著者 藤原 崇
雑誌名 Core
号 36‑37
ページ 1‑14
発行年 2008‑03‑14
権利 同志社大学英文学会Core編集部
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000015146
三つの助詞交替が可能な場合の 日本語文産出時における選好性の調査
藤原 山田一小
1.実験の目的
本実験の目的は日本語において助詞の交替が可能な場合、特に「が・の・
を」三つの格助詞の交替において日本語母語話者の言語産出に特定の傾向が 存在するかを調査することである。
「が。の・を」三つの格助詞がある特定の環境で交替が可能で、ある事実は 古くから指摘されているO この現象に対しては主に理論面からの研究が多く 行なわれているO 理論からのアプローチは当然助調の交替がどのよういな環 境下で可能で、あり、どのような環境で不可能になるかに焦点、をあてたものと なる。助詞交替の理論研究はこの問題について多くの事実を発見してきた (中井1980、渡辺1996、菊田2002)。
一方で、この現象に関する実験調査の数は余り多くはない。筆者の把握す るかぎりでは、この助詞交番を扱った実験調査の晴矢は1971年の原田の実 験であり、その後はコ}パスデータを分析した南部 (2007)の研究がある程 度である。
上記二つの実験が明らかにするところは以下のようなものであるO まず、
原因(1971)は関東方言話者を対象にして発話実験を行い、年長者の発話 データと若年者の発話データを比較した場合、年長者の発話データにおいて
1
助詞「の」の出現頻度が高いことを明らかにした。反面、若年者の発話には 助詞「が」への選好性が顕著で、原田は向後、助調「が」の使用が大勢を占 めるであろうと予測しているO 次に南部 (2007)は国会議事録のコーパス データを分析し、文法項目の環境や年齢1などの要因との相関を分析した。
その結果、助詞を要因として分析した場合、議事録のコーパス上では助調
「が
J
が他の助詞と比べて多く出現すると指摘している。これらの先行研究 が示唆する点は、助詞の交替が可能である場合でも発話においては特定の助 調が好まれる傾向が存在するということであるOこの発話における選好性は、先行研究が少ないため明らかになっていない 点が多い。一番大きな問題はどのようなメカニズムで特定の助詞が好まれる のかである。上記二つの実験研究で分析の対象となった文や句は、助調を他 の交替可能なものと入れ変えても容認されるので、文法性や容認性の問題で はなく他の要因、即ち、言語処理のレベルにある要因によって引き起こされ たと考えるべきであるお原因を言語処理レベルの要因と仮定した場合、考 えられる要因はいくつかあるO 第一に、発話がなされる状況を考慮する必要 がある。助詞の選好性が環境によって左右された可能性があり、その点を調 査しなくてはならない。原田の実験は実験室での発話データであり、南部の データは国会での発話であるが、両者に共通して助調「が」を選好する傾向 が見られるのでこの可能性は棄却できる3。次に、特定の助詞「がjへの選 好が発話のみに見られるのか、それとも他の産出形態をとる場合にも観察さ れるのかが未調査である。第三に、話者の方略等によりバイアスが生じてい る可能性の調査がなされていない点がある。特にコーパスデータを対象とす
る分析の場合、自由発話であり発話の統制が不可能なので、この点を再度、
確認する必要があるO
本研究では上で述べた第二、第三の残された問題について調査するために 三つの実験を行った。
2.実験
実験は大きく三つの段階に分類されるO まず実験1では実験に用いる刺激 の自然さ、容認度、文法性などを担保するために予備的にアンケート調査を 行った。実験2では、実験1で得られた刺激を被験者の方略が影響しないよ うに加工し、その刺激を用いて、空所に助調を筆記で埋めてもらう紙面での アンケート調査を行った。実験3では実験 2で用いた刺激をそのまま用いて、
空所を発話してもらう課題を被験者に課し、その反応、を調査した。
また、三つの実験いずれにおいても事前に趣旨説明を行い、被験者からは 同意書をもらっているO
2. 1 実験1
2 .
