て 始 め て 、 凡 て が 、 夫 々 の 意 味 を 附 與 さ れ て 、 現 は し 出 さ れ 、 統 一 さ れ る 事 に な る 。 佛 が 種 々 の 活 動 を 出 し 、 諸 法 を 現 は す と 云 つ て も 、 既 に 其 等 は 佛 の 内 容 の 中 に 含 ま れ て ゐ る も の で 、 新 し く 出 生 し た も の で は な い 。 諸 法 實 相 と 云 ひ 、 菩 提 心 と 云 ひ 、 絶 對 空 等 と 云 は れ る も の ゝ 中 に は 、 凡 て を 餘 す 所 な く 統 一 し て ゐ る 。 然 し 常 識 的 に 考 へ る と 、 室 な る も の が 根 源 と な つ て 、 此 處 か ら 總 て が 時 間 的 に 、 流 出 し て 來 る と 云 ふ 風 に 考 へ ら れ 易 い が 、 か く 考 へ て は な ら ぬ と 思 ふ 。 註 ① 一 切 如 來 眞 實 攝 大 乗 現 證 三 昧 大 教 王 經 、 大 一 八 、 下 ② 一 切 如 來 祕 密 最 上 名 義 大 教 王 儀 軌 卷 下 、 大 一 八 、

参照

関連したドキュメント

III.2 Polynomial majorants and minorants for the Heaviside indicator function 78 III.3 Polynomial majorants and minorants for the stop-loss function 79 III.4 The

191 IV.5.1 Analytical structure of the stop-loss ordered minimal distribution 191 IV.5.2 Comparisons with the Chebyshev-Markov extremal random variables 194 IV.5.3 Small

[r]

Unter Mitarbeit von Brandna, M., Anonyme Geburt und Babyklappen in Deutschland Fallzahlen, Angebote,

[r]

[r]

[r]

[r]