1.1
被験者被験者は大学生、高校生から成る計25名で年齢は 17歳から 23歳であっ た。被験者に帰国子女は含まれなかった。
2 . 1 . 2
実験刺激インターネット、及ぴ新聞、雑誌等の記事から助調「が・の。を」三つの
助詞で同時に標示することが可能な名詞句を含む文を抜き出した。次に抜き 出した丈の助調のうち、助詞「が・を
J
で標示された全てのものを助詞「のJ
で標示しなおし、助詞「の」で標示されたものはそのままとした。(図1参 照)
図
1
記事からの抜粋 質問紙における記述 子供[を]生みたい夫婦に尋ねた 子供[の]生みたい夫婦に尋ねた 段取り[が]できる 段取り[の]できる
ビジネスパーソンが求められるO ビジネスパーソンが求められる。
虫[の]嫌いな女性は多い 虫[の]嫌いな女性は多い
刺激文中の名調句の述部はA希望「動詞+たい
J
B能力「動調+できるJ
C状態「好きな(だ)、嫌いな(だ)J の三種類であった。
2 .
1.3
課題と結果被験者には刺激文の容認度を
3
段階で評価してもらった。被験者2 5
名の うち1
名は全て1
をマークし、2
名が容認度の判断ができないと申告した為、それらのデータを分析の対象から外した。
アンケート調査の内、容認度が2.8以上のものを実験2、3の刺激に用い ることにした。
2 . 2
実験2 2 . 2 . 1
被験者被験者は大学生、大学院生、社会人から成る計16名で年齢は19歳から
4 1
歳(平均年齢2 2 . 8
歳)であった。被験者に帰国子女は含まれていない。2 . 2 . 2
実験刺激実験
1
の結果容認、度が2 . 8
以上のもの2 4
文の名詞句を文中に含む文を本 刺激として、フイラーとして4 8
文を使用した。刺激文は図2
に示すように 6つの部分で構成されるように統制した。日
三振B討 を ふ れ い f ; r l 選 ; だ
実験刺激の統制として以下の点に留意した。まず、本刺激の統制として、
実験1で容認度を担保された助詞交替可能な名詞匂がB、C、Dの三つから で構成されるようにした。次に、被験者が最初の名詞(句)に助詞「が
J
を 与える方略を取らないように、 A の部分は助詞「は」で標示された固有名調 を配置した。この名詞匂Aのシーター役割が動作主・経験者になるように 述部のFを統制した。フイラーを含めた全体の統制としては以下の点に注意した。まず、 Aに入 る固有名詞は男、女の名前がそれぞれ全刺激
7 2
の半数になるように統制したoEの部分に入る助詞はそれぞれ意味の通る日本語文を作ると助詞「を・
に
J
がそれぞれ全刺激72の半数である36になるように統制した40Cの部 分に入る助詞は、本刺激の場合「が・の・を」の三ついずれもが入っても日 本語として成立するようにした。また、 24の本刺激すべてに助詞「も」を いれでも日本語文として成立するO 次に、残りのフイラー刺激48について 日本語として自然な丈を作った場合に Cに入る効詞は「と。に・で」の三 つがそれぞれ 16ずつ入るように統制を行なった。最後に Dの部分は本刺激 においては動詞の連用形+名詞の形を、フィラー刺激においては(連体調を 含む)形容詞+名詞という形をとるように統制した。2 . 2 . 3
手続き助詞を筆記させる文章完成課題を課した。被験者にCとEの部分を空欄 とした全72文の刺激を印刷した質問用紙を渡し、深く考えずにCとEに適 当な助詞を書き込んで、自然な日本語文を完成させるように求めた。特に時間 制限は設けなかったが、おおむね
1 0
分以内に課題は完成された。2. 2. 4結果
実験結果は以下のようになった。まず、 C欄に回答された助詞の延べ回数 を図3に示す。
図3(被験者×囲答数) 5 が
178
の
8 0
を 115
ト間違い J
その他j
o
課題全体を通しての正答率は99.0%で、本刺激に対する反応デ)タにおい ての正答率は100%であった。
次に得られたデータに対して、助調「がeのeを」を水準とするー要因の 分散分析を行なった。被験者分析
( F( 2
,45 ) = 5 . 6 7
,P < 0 . 0
1)、項目分析 (F (2,69) = 9.86, Pキ0.00017)となり、三つの水準間で有意な差が観察さ れた。次に各水準聞の差を調べるためにTukeyのHSDテストを行った。そ の結果、被験者分析、項目分析の二つで助詞「のJ
と「を」の水準問、助詞「が」と「の」の水準聞の二つで有意な差が観察された。被験者分析、項目 分析の二っとも助詞「を」と「が
J
の水準間では有意な差は観察されなかっ た。2. 3 実験3
2 . 3 . 1
被験者被験者は大学生、大学院生から成る計15名で年齢は19歳から27歳(平 均年齢は
2 2 . 1
歳)であった。その内1
名のデータが録音の不備のため使用 できなかったので、 14名のデータについて分析を行なった。2. 3. 2 実験刺激
実験2と同様に、実験1の結果容認度が2.8以上のもの24丈の名詞匂を 文中に含む文を本刺激として、フイラーとして48文を使用した。刺激文は 図2に示すように6つの部分で構成されるように統制した。
2. 3. 3 課題
PCのスクリーン上にC欄と E欄が空所となった刺激文を呈示して、その 空所に適当な助詞を補って完成した日本語文を発話するように求めた。刺激 文は一括呈示され、
6 5 0 0 m s e c
経過すると画面が切り替わるように設定した。次に被験者がマウスの左クリックを押すと、刺激文がまた呈示されるよう設 定した。一連の流れを図4に示す。
図 4
****
1
勝男は三振一一 奪れる投手一一
選んだ
2
****
3
降志はカード一一 使 え る 唐 一
入った
4
まず、 1の画面が呈示される。被験者が左クリックを押さない限り、この1 の画面が呈示され続ける。被験者が左クリックを押すと、画面が2に切り替 わるO この時に、被験者は発話を行なうo
6 5 0 0 m s e c
経過すると画面が3
に切り替わる。この画面3でも画面1と同様に被験者が左クリックを押さない と画面 3のままである。被験者が左クリックを押すと画面が 4に切り替わり、
被験者は文を完成させて発話を行なうという流れとなる。
刺激の呈示は刺激呈示ソフト Superlab3.1を用いて行い、発話はICレ コーダーを用いて録音した。
2. 3. 4 結果
実験結果は以下のようになった。まず、 C欄に回答された助調の延べ回数 を図5に示す。
にd一
︑ ︑
B ノJ 一
数一
然 口
﹁
回一
×一
腕‑が一崎
被 一 :
/4h¥一
にd一
図一
の 52
を 116
│ 間 違 い そ 勾
1
123
課題全体を通しての正答率は90.6%で、本刺激に対する反応データにおい ての正答率は93.0%であった。
次に得られたデータに対して、助調「が・の・を」を水準とする一要因の 分散分析を行なった。被験者分析 (F (2,39)
=
4.97, P=
0.012<
0.05)、項 目分析 (F (2,69)=
10.97, P<
0.01)となり、三つの水準間で有意な差が 観察された。次に各水準間の差を調べるためにTuk巴yのHSDテストを行っ た。その結果、被験者分析、項目分析の二つで助詞「が」と「の」の水準聞 で有意な差が観察された。項目分析では助詞「が」と「の」の水準問、助詞「を」と「のjの水準聞のごつで有意な差が観察された。さらに、被験者分 析において助調「を
J
と「のj の水準聞の二つでは危険率が10%
未満を示し、有意傾向が観察された。
2 . 4
結果各実験で助詞を要因とする水準聞で差が発見されたので、次にタスク聞の 差を見るために、助調(が・の・を)xタスク(発話。記述)の二要因分散 分析を行なった。助調の主効果のみ (F (2,86)
=
19.15, P<
0.01)有意を 示し、タスクの主効果、 (F (1,86)=
0.13, P>
0.05)交互作用 (p (2,86)=
0.73, P
>
0.05)ともに有意で、はなかった。3 .
考察本実験では、日本語において助詞「が・の・をj三つの格助詞が特定の文 において交替が可能で、あるとき、日本語母語話者の言語産出に特定の傾向が 存在するかを調査し、筆記によるアンケート調査及び、発話実験の異なる二 つのタスク聞において特定の助詞を好む傾向があることが観察された。以 下、実験結果とその原因について考察する。
最初に、実験 2、実験 3の結果について考察するO 実験 2と実験 3におけ るC欄への回答数を図6に示す。
図6
が の を 関 連 い そ の 叫 筆記(実験2) 178 80 115 O 発話(実験3) 145 52 116 23
合 計 323 132 231 23
実験 2、実験 3を通して、助詞「が」が助詞「の」と比べて常に優位に選択 される傾向が観察された。実験2では助調「を」も助詞「の」と比較して優 位に選択される結果が出た。実験を通じて、助詞「の
J
で標示された場合に 高い容認度を持つ日本語文においても、助調「の」は他の二つの助詞「が」、「を」と比べて選択されにくい傾向を持つことが分かつた。このことは助詞
「の」が使用されにくい原因が文法性以外のものを含むことを示唆している。
次に、
2 . 4
で述べたように課題聞での効果が統計上の有意を示さないの で誤差として片付けられるデータではあるが、データの確認をするために、実験2と実験3のごつの実験の結果について課題関の差を検討するO
実験
2
と実験3
の大きな差異は間違い・その他の度数で、実験2
では間違 いその他がOに対して実験3ではおとなるO この差の原因としては、いく つか可能性があるO まず、実験2が時間的な制約がない状況で行なわれたのに対して、実験3が時間の制約がある条件で行なわれたことに起因する場合。
実験2と実験3正答率が異なっていることがこれを支持するO 次に、筆記と 発話で被験者の方略が異なっているために引き起こされたとする場合が考え
られる。以下それぞれの可能性を検討する。
まず、実験2と実験 3で被験者数が異なるために、正確な比較を行えるよ うに各実験の一人あたりの平均を図7に、平均から議離を図8に示す。
図
7
6カ
宝 の を 間違い・その他
筆記(実験2) 11.1 5 7.2 O 発話(実験3) 10.4 3.7 8.3 1.
6
平 均 10.8 4.4 7.7 0.77
一一一
図8
筆記(実験 2) 発話(実験3)
が一
ω
一 一
M
の一
ω
一山
を一閃一
ω
間違い・その他
‑0.77 0.83
図 7、8から分かるように度数を基準としてみると、実験 2は実験 3と比較 して助調「が
J r
のJ
の選択を多くし、助詞「を」、および間違いその他を少 なくする傾向がみられる。データを踏まえて、上で触れた間違えの増加の原因について検討するO ま ず時間制約の有無が間違いを増やしたとするならば、実験2で助調「を jの 平均選択数が減少したことに対して説明がつかない。時間制約を原因とする
ことは可能ではあるが、時間制約の有無だけを原因とすることは難しい。
次に方略が異なるとする場合である。被験者の方略が主な原因であるなら、
筆記時に助調「が」、「の」を優先する方略か、発話時に助調「を」を優先す る方略が働いていることになるO このうち、後者については実験3で間違 え・その他が助詞「を」の選択数よりも増加していることから、単に選択数 の増加を捉えて当該項目への選好とすると被験者は間違いを選好したことに なるので、積極的に助詞「を」を指向しての結果とは考えづらい。この場合 は被験者が助調「がj、「の
J
の選択を抑制する方略を選択したと解釈した方 がより自然であるO これらの可能性を追究する必要があるが、実験から得ら れたデータからはこれ以上の分析は不可能なので、今後の課題としたい。4.結 論
本研究では日本語において助詞「が・の・を」三つの交替が可能な日本語 文を産出させる実験において日本語母語話者に特定の傾向が存在するかを調 査した。その結果、従来の研究で確認された傾向が、助詞「の」を使用した 場合の容認度が担保された文を刺激に用いても観察されることを明らかにし
︒
た注
*本稿は2007年11月に信州大学で行われた第135回日本言語学会においてポスタ一 発表したものを加筆、修正したものである。
1.南部が論文中で断っているように南部の実験実施は原田の実験より 30年以上が 経過しているため、原田の実験においての若年者は30年後では若年者とは呼べ ない。
2.文法環境における劾詞の使用に対する影響については南部が分析を行なってい る。
3. より詳細なデータを得るためには、コーパス等を用いて異なる使用域での助詞 の頻度の調査を実施すべきではあるが、コ」パスデ}タの分析にも発話に対して 統制が利かないという限界がある。
4.リージョンEに助詞「をjを入れると二重「を」格制限から助詞「を」の使用 が避けられるのではないかとの指摘があったが、統語構造上はBからCで構成 される名詞勾内に助調「を」が登場しでも文法的である。しかし、二重「を」格 を言語処理上の制約とする場合は議論の余地がある。
5.間違いは、日本語文として成立しないものをカウントし、その他は本文中で述 べたように助詞「も」などを入れて日本語文として成立するが観察対象外である 三つの助詞以外のものが入った場合を指している。
6.有効数字は小数点以下一桁である。
参 考 文 献
菊田 千春.(2002) Iが・の交替現象の非派生的分析一述語連体形の名詞性
J .
「同志社大学英語英文学研究
J
74巻Nakai, S., (1980). A reconsideration of ga‑no conversion in Japanese. P.αrpers初Linguistics13 南部 智史. (2007).
r
定量的分析に基づく「が/のJ
交替再考J .
I言語研究」131号
Harada, S.,(1971). Ga‑no conversion and ldio1ecta1 variations in Japanese. Gengokenkyu 60 Watanabe, A., (1996) Nominative‑genitive conv巴rsionand agreement in Japanese: a cross‑
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